解説

植物保護能力を有する蛍光性Pseudomonasの機能と生態植物保護細菌の多彩な武器

Plant-Protecting Fluorescent Pseudomonas spp. Have Diverse Abilities: Multiple Weapons of Plant-Protecting Bacteria

Nobutaka Someya

染谷 信孝

農研機構野菜花き研究部門

Kasumi Takeuchi

竹内 香純

農研機構生物機能利用研究部門

Tomohiro Morohoshi

諸星 知広

宇都宮大学大学院工学研究科

Published: 2019-09-01

ヒトの腸内細菌を説明する際に悪玉菌,善玉菌という言葉が使われる.植物関連微生物の場合,善玉菌の一つに植物保護細菌と呼ばれる細菌がある.植物保護細菌は言葉のとおり,病原微生物や害虫から植物を守る能力を有している細菌で,一部菌株は微生物農薬の有効成分として利用されている.そのメカニズムは抗菌性二次代謝産物による抗生作用や植物の免疫力増強など,多彩な能力の複合的作用による.近年,ゲノム解読をはじめとする新しいアプローチにより植物保護細菌のさらなる能力と不思議な生態現象が次々と見いだされている.本稿では植物保護能力を有する蛍光性Pseudomonasについて紹介する.

目に見えない土中の細菌にもそれぞれの菌生(細菌の一生)がある.生まれてから死滅するまでの間,変動する環境に適応しながら,なるべく住み心地の良い環境を確保しつつ,栄養分を獲得して生活環を成立させなくてはならない.その間,別種の細菌や糸状菌,さらには植物や動物と出会う可能性も高く,他生物との相互関係が不可欠な場合や競合関係となることもあるだろう.細菌の競合能力としてよく知られているのが,細胞毒性のある,いわゆる抗生物質もしくは抗菌物質と呼ばれる二次代謝産物産生能である.細菌が二次代謝産物をつくる生理的意義については諸説あり,一部はシグナル分子として働く多機能性代謝制御物質であるとも言われている(1)1) 越智幸三,稲岡隆史:化学と生物,45,526(2007)..また,類似した物質でも発見された経緯と人間の価値観によって名称や印象が異なる場合も多い.動植物病原微生物に対する阻害活性から発見されると抗生物質と呼ばれる場合が多いが,動植物や培養細胞に対する阻害活性を指標に見いだされると毒素と命名される場合も多い.

細菌自身における生理的意義はわからなくても,人間にとって都合の良い細菌二次代謝産物は多い.医療分野での治療薬としてはもちろん,農業分野でも農薬として利用される抗生物質も多い.そのほか,抗菌性二次代謝産物を産生する細菌自体が役立つ状況もある.自然発生的もしくは特殊な営農活動の結果,農作物を連作し続けても植物病害が発生しにくい病害抑止土壌が形成される場合があり,こうした土壌では特定の抗菌性二次代謝産物を産生する細菌種が定着していることが一因と考えられている(2)2) 染谷信孝:生物工学,88,488(2010)..また,同様の細菌を生きた農薬として利用する試みも長年続けられており,現在では欧米を中心にさまざまな微生物殺菌剤が上市されている(3, 4)3) 本間善久:化学と生物,29,503(1991).4) 吉田重信,對馬誠也:化学と生物,51,541(2013)..こうした植物病害を軽減する能力を有する細菌は,拮抗細菌,生物防除資材,バイオコントロールエージェントなどと呼ばれてきたが,近年では植物保護細菌という呼び方も出てきた.これまでさまざまな属種の植物保護細菌が報告されてきたが,なかでもPseudomonas属からは複数種で植物保護能力が認められている.

Pseudomonas属細菌は土壌,水圏,動植物近傍などさまざまな環境で生息しているグラム陰性の桿菌である.環境細菌として土壌や水圏中で腐生的生活を送る種が多く,蛍光菌または土壌細菌として知られるPseudomonas fluorescensPseudomonas putidaなどがよく知られている.なかには動植物の病原細菌種もあり,Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌)やPseudomonas syringaeなどがよく知られている.ここまで紹介してきたPseudomonas属細菌種を培地で培養して紫外線下で観察すると,コロニーおよび周辺培地が青~青緑色に蛍光する.こうした蛍光色素を産生するPseudomonas属細菌種を蛍光性Pseudomonas(Fluorescent pseudomonads)と呼ぶ.本属には180種以上の種が含まれるが,確認されているだけでも半数近くが蛍光性Pseudomonasの範疇に入る.この蛍光性Pseudomonas中には,前述した植物保護細菌として期待される種が多く含まれている.

植物保護能力を備えた蛍光性Pseudomonas菌株は,過去にはP. fluorescensもしくはP. putidaと同定されていた場合が多く,それぞれの種のなかの特殊な菌株群と考えられていた.近年,分子生物学的な再検証が進むと,それぞれが別種であることがわかってきた.P. fluorescensと考えられていた菌株はP. protegens, P. synxanthaおよびP. brassicacearumなどに再同定されている.加えて,P. chlororaphis, P. rhodesiaeおよびP. aeruginosaなどの蛍光性Pseudomonasからも植物保護能力を示す菌株が報告されている.図1図1■完全長ゲノムに基づくPseudomonas属細菌における植物保護種および植物病原種の系統関係に完全長ゲノムが公開されているPseudomonas属細菌種の系統関係を示した.植物保護細菌と考えられている種と植物病原性種は,系統的に離れた関係ではなく近縁の場合もある.また,P. protegensP. brassicacearumは元々P. fluorescensと同定されていた菌株が多いが,本来のP. fluorescensとは系統的にかなり離れていたこともわかる.有用細菌の定義はさまざまだが,蛍光性Pseudomonasは植物生育促進性根圏細菌(Plant Growth-Promoting Rhizobacteria ; PGPR)としてもよく知られている.近年,病害抑止能と生育促進能の両面から解析された結果,植物保護能力が高いのがP. protegens, P. chlororaphis, P. koreensis,植物生育促進能力が高いのがP. fluorescens, P. mandelii, P. jesseniiなどと,種レベルで有用細菌としての特性が分かれる傾向が報告されている(5)5) J. Vacheron, Y. Moënne-Loccoz, A. Dubost, M. Gonçalves-Martins, D. Muller & C. Prigent-Combaret: Front. Plant Sci., 7, 1212 (2016).

図1■完全長ゲノムに基づくPseudomonas属細菌における植物保護種および植物病原種の系統関係

青:植物保護種,赤:植物病原種,黄:昆虫病原種,紫:人畜病原種.(種内に青丸:植物保護菌株,赤丸:植物病原性菌株,黄丸:昆虫病原性菌株,紫丸:人畜(魚)由来菌株,を含む).一部を除いて基準株データ使用.

蛍光性Pseudomonasの植物保護能力は,多様な作用メカニズムによる複合的なものである.生態的ニッチェや微量栄養分の競合により植物病害を抑える場合もあれば,植物体への病害抵抗性誘導など,宿主も絡めた要因が保護効果につながる場合もある(6)6) 染谷信孝:植物防疫,60,107(2006)..新規な作用要因が次々と見いだされているなかで,そのメカニズム解明が最も進んでいるのは二次代謝産物による抗生作用である.

細菌の二次代謝産物の生理的意義は不明な点も多いと上述したが,植物保護細菌の二次代謝産物が病害防除効果に関与していることは数々の実証報告で裏付けられている.Pseudomonas属植物保護細菌が産生する二次代謝産物で植物病害防除効果に関与する物質は数十種類に及ぶ(7)7) 土屋健一,染谷信孝:“微生物と植物の相互作用:病害と生物防除”,生物防除の基礎–抗生,ソフトサイエンス社,2009, p. 36..そのうち,植物保護細菌としてよく知られるP. protegensおよびP. chlororaphis種が産生する主要な抗菌性二次代謝産物を図2図2■Pseudomonas protegensおよびP. chlororaphisが産生する主な植物病害制御要因に示した.両種共にさまざまな植物病原細菌および植物病原糸状菌による作物病害を防除することが報告されている.P. protegens種は,シアン化水素(Hydrogen cyanide; HCN),2,4-ジアセチルフロログルシノール(2,4-diacetylphloroglucinol; PHL),ピオルテオリン(Pyoluteorin; PLT),ピロールニトリン(Pyrrolnitrin; PRN),トキソフラビン(Toxoflavin; TOX),リゾキシン(Rhizoxin; RZX)など,および抗菌性の環状リポペプチド(CLP)であるオルファミド(Orfamide; OFA)などを産生する(8)8) 染谷信孝,諸星知広,竹内香純:土と微生物,71,37(2017)..同じくP. chlororaphis種は,P. protegens種と同様にHCNおよびPRNを産生するほか,フェナジンカルボン酸(Phenazine-1-carboxylic acid; PCA)やフェナジンカルボキサミド(Phenazine-1-carboxamide; PCN)を含むさまざまなフェナジン化合物を産生する(9)9) 染谷信孝,諸星知広:土と微生物,73,24(2019)..これだけ多様な抗菌物質生合成能を保持している種は,Pseudomonas属内でも多くはない.これらの抗菌性二次代謝産物はそれぞれが異なる作用機作により,植物病原菌や植物病原細菌に対して抗菌活性を示す.1種の植物保護細菌だけで広い作用スペクトルを示す理由は,多様な抗菌性二次代謝産物産生能を有することが一因だと考えられる.

図2■Pseudomonas protegensおよびP. chlororaphisが産生する主な植物病害制御要因

(略称)は本文に対応する.

植物近傍もしくは土壌中で,これらの抗菌物質が産生されることが植物保護効果につながる一方で,病原体側も菌種や細菌種,菌株レベルで感受性や耐性能が異なる.植物病原体は自然界で接する細菌由来の抗菌性二次代謝産物から身を守るためにさまざまな仕組みを発達させてきたと考えられている(10)10) 染谷信孝,阿久津克己:化学と生物,43,321(2005)..有機合成農薬に対する植物病原体の迅速な耐性化も関連しているに違いない.農業現場での生物防除成立には,微生物農薬の有効成分となる植物保護細菌の能力と防除対象病原体の関係を把握する必要があるであろう.

近年の技術的進歩により,新規の抗菌性二次代謝産物の検出や効率的なスクリーニングが可能となってきた.特に分子生物学的手法が普及して,未知の細菌株においても既知抗菌物質生合成能の有無は,極めて簡便に推測できるようになり,ハイスループットな菌株選抜に役立っている(11)11) 染谷信孝:“土壌微生物実験法第3版”,各種生物を用いた生物防除—Pseudomonas属細菌,養賢堂,2013, p. 250..さらにゲノムデータの取得が比較的容易になってきたことから抗菌性二次代謝産物産生能のスクリーニングも新たな時代に突入している.

植物保護細菌で初めてゲノムが解読されたのは,Pseudomonas protegens Pf-5株である(12)12) I. T. Paulsen, C. M. Press, J. Ravel, D. Y. Kobayashi, G. S. A. Myers, D. V. Mavrodi, R. T. DeBoy, R. Seshadri, Q. Ren, R. Madupu et al.: Nat. Biotechnol., 23, 873 (2005)..本報告では,それまでの生化学的解析では見いだされていなかった抗菌性二次代謝産物生合成能の存在が塩基配列データから推測され,実証された点で注目された.Pf-5株のゲノム配列データからはCLP生合成遺伝子群の存在が推測され,検討した結果,実際に抗菌性CLP, OFAが見いだされ,植物保護能力に関与することも証明された.こうしたゲノムマイニングによる新機能探索はますます盛んになると期待される(13)13) K. Takeuchi & N. Someya: Jpn. Agric. Res. Q., 53, 87 (2019).

抗菌性二次代謝産物産生能が異なる細菌属種から見いだされるにつれてその由来と生理的役割への注目も高まっている.Pseudomonas属細菌の抗菌性二次代謝物生合成遺伝子群の多くは,その由来が属種を越えて水平伝播されたと推測されている.たとえばPHL生合成遺伝子群は単系統由来の可能性が過去に指摘されていたが,近縁では多系統起源である可能性が有力とされている(14)14) J. Almario, M. Bruto, J. Vacheron, C. Prigent-Combaret, Y. Moënne-Loccoz & D. Muller: Front. Microbiol., 8, 1218 (2017).

また,特定の抗菌性二次代謝産物産生能が,種に普遍的な形質であるのか,一部菌株が有する特殊能力なのかも興味深い.たとえば,前述したP. protegens Pf-5株は,HCN, PHL, PLT, PRN, RZX, OFAおよびTOXという7種類の抗菌性二次代謝産物生合成遺伝子群を有している.しかしながら,P. protegensの種定義ではPHLおよびPLTの2抗菌物質産生能を有することとされており,HCN, PRN, RZX, OFA, TOXなどは必須ではない(15)15) A. Ramette, M. Frapolli, M. Fischer-Le Saux, C. Gruffaz, J.-M. Meyer, G. Défago, L. Sutra & Y. Moënne-Loccoz: Syst. Appl. Microbiol., 34, 180 (2011)..本種に属する菌株のゲノム報告が増えるにつれて,たとえばRZX生合成遺伝子群などは保有しない菌株も多いことがわかってきた(16, 17)16) K. Takeuchi, N. Noda & N. Someya: PLOS ONE, 9, e93683 (2014).17) K. Takeuchi, N. Noda, Y. Katayose, Y. Mukai, H. Numa, K. Yamada & N. Someya: Mol. Plant-Microbe Interact., 28, 333 (2015)..こうした抗菌性二次代謝産物産生能をいつ獲得,欠失してきたのかは植物保護細菌と呼べる種の進化と生態を知るうえで興味深い.

植物保護細菌の植物保護能力,植物病原体に対する武器としていくつかの抗菌性二次代謝産物を挙げてきたが,相応しく思えない物質も含まれている.前出したTOXやRZXは植物保護要因ではなく,植物に対する有害要因としてより知られている.TOXはイネもみ枯細菌病菌Burkholderia glumaeの植物毒素であり,欠失は大幅な病原性低下につながることが知られている.TOXは植物保護要因の一つと考えられてはいるが,P. protegensは植物根圏や一般的な培養条件ではTOXを産生せず,特殊な試験条件下でのみ産生する(18)18) B. Philmus, B. T. Shaffer, T. A. Kidarsa, Q. Yan, J. M. Raaijmakers, T. P. Begley & J. E. Loper: ChemBioChem, 16, 1782 (2015)..そのため,P. protegensにおけるTOXの生理的役割は実際にはよくわかっていない.RZXも植物保護要因とは見られていない.RZXは元々,植物病原糸状菌Rhizopusの植物毒素として見いだされたが,その後,糸状菌に内生していたBurkholderia rhizoxinicaが産生していることが明らかとなった(19)19) L. P. Partida-Martinez & C. Hertweck: Nature, 437, 884 (2005).P. protegensおよびその近縁種においてRZXは,植物保護要因として機能することが確認されているが,生理的役割はTOX同様よくわかっていない(17)17) K. Takeuchi, N. Noda, Y. Katayose, Y. Mukai, H. Numa, K. Yamada & N. Someya: Mol. Plant-Microbe Interact., 28, 333 (2015).

植物保護細菌は,多数の抗菌性二次代謝産物産生能を有するために広い防除スペクトラムをもつと前述はしたが,正確にはやや異なる.多様な抗菌性二次代謝産物産生能を有していても,常にすべてを産生するわけではない.たとえばP. protegensではPHLとPLTの産生は競合的であるが,P. chlororaphisにおけるPRNとPHZの産生はお互いにその発現を高める.抗菌性二次代謝物は植物病原体に対する武器だが,複数を同時に使う(産生する)ことは難しいのかもしれない.各細菌種が周辺環境と生活環の中で必要なときに必要な量を産生しており,その条件が宿主植物と病原体の感染時期に一致した際に生物防除が成立すると考えられる.個々の抗菌性二次代謝産物の産生制御については,それぞれが精力的に解析されており,一部は極めて詳細に解明されている.たとえばP. protegens種のPHL産生機構については詳しい総説が報告されているのでご参照いただきたい(20)20) 竹内香純:バイオサイエンスとインダストリー,70,23(2012)..植物保護細菌の微生物農薬としての利用,または土着の植物保護細菌の力を利用しようとする試みが農業分野で長年進められているが,それぞれの植物保護細菌の能力が引き出される条件の解明と能力を発揮させる環境作りが重要であろう.

さて,植物保護細菌のゲノム研究については少し前述した.2005年を皮切りにしてさまざまな植物保護細菌種,菌株のゲノムデータが蓄積されてきた.ゲノムデータの増加に伴いさまざまなことがわかってきたが,その一つに植物保護能力とは特別な菌株が獲得したのか,それとも種あるいは亜種などに普遍的なのかが判明しつつある.ここでは筆者らが研究している植物保護細菌P. chlororaphis種のフェナジン化合物生合成遺伝子群を例にして紹介する.フェナジン化合物は植物保護要因の一つであるが単一物質ではなく,構造が異なるさまざまな類縁体が含まれる.放線菌からグラム陰性細菌まで幅広い細菌で産生が認められている.Pseudomonas属ではP. chlororaphis, P. synxanthaおよびP. aeruginosa種でフェナジン産生能が報告されている.図3図3■Pseudomonas属細菌におけるフェナジン化合物の生合成経路[文献9を改変]Pseudomonas属細菌で推定されているフェナジン生合成経路の一部を示した.フェナジン産生細菌における合成酵素PhzA~PhzGの保存性は高く,それらから生合成されるPCAを中間産物としてさまざまな構造のフェナジン誘導体に変換される.筆者らは上記3種の完全長ゲノムデータが得られている菌株を用いて比較ゲノム解析を進めた結果,フェナジン生合成遺伝子群構成が種によって異なり,特にP. chlororaphis種では亜種特異的であることを見いだした.すなわち,フェナジン生合成遺伝子群のうち,P. synxanthaphzA~Gを保有しており,本種が産生するフェナジン化合物はPCAである(表1表1■完全長ゲノムが決定されている植物保護細菌株におけるフェナジン化合物生合成遺伝子およびクオラムセンシング関連遺伝子の有無*図3図3■Pseudomonas属細菌におけるフェナジン化合物の生合成経路[文献9を改変]).一方でP. chlororaphisは4つの亜種で構成されているが,その亜種ごとにphzOまたはphzHのどちらかを保有し,亜種によって産生フェナジン化合物がそれぞれ2OH-PCAもしくはPCNに分かれることが判明した.緑膿菌P. aeruginosaは,phzH, phzMおよびphzSを有することで本種特有のピオシアニン(Pyocyanin; PYO)を産生し,PYOは人畜への病原性因子として機能する.植物保護細菌であるP. chlororaphisP. synxanthaがPCA, PCN, 2OH-PHZなどで植物病原体を抑える一方で,僅かな構造の違いで緑膿菌のPYOが人畜への有害要因となることは対照的である.

図3■Pseudomonas属細菌におけるフェナジン化合物の生合成経路[文献9を改変]

E4P: erythrose 4-phosphate, PEP: phosphoenolpyruvate, DAHP 3-deoxy-D-arabinoheptulosonate-2-ene-1-carboxylic acid, PCA: phenazine-1-carboxylic acid, PCN: phenazine-1-carboxamide, 1OH-PHZ: 1-hydroxyphenazine, 2OH-PHZ: 2-hydroxyphenazine, 2OH-PCA: 2-hydroxyphenazine-1-carboxylic acid, 5MPCA: 5-methyl-phenazine-1-carboxylic acid, PYO: pyocyanine(pyocyanin, 5-methyl-1-hydroxyphenazinium betaine).PhzA~PhzS: 生合成酵素.

表1■完全長ゲノムが決定されている植物保護細菌株におけるフェナジン化合物生合成遺伝子およびクオラムセンシング関連遺伝子の有無*
菌株フェナジン生合成遺伝子**luxI/Rホモログ
phzA-GphzOphzHphzMphzSphzI/RcsaI/RaurI/RlasI/RrhlI/RpqsR
Pseudomonas chlororaphis subsp. aurantiacaDSM 19603T
StFRB508
CW2
M71
Pb-St2
PCM 2210
Q16
449
464
JD37
K27
M12
Pseudomonas chlororaphis subsp. aureofaciensATCC 13985T
P2
66
C50
ChPhzS23
ChPhzS24
ChPhzTR18
ChPhzTR36
ChPhzTR38
ChPhzTR39
Pseudomonas chlororaphis subsp. chlororaphisDSM 50083T
Pseudomonas chlororaphis subsp. pisciumDSM 21509T
ATCC 17411
ATCC 17809
ChPhzS135
ChPhzS140
ChPhzTR44
DTR133
PCL1391
PCL1607
SLPH10
ToZa7
ZJU60
Pseudomonas synxanthaLBUM223
30B
R6-28-08
2-79
R2-4-08W
R2-54-08W
Pseudomonas aeruginosaM18
PAO1
DSM 50071T
*文献99) 染谷信孝,諸星知広:土と微生物,73,24(2019).を改変 **■:保有,□:非保有

一方でフェナジン産生の制御機構も種または亜種により異なる.グラム陰性細菌の二次代謝産物産生能を含むさまざまな形質を制御する機構として,アシル化ホモセリンラクトン(AHL)をシグナル分子とするクオラムセンシング(QS)システムがよく知られている(21)21) 諸星知広,染谷信孝,池田 宰:環境バイオテクノロジー学会誌,14,119(2015)..本システムではAHL生合成酵素であるLuxIがAHLを合成し,LuxRが受容してQSシステムが発現する.P. chlororaphis, P. synxanthaおよびP. aeruginosaのフェナジン産生もQSシステムで制御される.興味深いのは,P. synxanthaおよびP. chlororaphisの1亜種,P. chlororaphis subsp. pisciumではAHL生合成酵素/受容体が1セット(phzI/phzR)のみであるが,緑膿菌P. aeruginosaでは2.5セット(受容体のみのSoloタイプを含む),P. chlororaphis subsp. aurantiacaP. chlororaphis subsp. aureofaciensでは3セットも有しており,種もしくは亜種でQSシステム数が明確に分かれる(表1表1■完全長ゲノムが決定されている植物保護細菌株におけるフェナジン化合物生合成遺伝子およびクオラムセンシング関連遺伝子の有無*).複数のQSシステムは,複合的にフェナジン化合物生合成を制御している(22)22) T. Morohoshi, T. Yamaguchi, X. Xie, W. Z. Wang, K. Takeuchi & N. Someya: Microbes Environ., 32, 47 (2017)..同じPseudomonas属内でも種や亜種において,機能遺伝子群とその制御遺伝子群の獲得と欠失が起きて現在に至ったと考えられる.同一二次代謝産物もしくは類縁体の生理的役割が多様である点も非常に興味深い.

これまで蛍光性Pseudomonasを微生物農薬として利用するために,抗菌性二次代謝物の機能解析や植物との相互作用などが注目されてきた.一方で産業利用に寄与するかはわからないが,植物保護細菌の自然界における生態,生活環についても興味深い知見は多い.たとえばP. protegensは基本的に植物根圏で根由来の栄養分を獲得しながら生息している.しかしながら,気象条件,病害虫ストレスまたは植物自体の寿命で宿主植物が枯死して住処である根圏が消失する可能性がある.その場合,土壌中のP. protegensはどうするのであろうか.環境が不適になると,動物であれば新たな環境を求めて移動する.細菌も走化性などの移動能力はあるが,物理的距離としてはごく僅かである.P. protegensでは,土壌内での水平方向への移動能はほとんどないことが確認されている.近年,植物保護細菌における興味深い生態が解明されつつある.つまり,住みやすい土地に行きたければ,そこに移動できる他者に連れて行ってもらうという戦略である.

植物保護細菌であるP. protegensおよびP. chlororaphis両種は,昆虫病原細菌としては認識されていないが,人為的に接種すると多くの昆虫に感染可能であることがわかっている.ただし,昆虫種や感染経路で昆虫側の症状が異なる.P. protegensが感染すると,たとえばチョウ目の昆虫(ハチノスツヅリガやタバコスズメガ)は死亡するが,コウチュウ目の昆虫(ネクイハムシ)は感染しても通常に生育して成虫になる.そのため,ネクイハムシ幼虫が土壌中で根を食害する際にP. protegensに感染後,成虫になって別な場所の植物体に移動,土壌中に産卵することでP. protegensの長距離拡散が成立するという(23)23) P. Flury, P. Vesga, A. Dominguez-Ferreras, C. Tinguely, C. I. Ullrich, R. G. Kleespies, C. Keel & M. Maurhofer: ISME J., 13, 860 (2019).P. protegensの昆虫病原性にはOFA,キチン分解酵素,そしてタンパク質性毒素がかかわる.昆虫に対するタンパク質性毒素としてはBacillus thuringiensis(BT菌)のCry毒素がよく知られているが,蛍光性Pseudomonasでは,P. protegensおよびP. chlororaphis両種が産生するFit(Pseudomonas fluorescens insecticidal toxin)のほか,P. chlororaphisが産生するIPD072a, Tcc毒素などが見いだされている.面白いのはIPD072aはコウチュウ目昆虫には殺虫活性が高いが,チョウ目およびカメムシ目昆虫に対しては影響がなく,Fit毒素とは逆の活性を示す(24)24) U. Schellenberger, J. Oral, B. A. Rosen, J. Z. Wei, G. Zhu, W. Xie, M. J. McDonald, D. C. Cerf, S. H. Diehn, V. C. Crane et al.: Science, 354, 634 (2016).P. protegensは根圏にいる間はFitを産生せず,昆虫に感染後,Fitを産生する.また,P. protegensは感染した昆虫の共生細菌叢を変動させる可能性も指摘されている(25)25) J. Vacheron, M. Péchy-Tarr, S. Brochet, C. M. Heiman, M. Stojiljkovic, M. Maurhofer & C. Keel: ISME J., 13, 1318 (2019)..昆虫への病原性または共生能力は同一細菌種内でも異なる可能性が推測されている.たとえばP. chlororaphisは4亜種で構成されることは上述したが,比較ゲノム解析の結果,Fit生合成遺伝子群の有無が亜種レベルで分かれていた(9)9) 染谷信孝,諸星知広:土と微生物,73,24(2019)..抗菌性二次代謝産物産生能と同様に,昆虫との相互作用にかかわる形質も種または亜種レベルで進化してきた可能性がある.土壌細菌が特定の昆虫の生活環に便乗して長距離的拡散している可能性は,細菌の新たな生態的戦略として非常に興味深い(図4図4■土壌–植物–昆虫を介した植物保護細菌の拡散戦略(イメージ)).

図4■土壌–植物–昆虫を介した植物保護細菌の拡散戦略(イメージ)

宿主植物を病虫害から守る植物保護細菌,一部は微生物農薬として実用化されているが,効果の不安定性やコスト面から普及は伸び悩んでいる.効果が不安定だから微生物農薬は使わない/使えない,ではなく,その有効成分となる植物保護細菌が能力を発揮する条件を科学的に証明していくことが,より実用性の高い微生物農薬開発につながると考えられる.近年の分子生物学的またはオミクス解析により植物保護能力を有する蛍光性Pseudomonasの多彩な機能,そして植物・昆虫との複雑な生態的関係が判明してきた.植物保護細菌株の特性を把握し,その能力を引き出す工夫と環境作りが生物防除の普及に役立つと期待される.

Reference

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