Kagaku to Seibutsu 57(10): 653-656 (2019)
農芸化学@High School
ナタマメ粉末のウレアーゼ活性高い酵素活性をもつ種子粉末の活用性を探る
Published: 2019-10-01
本研究は日本農芸化学会2019年度大会(開催地:東京農業大学)での「ジュニア農芸化学会」において発表されたものである.ウレアーゼとは尿素を二酸化炭素とアンモニアに加水分解する,微生物や植物に広く存在する酵素である.ウレアーゼはナタマメに豊富に存在することが知られている酵素で,アンモニア産生などのバイオリアクター装置に利用できる反応素子として大きく期待されている.本研究は尿素を用いたバイオリアクター装置に使用可能で,安定かつ活性の高いウレアーゼの酵素反応条件の詳細な検討を行い,さらにこれまで広く用いられているナタマメ以外のマメ科植物由来ウレアーゼの利用の可能性を検証しており,学会から高く評価された.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
ウレアーゼは尿素をアンモニアと二酸化炭素に分解する酵素で,1926年にSumnerによってJack bean(ナタマメ)から初めて結晶化された,活性中心にニッケルを含む分子量約48万のタンパク質である(1)1) James B. Sumner: “The chemical nature of enzymes” Nobel Lecture, 1946年12月.近年では,アンモニアを燃料とした燃料電池システム(2, 3)2) 雑賀 高,浜野友紀:尿素を燃料とする水素エネルギーシステム,2011.3) 京都大学,ノリタケカンパニー,三井化学,トクヤマ,日本触媒,豊田自動織機:「アンモニア燃料電池」SIP委託研究 2017年7月共同発表や,発生する二酸化炭素をカルシウムイオンと反応させて土の強度増加を図る研究(4)4) 鹿渡洸一,林 和幸,木下尚樹,安原英明:生体触媒反応を介したセメンテーションによる改良砂の力学特性,第40回岩盤力学に関するシンポジウム講演集,2011.が行われており,バイオリアクターで用いることのできる反応素子としてウレアーゼの活用が注目されている.
純度の高いウレアーゼを精製するには多くの工程が必要であるが(5)5) 小橋恭一:博士論文「ウレアーゼの結晶化法ならびにウレアーゼ阻害剤について」学位論文1963年6月,粉末化したナタマメ種子に含まれるウレアーゼ活性が長期にわたって維持されるのであれば,簡便に調整可能な粉末化ナタマメ種子をウレアーゼ供給体として利用可能であると考えた.われわれはナタマメ種子のウレアーゼ活性が,pHや塩の添加によって失活するかどうかどうかを,希硫酸による反応停止と逆滴定により測定する方法により詳しく調べ,ナタマメ種子のウレアーゼ活性が長期にわたり保たれる条件を見いだした.また,ほかのマメ科種子でウレアーゼ活性が高いものを探した.
[ウレアーゼ活性有無の判定方法]
フェノールフタレイン溶液を加えた尿素水溶液にマメ科種子の粉末を加えて,溶液が赤色に呈色した場合(塩基性になった場合)を活性ありとした.
〔NH4+のpKaは9.24; H2CO3のpKaは6.35(25°C)(6)6) 国立天文台:理科年表,2009.〕
[種子を粉末にする方法]
マメ科種子をキムタオルに包み,ハンマーでたたいて砕き,さらにセラミックミル(京セラ社製:スパイス用)で粉末化した.
以下の操作を施した白ナタマメ種子の活性を調べた.
なお,ろ紙を用いて種子粉末を水で洗浄すると,ウレアーゼはろ液に流出するが,12回洗浄した後もろ紙上の種子粉末の酵素活性は高かったので,この方法で活性の有無が判定できると考えた.
次の①~③の白ナタマメ種子試料をそれぞれ用いて,温度や濃度を変えて実験した.
①~③の各条件の溶液をそれぞれ複数個用意し,一定時間ごとに希硫酸を加えて反応を停止し,NaOH水溶液で逆滴定してNH3生成速度を求めた.
白ナタマメ粉末と,生化学用ウレアーゼ(ナタ豆由来ウレアーゼ:富士フイルム和光純薬)を加熱もしくは冷却後に,ウレアーゼ活性の有無を調べた.
近年,アンモニアを直接燃料とした燃料電池による発電研究が進められている(3)3) 京都大学,ノリタケカンパニー,三井化学,トクヤマ,日本触媒,豊田自動織機:「アンモニア燃料電池」SIP委託研究 2017年7月共同発表.この発電では,窒素と水のみが生成し,有害物質や二酸化炭素を排出しない.そこで,尿素溶液とウレアーゼを混合して生成するアンモニアを効率良く利用できないかと考えた.
水に溶けやすいアンモニアを気体として多量に発生させること,アンモニアと同時に発生する二酸化炭素を含まないようにすることを目指して,陽イオン交換膜を用いた装置(図1(A)図1■(A):アンモニア発生装置(B):イオンの移動の模式図)を用いて,以下の①~③の手順で実験を行った.
本校の屋上で,植木鉢やプランターに白ナタマメと赤ナタマメの種子を園芸培養土に植えて,施肥せずに水だけ与えて育てた.莢の中で結実していく過程での,種子のウレアーゼ活性を調べた.
ナタマメ以外の身近なマメ科植物種子にもウレアーゼ活性があるかどうか調べた.
(実験1)表1表1■pHの異なる水溶液に浸けた白ナタマメ種子の酵素活性に示したようにpH 3以下の強酸性下でウレアーゼは失活した.高濃度のNaCl水溶液に長期間浸けても失活しなかったので,pHの低下がウレアーゼの変性の大きな要因であるとわかった.
(実験2)①では1分間に2.5×10-4 molのアンモニアが発生した.②の低温,低基質濃度では反応開始30秒後には尿素の1/10が分解された.③では20分で尿素の1/10が分解された.マメ粉末1g, 1分間あたり発生するアンモニア量に換算すると,②は3×10-4 mol,③は5×10-3 molとなり,極微量のマメ粉末で反応が進むことがわかった.
(実験3)水で煮た(d)は酵素活性が見られなかった.低温の水に浸した(e),(f)は長期間酵素活性があったので,高温になると水中でウレアーゼの高次構造が変化して,熱変性が進むと考えられる.一方,乾燥粉末状の(a),(b),(c)はいずれも酵素活性があったので,乾燥状態では高い温度でも熱変性は進みにくいと考えられる.数カ月間,サンプル瓶に常温で保存していたナタマメ粉末も高い活性があり,乾燥粉末は常温で長期保存ができることがわかった.また,純度の高い生化学用ウレアーゼ(A)(B)も酵素活性は高いままだった.これらの結果から,100°Cでも水分がなければ,ウレアーゼは熱変性しにくい安定な酵素であることがわかった.
(実験4)赤色リトマス紙は青色に変化し,pH試験紙はpH 10を示し,明らかなアンモニア臭があった.
アンモニアの溶解によって溶液が塩基性に変化していくと,生じたCO2はHCO3-やCO32-になる.
陽イオン交換膜を半透膜として用いたのは,NH4+は陽イオン交換膜を通って反対側のNaOH水溶液中で気体のNH3として発生し,HCO3-やCO32-は膜を通れないため(図1(B)図1■(A):アンモニア発生装置(B):イオンの移動の模式図),CO2成分と分離できると考えたからである.イオンでないCO2分子は膜を通過する可能性があるので,純粋なNH3ガスを回収するには,発生したNH3に対してソーダ石灰を用いることにより,CO2と水の除去ができると考えられた.
(実験5)校舎屋上の施肥しないプランターで栽培したが,ナタマメは結実するまで成長した.マメ科植物は根粒菌と共生するので,肥料は少なくて済む.ナタマメは夏の暑さに強く,水を十分に与えていれば結実する栽培しやすいマメであることがわかった.
マメ科種子は無胚乳種子であり,発芽したナタマメの子葉にはウレアーゼ活性は残っていたが,落下した子葉には酵素活性はなかった.成長して開花した後,莢の中の種子のウレアーゼ活性を調べた.小さな未熟な種子には酵素活性はなかったが,成熟種子の大きさに成長すると,柔らかい緑色の未熟な状態でもウレアーゼ活性があった.収穫した硬い成熟種子には高い酵素活性があった.
(実験6)マメ科植物は栽培しやすいので,ほかのマメ科種子もウレアーゼとして使用できないか,ウレアーゼ活性を調べた結果を表2表2■マメ科植物種子の粉末のウレアーゼ活性に示す.
ナタマメ属とダイズ属の種子粉末に高いウレアーゼ活性があった.野生種のツルマメは栽培種のダイズの原種と考えられている(7)7) 杉山信太郎:日本醸造協会誌,87(12), 890 (1992)..また,「枝豆」として販売されているダイズの未成熟種子(未加熱)にも活性があった.Sumnerはナタマメ由来のウレアーゼを研究する以前に,脱脂ダイズのウレアーゼを用いた研究を行っていた(1)1) James B. Sumner: “The chemical nature of enzymes” Nobel Lecture, 1946年12月.ナタマメはダイズよりもウレアーゼ活性が高いが(1)1) James B. Sumner: “The chemical nature of enzymes” Nobel Lecture, 1946年12月,ダイズには多くの品種があり世界で広く栽培されている.野生種のツルマメも含めてダイズ属の種子粉末は,身近で利用しやすいという点から,酵素ウレアーゼとして活用できる.
ナタマメ種子の粉末はウレアーゼ活性が非常に高い.ナタマメ粉末は水で煮たり,強酸性水溶液に浸けたりすると直ちに失活するが,5°C以下の水に浸けたり,乾燥状態で100°Cの高温に置いたりしてもすぐには失活しない.長期間常温保存が可能なこの粉末は,酵素ウレアーゼとして利用しやすい.ナタマメ属およびダイズ属の多くの品種の種子にも同様なウレアーゼ活性がある.尿素から生じるアンモニアと二酸化炭素の有用性から,ナタマメとダイズの種子粉末には,バイオリアクターで用いることのできる反応素子として活用できる可能性がある.
安価で入手しやすいナタマメやダイズ種子粉末に含まれるウレアーゼは,粉末のまま常温で長期保存可能であること,いつでもどこでも尿素溶液にその粉末を加えれば,アンモニアを発生させることができること,反応は溶液をやや強い酸性にするだけで容易に停止できることが本研究により明らかになった.また発生したアンモニアは燃料電池の燃料として注目されているため,これらのマメ粉末を膜に吸着することでバイオリアクターの反応素子として活用することも可能である.加えてアンモニアと同時に生成する二酸化炭素はカルシウムイオンと反応させると炭酸カルシウムに変えることができるため,土壌の改良に役立てることができる.今後,活性のあったマメに存在するウレアーゼの比活性測定や性質の検証による酵素の選別や,酵素粉末の固相化法を検討することにより,高機能化バイオリアクター装置の作製が可能となり,有用なアンモニアと二酸化炭素のさらなる活用が期待される.
Reference
1) James B. Sumner: “The chemical nature of enzymes” Nobel Lecture, 1946年12月
2) 雑賀 高,浜野友紀:尿素を燃料とする水素エネルギーシステム,2011.
3) 京都大学,ノリタケカンパニー,三井化学,トクヤマ,日本触媒,豊田自動織機:「アンモニア燃料電池」SIP委託研究 2017年7月共同発表
4) 鹿渡洸一,林 和幸,木下尚樹,安原英明:生体触媒反応を介したセメンテーションによる改良砂の力学特性,第40回岩盤力学に関するシンポジウム講演集,2011.
5) 小橋恭一:博士論文「ウレアーゼの結晶化法ならびにウレアーゼ阻害剤について」学位論文1963年6月
6) 国立天文台:理科年表,2009.