解説

植物における鉄の認識と鉄関連遺伝子の発現制御~鉄欠乏耐性・高ミネラル栄養イネの作出へ向けて~植物は鉄不足をどう感じ取って応答するか

Iron Recognition and Expressional Regulation of Iron-Related Genes in Plants~toward Production of Iron Deficiency-Tolerant and High Mineral Nutrition Rice~: How Plants Sense and Respond to Iron Deficiency

Takanori Kobayashi

小林 高範

石川県立大学生物資源工学研究所

Published: 2019-12-01

鉄は必須元素の一つであるが,過剰の鉄は毒性を示すため,鉄の吸収・輸送にかかわる遺伝子の発現は細胞内の鉄濃度に応じて厳密に制御されている.本稿では,まずバクテリア,動物,真菌における鉄の吸収と認識について概説したのち,これらの生物とは異なり正体が明らかにされていない植物の鉄センサー分子の候補に関する知見を紹介する.次に,イネにおける鉄欠乏応答の遺伝子発現制御ネットワークについて概説する.これらの知見を応用することにより,鉄を吸収しにくい石灰質土壌においても良好に生育するイネ,種子に鉄や亜鉛を多く含むイネが多数開発されているので,本稿の締めくくりとしてこれらの応用例を整理して概説する.

生物による鉄の吸収と認識

鉄はほとんどの生物にとって必須の元素であり,ヘムや鉄硫黄クラスターを形成して補欠分子族として,あるいは二価鉄イオン(Fe2+)の形態で補因子としてタンパク質と結合して機能している.鉄の必須な機能としては呼吸や光合成における電子伝達系,酸化還元やDNA合成など種々の酵素反応,動物における酸素運搬などが挙げられる(1~3)1)中西啓仁:“植物栄養学 第2版,文永堂出版”,2010, pp. 133–143.2)日本鉄バイオサイエンス学会治療指針作成委員会編:“鉄剤の適正使用による貧血治療指針 改訂第3版”, 響文社, 2015.3) J. F. Briat, C. Dubos & F. Gaymard: Trends Plant Sci., 20, 33 (2015)..鉄不足は動物においては貧血に加えて認知機能や免疫力の低下などの深刻な影響を及ぼし,植物ではクロロフィルの合成不全による生育不良の原因となる(1~4)1)中西啓仁:“植物栄養学 第2版,文永堂出版”,2010, pp. 133–143.2)日本鉄バイオサイエンス学会治療指針作成委員会編:“鉄剤の適正使用による貧血治療指針 改訂第3版”, 響文社, 2015.3) J. F. Briat, C. Dubos & F. Gaymard: Trends Plant Sci., 20, 33 (2015).4) J. M. Connorton & J. Balk: Plant Cell Physiol., 60, 1447 (2019)..鉄は地球上に普遍的に存在する元素であるが,ほとんどが酸化されて難溶態の三価鉄となっており,容易には吸収できない.そこで生物は,大別して2種類の方法で鉄を積極的に吸収する(1~3, 5, 6)1)中西啓仁:“植物栄養学 第2版,文永堂出版”,2010, pp. 133–143.2)日本鉄バイオサイエンス学会治療指針作成委員会編:“鉄剤の適正使用による貧血治療指針 改訂第3版”, 響文社, 2015.3) J. F. Briat, C. Dubos & F. Gaymard: Trends Plant Sci., 20, 33 (2015).5) T. Kobayashi, T. Nozoye & N. K. Nishizawa: Free Radic. Biol. Med., 133, 11 (2019).6)増田太郎,川端 浩:化学と生物,55, 514 (2017)..第1の方法は,還元酵素の発現または還元物質の分泌により三価鉄をより溶けやすい二価鉄に還元し,Fe2+の形態で吸収する方法であり,酵母,動物の腸管,イネ科以外の高等植物などで広く用いられている.第2の方法は,キレート物質の合成と分泌により三価鉄を還元せずにキレート化,溶解して複合体の状態で吸収するものであり,代表的なキレート物質としてバクテリアが合成するシデロフォア類と,イネ科植物が合成するムギネ酸類(ファイトシデロフォア)が挙げられる.このほかに,鉄を含むヘムなどの有機化合物を吸収する現象の存在が知られている.動物の体内においてはトランスフェリンと呼ばれる三価鉄結合タンパク質を介した鉄の輸送と細胞内吸収が行われている(2, 6)2)日本鉄バイオサイエンス学会治療指針作成委員会編:“鉄剤の適正使用による貧血治療指針 改訂第3版”, 響文社, 2015.6)増田太郎,川端 浩:化学と生物,55, 514 (2017).

鉄は過剰に存在するとフリーラジカルを生成し,細胞毒性を示すため,細胞内の鉄濃度は厳密に制御されている(2, 5)2)日本鉄バイオサイエンス学会治療指針作成委員会編:“鉄剤の適正使用による貧血治療指針 改訂第3版”, 響文社, 2015.5) T. Kobayashi, T. Nozoye & N. K. Nishizawa: Free Radic. Biol. Med., 133, 11 (2019)..すなわち,細胞内の鉄濃度が減少したときにのみ,上述したような鉄の取り込みにかかわる遺伝子の発現が誘導される.このような鉄欠乏応答の最上位には,細胞内の鉄濃度を感知する鉄センサーが存在している(7)7) T. Kobayashi & N. K. Nishizawa: Plant Sci., 224, 36 (2014).表1表1■生物界における代表的な細胞内鉄センサー分子と植物の鉄センサー候補分子).

表1■生物界における代表的な細胞内鉄センサー分子と植物の鉄センサー候補分子
生物種名称種別リガンド
バクテリアFur転写抑制因子Fe2+
Irr転写因子ヘム
哺乳動物IRP1転写後制御因子/酵素Fe-Sクラスター
FBXL5ユビキチンリガーゼFe2+ *1
Bach1/2転写抑制因子ヘム
HIF-PHD酵素Fe2+
真菌Aft1/2転写促進因子Fe-Sクラスター+Grx3/4+Bol1/2
Fep1/SreA転写抑制因子Fe-Sクラスター+Grx4?
Php4/HapX転写抑制因子Fe-Sクラスター+Grx4?
植物(候補分子)HRZ/BTSユビキチンリガーゼFe2+, Zn2+ *1
IDEF1転写促進因子Fe2+, M2+ *2
IMA/FEPペプチドFe2+, M2+ *2
*1結合する金属の形態,価数は解明されていないが,同種のドメインの生化学解析から二価金属イオンと推定される.*2 Mは鉄以外の金属(Zn, Cuなど)を示す.

生物界の鉄センサー分子のうち,特に古くから知られているものが,バクテリアのFerric Uptake Regulation(Fur)(8, 9)8) A. Bagg & J. B. Neilands: Biochemistry, 26, 5471 (1987).9) J. W. Lee & J. D. Helmann: Biometals, 20, 485 (2007).と哺乳動物のIron Regulatory Protein (IRP)(10, 11)10) M. W. Hentze, S. W. Caughman, T. A. Rouault, J. G. Barriocanal, A. Dancis, J. B. Harford & R. D. Klausner: Science, 238, 1570 (1987).11) C. P. Anderson, M. Shen, R. S. Eisenstein & E. A. Leibold: Biochim. Biophys. Acta, 1823, 1468 (2012).である.Furは大腸菌(Escherichia coli)や枯草菌(Bacillus subtilis)などのバクテリアで詳細に解析されている転写抑制因子であり,鉄十分条件ではFe2+およびプロモーター上のシス配列(Fur box)に結合し,鉄の吸収に関与する遺伝子群の発現を抑制する.Fe2+と結合していないFurはシス配列との結合能が低下するため,鉄欠乏条件ではFurによる抑制が解除されて鉄の取り込みが促進される.Furには種々のホモログが存在し,ヘムと結合する亜種の鉄センサーであるIrrのほか,亜鉛やマンガンなどほかの金属と結合して各金属に特異的な欠乏応答を制御するZur, Murなどが知られている(9)9) J. W. Lee & J. D. Helmann: Biometals, 20, 485 (2007).

哺乳動物のIRP1は鉄欠乏条件で,mRNA 上のシス配列であるIron Responsive Element(IRE)と呼ばれるステム-ループ構造に結合する.この結合により,5′-UTRにIREをもつmRNAは翻訳が阻害される一方,3′-UTRにIREをもつmRNAは分解から保護されて発現が促進される.鉄十分条件ではIRP1は鉄硫黄クラスターと結合することにより立体構造が変化し,クエン酸回路の酵素の一つであるアコニターゼの活性をもつ代わりにIREとの結合能を失う.これらの転写後制御(IRP–IRE系)は,哺乳類の鉄欠乏応答の根幹を成すシステムである(10, 11)10) M. W. Hentze, S. W. Caughman, T. A. Rouault, J. G. Barriocanal, A. Dancis, J. B. Harford & R. D. Klausner: Science, 238, 1570 (1987).11) C. P. Anderson, M. Shen, R. S. Eisenstein & E. A. Leibold: Biochim. Biophys. Acta, 1823, 1468 (2012).

IRP1のホモログであるIRP2も鉄欠乏条件ではIRP1と同様の機能をもつが,鉄十分条件では速やかに分解されることにより機能を失う.この鉄依存的なIRP2の分解にかかわるユビキチンリガーゼFBXL5が2009年に報告された(12, 13)12) A. A. Vashisht, K. B. Zumbrennen, X. Huang, D. N. Powers, A. Durazo, D. Sun, N. Bhaskaran, A. Persson, M. Uhlen, O. Sangfelt et al.: Science, 326, 718 (2009).13) A. A. Salahudeen, J. W. Thompson, J. C. Ruiz, H. W. Ma, L. N. Kinch, Q. Li, N. V. Grishin & R. K. Bruick: Science, 326, 722 (2009)..FBXL5は,無脊椎動物の酸素運搬タンパク質ヘムエリスリン(Hemerythrin)と相同性をもつヘムエリスリンドメインを介して鉄十分条件で鉄と結合することにより安定化し,IRP2をユビキチン化してプロテアソーム系による分解へと導く.鉄欠乏条件では鉄と結合していないFBXL5は速やかに分解される.すなわち,FBXL5はIRP–IRE系の上流で働く鉄認識システムと考えられる.また,これ以外にも動物の鉄欠乏応答は複雑な転写制御に依存しており,これに関与するBach1/2転写抑制因子はヘムとの結合により抑制が解除され,ヘムセンサーと考えられる(14)14) K. Igarashi & M. Watanabe-Matsui: Tohoku J. Exp. Med., 232, 229 (2014)..また,低酸素応答と鉄応答に関与するHypoxia-Inducible Factor(HIF)転写因子を修飾して分解に導く水酸化酵素HIF-prolyl hydroxylase(HIF-PHD)は活性にFe2+を必須としており,鉄センサーの一種と提唱されている(15)15) J. W. Thompson & R. K. Bruick: Biochim. Biophys. Acta, 1823, 1484 (2012)..以上のように,哺乳動物の鉄センシングには鉄硫黄クラスター,ヘム,Fe2+のすべてがリガンドとしてかかわっている.

酵母においては,いくつかの転写因子が鉄センシングに関与している(16, 17)16) R. Lill, B. Hoffmann, S. Molik, A. J. Pierik, N. Rietzschel, O. Stehling, M. A. Uzarska, H. Webert, C. Wilbrecht & U. Mühlenhoff: Biochim. Biophys. Acta, 1823, 1491 (2012).17) P. Rey, M. Taupin-Broggini, J. Couturier, F. Vignols & N. Rouhier: Front. Plant Sci., 10, 712 (2019)..出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)のAft1/2は,鉄吸収に関与する遺伝子群の発現を鉄欠乏条件で促進する主要な転写因子である.鉄十分条件では,鉄硫黄クラスターに結合したグルタレドキシンGrx3/4とBOLA(Bol1/2)タンパク質との複合体がAft1/2を標的シス配列から解離させ,核外への排出を促す(16~19)16) R. Lill, B. Hoffmann, S. Molik, A. J. Pierik, N. Rietzschel, O. Stehling, M. A. Uzarska, H. Webert, C. Wilbrecht & U. Mühlenhoff: Biochim. Biophys. Acta, 1823, 1491 (2012).17) P. Rey, M. Taupin-Broggini, J. Couturier, F. Vignols & N. Rouhier: Front. Plant Sci., 10, 712 (2019).18) R. Ueta, N. Fujiwara, K. Iwai & Y. Yamaguchi-Iwai: Mol. Cell. Biol., 32, 4998 (2012).19) C. B. Poor, S. V. Wegner, H. Li, A. C. Dlouhy, J. P. Schuermann, R. Sanishvili, J. R. Hinshaw, P. J. Riggs-Gelasco, C. E. Outten & C. He: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 4043 (2014)..Aft1/2は多くの真菌類では保存されていないが,分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)や子嚢菌など多くの菌類では別種の転写抑制因子Fep1/SreAおよびPhp4/HapXが鉄関連遺伝子の発現を制御する(16)16) R. Lill, B. Hoffmann, S. Molik, A. J. Pierik, N. Rietzschel, O. Stehling, M. A. Uzarska, H. Webert, C. Wilbrecht & U. Mühlenhoff: Biochim. Biophys. Acta, 1823, 1491 (2012)..Fep1/SreAは鉄十分条件で,Php4/HapXは鉄欠乏条件で優先的にシス配列に結合して転写を抑制するが,興味深いことにいずれの転写因子もグルタレドキシンGrx4を介してこの制御が調節されており,Aft1/2の場合と同様に鉄硫黄クラスターの関与が示唆されている(16, 20)16) R. Lill, B. Hoffmann, S. Molik, A. J. Pierik, N. Rietzschel, O. Stehling, M. A. Uzarska, H. Webert, C. Wilbrecht & U. Mühlenhoff: Biochim. Biophys. Acta, 1823, 1491 (2012).20) P. Vachon, A. Mercier, M. Jbel & S. Labbé: Eukaryot. Cell, 11, 806 (2012).

植物の鉄センサー分子候補

以上のように,バクテリア,哺乳動物,真菌では鉄欠乏応答を制御する因子が鉄関連のリガンドと結合することにより,細胞内鉄センサーとして機能している.植物ではこのような鉄センサー分子と鉄シグナルの正体はいまだに明らかになっていないが,筆者らと他のグループは,植物の鉄欠乏応答を制御する因子のいくつかが,鉄およびほかの金属と直接結合することを近年明らかにした.これらは植物の鉄センサー分子候補と考えられる(表1表1■生物界における代表的な細胞内鉄センサー分子と植物の鉄センサー候補分子).

筆者らがイネから同定したユビキチンリガーゼHemerythrin motif-containing RING- and Zinc-finger protein(HRZ)は鉄および亜鉛と結合し,多くの鉄欠乏応答性遺伝子の発現を転写レベルで抑制する(21)21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013)..HRZは図1図1■HRZ/BTSのドメイン構造と結合する金属の量に示すように5種類のドメインからなる特徴的なタンパク質である.このドメイン構造をもつタンパク質は藻類から高等植物までに保存されており(21, 22)21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013).22) E. I. Urzica, D. Casero, H. Yamasaki, S. I. Hsieh, L. N. Adler, S. J. Karpowicz, C. E. Blaby-Haas, S. G. Clarke, J. A. Loo, M. Pellegrini et al.: Plant Cell, 24, 3921 (2012).,モデル植物のシロイヌナズナではBRUTUS(BTS)と呼ばれている(23)23) T. A. Long, H. Tsukagoshi, W. Busch, B. Lahner, D. Salt & P. N. Benfey: Plant Cell, 22, 2219 (2010)..本稿では植物のHRZホモログ全般をHRZ/BTSと記す.

図1■HRZ/BTSのドメイン構造と結合する金属の量

結合理論値は,ヘムエリスリンドメインについては無脊椎動物のヘムエリスリンとヒトのFBXL5の生化学解析24, 50)24) R. E. Stenkamp: Chem. Rev., 94, 715 (1994).50) J. W. Thompson, A. A. Salahudeen, S. Chollangi, J. C. Ruiz, C. A. Brautigam, T. M. Makris, J. D. Lipscomb, D. R. Tomchick & R. K. Bruick: J. Biol. Chem., 287, 7357 (2012).,他のドメインに関してはヒトのPirh2/Rchy1の生化学解析28)28) Y. Sheng, R. C. Laister, A. Lemak, B. Wu, E. Tai, S. Duan, J. Lukin, M. Sunnerhagen, S. Srisailam, M. Karra et al.: Nat. Struct. Mol. Biol., 15, 1334 (2008). を基にしたHRZ/BTS 1分子当たりの推定結合金属数を示す.結合実測値は,筆者らが通常の金属栄養条件で培養した大腸菌で発現させて精製したHRZ/BTS 1分子当たりの平均結合金属数を示す21)21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013)..別グループの報告では,BTS全長タンパク質は1分子当たり2原子程度の鉄と5原子程度の亜鉛と結合し,3つのヘムエリスリンドメインに変異を導入したBTSは若干の鉄とタンパク質1分子当たり1原子程度の亜鉛を結合していた31)31) D. Selote, R. Samira, A. Matthiadis, J. W. Gillikin & T. A. Long: Plant Physiol., 167, 273 (2015).

HRZ/BTSのN末端側に存在するヘムエリスリンドメインは,前述したように哺乳類の鉄センサー分子FBXL5の鉄結合ドメインである(12, 13)12) A. A. Vashisht, K. B. Zumbrennen, X. Huang, D. N. Powers, A. Durazo, D. Sun, N. Bhaskaran, A. Persson, M. Uhlen, O. Sangfelt et al.: Science, 326, 718 (2009).13) A. A. Salahudeen, J. W. Thompson, J. C. Ruiz, H. W. Ma, L. N. Kinch, Q. Li, N. V. Grishin & R. K. Bruick: Science, 326, 722 (2009)..無脊椎動物のヘムエリスリンは古くから生化学的解析がなされており,2原子のFe2+と結合して酸素との結合部位を提供する(24)24) R. E. Stenkamp: Chem. Rev., 94, 715 (1994)..FBXL5はユビキチンリガーゼの構成要素であるF-boxドメインをもつことでIRP2をユビキチン化するが,興味深いことに,HRZ/BTSはF-boxドメインをもたない代わりに,ユビキチンリガーゼの別種の構成要素であるRING Zn-fingerドメインをもつ(図1図1■HRZ/BTSのドメイン構造と結合する金属の量).また,多くの植物ホルモンの受容体もユビキチンリガーゼの構成要素とリガンド結合部位を組み合わせたドメイン構造をしていることから(25)25) R. D. Viestra: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 10, 385 (2009).,ユビキチンリガーゼは植物でセンサー分子として普遍的に用いられている可能性が考えられる.

また,HRZ/BTSはC末端側にRING Zn-fingerドメインのほかにCHY Zn-fingerドメイン,CTCHY Zn-fingerドメイン,Rubredoxinドメインをもつ(図1図1■HRZ/BTSのドメイン構造と結合する金属の量).これらの機能は不明だが,転写制御,転写後制御,タンパク質の機能制御,酸化還元反応にかかわる可能性がある(26, 27)26) R. Gamsjaeger, C. K. Liew, F. E. Loughlin, M. Crossley & J. P. Mackay: Trends Biochem. Sci., 32, 63 (2007).27) L. C. Sieker, R. E. Stenkamp, L. H. Jensen, B. Prickril & J. LeGall: FEBS Lett., 208, 73 (1986)..これらの3種類のドメインとRING Zn-fingerドメインはいずれもZn2+またはFe2+と結合することが知られており,哺乳類のPirh2/Rchy1と呼ばれるユビキチンリガーゼにも保存されている(28)28) Y. Sheng, R. C. Laister, A. Lemak, B. Wu, E. Tai, S. Duan, J. Lukin, M. Sunnerhagen, S. Srisailam, M. Karra et al.: Nat. Struct. Mol. Biol., 15, 1334 (2008)..Pirh2/Rchy1はin vitroの亜鉛存在下で1分子当たり9原子の亜鉛と配位結合する(28)28) Y. Sheng, R. C. Laister, A. Lemak, B. Wu, E. Tai, S. Duan, J. Lukin, M. Sunnerhagen, S. Srisailam, M. Karra et al.: Nat. Struct. Mol. Biol., 15, 1334 (2008).

筆者らは,イネのHRZタンパク質(OsHRZ1, OsHRZ2)およびシロイヌナズナのBTSタンパク質を大腸菌で発現させて精製し,結合している金属を定量した(21)21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013)..結果の概略を図1図1■HRZ/BTSのドメイン構造と結合する金属の量の「結合実測値」に記す.HRZ/BTSは全長タンパク質1分子当たり2原子程度の鉄と亜鉛と結合していた.この結合は主にヘムエリスリンドメインを含むN末端側によるものであったが,C末端側にも少ないながらも明確な鉄と亜鉛の結合が認められた.これらの金属結合量は,ヘムエリスリンおよびPirh2/Rchy1の生化学的解析から求められた理論値より大幅に少なかった.また,大腸菌にHRZを発現させる際に培地に過剰量の鉄または亜鉛を加えると,HRZに結合する鉄/亜鉛の比率が大きく変化した(21)21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013)..以上のことから,HRZ/BTSの各金属結合ドメインは,細胞内の鉄および亜鉛濃度に応じて,鉄と結合した状態,亜鉛と結合した状態,どちらとも結合していない状態の比率を変えることにより細胞内の鉄栄養状態を感知している可能性が考えられる(7, 21)7) T. Kobayashi & N. K. Nishizawa: Plant Sci., 224, 36 (2014).21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013).

HRZ/BTSが金属との結合状態によってどのように機能を変えるのかはまだ明らかになっていないが,イネおよびシロイヌナズナのHRZ/BTSのノックダウン,または機能欠損変異体の解析により,HRZ/BTSは鉄豊富条件でより強く機能することが示唆された(21, 29, 30)21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013).29) M. N. Hindt, G. Z. Akmakjian, K. L. Pivarski, T. Punshon, I. Baxter, D. E. Salt & M. L. Guerinot: Metallomics, 9, 876 (2017).30) M. S. Aung, T. Kobayashi, H. Masuda & N. K. Nishizawa: Physiol. Plant., 163, 282 (2018)..一方で,BTSをコムギ胚芽の無細胞タンパク質翻訳系により発現させる際に,反応液中に鉄を加えると合成量が減少することが報告されている(31)31) D. Selote, R. Samira, A. Matthiadis, J. W. Gillikin & T. A. Long: Plant Physiol., 167, 273 (2015).

HRZ/BTS以外の植物の鉄センサー分子候補として,筆者らが同定したイネ科植物の鉄欠乏応答を正に制御する転写因子IDEF1が挙げられる(7, 32)7) T. Kobayashi & N. K. Nishizawa: Plant Sci., 224, 36 (2014).32) T. Kobayashi, R. N. Itai, M. S. Aung, T. Senoura, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Plant J., 69, 81 (2012)..IDEF1はFe2+, Zn2+ などの二価金属イオンと可逆的に結合し,鉄欠乏初期に最も強く働く(32, 33)32) T. Kobayashi, R. N. Itai, M. S. Aung, T. Senoura, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Plant J., 69, 81 (2012).33) T. Kobayashi, R. N. Itai, Y. Ogo, Y. Kakei, H. Nakanishi, M. Takahashi & N. K. Nishizawa: Plant J., 60, 948 (2009)..金属結合ドメインを削除したIDEF1はイネの鉄欠乏初期応答を制御できないことから,IDEF1は可逆的な金属結合により鉄とほかの金属との濃度比を感知する鉄センサー分子である可能性が考えられる(32)32) T. Kobayashi, R. N. Itai, M. S. Aung, T. Senoura, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Plant J., 69, 81 (2012).

最近同定された鉄欠乏誘導性ペプチドIMA/FEPもFe2+, Mn2+ などの金属と結合することから,鉄センサー分子候補と考えられる(34)34) L. Grillet, P. Lan, W. Li, G. Mokkapati & W. Schmidt: Nat. Plants, 4, 953 (2018)..IMA/FEPは植物に広く保存されており,シロイヌナズナでは鉄欠乏応答性遺伝子発現を転写レベルで強力に誘導する(34, 35)34) L. Grillet, P. Lan, W. Li, G. Mokkapati & W. Schmidt: Nat. Plants, 4, 953 (2018).35) T. Hirayama, G. J. Lei, N. Yamaji, N. Nakagawa & J. F. Ma: Plant Cell Physiol., 59, 1739 (2018)..IMA/FEPは篩管内を移動するシグナル分子と推定されているが(34)34) L. Grillet, P. Lan, W. Li, G. Mokkapati & W. Schmidt: Nat. Plants, 4, 953 (2018).,作用機序を含めた分子メカニズムは全く不明である.

これらの植物の鉄センサー候補分子はいずれも,リガンドとの結合と機能との対応関係が明確になっておらず,これを明らかにすることがセンサー分子であることの証明につながると期待される(7)7) T. Kobayashi & N. K. Nishizawa: Plant Sci., 224, 36 (2014).

イネの鉄欠乏応答制御

前述したように,生物は鉄の取り込みや輸送に関与する遺伝子群の発現を鉄欠乏条件で誘導する.植物では,この制御は主に転写レベルで制御されており,イネとシロイヌナズナで詳細に解析されている(36)36) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019)..イネはイネ科植物に属し,ムギネ酸類の一種であるデオキシムギネ酸(DMA)の合成,分泌により根圏の難溶性三価鉄を溶出し,Fe(III)–DMAの形態で吸収するほか,Fe2+を直接吸収することもできる(37, 38)37) T. Kobayashi & N. K. Nishizawa: Annu. Rev. Plant Biol., 63, 131 (2012).38) T. Kobayashi, R. N. Itai & N. K. Nishizawa: Rice (N. Y.), 7, 27 (2014)..一方,シロイヌナズナは専ら根圏での三価鉄の還元とFe2+の吸収により鉄を獲得する(37)37) T. Kobayashi & N. K. Nishizawa: Annu. Rev. Plant Biol., 63, 131 (2012)..このような鉄獲得機構の違いにもかかわらず,イネとシロイヌナズナの鉄欠乏応答における遺伝子発現制御には多くの共通の因子がかかわることが近年明らかになってきた(36)36) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019)..本稿ではイネの鉄欠乏応答を中心に概説する.図2図2■イネの鉄欠乏誘導性遺伝子の制御ネットワークの概略図に示した制御因子のうち,IDEF1, IDEF2以外はイネとシロイヌナズナで共通の因子であり,高等植物全体で保存されていると考えられる.

図2■イネの鉄欠乏誘導性遺伝子の制御ネットワークの概略図

転写因子を楕円形で,それ以外の因子を角丸四角形で示す.未確定の経路を点線で示す.黒線で転写制御,青線で鉄センシング,赤線でほかの制御を示す.

イネの鉄欠乏誘導性遺伝子は,発現制御のパターンから以下の4つに大別できる(38)38) T. Kobayashi, R. N. Itai & N. K. Nishizawa: Rice (N. Y.), 7, 27 (2014)..すなわち,(1)DMAによる鉄吸収・体内輸送にかかわる遺伝子(DMA生合成酵素遺伝子群,DMA分泌トランスポーター遺伝子,Fe(III)–DMA吸収トランスポーター遺伝子),(2)Fe2+吸収トランスポーター遺伝子,(3)DMAの前駆体であり鉄の体内輸送を促すキレーターであるニコチアナミン(NA)と二価鉄の複合体トランスポーター遺伝子,(4)これら(1)~(3)の発現を制御する鉄欠乏誘導性転写因子遺伝子IRO2, IRO3 などである.前述の鉄結合性転写因子IDEF1は,これら(1)~(4)の発現を誘導する.IRO2はIDEF1の下流で(1)の発現を誘導する.一方,IRO3は(1),(2)の発現を抑制することが示唆されている.IDEF2は(3)の発現を誘導する(36~38)36) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019).37) T. Kobayashi & N. K. Nishizawa: Annu. Rev. Plant Biol., 63, 131 (2012).38) T. Kobayashi, R. N. Itai & N. K. Nishizawa: Rice (N. Y.), 7, 27 (2014).

前述のイネの鉄結合性ユビキチンリガーゼHRZは,(1)~(4)の発現を一斉に転写レベルで抑制することから,これらの発現を制御する主要な転写因子をユビキチン化により分解または不活性化すると推察される(21, 36)21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013).36) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019)..HRZのユビキチン化基質候補として,サブグループIVc bHLH転写因子に属するOsbHLH060/OsPRI1が報告されている(39)39) H. Zhang, Y. Li, X. Yao, G. Liang & D. Yu: Plant Physiol., 175, 543 (2017)..OsbHLH060は(1)~(4)に属する多くの遺伝子の発現を直接または間接的に誘導する(39)39) H. Zhang, Y. Li, X. Yao, G. Liang & D. Yu: Plant Physiol., 175, 543 (2017)..筆者らは,これ以外のHRZの基質候補としてグルタレドキシンなどを同定し,解析を進めている.また,HRZ自身の発現はIDEF1の制御により鉄欠乏条件で転写レベルで誘導されることから,鉄欠乏応答の負のフィードバック経路を形成していると考えられる(21, 36)21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013).36) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019).

鉄欠乏誘導性・金属結合性ペプチドIMA/FEPの関与については,シロイヌナズナで主に解析されており,イネでは未解明の部分が多いが,イネにも鉄欠乏誘導性で活性のあるIMAが複数存在することが示唆されている(34)34) L. Grillet, P. Lan, W. Li, G. Mokkapati & W. Schmidt: Nat. Plants, 4, 953 (2018)..筆者らのマイクロアレイ解析では,イネのIMAがIDEF1により正に,HRZにより負に制御されることが示唆された(36)36) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019)..イネのIMAがどの鉄欠乏誘導性遺伝子を制御するか,そしてその分子メカニズムを明らかにすることが今後の課題である.

鉄欠乏耐性・高ミネラル栄養イネの作出

鉄は好気的な環境ではきわめて溶解度が低いため,植物は土壌から鉄を吸収することがしばしば困難になる.特に,世界の耕地土壌の3割を占める石灰質土壌では,pHの高さにより鉄の溶解度がますます低下し,植物は鉄欠乏による生育不良を起こす.これは作物の生産性と品質を低下させる深刻な問題である(1, 3)1)中西啓仁:“植物栄養学 第2版,文永堂出版”,2010, pp. 133–143.3) J. F. Briat, C. Dubos & F. Gaymard: Trends Plant Sci., 20, 33 (2015).

イネはイネ科植物のなかではムギネ酸類の合成能が低いため,鉄欠乏に弱い作物である.筆者らの研究室では,これまでに種々の遺伝子導入により,イネに鉄欠乏耐性を付与することに成功してきた(21, 37, 40~42)21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013).37) T. Kobayashi & N. K. Nishizawa: Annu. Rev. Plant Biol., 63, 131 (2012).40) Y. Ishimaru, S. Kim, T. Tsukamoto, H. Oki, T. Kobayashi, S. Watanabe, S. Matsuhashi, M. Takahashi, H. Nakanishi, S. Mori et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 7373 (2007).41) Y. Ogo, R. N. Itai, T. Kobayashi, M. S. Aung, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Plant Mol. Biol., 75, 593 (2011).42) H. Masuda, E. Shimochi, T. Hamada, T. Senoura, T. Kobayashi, M. S. Aung, Y. Ishimaru, Y. Ogo, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: PLOS ONE, 12, e0173441 (2017).図3図3■イネに鉄欠乏耐性,鉄・亜鉛蓄積能を付与する方法).その方法は大別すると,(a)DMA,ムギネ酸(MA),NAの生合成酵素遺伝子の導入によるキレート能力の強化,(b)酵母の三価鉄還元酵素遺伝子FRE1を改良した遺伝子Refre1/372の導入によるFe2+吸収能力の強化,(c)正の制御因子遺伝子IDEF1, IRO2の発現強化または負の制御因子遺伝子HRZの発現抑制による鉄欠乏応答の強化,に区分される.これらのうちでも特に効果が高かったのがFe2+トランスポーター遺伝子IRT1のプロモーターに連結したRefre1/372の導入,およびOsIRO2の高発現であり(40, 41)40) Y. Ishimaru, S. Kim, T. Tsukamoto, H. Oki, T. Kobayashi, S. Watanabe, S. Matsuhashi, M. Takahashi, H. Nakanishi, S. Mori et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 7373 (2007).41) Y. Ogo, R. N. Itai, T. Kobayashi, M. S. Aung, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Plant Mol. Biol., 75, 593 (2011).,両者を同時に導入すると,さらなる鉄欠乏耐性を付与できた(42)42) H. Masuda, E. Shimochi, T. Hamada, T. Senoura, T. Kobayashi, M. S. Aung, Y. Ishimaru, Y. Ogo, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: PLOS ONE, 12, e0173441 (2017)..これにオオムギのMA合成酵素遺伝子IDS3の導入をさらに組み合わせることにより,さまざまな環境で安定的に鉄欠乏耐性を示すイネの作出にも成功している(43)43) H. Masuda, M. S. Aung, T. Kobayashi, T. Hamada & N. K. Nishizawa: Front. Plant Sci., 10, 1179 (2019).

図3■イネに鉄欠乏耐性,鉄・亜鉛蓄積能を付与する方法

↑:該当物質の増強,↓:該当物質の抑制,+:該当物質の導入.矢印の太さはそれぞれの方法が鉄欠乏耐性または鉄・亜鉛蓄積能に寄与する効果の大きさの目安を記す.

鉄はヒトの必須元素でもあり,植物の鉄吸収・輸送機構を改良することは,食物における鉄栄養価の改善にもつながる.特に米はアジアの多くの国における主要穀物であるが,白米中の鉄濃度はきわめて低いため,アジアの多くの国では鉄欠乏性貧血の人々の割合がとりわけ高い.この問題に対処するため,筆者らの研究室を含む世界中の多くの研究者が,種子中の鉄含量を高めたイネの創製に携わってきた(4, 37, 44)4) J. M. Connorton & J. Balk: Plant Cell Physiol., 60, 1447 (2019).37) T. Kobayashi & N. K. Nishizawa: Annu. Rev. Plant Biol., 63, 131 (2012).44) K. Bashir, R. Takahashi, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Front. Plant Sci., 4, 15 (2013)..この方法のいくつかは前述した鉄欠乏耐性イネの作製法と共通しているが,鉄蓄積または鉄欠乏耐性のどちらかにしか寄与しない場合も多く,改変する遺伝子によって鉄蓄積と鉄欠乏耐性への効果の大きさが異なることが明らかになってきた(4, 21, 37, 40, 41, 44~49)4) J. M. Connorton & J. Balk: Plant Cell Physiol., 60, 1447 (2019).21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013).37) T. Kobayashi & N. K. Nishizawa: Annu. Rev. Plant Biol., 63, 131 (2012).40) Y. Ishimaru, S. Kim, T. Tsukamoto, H. Oki, T. Kobayashi, S. Watanabe, S. Matsuhashi, M. Takahashi, H. Nakanishi, S. Mori et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 7373 (2007).41) Y. Ogo, R. N. Itai, T. Kobayashi, M. S. Aung, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Plant Mol. Biol., 75, 593 (2011).44) K. Bashir, R. Takahashi, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Front. Plant Sci., 4, 15 (2013).45) L. Q. Qu, T. Yoshihara, A. Ooyama, F. Goto & F. Takaiwa: Planta, 222, 225 (2005).46) Y. Ishimaru, H. Masuda, K. Bashir, H. Inoue, T. Tsukamoto, M. Takahashi, H. Nakanishi, N. Aoki, T. Hirose, R. Ohsugi et al.: Plant J., 62, 379 (2010).47) Y. Zhang, Y. H. Xu, H. Y. Yi & J. M. Gong: Plant J., 72, 400 (2012).48) H. Masuda, Y. Ishimaru, M. S. Aung, T. Kobayashi, Y. Kakei, M. Takahashi, K. Higuchi, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Sci. Rep., 2, 543 (2012).49) H. Masuda, T. Kobayashi, Y. Ishimaru, M. Takahashi, M. S. Aung, H. Nakanishi, S. Mori & N. K. Nishizawa: Front. Plant Sci., 4, 132 (2013).図3図3■イネに鉄欠乏耐性,鉄・亜鉛蓄積能を付与する方法).興味深いことに,種子中に鉄を蓄積するイネの多くは亜鉛も蓄積する(21, 41, 44, 47~49)21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013).41) Y. Ogo, R. N. Itai, T. Kobayashi, M. S. Aung, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Plant Mol. Biol., 75, 593 (2011).44) K. Bashir, R. Takahashi, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Front. Plant Sci., 4, 15 (2013).47) Y. Zhang, Y. H. Xu, H. Y. Yi & J. M. Gong: Plant J., 72, 400 (2012).48) H. Masuda, Y. Ishimaru, M. S. Aung, T. Kobayashi, Y. Kakei, M. Takahashi, K. Higuchi, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Sci. Rep., 2, 543 (2012).49) H. Masuda, T. Kobayashi, Y. Ishimaru, M. Takahashi, M. S. Aung, H. Nakanishi, S. Mori & N. K. Nishizawa: Front. Plant Sci., 4, 132 (2013)..これは植物体内で鉄を輸送するトランスポーターやキレーター,とりわけNAが亜鉛の輸送にも貢献するためと考えられる.

これまでにイネ種子への鉄・亜鉛蓄積が報告されている主な方法を大別すると,(a)鉄貯蔵タンパク質フェリチン遺伝子Ferの種子での発現,(b)MA合成能の付与,(c)NA合成能の強化およびFe(II)–NAトランスポーター遺伝子OsYSL2の種子での発現強化,(d)液胞への鉄輸送トランスポーター遺伝子VITの発現抑制,(e)正の制御因子遺伝子IRO2の強発現または負の制御因子遺伝子HRZの発現抑制による鉄吸収・輸送能の強化,が挙げられる(4, 21, 37, 41, 44~49)4) J. M. Connorton & J. Balk: Plant Cell Physiol., 60, 1447 (2019).21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013).37) T. Kobayashi & N. K. Nishizawa: Annu. Rev. Plant Biol., 63, 131 (2012).41) Y. Ogo, R. N. Itai, T. Kobayashi, M. S. Aung, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Plant Mol. Biol., 75, 593 (2011).44) K. Bashir, R. Takahashi, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Front. Plant Sci., 4, 15 (2013).45) L. Q. Qu, T. Yoshihara, A. Ooyama, F. Goto & F. Takaiwa: Planta, 222, 225 (2005).46) Y. Ishimaru, H. Masuda, K. Bashir, H. Inoue, T. Tsukamoto, M. Takahashi, H. Nakanishi, N. Aoki, T. Hirose, R. Ohsugi et al.: Plant J., 62, 379 (2010).47) Y. Zhang, Y. H. Xu, H. Y. Yi & J. M. Gong: Plant J., 72, 400 (2012).48) H. Masuda, Y. Ishimaru, M. S. Aung, T. Kobayashi, Y. Kakei, M. Takahashi, K. Higuchi, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Sci. Rep., 2, 543 (2012).49) H. Masuda, T. Kobayashi, Y. Ishimaru, M. Takahashi, M. S. Aung, H. Nakanishi, S. Mori & N. K. Nishizawa: Front. Plant Sci., 4, 132 (2013)..とりわけ効果が高かったのが(c)および(e)のうちHRZの発現抑制によるものであり(21, 44, 46)21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013).44) K. Bashir, R. Takahashi, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Front. Plant Sci., 4, 15 (2013).46) Y. Ishimaru, H. Masuda, K. Bashir, H. Inoue, T. Tsukamoto, M. Takahashi, H. Nakanishi, N. Aoki, T. Hirose, R. Ohsugi et al.: Plant J., 62, 379 (2010).,(a),(c)については種子特異的プロモーターの利用が効果的であった(45, 46)45) L. Q. Qu, T. Yoshihara, A. Ooyama, F. Goto & F. Takaiwa: Planta, 222, 225 (2005).46) Y. Ishimaru, H. Masuda, K. Bashir, H. Inoue, T. Tsukamoto, M. Takahashi, H. Nakanishi, N. Aoki, T. Hirose, R. Ohsugi et al.: Plant J., 62, 379 (2010)..(a),(b),(c)の組み合わせによりさらなる鉄の蓄積が可能であることも明らかになった(48, 49)48) H. Masuda, Y. Ishimaru, M. S. Aung, T. Kobayashi, Y. Kakei, M. Takahashi, K. Higuchi, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Sci. Rep., 2, 543 (2012).49) H. Masuda, T. Kobayashi, Y. Ishimaru, M. Takahashi, M. S. Aung, H. Nakanishi, S. Mori & N. K. Nishizawa: Front. Plant Sci., 4, 132 (2013)..複数の遺伝子を組み合わせて,あるいは別々に導入する方法は労力と時間がかかることや,安定した系統の選抜と維持が難しいなどの問題点がある.それに対して,HRZの発現抑制は1種の遺伝子改変だけで種子中に2~4倍もの鉄の蓄積が可能であるばかりか,鉄欠乏耐性も同時に付与できるため,たいへん有力な方法と考えられる(21)21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013)..しかし,HRZ発現抑制イネは極度の鉄過剰条件では生育不良となること(30)30) M. S. Aung, T. Kobayashi, H. Masuda & N. K. Nishizawa: Physiol. Plant., 163, 282 (2018).OsHRZ1遺伝子の発現を完全になくしたイネでは種子が実る割合が大幅に低下することから(21, 39)21) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013).39) H. Zhang, Y. Li, X. Yao, G. Liang & D. Yu: Plant Physiol., 175, 543 (2017).,生育や生殖に悪影響を及ぼさないように適度なHRZの発現抑制の度合い,または方法を選択することが重要である.

これら以外の方法として,鉄欠乏誘導性・金属結合性ペプチドIMA/FEPの高発現もシロイヌナズナの種子やトマトの果実で鉄・亜鉛・マンガンの蓄積につながることから(34)34) L. Grillet, P. Lan, W. Li, G. Mokkapati & W. Schmidt: Nat. Plants, 4, 953 (2018).,イネでも同様の効果が期待される.

おわりに

鉄は太古の昔から地球に多量に存在し,生物に普遍的に使われてきたにもかかわらず,欠乏と過剰の両面が問題となる特徴的な元素である.植物の鉄センシング,鉄欠乏応答の分子メカニズムを解明することで,生物と鉄に関する残された謎が解き明かされるだけでなく,作物生産,環境保全,ヒトの栄養など多方面への貢献につながると期待される.

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