解説

サソリ毒に含まれる生理活性ペプチドの多様な構造巧みに設計されたサソリ毒素

Diverse Structures of Bioactive Peptides in the Scorpion Venom: Well-Designed Scorpion Toxins

Masahiro Miyashita

宮下 正弘

京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻

Published: 2019-08-01

サソリは大きなハサミと尻尾の毒針を使って獲物を捕らえる.このような独特の形態とダイナミックな行動によって古くから人々の興味を引いてきた.しかし研究者にとってのサソリの魅力は「毒」自体にある.生存競争に負けないために,一部の生物は武器となる毒を作り出した.長い進化の過程で磨き上げられた生物毒は鋭い切れ味をもち,一瞬にして獲物の動きを止めることができる.サソリもこのような毒を多くもつが,これらは役割に応じた生理活性を示すことができるよう巧妙に設計されている.本解説においては,サソリ毒に含まれる多様な生理活性ペプチドについて,主にその構造に焦点を当てて紹介する.

毒という武器をもつサソリ

砂漠で横たわる男の足をつたって登ってくるサソリ.それに気づいた男は慌てて振り落とし「危うく命を落とすところだった」とつぶやく.サソリというと,このような映画のワンシーンを思い浮かべる人も多いのではないだろうか.実はこのような「砂漠に潜む恐ろしい生物」というイメージはたいていのサソリには当てはまらない.昆虫記で有名なファーブルはその本の中でサソリについても記述しているが,彼はわざわざ砂漠がある地域にまで出かけてサソリを観察したわけではない(1)1) ジャン・アンリ・ファーブル,奥本大三郎翻訳:“完訳 ファーブル昆虫記”第9巻下,集英社,2015..ファーブルは自分の住む南フランスの町で見つけたサソリ(ラングドックサソリ,学名Buthus occitanus図1図1■ラングドックサソリ(左)[Buthus occitanus(©Álvaro Rodríguez Alberich, CCBY-SA 2.0)を改変],ヤエヤマサソリ(右上),マダラサソリ(右下))を題材にして書いており,もちろんそこに砂漠は存在しない.フランスでサソリというと意外に思われるかも知れないが,サソリは南極を除くすべての大陸において存在が確認されている.つまり,砂漠のような乾燥地域だけでなく,森林のような湿潤な場所や高山地域のように寒い場所などさまざまな環境にサソリは生息している.日本においても筆者らが研究対象としているヤエヤマサソリ(学名Liocheles australasiae)とマダラサソリ(学名Isometrus maculatus)が先島諸島などに生息している(2)2) Scorpiones.pl: http://scorpiones.pl/maps/図1図1■ラングドックサソリ(左)[Buthus occitanus(©Álvaro Rodríguez Alberich, CCBY-SA 2.0)を改変],ヤエヤマサソリ(右上),マダラサソリ(右下)).また,人間が命の危険にさらされるような猛毒をもつサソリというのも実は少数である.現在のところ2,400種を超えるサソリが確認されているが(2019年3月時点),そのうちの30種程度しか人間に対して深刻な症状を引き起こすような毒をもたない(3)3) The Scorpion Files: https://www.ntnu.no/ub/scorpion-files/intro.php.ほかの多くのサソリは,地面に転がる石の下や樹木の皮の下にひっそりと潜んで餌となる生物がやってくるのを待ち,それを捕らえるために毒を使っている.冒頭に書いたような恐ろしいサソリというイメージはむしろ例外的と言ってよいぐらいである.

図1■ラングドックサソリ(左)[Buthus occitanus(©Álvaro Rodríguez Alberich, CCBY-SA 2.0)を改変],ヤエヤマサソリ(右上),マダラサソリ(右下)

サソリのもつ特徴的な形態は,古生代シルル紀(約4億3千万年前)からほとんど変わっていないことが化石による研究からわかっており,「生きた化石」と呼ばれることもある(4)4) J. Waddington, D. M. Rudkin & J. A. Dunlop: Biol. Lett., 11, 20140815 (2015)..これほど太古の昔から現在に至るまでサソリが絶滅することなく生き延びることができたのは,その代表的な特徴ともいえる「毒」を使うことができたからである.サソリはさまざまな環境に適応し,砂漠地帯のように生物にとって生育が難しいような過酷な環境を選択した種もある.この場合,ほかに生息する生物が少ないために捕食されるリスクが低いというメリットがあるが,それは同時に餌となる生物の発見も難しいことを意味している.このような状況でサソリがやっとの思いで見つけた獲物を簡単に逃してしまうわけにはいかない.生き延びていくには百発百中で仕留めるための毒が必要となったのだろう.一方で,サソリは絶食状態に強い性質をもっており,数カ月間何も食べなくても生きていけるような我慢強い生物でもある.

サソリ毒は尾節(尻尾のように見える体節の一番先の部分)に存在する毒腺で生産され,毒針を通して獲物(たとえば昆虫)の体内に注入される(図2図2■コオロギに毒を注入するサソリ).また,鋏もサソリらしさを演出している体の構造の一つであるが,もちろん飾りというわけではなく獲物を捕らえて保持するために有効に使われている.獲物が小さい場合などは鋏だけを使い,毒液を注入しない場合もしばしばある.ちなみに,鋏角類という呼称における「鋏角」はこの鋏ではなく,口のそばに備える1対の小さな鋏のことを指す.

図2■コオロギに毒を注入するサソリ

コオロギの頭に向かって口から伸ばしているのが鋏角.

このように,サソリは毒をもつという点で昔から人々の強い興味を引いてきたが,毒自体の研究はほかの生物毒と同様に医学的見地から始められた.つまり,人間にとって有害な毒素成分の正体を明らかにすることが主な動機であった.その一方で「毒と薬は紙一重」といわれるように,低濃度かつ選択的に作用するサソリ毒は医薬品としてふさわしい性質をもっており,また昆虫に対して選択的な作用をもつ毒素は優れた殺虫剤への応用が考えられる.このことから,サソリ毒は人間にとって有益な生理活性成分を探索するための資源(ライブラリ)として捉えられるようになっている.本解説においては,これまでに同定されている主なサソリ毒素の活性と構造の特徴について紹介したい.

サソリ毒素の生理活性

生物にとって食糧(栄養源)の確保は,その生命を維持するための最も重要な要素である.したがって,サソリの餌となる昆虫の捕獲のための殺虫性毒素は,サソリ毒において基本中の基本といえる存在である.また,捕食者から身を守ることも必要であり,そのための毒素も保有している.捕食者には哺乳類も含まれるが,サソリが出現した4億年前の時代にはそもそも哺乳類は存在しない.したがって,哺乳類に対する毒素は殺虫性毒素より後に生み出されたものだと考えられる.サソリ毒が人間に対して強い毒性を示さない場合が多いのは,単にその必要がなかったということなのだろう.

サソリ毒は主に神経系に作用してその毒性を示す.つまり,イオンチャネルが主な標的分子となっている.たとえば昆虫を捕獲する場面においては,逃げようと暴れ回る獲物の動きを瞬時に止めることが必要となるが,そのためには神経系に作用して麻痺を引き起こさせることが最も効率的である.一方,哺乳類などの捕食者に対しては,捕まえてそれを食べることが目的ではないので動きを止めてしまうほどの強い毒性は必要ない.むしろ,鋭い痛みを感じさせて自分から離れさせることができれば目的達成である.多くのサソリの毒が哺乳類に対してそれほど強い毒性をもたないという事実は,その程度の活性で十分に役割を果たしているということなのかもしれない.

サソリ毒液にはイオンチャネルに作用する成分だけでなく,抗菌活性を示す成分も含まれている.毒を注入するという行為はほかの生物の体内に直接的に接触するため,毒腺を介した病原菌感染のリスクがある.これを抗菌性成分によって防いでいると考えられている(5)5) P. L. Harrison, M. A. Abdel-Rahman, K. Miller & P. N. Strong: Toxicon, 88, 115 (2014)..これらの成分は細胞膜構造を撹乱する作用があり,微生物だけでなく昆虫細胞にも作用して直接的あるいは間接的に昆虫毒性を示す一因となっている(6)6) J. J. Smith, V. Herzig, G. F. King & P. F. Alewood: Cell. Mol. Life Sci., 70, 3665 (2013)..このことから,抗菌性成分には捕食のための役割もあるように思われる.

サソリ毒素の構造と分類

サソリ毒液には塩類,核酸,低分子化合物,ペプチド,タンパク質,多糖類が含まれているが,その生理活性のほとんどはペプチドが担っている(7)7) J. M. Simard & D. D. Watt: “The Biology of Scorpions,” ed. by G. Polis, Stanford University Press (1990), p. 414..一つの種のサソリ毒液には100種類を超える複数のペプチド成分が含まれているが,その大きさは分子量500 Daから9,000 Da程度のものまでと幅広く,サソリの種類によってそれらの質量分布も異なっている(8, 9)8) M. Miyashita, J. Otsuki, Y. Hanai, Y. Nakagawa & H. Miyagawa: Toxicon, 50, 428 (2007).9) M. Miyashita, A. Sakai, N. Matsushita, Y. Hanai, Y. Nakagawa & H. Miyagawa: Biosci. Biotechnol. Biochem., 74, 364 (2010).図3図3■サソリ毒液成分の質量分布の比較(MALDI-TOF MSによる測定)文献8, 9から許可を得て転載(一部改変)).また,ジスルフィド結合で架橋された構造をもつペプチドが多いのがサソリ毒の特徴であるが,ジスルフィド結合をもたないペプチドも活性成分として多く見いだされている(10)10) A. Almaaytah & Q. Albalas: Peptides, 51, 35 (2014).

図3■サソリ毒液成分の質量分布の比較(MALDI-TOF MSによる測定)文献8, 9から許可を得て転載(一部改変)

サソリ毒素の分類にはこれまでの研究の歴史的経緯が色濃く反映されており,初期の頃は主に生理活性を指標にして分類された.近年,毒液成分の構造解析がさまざまなサソリ種について網羅的に行われ,多くのペプチドが一挙に同定されるようになってからは,活性が不明であっても配列の類似性やジスルフィド結合架橋パターンをもとにして分類されることもある(11)11) VenomZone: https://venomzone.expasy.org.このように,現状のサソリ毒素の分類は必ずしも系統的なものではないが,ほかのサソリ種や別の生物の毒素の構造と比較することによって,その存在意義や分子進化に関する知見が得られるものと考えられる.以下に,活性および構造に基づいて分類された代表的なサソリ毒素ペプチドについて紹介する.

ジスルフィド結合を含むサソリ毒素ペプチド

サソリ毒液の主要な活性成分である神経毒素,つまりイオンチャネルに作用する毒素ペプチドはすべてジスルフィド結合によって架橋されている.αヘリックスやβシート構造が,2〜4組のジスルフィド結合によって固定され、活性発現に必要な立体構造を形成している.なかでも,cystine-stabilized α/β(CS α/β)モチーフと呼ばれる構造は,幅広い生物種のもつ抗菌性ペプチドであるdefensinなどでも見られることから,生理活性ペプチドの共通骨格であると考えられている.ジスルフィド結合を含むサソリ毒素ペプチドは,作用するイオンチャネルや構造によって,以下のように分類される.

1. Naチャネルに作用するペプチド

非常に強力な毒性を示すペプチドであり,これまでに多くのものが単離・同定されている(12)12) D. M. Housley, G. D. Housley, M. J. Liddell & E. A. Jennings: Neuropharmacology, 127, 46 (2017)..サソリ毒液から初めて単離された毒素はこのグループに含まれ,サソリ毒を代表するペプチドであると言える.これらは60~80残基の長さで4組のジスルフィド結合をもち,CS α/βモチーフを形成している(図4a図4■サソリ毒ペプチドの代表的な立体構造).現在のところ,Naチャネルに作用するペプチドは,ヒトに対して危険な種を含むButhidae科のサソリのみから単離されており,それ以外の科に属するサソリからは見いだされていない.図3図3■サソリ毒液成分の質量分布の比較(MALDI-TOF MSによる測定)文献8, 9から許可を得て転載(一部改変)に示した毒液成分の質量分布の比較からも,Buthidae科のサソリには7,000 Da付近の質量をもつ毒素が多く存在するのに対して,Hormuridae科のヤエヤマサソリではそのような大きさの毒素がほとんど存在しないことがわかる.

図4■サソリ毒ペプチドの代表的な立体構造

Naチャネルに作用するペプチドは,チャネル内での結合位置の違いによってα-toxinとβ-toxinの2つのファミリーに分類される(表1表1■Naチャネルに作用するペプチドの分類と代表的な毒素の配列).さらに,α-toxinは哺乳類と昆虫に対する作用選択性の違いにより3種類のタイプに分類される.つまり,哺乳類あるいは昆虫それぞれに選択的に作用するタイプと,そのような選択性がないタイプに分けられる.同様にβ-toxinも作用選択性の違いによって4種類のタイプに分類される.この場合,昆虫選択的な毒素はさらに症状の違いによって興奮性と抑制性の2つタイプに分けられる.それぞれのファミリーに属するペプチドの立体構造はそれほど大きく違っているわけではなく,僅かな配列の違いによってNaチャネルに対する高い選択性を生じさせている.しかし,このような作用選択性の発現メカニズムに対して明確な答えが示されているわけではない.これは,低分子化合物のように受容体との結合が局所的な相互作用によって生じているのとは違って,ペプチド分子の場合は複数の部位で受容体と相互作用しているために類縁体を用いた証明が容易ではないからである.さらに膜タンパク質であるイオンチャネルの立体構造の解明が進んでいないことも研究の進展を妨げている一因である.最近,クライオ電顕を用いることによってペプチド毒素とナトリウムチャネルとの相互作用の詳細が明らかにされつつあり,今後は選択性の発現メカニズムの理解が進むものと考えられる(13)13) T. Clairfeuille, A. Cloake, D. T. Infield, J. P. Llongueras, C. P. Arthur, Z. R. Li, Y. W. Jian, M. F. Martin-Eauclaire, P. E. Bougis, C. Ciferri et al.: Science, 363, eaav8573 (2019).

表1■Naチャネルに作用するペプチドの分類と代表的な毒素の配列
分類作用選択性代表的毒素配列
α-Toxin哺乳類AaH2VKDGYIVDDVNCTYFCGRNAYCNEECTKLKGESGYCQWASPYGNACYCYKLPDHVRTKGPGRCH
昆虫LqhαITVRDAYIAKNYNCVYECFRDAYCNELCTKNGASSGYCQWAGKYGNACWCYALPDNVPIRVPGKCHRK
哺乳類と昆虫Lqh3VRDGYIAQPENCVYHCFPGSSGCDTLCKEKGGTSGHCGFKVGHGLACWCNALPDNVGIIVEGEKCHS
β-Toxin哺乳類Cn2KEGYLVDKNTGCKYECLKLGDNDYCLRECKQQYGKGAGGYCYAFACWCTHLYEQAIVWPLPNKRCS
哺乳類と昆虫Ts1KEGYLMDHEGCKLSCFIRPSGYCGRECGIKKGSSGYCAWPACYCYGLPNWVKVWDRATNKC
昆虫(興奮性)BmKIT1KKNGYAVDSSGKVSECLLNNYCNNICTKVYYATSGYCCLLSCYCFGLDDDKAVLKIKDATKSYCDVQII
昆虫(抑制性)LqhIT2DGYIKRRDGCKVACLIGNEGCDKECKAYGGSYGYCWTWGLACWCEGLPDDKTWKSETNTCG

2. Kチャネルに作用するペプチド

サソリ毒液から多くのKチャネルに作用するペプチド(KTxペプチドと呼ばれる)がこれまでに同定されている(12)12) D. M. Housley, G. D. Housley, M. J. Liddell & E. A. Jennings: Neuropharmacology, 127, 46 (2017)..Naチャネルに作用するペプチドと比べるとその構造は多様であり,20~80残基の長さで2~4組のジスルフィド結合をもつ.哺乳類のKチャネルには多くのサブタイプが存在するが,KTxペプチドのなかにはそれぞれのチャネルに対して極めて高い作用選択性を示すものがある.したがって,これらはKチャネル研究のための分子ツールとして有用であるだけでなく,医薬品としての応用が期待されている.一方で,KTxペプチドは個体レベルでは昆虫や哺乳動物に対して強い毒性を示さないことがほとんどであり,KTxペプチドのサソリ毒における生物学的な役割に関しては不明な点が多い.

KTxペプチドは構造に基づいて7つのファミリー(α, β, γ, κ, δ, λ, ε)に分類される(表2表2■Kチャネルに作用するペプチドの分類と代表的な毒素の配列).Naチャネルに作用するペプチドとは異なり,構造だけを基準にして分類されている場合があるため,同じファミリーに分類されていても必ずしも同じ作用を示すわけではない点に注意する必要がある.

表2■Kチャネルに作用するペプチドの分類と代表的な毒素の配列
分類代表的毒素骨格構造配列
α-KTxCharybdotoxinCS α/βQFTNVSCTTSKECWSVCQRLHNTSRGKCMNKKCRCYS
β-KTxLaIT2α-Helix + CS α/βAKKPFVQRVKNAASKAYNKLKGLAMQSQYGCPIISNMCEDHCRRKKMEGQCDLLDCVCS
γ-KTxErgtoxinCS α/βDRDSCVDKSRCAKYGYYQECQDCCKNAGHNGGTCMFFKCKCA
κ-KTxHfTx2CS α/αGHACYRNCWREGNDEETCKERCG
δ-KTxLmKTT-1aKunitz-typeKKKCQLPSDVGKGKASFTRYYYNEESGKCETFIYGGVGGNSNNFLTKEDCCRECAQGSC
λ-KTxλ-MeuKTx-1ICKGCNRLNKKCNSDADCCRYGERCISTGVNYYCRPDFGP
ε-KTxTs11ICK-likeKPKCGLCRYRCCSGGCSSGKCVNGACDCS

α-KTxはサソリ毒のなかで最も同定数が多いペプチドであり,20~40残基の長さで3~4組のジスルフィド結合をもつ.これらはNaチャネルに作用するペプチドと同様にCS α/βモチーフを形成している(図4b図4■サソリ毒ペプチドの代表的な立体構造).最初に同定されたcharybdotoxinは,電位依存性KチャネルのうちKv1.2およびKv1.3に高い作用選択性を示す(14)14) S. Grissmer, A. N. Nguyen, J. Aiyar, D. C. Hanson, R. J. Mather, G. A. Gutman, M. J. Karmilowicz, D. D. Auperin & K. G. Chandy: Mol. Pharmacol., 45, 1227 (1994)..β-KTxはα-KTxと同様にCS α/βモチーフをもつが,これに加えてジスルフィド結合を含まないα-ヘリックス構造がN末端領域に存在する.そのためα-KTxよりも分子サイズは大きく,70残基を超えるペプチドも存在する.β-KTxに分類されるペプチドの中には,Kチャネルへの作用ではなく抗菌活性や溶血活性を示すものが存在する.筆者らの研究グループでは,ヤエヤマサソリからβ-KTxペプチドとしてLaIT2を同定しているが,その殺虫活性は主にN末端領域の形成する両親媒性のαヘリックス構造による細胞膜破壊作用によって引き起こされていることを明らかにしている(15)15) H. Juichi, R. Ando, T. Ishido, M. Miyashita, Y. Nakagawa & H. Miyagawa: J. Pept. Sci., 24, e3133 (2018)..γ-KTxは40残基程度の長さであり,CS α/βモチーフをもつペプチドであるが,その配列および作用するKチャネル(Kv11.1)の違いからα-KTxとは別のファミリーとして分類されている(16)16) G. B. Gurrola, B. Rosati, M. Rocchetti, G. Pimienta, A. Zaza, A. Arcangeli, M. Olivotto, L. D. Possani & E. Wanke: FASEB J., 13, 953 (1999)..κ-KTxは上の3つのファミリーと違ってCS α/βモチーフをもたず,2つのαヘリックスが2組のジスルフィド結合によって固定されたCS α/αモチーフをもつペプチドである(図4c図4■サソリ毒ペプチドの代表的な立体構造).κ-KTxは電位依存性Kチャネルに対する阻害活性を示すが,その活性は弱い(μMオーダー)(17)17) S. Peigneur, Y. Yamaguchi, H. Goto, K. N. Srinivasan, P. Gopalakrishnakone, J. Tytgat & K. Sato: Toxicon, 71, 25 (2013)..δ-KTxはKunitz-typeモチーフと呼ばれる構造をもつが,これは生物由来プロテアーゼ阻害ペプチドにおいて共通して見られるモチーフである(図4d図4■サソリ毒ペプチドの代表的な立体構造).現在のところδ-KTxの同定数は少ないが,Kv1.3に高い選択性を示すものがいくつか報告されている(18)18) Z. Y. Chen, Y. T. Hu, W. S. Yang, Y. W. He, J. Feng, B. Wang, R. M. Zhao, J. P. Ding, Z. J. Cao, W. X. Li et al.: J. Biol. Chem., 287, 13813 (2012)..λ-KTxは3組のジスルフィド結合で架橋された構造をもち,その架橋パターンからinhibitor cystine knot(ICK)モチーフを形成していると考えられているが,現在のところ立体構造が報告された例はない.ICKモチーフはδ-KTxと同様にプロテアーゼ阻害ペプチドにおいて見られる構造であり,クモ毒(たとえばhainantoxin I,図5a)などに多い.2種類のペプチドがλ-KTxとして報告されているが,いずれもそのKチャネルへの活性は弱い(19)19) A. I. Kuzmenkov, A. A. Vassilevski, K. S. Kudryashova, O. V. Nekrasova, S. Peigneur, J. Tytgat, A. V. Feofanov, M. P. Kirpichnikov & E. V. Grishin: J. Biol. Chem., 290, 12195 (2015)..ε-KTxはICKペプチドと類似した立体構造をもつが(図5b),4つのジスルフィド結合による架橋様式が独特であることから,λ-KTxとは別の新たなファミリーとして定義された.λ-KTxと同様,報告されている2種類のε-KTxのKチャネルに対する活性は弱い(20)20) C. M. Cremonez, M. Maiti, S. Peigneur, J. S. Cassoli, A. A. A. Dutra, E. Waelkens, E. Lescrinier, P. Herdewijn, M. E. De Lima, A. M. C. Pimenta et al.: Toxins (Basel), 8, 288 (2016).

以上のようにKTxペプチドとして多様な構造のものが同定されているが,これらの活性評価は主に哺乳類のKチャネルを用いて行われており,昆虫などほかの生物に対する活性は不明である.サソリの毒は捕食や防衛のために使われるという本来の役割を考えると,KTxペプチドと分類されていても弱い活性しか確認されていないものは,別の作用標的が存在する可能性がある.

3. その他の特徴的な作用や構造をもつペプチド

Chlorotoxinはその名が示すようにClチャネルに作用する36残基のペプチドである(表3表3■その他の特徴的な作用や構造をもつ毒素の配列).α-KTxと同様にCS α/βモチーフをもつ.興味深いことに,chlorotoxinは脳腫瘍細胞(glioma)に特異的に結合する性質をもち,腫瘍細胞を特異的に検出するイメージング試薬としての応用研究が進んでいる(21)21) P. G. Ojeda, C. K. Wang & D. J. Craik: Biopolymers, 106, 25 (2016).

表3■その他の特徴的な作用や構造をもつ毒素の配列
毒素主な作用配列
ChlorotoxinClチャネル阻害MCMPCFTTDHQMARKCDDCCGGKGRGKCYGPQCLCR
Maurocalcinリアノジン受容体結合GDCLPHLKLCKENKDCCSKKCKRRGTNIEKRCR
LaIT1殺虫性ペプチドDFPLSKEYETCVRPRKCQPPLKCNKAQICVDPKKGW

Maurocalcinはリアノジン受容体に作用する33残基のペプチドであり,3つのジスルフィド結合によって架橋されたICKモチーフをもつ(22)22) A. Mosbah, R. Kharrat, Z. Fajloun, J. G. Renisio, E. Blanc, J. M. Sabatier, M. El Ayeb & H. Darbon: Proteins, 40, 436 (2000)..リアノジン受容体は細胞内に存在するため,その作用点までどのように到達するかについても関心がもたれた.その後,maurocalcinが細胞膜を透過して作用することが証明され,細胞膜透過性ペプチドとしても注目されている(23)23) E. Esteve, K. Mabrouk, A. Dupuis, S. Smida-Rezgui, X. Altafaj, D. Grunwald, J. C. Platel, N. Andreotti, I. Marty, J. M. Sabatier et al.: J. Biol. Chem., 280, 12833 (2005).

LaIT1は,筆者らの研究グループがヤエヤマサソリから単離した36残基の殺虫性ペプチドである(24)24) N. Matsushita, M. Miyashita, A. Sakai, Y. Nakagawa & H. Miyagawa: Toxicon, 50, 861 (2007)..LaIT1は昆虫選択的な毒性を示すが,その作用機構は現在のところ不明である.上記のκ-KTx同様に2つのジスルフィド結合をもつが,その架橋様式は異なっており,disulfide-directed β-hairpin(DDH)と呼ばれる構造をもつ(25)25) S. Horita, N. Matsushita, T. Kawachi, R. Ayabe, M. Miyashita, T. Miyakawa, Y. Nakagawa, K. Nagata, H. Miyagawa & M. Tanokura: Biochem. Biophys. Res. Commun., 411, 738 (2011)..DDHはジスルフィド結合が2つしか存在しないが,ICKモチーフと類似した構造であることから(図5c図5■ICKおよびその関連モチーフを持つ毒素ペプチドの立体構造とジスルフィド結合パターン),このモチーフの起源であるとする報告もある.しかしながら,DDHモチーフは節足動物以外からは見つかってないため,ICKモチーフの1形態であると考えるのが妥当であるとされている.

図5■ICKおよびその関連モチーフを持つ毒素ペプチドの立体構造とジスルフィド結合パターン

ジスルフィド結合を含まないサソリ毒素ペプチド

ジスルフィド結合をもたない直鎖状ペプチドもサソリ毒液から多く同定されているが,それらのほとんどは抗菌性ペプチドとして報告されている.これらのペプチドは10~60残基の長さでαヘリックス構造を形成している(10)10) A. Almaaytah & Q. Albalas: Peptides, 51, 35 (2014)..さらに,αヘリックスの一方の面には疎水性残基が集まり,その反対側の面には親水性残基(特に塩基性残基)が集まることによって両親媒性構造が形成されている.この性質によって,これらのペプチドは細胞膜上に集積し,ある一定の濃度を超えると膜に小さな孔を開けて抗菌性や細胞溶解性を発揮すると考えられている.筆者らは最近,マダラサソリ毒液から4種の抗菌性ペプチドを同定した(26)26) M. Miyashita, A. Kitanaka, M. Yakio, Y. Yamazaki, Y. Nakagawa & H. Miyagawa: Toxicon, 139, 1 (2017).表4表4■マダラサソリ毒液由来の抗菌性ペプチドの配列).興味深いことにそれぞれのペプチドの抗菌スペクトルは異なっており,顕著な殺虫活性を示すペプチドも存在した.また,このような抗菌性ペプチドをイオンチャネルに作用する毒素と同時に作用させるとその活性を増強させることが知られている(27)27) L. Kuhn-Nentwig: Cell. Mol. Life Sci., 60, 2651 (2003)..これらのことから,抗菌性ペプチドはサソリ毒液において複数の役割を果たし,その生理活性の多様化に貢献しているものと考えられる.

表4■マダラサソリ毒液由来の抗菌性ペプチドの配列
ペプチド配列
Im-1FSFKRLKGFAKKLWNSKLARKIRTKGLKYVKNFAKDMLSEGEEAPPAAEPPVEAPQ
Im-4FIGMIPGLIGGLISAIK
Im-5FLGSLFSIGSKLLPGVIKLFQRKKQ
Im-6FFFLPSLIGGLVSAIK

おわりに

冒頭で述べたように,サソリは2,400種以上の存在が確認されている.それらの毒液にそれぞれ100種類のペプチド成分が含まれると考えると,全部で24万種類のサソリ毒ペプチドが存在することになる.現在のところ,詳細が明らかにされているペプチドは僅か1,000種類程度に過ぎず,これは予想される全種類の1%にも満たない.つまり,これまでに同定されているサソリ毒の構造は氷山の一角に過ぎない可能性がある.筆者らはヤエヤマサソリから新奇構造をもつLaIT1を見いだすことができたが,これは人間に対する危険性が低いために研究対象としてみなされないようなマイナーなサソリ種であったことが幸いした.世界には毒研究が行われていないサソリ種がまだまだ多く存在しており,今後もユニークな構造をもつペプチドが発見されることは間違いないであろう.一方で,一つのサソリ種の毒液成分を細かく見ていくと,活性成分として同定されているのは一部でしかなく,そのほかの多くの成分の活性や役割は不明である.これは,その活性の対象となる生物が現在では絶滅したために役割を失ってしまったということも考えられるが,私たちが想定できていない活性をもっている可能性もある.また,単独では強い活性を示さないが,混合物では明確な役割を果たしている成分もあると考えられる.複数の毒素ペプチドを組み合わせて活性評価を行うことによって,これまで見過ごされてきた成分から新たな役割をもつものが見いだされることは大いにありうるだろう.

近年,高速DNAシーケンサーの登場によって遺伝子レベルでの配列解析のスピードは劇的に向上しており,サソリ毒ペプチドの同定数は加速度的に増加している.しかしながら,この手法ではあくまで既知ペプチドと類似した配列が見いだされるにとどまっており,全く新しい構造を見いだすことは容易ではない.筆者らの研究グループでは,精製と活性評価を繰り返して活性成分にたどり着く古典的な手法によってこれまで研究を進めてきた.新しい構造をもつ活性成分を見いだすにはこの手法が現在においても重要であるのは言うまでもないが,十分な量の毒試料が手に入らない場合「活性成分を単離してから構造を決定する」という従来の実験手法では限界があるのも事実である.このような場合「まずすべての成分について構造決定を行い,それぞれ合成して十分量を確保してから活性評価を行う」という逆の順序で実験を進める必要がある.現段階では合成スピードが十分ではなく,この手法のボトルネックとなってしまうが,ペプチド合成は自動化されており,マイクロ波の利用による反応時間の短縮化も進んでいる.近い将来,このような手法を用いることによって新たな構造のサソリ毒が見いだされることを期待している.

Reference

1) ジャン・アンリ・ファーブル,奥本大三郎翻訳:“完訳 ファーブル昆虫記”第9巻下,集英社,2015.

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