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新たな簡易選抜法を用いた糖質米の品質向上選抜法のアイデアで魅力的なお米を探す

Shigeki Hamada

濱田 茂樹

弘前大学農学生命科学部

Published: 2019-09-01

食料自給率向上や安定的な食料生産の観点から,米の需要増加に結びつく新規用途開発が強く求められている.これまで水稲品種の開発は主に食味の向上を目指して選抜されてきたが,近年では健康志向からの機能性食品用や米粉加工用・飼料用など,多様な品質をもった品種の開発が望まれる.そのためには,新たな視点での米の選抜と系統群の作出が重要である.

糖質米(sugary-1)は,胚乳内部にデンプンの代わりにフィトグリコーゲンを蓄積することから(1)1) M. Yano, Y. Isono, H. Satoh & T. Omura: Japan J. Breed., 34, 43 (1984).,デンプン生合成解明のための貴重な遺伝資源として研究されてきた(2, 3)2) A. Kubo, N. Fujita, K. Harada, T. Matsuda, H. Satoh & Y. Nakamura: Plant Physiol., 121, 399 (1999).3) T. Nakagami, Y. Hiroki, T. Nakamura, Y. Utsumi, T. Sawada, N. Fujita, H. Satoh & Y. Nakamura: Starke, 69, 1600159 (2017)..また,炊飯米での難消化性構造やギャバ含量が一般品種と比較し3倍程度高いことからも,機能性食品として新たな利用が期待された(4, 5)4) 新井陽一,白幡 登,深澤純一,土田真由子,中島義信,中浦嘉子,堀端哲也,井ノ内直良:日本食品科学工学会誌,57, 401 (2010).5) K. Miura, Y. Uehara, A. Kobayashi, H. Ohta, H. Shimizu, H. Sasahara, K. Fukui, Y. Komaki, A. Goto, A. Shigemune et al.: Bull. Natl. Agr. Res. Cent., 9, 1 (2007)..しかしながら,糖質米の外観は極端に扁平することから精米が困難などの問題があった.そもそも,この外観をもとに選抜された突然変異体が母本となっているため,外観品質の向上した糖質米を育成するためには,この扁平な外観に頼ったこれまでの選抜法とは違う,新たな方法が必要であった.筆者は,この問題点を克服しようと糖質米の新たな選抜方法を見いだした.その選抜法と選抜系統の紹介をしたい.

このような前置きをすると,さも華麗な技術を用いた選抜法のように想像させるかもしれないが,筆者が用いた方法は,玄米半粒をグルコース検出試薬の中に浸すことで糖質米を判別できるという非常にシンプルなものだ.糖質米はフィトグリコーゲンを蓄積した言わばデンプンのなり損ないであり,ならば遊離のグルコースも種子中に多く存在するのではないかという安直な思いつきが発端である.全くもって派手さはないが,数千という系統から選抜しようとした場合には,如何に簡単な操作で選抜できるかが鍵になってくる.機材も何も必要としない安価な選抜法である.この方法を既存の糖質米品種のほかに,産地の異なるさまざまな形質をもった品種について試したところ,糖質米の性質をもつ系統のみが高グルコース含量を示した(図1, A図1■簡易選抜法と選抜系統).そこで,見た目では判断が難しい,膨らみのある糖質米の選抜を試みた.糖質米「北陸糖237号」に一般品種コシヒカリを交配して得られたF2種子の後代検定を行った.F2集団の中で高グルコース含量を示した(フィトグリコーゲン蓄積を示した)種子のほとんどは,親の糖質米と同様に扁平な種子であったが,検定した約200粒中ほんの1粒だけ膨らみの良い糖質米を見いだすことができた.もちろん,これまでの外観に頼った選抜法では見過ごされた種子であったに違いない.この外観品質の良い糖質米系統のF4集団について成分分析を行った.その結果,フィトグリコーゲン含量は親の糖質米品種と比較し8割程度保持しながら,玄米の粒厚が増すことで外観品質が向上していることが明らかとなった(図1, B図1■簡易選抜法と選抜系統).また,糖質米の機能性の特徴でもあるギャバ含量についてもしっかりと保持されていた.さらに,酵素活性測定の結果から,選抜系統は,sugary-1の原因遺伝子であるイソアミラーゼ活性は親品種と同様にほとんど欠失していたが,類似の作用を示すプルラナーゼ活性が上昇していることが明らかになったことから,上昇したプルナーゼ活性がイソアミラーゼ活性を相補し,正常なデンプン粒の割合が増えたことで外観品質が向上したと考えられた.また,フィトグリコーゲンが可溶性多糖であり易分解性であることから,糖質米は穂発芽しやすいという栽培上の欠点がある.そのため,普通品種に比べて早刈りをする必要があるため,未熟種子の増加や収量性低下の原因となっていた.この点についても,選抜された糖質米は発芽性も親の糖質米とコシヒカリの中間程度に向上していたことから,栽培特性の向上も期待できた(6)6) S. Hamada, K. Suzuki & Y. Suzuki: Breed. Sci., 63, 461 (2014)..一方で,つがるロマンを原品種とする突然変異系統からも,同じ手法を用いて約6,000系統(18,000粒)の選抜を行い,数系統の遊離グルコース高蓄積米を発見した.その一つは,既存糖質米品種の4割程度のフィトグリコーゲンを蓄積するsugary-1アレル遺伝子が原因遺伝子であることが判明した.選抜系統は,外観品質の向上した新たな糖質米育成の母本となるだけでなくsugary-1がコードするイソアミラーゼの酵素活性とフィトグリコーゲン生合成の関係を研究する貴重な材料となる.

図1■簡易選抜法と選抜系統

(A)玄米半粒を用いたグルコース染色による選抜,(B)選抜系統F4および親品種(上段:外観,下段:ヨウ素染色).

今回は遊離グルコース選抜による外観品質が向上した糖質米を紹介したが,高グルコース含量を示す選抜系統には,フィトグリコーゲン蓄積は見られずデンプン粒形が変化したものなど,デンプン生合成解明の新たな可能性を秘めた系統も見いだされている.ちょっとした思いつきが見知らぬ宝探しの強力なツールになったのである.今日もまた,新たな宝物の発見のために玄米切りに勤しんでいる.

Reference

1) M. Yano, Y. Isono, H. Satoh & T. Omura: Japan J. Breed., 34, 43 (1984).

2) A. Kubo, N. Fujita, K. Harada, T. Matsuda, H. Satoh & Y. Nakamura: Plant Physiol., 121, 399 (1999).

3) T. Nakagami, Y. Hiroki, T. Nakamura, Y. Utsumi, T. Sawada, N. Fujita, H. Satoh & Y. Nakamura: Starke, 69, 1600159 (2017).

4) 新井陽一,白幡 登,深澤純一,土田真由子,中島義信,中浦嘉子,堀端哲也,井ノ内直良:日本食品科学工学会誌,57, 401 (2010).

5) K. Miura, Y. Uehara, A. Kobayashi, H. Ohta, H. Shimizu, H. Sasahara, K. Fukui, Y. Komaki, A. Goto, A. Shigemune et al.: Bull. Natl. Agr. Res. Cent., 9, 1 (2007).

6) S. Hamada, K. Suzuki & Y. Suzuki: Breed. Sci., 63, 461 (2014).