農芸化学@High School

タンパク質のアミノ酸変異と遺伝疾患の関連

香川 七海

三田国際学園高等学校

Published: 2019-08-01

本研究は,日本農芸化学会2019年度大会(開催地:東京農業大学)の「ジュニア農芸化学会」で発表されたものである.発表者らは,遺伝子の変異が原因となる遺伝疾患は,遺伝子の変異→アミノ酸の変異→生体内を構成するタンパク質の異常につながることから,タンパク質のアミノ酸変異と疾患の関係を事例数として算出し,タンパク質の構造における変異アミノ酸の位置と種類についてもその関連を考察した.

本研究の目的,方法および結果と考察

【目的】

タンパク質は生物の体内でさまざまな働きをしている.タンパク質は遺伝子が転写・翻訳により,DNA配列に対応したアミノ酸が運ばれ,結合することでできる.タンパク質はアミノ酸の並び順と並んだアミノ酸の性質によって構造が決まる.タンパク質の構造はその機能と関係があることがわかっている.遺伝子の配列が変化するとタンパク質を構成するアミノ酸配列も変化する場合があり,タンパク質の構造や機能が変化する場合がある.タンパク質を構成するあるアミノ酸が一つ変化したとき,疾患になる場合と疾患にならない場合があり,この違いはいまだに明らかではない.

本研究ではタンパク質のアミノ酸変異と遺伝疾患の発症の関係を明らかにすることを目的とした.

【方法】

タンパク質データベースUniprot(1)1) The UniProt Consortium: Nucleic Acids Res., 47(D1), D506 (2019).で公開されているアミノ酸変異データhumsavar.txt(2)2) C. H. Wu, R. Apweiler, A. Bairoch, D. A. Natale, W. C. Barker, B. Boeckmann, S. Ferro, E. Gasteiger, H. Huang, R. Lopez et al.: Nucleic Acids Res., 34, D187 (2006).を使った.humsavar.txtには変異が起こる遺伝子,コードされているタンパク質,変異位置,変異前後のアミノ酸(変異パターン),変異によって疾患が生じるかどうか,生じる場合の疾患名が示されている.このデータからあるアミノ酸Aから別のアミノ酸Bへの変異が起きたとき,この変異が疾患を引き起こす事例数と疾患と無関係である事例数をそれぞれ算出した.あるアミノ酸変異(A→B)における疾患関連度を疾患関連スコアとして以下のように定義した.

ただし,ここでNDA→Bを疾患と関連するアミノ酸Aからアミノ酸Bの変異の事例数,NDA→Bを疾患と関連しない変異A→Bの事例数とした.すべてのアミノ酸変異に関して疾患関連スコアを計算した.この疾患関連スコアと変異前後の疎水性変化,体積変化との関係を調べた.アミノ酸の疎水性指標としてKyte–Dolittleの疎水性インデックス(3)3) J. Kyte & R. F. Doolittle: J. Mol. Biol., 157, 105 (1982).を使用した.

次にタンパク質の立体構造上の位置によってアミノ酸変異と疾患発症の間に違いが生じるかを検討した.タンパク質立体構造データベースPDB(4)4) W. Kabsch & C. Sander: Biopolymers, 22, 2577 (1983).を用いて立体構造が明らかになっているアミノ酸変異について疾患関連スコアを改めて算出した.各タンパク質についてUniprotを参照し,DR行にPDBのCross Referenceが指定されているものを立体構造が明らかなタンパク質だと考えた.そのなかから変異が生じるアミノ酸がある領域の構造が明らかであるものを抽出した.変異が生じている箇所がタンパク質の外側にあるか,内側にあるかに注目した分類をおこなった.タンパク質を構成するアミノ酸の溶媒露出面積を計算するため,DSSP(5)5) J. C. Gaines, A. H. Clark, L. Regan & C. S. O’Hern: J. Phys. Condens. Matter, 29, 293001 (2017).を用いた.溶媒露出面積が10 Å2以下のアミノ酸を埋没している,それ以上露出しているものを露出していると定義した.埋没しているアミノ酸と露出しているアミノ酸でそれぞれ疾患と関わりのあるアミノ酸変異を検討した.

【結果および考察】

humsavar.txtから網羅的に疾患関連スコアを計算した.表1-1表1-1■疾患との関わりが弱い変異に疾患と関連性の弱いアミノ酸変異上位10種を,表1-2表1-2■疾患との関わりが強い変異には疾患と関連性の強い変異上位10種を示した.挙がった変異を見ると,セリン(Ser)からアラニン(Ala)への変異は体積がどちらも小さく,大きく変化しないといえる.同様にイソロイシン(Ile)とバリン(Val),Serとスレオニン(Thr)も性質がよく似ていてタンパク質の構造や機能に大きな影響が少ないと考えられる.疾患を引き起こす可能性が多い変異では,最も疾患関連スコアが高かったシステイン(Cys)からフェニルアラニン(Phe)への変異,CysからGlyの変異は共通してCysを失う変異である.この変異ではシステインによるジスルフィド結合ができなくなり,大きく構造安定性を失うことが想像できる.トリプトファン(Trp)からSerの変異は体積が大きく変化する.これらの変化は性質や体積に大きな変化があり,タンパク質の構造や機能に影響を及ぼすことが想像できる.このように疾患関連スコアとアミノ酸の変異前後での性質変化を調べることで,アミノ酸のどのような性質が遺伝疾患に関わるかが推測できると考えた.

表1-1■疾患との関わりが弱い変異
変異スコア
セリン→アラニン-3.54
イソロイシン→バリン-3.31
バリン→イソロイシン-2.99
スレオニン→セリン-2.78
セリン→スレオニン-2.58
アルギニン→リジン-2.44
ロイシン→イソロイシン-2.43
スレオニン→アラニン-2.34
セリン→グリシン-2.31
フェニルアラニン→チロシン-2.18
表1-2■疾患との関わりが強い変異
変異スコア
システイン→フェニルアラニン2.13
トリプトファン→セリン1.82
システイン→グリシン1.64
グリシン→ロイシン1.58
トリプトファン→システイン1.58
メチオニン→アルギニン1.51
システイン→トリプトファン1.51
グリシン→システイン1.45
システイン→トリプトファン1.43
アルギニン→プロリン1.31

疾患関連スコアと体積変化,疎水性変化の関係を図1図1■疾患関連スコアと体積変化・疎水性変化の関係に示した.変異全体を見ても,個々のアミノ酸変異を観察したときと同様に,アミノ酸の体積・疎水性に大きく変化があると疾患になりやすく,変化が小さければと疾患になりにくい傾向があることがわかる.

図1■疾患関連スコアと体積変化・疎水性変化の関係

全変異に対する疾患関連スコアと変異前後でのA)アミノ酸の体積変化;B)アミノ酸の疎水性変化を調べた.横軸は変化後のアミノ酸の体積・疎水性から変化前のアミノ酸の値を引いたものを示している.

タンパク質に埋没しているアミノ酸変異・露出しているアミノ酸変異と疾患の関係性(図2図2■アミノ酸変異の種類と疾患との関連性)から水に露出しているアミノ酸が変異するより,タンパク質内部に埋没しているアミノ酸が変異する方が疾患になりやすいということがわかる.また,タンパク質内部でアルギニン(Arg),プロリン(Pro)に変異すると疾患になりやすいことがわかる.Argは正電荷残基であり,Proはタンパク質の構造を制限する.また,このことはタンパク質内部に埋没しているアミノ酸はタンパク質の構造・機能に強く関わっているという先行研究(5)5) J. C. Gaines, A. H. Clark, L. Regan & C. S. O’Hern: J. Phys. Condens. Matter, 29, 293001 (2017).を示唆する結果である.タンパク質は生体内で水分子に囲まれているため,タンパク質の内部に埋没しているアミノ酸は疎水性が高く,疎水性相互作用で密にパッキングしている.タンパク質内部においてアミノ酸の体積変化や疎水性変化が起こるとタンパク質の構造安定性が崩れ,機能不全を起こし,疾患を引き起こすと考えられる.

図2■アミノ酸変異の種類と疾患との関連性

A)タンパク質内部に埋没したアミノ酸の変異と疾患になりやすさの関連性;B)タンパク質表面に露出したアミノ酸の変異と疾患になりやすさの関連性 緑は疾患との関連性が低いことを示し,赤は疾患との関連性が高いことを示している.

本研究の意義と展望

本研究では遺伝疾患データベースを用いて,どんなアミノ酸変異が遺伝疾患を引き起こすのかを検討した.その結果,アミノ酸の体積・疎水性が大きく変化すると遺伝疾患になりやすい傾向があることがわかった.また,タンパク質内部に埋没したアミノ酸が変異を起こすと疾患になりやすい傾向があることもわかった.アミノ酸の性質の大きい変化の影響,特に構造を支えている内部でのアミノ酸が重要であることから,遺伝疾患はタンパク質の構造安定性が下がることで引き起こされるのではないかと考えられる.今後はタンパク質の内外だけでなく2次構造やタンパク質同士の接触部位などに着目したときに疾患に関連するアミノ酸変異にはどのような特徴があるのかを検討したい.

Acknowledgments

研究を支えてくださった三田国際学園高等学校の天貝博士,深田博士,ならびにクラスの皆に感謝いたします.

Reference

1) The UniProt Consortium: Nucleic Acids Res., 47(D1), D506 (2019).

2) C. H. Wu, R. Apweiler, A. Bairoch, D. A. Natale, W. C. Barker, B. Boeckmann, S. Ferro, E. Gasteiger, H. Huang, R. Lopez et al.: Nucleic Acids Res., 34, D187 (2006).

3) J. Kyte & R. F. Doolittle: J. Mol. Biol., 157, 105 (1982).

4) W. Kabsch & C. Sander: Biopolymers, 22, 2577 (1983).

5) J. C. Gaines, A. H. Clark, L. Regan & C. S. O’Hern: J. Phys. Condens. Matter, 29, 293001 (2017).