セミナー室

環境DNA分析技術が拓く新たな未来生態系観測における環境DNAの役割

Michio Kondoh

近藤 倫生

東北大学大学院生命科学研究科

Published: 2019-08-01

はじめに

環境DNAとは土壌中や水中など,環境中に残された生物由来のDNAを指す.生物が細胞内に保有するDNAの塩基配列は個体によって異なっており,その親子関係(家系)に関する情報を含んでいる.したがって,環境中から抽出したDNAの塩基配列を適切に解析し,そこに含まれる情報を読み解くことで,このDNAをもともと保有していた生物個体の種判別や所属していた個体群の推定を行うことができる(1, 2)1) S. Yamamoto, R. Masuda, Y. Sato, T. Sado, H. Araki, M. Kondoh, T. Minamoto & M. Miya: Sci. Rep., 7, 40368 (2017).2) K. Uchii, H. Doi & T. Minamoto: Mol. Ecol. Resour., 16, 415 (2016)..また,環境DNAの量や分布には生物の量や分布に関する情報が含まれている(3)3) S. Yamamoto, K. Minami, K. Fukaya, K. Takahashi, H. Sawada, H. Murakami, S. Tsuji, H. Hashizume, S. Kubonaga, T. Horiuchi et al.: PLOS ONE, 11, e0149786 (2016)..水中などに放出されたDNAは比較的短い時間で分解される結果,環境DNAの量は生物量が増すにつれて多くなる傾向があるためだ.これら環境DNAの保有する塩基配列情報や量,その変動を利用した生態系調査技術(環境DNA技術)がこの数年の間に飛躍的に発展したのは,これまで5回にわたってこのセミナー室「環境DNA分析技術の現状」で紹介されてきたとおりである.

環境DNA技術は今後どのような未来をもたらすだろうか.それを占おうというのが本稿のテーマである.いかなる科学技術も,登場した当初はそれが将来どのようなインパクトをもつに至るか予測するのは容易ではない.電波の存在を初めて実証したのはドイツの物理学者ハインリッヒ・ヘルツであった.彼の発見した電波やその関連技術は,今や通信や放送,GPSや気象レーダー,電子レンジなどさまざまな分野で利用されており,私たちの生活に欠かせないものになっている.しかし,そのような未来をヘルツは全く予期しなかったようだ.電波を発見した際に「それが将来何の役に立つのか」と問われたヘルツは,「たぶん,何もない」と答えたという.これと同様に,環境DNAをめぐる技術が今後どのように発展していくかは,もちろん誰も正確に言い当てることはできないに違いない.しかしここでは,将来の環境DNA技術発展への期待も込めつつ,その「難問」に答えたいと思う.環境DNA技術は将来何の役に立つのか」あるいは「どのように利用されるべきか」,この問いへの取り掛かりとして,まずは生態系と人間のかかわりをめぐる現代における諸問題と,生態系調査がそこで果たすべき役割を考えてみよう.

生態系とその人間生活とのかかわり

生態系は多様な生物・非生物的要素から構成される.そして,これらの構成要素が相互作用することで,そこに住む生物種の個体数変動,有機物生産とその分解,エネルギーの流れが駆動されている.さらに人間の営みとのかかわりに目を移せば,食料や材木などの生活に不可欠な物資の提供を通じて,あるいは文化や思想への影響を通じて,そして物質循環や変換,水の浄化,気候の調節などの多様な働きを通して,生態系は人間の社会・経済活動,生活を支えている.このような,生態系が人類に提供するさまざまな「恵み」を生態系サービスと呼ぶ(4)4) Millennium Ecosystem Assessment: “生態系サービスと人類の将来—国連ミレニアムエコシステム評価”,オーム社,2007..地球上に共存する生物は皆,直接・間接にほかの生物や作り出された環境に依存し,生かされているが,私たち人類もまた生態系に依存して生きる一生物であり,ほかの生物と同様,生態系サービスなしでは存続していくことはできない.

生態系サービスは,しかし,生態系がそこに存在しさえすれば必ず約束されるというものではない.その時々の生態系の状態の影響を受けて,生態系サービスは質・量ともに変化しうる.たとえば,海藻が生い茂る豊かな海からは多くの魚介類が水産資源として得られるかもしれないが,海藻がすっかり失われてしまえば生息する魚も減り,そこから得られる水産資源の量は大きく減ってしまうだろう.生態系サービスを維持するには,生態系がどのような状態にあるときに,いかなる仕組みでそのサービスが提供されているのかを見極めることが重要である.たとえば,この20年くらいの間に,種多様性という生態系の状態を表す一指標が,物質生産やその安定性といった生態系サービスに大きく影響しうること,そしてその仕組みがわかってきた(4)4) Millennium Ecosystem Assessment: “生態系サービスと人類の将来—国連ミレニアムエコシステム評価”,オーム社,2007..このような生態系の理解が得られて初めて,目指すべき生態系の好ましい状態(たとえば,高い種多様性など)が明確になるのである.

目指すべき,生態系の好ましい状態が特定できたとしよう.次に求められるのは,生態系をその好ましい状態に変化させたり,保持したりする手段を見つけることだ.生態系の状態は周期的・非周期的な気候変動や人間活動に由来するストレスなどのさまざまな外部要因の影響を受けて変化するが,ここで求められるのは生態系の状態に影響する外部要因とその働きの特定である.これを実現することで2つのアプローチが可能になる.一つは,生態系を好ましくない状態へと変える外部要因に着目し,生態系サービスの鍵となる生態系の状態に影響が及ばないように気を配ることだ.たとえば,地球温暖化(外部要因)が,種多様性(生態系の状態)の変更を通じて豊かな物質生産(生態系サービス)を損ないうるとわかったとする.このとき,豊かな物質生産を維持するために成すべきことの一つは,生態系を好ましくない状態へと変える外部要因,ここでは地球温暖化の進行を食い止めることであろう.いわゆる「緩和(mitigation)」と呼ばれる対策だ.さらに一歩踏み込んで,生態系の状態の制御について考えることもできる.たとえば,地球温暖化が種多様性の変更を通じて物質生産に影響するならば,種多様性が変化しないように別の外部要因に手を加えることで地球温暖化の影響を抑制できるかもしれない.これは生態系の状態変化の影響の軽減・回避を狙う「適応(adaptation)」と呼ばれる対策にあたる.

外部要因の生態系の状態への影響,生態系の状態が生態系サービスに及ぼす影響という2つの因果関係の理解が揃って初めて,私たちは生態系サービスを保つ生態系の好ましい状態を定めたり,そしてこれを維持するための方策を見通したりできるようになる.では,この因果の連鎖を明らかにするにはどうしたら良いだろうか.

環境DNAを利用した生態系観測の意義

現実の野外生態系において外部要因,生態系の状態,生態系サービスの間の因果を理解するのは決して容易ではない.なぜなら生態系があまりにも複雑だからだ.生態系は極めて多数の生物的・非生物的要素が相互作用して駆動する巨大な複雑系である.それらの膨大な要素の状態把握には困難が伴うだろう.また,生態系の構成要素自体の特徴や要素間の関係性が状況依存で大きく変化してしまう可能性もある.たとえば,種間相互作用に関する過去の247の論文を再解析した研究(5)5) S. A. Chamberlain, J. L. Bronstein & J. A. Rudgers: Ecol. Lett., 17, 881 (2014).では,タイミングや場所,生物・非生物要素の影響を受けて種間に働く相互作用の強度のみならず符号(正か負か)も大きく変化することが報告されている.また舞鶴湾に共存する生物種の間に生じている種間相互作用を過去の観測データから推定すると,あるタイミングには正の効果をもっていた種がほかのタイミングでは負の効果をもつというような種間相互作用の大きな変動が検出された(6)6) M. Ushio, C. Hsieh, R. Masuda, E. R. Deyle, H. Ye, C.-W. Chang, G. Sugihara & M. Kondoh: Nature, 554, 360 (2018).図1図1■舞鶴湾における10年間の生物観測データからそこに生息する魚やクラゲの間に成立している種間相互作用を推定した).これらの研究は生態系というシステムの特徴が時と場合によって変化する可能性を示唆している.同様の状況依存性は生態系の構造と動態の間の関係性にも見られる.たとえば,生態系の複雑性(生態系の種多様性や相互作用の数)は,生態系の安定性と関連することが理論予測されているが,その関係はさまざまな条件によって正にも負にもなりうることが理論的に示されている(7, 8)7) M. Kondoh: Science, 299, 1388 (2003).8) A. Mougi & M. Kondoh: Science, 6092, 349 (2012).

図1■舞鶴湾における10年間の生物観測データからそこに生息する魚やクラゲの間に成立している種間相互作用を推定した

(a)種間相互作用はその強度だけではなく,符号(正負)においても大きな時間変動を示した.また,(b)種間相互作用の強度を見てみると,弱い効果が卓越しているのが見てとれる.Ushio et al.の図(6)6) M. Ushio, C. Hsieh, R. Masuda, E. R. Deyle, H. Ye, C.-W. Chang, G. Sugihara & M. Kondoh: Nature, 554, 360 (2018).を改変して作成.

このような状況依存性が支配する複雑な生態系の挙動を理解するには,多様な要素が互いにどう依存し合っているかを明らかにする必要がある.そしてそれには適切な観測とそこから得られるデータに基づく生態系モデリングが欠かせない.一般に,ある対象を理解したいときに求められる観測データは,その対象の複雑性に依存する.対象となるシステムが単純であったり,構成要素の振る舞いや要素間の関係性があらかじめわかっていたりすれば,より少ない観測データで対象となるシステムを理解することができるだろう.逆に,システムが複雑であったり,構成要素の特徴や構成要素間の関係性がわかっていなかったりするなら,それらを推定するために求められる観測データはより多くなる.生態系は前述したとおり巨大・複雑であり,かつ個々の要素の振る舞いや関係性があらかじめわかっているわけではなく,不確定な要素が無数にある.したがって,その理解に必要なデータ・情報の量は必然的に多くなるであろうことが想像できる.したがって,生態系理解のために真っ先に考えられるべき問題は「いかにして大量の情報を得るか」ということになる.

環境DNA技術は,生態系の挙動理解に必要な大量の情報を収集するのに適している.従来の捕獲などに頼る生物調査は実施するのに時間的にも,労力的にも,大きな努力を必要としていた.しかし,環境DNA調査は違う.たとえば魚類相調査を例にとると,現場で必要な作業は採水のみであり,大きく調査時間を短縮できる.しかも,一回の採水でかなりの数の生物種を同時検出することができる.さらに,検出される生物種はたかだか過去数日から1週間くらいの間のものと考えて良いだろうから,得られた生態系情報は生態学的な時間で言えばほぼスナップショットと呼んで差し支えない高い時間解像度をもつことになる.だから,たとえば毎週の観測を実施すれば,それぞれのタイミングごとの生物相に関する情報を得ることができよう(9)9) M. Ushio, H. Murakami, R. Masuda, T. Sado, M. Miya, S. Sakurai, H. Yamanaka, T. Minamoto & M. Kondoh: Metabarcoding Metagenomics, 2, e23297 (2018).図2図2■舞鶴湾において実施されている環境DNA魚類観測).また空間的には,環境DNA調査の結果は,おおよそ数百メートルから広くてもたかだか数キロメートルの範囲の生物相を反映していると考えて良い.この空間解像度を考慮すると,おおよそ数キロから数十キロメートルの空間的間隔をおいて調査地点を設置すれば,それぞれの地点の生物相をある程度反映した観測が可能ということになる.

図2■舞鶴湾において実施されている環境DNA魚類観測

(a)最もよく検出される上位10種の環境DNAの時間変動.(b)環境DNA観測から種多様性の時間変動を評価することもできる.Ushio et al.の図9)9) M. Ushio, H. Murakami, R. Masuda, T. Sado, M. Miya, S. Sakurai, H. Yamanaka, T. Minamoto & M. Kondoh: Metabarcoding Metagenomics, 2, e23297 (2018).を改変して作成.

数キロメートルおきに設置された調査地点における毎週の魚類相観測は,疑いようもなくこれまでの生態系観測のなかでも突出して高頻度かつ多地点でのデータ取得を可能にする.つまり,環境DNAを利用した高頻度・多地点での生物相調査は従来法に比べると圧倒的に大量のデータを提供できる可能性がある.たとえば私が代表を務めたCRESTプロジェクト「環境DNA分析に基づく魚類群集の定量モニタリングと生態系評価手法の開発(2013~2018年度)」において実施した「全国一斉魚類相調査」では,全国の沿岸528地点において環境DNAメタバーコーディング調査を行い1,200種以上もの魚を検出することに成功した.この調査はスナップショットを得るためのものであったが,これと同様の規模の調査をより高頻度で実施すれば,これらの多様な魚種の分布域が変化していく様子を捉えることができるだろう.それはちょうど刻々と変化する数千の魚の多地点での分布確率を示す「魚の天気図」のようなものになるに違いない.

環境DNA観測はどう発展するか

環境DNA観測は今後,どのような発展を遂げるのだろうか.これを占う一つのやり方は,すでに存在している大規模環境観測,たとえば気象観測で何が行われているかを見てみることだ.気象分野は,気象衛星観測,高層気象観測,気象レーダー観測,アメダス観測などのさまざまな観測手法が併用されているのが特徴的だ.それは着目する現象ごとに適切な観測の時空間スケールが異なるからだ.たとえば,局地的な大雨をもたらす積乱雲は,30分~1時間くらいの時間スケール,数キロ~数十キロメートルくらいの空間スケールの現象である.したがってそのナウキャストや予測には,この解像度の情報を提供する気象レーダーや気象衛星,アメダスの観測データが利用される.それに対して,台風は1週間くらいの時間スケールの現象で,生じる空間スケールもずっと広い.そのため,台風の進路予測などには,気象レーダーや高層気象観測のデータが中心的な役割を果たす.気象観測では,これらの時空間スケールの異なる観測手法から得られたデータを統合し,適切な解析を施すことで気象予報や警報などを実現し,防災・国民生活・社会経済活動における利活用を進めている.さらにここで忘れてはいけないのは,数理モデルの役割である.気象予報は,物理学に基づく数理モデル(数値予報モデル)を用いて,風や気温などの時間変化を計算し将来の大気の状態を予測することで実現されている.数理モデルは,対象となるシステムの理解に求められる複雑性を十分に表現できるものが採用される必要がある.

生態系観測における環境DNA観測の特徴は先にも述べたように,種解像度での多地点・高頻度生態系観測を可能にする点にある.したがってその役割は,気象観測で言えば全国多地点に設置されるアメダス観測に対応するものになるだろう.アメダス観測装置は全国に設置され,降水量・風向風速・気温・日照などについて自動観測を行い,得られたデータはセンターシステムに収集,品質管理をしたうえで,その観測成果が国⺠や全国の予報担当者,防災関係機関に速やかに提供されている.これと同等のレベルの環境DNA観測はどのような情報を提供し,何を可能にするだろうか.これは一見,困難に見えるかもしれないが,実は実現不可能なレベルではない.先に述べた全国一斉魚類相調査での518の調査地点は,おおよそ20~30 kmおきに設置されていた.気象観測におけるアメダス観測点(気温)はおおよそ20 kmおきに設置されているということなので,単純に観測点の設置密度だけについていえば,全国一斉魚類相調査はすでに気象観測と同程度のものを実現していたことになる.次に求められるのは,観測の頻度を高めることだ.これらの環境DNA観測点において数日おきくらいの頻度で環境水が採取され,迅速に分析され,生態系情報が得られるようになれば,これは生態系のナウキャストやフォアキャストを実現し,保全や管理を高度化するうえで革命的なシステムとなるに違いない.

今後の環境DNA観測の社会実装はどのように進められるだろうか.これを考えるうえで,重要となるポイントがいくつか挙げられるように思える.最後にこれらのポイントについて私見を紹介し,本稿を締めくくりたい.

第一に,環境DNA観測は,さまざまな異なる観測主体が連携して進められると理想的だ.環境DNAを利用して得られる生態系情報はさまざまな活用が可能であろう.すぐに思いつくだけでも,水産分野における生物資源管理,環境分野における環境影響評価や海洋保護区の選定・管理,あるいは感染症などの健康にかかわる分野や,プランクトンまで観測の標的に入れれば水質管理にも利用できる.従来はこれら水産,国土利用,環境分野の生態系観測は必ずしも同じ枠組みで進められてはこなかった.それぞれの目的や対象生物に応じて適切な異なる手法で観測が行われたためだ.しかし,環境DNA観測は基本的に対象生物の種類にかかわらず,水や土壌といった環境媒体から抽出したDNAが分析対象であり,観測の共通化が比較的容易である.生態系観測の鍵が,複雑なシステムのモデリングを可能とする巨大な生態系観測データの獲得にあることを考えれば,これらの観測主体が互いに連携し,可能な限り互いに比較可能な手法によって観測を進め,可能であればそのデータを共通のやり方で管理し共有することができれば,観測の意義を最大化できるだろう.

第二に,生態系観測は環境DNA観測だけではなく,ほかのさまざまな観測との連携のうちに進められるのが望ましい.環境DNA観測には得意な観測の規模やスケールがある.生態系の全貌を捉えようとするならば,従来実施されてきた捕獲などに頼る調査や音響を利用した観測,人工衛星を利用したリモートセンサスなど,多様な生態系調査手法を同時並行で進め,これら異なる観測から得られた情報を統合する仕組みを作るべきだろう.これによって初めて把握が可能になる生態系の特徴もあるに違いない.実際,私たちの行った舞鶴湾における環境DNAを利用したマアジの生物量推定(10)10) K. Fukaya, H. Murakami, S. Yoon, K. Minami, Y. Osada, S. Yamamoto, R. Masuda, A. Kasai, K. Miyashita, T. Minamoto et al.: bioRxiv, doi.org/10.1101/482489, (2018).では,2つの異なる観測,具体的には環境DNA観測と物理環境の観測,が重要な役割を果たしている.この調査では舞鶴湾内に設置された100地点で採水がされ,そこに含まれるマアジDNA量が定量された.マアジのDNA放出率やDNA分解率は水槽実験によって評価されていたが,これだけではマアジ量は推定できない.湾内には潮汐や流入河川の働きによる水の動きがあるためだ.そこで,湾内において塩分と水温を観測し,それを元にして水の動きを再現する物理モデルを作成することで湾内のDNA分布からマアジの量を推定したのである(図3図3■環境DNA調査データと物理観測データを併用したマアジ量の推定).推定されたマアジ量は,別途実施された計量魚探によって実施されたマアジ量推定と良い一致を示した.この研究例は環境DNA観測をほかの観測と並行して実施することの意義をよく表しているように思われる.

図3■環境DNA調査データと物理観測データを併用したマアジ量の推定

マアジ量の推定結果は計量魚探を利用したマアジ量評価と良い一致を示した(上表;推定量は市場からのマアジDNA流出を考慮に入れる[市場メッシュを除く]とより良い一致を示す).この推定では物理観測データに基づいて作成された物理モデルが重要な役割を果たす.物理モデルから予測された舞鶴湾表層・中層・低層の環境DNA分布(物理モデル予測値)は実際に計測された環境DNA分布(環境DNA実測値)とよく一致していることがわかる(下図).Fukaya et al.の図表を改変10)10) K. Fukaya, H. Murakami, S. Yoon, K. Minami, Y. Osada, S. Yamamoto, R. Masuda, A. Kasai, K. Miyashita, T. Minamoto et al.: bioRxiv, doi.org/10.1101/482489, (2018).

第三に,環境DNA観測は研究者や行政,企業だけではなく,市民の参加を得て進められると良いかもしれない.環境DNA観測において採水は重要なプロセスであるが,同時にボトルネックになりやすいプロセスでもある.採水が自動化されるようになればまた事情は変わるかもしれないが,少なくとも現時点において採水は最も労力を求められる作業工程の一つである.実際,先に述べた全国一斉魚類相調査でも,労力や経費のかなりの部分は日本中の沿岸への「採水旅行」に関するものあった.それぞれの地域に住まう市民による協力が得られれば,採水はかなり効率化できるだろう.しかし市民参加の意義はそれだけではない.生態系保全の現場に市民が直接に参加することで,自分たちがすむ地域にどんな生物が生息しているかを把握し,さらにこれを継続することで生態系の状態がどのように変化していっているかを市民自ら監視することができるのである.これは市民にとっては生態系をより身近に感じるきっかけともなるだろう.市民参加型の環境DNA観測は,市民が環境にかかわる問題を「我がごと」として捉える,市民参加型の環境保全につながっていくように思われる.

大型生物を対象とした環境DNA技術が誕生してから10年ほどが経過した.この間,環境DNA調査は効率化され,極めて精度の良い多種検出系が魚類・甲殻類・哺乳類などのさまざまな分類群を対象に開発され,生物定量や種内多型の把握にも技術は応用され始めている.日本で初めて気象観測が行われたのは1875年,現在の東京都港区虎ノ門にあった内務省地理寮の敷地であったという.1883年には全国の気象情報を集約して天気図が作成され,1884年には毎日3回全国の天気予報が発表されるようになった.日本において環境DNAによる高頻度の沿岸定期観測がスタートしたのは,2015年4月,京都大学舞鶴水産実験所であった.そして2017年には,先にも述べた全国での一斉調査が実施されている.気象分野においては,初めての気象観測から全国の天気予報まで8年かかった.全国多地点での高頻度観測が実現するのはいつだろうか.そしてこれらの生態系ビッグデータを利用して生態系動態の「予報」が実現するのは何年先だろうか.市民がそれぞれの地域で観測を実施し,生態系の状態を把握しながらその保全にかかわっていく仕組みはどこで,どのように実現するだろうか.これから環境DNA技術を取り巻く技術やその社会実装が人間と生態系の関係をどのように変えていくかを考えると,興奮を抑えられない気持ちでいる.そして願わくば,環境DNA観測に基づく高度な生態系保全・管理が初めて実現し,世界の環境DNA観測を牽引するのが環境DNA研究のメッカ=日本であってくれたらと(やや感傷的に)思うのである.

Reference

1) S. Yamamoto, R. Masuda, Y. Sato, T. Sado, H. Araki, M. Kondoh, T. Minamoto & M. Miya: Sci. Rep., 7, 40368 (2017).

2) K. Uchii, H. Doi & T. Minamoto: Mol. Ecol. Resour., 16, 415 (2016).

3) S. Yamamoto, K. Minami, K. Fukaya, K. Takahashi, H. Sawada, H. Murakami, S. Tsuji, H. Hashizume, S. Kubonaga, T. Horiuchi et al.: PLOS ONE, 11, e0149786 (2016).

4) Millennium Ecosystem Assessment: “生態系サービスと人類の将来—国連ミレニアムエコシステム評価”,オーム社,2007.

5) S. A. Chamberlain, J. L. Bronstein & J. A. Rudgers: Ecol. Lett., 17, 881 (2014).

6) M. Ushio, C. Hsieh, R. Masuda, E. R. Deyle, H. Ye, C.-W. Chang, G. Sugihara & M. Kondoh: Nature, 554, 360 (2018).

7) M. Kondoh: Science, 299, 1388 (2003).

8) A. Mougi & M. Kondoh: Science, 6092, 349 (2012).

9) M. Ushio, H. Murakami, R. Masuda, T. Sado, M. Miya, S. Sakurai, H. Yamanaka, T. Minamoto & M. Kondoh: Metabarcoding Metagenomics, 2, e23297 (2018).

10) K. Fukaya, H. Murakami, S. Yoon, K. Minami, Y. Osada, S. Yamamoto, R. Masuda, A. Kasai, K. Miyashita, T. Minamoto et al.: bioRxiv, doi.org/10.1101/482489, (2018).