Kagaku to Seibutsu 57(8): 492-502 (2019)
セミナー室
改訂増補版:統計検定を理解せずに使っている人のために I
Published: 2019-08-01
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
この総説は,「統計検定を理解せずに使っている人のために I」の改訂増補版である.今後,「II」および「III」も改訂増補する.これら三部作は2013年に出版されたが,最近でもJ-STAGEでの「化学と生物」の論文アクセスランキングで常に上位を占めている.しかし,これら三部作には正しくない記載や,言葉足らずでわかりにくい内容があった.そこで,誤りを修正し,内容をさらに充実しわかりやすくするため,改訂することとなった.間違いのあった理由は,筆者の統計に対する理解不足にほかならない.筆者は統計学が専門ではない.本来このような学術雑誌には専門家が執筆すべきと考えるが,専門家による総説や専門書は,往々にして生命科学系研究者(学生を含めて)が知りたい基本や核心については書かれていない場合が多い.この三部作が出版後6年も経つにもかかわらず一貫してアクセス数が多いことは,統計を理解できず救いの手を必要とする研究者がいかに多いかを物語っている.本総説が多くの研究者の研究の一助となることを願う.
このセミナーは,2012年5月に開催された日本栄養・食糧学会の教育講演「栄養学・食糧学のための実践統計検定法」がもとになっている.この講演は好評を得て,その後,現在までに多くの講演や講義の依頼を受け,また,本も執筆した(1, 2)1) 池田郁男:“実験で使うとこだけ生物統計1 キホンのキ”改訂版,羊土社,2017.2) 池田郁男:“実験で使うとこだけ生物統計2 キホンのホン”改訂版,羊土社,2017..統計を理解したいという研究者や学生の欲求がいかに強いかを実感している.私は統計の専門家ではないので,本セミナーの内容は基本的に多くの統計書を総合して生命科学系研究者にわかりやすいように解説したものである.実験研究に携わる研究者や学生にとって多くの統計書はわかりにくく,読むことには多大の苦痛を伴い,挫折することもしばしばである.そこで,本セミナーは,研究者の視点から,研究者が知りたいポイントに重点を置いてわかりやすく解説したつもりである.
高度な研究を行っている研究者が,用いている統計検定の基本をわかっていなくてよいはずがない.統計を利用している研究者は必ずしも難しい統計理論を必要としているわけではなく,ある程度の基本を理解し,学会や学術論文で文句を言われない適切な検定法を選ぶことがまずは重要である.統計が理解できていない場合,自らの研究と似かよった研究論文の統計検定を真似て検定を行っている場合もあるかもしれない.しかし,出版されている論文が正しい統計検定法を用いているかというと必ずしもそうではなく,不適切な検定法の論文も少なからず存在する.ある調査によれば,学術論文の約30~50%が統計に何らかの問題があることが指摘されている(3)3) A. Reinhart: Statistics done wrong: The woefully complete guide, William Pollock, 2015..Impact factorの高いジャーナルの論文でも,これでよいのかと思われるような統計検定法が見受けられる.論文編集委員や査読者に統計の知識が乏しいと,不適切な統計検定法のまま雑誌に掲載される.その検定法を真似ると,さらに間違った統計検定法が世界中で横行することとなる.
統計検定は有意差があるかどうかを判断するための一手段であり,有意差の有無さえわかればよいと考えている研究者もいるかもしれない.しかし,この考え方だけでは研究者としては適切とは思えない.生命科学系研究者にとって,統計的考え方を理解することは真実を追究するうえで習得しておくべき重要な基本事項と筆者は考える.したがって,有意差検定の手法だけでなく,統計的考え方を理解し,研究に役立てて欲しい.
研究で必要とされる統計検定法は多様であり,研究者がそれらすべてを修得することは容易ではない.だからといって,統計書で自分が必要とする統計検定法の部分のみを読んでも,理解できない場合が多い.そもそも,どの検定法を選べばよいのかさえわからないこともしばしばである.仕方なく,基礎から学んでみるが途中で挫折し,結局,研究室で従来から行われている統計検定を意味もわからず踏襲することになる.というのが,筆者が何度もたどった道であるが,このような研究者は多いのではないだろうか? この最大の原因は,統計学の基本中の基本を理解できていないことではないかと筆者は考える.その典型的な例は,標準偏差(SD)と標準誤差(SE)の違いを理解していないことである.たくさんの統計検定の手法は,それぞれ皆違うようにみえるが,根底に流れている考え方の基本は比較的共通している場合が多い.共通の考え方を習得するために必要な第一の基本はSDとSEの理解である.
さらに,多くの研究者は有意差があるか,ないかで一喜一憂する.しかし,有意差があるとは,必ずしも本当に差があることを意味しない.われわれ研究者が知りたいのはあくまでも真実であるが,有意差がある,なしの判断が真実を示すとは限らない.真実を明らかにする研究を行うためにも,統計の理解は必須である.また,統計を理解することは,実験結果の処理のためだけでなく,実験計画を立てるうえでも重要である.本来,統計を考えつつ実験計画を立てるのが基本であり,実験を行ってから統計検定法を考えるべきではない.そのためにも統計を理解していないと実験計画は立てられないのである.
筆者は,食品機能学および栄養化学,脂質生化学を専門としており,培養細胞試験や試験管内試験,および,動物飼育試験での2群および3群以上の群間比較を主に用いている.統計検定法は多様であり,それらを網羅してしまうと,焦点がぼけてしまう可能性がある.そこで,本セミナーでは筆者自身が研究において主に利用し,最低限必要と考える検定法を詳述する.より細かい検定法は,拙著を参考にされたい(1, 2)1) 池田郁男:“実験で使うとこだけ生物統計1 キホンのキ”改訂版,羊土社,2017.2) 池田郁男:“実験で使うとこだけ生物統計2 キホンのホン”改訂版,羊土社,2017..
本セミナー4~6では講演のスライド形式で図を挿入する.本文を読むにあたって,まず,その項目の図の内容をざっと眺めることをお勧めする.この改訂増補版では,「統計検定を理解せずに使っている人のために I」「II」「III」の図表を,最近の講演で用いている図表に差し替え,また,追加もしている.
本セミナーでは,主に以下の項目について言及する.
研究は多様で,データのタイプもさまざまであるが,主に3つのタイプがある.
このセミナーでは,主に 1.測定データを取り扱うが,ノンパラメトリック検定では 2.順位データを取り扱う.
基礎統計学を学習すれば,母集団と標本は最初に登場し,それほど難しい話ではない.しかし,読者は自らの研究が母集団なのか標本なのかを意識して研究しているだろうか? 研究者が母集団と標本の違いを無意識にでも意識していなければ,統計を何もわかっていないと言われても仕方がない.
典型的な母集団と標本の例は以下のようなものがある.
例1)S市民の血漿コレステロール濃度の平均値や分布を知りたい.しかし,全員を調べることはできないので,一部の市民を抽出して調べる.S市民全員は母集団であり,抽出した一部の市民は標本である.この例はわかりやすい.しかし,生命科学系研究者には今一つピンとこない.
そこで次の例2)として,ある系統のマウス6匹に「ある特殊な成分X」を摂食させて影響をみたところ,画期的な発見があった.この発見は世界初であり6匹以外に成分Xを摂取したマウスはいない.さて,この実験は,母集団の実験か,標本の実験か? 多くの生命科学系の実験は,ほかに誰も行っていない世界初の実験が多いのではないだろうか?
例1)の研究の目的を考えると,研究者は実験した標本の結果だけを知りたいわけではなく,母集団のS市民全体(母集団)の情報を知りたいはずである.では,例2)はどうであろうか? 研究者であれば,この試験結果が6匹だけで起こるのでは満足せず,世界中の同じ系統のマウスを用いて同じ試験を行っても,同様の結果が得られることを期待するのではないだろうか?*1実験動物を用いる試験の場合,理想的には母集団は世界中の同系統のマウスと考えれば世界的な研究として位置づけられる.しかし,現実はそうではない.同じ系統のマウスでも,動物を納入するブリーダーごとに遺伝子は全く同じというわけではないので,ブリーダーが違うと実験に対する応答は異なることはよくある.したがって,購入したブリーダーのマウス全体を母集団と考えたほうがよい.筆者には,ある系統のラットで,研究対象の遺伝子がブリーダーAでは欠損し,別のブリーダーBでは欠損していなかったため,研究が大混乱に陥った経験がある.同じ系統ならどのブリーダーの動物でも同じように応答すると思っている研究者が多いかもしれないが,必ずしもそうではないので注意が必要である.このように,動物実験は世界的な研究と位置づけたいが,実はローカルな実験を行っているので,類似の試験でもほかの研究者が行うと研究結果が異なることは起こりうると思っておいたほうがよい.このような状況は,植物,魚や微生物などの研究でも同様と考えられる.類似の実験でも研究者によって異なる結果が出現するので,研究者を悩ます一因となるが,多様な結果に惑わされないことである.生物を用いた試験とはそのようなものであり,普遍的な真実を見つけることは容易ではない. つまり,いくら世界初であっても6匹の試験は標本の試験ととらえ,より大きな母集団を想定し(そのような母集団は実在しないが),その母集団でも同じ結果が得られることを期待すべきである.すなわち,研究者は標本のデータしか得ることはできないが,母集団の情報を知りたい(推定したい)ために研究を行っているのである(図1図1■標本で試験し母集団の情報を推定する).これは極めて重要な概念である.なぜ,母集団の情報を知りたいのかというと,母集団の情報はすなわち真実の情報だからである.研究者は真実を探求するために研究を行っているはずである.読者,特に学生の皆さんは,標本から母集団を推定するという概念を意識しているであろうか? もしこの概念がなく自分の得たデータを標本ではなく母集団の情報と考え,間違いのない真実ととらえてしまうと,大きな誤りを犯すことになりかねない.
ここで,例2)のように実際には存在しない母集団を無限母集団と呼ぶ.これに対して,例1)のS市民全体といった具体的な母集団が存在する場合は有限母集団と呼ぶ.
もちろん,無限母集団を想定する必要のない研究もあり得る.購入したあるいは繁殖で生まれたマウス10匹の情報のみが欲しいといった研究である.その場合はこの10匹を母集団と捉えることができる.すなわち,母集団の想定は研究の目的で変化する.研究を行う際には,まず,研究の目的をよく考え,母集団は何かを想定すべきである.主にマウスの例で説明してきたが,植物や魚などでの試験,あるいは,培養細胞試験などでも考え方は全く同じであり,母集団と標本の概念はもたなければならない.
生物の場合,個々の集団はあるバラツキをもっている.たとえば,ある母集団のマウスの体重は,ある範囲でばらついている.その母集団から標本をとると当然バラツキがあり,平均値もバラツキも必ずしも母集団とは一致しない.そのような条件下で,研究者は母集団の情報を推定しようとしている.しかし,標本から母集団を推測することは容易ではない.特に,標本の大きさn*2統計学では,母集団から抽出した標本の数を「標本の大きさ」あるいは「標本サイズ」「サンプルサイズ」と呼び,英語ではsample sizeである.標本数とは呼ばない.標本数は,英語でthe number of samplesでありサンプル数とも呼び,簡単に言えば群数のことである.たいへん紛らわしいので注意してほしい.が小さい場合は,データはばらつく可能性が高くなり,母集団の推定はぶれる.また,そもそもバラツキの大きいパラメータの場合も同様である*3このバラツキは測定誤差によるバラツキのことではなく(次項参照),生物本来のバラツキである.nをどれくらいとればよいのかは,それぞれの実験に依存する.主に,データのバラツキ方つまり分散が関係する.バラツキが大きければ,nを大きくすべきである.しかし,一般にバラツキは実験してみないとわからない場合が多く,また,測定パラメータによりバラツキは異なるので,実験開始時にnを予測することは困難である.論文や過去の実験結果などから大きなバラツキが予測される場合は,nを大きくすることを考えるべきである..バラツキが大きいと,全く同じ試験をもう一度行うと,異なる結果となる可能性が高くなる.すなわち,再現性がとれない確率が高いことは認識しておいた方がよい.
研究者は真実を知るために研究する.しかし,生物を用いる研究ではnが小さい標本で研究している限り,真実を突き止めることは容易ではない.したがって,真実を知るためには,必ず複数の実験を行い再現性を調べるべきである*4実験遂行上の問題や測定誤差などの理由でデータに自信がない場合は,全く同じ試験を行って結果を確認することは有用である.in vitro試験では比較的容易にやり直せる.しかし,動物試験や長期の観察期間が必要な試料の場合はやり直しが困難な場合が多いので,試験を確実に遂行することが重要となる.通常の実験において再現性を確認する場合は,「改訂増補版:III」で述べる“多重性の問題”を考慮すべきで,全く同じ試験を繰り返し行うよりも,別の角度の実験を複数回行って,同様の結果が得られるかを確認したほうが,信頼性の高い試験と認識される..2016年のNature誌の調査では,多くの研究者が再現性を調べずに論文化していることを指摘している(4)4) M. Baker: Nature, 533, 452 (2016)..調査に応じた研究者の70%以上がほかの研究者の研究に再現性がないと答えている.再現性のない論文が多数出回ることは,混乱を招く要因となる.日本でも博士論文や修士論文に間に合わせるためや業績を増やすために,再現性を調べずに論文化している例は多いのではないだろうか?
ここで,後々出てくるので母集団を定義する.母集団(たとえば,世界中のマウス)の総数(「母集団の大きさ」と呼ばれる)をN,あるパラメータの総平均値は母平均と呼びμ,そのバラツキ方を表す母分散をσ2とする.σ2をルートしたσは母標準偏差と呼ばれる(σ2 とσについては後述する)なお,すでに登場したが,母集団から取り出した標本の数は,「標本の大きさ」*1と呼び,nと表記する.
このセミナーでは,主に測定データ(定量値)の統計処理を扱う.測定データは研究者や学生が測定した数値である.そこで問題になるのが測定誤差であり,主題に入る前に注意しておきたい.個々の生物にはバラツキがあるが,それに加えて,測定者の測定誤差が上乗せされる.測定誤差が大きいとデータの信頼度は低くなり,統計検定に値しない.当たり前である.筆者の経験では,卒業論文研究で研究室に入る学生諸君の定量分析能力はかなり低く,信用できない場合が多い.しかも,学生は自分の定量能力の低さを理解していない.どれだけ長く学生実験をやっていても,定量性を高めようという意識と訓練がなければ,定量能力は高くならない.したがって,学生の定量能力を把握し,測定誤差を極力小さくする訓練を行うことが,指導者には求められる.同じ試料を2回測定させたとき,全く異なるデータとなることは珍しくない(図2図2■統計検定は測定誤差を考慮してくれない!).それぞれの測定値で相関をとってみると一目瞭然である(図3図3■自分の測定誤差を知って分析能力を磨こう!).どちらが正しいデータであろうか? どちらも正しくないこともありうる.
永年学生を指導した経験からは,オートピペット*5オートピペットは,目盛りどおりの容量が測り取れると信じている学生がいるが,必ずしもそうではない.しかも,目盛りと測り取れる容量は,ずれている.また,熟練度が低いとバラツキが大きくなる.さらに,オートピペット自体しばしば狂いを生じる.その点を理解している研究者であれば,使用するすべてのオートピペットを定期的に検定するか,あるいは,使用前に検定しているはずである.ちなみに私の研究室では,使用前に,水を用いて測り取る容量を精密天秤で繰り返し重量測定し,正しく測り取れているかを検定してから使用している.特に,複数の研究者がオートピペットを共用して使用している場合は,信用してはいけない.使用直前に検定することをお薦めする.この検定を行うと,不具合があればすぐに気づくし,オートピペットの繰り返し精度がどれくらいなのかを認識でき,また,熟練度が低いとバラツキが大きくなることを理解できる.オートピペットを検定して使用することは研究者としての基本である.実は,ガラスピペットも基本ができていない学生の秤量誤差は大きい.,ガラスピペット,いずれでもピペッティングの誤差が大きい.測定の際にピペット操作が多いと誤差が誤差を生む.特に,微量サンプリング,たとえば,数µLから20 µLのサンプリングは大学院生でも誤差が大きく,再現性のある測定値が得られないことがある(mRNA発現量の測定など).サンプリング能力を高めておかないと折角の実験が台なしになる.学生諸君も実験技術が未熟であることを自覚し,測定誤差を小さくする訓練を行うべきである.正しい測定値が得られてこそ,正しい研究結果や統計検定結果が得られる.
すでに述べたが,生命科学系の研究では多くの場合,標本で研究する.母集団からの標本の抽出は,基本的に無作為抽出(ランダムサンプリング)で行うべきである.無作為抽出とは,簡単に言えば,母集団を反映する標本を作為なく取り出すことであり,決してデタラメに取り出すことではない.これは極めて重要で,必ず頭に置いて欲しい.母集団を反映する標本が取り出せれば正しい情報が得られるが,もし,標本が偏っていると統計的推定は間違った情報となる.
無作為抽出は簡単ではない.すでに述べた例1)でS市民全体の情報を知るために,S市民から標本を50名抽出しなさいと言われると,途方に暮れるのではないだろうか? 標本の抽出方法は,個々の研究により多様であり一概に言えないが,よく考えて行わないと偏ることになる.たとえば,ある水域から魚を抽出する場合や畑の作物から何本か抽出する場合など,何気なく選びそうであるが,専門分野に適した無作為抽出法を勉強すべきである*6無作為抽出法は研究の種類により一概に言えないので,このセミナーでは述べない.統計書や標本抽出の専門書を参考に,それぞれの研究に適した方法を考えるべきである..なお,実験動物を用いる場合は,ブリーダーから納入される動物を母集団から無作為抽出された標本と考えるしかないが,実際は,同じ母集団から無作為抽出されたとは思えないような,応答の異なる動物が納入されることはありうる.
研究者にとって,データの特徴をつかむことは重要である.たとえば,図4図4■データの特徴をつかむ左の棒グラフは2群の平均値である(各群6匹).A群とB群間で差があると言えるかどうかは,個人個人で判断が分かれるはずである.差があるかどうかの判断は平均値の差だけでは決められない.そこで,図4図4■データの特徴をつかむ右側上下の2つの棒グラフを見てほしい.A, B群の個々のデータを棒グラフにしている.右上のグラフを見ると,データはよくそろっておりA群とB群間に差があるように見える.ところが,右下のグラフはデータがバラバラであり,差があるようには見えない.しかし,いずれのグラフも平均値を取ると左のグラフとなる.
ここで重要なポイントが見えてくる.差の有無の判断は,平均値の差だけでなく,バラツキ方で変わるということである.すなわち,差の有無は平均値の差とバラツキの兼ね合いで判断できそうである.この考え方こそが,後に出てくるパラメトリック検定の原理である.
もう一つの重要なポイントは,個々のデータを図示するとデータの特徴がつかめることである.平均値と標準誤差や標準偏差(これらは後述する)だけを図示するのではなく,図4図4■データの特徴をつかむ右側にあるように,個々のデータも図示することをお勧めする.
統計検定には大きく分けてパラメトリック検定とノンパラメトリック検定の2つがある(図5図5■パラメトリック検定とノンパラメトリック検定).多くの研究者はパラメトリック検定しか利用していないが,ノンパラメトリック検定も考慮に値する検定法であり,その原理を知っておくことはデータの処理に際して役に立つ.
あるパラメータの母集団の分布は,いろいろな分布が考えられる.すでに述べたように,生命科学系研究者は標本で研究しており,母集団の情報がわからない場合が多い.しかし,母集団の情報を想定したほうが,標本から母集団の情報を推定しやすい.そこで,母集団が正規分布することを仮定して構築されたのが,パラメトリック検定である(図5図5■パラメトリック検定とノンパラメトリック検定の右の2つのグラフ*7本セミナーのすべての図は筆者が模式的に描いたもので必ずしも正確なものではない.).一方,ノンパラメトリック検定は母集団の分布に仮定がなく分布が偏っていてもよい(図5図5■パラメトリック検定とノンパラメトリック検定のすべてのグラフ).注意してほしいのは,ノンパラメトリック検定には母集団が正規分布している場合も含まれることである.ノンパラメトリック検定については次回「改訂増補版:II」に記述する.正規分布の詳細はここでは書かない.統計書にはいくらでも登場するので参照して欲しい.
生物のかかわる多くのパラメータは正規分布に従うことが知られる.たとえば,母集団のネズミの体重を測定し分布を調べると,図6図6■正規分布とは?上グラフのようになったとする.横軸は体重の分布を,縦軸は頻度を示し,ここではネズミの匹数である.平均体重付近で最もネズミの数が多く,平均体重から離れるほどネズミの数は減少するベル型である.重要なパラメータは,母平均μとバラツキの指標である母標準偏差σである(パラメータの説明は後述).正規分布の図は,σが小さければ裾野が狭く,大きければ裾野が広がる(図5図5■パラメトリック検定とノンパラメトリック検定右グラフ上と下を比較).
もちろん,正規分布しない偏った分布のパラメータも多く存在する(図5図5■パラメトリック検定とノンパラメトリック検定左グラフは一例,図6図6■正規分布とは?下グラフ).正規分布しない場合,平均値はあまり意味をなさない(図5図5■パラメトリック検定とノンパラメトリック検定左グラフのµや図6図6■正規分布とは?下グラフの平均値の位置に注意).偏った分布の場合は,中央値や最頻値が用いられるが,生命科学系の基礎研究の論文ではほとんどお目にかからない.中央値とは,データを大きさの順に並べたときの真ん中の値であり,最頻値とは,最もたびたび現れる値である(図6図6■正規分布とは?下グラフ).なお,正規分布であれば,平均値,中央値,最頻値はほぼ一致する(図6図6■正規分布とは?上グラフ).
次回「改訂増補版:II」に記述するが,ノンパラメトリック検定は中央値を用いた検定法である.平均値や後述の標準偏差などのパラメータは母集団が正規分布することが前提であり,正規分布していないとあまり意味がない.しかし,ノンパラメトリック検定を用いた論文でもデータ表記は平均値や標準偏差などを用いている論文が多い.これは,考えてみるとおかしなことである.
パラメトリック検定は母集団が正規分布することが前提である.しかし,生命科学系研究者が測定するパラメータの母集団が正規分布するかどうかはわからない場合がほとんどである.母集団が正規分布しているかどうかは正規性の検定*8正規性の検定の原理はこのセミナーでは説明しない.を行えば知ることができ,正規分布していれば,パラメトリック検定を行うと統計書には記述されている.読者は正規性の検定を行っているであろうか?
生命科学系研究の場合,標本の大きさnは10以下の場合が多い.図7図7■正規性の検定の左側のグラフにあるように,たとえばnが6と小さいと母集団が正規分布しているかどうかは見た目ではわからない.正規分布しているかどうかは,nが30以上は必要と言われている(図7図7■正規性の検定の左右のグラフを比較).ある統計ソフトでは,n<12では,正規性の検定はあてにならないと記されている.したがって,nが小さい場合には正規性の検定を行う意味はあまりないように思われる.一方で,nが大きいのであれば,正規性の検定を行って判断すればよい.
nが小さい場合,正規性の検定を行うと正規分布と判断される場合が多い(これは,正規性の検定の数式に当てはめると正規分布と判定されるだけであって,本当に正規分布していることを意味している訳ではない).この判断を適用してパラメトリック検定を行うのが一般的である.しかし,nが小さい場合は正規分布しているかどうか判断できないので,正規分布してもしなくても用いることができるノンパラメトリック検定は利用価値がある.しかし,利用するためには,その原理を理解する必要がある.なお,パラメトリック検定は母集団が正規分布する場合に用いるが,この点はあまり厳密に考える必要はなく,正規分布から多少外れていても用いることができるとされている.
パラメトリック検定では,母集団は正規分布であり,平均値とバラツキというパラメータが重要である.数値のバラツキ方を表す言葉に分散がある.分散の計算は理解しているという方は多いと思うが,重要なポイントを含むので再確認と思って読んでほしい.
まずは,母集団での分散(母分散σ2)である.標本ではないので注意して欲しい.母集団の大きさNは相当に大きい数であるが,わかりやすくするため図8図8■母分散σ2の計算法ではN=6としている.個々のデータはx1からx6で表している.その平均値は母平均μである.図8図8■母分散σ2の計算法左のグラフを見て欲しい.データのバラツキは,母平均μからどれくらい離れているかで表すことができるので,たとえば,データx1のバラツキは(x1−μ)で表すことができる.6つのデータすべてでこれを計算し合計すれば,バラツキの総和を求めることができる(図8図8■母分散σ2の計算法右上の計算式).しかし,個々のデータはμよりも大きい場合と小さい場合があるので,μを引くとプラスとマイナスが生じ,この総和はゼロになる.ゼロではバラツキは求められないので,2乗(平方)して足すことに決まっている(図8図8■母分散σ2の計算法右中段).平方して足すので平方和と呼ばれる.平方和は母集団の大きさNが大きくなればなるほど大きくなるので,N(ここでは6)で割り算して,平均の分散を求める(図8図8■母分散σ2の計算法下の計算式).これを母分散と呼びσ2で表す.母分散は母集団のデータのバラツキ方を表す指標であるが,データから母平均μを引いた後,平方して足しているので,言うなれば(バラツキ)2を表している.
母分散σ2の計算式からわかるように,σ2は母平均とは次元が異なっており,平均値と直接比較ができない.そこで,次元をそろえるために母分散σ2をルートしσとする(図9図9■母標準偏差σ上の式).このσを母標準偏差と呼ぶ.先に,σ2を(バラツキ)2と表したが,これをルートすることで得られたσが(バラツキ)を表すこととなり,母平均μと次元が同じになる.母標準偏差は母集団のデータのありそうな範囲を示している.多くの統計書では,単に標準偏差と書かれていることがあり,後で出てくる標本標準偏差や不偏標準偏差と混乱する場合があることから,本セミナーでは,母標準偏差,標本標準偏差,不偏標準偏差を明確に区別することとする.
σ2およびσはデータが大きくばらつけば,当然大きな値となる.正規分布グラフはσが大きければ,裾野が大きく広がることになる(図9図9■母標準偏差σ下の正規分布グラフ).なお,σは母平均μから,分布グラフの変曲点までの距離である.