Kagaku to Seibutsu 57(11): 712-715 (2019)
農芸化学@High School
酢屋で継代培養されてきた酢酸菌の遺伝子比較
Published: 2019-11-01
本研究は,日本農芸化学会2019年度大会(開催地:東京農業大学)の「ジュニア農芸化学会」で発表されたものである.発表者らは,全国で伝統的な静置発酵によるお酢づくりを続けている23の企業から酢酸菌を含む発酵液サンプルの提供をうけ,その菌叢解析,酢酸菌の単離,同定を行った.また,最も多くのサンプル中に確認された酢酸菌Acetobacter pasteurianusを対象に,系統解析を行った.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
酸味を感じる調味料の代表である酢は,人類最古の調味料とされる(1)1) 酢酸菌研究会(外内尚人代表編):“食物と健康の科学シリーズ 酢の機能と科学”,朝倉書店,2012..造酢技術の一つである伝統的な静置発酵は,江戸時代後期に確立されて現在まで続いている.静置発酵では,酢酸発酵が終了した発酵液の一部を種酢として残し,そこに新しいお酒などのアルコールを投入して,発酵が終了するまで静置する.このようにして,各企業は自社の酢酸菌を絶やさぬよう大切に培養し続けてきた.これまでの私たちのアンケート調査の結果から,地震や戦災,猛暑などによって酢酸菌を全滅させた経験をもつ企業があることがわかっている(未発表).こうした際や,そもそもの創業時には,近隣の同業他社,あるいは県を超えて,種酢を譲り受けた記録をもつ企業もあった.しかしほとんどの企業では,創業時の記録や,災害復興時の種酢の授受の記録は残っていなかった.
そこで私たちは,酢酸菌のDNA塩基配列を解読し,その系統解析を行うことにした.これによって,各企業の酢酸菌がどの企業から受け渡されたのかを明らかにできないかと考えたからである.創業時に必ず種酢の授受が行われ,かつ,系統解析でそれを証明できるとすれば,江戸時代から続く静置発酵による酢づくりの文化がどの様に全国に伝播していったのかまで解明できるかもしれない.
伝統的な静置発酵でお酢を作り続けている全国の45企業に対し,種酢の提供を依頼した.協力していただける場合は企業を訪問し,50 mLの種酢をサンプリングし,発泡スチロール箱に保冷剤とともに入れて学校にもって帰るか,郵送した.もち帰ったサンプルは,近隣の企業の発酵液を真似た再現液体培地(2)2) 實好琴葉,小山絵凪:化学と生物,56, 59(2018).(市販の醸造酢10%+市販の日本酒30%+水60%)に対してサンプルが10%容量となるようになるように植え継ぎ,30°Cの恒温器の中で微生物の培養を行った.その後,各サンプルを植え継いだ各再現培地内の菌叢を調べるため,16S rDNA PCR-DGGE解析(3)3) L. De Vero & P. Giudici: Int. J. Food Microbiol., 125, 96 (2008).(変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法.60°C,電圧80V, 15時間)を行った.
培養液から菌体を単離するため,1.の再現液体培地で培養後の培地を,再現平板培地(再現液体培地に寒天1.5%と乾燥酵母エキス0.3%を加えて滅菌後,シャーレで固化したもの)に白金耳でストリークし,数日間培養した.こうして得られたシングルコロニー(以下AiTV株)のうち,遺伝的に同じ株を排除するためrep-PCR DNAフィンガープリンティング法(4)4) A. E. Yetiman & Z. Kesmen: Int. J. Food Microbiol., 204, 9 (2015).による比較解析を行い,得られたバンドパターンが同一の株を排除した.このようにして得られたAiTV株だけを対象に,16S rDNA領域をPCR法で増幅し,その産物を精製後,DNAシーケンス解析サービスに依頼して塩基配列を決定した.その結果をBLAST(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)で検索し,種を同定した.
2.で単離・同定できた菌のうち,最も多くの企業に存在していた酢酸菌1種を選んだ.その種の全塩基配列を解析する予算はないため,特定の遺伝子領域だけを比較することにした.一般に酢酸菌は易変異性が報告されており,実験室での10回程度の植え継ぎによって高温への適応能力が現れることが報告されている(5, 6)5) Y. Azuma, A. Hosoyama, M. Matsutani, N. Furuya, H. Horikawa, T. Harada, H. Hirakawa, S. Kuhara, K. Matsushita, N. Fujita et al.: Nucleic Acids Res., 37, 5768 (2009).6) M. Matsutani, M. Nishikura, N. Saichana, T. Hatano, U. Masud-Tippayasak, G. Theergool, T. Yakushi & K. Matsushita: J. Biotechnol., 65, 109 (2013)..そのため,解析対象とする遺伝子領域は,適度に共通性を保った領域でなければならない.私たちは,以下の理由からアルコール脱水素酵素(ADH)解析をすることにした.酢酸菌のADHの一部を用いた系統解析結果において,16S rDNA配列に基づいた系統分析と高い類似性が見られるという報告がある(7)7) J. Trcek: Syst. Appl. Microbiol., 28, 735 (2005)..ADHはエタノールから酢酸を生成する中心的な役割をもち,酢酸菌が自身の生命活動のエネルギーを得るためにも重要な酵素である.また,食酢製造の工程で最も機能するこの酵素の遺伝領域が大きく損なわれると,企業はその変異株を仕込み桶ごと排除する.したがって,ADHは保存性が高いと考えられる.
得られた塩基配列の情報は,近隣結合法(Neighbor–Joining法)で解析し系統樹を描いた.なお解析サンプルについては,企業の譲渡(提供)サンプルから単離した株だけではなく,ゲノム情報が公開されている3株(SKU1108, NBRC3283, NBRC3191)も含めて行った.
福島県,千葉県,中部地方,石川県,福井県,三重県,和歌山県,兵庫県,岡山県,広島県,山口県,香川県,愛媛県,徳島県,高知県,福岡県,佐賀県,長野県にある合計23の企業からサンプルを提供していただけた.16S rDNA PCR-DGGE解析の結果,発酵液中にはさまざまな菌がみられたが(図1図1■酢屋の発酵液の16S rDNA PCR-DGGE解析結果),Acetobacter属やKomagataeibacter属といった酢酸菌のほか,乳酸菌も多く存在していた.ほとんどのサンプルで,複数の酢酸菌が確認された.また各サンプル間で菌叢は異なっていたが,似ているバンドのパターンも複数あった.しかしこの結果から,地域における菌叢の特徴や,種酢の授受の歴史を判断することなどはできなかった.
提供されたすべての発酵液から単離した81株のうち,同定を試みた結果,74株の酢酸菌を同定することができた.16S rDNA配列から酢酸菌と同定されたもののうち,Acetobacter属が44株と最も多く,そのうちの35株はAcetobacter pasteurianusであった.またGluconacetobacter属が15株,Komagataeibacter属が12株,Tanticharoenia属が2株,Gluconobacter属が1株であった.これらのことから,酢屋の発酵液中ではA.pasteurianusとGluconacetobacterが優占していると考えられた.
最も多く得られたA. pasteurianusを対象に,ADH全塩基配列(adhA)を解析し,系統解析を行った結果が図2図2■ADH遺伝子領域の分子系統樹である.解析結果の中でも注目したのは,アンケート調査によって,8年前に福岡県の企業から長崎県の企業へ種酢が渡されたことがわかっているサンプル同士の関係であった.これらは遺伝的に同一,もしくは極めて近い株としてグループ分けされると考えていたが,予想に反して系統は近くなかった(図2図2■ADH遺伝子領域の分子系統樹).また,距離的に近い企業は系統も近くなるのではないか,そして同じ企業から単離されたA. pasteurianusであれば,遺伝的に同一か,極めて近い株として分けられると予想していたが,どちらも予想とは異なっていた(図2図2■ADH遺伝子領域の分子系統樹,福井県,福岡県の例など).今回の解析結果では原料によって系統が分かれる傾向があり(図2図2■ADH遺伝子領域の分子系統樹),米酢や純米酢といった商品名で販売されている日本酒(醸造用アルコール使用を含む)を原料に含む,アルコール濃度が高い中で生育している系統と,ブドウ酢やビールなどのアルコールに加えて比較的糖分の多い原料の中で生育している系統という2つのグループに大別されると考えられた.この解釈が本当に正しいのか,なぜADHが原料の影響を強く受けるのかについては,今後さらなる研究が必要であるが,少なくとも同じ種酢を由来とする企業をグループ分けしたり,お酢づくりのルーツを探ったりする研究対象としては,ADHは適していないと考えられた.現在は野外の酢酸菌を集め,そのADHを調べること,また,ADH以外の領域を対象として比較することを目的に,研究を進めている.
伝統的な静置発酵によってお酢を生産する企業の種酢の菌叢は企業ごとに異なっており,多くの企業ではA. pasteurianusが,次いでGluconacetobacter属の酢酸菌が優占していることがわかった.また,酢酸菌のADH遺伝子の突然変異は,原料の影響を受けているかもしれないことが示唆された.過去の種酢の受け渡し記録の分子生物学的証明や,同手法による日本のお酢づくり手法の伝播経路の解明などは不可能と考えられた.
何となく酢酸菌を題材として始まった先輩の研究と,1軒のお酢屋さん(2)2) 實好琴葉,小山絵凪:化学と生物,56, 59(2018).との出会いがきっかけで,研究仲間と解明したい研究テーマが増えました.日本全国のお酢屋さんに連絡をとり,気がつけば,貴重で多様な酢酸菌を保有するに至ると同時に,江戸時代から続く醸造文化を守りたいという活動にまで発展しています.酢酸菌を対象として研究するために大学に進学した先輩たち,地域のお酢屋さんをテーマとした地域振興を目的に大学進学した先輩とともに,今後も研究を進めていく予定です.
Acknowledgments
本研究に協力していただいた日本全国23の酢蔵の皆様,終始ご指導ご助言をいただきました愛媛大学大学院農学研究科生命機能学専攻応用生命化学コース発酵化学教育分野の阿野嘉孝先生をはじめとする研究室の方々に,この場を借りて深く御礼申し上げます.この研究は,2018年度武田科学振興財団研究助成を受けて行われました.
Reference
1) 酢酸菌研究会(外内尚人代表編):“食物と健康の科学シリーズ 酢の機能と科学”,朝倉書店,2012.
2) 實好琴葉,小山絵凪:化学と生物,56, 59(2018).
3) L. De Vero & P. Giudici: Int. J. Food Microbiol., 125, 96 (2008).
4) A. E. Yetiman & Z. Kesmen: Int. J. Food Microbiol., 204, 9 (2015).