解説

草本系原料糖化のための小規模・簡素な前処理技術の開発国内地域活性化のための穏和なバイオマス前処理法

Development of Simple and Small-Scale Pretreatment Processes for Saccharification of Herbaceous Feedstocks: Mild Pretreatment of Biomass for Vitalization of Domestic Rural Areas

Kenji Yamagishi

山岸 賢治

農業・食品産業技術総合研究機構食品研究部門食品生物機能開発研究領域生物資源変換ユニット

Masakazu Ike

正和

農業・食品産業技術総合研究機構食品研究部門食品生物機能開発研究領域生物資源変換ユニット

Ken Tokuyasu

徳安

農業・食品産業技術総合研究機構食品研究部門食品生物機能開発研究領域生物資源変換ユニット

Published: 2019-10-01

稲わらなどの草本系資源は,その主成分であるホロセルロースからエタノールを製造する際の国産原料として注目を集めてきた.また最近では,地球環境への負荷を低減する取り組み(いわゆる「バイオエコノミー」への移行)のため,世界各国で繊維質資源の高度変換に関する研究開発が進みつつある(1)1) OECD: The Bioeconomy to 2030: DESIGNING A POLICY AGENDA, http://www.oecd.org/futures/long-termtechnologicalsocietalchallenges/thebioeconomyto2030designingapolicyagenda.htm, 2009..その一方で,わが国では,農地が狭くまとまった量のバイオマスを調達しにくいという制約の下で,草本系資源を高度利用するための簡素な小規模プロセスを開発する必要がある.そこで本稿では,糖化効率化のための前処理工程に着目し,その簡素化を目指す2つの取り組み(生物学的前処理および常温アルカリ前処理)について紹介する.

草本系原料の特徴と前処理技術

草本系原料を農産廃棄物から大規模に得る場合には,そのほとんどがイネ科作物と考えられる.また,エリアンサス,ススキ,オギススキ(ジャイアントミスカンサス),スイッチグラスなど,茎葉バイオマスを大量に得るために目的栽培するような,いわゆるセルロース系資源作物もイネ科に属する.図1図1■稲わらおよびエリアンサスの成分組成にイネ茎葉およびエリアンサス茎葉の乾燥物について,その主成分の構成比を示した(2)2) M. Ike, R. Zhao, M. S. Yun, R. Shiroma, S. Ito, Y. Zhang, Y. Zhang, M. Arakane, M. I. Al-Haq, J. Matsuki et al.: J. Appl. Glycosci., 60, 177 (2013)..このように,両原料ともに乾燥重量の50%程度が糖質であり,リグニンおよび灰分が全体の40%弱を占める.デンプンおよび遊離糖は,易分解性の糖質であり,その量は栽培条件,収穫時期,貯蔵条件などにより変化する.草本系原料の特徴として灰分が多いことが挙げられるが,稲わらでは10%を超えて特に多い.この特徴は,灰分の少ない木材よりも燃焼時の灰の発生が多くなり,操作上の欠点となる.それに加えて,持続的な農業生産のためには,茎葉部の持ち出しに伴う無機塩の収奪を考慮した土壌管理が必要となることを示す.

図1■稲わらおよびエリアンサスの成分組成

セルロースおよびヘミセルロース(図1図1■稲わらおよびエリアンサスの成分組成ではキシラン)の和であるホロセルロースは,単離後には酵素分解によってグルコース,キシロースなどの単糖に変換可能である.そして,得られた単糖は,発酵によって燃料用エタノール,化成品原料となる乳酸,コハク酸などのさまざまな有価物に変換しうる(3)3) 蓮沼誠久,石井 純,荻野千秋,近藤昭彦:化学と生物,53,689 (2015)..しかしながら,細胞壁中のホロセルロースはリグニンによって被覆されており,その酵素分解は極めて困難となる.このため,高温高圧,もしくは強酸,強アルカリ等の前処理によってリグニンを分解,またはホロセルロースの構造を変化させることで酵素糖化を促進する必要が生じる.前処理の種類によってバイオマス原料に生じる変化はさまざまであり,その主な特徴を表1表1■各種前処理がバイオマス原料に与える物理的・化学的変化※文献(4)を引用に示す(4)4) P. Alvira, E. Tomás-Pejó, M. Ballesteros & M. J. Negro: Bioresour. Technol., 101, 4851 (2010)..酵素糖化のための前処理として研究されている水熱処理法では,バイオマスを加圧熱水,または超臨界水で処理することで,比較的低温域ではヘミセルロース,高温域ではセルロース,リグニンを加水分解する(5)5) 一般社団法人 日本エネルギー学会編著:“バイオマスプロセスハンドブック”,公益社団法人化学工学会,2012..水蒸気爆砕では,バイオマスを高温高圧の水蒸気によって蒸煮した後,圧力を瞬間的に大気圧まで低下させて主にヘミセルロースの加水分解を起こすとともに繊維構造の破壊を行う(5)5) 一般社団法人 日本エネルギー学会編著:“バイオマスプロセスハンドブック”,公益社団法人化学工学会,2012..酸処理では,硫酸,塩酸などの強酸を用いてセルロース,ヘミセルロースを酸加水分解し単糖,オリゴ糖に変換する(5)5) 一般社団法人 日本エネルギー学会編著:“バイオマスプロセスハンドブック”,公益社団法人化学工学会,2012..濃酸は常温で,希酸では100°C以上の高温で反応が行われる.それに対して,水酸化ナトリウム,アンモニアなどによるアルカリ前処理は,キシランおよびリグニンの一部または大部分を多糖の状態で可溶化し,セルロースを水不溶性の状態で残し酵素糖化に適した状態とする.アンモニア処理条件を最適化することで,セルロースの構造を改変して酵素糖化効率の向上を可能とする方法も開発されている(6)6) V. Balan, B. Bals, S. P. Chundawat, D. Marshall & B. E. Dale: Methods Mol. Biol., 581, 61 (2009)..このように方法はさまざまであるが,いずれの場合も前処理の効果は著しいものであり,たとえばソルガムバガス(九州交4号)の水酸化ナトリウム処理物に対する糖化試験では,無処理のもののグルカンの糖化率が29%であったのに対して,2.5 M水酸化ナトリウム中で処理した試料では98.7%の糖化率となっている(7)7) L. Wu, M. Arakane, M. Ike, M. Wada, T. Takai, M. Gau & K. Tokuyasu: Bioresour. Technol., 102, 4793 (2011)..以上で述べてきたように,前処理工程は,酵素糖化によって単糖を得るための重要なステップであり,これまでに希硫酸処理,アンモニア処理,水熱処理などのような高温・高圧処理を伴う前処理工程が開発・技術実証されてきた.たとえば,米国では,トウモロコシ茎葉部を原料として各種前処理の効果と経済性を比較するプロジェクト(CAFIプロジェクト)が実施された(8)8) T. Eggeman & R. T. Elander: Bioresour. Technol., 96, 2019 (2005)..本プロジェクトでは,5種類の異なる前処理法,すなわち①希硫酸法,②水熱処理法,③アンモニア爆砕法(9)9) F. Teymouri, L. Laureano-Perez, H. Alizadeh & B. E. Dale: Bioresour. Technol., 96, 2014 (2005).,④アンモニアリサイクル浸出法(10)10) T. H. Kim & Y. Y. Lee: Bioresour. Technol., 96, 2007 (2005).,そして⑤水酸化カルシウム処理法による処理を施した後,酵素糖化工程を評価し,その効率を比較した.さらに,この効率評価値を基にして,年産20万kL程度の大規模バイオエタノール製造を想定して,各前処理を行うために必要となる設備費(固定費)を算出した.その結果,前処理法①~④では全固定費が200億円程度,そして消石灰を用いる前処理法(⑤)では,固定費160億円と試算された(1ドル=100円換算).一方,前処理を必要としないコーン穀実を原料とした場合では,同規模の製造スケールにおける固定費は60億円前後と報告されている(11)11) B. B. I. International: 2003. Ethanol Plant Development Handbook, 4th ed. BBI International..このように,繊維質原料は酵素分解を受けにくいことから,前処理コストの負荷が大きく,より簡素な前処理技術の開発が求められてきた.さらに,この前処理工程による負荷の割合は,工場規模が小さくなるとより増大すると考えられる.そこで,本稿では,これら既存の前処理工程よりも簡素で小規模プロセスへの適合性が高いと考えられる前処理の候補として,生物学的前処理,そしてサイレージ化と同様の操作での前処理技術として筆者らが開発を進める水酸化カルシウム前処理工程を紹介する.この2つの工程の特徴は,効果発現のために数日~数十日程度の長時間を要するスローな前処理という点,そして環境適合性が高く地域資源循環工程に組み込みやすい点と考える.

表1■各種前処理がバイオマス原料に与える物理的・化学的変化※文献(4)を引用
水熱処理水蒸気爆砕処理酸処理アルカリ前処理アンモニア爆砕処理
酵素が接近可能となる表面積の増加HHHHH
セルロース結晶度の低下n.d.H
ヘミセルロースの溶解HHHLM
リグニン除去LMMMH
発酵阻害物質の生成LHHLL
リグニン構造の変化MHHHH
H: 高,M: 中,L: 小,—:影響なし,n.d. :未測定

生物学的前処理

前処理に強アルカリ,高温高圧などの過激な条件を用いる主な理由は,植物細胞壁中においてホロセルロースを強固に保護しているリグニンを分離・除去するためである.リグニンの化学構造は非常に複雑であるため完全には解明されていないが,フェニルプロパン残基およびその誘導体がC–C結合,エーテル結合などにより重合したものと考えられており(12)12) 宍戸和夫編著:“キノコとカビの基礎化学とバイオ技術”,アイピーシー出版,2002, p. 141.,化学的に安定性が高く加水分解を受けにくい.しかしながら,担子菌の一種である木材腐朽菌は,菌体外酵素を利用して細胞壁を分解することが古くから知られている(13)13) 堀 千明,五十嵐圭日子,鮫島正浩:化学と生物,53, 381 (2015)..木材腐朽菌は,『褐色腐朽菌』と『白色腐朽菌』に大別される.『褐色腐朽菌』は,フェントン反応(Fe2++H2O2→Fe3++OH・+OH)によって細胞外に大量のラジカル種を生産し,リグニンをほとんど分解することなくホロセルロースを低分子化し,自らのエネルギー源とする.腐朽が進むにつれてリグニンの含有率が上昇するため木材は次第に褐変する.その一方で,白色腐朽菌は,過酸化水素などのラジカル種とともに,酸化還元反応によってリグニンを開裂する酵素(リグニンペルオキシターゼ,マンガンペルオキシターゼ,バーサタイルペルオキシターゼなど)を生産する.その結果としてリグニンの低分子化が進行し,腐朽材は白化する.以上のことから,リグノセルロース系バイオマスに白色腐朽菌を植菌し,リグニンの分解を行わせることによってセルロースの酵素分解(セルラーゼによる糖化処理)が容易になると期待される.また,白色腐朽菌処理とほかの前処理法を組み合わせることにより,粉砕や水熱処理などの物理化学的前処理に必要なエネルギー投入量を削減する効果も期待できる.これまでに,前処理無しでは酵素糖化が極めて難しいスギ材に対して,白色腐朽菌処理とマイクロ波ソルボリシス,粉砕処理を組み合わせて前処理効果を向上させる研究が行われている(14)14) 飯塚堯介監修:“ウッドケミカルスの新展開”,シーエムシー出版,2007, p. 87.

白色腐朽菌には,担子菌類で初めてゲノム解析が行われたPhanerochaete chrysosporium(和名なし)のほか,シイタケ,ヒラタケなど多くの食用菌が属している(15)15) 宍戸和夫編著:”キノコとカビの基礎化学とバイオ技術”,アイピーシー出版,2002, p. 29..しかしながら,白色腐朽菌はリグニンを栄養として成長しているのではなく,ホロセルロースを利用するためにやむを得ず分解していると考えられている(16)16) 高橋旨象:“きのこと木材”,築地書館,1989.白色腐朽菌は酵素とラジカルを用いてホロセルロース糖化のための“前処理”を行っているとも言えよう.このように,菌が求める物は糖(ホロセルロース)であってリグニンではないため,ほとんどの白色腐朽菌はリグニンを分解すると同時にホロセルロースを分解し,自らの栄養として消費してしまう.このような菌は,ホロセルロースを利用するための生物学的前処理としては不向きである.しかしながら,幸いなことに,ホロセルロースの消費に優先してリグニンを分解する性質(選択的腐朽性)を示すような,産業利用に適する白色腐朽菌も存在することが報告されている.これは選択的白色腐朽菌と呼称されるものであり,代表的な菌としてCeriporiopsis subvermispora(17)17) 近藤昭彦,植田充美監修:“セルロース系バイオエタノール製造技術”,2010, p. 133.(和名なし),Phanerochaete sordida(18)18) H. Hirai, R. Kondo & K. Sakai: Mokuzai Gakkaishi, 40, 980 (1994).(ウスキイロカワタケ),Cyathus stercoreus(ハタケチャダイゴケ)などが知られている.ただし,選択的白色腐朽菌といえどもすべてのリグノセルロース系バイオマスに対し選択的腐朽性を示すわけではなく,同一種でも系統によって性質が大きく異なる場合があるため,その性質の見極めや制御には注意が必要となる.

筆者は,稲わらに対して良好な選択的腐朽性を示す菌を探索するため,京都大学生存圏研究所バイオマス変換分野において保管されていた100種類以上の白色腐朽菌を稲わらに植菌してスクリーニングを行った.具体的には,まず予備試験として各腐朽菌を植えた稲わらを30日間固体培養後,セルラーゼを用いて腐朽稲わらを糖化し,遊離還元糖量を測定した.その結果,多くの菌はホロセルロースを含む稲わら全体を急速に分解してしまったが,一部の菌が選択的腐朽性を示した.そこで有望な菌種,系統について同様の試験を行い,培養30日後の稲わら重量残存率,そしてセルラーゼを添加して糖化反応を行った際のホロセルロース糖化率を調べた(図2図2■稲わらの前処理効果が高い白色腐朽菌のスクリーニング法の概要).その結果,前述したハタケチャダイゴケが全体的に良好な性質を示したが,日本各地から収集した17系統のハタケチャダイゴケのなかで優劣が見られた.特に良好な性質を示した#15株(調布市単離株)を,60°C 15分間蒸気滅菌した稲わらに植菌して25日間固体培養を行ったところ,腐朽稲わらのホロセルロースは培養前と比較して17%減少した.この量が,ハタケチャダイゴケが成長するために消費した糖の重量と思われる.その一方で,リグニンは33%減少し,腐朽稲わらのホロセルロース糖化率は20%から76%に上昇した(19)19) K. Yamagishi, T. Kimura & T. Watanabe: Bioresour. Technol., 102, 6937 (2011)..このように,白色腐朽菌による生物学的処理が高いポテンシャルをもつことが明らかとなった.今後の課題としては,大規模化への道筋を整える必要がある点,リグニンの分解速度を上げることが望ましい点などが挙げられる.リグニン分解力の強化については,筆者らもP. sordida,およびハタケチャダイゴケにおける遺伝子導入系を構築することによって,リグニン分解酵素の発現量を強化するなどの技術開発に取り組んでいる(20, 21)20) K. Yamagishi, T. Kimura, S. Oita, T. Sugiura & H. Hirai: Appl. Microbiol. Biotechnol., 76, 1079 (2007).21) K. Yamagishi, T. Kimura & T. Watanabe: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 771 (2013).

図2■稲わらの前処理効果が高い白色腐朽菌のスクリーニング法の概要

簡素なアルカリ前処理技術(RT-CaCCO法)

日本の主要な草本系バイオマスは稲わらであり,この原料を用いた変換プロセス開発による波及効果は極めて大きいと期待される.しかしながら,稲わらの利用にあたっては,収集・貯蔵の問題を避けては通れない.稲刈り直後の稲わらはかなりの水分を含んでおり(含水率60%前後),これを未乾燥のまま放置すると腐敗してしまい取り扱いが困難になる.また,太平洋側の多くの地域では,晩秋から冬に晴天と乾燥が続くために稲わらを天日乾燥できるが,日本の主要な稲作地帯である日本海側地域では,雨天が続き稲わらを十分乾燥させる時間を確保できない場合がある.このため,稲わらの圧砕処理によって乾燥を促進するための技術開発が行われている(22, 23)22) 大谷隆二:農業機械学会誌,74, 348 (2012).23) 重田一人,小林有一,塚本隆行,加藤 仁,薬師堂謙一:中央農業総合研究センター 2014年主要普及成果情報

筆者の属するグループは,稲わらの効率的糖化のための前処理技術として,CaCCO(Calcium Capturing by Carbonation:炭酸ガス吹きつけによるカルシウム捕捉)法を開発した(図3図3■CaCCO法(Calcium Capturing by Carbonation: 炭酸ガス吹きつけによるカルシウム補足法)の概略).CaCCO法では,アルカリである水酸化カルシウムを稲わらと混合した後に120°Cの高温下で前処理し,炭酸ガスで中和後,反応スラリーごと糖化反応を行う.本法の特徴は,前処理後の洗浄工程を省略することによって原料中の易分解性糖質を系外に除去しないで済み,かつ設備を簡略化できることである(2, 24)2) M. Ike, R. Zhao, M. S. Yun, R. Shiroma, S. Ito, Y. Zhang, Y. Zhang, M. Arakane, M. I. Al-Haq, J. Matsuki et al.: J. Appl. Glycosci., 60, 177 (2013).24) J. Y. Park, R. Shiroma, M. I. Al-Haq, Y. Zhang, M. Ike, Y. Arai-Sanoh, A. Ida, M. Kondo & K. Tokuyasu: Bioresour. Technol., 101, 6805 (2010)..アルカリ処理は,パルプ製造などに用いられるように,脱リグニンが進むことが特徴となる.特に草本系原料では処理効果が高く,これまでに水酸化ナトリウムやアンモニアが用いられてきた.しかしながら,これらは高価なために高レベルの回収設備が必要となるうえ,劇薬であるため取り扱いが難しい.それに対して,水酸化カルシウム(消石灰)は比較的安価であるとともに,農業現場で土壌改良剤として用いられており,取り扱い上の障壁が低いものと期待される.

図3■CaCCO法(Calcium Capturing by Carbonation: 炭酸ガス吹きつけによるカルシウム補足法)の概略

筆者らは本工程を改良するなかで,原料を水酸化カルシウムと混合後,7日以上常温で保存することにより,120°C,1時間の加熱処理と同等の前処理効果が得られることを示し,RT(室温)-CaCCO法として発表した(25)25) R. Shiroma, J. Y. Park, M. I. Al-Haq, M. Arakane, M. Ike & K. Tokuyasu: Bioresour. Technol., 102, 2943 (2011)..この方法を用いれば,湿潤状態にある稲わら原料をそのまま前処理・貯蔵工程に持ち込むことが可能になると期待できる.そして,一軸の湿式粉砕機を用いて稲わらの裁断物を解繊・粉砕しながら水酸化カルシウムと混合することで,湿潤稲わらのRT-CaCCO法への導入を可能とした(図4図4■湿式粉砕・消石灰混合した稲わらの製造).前処理工程に設備として想定しているものは,サイレージ製造時に用いられるラッピサイロまたはバンカーサイロであり,小規模変換プロセスへの適用性が高いものと期待される.

図4■湿式粉砕・消石灰混合した稲わらの製造

現在,RT-CaCCO法については,糖化工程の簡素化や副産物回収などを考慮した全体最適化にも対応できるよう,さらなる改変を行っているところである.たとえば,RT-CaCCO法では,稲わら前処理物の中和工程後のスラリーに多量の炭酸カルシウムが残留し(図3図3■CaCCO法(Calcium Capturing by Carbonation: 炭酸ガス吹きつけによるカルシウム補足法)の概略),大気条件下におけるpHは弱アルカリ性となる.一方,糖化酵素として一般的に使用される糸状菌由来酵素の至適pHは弱酸性であり,酸添加もしくは炭酸ガス加圧を行うことにより,糖化スラリー中のpHを下げる必要がある(26, 27)26) 池 正和,徳安 健:環境技術,45, 227 (2016).27) 池 正和,城間 力,朴 正一,徳安 健:応用糖質化学,3, 129 (2013)..しかしながら,酸添加では多量の酸が必要となること,炭酸ガス加圧では加圧反応槽が必要となるなど,改善すべき課題も残っている.一方で筆者らは,稲わら前処理物を炭酸水で洗浄することにより,不溶性の炭酸カルシウムを水溶性が高い炭酸水素カルシウム(Ca(HCO32)に変換する工程を開発している(28)28) K. Yamagishi, M. Ike, D. Guan & K. Tokuyasu: J. Appl. Glycosci., 66, 11 (2019)..本工程により,稲わら前処理物に含まれるカルシウム分の約90%が可溶化され,洗浄液中に回収される.炭酸水素カルシウムは脱気操作によって炭酸カルシウムとして再沈殿し,焼成(CaCO3→CaO+CO2)-水和反応(CaO+H2O→Ca(OH)2)により消石灰として再利用可能となる.また,前処理によって稲わらから遊離するクマル酸,フェルラ酸などの有価物を洗浄液から回収することもできる(29)29) R. Zhao, M. S. Yun, R. Shiroma, M. Ike, D. Guan & K. Tokuyasu: Bioresour. Technol., 148, 422 (2013)..一方,洗浄後の稲わら前処理物は,少量の酸添加か,常圧の炭酸ガスを糖化槽に加えることで弱酸性となり,糖化反応が可能となる.ただし洗浄工程の導入は,洗浄設備費が増大し,稲わら中に含まれる澱粉などの易分解性糖質の流亡を招くというデメリットもあるため注意が必要である.

おわりに

本稿では,地球上での炭素循環メカニズムを使いこなすという点で理想的な工程ともいえる生物学的前処理と,水酸化カルシウムの取り扱いやすさを最大限に活かす簡素なアルカリ前処理工程RT-CaCCO法について,その原理と開発経緯を紹介した.両プロセスともに,要素工程の連結が円滑に行われていない部分が残ることから,技術実証段階に進むための工程連結・評価が必要となる.

草本系原料の糖化・発酵による有価物製造に関しては,燃料用エタノール製造のための大規模商用実証試験が欧米の複数箇所で行われてきたが,いまだ自立性の高い商用稼働には至っていない.大規模プロセスでは,燃料用エタノールのような製品の数万トン~数十万トン規模での供給を想定するが,スケールメリットで劣る小規模プロセスで同様の製品供給モデルを想定しても,実現性は(未成立の)大規模プロセスよりもさらに低いと考えられる.むしろ,小規模プロセスでは,地ビール・地域産ワインのように,少量の個性的製品を供給することで差別化を図り成立性を高める必要があると考える.今回紹介した簡素でスローなプロセスは,環境負荷を抑えている点で個性化が可能であることから,成立性を向上するために変換工程の効率化,製品価値の向上,プロセス全体に対する環境負荷の最小化などを検討する必要がある.引き続き,国産地域資源の高度利用上の問題を解決するため,「大は小を兼ねない」という考えの下で技術開発を進めることで,日本型環境技術としての小規模プロセスの構築を目指したい.

Reference

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2) M. Ike, R. Zhao, M. S. Yun, R. Shiroma, S. Ito, Y. Zhang, Y. Zhang, M. Arakane, M. I. Al-Haq, J. Matsuki et al.: J. Appl. Glycosci., 60, 177 (2013).

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16) 高橋旨象:“きのこと木材”,築地書館,1989

17) 近藤昭彦,植田充美監修:“セルロース系バイオエタノール製造技術”,2010, p. 133.

18) H. Hirai, R. Kondo & K. Sakai: Mokuzai Gakkaishi, 40, 980 (1994).

19) K. Yamagishi, T. Kimura & T. Watanabe: Bioresour. Technol., 102, 6937 (2011).

20) K. Yamagishi, T. Kimura, S. Oita, T. Sugiura & H. Hirai: Appl. Microbiol. Biotechnol., 76, 1079 (2007).

21) K. Yamagishi, T. Kimura & T. Watanabe: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 771 (2013).

22) 大谷隆二:農業機械学会誌,74, 348 (2012).

23) 重田一人,小林有一,塚本隆行,加藤 仁,薬師堂謙一:中央農業総合研究センター 2014年主要普及成果情報

24) J. Y. Park, R. Shiroma, M. I. Al-Haq, Y. Zhang, M. Ike, Y. Arai-Sanoh, A. Ida, M. Kondo & K. Tokuyasu: Bioresour. Technol., 101, 6805 (2010).

25) R. Shiroma, J. Y. Park, M. I. Al-Haq, M. Arakane, M. Ike & K. Tokuyasu: Bioresour. Technol., 102, 2943 (2011).

26) 池 正和,徳安 健:環境技術,45, 227 (2016).

27) 池 正和,城間 力,朴 正一,徳安 健:応用糖質化学,3, 129 (2013).

28) K. Yamagishi, M. Ike, D. Guan & K. Tokuyasu: J. Appl. Glycosci., 66, 11 (2019).

29) R. Zhao, M. S. Yun, R. Shiroma, M. Ike, D. Guan & K. Tokuyasu: Bioresour. Technol., 148, 422 (2013).