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フコースのアナログを用いた糖鎖のケミカルバイオロジーフコースのケミカルバイオロジー

Yasuhiko Kizuka

木塚 康彦

岐阜大学生命の鎖統合研究センター(G-CHAIN)

Published: 2019-12-01

糖鎖を研究するうえで困難な点を挙げるとすれば,特定の糖鎖を検出したり,機能阻害をするのが難しいことであろう.糖鎖の検出に関しては,レクチン(糖結合タンパク質)や抗体を用いる方法が一般的であるが,特異性の低いこれらのプローブはしばしば非特異的なシグナルを生む.一方,糖のアナログを用いた糖鎖の検出法は,アジド基とアルキンをもった化合物同士が水中で簡単に共有結合を形成するクリック反応を利用した方法である.本稿では,フコースと呼ばれる糖のアナログに焦点を当て,それらの化合物によるフコース含有糖鎖(フコシル化糖鎖)の検出や生合成阻害を行うケミカルバイオロジー的手法について紹介する(図1A図1■(A)フコースアナログを用いたケミカルバイオロジーのアプローチ(B)フコシル化糖鎖の種類(C)本稿で紹介するフコースアナログの構造).

フコース(図1図1■(A)フコースアナログを用いたケミカルバイオロジーのアプローチ(B)フコシル化糖鎖の種類(C)本稿で紹介するフコースアナログの構造中の赤三角)は,糖鎖の根元や非還元末端に存在する糖で,さまざまな機能をもっている.コアフコースは肺や神経,ルイス型は免疫やがん,O-フコースは発生分野において特にその機能の重要性が明らかにされている(1)1) M. Schneider, E. Al-Shareffi & R. S. Haltiwanger: Glycobiology, 27, 601 (2017).図1B図1■(A)フコースアナログを用いたケミカルバイオロジーのアプローチ(B)フコシル化糖鎖の種類(C)本稿で紹介するフコースアナログの構造).これらのことから,フコシル化糖鎖の検出や機能阻害はさまざまな生物学研究あるいは医療応用において重要であると考えられる.一方で,フコシル化糖鎖の検出は,現在ほとんどレクチンと抗体に依存しており,その特異性の低さから新たなプローブの開発が望まれている.

図1■(A)フコースアナログを用いたケミカルバイオロジーのアプローチ(B)フコシル化糖鎖の種類(C)本稿で紹介するフコースアナログの構造

本図は一部Kizukaの論文(Trends Glycosci. Glycotech., 2019, 31, E1–E32)より改変.

フコシル化糖鎖の検出に用いられるアルキン型フコースとして,6-アルキニルフコース(図1C図1■(A)フコースアナログを用いたケミカルバイオロジーのアプローチ(B)フコシル化糖鎖の種類(C)本稿で紹介するフコースアナログの構造)がすでに試薬として販売されており,そのほかにも6-アジドフコースなどがその用途に利用できるとの報告がある(2)2) D. Rabuka, S. C. Hubbard, S. T. Laughlin, S. P. Argade & C. R. Bertozzi: J. Am. Chem. Soc., 128, 12078 (2006)..しかし,前者は検出感度が低いことや,後者は強い細胞毒性があることなどから,生きた細胞での糖鎖検出にはさらなる改善が必要と考えられる.これらの問題をクリアするため,さまざまな長さの置換基を有するフコースアナログが合成され,そのなかで7-アルキニルフコース(図1C図1■(A)フコースアナログを用いたケミカルバイオロジーのアプローチ(B)フコシル化糖鎖の種類(C)本稿で紹介するフコースアナログの構造)が最も高い感度で細胞中のフコシル化糖鎖を検出することがわかった(3)3) Y. Kizuka, S. Funayama, H. Shogomori, M. Nakano, K. Nakajima, R. Oka, S. Kitazume, Y. Yamaguchi, M. Sano, H. Korekane et al.: Cell Chem. Biol., 23, 782 (2016)..さまざまなフコース転移酵素を用いたin vitroの酵素アッセイでは,調べたすべての酵素において,7-アルキニルフコースは6-アルキニルフコースよりもはるかに良好な基質として酵素に利用された.また,6-アジドフコースのような毒性も示さないことがわかった.これらのことから,7-アルキニルフコースは,高感度かつ低毒性のフコシル化糖鎖プローブとなることがわかった.

一方,これらの糖のアナログは天然の糖との構造類似性から,糖鎖の生合成や機能のいずれかのステップを阻害することで,阻害剤として働くことがある.実際にフコースの2位にフッ素をもつ2-フルオロフコースは生細胞のフコシル化を低下させる阻害剤としての報告がある(4)4) C. D. Rillahan, A. Antonopoulos, C. T. Lefort, R. Sonon, P. Azadi, K. Ley, A. Dell, S. M. Haslam & J. C. Paulson: Nat. Chem. Biol., 8, 661 (2012)..6-アルキニルフコースは当初プローブとして開発,販売されたが,その詳細な作用を見てみると,細胞中のフコシル化糖鎖の生合成を2-フルオロフコースよりもはるかに低濃度で阻害することがわかった.またそのメカニズムとして,フコシル化糖鎖の原料となる細胞中のGDP-フコースが,6-アルキニルフコースの添加によってほぼ枯渇することがわかった.さらに6-アルキニルフコースは,in vitroの酵素アッセイによって,GDP-フコース合成酵素の最後のステップを担うFX(別名TSTA3)の活性を選択的に阻害していることがわかった(5)5) Y. Kizuka, M. Nakano, Y. Yamaguchi, K. Nakajima, R. Oka, K. Sato, C. T. Ren, T. L. Hsu, C. H. Wong & N. Taniguchi: Cell Chem. Biol., 24, 1467 (2017)..またこの阻害作用は,構造が類似している7-アルキニルフコースや6-アジドフコースでは全く見られなかった.さらに,フコシル化糖鎖の異常亢進が認められる肝がん細胞株に6-アルキニルフコースを添加して糖鎖合成を阻害したところ,がん細胞の増殖能は変わらなかったが,浸潤能が抑えられることがわかった.以上の結果から,6-アルキニルフコースは,プローブとしての用途もあるが,強力かつ選択的なフコシル化糖鎖の合成阻害剤として働くことが明らかになった.

このように,糖のアナログは構造が類似していても作用が大きく異なっており,プローブや阻害剤としての幅広い用途が期待される.ここに紹介した以外にも,フコースのアナログを用いた機能解析は,アルケンタイプなどのほかのアナログを用いた研究も進んでいる(6)6) M. Schneider, V. Kumar, L. U. Nordstrom, L. Feng, H. Takeuchi, H. Hao, V. C. Luca, K. C. Garcia, P. Stanley, P. Wu et al.: Nat. Chem. Biol., 14, 65 (2018)..今後,化学と生物の力を融合したケミカルバイオロジー研究により,さまざまな糖アナログが開発され,糖鎖の発現や機能の研究またそれを利用した応用研究が進むことが期待される.

Reference

1) M. Schneider, E. Al-Shareffi & R. S. Haltiwanger: Glycobiology, 27, 601 (2017).

2) D. Rabuka, S. C. Hubbard, S. T. Laughlin, S. P. Argade & C. R. Bertozzi: J. Am. Chem. Soc., 128, 12078 (2006).

3) Y. Kizuka, S. Funayama, H. Shogomori, M. Nakano, K. Nakajima, R. Oka, S. Kitazume, Y. Yamaguchi, M. Sano, H. Korekane et al.: Cell Chem. Biol., 23, 782 (2016).

4) C. D. Rillahan, A. Antonopoulos, C. T. Lefort, R. Sonon, P. Azadi, K. Ley, A. Dell, S. M. Haslam & J. C. Paulson: Nat. Chem. Biol., 8, 661 (2012).

5) Y. Kizuka, M. Nakano, Y. Yamaguchi, K. Nakajima, R. Oka, K. Sato, C. T. Ren, T. L. Hsu, C. H. Wong & N. Taniguchi: Cell Chem. Biol., 24, 1467 (2017).

6) M. Schneider, V. Kumar, L. U. Nordstrom, L. Feng, H. Takeuchi, H. Hao, V. C. Luca, K. C. Garcia, P. Stanley, P. Wu et al.: Nat. Chem. Biol., 14, 65 (2018).