解説

澱粉から生成する環状オリゴ糖に関する研究の進展微生物がもたらす不思議な糖

Development of Research on Cyclic Oligosaccharides Derived from Starch: Mysterious Saccharides Created by Microorganisms

Masaki Kohno

河野 正樹

株式会社林原研究部門

Tetsuya Mori

哲也

株式会社林原研究部門

Tomoyuki Nishimoto

西本 友之

株式会社林原研究部門

Published: 2019-11-01

シクロデキストリンの発見からおよそ100年の時を経て,2000年以降,澱粉から酵素合成される3種の環状オリゴ糖が見出された.環状オリゴ糖は,還元性をもたないことから化学的安定性に優れ,酵素分解に対しても抵抗性を示すことから,一つの素材として多様な可能性を秘めている.一方,環状オリゴ糖の生成や代謝に関与する酵素は新規な活性を示すことから,その触媒作用/メカニズムや酵素を活用したモノづくりに興味が持たれる.シクロデキストリンと同様に,3種の環状オリゴ糖についても様々なアプローチが行われ,多くの知見が蓄積されつつある.今後,澱粉だけでなく各種多糖から生成する新規環状糖質,新規酵素の発見も期待できるだろう.

はじめに

環状糖はその名のとおりいくつかの糖が環状に連なった非還元性の糖である.その歴史は古く,1903年にF. Schardingerによって報告された6~8個のグルコースがα-1,4結合によって環状化したシクロデキストリン(CD)が最初である(1)1) F. Schardinger: Z Unters Nahr Genussm, 6, 865 (1903)..この報告からすでに110年以上経過し,CD以外にも数多くの環状糖の存在が明らかとなっている.過去,本誌に2006年現在までに報告された15種類の環状糖をまとめている(2)2) 西本友之,奥 和之,向井和久:化学と生物,44, 539 (2006).

本解説では,近年研究が進んでいる澱粉から酵素的に合成可能なCD以外の3種の環状オリゴ糖,環状四糖(環状α-1,6-ニゲロシルニゲロース;CNN,環状α-1,6-マルトシルマルトース;CMM)および環状五糖(イソサイクロマルトペンタオース;ICG5)について,合成法,物性および生理機能,関連酵素の立体構造などにおけるこれまでの研究結果に加えて,2006年以降進展が見られた部分について紹介する.

なお,2002年以降,上記環状オリゴ糖に関する総説が公開されてきた.重複する内容もあるが,全容を把握するうえで随時参考にしていただきたい(2~10)2) 西本友之,奥 和之,向井和久:化学と生物,44, 539 (2006).3) T. Nishimoto: Trends Glycosci. Glycotechnol., 14, 321 (2002).4) T. Nishimoto, H. Aga, M. Kubota, S. Fukuda, M. Kurimoto & Y. Tsujisaka: J. Appl. Glycosci., 51, 135 (2004).5) 西本友之:日本農芸化学会誌,78, 866 (2004).6) K. Oku & H. Watanabe: F.F.I. Journal of Japan, 211, 854 (2006).7) H. Watanabe, T. Nishimoto, H. Chaen & S. Fukuda: J. Appl. Glycosci., 54, 109 (2007).8) T. Mori, T. Nishimoto, K. Mukai, H. Watanabe, T. Okura, H. Chaen & S. Fukuda: J. Appl. Glycosci., 56, 127 (2009).9) 渡邊 光:日本応用糖質科学会誌,1, 307 (2011).10) 河野正樹,荒川孝俊,太田弘道,森 哲也,西本友之,牛尾慎平,伏信進矢:日本応用糖質科学会誌,9, 103 (2019).

CNN, CMMおよびICG5生成機構と物理化学的特性

澱粉は比較的安価であることからさまざまな有用糖質の原料として利用されている.その一つの流れとして,糖質関連酵素の特異的な分解,転移反応を活用したオリゴ糖の開発が試みられてきた.われわれも土壌由来細菌を中心に新規酵素のスクリーニングを継続し,澱粉からのトレハロース生合成系の発見(1995年)につながった.その後の成果として,澱粉から酵素合成される環状オリゴ糖としてCNN, CMMおよびICG5の順に見いだした.これらの環状オリゴ糖の構造図を図1図1■環状四糖および五糖の構造式に示す.いずれも新規生合成系ではあるが,CNNのみ1994年Côtéらにより異なる合成系で生成することが報告されていた(11)11) G. L. Côté & P. Biely: Eur. J. Biochem., 226, 641 (1994)..CMMおよびICG5は新規糖質であった.

図1■環状四糖および五糖の構造式

以下CNN, CMMおよびICG5の生成機構について簡単に紹介する.詳細な生成機構および関連酵素については,各項目に記載した論文をご参照いただきたい.また,本解説で頻出する糖質の模式図を図2図2■本解説で頻出する糖質の模式図に示しているので,適宜ご参照いただきたい.

図2■本解説で頻出する糖質の模式図

◯および斜線◯はグルコースおよび還元末端グルコースを表している.α-1,3, α-1,4およびα-1,6結合は斜め,平行および垂直矢印で表している.

1. CNNの生成機構

環状α-1,6-ニゲロシルニゲロース(CNN, cyclo-{→6)-α-D-Glcp-(1→3)-α-D-Glcp-(1→6)-α-D-Glcp-(1→3)-α-d-Glcp-(1→})は,Bacillus globisporusArthrobacter globiformisの培養上清中に存在する2種類の酵素,6-O-α-グルコシルトランスフェラーゼ(6GT)および3-O-α-イソマルトシルトランスフェラーゼ(IMT)による3段階の分子間および分子内転移によって生成することがわかっている(12, 13)12) T. Nishimoto, H. Aga, K. Mukai, T. Hashimoto, H. Watanabe, M. Kubota, S. Fukuda, M. Kurimoto & Y. Tsujisaka: Biosci. Biotechnol. Biochem., 66, 1806 (2002).13) M. Mukai, K. Maruta, K. Satouchi, M. Kubota, S. Fukuda, M. Kurimoto & Y. Tsujisaka: Biosci. Biotechnol. Biochem., 68, 2529 (2004).図3図3■α-1, 4-グルカンからのCNN生成機構の模式図).

6GTは,重合度が3以上のα-1,4-グルカンの非還元末端のグルコース(Glc)残基を別のα-1,4-グルカンの非還元末端に分子間α-1,6転移させることにより,転移されたα-1,4-グルカンの非還元末端はイソマルトース(IG2)がα-1,4結合でつながった4-O-α-イソマルトシル-α-1,4-グルカンとなる.IMTは生成したIG2残基をほかの4-O-α-イソマルトシル残基にα-1,3分子間転移するとともに分子内でα-1,3転移を行うことにより環状化し,Glc 4分子がα-1,3結合とα-1,6結合を交互に繰り返した構造を有するCNNを生成する.

図3■α-1, 4-グルカンからのCNN生成機構の模式図

模式図は図2図2■本解説で頻出する糖質の模式図と同様に表している.

なお,CNNを最初に報告したCôtéらは本糖質をcyclic tetrasaccharide(CTS)もしくはcycloaltanan(CA)と呼称しているが,後に発見された同じく環状四糖であるCMMと区別するため,われわれはCNNを使用している.

2. CMMの生成機構

環状α-1,6-マルトシルマルトース(CMM, cyclo-{→6)-α-D-Glcp-(1→4)-α-D-Glcp-(1→6)-α-D-Glcp-(1→4)-α-d-Glcp-(1→})はA. globiformis M6株の培養上清中に存在する酵素,6-α-マルトシルトランスフェラーゼ(6-α-maltosyltransferase; 6MT, EC 3.2.1.-)が触媒する2段階の分子間および分子内転移反応によって,澱粉から生成されることがわかっている(14, 15)14) K. Mukai, H. Watanabe, K. Oku, T. Nishimoto, M. Kubota, H. Chaen, S. Fukuda & M. Kurimoto: Carbohydr. Res., 340, 1469 (2005).15) K. Mukai, H. Watanabe, M. Kubota, H. Chaen, S. Fukuda & M. Kurimoto: Appl. Environ. Microbiol., 72, 1065 (2006).図4図4■α-1, 4-グルカンからのCMM生成機構の模式図).

6MTは,重合度が3以上のα-1,4-グルカンの非還元末端のマルトース(G2)残基を別のα-1,4-グルカンの非還元末端に分子間α-1,6転移させることにより,α-1,4-グルカンの非還元末端にG2がα-1,6結合でつながったα-マルトシル-1,6-α-1,4-グルカンとなる.6MTはこのα-マルトシル-1,6-α-1,4-グルカンのα-マルトシル-1,6-マルトース残基を分子内α-1,6転移反応により環状化することで,Glc 4分子がα-1,4結合とα-1,6結合を交互に繰り返した構造を有するCMMを生成する.

図4■α-1, 4-グルカンからのCMM生成機構の模式図

模式図は図2図2■本解説で頻出する糖質の模式図と同様に表している.

3. ICG5の生成機構

澱粉から環状糖を合成する酵素生産菌を探索する一連の研究で,土壌から単離したB. circulans AM7が,マルトペンタオースがα-1,6結合により環状化した構造をしているisocyclomaltopentaose(ICG5;cyclo-{→6)-α-D-Glcp-(1→4)-α-D-Glcp-(1→4)-α-D-Glcp-(1→4)-α-D-Glcp-(1→4)-α-D-Glcp-(1→})を生成することを2006年に見いだした(16)16) H. Watanabe, T. Nishimoto, T. Sonoda, M. Kubota, H. Chaen & S. Fukuda: Carbohydr. Res., 341, 957 (2006).

B. circulans AM7の培養上清から,種々のクロマトグラフィーを経てICG5生成酵素を精製した.本精製酵素をGlc残基7分子がα-1,4結合で結合したマルトヘプタオースに作用させることで作用メカニズムを解析したところ,本酵素はマルトオリゴ糖単位で分子間α-1,4転移反応を触媒することでさまざまな重合度のマルトオリゴ糖を生成する(不均化反応)とともに,非還元末端からマルトペンタオース単位でα-1,4結合を切断し,分子内α-1,6転移反応を触媒することによりICG5を生成する新規な糖転移酵素であることがわかり,本酵素をisocyclomaltooligosaccharide glucanotransferase(IGTase)と命名した(17)17) H. Watanabe, T. Nishimoto, K. Mukai, M. Kubota, H. Chaen & S. Fukuda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 70, 1954 (2006)..そのアミノ酸の1次配列と触媒機構からglycoside hydrolase familly 13(GH13)に属する酵素であることが明らかとなった.マルトオリゴ糖を基質としたIGTaseによるICG5の生成メカニズムを図5図5■マルトオリゴ糖からのICG5生成機構の模式図に示す.

図5■マルトオリゴ糖からのICG5生成機構の模式図

実線はα-1,4結合を,破線はα-1,6結合を表している.

4. 環状糖の物理化学的特性

本稿にて紹介した環状オリゴ糖の物理化学的特性を表1表1■CNN, CMMおよびICG5の物理化学的特性にまとめた.これら環状糖はpHや熱に対して安定で,非還元性であることからメイラード反応をほとんど起こさないなどの特徴を有している.

表1■CNN, CMMおよびICG5の物理化学的特性
項目CNNCMMICG5
還元力非還元性非還元性非還元性
比旋光度     [α]20+243.4°+207.9°+71.9°
水に対する溶解度 20°C46.1 g/100 g7.1 g/100 g
         50°C74.2 g/100 g10.4 g/100 g
         90°C191.4 g/100 g25.0 g/100 g
吸湿性      5含水結晶吸湿しない吸湿しない
         無水結晶RH30%以上で吸湿RH30%以上で吸湿
ガラス転移温度242.4°C238.5°C
甘味度砂糖の27%砂糖の20%
水溶液のpH安定性>99%残存(pH 3.5–10, 100°C,24h)>99%残存(pH 5–10, 0°C, h)
水溶液の熱安定性>99%残存(120°C,90 min)
メイラード反応性(グリシン)非着色(100°C,90 min)
メイラード反応性(ポリペプトン)非着色(120°C, in)ごく僅か有り(120°C,90 min)

CNNに関する研究の進展

1. CNNの生成に関与する酵素の活用

1.1 IMTを活用したグリコシルトレハロースの酵素合成

糖転移反応を利用したα-1,2-,α-1,4-およびα-1,6-グルコシルトレハロースの酵素合成については報告されていた(18~21)18) H. Chaen, T. Yamamoto, T. Nishimoto, T. Nakada, S. Fukuda, T. Sugimoto, M. Kurimoto & Y. Tsujisaka: J. Appl. Glycosci., 46, 423 (1999).21) K. Maruta, H. Watanabe, T. Nishimoto, M. Kubota, H. Chaen, S. Fukuda, M. Kurimoto & Y. Tsujisaka: J. Biosci. Bioeng., 101, 385 (2006)..IMTはイソマルトシル基のα-1,3転移を触媒する.この作用を利用して,われわれは残りのα-1,3-グルコシルトレハロースの酵素合成を試みた.パノースを供与体,トレハロースを受容体とした反応液にIMTを作用させた結果,新規転移4糖としてα-1,3-イソマルトシルトレハロース(図6図6■IMTを活用したグリコシルトレハロースの酵素合成)が得られた.さらにグルコアミラーゼ(EC 3.2.1.3)消化をすることで,α-1,3-グルコシルトレハロース(図6図6■IMTを活用したグリコシルトレハロースの酵素合成)の酵素合成に成功した(22)22) 株式会社林原生物化学研究所:特開2005-035958 (2005).

図6■IMTを活用したグリコシルトレハロースの酵素合成

◯および斜線◯はグルコースおよび還元末端グルコースを表している.α-1,3, α-1,6およびα-1,1結合は斜め,垂直および両方向矢印で表している.

1.2 6GTを活用したイソマルトースの酵素合成

6GTをデキストリンに作用させると,非還元末端にIG2構造を生成することができる.この作用を利用してイソマルトデキストラナーゼ(EC 3.2.1.94)共存下,IG2を遊離させる反応系を構築した.

20%澱粉部分分解物を基質に6GT,イソマルトデキストラナーゼ,さらにIG2生成率を向上させるためシクロデキストリングルカノトランスフェラーゼ(CGTase; EC 2.4.1.19)およびイソアミラーゼ(EC 3.2.1.68)を組み合わせ,最適化した.グルコアミラーゼ消化後のIG2生成率は65%に達した(23)23) 株式会社林原生物化学研究所:特許第4224302 (2002).

2. CNN誘導体

おおむねCDに倣い,各種CNN誘導体の調製や機能解析が行われている.

2.1 分岐CNNの酵素合成

CNN糖化物中から4-O-α-グルコシルCNNおよび3-O-α-イソマルトシルCNNが単離されている(24)24) H. Aga, T. Higashiyama, H. Watanabe, T. Sonoda, T. Nishimoto, M. Kubota, S. Fukuda, M. Kurimoto & Y. Tsujisaka: J. Biosci. Bioeng., 94, 336 (2002)..これらは,CNNの合成に関与する6GTおよびIMTがCNNに対して糖転移反応を触媒することで合成されることが証明されている(25)25) H. Aga, T. Higashiyama, H. Watanabe, T. Sonoda, R. Yuen, T. Nishimoto, M. Kubota, S. Fukuda, M. Kurimoto & Y. Tsujisaka: J. Biosci. Bioeng., 98, 287 (2004)..そのほか,CNNを受容体とした糖転移反応により各種分岐CNNの酵素合成が試みられている(26~30)26) P. Biely, V. Puchart & G. L. Côté: Carbohydr. Res., 332, 299 (2001).30) H. Watanabe, T. Higashiyama, H. Aga, T. Nishimoto, M. Kubota, S. Fukuda, M. Kurimoto & Y. Tsujisak: Carbohydr. Res., 340, 449 (2005).表2表2■酵素合成法により調製された分岐CNN).

表2■酵素合成法により調製された分岐CNN
分岐CNN使用酵素供与体参考文献
6-O-α-ガラクトシルCNNα-ガラクトシダーゼメリビオース(26)
4-O-α-グルコシルCNNCGTaseα-シクロデキストリン(27)
4-O-α-ジグルコシルCNN
3-O-β-N-アセチルグルコサミニルCNNリゾチームN-アセチルキトテトラオース(28)
3-O-β-ガラクトシルCNNβ-ガラクトシダーゼラクトース(29)
6-O-β-ガラクトシルCNN
2-O-α-グルコシルCNNコージビオースホスホリラーゼβ-グルコース1-リン酸(30)

2.2 有機合成によるCNN誘導体の調製(31~40)

CNNの持つ化学的安定性および対称形に注目し,官能基導入による活性付与やポリマー化の基材としての活用が期待されている.これまでに報告された事例を表3表3■有機合成法により調製されたCNN誘導体にまとめる.

表3■有機合成法により調製されたCNN誘導体
CNN誘導体誘導体化の目的参考文献
ジカルボキシル化誘導体金属イオンとの親和性評価(31)
アルギン酸誘導体,ポリアクリル酸誘導体生体親和性材料(32)
ポリスチレン-マレイン酸コポリマー誘導体生体親和性材料(33)
硫酸エステル化誘導体抗血栓剤,抗ウイルス剤(34)
ポリウレタン誘導体生分解性ポリウレタンフォームの調製(35)
ジカルボキシル化誘導体ラジカル生成抑制剤(36)
イソフタル酸およびテレフタル酸モノエステル化誘導体キラル超分子増感剤(37)
モノ-およびジ-2-アントラセンカルボン酸エステル化誘導体光環化二量化における光反応性と立体選択性の制御(38)
ピロメリテート架橋によるナノスポンジ化誘導体ナノスポンジの物性評価(39)
ピロメリテート架橋によるナノスポンジ化誘導体抗ガン剤ナノキャリアとしての評価(40)

3. CNNの生理機能

CNNは各種加水分解酵素に対し高い耐性を有している(41)41) T. Hashimoto, M. Kurose, K. Oku, T. Nishimoto, H. Chaen, S. Fukuda & Y. Tsujisaka: J. Appl. Glycosci., 53, 233 (2006)..われわれは,ヒトが摂取した場合,ほとんど血糖値およびインスリン値に影響しないことを確認している.この結果は,CNNが食物繊維素材であることを意味している.

In vivoの動物実験結果から,CNNはIgA産生促進作用を有していることが報告されている(42)42) K. Hino, M. Kurose, T. Sakurai, S. Inoue, K. Oku, H. Chaen, K. Kohno & S. Fukuda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 70, 2481 (2006)..1~5%のCNNを含む餌を与えられたマウスは,糞便中に含まれるIgAがコントロールと比較して有意に上昇していた.特に,5% CNNのグループでは盲腸内中のpHが低下し,乳酸および酪酸量が増加していた.このような作用はニゲロオリゴ糖もしくはイソマルトオリゴ糖では観測されておらず,CNNが腸内細菌叢を変化させ,間接的に腸内免疫機能を高めていると考えられる.

その後,in vitroの実験でマウスメラノーマ細胞に対する美白作用,すなわちメラニン産生の抑制作用が確認された(図7A図7■CNNが示す生理機能).この実験では長期培養でCNNが細胞内に蓄積されるものの,細胞に対する障害は見られないことも明らかにされた.また,興味深いことにCNNはさまざまな細胞種に対してトレハロースと同程度のオートファジー誘導作用を示すことも明らかになってきており,オートファジー誘導物質としての利用が期待される(43)43) 株式会社林原:国際公開特許WO/2018/173653 (2018).図7B図7■CNNが示す生理機能).

図7■CNNが示す生理機能

(A)マウスメラノーマ細胞に対する美白作用.マウスメラノーマB16をCNNの濃度2, 10, 50 mMで14日間培養した後,細胞を回収し産生されたメラニン量を吸光度法にて測定し,タンパク量当たりのメラニン産生量を算出した.左図は無処理群を100%とした時の相対的なメラニン産生量を示した.右図は細胞を回収した時の細胞ペレットの様子を示した.(B)正常ヒト皮膚角化細胞に対するオートファジー誘導作用.オートファジーマーカーであるLC3Bタンパクの発現を免疫細胞染色法にて観察した.無処理に比べCNN処理細胞ではLC3B陽性のドット(オートファゴゾーム)の数ならびに強度が促進されている.

そのほか,敗血症の予防および治療剤としての有効性が報告されていることからも(44)44) 株式会社林原生物化学研究所,株式会社大塚製薬工場:特開2011-256111 (2008).,CNNは多様な好ましい生理機能を有していると言える.

なお,CNNはJoint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives(JECFA)の安全性評価を受けている.1日当たりの摂取量はnot specifiedと認定されており,高い安全性が確認されている.

4. 他グループによる研究

2016年に北海道大学のグループは,放線菌Kribbella flarida NBRC 14399TのゲノムにおいてCNNに関連した2つのクラスターが存在することを発見し,詳細な解析を行っている(45)45) T. Tagami, E. Miyano, J. Sadahiro, M. Okuyama, T. Iwasaki & A. Kimura: J. Biol. Chem., 291, 16438 (2016)..一つのクラスターは,これまでにA. globiformis A19などで報告されている6GTおよびIMT(6)6) K. Oku & H. Watanabe: F.F.I. Journal of Japan, 211, 854 (2006).のホモログをコードし,CNNの生成にかかわることを示している.もう一方のクラスターは,A. globiformis A19のIMTと46.2%の配列相同性を示すGH31酵素,GH15酵素と37%程度の配列相同性を示すタンパク質,ABCトランスポーター,repressor, open reading frame, kinase(ROK)をコードした6遺伝子から構成されていた.彼らは,GH31酵素のKfla1985およびGH15酵素のKfla1986について詳細な酵素学的性質を調べた.その結果,Kfla1985はCNN特異的に作用し,α-1,3-イソマルトシルイソマルトースを経由してIG2を生成することから,CNN中のα-1,3結合を特異的に分解する酵素であることが明らかとなった.また,2004年に農研機構のグループらによって報告されているCNN分解酵素(46)46) Y. K. Kim, M. Kitaoka, K. Hayashi, C. H. Kim & G. L. Côté: Carbohydr. Res., 339, 1179 (2004).と高い配列相同性(約70%)を有し,類似した酵素学的性質を示すことから,オルソログであると考えられる.一方,Kfla1986はIG2を加水分解しGlcを生成したが,G2などのほかのα-グルコ二糖には作用しないことから,α-1,6結合特異的であることが示された.以上の結果から,K. flaridaでは菌体外で生成したCNNをABCトランスポーターによって取り込み,菌体内においてまずKfla1985がCNNをIG2まで分解し,続いてKfla1986によってIG2をGlcまで分解することが示唆された.この報告はCNN分解経路について詳細な酵素学的解析を行った最初のものである.加えて彼らは,これら遺伝子の発現レベルは対数増殖期に増加し,実際のCNNは死滅期に蓄積すること,K. flaridaがGlcやG2と同等にCNNを炭素源として利用可能であることなどin vivoでの興味深い結果を示している.

同年の2016年に米国ノースウェスタン大学のグループは,Listeria monocytogenesLm)のCNN代謝経路にかかわる酵素・タンパク質について網羅的な構造解析を行い,代謝系の全貌について解明している(47)47) S. H. Light, L. A. Cahoon, A. S. Halavaty, N. E. Freitag & W. F. Anderson: Nat. Microbiol., 2, 16202 (2016)..彼らが解明したCNN代謝経路について図8C図8■CNN代謝経路に模式的に示した.各菌種におけるCNN関連クラスターは大きく3つに分類され,Lmでは上述のK. flaridaと同様に生成系と分解系が別クラスター上に存在する構成であった(図8A, B図8■CNN代謝経路).生成系は,推定6GT(Lmo2444)および推定IMT(Lmo2446)の2つのGH31酵素を含み,α-1,6結合での枝付けおよびパノースからのCNN生成活性をそれぞれ確認している.Lmo2446求核触媒残基変異体とパノースとの複合体構造から,パノースのα-1,4結合部分が触媒残基付近に位置するような結合様式が確認されている.構造解析からも,IMTは一段階目の反応においてα-1,4結合を切断し,非還元末端IG2を非還元末端にα-1,6結合を含む基質にα-1,3転移を行うことが推測される(図3図3■α-1, 4-グルカンからのCNN生成機構の模式図).一方,分解系はABCトランスポーター(Lmo0179-0181),2つのGH31酵素(Lmo0182, Lmo0183),GH13酵素(Lmo0184)およびROK(Lmo0178)から構成されていた.ABCトランスポーターのうち,Lmo0181は高い親和性(Kd ⋍ 2 μM)でCNN特異的に結合する糖質結合タンパク質であり,その結合様式はCNNの構造に起因して特徴的であった.GH31酵素であるLmo0182の代わりとして,オルソログであるTrueperella pyogenes由来Lmo0182(TpLmo0182)の構造解析が行われた.共にGH31酵素であるTpLmo0182およびLmo2446の活性中心がよく保存されていたことは興味深い.このことから,TpLmo0182はLmo2446の逆反応,つまりCNNの分解を行っていることが推測され,酵素学的にもCNNのα-1,3結合分解性を確認している.また,彼らはTpLmo0182およびLmo2446における活性部位の高い類似性から,転移と加水分解反応のメカニズム解析を行っている(48)48) S. H. Light, L. A. Cahoon, K. V. Mahasenan, M. Lee, B. Boggess, A. S. Halavaty, S. Mobashery, N. E. Freitag & W. F. Anderson: Structure, 25, 295 (2017)..興味のある方はご参照いただきたい.Lmo0184についても構造解析が行われている.全体構造のみならず活性部位についてもBacillus属細菌のα-1,6-グリコシダーゼとよく似ており,IG2のGlcへの分解活性も確認されている.以上のことから,このクラスターに存在する酵素・タンパク質によって取り込みからGlcまでの分解が行われていることが示された(図8C図8■CNN代謝経路).さらに,ROKのLmo0178についての各種解析から,菌体内でのIG2増加が菌体外におけるCNN存在シグナルとなり,分解系クラスターの転写抑制が解除されることを示した.さらに,明らかとなったCNN代謝経路の機能についてin vivo実験が行われている.Lmは環境中に広く分布し,宿主動物の腸管バリアを超え,標的臓器細胞内で増殖することが知られている.マウスの経口投与実験において,CNNを生成できない(Δlmo2446)および分解できない(Δlmo0182)株は野生株と比べて任意臓器における菌数が約10分の1であった.さまざまな炭素源を用いた培養実験から,CNN代謝経路の生物学的な基質は腸管におけるα-グルカンであると推測された.さらに,液体培養やマウスの経口投与における野生株との競合実験においても,両欠損株より野生株の方が増殖性および浸潤性が高かった.以上の結果を総合すると,LmがCNN代謝経路をもつ意義は,腸管内における宿主を含めた生物間での限りある炭素源の獲得競争にあると推測される.つまり,α-グルカンをCNNという特殊な環状糖に変換することで,CNN分解遺伝子をもたない菌や宿主に対して優先的に栄養を得ることができる.この意義については,ほかの環状糖の代謝経路に対しても当てはまり,われわれを含めてこれまでに多くの研究者によって議論されている.加えて,環状糖自体が化学的に安定であり,環境変化による分解を受けにくいという性質もより一層競争を有利に働かせると考えられる.

図8■CNN代謝経路

(A)各菌種における3つに分類されたCNN関連遺伝子クラスター構造模式図.(B)LmにおけるCNN関連遺伝子クラスター構造模式図.(C)LmにおけるCNN代謝経路模式図.

CMMに関する研究の進展

1. CMMの生成に関与する酵素の活用:6MTを活用した分岐構造導入によるデキストリンの老化性抑制

CMMの生成機構からわかるように,6MTはマルトシル基単位でα-1,4またはα-1,6転移を触媒する.この分子間糖転移反応は基質濃度に依存して顕著になる.反対に分子内糖転移反応によるCMM生成は低下する.この現象は,CD生成反応を触媒するCGTaseでも確認されている.比較的高い濃度の高分子ワキシーコーンスターチ部分分解物(平均重量分子量約100万)に6MTを作用させることで非還元性末端に,マルトシル分岐構造を導入した分岐デキストリンを調製した(図9図9■6MTによる分岐デキストリンの生成).本デキストリンは25 w/v%で5°C,30日保存しても透明性を維持していた(49)49) 株式会社林原:特許第5923633 (2015).

図9■6MTによる分岐デキストリンの生成

模式図は図2図2■本解説で頻出する糖質の模式図と同様に表している.

2. CMM分解酵素のX線結晶構造解析

これまでにわれわれは,A. globiformis M6の無細胞抽出液中からCMMを分解するCMM hydrolase(CMMase, EC 3.2.1.-)を単離し,その酵素学的性質を明らかにしている(50)50) T. Mori, T. Nishimoto, T. Okura, H. Chaen & S. Fukuda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 1673 (2008)..CMMaseはα-1,6-マルトシルマルトース(MM)を経由した2段階のα-1,6結合の加水分解により,CMMを2分子のG2まで分解する.アミノ酸配列から6MTと共にGH13に分類された.さらに,A. globiformis M6におけるCMM関連遺伝子のクローニングにより,菌体内へのCMM取り込みに関与する推定ABCトランスポーターの存在が示され,CMMを経由した新規な澱粉資化経路の存在が見いだされている(51)51) T. Mori, T. Nishimoto, T. Okura, H. Chaen & S. Fukuda: J. Appl. Glycosci., 58, 39 (2011).

CMMaseはGH13のサブファミリー20(GH13_20)に属しており,同じサブファミリーにはThermoactinomyces vulgaris R-47 α-amylase(TVAII, EC 3.2.1.135),Geobacillus stearothermophilus neopllulanase(GsNPL, EC 3.2.1.135)などの基質特異性が幅広いものや糖転移活性を示すような酵素が多く存在している.しかし,CMMaseはCMMやその分解産物であるMMに非常に特異的であり,加水分解しか行わない.そのため,この酵素がどのようにCMMを認識し,加水分解を行っているのかを調べることは非常に興味深い.そこでわれわれは,CMMaseのX線結晶構造解析を行い,その基質認識性を含めた分子メカニズムの解明に取り組んだ(52)52) M. Kohno, T. Arakawa, H. Ota, T. Mori, T. Nishimoto & S. Fushinobu: J. Biol. Chem., 293, 16874 (2018).

2.1 CMMaseの全体構造

まず,われわれはCMMaseの基質フリー状態およびG2,パノース,CMMそれぞれとの複合体の結晶構造を決定した.モノマー構造はGH13およびα-amylase関連酵素において一般的なコア構造であるA, BおよびCの3つのドメインから構成され,GH13_20酵素と高い類似性を示していた(図10B図10■CMMase結晶構造).

結晶構造中においてCMMaseはドメインC間にてβ-シートを形成し,非常にユニークな羽型のダイマー構造を取っていた(図10A図10■CMMase結晶構造).分子量解析より,CMMaseは溶液中においてもこのようなダイマー構造を取っていると推測された.われわれの知りうる限りでは,このようなドメインCを介した羽型のダイマー構造は,GH13酵素全体においても非常にユニークであり,これまでに報告されていない.しかし,ダイマー構造において各々の活性部位は離れているため,ダイマー化は活性に影響を与えないと考えられる.

図10■CMMase結晶構造

(A)結晶におけるダイマー構造.(B)CMMase-CMM複合体構造におけるモノマー構造.CMM分子およびカルシウムイオンはそれぞれスティックおよび球で表している.

2.2 CMMase-基質および生成物複合体構造における活性部位

基質であるCMMに加えて,最終分解産物であるG2,分解中間産物であるMMに部分類似したパノースとCMMaseとの複合体構造より(図11図11■CMMase結晶構造の活性部位に対するリガンド結合様式模式図),−3′,−2, −1および+1′と名付けた4つの特異的なサブサイトが同定された.サブサイト−1および−2はほかのGH13_20酵素においてもよく保存されているものであった.一方,サブサイト+1′および−3′はほかのGH13_20酵素とは異なるCMMase特異的な位置に存在していたことから,両者ともプライムで表している.

図11■CMMase結晶構造の活性部位に対するリガンド結合様式模式図

◯および斜線◯はグルコースおよび還元末端グルコースを表している.切断部位は三角で示している.矢印はグリコシド結合を表している.CMMの4つのグリコシド結合はb1~b4でそれぞれ区別している.

複合体構造の解析から明らかとなった活性部位の構造的特徴として,CMMaseはα-1,6結合が切断されやすいようにサブサイト+1にGlc部分を結合させるようであった.加えて,サブサイト−2から−1にはG2の強いサブサイトを有している一方,サブサイト−3′および+1′/+1の認識性は弱いことである.この特徴は,サブサイト+1に結合するGlc部分が固定化されている,つまりα-1,6結合の揺らぎが少ない基質ほどCMMaseは分解しやすいという基質選択性とも一致している(50)50) T. Mori, T. Nishimoto, T. Okura, H. Chaen & S. Fukuda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 1673 (2008)..また,実際にCMMおよびMMに対する動力学的パラメータを測定したところ,CMMに対してより選択的であった.

2.3 GH13_20に属するネオプルラナーゼとの活性部位およびリガンド結合様式の比較

CMMaseと同じGH13_20に属しているGsNPLと活性部位の比較を行った.GsNPLはα-1,4およびα-1,6結合のどちらに対しても加水分解および糖転移活性を示し,基質特異性が幅広いユニークな酵素として知られているが(53, 54)53) T. Imanaka & T. Kuriki: J. Bacteriol., 171, 369 (1989).54) H. Takata, T. Kuriki, S. Okada, Y. Takesada, M. Iizuka, N. Minamiura & T. Imanaka: J. Biol. Chem., 267, 18447 (1992).,CMMを分解することはできない.両者の高い配列相同性(33.8%)からも予想されたように,これら酵素の全体構造(モノマー)はよく似ており,図12Bおよび12D図12■CMMaseおよびGsNPLにおける活性部位の比較の中心から左側の活性部位残基はよく保存され,逆に右側には違いが認められた.

図12■CMMaseおよびGsNPLにおける活性部位の比較

(A)および(B);CMMaseの分子表面モデル(A)およびスティックモデル(B).各複合体構造由来マルトース,パノース,CMMをCMMase-CMM複合体構造に重ねた.(C)および(D);GsNPLの分子表面モデル(C)およびスティックモデル(D).各複合体構造由来マルトテトラオース(PDB ID: 1J0J),イソパノース(1J0K),パノース(1J0I)をGsNPL-パノース複合体構造に重ねた.表面モデルは表面疎水性度が高い部分を濃い赤色で示している.

両者の比較から,それぞれの酵素においてこれらクレフトの特徴的な壁(wall)の形成にかかわっている残基は以下のようなグループに分類できた(図12図12■CMMaseおよびGsNPLにおける活性部位の比較): CMMaseではPYF(Pro-203, Tyr-204, Phe-205),CS(Cys-163, Ser-164)およびY(Tyr-168).GsNPLではANE(Ala-330, Asn-331, Glu-332),FA(Phe-289, Ala-290)およびQ(Gln-294).PYF/ANEおよびCS/FA wallの変化によって,CMMaseにおけるクレフトの奥行きがなくなった一方,幅は広がっていた.また,Q/Y wallの変化によって,Tyr-168の側鎖がもたらす立体障害が生まれ,その結果としてCS wallによって形成されるサブサイト−3′が上部に位置していた.以上の結果から,これらのwallにおける変異によって,CMMがぴったりと当てはまるお椀型様の活性クレフトになっていることが明らかとなった.

図13■CMM単結晶(CMM-SC),CMMase結合CMM(CMM-IN)およびエネルギー最小化CMM分子モデル(CMM-EM)の重ね合わせ

スティックの細いものはエネルギー最小化構造として表している.各CMM分子はサブサイト−1に結合しているGlc残基を基準に重ねている.

2.4 部位特異的変異解析による活性重要残基の特定

先の結果より,CMM特異性はPYF, CS, Yの3つのwallによってもたらされていると推測された.そこで,これら残基の活性に対する重要性を明らかにするため,各wallをGsNPLの活性部位に模倣した各変異体を作成し,解析を行った.各wallにおける一点変異では活性に著しい影響は観測されなかったが,PYFおよびY wallの変異を組み合わせたところ(Y168Q/P203A/Y204N/F205E),全変異体間で最も高いKm値および最も低いkcat/Km値を示した.これらの結果は,サブサイト−2および+側において,小さな環状基質に適したCMMaseのお椀型クレフトの形成をYおよびPYF wallが協調して支えていることを示唆している.また,CS wallにおけるCys-163の各変異では大幅に活性が低下していた一方,Valへの変異によって活性が回復していた.このことから,Cys-163の疎水性を伴った小さな側鎖がCMMaseのユニークなサブサイト−3′における基質との相互作用に適していると推測された.

2.5 CMMの構造解析(52)

続いて,CMMのX線単結晶構造解析を行い,CMMase結合CMM分子(CMM-IN)ならびにエネルギー最小化CMM構造(CMM-EM)と比較を行った(図13図13■CMM単結晶(CMM-SC),CMMase結合CMM(CMM-IN)およびエネルギー最小化CMM分子モデル(CMM-EM)の重ね合わせ).CMM-INとCMM-EMはよく似た構造であるのに対し,CMM単結晶構造(CMM-SC)はサブサイト−3′のGlcが図13図13■CMM単結晶(CMM-SC),CMMase結合CMM(CMM-IN)およびエネルギー最小化CMM分子モデル(CMM-EM)の重ね合わせの左側に大きくねじれ,両者と大きく異なっていた.そこで,各CMM構造における各グリコシド結合のねじれ角からそのエネルギー状態を確認した.その結果,CMM-INおよびCMM-SCのα-1,6結合(b1およびb3)は,両者で大きく異なった構造をとっているものの高エネルギー配座ではなかった.一方,α-1,4結合(b2およびb4)において,CMM-INでは低エネルギー配座であり,CMM-SCでは極小点から5 kcal/mol以上も高い高エネルギー配座であった.以上の結果から,CMMは溶液中においてもいくつかの構造を取ることができ,CMMaseには最小エネルギー構造の一つとして結合していることが明らかとなった.

2.6 CMM代謝経路について

CMMaseの構造解析から得られた知見を基にタンパク質BLAST検索を行ったところ,3つのwall形成に重要な残基が基本的に保存されたCMMaseホモログ遺伝子が多くの菌種のゲノムにも存在していることが示された.これらのうちで活性が確認されたものは現在のところないが,推定ホモログはCMMase活性を示し,菌種としてA. globiformis M6様のCMM代謝経路を有していると推測された.CMM代謝経路の分子機構をより詳細に明らかにするためには,CMMの生成および取り込みにかかわる酵素・タンパク質についてのさらなる研究が必要である.

ICG5に関する研究の進展

B. circulans AM7のゲノムDNAからIGTase遺伝子(igtY)をクローニングした際に,その直下流に機能既知もしくは機能未知のタンパク質とホモロジーを有さないタンパク質をコードする遺伝子が存在することを見いだし,igtZと命名した(55)55) H. Watanabe, T. Nishimoto, M. Kubota, H. Chaen & S. Fukuda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 70, 2690 (2006).

IgtZは重合度4以上のマルトオリゴ糖や可溶性澱粉に作用し,グルコースや重合度5までのマルトオリゴ糖を生成することがわかった.IGTaseとIgtZはともに,そのC末端に生澱粉吸着ドメインを有しており,IGTaseとIgtZを同時に生澱粉に作用させることで,IGTase単独で生澱粉に作用させた場合と比較して効率よくICG5を生成することがわかった.IgtZは澱粉のα-1,4結合を加水分解するα-アミラーゼであるが,その新規なアミノ酸配列から,CAZyにおいて新たなGH Familyが創設され,No.119(GH119)に分類された.現在,酵素的諸性質が解明された糖質関連酵素のなかで,GH119に分類されている酵素は,このB. circulans AM7由来IgtZのみである.

また,2012年にスロバキア科学アカデミーのグループは,in silico解析からGH57との関連性を見いだし,触媒ドメイン構造を(β/α)7-バレル,Glu-231およびAsp-373をそれぞれ求核触媒および一般酸/塩基触媒残基との予測を報告した(56)56) S. Janeček & A. Kuchtová: FEBS Lett., 586, 3360 (2012)..GH119酵素の詳細について明らかにするため,in vitroにおける酵素学的解析やX線結晶構造解析などが待たれる.

おわりに

澱粉は地球上に豊富に存在するα-グルカンである.また,澱粉と同じくα-1,4結合と少量のα-1,6結合から構成されるα-グルカンは生物界に広く分布している.多くの生物が澱粉を含めα-グルカンを炭素源として利用している.微生物も同じくα-グルカンを代謝する仕組みを備えている.

単純に加水分解するだけでなく,菌体外で各種環状オリゴ糖を作り,特有の輸送系で菌体内に取り込む代謝系の意義はどこにあるのか? 環状オリゴ糖は非還元性であることから化学的安定であること,酵素的にも安定であることが関係していることは間違いがないが,明確な回答は得られていない.

一方,環状オリゴ糖は魅力的な物質である.CDについては改めて説明するまでもなく,多くの機能や活用方法が報告され,実際に利用されている.ほかの澱粉由来環状オリゴ糖も今後の活用が期待される.特に,CNNの生成率は糖濃度の影響を受けにくいことから,工業的製造に対応しやすい.最小の食物繊維素材であるCNNの開発が待たれる.

さらに,環状オリゴ糖の生成に関与する酵素にも興味はつきない.新しい環状オリゴ糖の発見は,すなわち新しい酵素の発見を意味している.各酵素の活用,触媒機構に関する研究など,産業および学術に与える影響は大きい.

なお,澱粉からの環状オリゴ糖生産株はすべて土壌単離株から見いだされている.ゲノム情報が容易に入手可能な状況であっても,配列情報からのアプローチだけではカバーしきれない.依然として,新規性の高い酵素の探索にはold bioが生かされる領域かもしれない.

今後,新しい環状オリゴ糖は見つかるであろうか? 構成糖をグルコースに限定したとしても,まだまだ可能性はあると考えられる.グルカンの代謝機構の中間体として環状オリゴ糖が存在することから,α-1,6-グルカンであるデキストランやβ-1,4-グルカンであるセルロースからの探索は十分とは言えない.

デキストランから重合度5以下の環状オリゴ糖(シクロデキストラン)の生成は確認されていない.また,環状β-グルカン/オリゴ糖として,重合度17~25の環状β-1,2-グルカン(57)57) L. S. Guidolin, A. E. Ciocchini, N. Iñón de Iannino & R. A. Ugalde: J. Bacteriol., 191, 1230 (2009).や重合度8の環状β-1,3-オリゴ糖(58)58) J. Vasur, R. Kawai, K. H. M. Jonsson, G. Widmalm, Å. Engström, M. Frank, E. Andersson, H. Hansson, Z. Forsberg, K. Igarashi et al.: J. Am. Chem. Soc., 132, 1724 (2010).が見いだされているが,澱粉以上に存在量の多いセルロースからの環状オリゴ,たとえば環状β-1,4-オリゴ糖の報告はなく,存在しないと判断する理由はない.

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31) C. A. Dunlap, G. L. Côté & F. A. Momany: Carbohydr. Res., 338, 2367 (2003).

32) 株式会社カネカ,株式会社林原生物化学研究所:特開2007-99902 (2007).

33) 株式会社カネカ,株式会社林原生物化学研究所:特開2007-99903 (2007).

34) チッソ株式会社,株式会社林原生物化学研究所:特許5084008 (2006).

35) 株式会社カネカ,株式会社林原生物化学研究所:特許5126832 (2006).

36) 株式会社林原生物化学研究所,チッソ株式会社:特許5650882 (2008).

37) C. Yang, W. Liang, M. Nishijima, G. Fukuhara, T. Mori, H. Hiramatsu, Y. Dan-oh, K. Tsujimoto & Y. Inou: Chirality, 24, 921 (2012).

38) G. Fukuhara, T. Nakamura, Y. Kawanami, C. Yang, T. Mori, H. Hiramatsu, Y. Dan-oh, T. Nishimoto, K. Tsujimoto & Y. Inoue: J. Org. Chem., 78, 10996 (2013).

39) X. Wei, W. Liang, W. Wu, C. Yang, F. Trotta, F. Caldera, A. Mele, T. Nishimoto & Y. Inoue: Org. Biomol. Chem., 13, 2905 (2015).

40) F. Caldera, M. Argenziano, F. Trotta, C. Dianzani, L. Gigliotti, M. Tannous, L. Pastero, D. Aquilano, T. Nishimoto, T. Higashiyama et al.: Carbohydr. Polym., 194, 111 (2018).

41) T. Hashimoto, M. Kurose, K. Oku, T. Nishimoto, H. Chaen, S. Fukuda & Y. Tsujisaka: J. Appl. Glycosci., 53, 233 (2006).

42) K. Hino, M. Kurose, T. Sakurai, S. Inoue, K. Oku, H. Chaen, K. Kohno & S. Fukuda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 70, 2481 (2006).

43) 株式会社林原:国際公開特許WO/2018/173653 (2018).

44) 株式会社林原生物化学研究所,株式会社大塚製薬工場:特開2011-256111 (2008).

45) T. Tagami, E. Miyano, J. Sadahiro, M. Okuyama, T. Iwasaki & A. Kimura: J. Biol. Chem., 291, 16438 (2016).

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49) 株式会社林原:特許第5923633 (2015).

50) T. Mori, T. Nishimoto, T. Okura, H. Chaen & S. Fukuda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 1673 (2008).

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52) M. Kohno, T. Arakawa, H. Ota, T. Mori, T. Nishimoto & S. Fushinobu: J. Biol. Chem., 293, 16874 (2018).

53) T. Imanaka & T. Kuriki: J. Bacteriol., 171, 369 (1989).

54) H. Takata, T. Kuriki, S. Okada, Y. Takesada, M. Iizuka, N. Minamiura & T. Imanaka: J. Biol. Chem., 267, 18447 (1992).

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56) S. Janeček & A. Kuchtová: FEBS Lett., 586, 3360 (2012).

57) L. S. Guidolin, A. E. Ciocchini, N. Iñón de Iannino & R. A. Ugalde: J. Bacteriol., 191, 1230 (2009).

58) J. Vasur, R. Kawai, K. H. M. Jonsson, G. Widmalm, Å. Engström, M. Frank, E. Andersson, H. Hansson, Z. Forsberg, K. Igarashi et al.: J. Am. Chem. Soc., 132, 1724 (2010).