Kagaku to Seibutsu 57(11): 663-664 (2019)
今日の話題
食肉の肉質を決める筋線維タイプの重要性筋肉の性質≒食肉の性質?
Published: 2019-11-01
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
糖質制限ダイエットのブームの影響もあってか,昨今,良質なタンパク質源としての赤身肉の需要が高まっている.ブロック肉を客の目の前でカットするステーキ専門店の台頭や,ステーキフェア,肉フェスなど,肉の素材そのままを味わう機会は増えており,赤身肉の美味しさが再注目されているように感じる.赤身肉を売りにした商品では脂肪が細かく入り込んだ黒毛和牛とは逆に,脂肪がほとんど入っていない外国産の牛肉が使われることがほとんどである.アメリカで12オンス(約340 g)のステーキを胃もたれせずペロリと食べた経験がある読者もいることだろう.
しかしながら,赤身肉同士を比べたときに「美味しい赤身肉とは?」と聞かれると,明確に客観的な答えを提示できないのが現状である.美味しい赤身肉とはどのような肉なのだろうか? 牛,豚,鶏,羊,馬など動物種が異なれば肉の味が異なるのは当然として,同じ豚肉でもロースカツとヒレカツのように部位が異なると味や風味が違うと感じる消費者は多いだろう.本稿では,このような差異を生み出す要因について触れていきたい.
食肉は動物の筋肉(骨格筋)が主体の動物性食品である.骨格筋は筋線維1本1本がモザイク状に入り交じって配置されており,収縮特性・代謝特性および形態特性の違いから遅筋タイプ(1型,赤筋)と速筋タイプ(2型,白筋)に分類される.「赤筋・白筋」という名前のとおり,互いの色調は明らかに異なっており,これが食肉の色に反映される.たとえば鶏のもも肉と胸肉では,もも肉のほうが赤く胸肉は白い.豚肉でもヒレは赤色が濃くロースは淡い.脂肪が多く含まれているから白く見えるのではない.赤味が強いもも肉あるいはヒレは,遅筋タイプとして分類される筋線維の割合が高いためこうした色調の違いが生じるのである(1)1) 水野谷 航:食肉の科学,57, 7 (2016)..これはミオグロビンと呼ばれるヘムタンパク質が遅筋タイプにおいて多いためである.
色調以外でもジューシーさやフレーバー,呈味性,硬さなどの肉の特徴は筋線維タイプと相関があることが複数の事例において報告されている.鉄板で焼いたステーキを口の中で咀しゃくする際,放出される肉汁による「ジューシー」な感覚は食肉の美味しさを左右する重要な要因の一つとなる.このジューシーさを生む肉汁は食肉のもつ保水性と密接に関係している.豚肉では遅筋タイプの比率の増加が食肉の保水性および多汁性を向上させるとされている(2, 3)2) Y. K. Kang, Y. M. Choi, S. H. Lee, J. H. Choe, K. C. Hong & B. C. Kim: Meat Sci., 89, 384 (2011).3) G. D. Kim, Y. C. Ryu, J. Y. Jeong, H. S. Yang & S. T. Joo: J. Anim. Sci., 91, 5525 (2013)..動物の死後,骨格筋ではグリコーゲン分解によって乳酸が生成する.それに伴うpH低下により,タンパク質の微細構造が部分的に壊され,結果として保水力が低下する.速筋タイプは解糖系酵素活性が高いため,よりpH低下が起こりやすく,これが保水性の低い原因となると考えられる(4)4) Y. L. Xiong, O. E. Mullins, J. F. Stika, J. Chen, S. P. Blanchard & W. G. Moody: Meat Sci., 77, 105 (2007)..また食肉のフレーバーに関しては,豚肉中の遅筋タイプの比率は好ましいフレーバーと正の相関を示すとの報告がある(2, 5)2) Y. K. Kang, Y. M. Choi, S. H. Lee, J. H. Choe, K. C. Hong & B. C. Kim: Meat Sci., 89, 384 (2011).5) A. Karlsson, A. C. Enfalt, B. Essen-Gustavsson, K. Lundstrom, L. Rydhmer & S. Stern: J. Anim. Sci., 71, 930 (1993)..機序に関する詳細は不明であるものの,骨格筋には水溶性成分と脂質由来の成分があるため,水溶性成分が加熱されてアミノ-カルボニル反応で香気成分が生成する経路と,脂質由来の成分から香気成分が生成する経路の双方があると考えられている.したがって,筋線維タイプに応じて生成する香気成分が異なる可能性が考えられる.また,筆者らの検討において,牛肉の呈味性を左右する遊離アミノ酸量については遅筋タイプのほうが速筋タイプよりも遊離アミノ酸量が多いことを見いだしており(6)6) D. Mashima, Y. Oka, T. Gotoh, S. Tomonaga, S. Sawano, M. Nakamura, R. Tatsumi & W. Mizunoya: Anim. Sci. J., 90, 604 (2019).,このアミノ酸量の差も風味の違いを生み出す要因になると考えられる.硬さについては,豚肉の官能評価試験において,遅筋組成比が高いほど軟らかくなる(2)2) Y. K. Kang, Y. M. Choi, S. H. Lee, J. H. Choe, K. C. Hong & B. C. Kim: Meat Sci., 89, 384 (2011).という結果が得られている.一方で,牛肉では遅筋タイプが多いほど硬さが増すとの報告もある(7)7) F. Zamora, E. Debiton, J. Lepetit, A. Lebert, E. Dransfield & A. Ouali: Meat Sci., 43, 321 (1996)..このように硬さの結果が動物種間で一致しない理由はいまだによくわかっていないが,牛肉では熟成期間がほかの動物より長いため,その間に生じるであろうタンパク質分解反応にも筋線維タイプによる違いがあることが原因の一つであると推測される.
以上述べてきたように,食肉の肉質は骨格筋を構成する筋線維のタイプによって大きく影響を受け,特に遅筋が多いほどジューシーさ,フレーバー,遊離アミノ酸レベルが向上することから,遅筋タイプの増加が多くの点で好ましい肉質の変化を誘導すると言える(図1図1■筋線維タイプと食肉の特性との相関).筆者らは現在,遅筋と速筋の2種類の大別ではなく,中間タイプも含めた4種類の筋線維タイプと肉質との相関についてより詳細な解析を実施している.図2図2■筋線維タイプ4種類の分類法には,筆者らが開発した筋線維タイプの分類手法であるSDS-PAGE法(8)8) W. Mizunoya, J. Wakamatsu, R. Tatsumi & Y. Ikeuchi: Anal. Biochem., 377, 111 (2008).,四重染色法(9)9) S. Sawano, Y. Komiya, R. Ichitsubo, Y. Ohkawa, M. Nakamura, R. Tatsumi, Y. Ikeuchi & W. Mizunoya: PLOS ONE, 11, e0166080 (2016).の結果を掲載した.ミオシン重鎖(MyHC)アイソフォームのタイプ別に,遅筋タイプであるMyHC1,中間タイプであるMyHC2A, MyHC2X,速筋タイプであるMyHC2Bが視覚的に分類されていることが確認いただけるだろう.筆者らはこの手法を活用し,4つの異なるタイプの筋線維それぞれの特性を明らかにすることで,筋線維1本1本の集合体である筋組織,骨格筋の性質も特徴付けできると期待している.
さらに最近では,代替肉も注目を集めている.特に筋細胞を培養した培養肉は「動物性タンパク質でありながら動物を殺す過程が存在しない」というこれまでの常識を根底から覆す代替肉と言える.培養肉の商業利用が加速されたのは,2013年にオランダMaastricht UniversityのMark Post教授が世界で初めてウシの培養筋細胞で作られたハンバーガーの試食会を行ったのが起点になったと考えられる.発表当時はコスト面がネックとなっており,ハンバーガー1個の費用は25万ユーロ(約3,000万円)であったが,現在では工業規模で生産すれば9ユーロ程度になると推定されており,従来の食肉と大差ない水準までコストが下がる見通しである.開発競争も激化しており,世界中の企業で培養肉の実用化に向けた取り組みが行われている.培養肉においてはまず肉の量産が当面の検討課題であるが,次のステップとして「美味しさ」が求められるようになるのは自明である.その際に,本稿で述べてきたような筋線維タイプが肉質制御の鍵となることは疑いないであろう.
Reference
1) 水野谷 航:食肉の科学,57, 7 (2016).
2) Y. K. Kang, Y. M. Choi, S. H. Lee, J. H. Choe, K. C. Hong & B. C. Kim: Meat Sci., 89, 384 (2011).
3) G. D. Kim, Y. C. Ryu, J. Y. Jeong, H. S. Yang & S. T. Joo: J. Anim. Sci., 91, 5525 (2013).
8) W. Mizunoya, J. Wakamatsu, R. Tatsumi & Y. Ikeuchi: Anal. Biochem., 377, 111 (2008).