Kagaku to Seibutsu 57(11): 672-678 (2019)
解説
認知機能における脳グリコーゲンの生理的役割とそれに及ぼす運動効果
The Physiological Role of Brain Glycogen in Cognitive Function and Exercise Effect on It: For Developing a Novel Sport Conditioning
Published: 2019-11-01
貯蔵糖質であるグリコーゲンは筋などの末梢組織だけでなく,脳のアストロサイトにも貯蔵され,ニューロンのエネルギー需要増大時の重要なエネルギー源となる.この時,グリコーゲン分解により生成された乳酸はアストロサイトからニューロンへと輸送され(アストロサイト–ニューロン乳酸シャトル),これが学習・記憶を司る海馬において長期記憶を形成する重要なメカニズムの一つと考えられている.長期的な運動トレーニングは海馬のグリコーゲン代謝に影響を及ぼし認知機能を高めることが明らかとなり,脳とりわけ海馬のグリコーゲン代謝を標的とした運動トレーニングが認知機能向上に有効なスポーツコンディショニングとなり得ることや,低下した認知機能への対抗策として臨床応用の可能性が示唆された.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
習慣的な運動は身体機能の維持・増進だけでなく認知機能向上にも有効であることから,健常者やアスリートのみならず,生活習慣病などの予防・治療法としてその認知度は大きな高まりを見せている.近年,認知機能を高める運動効果の脳内メカニズムの一つとして注目されているのが,運動時の筋などで重要なエネルギー源となるグリコーゲン代謝である.これまで,グルコースが唯一のエネルギーと考えられてきた脳は,末梢組織と同様に血中グルコースから合成されるグリコーゲンをニューロンに隣接するアストロサイト(グリア細胞の一種)に貯蔵しており,それがエネルギー需要の増大に呼応して乳酸へと分解され,ニューロンの重要なエネルギーとして利用される.さらに,この脳グリコーゲン由来の乳酸はエネルギー基質としてだけでなく,神経の成長に影響を及ぼすシグナル因子としての働きもあり,学習や長期記憶形成などの認知機能に重要な役割を果たすことが明らかになった.筆者らの研究室では運動により筋同様に脳グリコーゲンも代謝されることを見い出し,認知機能を促進する慢性的な運動効果と,それに伴う脳グリコーゲン代謝の関与について検討を進めている(図1図1■脳におけるグリコーゲンはアストロサイトに貯蔵されており,ニューロンのエネルギー需要増大に伴いノルアドレナリンなどの神経伝達物質の作用により乳酸へと分解された後,ニューロンに運ばれてエネルギー基質として利用される.近年,脳グリコーゲン由来の乳酸は神経可塑性に関わる因子の発現を高めることが知られるが,特に海馬に記憶機能を担うことが明らかになっており,海馬グリコーゲンを標的とした認知機能向上策の開発が期待される.運動コンディショニングや運動トレーニングは筋グリコーゲン量を高めることで持久性運動パフォーマンスを高めるが,脳グリコーゲンや認知機能に対する効果は不明である).最近,慢性的な運動は学習・記憶を担う海馬のグリコーゲン貯蔵量を高めるだけでなく,グリコーゲン由来の乳酸利用能を高めることで認知機能を向上させていることが健常動物だけでなく認知機能低下が見られる2型糖尿病動物を用いた実験で明らかになってきた.そこで本稿では,運動で変化する脳グリコーゲン代謝と認知機能との関連について最新の知見を交えて概説する.
脳はニューロン,グリア細胞および血管から構成され,脳機能を担うニューロンの活動に必要なエネルギーは血中のグルコースに依存する(饑餓時は脂質由来のケトン体)と考えられてきた.しかし,グリア細胞の一種であるアストロサイトに血中由来のグルコースから合成・貯蔵されるグリコーゲンに重要な機能が明らかになった.このグリコーゲンは,神経活動が高まることで乳酸にまで分解された後,モノカルボン酸トランスポーター(MCT)2を介してニューロンへと輸送され,ピルビン酸への酸化を経てミトコンドリアで多量のATPを生成することから,グルコースと同様にニューロンのエネルギー基質として利用される.このようなグリコーゲン由来の乳酸を介したアストロサイトとニューロンの代謝連関を「アストロサイト−ニューロン乳酸シャトル」といい(1)1) P. J. Magistretti & I. Allaman: Nat. Rev. Neurosci., 19, 235 (2018).,神経活動時のエネルギー需要の大きさに応じてグルコースや脳グリコーゲン由来の乳酸供給率を変化させることで脳機能の発揮に貢献している.
近年では脳グリコーゲン特異的に結合する抗体が開発され,免疫組織化学染色法による脳グリコーゲンの可視化が実現している(2)2) Y. Oe, O. Baba, H. Ashida, K. C. Nakamura & H. Hirase: Glia, 64, 1532 (2016)..これらの方法により,ラットやマウスにおける脳部位ごとや脳領域ごとのグリコーゲン量や分布を明らかにすることや,脳グリコーゲン分子の大小を見分けることが可能となった.特に,脳グリコーゲン分子の大きさとそれらの分布は加齢によって特徴的な変化を示すことも報告されており,脳グリコーゲンの形態変化と機能との関連について今後のさらなる研究が期待される.
脳グリコーゲンの存在が明らかになり,その生理的意義解明の第一歩として認知機能に対する関与を明らかにする研究が1990年代以降精力的に行われている.Gibbsらはヒヨコを用いた実験を通じて弁別学習課題後に脳グリコーゲンが減少することや,中間皮質への脳グリコーゲン分解阻害薬(1,4-dideoxy-1,4-imino-D-arabinitol; DAB)投与により課題成績が低下することなどから(3)3) M. Gibbs, D. Anderson & L. Hertz: Glia, 222, 214 (2006).,脳グリコーゲンが学習後の記憶形成に重要な役割を担っていることを初めて明らかにした.その後,学習・記憶能を担う海馬におけるグリコーゲンの役割を検証した研究へと発展し,ラットへの海馬内DAB投与により抑制性回避試験において長期記憶が阻害されることや,十字迷路試験(空間記憶を評価するために改良された試験)において短期記憶が阻害されることが明らかになった.このDABによる記憶形成阻害はDABと同時に乳酸投与することで抑制されるが,ニューロンへ乳酸を取り込む乳酸トランスポーター2(MCT2)阻害薬(α-cyano-4-hydroxycinnamate; 4-CIN)を投与すると,DAB単独投与時と同様に記憶形成が阻害されたことから,脳グリコーゲン由来の乳酸が長期記憶を形成させるうえで必須となることが明らかとなった(4, 5)4) A. Suzuki, S. A. Stern, O. Bozdagi, G. W. Huntley, R. H. Walker, P. J. Magistretti & C. M. Alberini: Cell, 144, 810 (2011).5) L. A. Newman, D. L. Korol & P. E. Gold: PLoS ONE, 6, e28427 (2011)..また,遺伝子改変によりグリコーゲンを脳特異的に欠落させたマウスにオペラント条件付け試験を課した実験では,学習はできるものの,通常の脳グリコーゲン貯蔵がある対照群と比べ学習効率が悪く,海馬神経の伝達効率を示す長期増強(Long-term potentiation; LTP)も低下していることから,脳グリコーゲンはシナプス伝達効率や学習効果の獲得に寄与することが示唆されている(6)6) J. Duran, I. Saez, A. Gruart, J. J. Guinovart & J. M. Delgado-García: J. Cereb. Blood Flow Metab., 33, 550 (2013)..これらのことから,脳グリコーゲンは認知機能に関与し,とりわけ海馬におけるグリコーゲンは海馬依存的な学習・記憶能に寄与することが明らかになっている.
2型糖尿病は食生活の乱れや運動不足などの環境要因が引き金となり,膵臓から分泌されるインスリンの分泌やインスリンの効きが悪くなり(インスリン抵抗性),食事などにより増加した血糖値を正常値に戻すことができず,慢性的な高血糖状態を呈する.これによりさまざまな合併症(網膜症,腎症,神経症など)を併発することが知られているが,近年新たに認知機能低下,とりわけ,海馬機能の低下が問題視されている(7)7) T. den Heijer, S. E. Vermeer, E. J. van Dijk, N. D. Prins, P. J. Koudstaal, A. Hofman & M. M. Breteler: Diabetologia, 46, 1604 (2003)..上述したように,海馬グリコーゲンは海馬依存的な記憶能に関与することから,2型糖尿病の海馬機能低下の背景に海馬グリコーゲン代謝が関係している可能性が考えられるが,いまだ詳細は不明であった.そこで,われわれの研究室は,2型糖尿病モデルのラット(Otsuka Long-Evans Tokushima Fatty; OLETF)を用いて,海馬機能評価と海馬グリコーゲン量やグリコーゲン代謝関連因子について検討した.その結果,OLETFラットでは海馬が担う空間認知機能が低下しているだけでなく,海馬のグリコーゲン量が対照群のラット(Long-Evans Tokushima; LETO)と比べ増加していることを見い出した(8)8) T. Shima, S. Jesmin, T. Matsui, M. Soya & H. Soya: J. Physiol. Sci., 68, 69 (2016)..さらに,OLETFラットでは海馬のMCT2発現量が低下していることから,2型糖尿病ラットの認知機能低下の背景には,脳グリコーゲン由来の乳酸利用の低下があり,それを補うために海馬グリコーゲンが代償的に高まっていることが示唆された.
2型糖尿病の治療法として,運動療法は少しずつ受け入れられるようになってきたが,長期的な運動療法(運動トレーニング)により2型糖尿病で低下した海馬機能や海馬グリコーゲン代謝異常を改善するかどうかは不明であり,OLETFラットなど2型糖尿病モデル動物を用いた基礎研究を重ねる必要がある.
脳グリコーゲンは認知課題,低血糖や断眠などにより減少することが明らかになっていたが,運動により代謝されるかどうかは不明であった.ラットやマウスで運動効果を検討した多くの研究では輪回し運動モデルが用いられていたが,運動時間や速度を調節できないことから,われわれはトレッドミル走運動を用いて運動が脳グリコーゲン代謝に及ぼす影響を検討することを試みた.トレッドミル走運動は,運動強度の増加に伴いストレスホルモンであるACTHやコルチゾールの血中濃度が漸増的に高まることから,強度によって運動はストレスと考えられる.運動時の血中乳酸値はストレスホルモン分泌動態と同様であることから,漸増負荷運動時にラットの血中乳酸が上昇する乳酸性作業閾値(Lactate threshold; LT)を基準に運動強度を設定することで運動時のストレスの影響を考慮した運動負荷を課すことができる.そこで,このトレッドミル走運動モデルのLTに当たる中強度運動(20 m/min)を用いて,疲労困憊に至るような一過性の長時間運動時の脳グリコーゲン代謝を検討した.その結果,疲労困憊運動後の脳グリコーゲンは筋グリコーゲンと同様に減少するだけでなく(9)9) T. Matsui, S. Soya, M. Okamoto, Y. Ichitani, K. Kawanaka & H. Soya: J. Physiol., 589, 3383 (2011).,その後の休息により運動前よりも安静時の貯蔵量が増加する「超回復」が見られた(10)10) T. Matsui, T. Ishikawa, H. Ito, M. Okamoto, K. Inoue, M. C. Lee, T. Fujikawa, Y. Ichitani, K. Kawanaka & H. Soya: J. Physiol., 590, 607 (2012)..グリコーゲン減少とその後の超回復は,1960年代にBergstromらによる自転車漕ぎ運動実験によりヒトの筋で既に確認されており,同様の現象がラットの脳でも生じることが初めて明らかになった.
興味深いことに,疲労困憊運動時に変化した糖代謝関連因子をメタボロミクスにより網羅的に解析したところ,疲労困憊運動後の筋ではグリコーゲンの枯渇とともにATPや乳酸など解糖系基質が減少したにもかかわらず,脳(皮質および海馬)ではグリコーゲン枯渇は見られないものの減少し,ATPや乳酸などの減少は見られず維持されていることが明らかとなった(11)11) T. Matsui, H. Omuro, Y. F. Liu, M. Soya, T. Shima, B. S. McEwen & H. Soya: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 114, 6358 (2017)..この生理的意義を確かめるために,運動前の脳室内DAB投与により脳グリコーゲン分解を阻害したところ運動継続時間が短くなり,同様の結果がニューロンへの乳酸取り込みを担うMCT2阻害によっても生じることが明らかになった.これらの結果は,持久性運動時にアストロサイトに貯蔵される脳グリコーゲン由来の乳酸がエネルギー基質として利用され,運動持久性の維持に寄与することを示唆している.さらに,疲労困憊運動時にATPが脳でのみ維持されることの意義として,疲労時に脳神経細胞を保護する防御機構であるグリコーゲン由来のエネルギー供給系を破綻させないために,脳グリコーゲン代謝を制御する機構が働いているのかもしれない.今後より詳細な検討が必要である.
2型糖尿病モデル動物のOLETFラットは海馬依存的な空間認知機能の低下とともに海馬グリコーゲン代謝異常が見られたことから,慢性的な運動トレーニングにより,海馬グリコーゲン代謝異常や低下した認知機能を改善することができるかどうかに注目が集まる.これを明らかにするためには,まず,OLETFラットにおける運動強度を設定し,一過性運動により脳グリコーゲン代謝が健常動物と同様に代謝されるかどうかを検討する必要がある.OLETFラットは対象動物であるLETOよりも過体重であるため,相対的同一運動強度を課すためにLTを測定し,それを基に算出した中強度運動(LETO: 12.5 m/min, OLETF: 20 m/min)を実験に用いた.OLETFラットはLETOより安静時の脳グリコーゲン量は多いが,30分間の一過性中強度運動により両ラットともに海馬グリコーゲンが減少することが明らかになった(12)12) T. Shima, T. Matsui, S. Jesmin, M. Okamoto, M. Soya, K. Inoue, Y. F. Liu, I. Torres-Aleman, B. S. McEwen & H. Soya: Diabetologia, 60, 597 (2016)..健常動物と同様に,2型糖尿病モデル動物でも一過性運動により脳グリコーゲンが代謝されることから,慢性的な運動効果として海馬グリコーゲン代謝変化を通じた認知機能向上効果が期待される.
これまで,多くの研究により,海馬のグリコーゲンは学習や記憶において重要な役割を担うことが明らかにされてきたが,薬理的に脳グリコーゲン量を高めることで低血糖時の神経細胞死の抑制や神経活動時間が延長するという報告以外,脳グリコーゲン量増加の生理的役割や意義を検討した研究はいまだにない.近年,持久性運動能力と認知機能は相関することが報告されており,持久性運動能力を高める運動モデルは認知機能も高める可能性が考えられる.慢性的な運動トレーニングは筋グリコーゲン量を増加させることで持久性運動パフォーマンスを高めることは古くから知られており,運動トレーニングによる適応効果の基盤と考えられているグリコーゲン超回復も筋だけでなく脳でも生じることはすでに確認していた.したがって,運動トレーニングにより筋同様に脳でも安静時グリコーゲン貯蔵量が増加し,持久性運動能力だけでなく認知機能をも高める可能性が考えられた.そこで,脳グリコーゲンの安静時貯蔵量に対する運動トレーニング効果を検討するため,4週間の中強度運動トレーニングを実施した.その結果,筋のグリコーゲン貯蔵を高めると同時に,脳では皮質および海馬で安静時のグリコーゲン量が増加したことから,運動トレーニングにより脳グリコーゲン代謝も筋同様に適応変化することが明らかとなった(10)10) T. Matsui, T. Ishikawa, H. Ito, M. Okamoto, K. Inoue, M. C. Lee, T. Fujikawa, Y. Ichitani, K. Kawanaka & H. Soya: J. Physiol., 590, 607 (2012)..
さらに,持久性アスリートの試合前約1週間のコンディショニングであるグリコーゲンローディング(Glycogen loading; GL)は,筋グリコーゲン量を増加させ持久性運動パフォーマンスを高めることで知られる.1週間で筋グリコーゲン量増加を可能にするGLの原理は疲労困憊運動により生じる「筋グリコーゲン超回復」であることから,GLを脳にも応用し,脳グリコーゲン量を増加させるコンディショニングを開発できる可能性が考えらえた.GLは筋グリコーゲン超回復に必須の高糖質食摂取と疲労困憊運動を行い,その後数日間の軽い運動と休息をとることで,筋グリコーゲンの安静時貯蔵量の増加が確認されている.このモデルはヒトだけでなくラットでも確立されていることから,われわれはこのモデルを応用し,GLが脳グリコーゲン量に及ぼす効果を検討した.その結果,GLにより筋グリコーゲン量の増加と持久性運動パフォーマンスが有意に向上するだけでなく,脳では海馬と視床下部のグリコーゲン量が増加することが初めて明らかとなった(13)13) M. Soya, T. Matsui, T. Shima, S. Jesmin, N. Omi & H. Soya: Sci. Rep., 8, 1285 (2018)..さらに,学習や記憶を担う海馬のグリコーゲン量が増加したことから,海馬機能と海馬グリコーゲンとの関連を検討することを踏まえて,海馬特異的にグリコーゲン量を増加させるGLが可能かどうか,運動や糖質食の条件検討を行った.筋グリコーゲンを増加させる従来のGLは高糖質食と疲労困憊運動が必須条件であるのに対し,海馬グリコーゲンを増加させる条件は疲労困憊運動のみであり,高糖質食は必要としないことが明らかとなった(13)13) M. Soya, T. Matsui, T. Shima, S. Jesmin, N. Omi & H. Soya: Sci. Rep., 8, 1285 (2018)..この条件ではGL効果が見られた筋や視床下部においてグリコーゲン量の増加が見られなかったことから,海馬特異的にグリコーゲン量を増加させる海馬GLを確立できた.これらのことから,我々は脳グリコーゲン貯蔵量を増加させる運動モデルとして4週間の中強度運動トレーニングモデルのみならず,海馬特異的にグリコーゲン貯蔵を増加させる1週間の海馬GLを確立することに成功した.
では実際に,運動トレーニングによる脳グリコーゲン貯蔵の増加は認知機能も高めるのだろうか? この仮説を検証するために,我々が確立した1週間の海馬GLを用いて海馬依存的な認知機能に及ぼす効果を検討した.その結果,海馬依存的な学習・記憶課題(類似度の高い2つの物体を識別するテスト)において,非海馬GL群に対して海馬GL群の認知課題成績が有意な高値を示した(データ非公開).この結果は,海馬GLにより脳の中でも学習・記憶を担う海馬のグリコーゲン貯蔵を高めることで海馬依存的な記憶能を高めることを初めて示した知見であり(図2図2■海馬が担う認知機能を高める海馬グリコーゲンローディングの開発),運動によるコンディショニングやトレーニングが認知機能を高める背景には海馬グリコーゲンが関与することを示唆する.
われわれは,認知機能低下とりわけ海馬機能低下を伴う2型糖尿病動物(OLETF)において,海馬におけるグリコーゲン貯蔵量の増加とニューロンの乳酸輸送を担うMCT2発現量の低下をはじめとする脳グリコーゲン代謝異常が生じていることを既に見い出していた.しかしながら,2型糖尿病の海馬機能低下やそのメカニズムの有力候補と考えられる海馬グリコーゲン代謝異常に対する慢性的な運動トレーニング効果は不明であったため,我々はOLETFラットに対して,運動療法で用いられる中強度運動トレーニングを4週間課し,海馬機能と海馬グリコーゲン代謝に及ぼす効果を検証した.その結果,運動トレーニングにより,OLETFラットで低下していた空間認知機能は向上し,対照群であるLETOラットと比べて低下していたMCT2発現量が正常値まで回復し,海馬グリコーゲンはさらに増加した.これらの結果から,運動トレーニングはOLETFラットの海馬で低下していた海馬グリコーゲン由来の乳酸取り込み能を改善し,エネルギー源となるグリコーゲン量をより増加させることで,2型糖尿病で併発している海馬機能低下の改善に寄与していることが明らかになった(12)12) T. Shima, T. Matsui, S. Jesmin, M. Okamoto, M. Soya, K. Inoue, Y. F. Liu, I. Torres-Aleman, B. S. McEwen & H. Soya: Diabetologia, 60, 597 (2016).(図3図3■運動トレーニングが2型糖尿病動物で低下した海馬機能を改善させるメカニズム).
2型糖尿病ラットにおける海馬グリコーゲン代謝異常は認知機能低下に関与し,それらは運動トレーニングにより改善することが明らかとなったが,運動トレーニングにより海馬グリコーゲンがさらなる増加を見せる理由はいまだ明らかとなっていない.実際に,4週間の運動トレーニングでは2型糖尿病の主症状である高血糖やHbA1c値など末梢組織のパラメータは正常値に戻っていないことから,認知機能改善効果は認められたものの,2型糖尿病の完治には至っていないことがその一因として考えられる.今後,より長期の運動トレーニングを実施し,末梢および中枢に対して効果を発揮する運動期間などを検討していく必要がある.
本稿では,認知機能を高める運動効果のメカニズムの一端として,脳グリコーゲン代謝の関与について,これまでの筆者らの知見を中心に紹介した.筋など,末梢組織におけるグリコーゲンは運動時などにおけるエネルギー源としての役割にとどまるが,脳グリコーゲンはエネルギー源としてだけでなく認知機能や,脳における神経可塑性を高める因子の発現にも関与することから,脳グリコーゲン代謝がより動員される運動条件を明らかにすることで,脳グリコーゲンを標的としてより効果的に認知機能高める運動プログラムの開発などに貢献できる可能性がある.特に,本稿で紹介したように,2型糖尿病動物の運動トレーニングによる認知機能改善効果は,高血糖やインスリン抵抗性など末梢症状も改善させる運動トレーニング条件など,より詳細な検討を重ねることで臨床的にも意義のある知見を提供できることが期待される.将来的に,脳グリコーゲン濃度を反映するバイオマーカーを確立することができれば,それらの実用化もより現実味を帯びてくるだろう.
Reference
1) P. J. Magistretti & I. Allaman: Nat. Rev. Neurosci., 19, 235 (2018).
2) Y. Oe, O. Baba, H. Ashida, K. C. Nakamura & H. Hirase: Glia, 64, 1532 (2016).
3) M. Gibbs, D. Anderson & L. Hertz: Glia, 222, 214 (2006).
5) L. A. Newman, D. L. Korol & P. E. Gold: PLoS ONE, 6, e28427 (2011).
8) T. Shima, S. Jesmin, T. Matsui, M. Soya & H. Soya: J. Physiol. Sci., 68, 69 (2016).
9) T. Matsui, S. Soya, M. Okamoto, Y. Ichitani, K. Kawanaka & H. Soya: J. Physiol., 589, 3383 (2011).
13) M. Soya, T. Matsui, T. Shima, S. Jesmin, N. Omi & H. Soya: Sci. Rep., 8, 1285 (2018).