巻頭言

新設の「農学系学部」でおもう

Eiji Sakuradani

櫻谷 英治

徳島大学生物資源産業学部

Published: 2019-11-01

ここ数年毎年のように農学系学部が国立大学や私立大学で新設されている.筆者が在籍している徳島大学にも平成28年4月に農学系学部として「生物資源産業学部」が新設され,令和2年3月に第一期生の卒業を迎えることになる.農学系学部を新設するには農場を有しているなどいくつかの条件が必要であり,大都市圏に置くのは難しいかもしれない.筆者は平成26年にご縁をいただて徳島大学工学部生物工学科に赴任したが,農学部出身の教員は一握りであり,農芸化学分野出身者は筆者のみであった.農学系学部が新設されたとはいえ,もともと徳島大学に所属している化学系・生物系・生物物理系の教員でほぼ構成されている.農学だけでなく,工学・医学・薬学などをバックグランドとする教員で構成されていることから異分野融合ともいえるが,研究領域が大きく異なるためなかなか共同研究には至る例は少ない.

国公立大学においても最近では多様な入試制度が導入され,本学部においても6パターンの入試制度が存在する.大学入試センター試験の成績だけでなく,集団面接などを課すことでコミュニケーション能力を問うこともある.多様な人材を集めることが目的とされるが,これまでと異なるこれら入試制度が果たしていいのか疑問である.大学・大学院の教育課程において学生が個性豊かに育つためにも,入学前の基礎学力は重要であるとおもう.

全国の農学系学部における女子学生の割合は高いようだが,本学部においても6割程度は女子学生が占める.一方で,売り手市場のため,地方大学では学部卒で就職を希望する女子学生も多い.さあ,これから独自の研究に取り組みましょうとなる前に就職活動に入るため,なかなか研究の面白さや難しさを十分に伝えることができない.

筆者は,京都大学農学部農芸化学科に入学し,発酵生理および醸造学講座で約22年間在籍させていただいた.在籍期間中に,研究の発想や産官学の交流などここでしか得られない多くの農芸化学的感覚を身につけることができたとおもう.外に出て初めてそれらが体感された.徳島大学での研究においても基礎研究から応用研究に至るまで実践したいとは思うもののなかなか地方大学では制限されることが多い.

一方,地方大学では地域に根差した研究に出会うこともある.地元企業との共同研究に端を発した大学ブランドの地ビール開発や徳島の伝統工芸である藍染にかかわる研究がそれにあたる.タデアイの乾燥葉から発酵過程を経てつくられる「すくも」が藍染のもとになり,発酵建てを経ることで藍染液の中では見事な複合微生物系が成立することになる.藍染液をいい状態で保つには毎日櫂入れなどのお世話をする必要があり,怠ると微生物層が大きく崩れる.藍染液中は極めて嫌気的で,かつ,強アルカリ環境下であり,そこで成立した菌叢がインジゴの還元に大きくかかわっている.藍染にかかわる研究をこれからも継続し,これら微生物機能の解明を応用研究に連動させたい.

もう30年ほど前になるが,筆者が大学に入学した新入生歓迎会において,農芸化学という分野は裾野がとても広い山のようだとお聞きした記憶がある.その時はよくわからなかったが,農芸化学分野の研究の多様性・創造性がそこにはあるのだと今は感じる.研究室でともに過ごす学生とともに,これからも一つでも社会貢献となる研究を行っていきたい.