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多成分分析技術による清酒の酒質特性の解析清酒の香味・品質を決めるキー成分の探索

Yoshihiro Tamada

玉田 佳大

白鶴酒造株式会社

Published: 2019-12-01

清酒は,米を原料にして麹菌による糖化と酵母によるアルコール発酵を同時に行う並行複発酵により醸造する日本古来の醸造酒である.並行複発酵の過程で微生物により生成される多種多様な成分や,原料である米や水由来の成分のプロファイルによって,香味や品質といった酒質特性が決定付けられる.

清酒の成分は,1999年までに約300種類が同定されたが,微量成分や無機成分などを含めると実際にはこの数倍の成分があると予想され,全体像はいまだ把握できていない.また,酒質特性には単一成分ではなく多種多様な成分が複合的に関与していると考えられ,これを決定付ける成分を探索するためには多成分のプロファイルから捉えることが有効であると考えられる.

従来,清酒は限られた成分のみを分析することが多く,清酒成分と酒質特性の関連性に関する知見は上記成分に限られていた.しかしながら,生体内の代謝物を網羅的に解析するメタボロミクス技術をはじめとした分析・解析技術の進展に伴って,清酒に含まれる多成分のプロファイルを一斉に取得し,そのプロファイルを用いて酒質特性を解析した研究例が近年複数報告されているので,以下に紹介する.なお,解析のワークフローの一例を図1図1■清酒成分と酒質特性の関連性の解析のワークフローに示した.

図1■清酒成分と酒質特性の関連性の解析のワークフロー

Sugimotoらは,キャピラリー電気泳動質量分析(CE/MS)により49種類の市販清酒中成分を網羅的に分析した(1)1) M. Sugimoto, T. Koseki, A. Hirayama, S. Abe, T. Sano, M. Tomita & T. Soga: J. Agric. Food Chem., 58, 374 (2010)..また重回帰分析による,得られた成分プロファイルと香味(雑味,甘味,苦味,酸味)の関連性の解析結果から,雑味と相関があるアミノ酸などを抽出し,メタボロミクス技術が清酒の酒質特性の解析に有用である可能性を初めて示した.

清酒はその香味に関する品質評価用語が体系化されており,たとえば「吟醸香」,「酸味」などがある.評価用語のうち,その標準見本となる寄与成分が明らかにされているものは約半数であり,さらにほかの成分が複合的に寄与している可能性も考えられる.Mimuraらは,メタボロミクス技術を用いて,清酒の品質評価用語体系から選定した11の香味特性と成分プロファイルの関連性を解析した(2)2) N. Mimura, A. Isogai, K. Iwashita, T. Bamba & E. Fukusaki: J. Biosci. Bioeng., 118, 406 (2014)..ガスクロマトグラフィー質量分析(GC/MS)により40種類の市販清酒に含まれる不揮発性成分と揮発性成分を網羅的に分析し,それらの成分プロファイルを説明変数,各香味特性を目的変数としたOPLS回帰分析を行った.その結果,成分プロファイルから清酒の香味特性を高い精度でモデル化できることを明らかにした.さらに「濃淡」や「あと味」など,これまで寄与成分が明確でなかった香味特性と相関の高い成分を見いだしたことは,特筆すべき結果といえる.

Takahashiらは,全国新酒鑑評会に出品された吟醸酒に含まれる揮発性成分を二次元ガスクロマトグラフ飛行時間型質量分析計(GC×GC-TOFMS)により網羅的に分析して得られた成分プロファイルと,オフフレーバーや品質との相関を調べた(3, 4)3) K. Takahashi, F. Tsuchiya & A. Isogai: J. Agric. Food Chem., 62, 8478 (2014).4) K. Takahashi, F. Kabashima & F. Tsuchiya: J. Biosci. Bioeng., 121, 274 (2016)..その結果,脂肪酸臭には中鎖脂肪酸関連化合物やアルカンが寄与する可能性があることなど,清酒成分と酒質特性の関連性に関する新たな知見を得た.こうした情報は,吟醸酒の品質向上に有用な知見になると期待される.

特定の地域や蔵に特長的な清酒の香味についても,関与する成分の解析が進められている.「押し味」とは,後味に「ごく味」があるしっかりとした味わいのことであり,日本最大の酒処である灘の清酒の特長の一つである.筆者らは,基本的な醸造方法はほぼ同一であるが,「押し味」の強度が異なる清酒9点について,GC/MSによる不揮発性成分と揮発性成分の網羅的な分析を行った(5)5) 玉田佳大,樺島文恵,櫻井昌文,徳井美里,山下伸雄,窪寺隆文,明石貴裕:生物工学会誌,96, 234 (2018)..得られた成分プロファイルを説明変数,「押し味」の強度を目的変数としたPLS回帰分析を行った結果,成分プロファイルから「押し味」の強度を高い精度でモデル化することに成功した.また,ある種の揮発性成分や糖が「押し味」の強度に寄与する可能性を示した.

筆者らは,無機元素と酒質特性の関連性についても解析を行った(6)6) Y. Tamada, M. Tokui, N. Yamashita, T. Kubodera & T. Akashi: J. Biosci. Bioeng., 127, 710 (2019)..ジメチルトリスルフィド(DMTS)は清酒の貯蔵中に生成する劣化臭である老香(ひねか)と呼ばれるオフフレーバーの主成分である.一般的に清酒の原酒は,「割水」と呼ばれる加水工程を経てアルコール度数を調整するが,本研究では由来の異なる12種類の割水用水を用いて同じ原酒を割水した後,それぞれのDMTS生成ポテンシャル(70°C,7日の強制劣化後のDMTS濃度)を測定した.その結果,割水用水の違いがDMTS生成ポテンシャルに影響することを明らかにした.また,誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)を用いて各割水用水に含まれる73種類の無機元素を網羅的に分析し,得られた無機元素プロファイルを説明変数,割水後の清酒のDMTS生成ポテンシャルを目的変数としたPLS回帰分析を行った.その結果,無機元素プロファイルからDMTS生成ポテンシャルを高い精度でモデル化することに成功した.さらに,予測モデルに寄与した元素の添加試験を行うことで,上記元素のいくつかがDMTS生成ポテンシャルに影響することを明らかにした.このような無機元素の網羅的な分析をほかの酒質特性の解析にも応用することで,これまでほとんど着目されなかった無機元素と清酒の酒質特性の関連性に関する新たな知見が得られる可能性がある.

以上のように,多成分分析技術により,清酒成分と酒質特性の関連性に関するさまざまな知見が得られている.しかしながら清酒成分と酒質特性の関連性についてはいまだ不明な点が多く,さらなる分析技術の開発や研究が望まれる.本稿では,清酒成分と酒質特性の関連性の解析に関する研究例を紹介したが,最近は原料米品種,精米歩合,麹菌菌株,酵母菌株などの製造条件と清酒成分の関連性の解析も盛んに行われている.今後このような情報の蓄積により,清酒の酒質特性の合理的な制御が可能となって,香味の特長を引き出した清酒の開発や,清酒の品質向上につながることを期待する.

Reference

1) M. Sugimoto, T. Koseki, A. Hirayama, S. Abe, T. Sano, M. Tomita & T. Soga: J. Agric. Food Chem., 58, 374 (2010).

2) N. Mimura, A. Isogai, K. Iwashita, T. Bamba & E. Fukusaki: J. Biosci. Bioeng., 118, 406 (2014).

3) K. Takahashi, F. Tsuchiya & A. Isogai: J. Agric. Food Chem., 62, 8478 (2014).

4) K. Takahashi, F. Kabashima & F. Tsuchiya: J. Biosci. Bioeng., 121, 274 (2016).

5) 玉田佳大,樺島文恵,櫻井昌文,徳井美里,山下伸雄,窪寺隆文,明石貴裕:生物工学会誌,96, 234 (2018).

6) Y. Tamada, M. Tokui, N. Yamashita, T. Kubodera & T. Akashi: J. Biosci. Bioeng., 127, 710 (2019).