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ミカンが黄色く熟さない?!遺伝子を大幅に欠落した篩管に潜む奇妙な細菌共存細菌叢が病原菌を守る

Kazuki Fujiwara

藤原 和樹

農業・食品産業技術総合研究機構九州沖縄農業研究センター

Takashi Fujikawa

藤川 貴史

農業・食品産業技術総合研究機構果樹茶業研究部門

Published: 2019-09-01

植物の維管束は,栄養や水分を全身に輸送させるための組織である.その一方で,病原体にとっては,一度侵入してしまえば全身に移行できる便利な通路でもある.導管は外部に開けた組織であり,ほとんどの病原体は土壌や風雨などを介して植物の根や気孔,傷口などから導管へ侵入し,感染を成立させる.導管内で感染が成立すると,増殖した病原体によりに導管が閉塞され,植物は水分を十分に得られなくなるために萎凋や枯死といった症状を示す.トマトの青枯病菌やフザリウム菌がこれにあたる.対照的に,篩管は外部から閉ざされた組織であり,病原体が侵入するには篩管に直接接触する必要がある.篩管への侵入は虫媒伝播が主な侵入経路であり,アブラムシやキジラミといった媒介昆虫が篩管液を吸汁する際に篩管に伝播される.また感染植物の剪定や接ぎ木など人為的な作業による伝播もある.篩管内で病原体の感染が成立すると,植物では栄養成分の転流不全や免疫応答機能の低下,細胞代謝の異常などが起こり,目視でも確認できるような組織の奇形や変色などの生育不全が発生し,やがて枯死する.ただし,目視で症状が認められるまでに長い潜伏期間を要する場合もあり,感染植物を早く見つけることは難しい.さらに,導管と比べて篩管は外部から隔離されているため,篩管に一度侵入した病原体を除去することは極めて困難である.篩管に感染し病害を引き起こす病原体についてはウイルスやウイロイドがよく知られているが,一部の細菌においても虫媒伝播により篩管に侵入し病害を引き起こす.これまでにSpiroplasma spp., Candidatus Liberibacter spp., Candidatus phytoplasma spp.の3種類の細菌群において師部での感染が確認され,農産物への被害が報告されている(1)1) L. M. Perilla-Henao & C. L. Casteel: Front. Plant Sci., 7, 1163 (2016)..これらの病原細菌に共通していることは,植物と媒介昆虫の2種類の宿主に適応して進化を続けてきた結果,ゲノムサイズが一般細菌と比べて小さく,生存に必要な能力のみ選択的に保有している点である.そのため,宿主への依存が強く,宿主体外では基本的に生存できない.また自身の力で宿主間を移動する能力も有していない.その一方で,生存に必要な養分の多くは,自身で産生せずに宿主から獲得していると考えられているため「エナジーパラサイト」の異名をもつ.筆者らは,上記の病原細菌のうち,カンキツグリーニング病を引き起こすCandidatus Liberibacter spp.について研究を進めている.本稿では,病原細菌が引き起こす「篩管病」について,Candidatus Liberibacter spp.を例に挙げ一部ご紹介する.

カンキツグリーニング病(citrus greening disease; huanglongbing)は,熱帯,亜熱帯地域に広く発生しており,中南米やアジアを中心とした世界規模でのカンキツ産業に大きな損失を及ぼしている(2)2) J. M. Bové: J. Plant Pathol., 88, 7 (2006)..なかでもアメリカの主要カンキツ産地であるフロリダ州では,本病害による経済的影響が大きく,過去10年間でカンキツ生産量が50%も減少し,その被害は深刻化している.国内においては沖縄県と鹿児島県の奄美群島の一部(徳之島,沖永良部島,与論島)で限定的に発生が確認されており,九州本土への侵入が警戒されている.本病害を引き起こすグリーニング病原細菌は,Candidatus Liberibacter asiaticus(Las),Candidatus Liberibacter africanus(Laf),およびCandidatus Liberibacter americanus(Lam)の3種が知られており,アジアや中南米ではLasが広く分布している.本病原細菌は,体長3 mmの微小昆虫であるミカンキジラミ(Diaphorina citri)により媒介され,篩管液を吸汁する際にカンキツ樹体内に伝播される.カンキツグリーニング病原細菌に感染すると数年間の潜伏期間を経て,葉の黄化,果実の未熟化,着果量の低下などの病徴が生じ,最終的に枯死に至る.感染カンキツにおける特徴的な症状として,鉄やマグネシウム欠乏が認められ,さらに師部組織においてデンプン様物質の過剰な蓄積が生じる.また,植物免疫応答の中心的シグナル分子であるサリチル酸などの植物ホルモンや関連するファイトケミカルについても健全カンキツと比べて著しく増加し,恒常的な蓄積が認められる.これらの症状については,カンキツグリーニング病原細菌の師部感染に起因することは明らかになっているものの,発病メカニズムの解明にはいまだ至っていない.現在のところカンキツグリーニング病に対する有効な治療方法は無く,カンキツにおける不治の病とされている.カンキツグリーニング病が養分や免疫物質の輸送を担う組織の異常を引き起こす病害であることから,ヒトや動物の病気で言えば,敗血症のような感染症に例えられるだろう.

カンキツグリーニング病の治療に向けた取り組みとしては,抗生物質の利用が挙げられる.これまでにβラクタム系およびテトラサイクリン系の抗生物質が病原細菌に対して殺菌あるいは静菌作用を示し,カンキツグリーニング病の発病を抑制することが報告されている(3)3) C. Yang, C. A. Powell, Y. Duan, R. Shatters & M. Zhang: PLOS ONE, 10, e0133826 (2015)..しかしながら,発病抑制の効果は一時的なものでしかなく,カンキツ生産現場において本病の根本的な治療には至っておらず,その原因についても不明であった.そこでわれわれは,カンキツグリーニング病の永続的な治療法の開発を目指して,さまざまな抗生物質に対するカンキツグリーニング病原細菌の生化学的性状の解明を始めとする基礎研究に取り組むことにした.ここで,カンキツグリーニング病原細菌は人工培養が困難であることが基礎研究を行ううえでボトルネックとなっていたため,まず本病原細菌の人工培養法の開発に着手した.カンキツグリーニング病原細菌のゲノムサイズは約1.2 Mbp程度であり,大腸菌のゲノムサイズが約4.6 Mbpであることを考えると4分の1程度と非常に小さい.本病原細菌のゲノム情報を用いて代謝経路を予測したところ,上述のとおり自身の生存に必要なアミノ酸や脂肪酸などの合成経路を大きく欠失していることが明らかになった.そこで,予測した代謝経路を元に自身で合成できない養分を推定し,それらを培地成分として培養を試みたところ,in vitroでのカンキツグリーニング病原細菌の増殖が認められ,安定した培養が可能となった(4)4) K. Fujiwara, T. Iwanami & T. Fujikawa: Front. Microbiol., 9, 3089 (2018)..この培養法を利用し,異なる培養条件における病原細菌の増殖変化について検討したところ,篩管液の主要成分である糖類を除去した培地では増殖が認められなった.この結果から,植物体においては篩管液に含まれる糖類を主要な養分として利用することで生存を可能にしていることが示唆された.次に,これまで不明であったカンキツグリーニング病原細菌の各種抗生物質に対する生化学的性状についても調べてみた.驚いたことに,グリーニング病の発病を抑制するとされているβラクタム系抗生物質であるペニシリンやテトラサイクリン系抗生物質であるオキシテトラサイクリンが,人工培養中の病原細菌に対しては増殖抑制作用を示さなかった(4)4) K. Fujiwara, T. Iwanami & T. Fujikawa: Front. Microbiol., 9, 3089 (2018)..つまり,感染カンキツへの抗生物質処理による一時的な発病抑制作用については,抗生物質が直接的にカンキツグリーニング病原細菌に作用しているとは考えにくく,カンキツグリーニング病の発病抑制には何か別の要因が関与している可能性が推察された.

カンキツグリーニング病原細菌が篩管に局在しているのは,養分を摂取するだけではなく,篩管の環境をうまく利用することで外部ストレス(抗生物質など)から身を守っているのでは,と考えた(図1A図1■カンキツグリーニング病発病(A)と発病抑制(B)におけるカンキツグリーニング病原細菌と共存バクテリア相互作用の概要).興味深いことに,これまでにカンキツグリーニング病の感染カンキツでは篩管を主とする抽出液中に特徴的な細菌叢(マイクロビオータ)の形成が認められており,病原細菌による感染に起因して篩管内の細菌叢が変遷することが健全カンキツと感染カンキツとの比較メタゲノム解析により明らかになっている(5)5) R. A. Blaustein, G. L. Lorca, L. J. Meyer, C. F. Gonzalez & M. Teplitski: Appl. Environ. Microbiol., 83, e00210 (2017)..先述したとおり,カンキツグリーニング病原細菌には限られた代謝経路しかなく,外部ストレスに対抗するための防御能力を自身ですべて獲得しているとは考えにくい.そのため,篩管内で共存している細菌群との相互作用により生存を可能にする好適環境を構築しているのではと考えられた.そこで,カンキツグリーニング病原細菌と篩管内の共存細菌叢との関連について調べるために,オキシテトラサイクリン処理により共存細菌叢を人為的に崩壊させ(カンキツグリーニング病原細菌は生存するが,細菌叢を構成するほかの細菌群の多くは死滅する),その生態系におけるカンキツグリーニング病原細菌の生存能を調べた.その結果,オキシテトラサイクリンを処理することで共存細菌叢のうちComamonadaceae科,Flavobacteriaceae科,Microbacteriaceae科,およびPseudomonadaceae科に属する細菌類が死滅し,その崩壊した共存細菌叢ではカンキツグリーニング病原細菌の生存能が著しく低下することが認められた(4)4) K. Fujiwara, T. Iwanami & T. Fujikawa: Front. Microbiol., 9, 3089 (2018)..よって,オキシテトラサイクリン処理により死滅した共存細菌群は,カンキツグリーニング病原細菌の篩管内での生存に重要な役割を担っていることが示唆された.また,栽培現場における感染カンキツへのオキシテトラサイクリン処理による一時的な発病抑制についても,抗生物質処理によりカンキツグリーニング病原細菌を直接抑制しているのではなく,篩管内に共存する細菌叢に変遷が生じ,その結果として病原細菌に好適な生存環境が崩壊することで,病原細菌の生存能が低下していることが推察された(図1B図1■カンキツグリーニング病発病(A)と発病抑制(B)におけるカンキツグリーニング病原細菌と共存バクテリア相互作用の概要).これまでのわれわれの研究により,カンキツグリーニング病と抗生物質との関連について,その作用メカニズムの一端を解明することができた.

図1■カンキツグリーニング病発病(A)と発病抑制(B)におけるカンキツグリーニング病原細菌と共存バクテリア相互作用の概要

本稿では植物の「篩管病」としてカンキツグリーニング病を例に挙げて,病原細菌Candidatus Liberibacter asiaticusの生存戦略の一端についてご紹介した.カンキツグリーニング病原細菌はほかの微生物と共存することで,自身の生存環境を構築していると考えられる.したがって,カンキツグリーニング病の治療法の開発には篩管内における病原細菌と共存微生物群との機能的な関連を明らかにする必要があるだろう.今後,篩管における微生物生態系という複雑系の機能メカニズムが解明されることにより,カンキツグリーニング病治療に向けた研究が加速化されることが期待される.

Reference

1) L. M. Perilla-Henao & C. L. Casteel: Front. Plant Sci., 7, 1163 (2016).

2) J. M. Bové: J. Plant Pathol., 88, 7 (2006).

3) C. Yang, C. A. Powell, Y. Duan, R. Shatters & M. Zhang: PLOS ONE, 10, e0133826 (2015).

4) K. Fujiwara, T. Iwanami & T. Fujikawa: Front. Microbiol., 9, 3089 (2018).

5) R. A. Blaustein, G. L. Lorca, L. J. Meyer, C. F. Gonzalez & M. Teplitski: Appl. Environ. Microbiol., 83, e00210 (2017).