学界の動き

岐阜大学大学院連合農学研究科における国際化の取り組み南部アジア地域における農学系博士教育連携コンソーシアム活動

Masateru Senge

千家 正照

岐阜大学応用生物科学部

Published: 2019-08-01

はじめに

このたびは,本研究科の記事を本誌に掲載するという貴重な機会をいただき,厚く御礼申し上げます.大学院連合農学研究科全体の設立の経緯や教育研究指導の特徴などについては,すでに東京農工大学船田良教授が本誌54巻12号(2016年)のなかで詳しく解説しているので,本稿では本研究科において取り組んでいる国際化のさまざまな事業についてご紹介する.

本研究科のあゆみ

連合大学院とは,「大学院に2校以上の大学が協力して教育研究を行う研究科」のことを指し,現在,国立大学では,10大学に11研究科(農学6,獣医学2,教育学2,法学1)が設置されており,本研究科もその一組織である.このような連合大学院の構想は,博士課程新構想大学院検討会が発足した昭和45年7月から始まった.それを契機にして,昭和46年には,岐阜大学農学部,信州大学農学部,静岡大学農学部,三重大学農学部・水産学部および京都工芸繊維大学繊維学部からなる中部地区協議会が設立され,中部地区における農学系連合大学院の検討が開始した.昭和53年には農水産系連合大学院の創設準備室が設置され全国6地区(東北,関東,中部,中国,四国,九州)に分けて検討が始まり,7年間の年月を経て,昭和60年に東京農工大学を基幹とする関東地区と愛媛大学を基幹とする四国地区に開設する運びとなった.その後,九州(鹿児島大学),中国(鳥取大学)および東北地区(岩手大学)に順次設置が認可された.その間,中部地区協議会では,昭和59年に三重大学と京都工芸繊維大学が参加できないとの意思表示があるなど,多くの課題を乗り越えて,ようやく平成3年4月に中部地区の連合大学院として,静岡,信州および岐阜の3大学が構成大学となり,岐阜大学を基幹大学として発足した.すなわち,全国のなかで最後発の連合農学研究科である.発足当時の教員組織は3専攻8連合講座から構成され,教員数は全体で約170名,学生定員は16名である.同年4月26日には第1回の入学式が入学生27名(うち留学生10名)を迎えて挙行された.その後,信州大学での総合工学研究科の設立,静岡大学での創造科学技術大学院などの設立があったことから,平成18年度入学生から岐阜大学と静岡大学の2大学で研究科を構成することとなり,教員組織も3専攻7連合講座に改組・縮小された.連合大学院の創設当時は最低限3大学で構成することが必須要件であったことから,同等の機能を確保するために2大学+αを目指し,両大学の関連研究センター(静大:保健センター,防災総合センター,グリーン科学技術研究所,大学教育センター,岐大:生命の鎖統合研究センター,流域圏科学研究センター,科学研究基盤センター)や岐阜大学の博士課程を有しない他学部(教育学部,地域科学部)に所属する教員,さらに外部の国立研究開発法人(産業技術総合研究所,農業・食品産業技術総合研究機構,森林研究・整備機構)の研究員などを積極的に加えることによって,学際的な研究指導体制の構築に努力が払われてきた.幸いにも,その後の入学者,修了者の数にはほとんど変化なく,毎年,定員を超過する入学者があったため,平成22年度から学生定員を20名に増加している.平成23年度以降は,後述のように国際化を重点課題とし,南部アジア地域の9大学とのダブル・ディグリィー制度など国際協働教育の体制を整えている.平成31年4月からは,これまでの3専攻に新たに国際連携食品科学技術専攻が併設され,インド工科大学グワハティ校とのジョイント・ディグリー制度が開始される運びとなった.現在は,4専攻8連合講座で構成され,教員数は全体で147名(うち,主指導資格者は97名)である.

国際教育連携コンソーシアムの活動

平成31年度までに本研究科を修了した留学生357名のうち約30%の115名が母国の大学教員として活躍しており,特にアジアからの留学生は帰国後,アカデミアに就くケースがたいへん多いのが特徴である.このような背景のなかで,修了生のネットワーク強化と国際循環型教育システムの重要性を認識し,修了生が職に就き,本学(本研究科)と学術協定を締結している南部アジア地域の大学に,これらの重要性を呼びかけた.そこで,平成24年7月に第1回国際会議にて6カ国9大学を招き「南部アジア地域における農学系博士教育連携コンソーシアム」(International Consortium-Gifu University 2012;略称IC-GU12)締結に向けた議論を行い,翌25年7月開催の第2回国際会議にて正式にIC-GU12が締結され活動が始まった.このことは,本研究科の憲章および3つのポリシーに示されている「国際教育戦略」の一つとして国際循環型教育システムがあり,そのアクションプランの一つとして,「南部アジア地域における農学系博士教育国際連携コンソーシアム活動」を位置付けている.その後,平成30年度までに計6回の国際会議を開催し,農学系博士課程の協働教育に関する話し合いのなかで,大学間での教員および学生の交流,さまざまな国際協働教育制度の整備が提案され,その実現に向けて活動を開始した.

その後,このコンソーシアム活動の輪が広まり,わが国の静岡大学と岐阜大学に加えて,ダッカ大学,バングラデシュ農業大学(バングラデシュ),広西大学(中国),アッサム大学,インド工科大学グワハティ校(インド),アンダラス大学,ボゴール農科大学,ガジャマダ大学,スブラス・マレット大学,ランポン大学,バンドン工科大学(インドネシア),チュラロンコン大学,カセサート大学,モンクット王トンブリ工科大学(タイ),ハノイ工科大学,チュイロイ大学(ベトナム),ラオス国立大学(ラオス),マリアノ・マルコス州立大学(フィリピン)の9カ国20大学にまで拡大し,さまざまな取り組みをしている(図1図1■南部アジア地域における農学系教育国際連携コンソーシアム活動参照).

図1■南部アジア地域における農学系教育国際連携コンソーシアム活動

毎年,岐阜大学で開催する国際会議では,コンソーシアム活動の報告と評価を行い新たな目標を議論するほか,岐阜大学では国際シンポジウムを,海外の加盟大学では研究ワークショップを開催し,加盟大学で活躍している修了生と本研究科の学生や教員との研究交流の場を提供している.

また,平成26~28年度に採択された特別プログラム「南部アジア地域における農学系博士教育連携コンソーシアム形成を基盤とした生命・生物資源科学高度専門職業人養成プログラム―大学の国際化と地域活性化の融合プログラム―」の予算の一部を活用して,上記の加盟大学の内6大学に,本研究科との共同実験室を設置した.ダッカ大学に「生化学」,スブラス・マレット大学には「環境科学」,ボゴール農科大学には「天然物化学」,カセサート大学には「微生物学」,アンダラス大学には「ポストハーベスト工学」,モンクット王トンブリ工科大学には「ポストハーベスト生化学」の実験室を設置し,農学系の幅広い研究分野で共同研究が可能となり,学生の海外研究インターンシップや下記に紹介する協働教育のベースキャンプとして有効に機能している.

国際協働教育の開設

現在,本研究科では,このコンソーシアムの各大学から提案された国際協働教育として①サンドイッチ・プログラム,②ダブルディグリー・プログラム,③ジョイントディグリー・プログラム,④論博支援プログラム,の4つのプログラムを開設し取り組んでいるので,その内容を紹介する.

(1) サンドイッチ(SW)・プログラムとは,海外の大学の学生が本学にて一定期間実験・分析を実施し,そののち在籍する大学で博士号取得を目的にしている.本研究科ではIC–GU12加盟大学の博士課程の学生を特別研究学生の身分で6カ月間受け入れ(授業料免除,滞在費はJASSOからの奨学金,渡航費は自己負担),決められたカリキュラムの受講を義務付け,学生が希望する分野の研究室において研究を行うものである.SWプログラム修了時には,成果報告会を公開で行い,修了証明書を授与しているが,単位互換などの制度はない.2014年から現在に至るまで計22名の学生を受け入れているが,両大学の指導教員間の共同研究の創出が期待できる.さらに,この試みは,IC-GU12加盟大学の修士課程の学生にも展開しているが,本学のSWプログラムを終えて母校の修士課程を修了した学生が,本研究科の博士課程に進学する事例もあり,修士課程のSWプログラムによって学生と指導教員の相互理解を深めたうえで博士課程への進学を決める機会を提供している.

(2) ダブル・ディグリー(DD)プログラムとは,文部科学省中央教育審議会(平成26年)(1)1) 中央教育審議会:我が国の大学と外国の大学間におけるジョイント・ディグリーおよびダブル・ディグリー等国際共同学位プログラム構築に関するガイドライン(平成26年11月14日),http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/houkoku/__icsFiles/afieldfile/2016/03/23/1353908.pdf, 2014.によれば,「複数の連携する大学間で開設された同じ学位レベルの共同プログラムを修了した際に各大学がそれぞれ学位を授与するもの」と定義している.すなわち,DDプログラムは複数の大学がそれぞれに特定の学問分野で学位を授与することが可能であるが,連携を図ることにより,学生が一つの大学に在籍して学位を得て,さらに別の大学に在籍して学位を得ることに比べ,期間と学習量を多少緩和して2つの学位を得ることができるものである.DDプログラムの場合は,実施主体が複数あり,その実施主体のどちらもが,単独でも学位を授与することができる.それぞれの大学のカリキュラムが存在したうえで,他大学と単位互換を含め協働教育し,相互に学位を出すことができる共通のプログラムを設定する.最大ワークロードは通常の学位取得の2倍となるが,多くの場合,実際は2倍以下のワークロードとなるのが特徴である.始めに入学した大学が「ホーム大学」となり,ホーム大学在籍中に入学した大学が「ホスト大学」として位置付けられる.このように,同時に2大学に在籍し,両大学の指導教員から関連するが異なる研究テーマで指導を受け,異なる内容の博士論文を作成する.本プログラムの達成目標は,国際的な感性と幅広い見識を有する学生の育成である.本研究科ではIC-GU12の加盟大学のうち,2013年12月にダッカ大学,2014年10月にスブラス・マレット大学,2015年3月に広西大学,同年7月にアンダラス大学,同年8月にガジャマダ大学,同年9月にチュラロンコン大学,2016年2月にカセサート大学,同年7月にモンクット王トンブリ工科大学,同年8月にボゴール農科大学,以上,計9大学とDDプログラムの了解覚書(MoU)を締結した.このMoUでは,両大学間の単位互換や,ホスト大学での授業料不徴収などを取り決め,学生に対する負担軽減を図っている.現在,8名の学生がDDプログラムに挑戦している.

(3) ジョイント・ディグリー(JD)プログラムとは,連携する大学間で開設された共同プログラムを修了した際に,複数の大学が共同で単一の学位を授与するものである.JDプログラムは,一つの大学では提供できない高度なプログラムを,他大学の教育資源を活用することにより提供可能にするものである.そのため,当該プログラムは連携する大学が共同して開発し,実施するものである.

本研究科では,平成31年4月からインド工科大学グワハティ校(IITG)との共同で食品科学と関連技術に関する国際連携プログラムをJDプログラムとして開設した.それに伴って,本研究科には従来の3専攻に加え,「国際連携食品科学技術専攻」を新設し専任教員1名を配置した.学生定員は2名であるが,そのうち1名は岐阜大学を,ほかの1名はIITGを「主大学」としている.標準年限の3年の間に,まず,「主大学」に入学し,第2年次に連携を組むもう一方の大学すなわち「副大学」に原則1年間留学し,主大学単独では困難な研究の遂行や国外での研究経験を積んだ後,第3年次には「主大学」に戻って,博士論文を完成させる.教育研究内容は岐阜大学側の農学系とIITG側の工学系が融合した境界領域であるため,修了生には「学術博士」の学位が授与される.一方,本学とIITGの修士課程においても同様の国際連携JDプログラムが開設され,博士JDプログラムとの連続性が図られている.

この国際連携プログラムは,連合農学研究科が目指す学識・技術に裏打ちされた高度な専門性に加えて,デザイン思考力に基づく高い研究能力,日・印関係を中軸とする協働教育による国際的な視野と国際性を備え,現在,社会的に求められている食品関連産業における高度専門職業人を指導できる研究開発人材および大学教員を養成することを目指している(図2図2■JDプログラムが養成する人材参照).食品科学の関連分野としては,食品生化学,食品栄養学,食品微生物学,食品工学,食品加工学,食品保蔵学,天然物化学,植物バイオテクノロジー,有機化学,生化学,ゲノム科学などが挙げられる.一方,食品技術の関連分野としては,化学,化学工学,物質化学,生物工学,計算科学,電子工学,数理的手法,最適化学などが挙げられる.本専攻では,農学分野と工学分野の連携によって相乗的効果が生まれ,研究が活性化され新しい学問領域が生まれる可能性が期待できる.