解説

日本の油脂自給率改善へ向けた油脂酵母の解析とその応用油脂酵母の油脂生合成に関する重要遺伝子

The Analysis and Application of Oleaginous Yeast for the Improvement of Oil Self-Sufficiency Ratio in Japan: Important Genes Relating to Lipid Biosynthesis in Oleaginous Yeast

Hiroaki Takaku

高久 洋暁

新潟薬科大学

Published: 2019-10-01

油脂自給率が僅か12%の日本の油脂産業の維持と発展は,海外からの油脂資源確保に大きく依存する.このままでは世界の油脂市場の環境,国策,相場に左右されることから油脂自給率改善は必須である.われわれのグループは,この問題の解決策の一つとして,地域バイオマス由来の糖を原料とした油脂酵母による油脂生産に注目した.油脂酵母Lipomyces starkeyiは,さまざまな糖を資化し,油脂を細胞内に85%以上蓄積できるユニークな酵母である.本稿では,油脂酵母の油脂蓄積変異株の取得,油脂生合成経路の遺伝子発現比較解析を介した油脂生合成重要遺伝子の同定,さらに実用化へ向けた油脂酵母研究の現状と今後について解説する.

油脂と産業

油脂は,大豆,パーム,ナタネ由来の植物油脂,ウシ,ブタ由来の動物油脂が主であり,化石資源と異なり,持続可能な原料である.これらの天然の油脂を原料として,さまざまな製品を作り出す油脂産業は,われわれの社会生活を支えている柱である.油脂は,炭水化物およびタンパク質と並ぶ三大栄養素の一つであり,さらにそのなかでも最も熱量が多いためエネルギー源として優れている物質でもある.一般の天然油脂は,グリセリンに脂肪酸がエステル結合したグリセリドであり,脂肪酸の結合する数により種類が異なる.グリセリンに脂肪酸が一つ結合するとモノアシルグリセロール(MAG),2つ結合するとジアシルグリセロール(DAG),3つ結合するとトリアシルグリセロール(TAG)となり,油脂の主成分はTAGである.また,その油脂の性質はグリセリンと結合している脂肪酸の種類によって異なってくる.油脂を構成する脂肪酸の中には,リノール酸,α-リノレン酸のような必須脂肪酸と呼ばれるわれわれ人間が体内では合成できないためにほかから摂取する必要がある脂肪酸が存在する.リノール酸からはγ-リノレン酸,アラキドン酸などのω-6系の多価不飽和脂肪酸が合成され,α-リノレン酸からはエイコサペンタエン酸(EPA),ドコサヘキサエン酸(DHA)などのω-3系の多価不飽和脂肪酸が合成される.ω-6系脂肪酸は成長,生殖生理を保つのに必須であり,ω-3系脂肪酸は,脳・網膜の働きを保つのに必須である(1, 2)1) P. E. Wainwright: Proc. Nutr. Soc., 61, 61 (2002).2) J. P. SanGiovanni & E. Y. Chew: Prog. Retin. Eye Res., 24, 87 (2005)..ω-6系脂肪酸はさまざまな食材に多く含まれているが,ω-3系脂肪酸を多く含む食材は一部の植物油や魚油に限られるため,意識して摂取しなければ,ω-6/ω-3が上昇して生体内の必須脂肪酸バランスが崩れ,心血管系疾患やがんの発症率上昇につながる可能性がある.また,ω-3系脂肪酸のα-リノレン酸は,人体内で動脈硬化予防効果を有するEPA(3)3) M. Matsumoto, M. Sata, D. Fukuda, K. Tanaka, M. Soma, Y. Hirata & R. Nagai: Atherosclerosis, 197, 524 (2008).や認知症予防効果を有するDHA(4)4) E. J. Schaefer, V. Bongard, A. S. Beiser, S. Lamon-Fava, S. J. Robins, R. Au, K. L. Tucker, D. J. Kyle, P. W. Wilson & P. A. Wolf: Arch. Neurol., 63, 1545 (2006).へ変換されることもあり,世界各国で摂取目安量が決められ,積極的に摂取することが求められている.油脂の用途は主に食用用途と工業用用途に分けることができ,わが国の油脂の用途としては,80~90%が食用で,10~20%が工業用である.食用用途では調理の際にサラダ油として,また油脂原料をマーガリン・ショートニング,食用硬化油,マヨネーズ・ドレッシングなどに加工して使用される食品加工油脂がある.工業用用途では燃料や潤滑油としてそのまま使用するほか,精製油脂をグリセリンと脂肪酸へ分解し,さらに高級脂肪酸を化学変換し,高級アルコール,アミド,アミン,各種界面活性剤などの油脂化成品があり,これらは最終的にはシャンプー,リンス,洗剤,化粧品,合成樹脂などへ加工され,われわれの生活を支える商品の原料である.また,主要油脂3品(大豆油,菜種油,パーム油)のTAGをメタノールでエステル交換した液体である脂肪酸メチルエステルのバイオディーゼル燃料は,その燃焼により排出される二酸化炭素はカーボンニュートラルであることから長年にわたって化石燃料に依存してきたことにより深刻化している環境汚染や地球温暖化の問題,さらには化石燃料の枯渇の観点から利活用が広がっている.

日本の油脂事情

近年,世界人口の増加によるエネルギー問題や食糧問題の発生,人々の食生活の変化などにより油脂需要は増加の一途をたどっている.しかし,このように高い需要があるにもかかわらず,わが国における油脂の自給率はほかの先進国と比較してたいへん低く,油脂の用途の大部分を占める食用油脂の自給率は平成29年度において僅か12%であり,平成28年度よりも落ち込んだ(5)5) 農林水産省:平成29年度食糧需給表,http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/zyukyu/index.html, 2019..すなわち,国内で消費されている油脂のほとんどを輸入に頼っているのが現状であり,それゆえ日本国内への油脂供給は世界情勢の変化や自然災害による価格変動に大きく左右されている.

一方で,2018年12月30日に発効された環太平洋パートナーシップ(TPP)協定による関税撤廃も日本の油脂産業にとって考えるべき問題の一つである.日本は,界面活性剤,シャンプー・リンスなどの香粧品,高級アルコール,脂肪酸などの油脂化成品を輸出しており,その製品の質の良さからも今後も輸出が拡大していくことが予想される.しかしながら,大豆油,ナタネ油が6年目に,米油は11年目に関税が撤廃され,油脂化成品の原料の輸入調達に拍車をかけることになるかもしれない.また,今まで高い関税がかかっていたマーガリン・ショートニングは6年目に関税が撤廃され,国内の油脂自給率の低下に影響をきたすことが懸念される.海外からの油脂の輸入への依存に伴う上述のようなリスクを軽減するためにも,日本国内において油脂原料の安定的な獲得手段を得て,油脂自給率を向上させることは急務の課題となっている.自給率の向上に最も効果的なことは,油糧植物からの油脂供給である.現在主に輸入されている植物油脂は,パーム油,大豆油,ナタネ油である.しかし,これら油脂の油糧植物栽培による国内油脂生産を考えた場合,パームは熱帯性の植物であり,温暖湿潤な日本の気候は生育に不向きであるため効率的な手段ではないといえる.また,大豆油,ナタネ油においても,日本の耕作放棄地は1975から2010年の35年間で約3倍の40万haまで増加し,耕作面積は減少し続けている問題(6)6) 財団法人 油脂工業会館 油脂原料確保研究会:“油脂原料をどうする” http://www.yushikaikan.or.jp/content/files/Kenkyu20.pdf, 2008.のほか,農業の担い手不足も問題がある.1990年に480万人であった我が国の農業従業人口は,2010年には260万人にまで減少した.その20年の間,農業就業者の平均年齢は上昇し,生産者の高齢化が進むとともに国内の農業は衰退の一途をたどっている(6)6) 財団法人 油脂工業会館 油脂原料確保研究会:“油脂原料をどうする” http://www.yushikaikan.or.jp/content/files/Kenkyu20.pdf, 2008..さらに,生産コストが高く,所得が低く,価格が不安定である問題も挙げられる.現在,水耕栽培による油糧植物の生産の研究開発が行われているが,コストの問題など超えなければならない課題が多数残されている.以上のことから,日本国内での油糧植物を用いた油脂生産は困難な状況である.

微生物による油脂生産

現在の油脂生産方法は油糧植物からの油脂生産が主流となっているが,石油価格の大幅な変動,地球環境への意識の高まりから,近年では微生物を用いた油脂の生産が注目されている.日本は古くから酒,味噌,醤油といった歴史的発酵食品の製造において微生物を利用し,その発酵技術は産業として発展してきた.このようにわれわれの生活を豊かにする可能性をもつ微生物のなかには,先述した日本の油脂自給率向上への貢献が期待できる油糧微生物が存在する.油糧微生物は,バイオマス重量の20%以上の油脂を含有する微生物として定義されており,酵母,カビ,バクテリア,微細藻類などに存在する(7)7) C. Ratledge & J. P. Wynn: Adv. Appl. Microbiol., 51, 1 (2002)..微細藻類は,近年,従属栄養培養において,乾燥菌体の55%以上油脂を蓄積する油脂高含有クロレラが遺伝子組換え技術により創製される(8)8) X. Miao & Q. Wu: J. Biotechnol., 110, 85 (2004).など,油脂生産への産業利用に向けて注目を集めている.微細藻類は光エネルギーを利用した光独立栄養培養が可能であり,二酸化炭素を油脂に変換できるが,光の変換効率や増殖速度に課題が残る.蛍光灯やLEDなどの人工光による光エネルギーでも培養は可能であるが,24 時間の連続的な光照射は非常に電力コストがかかり,その電力を生み出すのに二酸化炭素を排出してしまう.また,光の届く距離に制限があるため,培養槽を深くすることが難しくなり,土地を平面的にしか利用することができない.

バクテリアのなかにも,菌体内に油脂を蓄積する種が存在するが,ほとんどの油糧バクテリアが生産する油脂組成は,ほかの油糧微生物とは異なる複合油脂であり,食用油脂の主成分であるTAGを生産する例が報告されているのは,Mycobacterium(9)9) L. Barksdale & K. S. Kim: Bacteriol. Rev., 41, 217 (1977).Nocardia(10)10) H. M. Alvarez, R. Kalscheuer & A. Steinbuchel: Eur. J. Lipid Sci. Technol., 99, 239 (1997).Rhodococcus(10)10) H. M. Alvarez, R. Kalscheuer & A. Steinbuchel: Eur. J. Lipid Sci. Technol., 99, 239 (1997).Streptomyces(11)11) E. R. Olukoshi & N. M. Packter: Microbiology, 140, 931 (1994).といった限られた属のみであったが,近年,Gordonia sp. DGが見いだされ,本菌株はバイオマス量1.88 g/Lに最大含有率80%の油脂を蓄積する生産性が高い菌株であった(12)12) M. K. Gouda, S. H. Omar & L. M. Aouad: World J. Microbiol. Biotechnol., 24, 1703 (2008)..また,再生可能な炭素源を原料として,代謝工学的に改変されたEscherichia coliを利用した流加培養法によりバイオディーゼルとして十分利用可能な脂肪酸エチルエステルの生産も報告されている(13)13) R. Kalscheuer, T. Stolting & A. Steinbuchel: Microbiology, 152, 2529 (2006)..ほかの微生物と比較して,バクテリアにおける油脂生合成に関する遺伝子の調節機構は解明が進んでいるため,遺伝子工学的,代謝工学的観点においては油糧バクテリアの改変は大きな意味をもつが,その油脂の生産性が低いのが大きな課題である.

油脂酵母や油糧糸状菌による油脂生産の歴史は,ドイツが食用油脂不足問題解決のためEndomycesFusariumなどのいくつかの菌株を保有していた第一次世界大戦までさかのぼることができ,現在までさまざまな油糧菌株が単離・同定されてきた(14)14) C. Ratledge: “Single Cell Oils: Single Cell Oils for the 21st Century,” ed. by T. Z. Cohen & C. Ratledge, Academic Press and AOCS Press, 2010..油脂酵母や油糧糸状菌は,まず菌体増殖を行い,培地中の窒素源枯渇後,糖が過剰に残存している場合に油脂を生産することから,これら菌株の油脂蓄積には,培地中の窒素源と炭素源の比(C/N比)が重要とされている(14)14) C. Ratledge: “Single Cell Oils: Single Cell Oils for the 21st Century,” ed. by T. Z. Cohen & C. Ratledge, Academic Press and AOCS Press, 2010.

油脂酵母

上述した多種多様な油糧微生物のうち,われわれは,油脂酵母に注目した.油脂酵母は,ほかの油糧微生物と比較して最大油脂蓄積含有率が大きく,稲わらや廃木材などの非可食バイオマス由来の糖からの油脂生産が可能である(15, 16)15) A. Anschau, M. C. Xavier, S. Hernalsteens & T. T. Franco: Bioresour. Technol., 157, 214 (2014).16) S. Kitcha & B. Cheirsilp: Energy Procedia, 9, 274 (2011)..また,発酵槽で油脂を生産させるため油糧植物栽培のように広い敷地が不要で,天候にも左右されず,一年中安定して油脂を供給することが可能である.さらに単細胞生物であることから取り扱いやすく,培養のスケールアップも比較的容易である.油脂酵母としてLipomyces starkeyi, Yarrowia lipolytica, Rhodosporidium toruloidesなどが知られているが,その中でもL. starkeyiは乾燥菌体重量の85%以上も細胞内に油脂を蓄積する酵母として報告されている(17)17) A. B. Juanssilfero, P. Kahar, R. L. Amza, N. Miyamoto, H. Otsuka, H. Matsumoto, C. Kihira, A. Thontowi, C. Ogino, B. Prasetya et al.: J. Biosci. Bioeng., 125, 695 (2018).L. starkeyiは糖を代謝し油脂に変換するが,その油脂は脂肪球という形で細胞内に蓄積される(図1図1■油脂酵母Lipomyces starkeyiの電子顕微鏡写真).

図1■油脂酵母Lipomyces starkeyiの電子顕微鏡写真

その脂肪球内の油脂成分はTAGであり,ステロールエステルはほとんど検出できない程度である.L. starkeyiが生産する油脂の脂肪酸組成はオレイン酸が半分以上を占め,次いでパルミチン酸となり,2種類で約85%を占める(18)18) 高久洋暁,山崎晴丈:オレオサイエンス,17, 107 (2017)..この脂肪酸組成は一般的な植物油の脂肪酸組成と類似しているため,食用油としての利用が期待できる(18)18) 高久洋暁,山崎晴丈:オレオサイエンス,17, 107 (2017)..また,L. starkeyiは,グルコースのみならずキシロース,フルクトース,セロビオース,デンプンといったさまざまな糖を資化することができ,複数の糖が混在するバイオマス由来の糖化液から無駄なく油脂生産が可能である(19)19) E. Oguri, K. Masaki, T. Naganuma & H. Iefuji: Antonie van Leeuwenhoek, 101, 359 (2012)..油糧植物の面積あたりの年間油脂生産性は,パーム油が0.38 kg/m2,ナタネ油が0.12 kg/m2,大豆油が0.05 kg/m2で,パーム油が圧倒的に高収量である.これに対してL. starkeyiの油脂生産性は5 g/L/day以上であることを考慮すると,1 m3の発酵槽内で年間1.5 t以上の油脂生産が見込め,油糧植物を大きく上回る.油脂酵母L. starkeyiを用いた油脂生産には上述したように多くの利点があるが,実用化に向けてさらなる油脂生産性の向上が不可欠である.文献上では補酵素供給の観点上,グルコースからTAG(トリオレイン)の対糖油脂収率は理論値31.6%との報告(20)20) C. Ratledge: Biotechnol. Lett., 36, 1557 (2014).があるが,現在の野生株における回分培養での対糖油脂収率は10%程度である.この油脂酵母による油脂生産を実用化するためには,対糖油脂収率および油脂生産速度の向上などの課題の克服が必須である.そこで油脂生産性向上の改善ポイントとなる油脂生合成に関与する重要遺伝子の同定のため,油脂高蓄積変異株の取得および重要遺伝子の同定を行った.

油脂蓄積変異株の取得

油脂蓄積変異株を取得のため,変異原性物質エチルメタンスルホン酸またはUVをL. starkeyi CBS1807株に作用させ,変異を誘発させた変異株群を培養し,Percoll密度勾配遠心法で分画した.油の密度は水よりも低いことから,油脂高蓄積細胞と油脂低蓄積細胞の密度が異なり,油脂高蓄積細胞は低密度画分に,油脂低蓄積細胞は高密度画分に分画されることが予想される.低密度画分を分取後に培養し,密度勾配遠心法で再分画することを繰り返すことにより油脂高蓄積変異細胞の濃縮が可能となる(図2図2■Percoll密度勾配遠心法による油脂高蓄積細胞および油脂低蓄積細胞の濃縮).高密度画分についても同様な手法の実施により油脂低蓄積変異細胞の濃縮が可能となる(図2図2■Percoll密度勾配遠心法による油脂高蓄積細胞および油脂低蓄積細胞の濃縮).

図2■Percoll密度勾配遠心法による油脂高蓄積細胞および油脂低蓄積細胞の濃縮

その後,それぞれの濃縮画分の溶液を培地プレートにまき,コロニーとして単離した.得られたコロニーを液体培養し,①油脂を蛍光染色後,フローサイトメトリーによる油脂生産性評価,②顕微鏡観察による脂肪球の大きさの評価,③油脂定量の3つを組み合わせ,油脂蓄積変異株のスクリーニングを行った.その結果,野生株と比較して高い油脂生産性をもつ油脂高蓄積変異株E15, E47, A42, K13, K14(21)21) H. Yamazaki, S. Kobayashi, S. Ebina, S. Abe, S. Ara, Y. Shida, W. Ogasawara, K. Yaoi, H. Araki & H. Takaku: Appl. Microbiol. Biotechnol., 103, 6297 (2019).,低い油脂生産性をもつ油脂低蓄積変異株m45, m47を取得した.野生株と油脂高蓄積変異株の比較培養において,培養1日目では野生株と油脂高蓄積変異株E15, E47, A42, K13, K14の細胞内の脂肪球の大きさはあまり変わらなかったが,培養3日目ではすべての油脂高蓄積変異株の細胞内の脂肪球が野生株よりも大きく,特にK14では際立っていた(図3図3■油脂高蓄積変異株の油脂蓄積性).

培養3日目において,油脂高蓄積変異株E15, E47, A42, K13, K14の細胞あたりのTAG生産量は,それぞれ野生株の2.0, 1.4, 1.5, 1.9, 2.3倍であった(21)21) H. Yamazaki, S. Kobayashi, S. Ebina, S. Abe, S. Ara, Y. Shida, W. Ogasawara, K. Yaoi, H. Araki & H. Takaku: Appl. Microbiol. Biotechnol., 103, 6297 (2019)..また,野生株と油脂低蓄積変異株の比較培養において,培養1.5日目までは野生株と油脂低蓄積変異株m45, m47の細胞内の脂肪球の大きさおよび蓄積はあまり変わらなかったが,培養2日目以降では油脂低蓄積変異株の細胞内には複数の小さい脂肪球が見られた(図4図4■油脂低蓄積変異株の油脂蓄積性).培養3日目の油脂低蓄積変異株m45, m47の細胞あたりのTAG生産量は,それぞれ野生株の0.5, 0.6倍であった.

図3■油脂高蓄積変異株の油脂蓄積性

図4■油脂低蓄積変異株の油脂蓄積性

油脂高蓄積変異株における油脂生合成経路の遺伝子発現

油脂の生合成経路についての研究は,酵母S. cerevisiaeや油脂酵母Y. lipolyticaで多く報告されている(22, 23)22) B. Koch, C. Schmidt & G. Daum: FEMS Microbiol. Rev., 38, 892 (2014).23) A. Beopoulos, J. Cescut, R. Haddouche, J. L. Uribelarrea, C. Molina-Jouve & J. M. Nicaud: Prog. Lipid Res., 48, 375 (2009)..TAGの合成には,アシルCoA合成経路とグリセロール-3-リン酸からTAGまでのケネディ経路の2つの経路が重要である(図5図5■油脂酵母におけるグルコースからの油脂生合成経路).

図5■油脂酵母におけるグルコースからの油脂生合成経路

Glc:グルコース,G6P:グルコース-6-リン酸,Ru5P:リブロース-5-リン酸,GAP:グリセルアルデヒド-3-リン酸,DHAP:ジヒドロキシアセトンリン酸,Pyr:ピルビン酸,AcCoA:アセチルCoA, Cit:クエン酸,αKG:αケトグルタル酸,Mal:リンゴ酸,OAA:オキサロ酢酸,MalCoA:マロニルCoA, AcyCoA:アシルCOA, G3P:グリセロール-3-リン酸,LPA:リゾホスファチジン酸,PA:ホスファチジン酸,DAG:ジアシルグリセロール,TAG:トリアシルグリセロール,IDH:イソクエン酸デヒドロゲナーゼ,ACL:ATP-クエン酸リアーゼ,ACC:アセチルCoAカルボキシラーゼ,FAS:脂肪酸合成酵素,SCT1:G3Pアシルトランスフェアラーゼ,SLC1:LPAアシルトランスフェアラーゼ,PAP:PAホスファターゼ,DAG:DAGアシルトランスフェアラーゼ

Glcは細胞質基質において解糖系を経てPyrへ変換され,ミトコンドリアへ移送後,ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体でAcCoAへ変換される.細胞内の窒素源がすると細胞内AMPレベル減少し,IDHが阻害され,ミトコンドリア内にCitが蓄積する.ミトコンドリア内に蓄積したCitはクエン酸–リンゴ酸対向輸送を介して細胞質基質へ移送される.その後,CitはACLの作用により開裂し,OAAとAcCoAとなる.この酵素は一般的な微生物には存在せず,油脂酵母や哺乳類特有の酵素であり,このAcCoA合成経路は一般的なピルビン酸–アセトアルデヒド–酢酸経路とは区別されている(7)7) C. Ratledge & J. P. Wynn: Adv. Appl. Microbiol., 51, 1 (2002)..細胞質基質内のAcCoAはACCによりMalCoAに変換後,さらにFAS複合体によりパルミトイルアシルキャリアタンパク質が形成され,伸長,不飽和化のために小胞体へ移送される.また,この過程は細胞内の利用可能なATPおよびNADPH量に大きく依存している.

TAG形成のため,3分子の脂肪酸が1分子のG3Pにケネディ経路を介して結合する.初めにG3PはSCT1にアシル化され,LPAへ変換され,次にSLC1が作用し,アシル化し,PAへ変換される.PAはPAPにより脱リン酸化され,DAGとなり,さらにDGAによるアシル化によりTAGが合成される.また,DAGのアシル化には,グリセロリン脂質がアシル基の供与体となるリン脂質DAGアシルトランスフェアラーゼによる反応もある.

野生株と油脂高蓄積変異株における上記した油脂生合成に重要な経路の遺伝子発現を比較した結果,いずれの油脂高蓄積変異株においても,Acyl–CoA合成に関与するACL, ACC, FAS遺伝子の発現が野生株と比較して上昇していた.また,油脂生産性が比較的高かった油脂高蓄積変異株K13, 14においては,ケネディ経路のSCT1, SLC1, PAP, DGA1, DGA2遺伝子の発現も野生株と比較して上昇していた.さらに油脂高蓄積変異株においては,ペントースリン酸経路のホスホグルコン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が野生株と比較して高発現しており,脂肪酸合成に必要なNADPH供給に寄与していることが考えられた(未発表データ).

おわりに

油脂産業上有用な油脂酵母L. starkeyiのゲノムも公開されており,さらにわれわれのグループは,取得した油脂蓄積変異株を活用し,ゲノム比較解析,トランスクリプトーム解析,プロテオーム解析,メタボローム解析のオーミクス解析を進めている.上記オーミクスデータを活用した情報解析による制御ネットワーク構築技術などにより,油脂生合成に関する制御因子,機能が不明だがその遺伝子の発現量に応答して油脂生産量が変化する因子など新規の情報が得られている(高久,未発表データ).また,油脂酵母L. starkeyiの遺伝子組換え技術についても整備が進みつつあり,形質転換系としては,酢酸リチウム法(24)24) C. H. Calvey, L. B. Willis & T. W. Jeffries: Curr. Genet., 60, 223 (2014).,スフェロプラスト-PEG法(25)25) Y. Oguro, H. Yamazaki, Y. Shida, W. Ogasawara, M. Takagi & H. Takaku: Biosci. Biotechnol. Biochem., 79, 512 (2015).,アグロバクテリウム法(26)26) X. Lin, S. Liu, R. Bao, N. Gao, S. Zhang, R. Zhu & Z. K. Zhao: Appl. Biochem. Biotechnol., 183, 867 (2017).,エレクトロポレーション法(高久,未発表データ)が開発され,さらに目的遺伝子の染色体上への導入に重要な遺伝子ターゲティング効率を大幅に向上させたL. starkeyilslig4株が作製された(27)27) Y. Oguro, H. Yamazaki, S. Ara, Y. Shida, W. Ogasawara, M. Takagi & H. Takaku: Curr. Genet., 63, 751 (2017)..また,遺伝子挿入標的部位を染色体上に数十コピー以上ある18S rDNA領域とすることにより目的遺伝子を染色体上に同時に数コピー導入し,目的タンパク質を高発現させる組換え技術も開発されている(25)25) Y. Oguro, H. Yamazaki, Y. Shida, W. Ogasawara, M. Takagi & H. Takaku: Biosci. Biotechnol. Biochem., 79, 512 (2015)..すなわち,オーミクス解析データを利用した情報解析技術による遺伝子の改変提案の遺伝子組換え技術による実施は,油脂酵母L. starkeyiの産業利用を加速化させるものであると考えている.

Acknowledgments

本研究の一部は,NEDO「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発」の支援を受けて行われた.電子顕微鏡解析を行って頂いた日本女子大学名誉教授,綜合画像研究支援理事長,大隈正子先生に心から感謝します.

Reference

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