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微生物の力を利用した土壌消毒技術低濃度エタノールによる土壌還元消毒

Noriaki Momma

門馬 法明

公益財団法人園芸植物育種研究所

Published: 2019-10-01

数年ごとに畑と水田を転換して利用する田畑輪換では,土壌病原菌や畑地雑草が抑制されることが古くから知られていた.1999年になって,この現象をヒントに土壌還元消毒法という技術が開発された(1)1) 新村昭憲,坂本宣崇,阿部秀夫:日植病報,65, 352 (1999)..実際のところ,1970年代にはこれと類似した技術が利用されていた地域もあったが,当時は臭化メチルという特効薬が利用できたため,あまり注目されることがなかった(2)2) 小玉孝司:植物防疫,69, 209 (2015)..しかし今日,臭化メチルの全廃や化学合成農薬の環境影響への懸念から,日本国内に限らず,この技術は世界的に注目を集めるようになり,広く普及しつつある(3)3) 門馬法明:土と微生物,71, 24 (2017)..方法は単純で,以下の3つのステップで構成される.

これらのいずれも,土壌環境の還元化の促進が目的となる.還元化した土壌中では,さまざまな植物病原菌や植物寄生性線虫が抑制される.使用する有機物は,微生物が容易に分解できるものであればなんでも良く,筆者はこれまでに酒粕やアミノ酸系の除草剤,酢酸などのいずれを用いた場合にも,還元消毒の効果が得られることを確認している.ただし実用の場面においては,十分な消毒効果が得られることに加え,環境への負荷が少ないこと,安定した品質のものが安価にかつ,使いたいときに十分量手に入ることが求められる.

これらの観点から,多くの場面において米ぬかや小麦ふすまなどが使われてきた.これらの資材は散播,混和が容易であるが,資材が混和された深度までしか消毒効果が得られない,家畜飼料としての用途もあること,窒素分を含むため次作の肥培管理に注意を要するといったデメリットがあった.2007年になって元千葉県農林総合研究センターの植松らが「手指と同じように,エタノールで土壌消毒ができないだろうか?」と考えて始めた実験がきっかけとなり,土壌還元消毒に低濃度のエタノールを用いることを発案した.そして2012年には土壌還元消毒用のエタノール製剤の販売が開始されることとなった.この製剤は,これまで有効な用途がなかった副生アルコール(原料アルコールの蒸留工程で生じる副産物)を利用したもので,ほかの用途と競合することがない.

低濃度エタノールを用いた土壌還元消毒(以下,エタノール還元とする)は,0.25~1.0%(v/v)程度に希釈したエタノール溶液を作土層が一時的な飽和状態になるまで潅水したのち,図1図1■低濃度エタノールを用いた土壌還元消毒の様子のように土壌表面をプラスチックフィルムで被覆し2~3週間ほど密封することだけで還元消毒効果が得られる簡単な技術である(4)4) N. Momma, M. Momma & Y. Kobara: JGPP, 76, 336 (2010)..エタノールと同様に糖蜜のような液体の有機物が用いられることがあり,これらは土壌の深層部にも消毒効果が期待できること,また,窒素分を含まないため消毒後の肥培管理が容易であるといったメリットがある.

図1■低濃度エタノールを用いた土壌還元消毒の様子

低濃度に希釈したエタノール水溶液を圃場に均一に散布し,農業用ポリエチレンフィルムで被覆した状態で2~3週間ほど密封する.消毒期間終了後は,被覆を除去して必要に応じて耕耘するなどし,栽培を行う.

土壌還元消毒を施した土壌では,投入された有機物を微生物が分解することにより酸素が消費されるとともに,大気中からの酸素の流入も制限されることから,土壌環境は速やかに酸化的(好気的)な状態から還元的(嫌気的)な状態へと移行する.この過程において,多くの植物病原菌や植物寄生性線虫,雑草の類が抑制される.一方でたいへん興味深い点として,このような抑制作用を受けにくい微生物群も多数存在するということが挙げられる.土壌還元消毒の場合には,クロルピクリン(トリクロロニトロメタン)などの化学合成農薬を用いた土壌くん蒸消毒の場合と比較して,消毒の前後で微生物群の密度はあまり変化しないことがわかっている.これは土壌病害の管理を考えるうえで非常に都合の良い特徴といえる.

クロルピクリンによる土壌くん蒸消毒とエタノール還元を施した土壌に対し,トマト萎凋病菌(Fusarium oxysporum f. sp. lycopersici)を添加し病原菌が再侵入してきた状況を再現した.そこへトマトを移植すると,くん蒸消毒区では激しく発病したのに対し,還元消毒区ではほとんど発病が認められなかった(5)5) N. Momma, Y. Kobara, S. Uematsu, N. Kita & A. Shinmura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 3801 (2013)..これには土壌の排他的性質というものが関与していると考えられる.この性質が強い土壌では,外部からもたらされた微生物は定着しにくい.有用菌と呼ばれるものを投入しても期待どおりの効果が得られないのもこれが原因の一つである.これを病害発生の側面から見ると,排他的性質は病原菌の侵入に対する土壌の抵抗性と捉えることができる.つまり土壌還元消毒は,土壌の抵抗性は維持しつつ,病原菌を効率的に抑制する技術であるといえる.

余談ではあるが,還元消毒を研究している海外のグループの多くは土壌環境の変化を強調するためAnaerobic Soil Disinfestation(ASD,嫌気土壌消毒)という表現を用いている.これに対し中国のある研究グループは,土壌環境の還元化に加え,土壌の微生物相を連作により病害が顕在化する前の「元の状態に還す」という意味合いを強調するため「還元」という言葉を好んで使っている.このグループも還元消毒の微生物学的な都合の良さに注目していることが推察される.

ではなぜ,このような都合の良いことが起こるのだろうか? 土壌還元消毒のメカニズムを調べる過程で,この疑問に対するヒントが見つかってきた.土壌還元消毒では酸素不足により病原菌がいわゆる窒息状態となり死滅すると説明されることがあるが,その学術的根拠は示されていない.そこで筆者らは,水素ガスをバブリングしながら還元状態(−250 mV)を維持した蒸留水中にFusarium oxysporumの胞子を加えて2週間培養する実験を行った.対照として,通常の蒸留水に胞子を加えた処理区も設けた.その結果,水素バブリングの有無にかかわらず,生存菌数は全く変わらなかった(5)5) N. Momma, Y. Kobara, S. Uematsu, N. Kita & A. Shinmura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 3801 (2013)..やはり単純な低酸素状態が抑制に関与しているわけではないことが示された.

また,オートクレーブで滅菌した土壌に病原菌を加え,土壌還元消毒で用いられる濃度のエタノールを加えても消毒効果は全く発揮されないことから,エタノールそのものによる直接的な消毒作用ではないこと,そして,土壌還元消毒には,土壌中の微生物群の働きが必須であることが明らかとなった(4)4) N. Momma, M. Momma & Y. Kobara: JGPP, 76, 336 (2010)..土壌微生物群が,土壌環境の還元化を誘導する役割を担っていることは間違いないのだが,病原菌に対して物理的な接触をともなう攻撃をしている可能性も考えられた.そこで筆者らは,メンブレンフィルター(孔径0.2 µm)でろ過滅菌した土壌抽出液に病原菌を添加して培養する試験を行った.その結果,土壌還元消毒を施した土壌から得た抽出液中では,F. oxysporumが完全に抑制されることを見いだした.このことから,土壌還元消毒による消毒効果には,土壌微生物の働きは必須であるが,物理的な接触をもって病原菌を抑制しているわけではないこと,何らかの水溶性成分が病原菌の抑制に関与していることが考えられた.

この活性成分の候補として,Fe2+などの金属イオンや酢酸などの有機酸が注目されている.土壌還元消毒を施した土壌の抽出液中では,Fe2+が1,000 mg/L程度,酢酸が3,000 mg/L程度検出される.これらの成分に対し,F. oxysporumを含むいくつかの病原菌群は感受性が高いこと,土壌還元消毒後には感受性の低い糸状菌群が優勢となることがわかってきている.このことが土壌還元消毒効果の選択性を決定する要因の一つであると考えられる.

現在,エタノール還元は,筆者らが把握している範囲で30以上の都道府県で使用実績がある(3)3) 門馬法明:土と微生物,71, 24 (2017)..特にトマトの難防除病害の一つである青枯病対策として,多くの生産者に利用されている(図2図2■トマト青枯病に対する低濃度エタノールによる土壌還元消毒の効果).しかし,消毒のメカニズムについては,いまだ十分に解明されているとはいえない.今後より詳細なメカニズムが解明されれば,より簡便で安定した新技術へと発展していく可能性があると考えている.

図2■トマト青枯病に対する低濃度エタノールによる土壌還元消毒の効果

2018年5月(上図)にはトマト青枯病によって枯死する株が多数観察された.この圃場において低濃度エタノールによる土壌還元消毒を実施したところ,次作の同時期(2019年5月)には青枯病の発生株はほとんど見られなくなった(下図).

Reference

1) 新村昭憲,坂本宣崇,阿部秀夫:日植病報,65, 352 (1999).

2) 小玉孝司:植物防疫,69, 209 (2015).

3) 門馬法明:土と微生物,71, 24 (2017).

4) N. Momma, M. Momma & Y. Kobara: JGPP, 76, 336 (2010).

5) N. Momma, Y. Kobara, S. Uematsu, N. Kita & A. Shinmura: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 3801 (2013).