学界の動き

鳥取大学大学院連合農学研究科の30年の歩み連合農学研究科の博士人材育成の特色と強み

Nitaro Maekawa

前川 二太郎

鳥取大学

Published: 2019-10-01

はじめに

大学院連合農学研究科は,1985(昭和60)年に東京農工大学大学院連合農学研究科(東京農工大学,茨城大学,宇都宮大学の連合)および愛媛大学大学院連合農学研究科(愛媛大学,香川大学,高知大学の連合)が最初に設置された.その後,1988(昭和63)年に鹿児島大学,佐賀大学および宮崎大学の3大学4研究科の連合による鹿児島大学大学院連合農学研究科が設置され,翌年に琉球大学が加わった.1989(平成元)年には鳥取大学大学院連合農学研究科が島根大学,山口大学および鳥取大学の連合により設置され,1990(平成2)年に岩手大学大学院連合農学研究科(帯広畜産大学,弘前大学,山形大学,岩手大学の連合)が,1991(平成3)年に岐阜大学大学院連合農学研究科(信州大学,静岡大学,岐阜大学の連合)が設置された.このような連合農学研究科がどのようにして設置されたかについては,船田(1)1) 船田 良:化学と生物,54(12),(2016).がその経緯を詳細に記述しているのでご一読いただきたい.

本稿では,鳥取大学大学院連合農学研究科が1989年4月に第1回の入学式を挙行して以降,今年設立30周年を迎える節目に,本研究科が研究を通して行ってきた人材育成について,組織および教育体制の変遷,人材育成にかかわるさまざまな取り組みを交えながら,たどってきた今日までの歩みを紹介させていただく.

運営体制

鳥取大学大学院連合農学研究科の教員は,鳥取大学,島根大学および山口大学の農学および関連分野の教員のなかから,後述する教員資格審査に合格した有資格指導教員によって組織されている.加えて,連合農学研究科は教育・研究の一層の充実と学生の資質向上および相互の研究交流を促進し,農林水産業に関する学術および科学技術の発展に寄与するため,1999(平成11)年に財団法人日本きのこセンター(菌蕈研究所)と,2007(平成19)年には独立行政法人(現国際研究開発法人)国際農林水産業研究センター(JIRCAS)との間で,本研究科の教育・研究指導への協力に関する協定を締結した.本協定の下,資格審査に合格した菌蕈研究所およびJIRCASの研究員を主指導教員および副指導教員として本研究科に迎え入れることにより,学生の指導体制の一層の充実を図った.なお,菌蕈研究所との連携は2005(平成17)年度に鳥取大学農学部に附属菌類きのこ遺伝資源研究センターが設置されたことにともない,2009(平成21)年に発展的に解消された.

本研究科は,設立時から今日に至るまで2度の改組により専攻の再編および入学定員の増員を行い,現在の3専攻8連合講座(図1図1■鳥取大学大学院連合農学研究科の構成)に至っている.研究科の運営は,各連合講座から選出された代議委員(山口大学2名,島根大学3名,鳥取大学3名),研究科長および副研究科長によって構成する代議委員会において,研究科の運営にかかわるさまざまな事項について協議を行っている.代議委員会は年10回定期に開催し,さらに,迅速に対応すべき事項については,必要に応じて臨時の代議委員会をテレビ会議などにより開催し,対応している.また,入学選抜試験の合否判定,学位論文の合否判定,教員資格審査の合否判定,研究科予算,規則改正,年間スケジュールなどの研究科にとって重要な審議事項は研究科委員会で協議することとしている.研究科委員会は,後述する担当発令教員で構成し,研究科設立当初は年4回の開催であったが,1999(平成11)年度からは年2回開催している.

図1■鳥取大学大学院連合農学研究科の構成

指導教員

鳥取大学大学院連合農学研究科では,教員の研究業績などに基づく資格審査制度を導入実施し,審査に合格した教員のみに指導資格を与えている.研究科設立当初は教授を対象に主指導資格審査を実施していたが,2001(平成13)年度から准教授にも主指導教員資格審査に合格すれば,主指導ができるようにしている.また,2007(平成19)年からは指導教員資格の審査対象を助教に拡大した.さらに,連合農学研究科の教育・研究水準の維持などのため,2000(平成12)年度から,主指導教員資格者の再審査を原則5年毎に実施する再審査制度を導入した.その後,2011(平成23)年度には指導資格教員も5年毎に再審査を実施することとした.各構成大学から推薦された候補者は,資格審査委員会[年1回の実施であったが,2003(平成15)年度から年2回実施]において,研究業績などが審議され,さらに研究科委員会における投票により合否判定が行われ,合格となる必要がある.これらの審査・再審査制度によって,本研究科教員の質の維持・向上を図っている.2019年4月1日現在,有資格教員は162名であり,有資格教員のうち103名(有資格教員の64%)が担当教員として発令され,在学生102名の主指導または副指導を行っている.

教育・研究の特徴

鳥取大学大学院連合農学研究科は教育課程表による専門教育と研究を主体とする学位プログラム教育の2本柱で教育を行っている.専門教育は,設立当初は単位制の授業ではなく研究指導などによって行ってきたが,2008(平成20)年度から単位制を導入し,体系的な教育課程を編成し,現在は14単位の修得を修了要件の一つとしている.講義形式で行う授業は全国6連合農学研究科(17構成大学)に設置している多地点遠隔地講義システムを活用して,集中講義方式で開講し,社会人学生にも受講しやすい編成にしている.さらに,本連合農学研究科の3構成大学を結んで開講する講義もあり,関連専門領域の多様な分野の講義を受講できるようにしている.全講義の半数は英語で講述し,留学生にとって受講しやすくしている.また,2泊3日の合宿形式で実施する科学コミュニケーションIおよびIIにおいては,英語で開講し,プレゼンテーション力,コミュニケーション力などの向上を図っている.これらの一連の専門教育は一大学のみでは成し得ない広範かつ専門性の高い教育研究分野の教員により実施している.一方,学位プログラム教育における研究指導は,前述したように有資格教員のなかから発令された教員が指導し,各々の学生につき,主指導教員1名,副指導教員2名の3名体制で研究指導を行っている.副指導教員のうち1名は学生の配属大学以外の構成大学の教員が担当している.2019(平成31)年度から2年次において専攻毎に中間報告会を開催することにしている.学位審査会は5名の委員で構成され,少なくとも各構成大学から1名を含むこととしている.また,必要に応じて連合農学研究科教員以外の研究者などを委員に加えることができるとし,ピアレビューによる公正厳格な審査体制を構築している.本研究科では学位論文の基礎となる査読付き学術論文2編以上を学位申請要件の一つとしている.研究分野によってはかなり厳しい要件であるが,将来の研究者,技術者を目指す人材を育成するうえで必要であるとともに,「質の保証」の観点からも不可欠な要件と考え,研究科設立当初から今日まで,本要件は堅持されている.

本研究科への学生の受入れは設立当初4月入学のみであったが,1995(平成7)年からは年2回の入試を行い,10月にも入学生を受入れている.入学定員は,設立時14名であったが,1999(平成11)年度に15名,2003(平成15)年度には,生物環境科学専攻に「国際乾燥地農学連合講座」を新設するとともに,本専攻の入学定員を2名増員し,本研究科入学定員を15名から17名とした.さらに,2018(平成30)年度には従来の4専攻から3専攻への改組,また特色ある連合講座の新設などにともない,入学定員を2名増員し,19名とした.本研究科の入学生数は設立当初から近年まで恒常的に定員超過であったが,入学定員を増員した効果もあって,ようやくこの数年超過率も減少傾向にある.設立時から今日に至るまで,常に入学定員を超える入学生数を維持していることは,本研究科の人材育成に対する国内外からの強い要請の現れであるとともに,高い評価の証しでもある.

連合農学研究科に所属する教員は,中高温機能性微生物開発,植物工場による作物生産新技術開発,汽水域の生物資源活用,乾燥地における食料生産・環境修復,菌類・きのこ遺伝資源の活用研究など,多様な研究分野において特色ある研究をそれぞれの構成大学にて展開している.また,個々の教員の研究活動などについては1995(平成7)年度より発刊している年報に集録するとともに,本研究科のホームページにおいても公開している.なかでも,乾燥地農業に関する研究は長年積み重ねられてきた実績があり,本研究科の特色であるとともに,強みであると言える.これまでの研究実績を基に構築した「乾燥地科学プログラム」が,世界的な研究教育拠点の形成を目的とする文部科学省の「21世紀COEプログラム」に,2002(平成14)年度に採択され,乾燥地農学の発展に寄与する人材の育成を推進した.本プログラムの後継プログラムとして,2007(平成19)年度には,文部科学省が大学院の教育研究機能を一層充実・強化し,国際的に卓越した研究基盤の下で世界をリードする創造的な人材育成を図るため,国際的に卓越した教育研究拠点の形成を重点的に支援する「グローバルCOEプログラム」に「乾燥地科学拠点の世界展開」が採択され,世界的な農業地の砂漠化防止と緑化,乾燥地における食料生産などの乾燥地農業問題を解決することができる高度で実践的な人材の育成を行った.さらに,翌年の2008(平成20)年度には,同プログラムに「持続性社会構築に向けた菌類きのこ資源活用」が採択された.本プログラムは菌類きのこ資源科学をリードする中核的教育研究拠点を目指して,鳥取大学大学院連合農学研究科が中心となって,菌類きのこ資源科学に関する幅広い教育研究を行い,国際的に活躍できる人材を育成するために海外実習を設けるなど,菌類きのこ遺伝資源がもつ多様な機能の発掘と活用に関する研究を遂行できる若手研究者,技術者の育成のための体系的な教育を行った.これらのプログラムの採択を機に,本研究科は,2003(平成15)年度生物環境科学専攻に「国際乾燥地農学連合講座」を新設し,さらに2009(平成21)年度本連合講座を「国際乾燥地科学専攻」に拡充した.また,2018(平成30)年度には生物資源科学専攻に「菌類・きのこ科学連合講座」を新設した.このような「乾燥地科学」および「菌類・きのこ資源科学」に関する専攻,連合講座は,他大学の大学院研究科には見られない特色ある教育研究領域であると言える.

連合農学研究科では,発展途上国からの留学希望者を積極的に受入れることを研究科のミッションの一つと位置づけている.一般入試による留学生の受入だけでなく,2000(平成12)年に外国人留学生のための英語により講義などを行う特別コース「生物資源・環境科学特別コース」を設け,2001(平成13)年から「生物資源・環境科学留学生特別プログラム」により発展途上国から毎年国費および私費留学生を受入れている.本プログラムは2014年度で終了したが,私費分については終了後も継続実施している.2014(平成26)年から「留学生のための乾燥地農学特別プログラム」を実施し,さらに2019(平成31)年には「菌類きのこ資源活用に関するプログラム」を開始した.これらのプログラムを通して多くの外国人留学生を受入れている.本研究科では,上述したように,開講科目の講義の半数以上を英語で実施し,また英語の開講科目の履修のみで修了に必要な単位を修得できるように教育課程表を整備している.さらに,入学選抜試験においても,一般入試に加えて,2016(平成28)年度より,海外の志願者にとって受験しやすい「外国人特別入試(渡日前入試)」を実施している.

連合農学研究科の特色の一つとして,外国人留学生が多いことが挙げられる.本研究科はこれまでに1,029名の入学生を受入れているが,これらのうち留学生は46か国から554名であり,総入学生数の半数を超え,全体の54%を占めている(図2図2■鳥取大学大学院連合農学研究科入学生の内訳).国別にみると,中国,バングラデシュ,韓国,タイ,インドネシアが上位5か国であるが,他大学の連合農学研究科と比較して,アフリカからの留学生が多く,これまでにスーダン,エジプト,エチオピア,ガーナなどアフリカ16か国から102名を受入れているのが特徴と言える.このように多くの留学生を受入れてきたのは,各構成大学における海外の国々の大学などの研究機関との交流実績,また個々の教員の特色ある研究実績,さらには上述したようなプログラムの実施に起因するところが大きいと推察される.特に最近では,国立研究開発法人科学技術振興機構(JST),国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)および独立行政法人国際協力機構(JICA)が共同で実施している「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」により,ボツワナ(ボツワナ乾燥冷害地域におけるヤトロファ・バイオエネルギー生産のシステム開発,2011年度採択),メキシコ(持続的食料生産のための乾燥地に適応した露地栽培結合型アクアポニックスの開発,2014年度採択),エチオピア(砂漠化対処に向けた次世代型「持続可能な土地管理(SLM)」フレームワークの開発,2016年度採択),およびスーダン(スーダンおよびサブサハラアフリカの乾燥・高温農業生態系において持続的にコムギを生産するための革新的な気候変動耐性技術の開発,2018年度採択)において,各国の研究機関との共同研究が展開されており,これらのプログラムの一環として連合農学研究科に各々の国から留学生を受入れ,人材育成を実施あるいは実施予定である.

図2■鳥取大学大学院連合農学研究科入学生の内訳

(1989年4月~2019年4月)

修学支援

鳥取大学大学院連合農学研究科では,産業社会人に対する教育も重視しており,社会人学生を積極的に受入れている(図2図2■鳥取大学大学院連合農学研究科入学生の内訳).社会人学生にとって日常の業務を遂行しつつ,学位取得のための勉学を継続するのはかなり困難である.そこで,2005(平成17)年度より「長期履修制度」を導入し,標準修業年限(3年間)を越えて5年間までに計画的に教育研究指導を受けることができるようにしている.また,より多様な社会人学生を受入れるために,2017(平成29)年度には,研究実績のある社会人を対象とし,2年間の修学で学位申請ができる「社会人早期修了特別プログラム」を開始している.

本研究科は,2014(平成26)年度に,通常のリサーチ・アシスタント制度に加えて,研究科予算から捻出した財源を用いて「特別リサーチ・アシスタント制度」を設け,優秀な2年生および3年生に対してリサーチ・アシスタント雇用を促進し,若手研究者の研究遂行能力の向上を図るとともに,経済的支援をさらに推し進めている.この制度は,2019(平成31)年度から支援対象を1年生を含む全学年に拡充することとしている.また,学生が海外の学会などで研究成果を発表することにより,プレゼンテーション能力を養い,最新の研究現場に接することで自らの研究力を培うことを目的として,2014(平成26)年度から「国際学会・国際研究集会発表学生支援制度」を導入し,学生の国際会議などでの研究成果発表に対して旅費などの補助を行っている.

全国6連合農学研究科間の連携

全国にある6連合農学研究科は,前述したように,遠隔地多地点講義システムを用いて,1年次に6連合農学研究科共通の農学一般ゼミナールを開講し,各連合農学研究科から選出された多様な研究分野の教員による講義を行っている.また,全国連合農学研究科長会議を年2回開催し,6連合農学研究科の研究科長および専任教員が一堂に会して,連合農学研究科の運営方法などについて忌憚のない意見交換を行い,各々の連合農学研究科が実施している教育,研究,運営などに関する優良な取組みを参考にして相互に改善を図っている.さらに,2014(平成26)年に6連合農学研究科は,構成大学の教育・研究水準の一層の進展・向上を図るために,包括連携協定を締結した.本協定の下,2018(平成30)年に「全国6連合農学研究科の教育・研究指導委託に関する覚書」を結び,教育・研究に関して,6連合農学研究科間の連携強化を行っている.このように,6連合農学研究科は教育・研究などにおいて,互いに切磋琢磨しつつ,連携を図り,人材育成を推進している.このような6連合農学研究科間の連携は連合農学研究科の特色であるとともに強みでもある.

今後の展望

冒頭にも述べたように,鳥取大学大学院連合農学研究科は本年設立30周年を迎えるが,これまでに859名の博士(農学)を輩出し,その多くは国内のみならず,広く海外において,大学教員,研究機関の研究者あるいは技術者として,それぞれの国あるいは地域の農業の発展などに貢献している.本研究科では,設立30周年を機に,国内外の大学などで活躍している修了生を中心に,修了生ネットワークの構築を目指している.今後このネットワークを通して研究に関する情報の収集・交換などを行うとともに,留学生の獲得,修了生の就職支援などにネットワークを活用し,修了生と連携した持続的な人材育成に繋げて行きたいと考えている.そのためにも,本研究科の人材育成の基盤となる既存の特色ある研究の一層の進化とともに,新たな特色ある研究の発掘が望まれる.

Reference

1) 船田 良:化学と生物,54(12),(2016).