Kagaku to Seibutsu 57(12): 736-742 (2019)
解説
アブシシン酸が働くための新たな仕組み植物が生育環境の変化に適応するための生存戦略
New Mechanism of Abscisic Acid Signaling Cascade: Survival Strategy for Plants to Adapt to Growing Environmental Change
Published: 2019-12-01
アブシシン酸(ABA)は,植物の種子休眠や乾燥ストレス応答などにおいて非常に重要な働きをする植物ホルモンの一つである.2009年にABA受容体PYR/PYL/RCARが同定されてから10年が経ち,現在ではABA受容体を介した仕組みが主要なABA応答を制御していると考えられている.筆者らはABA応答において中心的な役割を果たしているタンパク質脱リン酸化酵素タイプ2C(PP2C)に注目して研究を展開し,ABA応答で働くPP2Cの一部は,ABA受容体を介した仕組みとは別に,種子休眠で重要な働きをするDOG1を介した仕組みで働くことを最近新たに発見した.本稿では,ABA受容体を介した仕組みの概略を説明した後,DOG1を介したABA応答制御を中心に紹介する.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
植物は一度根を張ると移動することができないため,発芽から結実までのライフサイクルを根付いた地点で終える必要がある.そのため,どのような環境の下で植物の種子が発芽するかの判断は,個体や種の存続にもかかわる重大な選択である.植物は独自に生育環境の変化を察知し速やかに判断して適応する仕組みを獲得してきた.アブシシン酸(ABA)はこれらの仕組みで働く重要なシグナル分子である.種子成熟の過程や乾燥,低温など生育に適さない環境ストレスにさらされると植物組織内にABAが蓄積され,種子成熟の促進,種子休眠の誘導・維持,気孔の閉鎖,遺伝子発現を介した環境ストレス応答などで働くことが知られている.たとえば,発芽しても生育できない環境では,種子中のABAが発芽を抑制することで種子休眠の状態を維持し,生育に適した環境が整うまで発芽を待つ.このように,植物はABA応答を巧みに利用し,環境が変化しやすい陸上でも世代をつなぐことができるよう進化してきたと考えられている.
近年,世界人口の増加による食料需要の増大や気候変動に起因する食料生産の不安定化が懸念されている.ABAが働く仕組みや,そこで働く因子の役割を理解することができれば,得られた知見を応用して気候変動による異常な高温,乾燥,低温,降雨などの劣悪環境下でも安定した収量をもつ農作物が開発されると期待され,世界中でABA応答に関する研究が行われている.特に,ABA受容体PYR/PYL/RCARが同定されて以降,受容体を介したABA応答の分子機構の理解が急速に進んだ(1~4)1) Y. Ma, I. Szostkiewicz, A. Korte, D. Moes, Y. Yang, A. Christmann & E. Grill: Science, 324, 1064 (2009).2) S. Y. Park, P. Fung, N. Nishimura, D. R. Jensen, H. Fujii, Y. Zhao, S. Lumba, J. Santiago, A. Rodrigues, T. F. Chow et al.: Science, 324, 1068 (2009).3) K. E. Hubbard, N. Nishimura, K. Hitomi, E. D. Getzoff & J. I. Schroeder: Genes Dev., 24, 1695 (2010).4) S. R. Cutler, P. L. Rodriguez, R. R. Finkelstein & S. R. Abrams: Annu. Rev. Plant Biol., 61, 651 (2010)..本稿では,筆者らが最近発見した種子休眠で重要な働きをするDOG1を介した新たなABA応答制御の仕組みを中心に,その発見に至る背景やABA受容体を介した経路との関係も含めて紹介する(5)5) N. Nishimura, W. Tsuchiya, J. J. Moresco, Y. Hayashi, K. Satoh, N. Kaiwa, T. Irisa, T. Kinoshita, J. I. Schroeder, J. R. Yates 3rd et al.: Nat. Commun., 9, 2132 (2018)..
モデル植物であるシロイヌナズナを用いた分子遺伝学や生化学的解析等により,多くのABA応答にかかわる鍵因子が報告されている(4, 6)4) S. R. Cutler, P. L. Rodriguez, R. R. Finkelstein & S. R. Abrams: Annu. Rev. Plant Biol., 61, 651 (2010).6) R. Finkelstein: Arabidopsis Book, 11, e0166 (2013)..現在提唱されている主要なABA応答のモデルでは,ABA受容体PYR/PYL/RCAR,クラスターAに属するタンパク質脱リン酸化酵素タイプ2C(PP2C),サブクラスIIIに属するタンパク質リン酸化酵素SNF1-related Protein Kinase2(SnRK2)の3つの鍵因子が重要な働きを担っている(図1図1■既知のABA応答のモデル図).ABA非存在下では,PP2Cの活性はABA受容体による抑制を受けない.そのため,PP2CはSnRK2の活性化を抑制し,その下流にあるSnRK2の標的因子群は活性化されずABA応答は起こらない.一方,ABA存在下では,ABAと結合したABA受容体がPP2Cと結合してPP2Cの活性を抑制する.そのため,SnRK2は脱抑制(=活性化)され,その結果SnRK2の標的因子群がリン酸化により活性化することで,植物は多様なABA応答を引き起こすというものである.なお,ABA受容体の同定や立体構造についてはすでに本誌で詳細な解説をしているので,興味がある方はそちらを参照されたい(7, 8)7) 上野琴巳,平山隆志:化学と生物,48, 555 (2010).8) 西村宜之,平野良憲,人見研一,箱島敏雄,村瀬浩司:化学と生物,49, 161 (2011)..
シロイヌナズナはサブクラスIIIに属するSnRK2を3個(SnRK2.2, SnRK2.3, SnRK2.6/OST1)もつ.これらのSnRK2は細胞質と核に局在し,ABAにより短時間で植物細胞または組織内でリン酸化され活性化される(3, 4)3) K. E. Hubbard, N. Nishimura, K. Hitomi, E. D. Getzoff & J. I. Schroeder: Genes Dev., 24, 1695 (2010).4) S. R. Cutler, P. L. Rodriguez, R. R. Finkelstein & S. R. Abrams: Annu. Rev. Plant Biol., 61, 651 (2010)..また,これらの機能を欠損した三重変異体は,種子発芽の抑制や気孔の閉鎖においてABAの感受性が著しく低下し,高湿潤条件下で栽培すると種子休眠性の低下が原因となる穂発芽をする.このことから,SnRK2は種子発芽の抑制などのABA応答を正に制御する因子とされている.クラスターAに属するPP2CにはSnRK2と相互作用するメンバーが存在し,SnRK2の活性化ループと呼ばれる領域のリン酸化アミノ酸を脱リン酸化することで,PP2Cが直接SnRK2の活性化状態を制御すると考えられている(3, 4)3) K. E. Hubbard, N. Nishimura, K. Hitomi, E. D. Getzoff & J. I. Schroeder: Genes Dev., 24, 1695 (2010).4) S. R. Cutler, P. L. Rodriguez, R. R. Finkelstein & S. R. Abrams: Annu. Rev. Plant Biol., 61, 651 (2010)..SnRK2によるリン酸化で活性化される標的因子としては,核に局在するb-ZIP型転写因子のABI5やABF/AREB,細胞膜に局在するS型陰イオンチャネルのSLAC1などが知られている(図1図1■既知のABA応答のモデル図).ABI5とABF/AREBは,いずれもABA応答性遺伝子の発現量を調整しており,ABI5は主に種子発芽の抑制や種子休眠で,ABF/AREBは植物体での乾燥ストレス耐性応答で働く.一方,SLAC1は植物細胞内からの陰イオンの流出を誘導することで気孔の閉鎖に寄与する.最近では,ABA応答はABA受容体によるPP2C活性の制御に加え,ユビキチン化を介したABA受容体やPP2Cのタンパク質分解によっても制御されるという報告が続いており,ABA応答機構自体が複雑な制御を受けていることが明らかになりつつある(9, 10)9) T. Yoshida, A. Christmann, K. Yamaguchi-Shinozaki, E. Grill & A. R. Fernie: Trends Plant Sci., 24, 625 (2019).10) J. Julian, A. Coego, J. Lozano-Juste, E. Lechner, Q. Wu, X. Zhang, E. Merilo, B. Belda-Palazon, S. Y. Park, S. R. Cutler et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 15725 (2019)..
シロイヌナズナは76個を超えるPP2Cをもち,このうちクラスターAに属する9個のPP2CがABA応答にかかわり,そのアミノ酸配列の類似性から大きくABI1サブファミリー(ABI1, ABI2, HAB1, HAB2)とAHG1サブファミリー(AHG1, AHG3, HAI1, HAI2/AIP1, HAI3)の2つに分けることができる(11)11) G. B. Bhaskar, M. M. Wong & P. E. Verslues: Plant Cell Environ., 42, 2913 (2019).(図2図2■シロイヌナズナのABA応答に働くPP2Cの分子系統樹).ahg1とahg3変異体は種子発芽の抑制においてABAの感受性が高まった(以下,ABA高感受性)変異体として単離された.ABI1サブファミリーに属する4個のPP2C遺伝子の機能を欠損した変異体もahg1やahg3変異体ほど強くはないがABA高感受性を示す(12)12) T. Hirayama & K. Shinozaki: Trends Plant Sci., 12, 343 (2007).(図2図2■シロイヌナズナのABA応答に働くPP2Cの分子系統樹).さらに,hai1hai2hai3三重変異体やABI1サブファミリーのメンバーを含むさまざまな組み合わせのPP2C遺伝子の機能を欠損した多重変異体は強いABA高感受性になることから,クラスターAに属するPP2Cは少なくとも部分的には機能重複し,ABA応答を負に制御すると考えられた(11)11) G. B. Bhaskar, M. M. Wong & P. E. Verslues: Plant Cell Environ., 42, 2913 (2019)..筆者らの以前の研究によって,1)AHG1とAHG3遺伝子の発現量は,ほかの7個のPP2C遺伝子と比べて乾燥種子において非常に高く,種子成熟期に発現が誘導されること,2)ABI1サブファミリーに属するABI1などは細胞質と核の両方に局在するが,AHG1サブファミリーに属するAHG1やAHG3はほぼ核に局在することを明らかにしていた(13, 14)13) N. Nishimura, T. Yoshida, N. Kitahata, T. Asami, K. Shinozaki & T. Hirayama: Plant J., 50, 935 (2007).14) T. Umezawa, N. Sugiyama, M. Mizoguchi, S. Hayashi, F. Myouga, K. Yamaguchi-Shinozaki, Y. Ishihama, T. Hirayama & K. Shinozaki: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 17588 (2009)..種子でのABA応答は,核に局在するABI5などの転写因子が中心的な働きをすることが知られている(6)6) R. Finkelstein: Arabidopsis Book, 11, e0166 (2013)..これらのことから,種子におけるABA応答の制御には,PP2C遺伝子の種子での発現量や発現様式および,PP2Cの細胞内局在が重要であると推察され,AHG1とAHG3が種子で主要な働きをするPP2Cと考えられた.興味深いことに,ahg1変異体とahg3変異体では,種子での糖(グルコースやスクロース)に対する感受性やABA処理により発現誘導される遺伝子が一部異なることから,AHG1とAHG3は一部機能重複するが,それぞれ異なる機能をもつことが示唆された(13, 15)13) N. Nishimura, T. Yoshida, N. Kitahata, T. Asami, K. Shinozaki & T. Hirayama: Plant J., 50, 935 (2007).15) N. Nishimura, T. Yoshida, M. Murayama, T. Asami, K. Shinozaki & T. Hirayama: Plant Cell Physiol., 45, 1485 (2004)..これら種子で働くPP2Cの機能解明は,発芽制御につながる可能性をもつため,筆者らは長く注視してきた.
ABA応答に働くクラスターAに属するPP2Cは,大きくABI1サブファミリーとAHG1サブファミリーに分けることができる.右側に機能欠損変異体のABAによる種子発芽の抑制の程度を示す.++と+は対照区と比べて発芽しにくく,-は対照区と発芽の程度が変わらない.+が多いほど発芽しにくい.
筆者らはABA受容体PYR/PYL/RCARの同定に関する研究の過程で,ABA受容体の一つであるPYR1は,ABI1サブファミリーのPP2Cと同様に,AHG3とABA依存的に相互作用を示すが,興味深いことにAHG1とはその相互作用がないことを見いだした.上述のAHG1とAHG3の機能の差異と考え合わせると,AHG3はABI1サブファミリーと同じABA受容体を介したABA応答経路でも働くが,AHG1はABA受容体を介した経路では働かず,別のABA応答経路で働くことが考えられた.この考えは,PYR1がAHG1のPP2C活性を抑制しないという別のグループの報告とも一致する(16)16) R. Antoni, M. Gonzalez-Guzman, L. Rodriguez, A. Rodrigues, G. A. Pizzio & P. L. Rodriguez: Plant Physiol., 158, 970 (2012)..そこで,AHG1が働くABA応答経路を明らかにするため,ABI1の相互作用因子としてABA受容体PYR/PYL/RCARやサブクラスIIIに属するSnRK2の一部を同定することに成功した「質量分析装置を利用した植物組織内で相互作用するタンパク質を同定する実験系」を用い,AHG1と相互作用する因子を探索することにした(5, 17)5) N. Nishimura, W. Tsuchiya, J. J. Moresco, Y. Hayashi, K. Satoh, N. Kaiwa, T. Irisa, T. Kinoshita, J. I. Schroeder, J. R. Yates 3rd et al.: Nat. Commun., 9, 2132 (2018).17) N. Nishimura, A. Sarkeshik, K. Nito, S. Y. Park, A. Wang, P. C. Carvalho, S. Lee, D. F. Caddell, S. R. Cutler, J. Chory et al.: Plant J., 61, 290 (2010)..AHG1タンパク質を過剰に発現させたシロイヌナズナ組換え植物体(以下,過剰発現体)を作製して観察したところ,ABI1過剰発現体は植物体が小さく萎れやすいのに対し,AHG1過剰発現体はそのような表現型を示さなかった.このことからも,ABI1とAHG1は同じクラスターAに属するPP2Cであるが,植物組織内での役割は異なることが示唆された.この形質転換体植物を用いて,AHG1と相互作用する因子を探索した結果,ABA受容体PYR/PYL/RCARは同定されず,最終的に数個の相互作用因子を同定することに成功した.驚くべきことに,そのうちの一つが種子の休眠制御因子のDOG1であった.
DOG1は,シロイヌナズナの種子休眠性が弱い系統と強い系統を用いた量的形質遺伝子座(QTL)解析により,種子休眠にかかわる重要な遺伝子として同定された(18)18) L. Bentsink, J. Jowett, C. J. Hanhart & M. Koornneef: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 17042 (2006)..DOG1タンパク質の配列の一部がb-ZIP型転写因子と似ていたため,DOG1は転写因子として機能するのではないかと考えられたが,現時点においてこれをサポートする報告はない.ほかに機能の予測につながるアミノ配列は見いだせず,DOG1の種子休眠における機能は不明なままであった.また,DOG1が機能するためにはABAが必要との報告はあるが,DOG1とABAの関係性についてはよく分かっていなかった(18~21)18) L. Bentsink, J. Jowett, C. J. Hanhart & M. Koornneef: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 17042 (2006).19) K. Nakabayashi, M. Bartsch, Y. Xiang, E. Miatton, S. Pellengahr, R. Yano, M. Seo & W. J. Soppe: Plant Cell, 24, 2826 (2012).20) B. J. Dekkers, H. He, J. Hanson, L. A. Willems, D. C. Jamar, G. Cueff, L. Rajjou, H. W. Hilhorst & L. Bentsink: Plant J., 85, 451 (2016).21) G. W. Bassel: Trends Plant Sci., 21, 498 (2016)..
クラスターAに属するすべてのPP2CとDOG1との相互作用を調査したところ,興味深いことにDOG1はAHG3を含むAHG1サブファミリーのPP2Cとは相互作用するが,ABI1サブファミリーのPP2Cとは相互作用しないことが明らかになった.また,DOG1過剰発現体を作成したところ,発芽において非常に強いABA高感受性を示した(図3a図3■ABA応答に働くDOG1タンパク質).これらのことから,AHG1サブファミリーのPP2CとDOG1が未知のABAを介した種子休眠制御機構にかかわっていることが強く示唆された.さらに詳細な解析により,AHG1はDOG1のN末端側の13番目から18番目のアミノ酸に相当する領域(DSYLEW)と相互作用した.このDSYLEW領域を含むN末端側の18アミノ酸を除いたDOG1の過剰発現体は,ABA高感受性を示さないことから,DOG1が機能するためには,AHG1と相互作用するN末端側の領域が重要であることが示唆された(図3b図3■ABA応答に働くDOG1タンパク質).
a)DOG1タンパク質を過剰に発現させたDOG1過剰発現体(右)は,対象区(左)と比べ,低濃度のABA存在下で発芽や子葉の成長が遅くなる.b)DOG1の構造的特徴を示す.DOG1はAHG1との結合領域やヘムと結合するアミノ酸残基を改変(それぞれ中央または下)するとDOG1の機能を失う.右側に過剰発現体のABAによる種子発芽の抑制の程度を示す.++は対照区と比べて発芽しにくく,-は対照区と発芽の程度が変わらない.
DOG1がAHG1の上流それとも下流で働いているかを明らかにするために,ahg1dog1二重変異体とAHG1とDOG1双方を共に過剰発現させた植物体を用いた遺伝学的解析(上位・下位検定)を行ったところ,DOG1はAHG1の上流で働くことがわかった.この結果より,DOG1はABA受容体PYR/PYL/RCARのようにAHG1のPP2C活性を制御している可能性が考えられたので,次にDOG1がAHG1のPP2C活性に影響するかどうかを調べた.In vitroでSnRK2の活性化ループのリン酸化ペプチドを基質としDOG1の有無でAHG1のPP2C活性を比較したところ,DOG1がAHG1のPP2C活性を抑制することを見いだした.このDOG1によるAHG1のPP2C活性抑制は,ABAの有無で違いがないことから,DOG1にはABA受容体PYR/PYL/RCARのようにABA依存的にPP2Cの活性を制御する機能はないと考えられた.
DOG1タンパク質を大腸菌で発現・精製したところ,DOG1タンパク質は赤褐色を示し,その原因はDOG1にヘムと呼ばれる二価の鉄原子とポルフェリンで構成される錯体と結合していることを明らかにした.近年,ABA応答とヘムとの関係に関する報告がいくつかされている(22)22) C. Vanhee & H. Batoko: Plant Signal. Behav., 6, 1383 (2011)..シロイヌナズナの植物体にABA処理を行うと,植物細胞内のヘムの内在性量が一過的に蓄積するが,Tryptophan-rich sensory protein(TSPO)と呼ばれるヘムスカベンジャータンパク質が遊離状態のヘムと結合し,活性酸素などによる細胞内へのタメージを防いでいると考えられている(23)23) C. Vanhee, G. Zapotoczny, D. Masquelier, M. Ghislain & H. Batoko: Plant Cell, 23, 785 (2011)..また,たとえば紅藻のシゾンでは,ABAが細胞周期移行の停止にかかわり,その際,遊離状態のヘムの関与が報告されている(24)24) Y. Kobayashi, H. Ando, M. Hanaoka & K. Tanaka: Plant Cell Physiol., 57, 953 (2016)..次に,DOG1の中でヘムを配位するアミノ酸残基を調べ,それらは245番目と249番目のヒスチジンであることを見いだした.この2つのヒスチジンをアラニンに置き換えたDOG1H245AH249Aタンパク質は大腸菌で発現させると無色であった.このことは変異の導入によりヘム結合能が低下したことを示し,245番目と249番目のヒスチジンがDOG1のヘム結合に必須であることが示された.興味深いことに,DOG1H245AH249A過剰発現体は,DOG1過剰発現体で見られたABA高感受性を示さなかった(図3b図3■ABA応答に働くDOG1タンパク質).このことから,DOG1が植物内で機能するためには,ヘムとの結合が重要であることが示唆された.
シロイヌナズナには,DOG1遺伝子と似た配列をもつホモログ遺伝子のDOGLが5個(DOGL1~DOGL5)あり,DOG1遺伝子はイネやコムギなどにも広く保存されている(25)25) I. Ashikawa, F. Abe & S. Nakamura: Plant Sci., 208, 1 (2013)..シロイヌナズナがもつ5個のDOGLのうち,DOGL3とDOGL5にはAHG1との相互作用が見られた.DOGL3過剰発現体の種子はABA高感受性を示したがDOGL5過剰発現体の種子は示さなかったことから,DOGL3はDOG1様の機能をもつがDOGL5はAHG1と相互作用するにもかかわらずDOG1様の機能はもたないことが示唆された.DOGL3とDOGL5についてもヘムとの結合を調べたところ,DOGL3タンパク質は薄い赤色を示すのに対し,DOGL5タンパク質は無色であった.DOGL5にはDOG1がもつヘムの配位子である2つのヒスチジンが保存されておらず,そのためDOGL5はヘムと結合できなかったと考えられた.以上の結果から,DOG1のABA感受性を高める機能にはヘムとの結合が必須であることが明らかになった(図3b図3■ABA応答に働くDOG1タンパク質).
以上の研究結果から,筆者らは,発芽を制御するABA応答はABA受容体を介する経路と並行して,DOG1を介する経路が存在すると考えている(図4図4■本研究から考えられる発芽の制御にかかわるモデル図).生育環境の変化により,ABA受容体やDOG1はABAやヘムなどのシグナル分子と結合し,それらがABI1やAHG1などのPP2Cの活性をそれぞれ制御することで,ABA応答が誘導され種子は休眠すると考えられる.おそらく,この2つの経路で働く下流因子の一部は共通しており,その候補としてABI1やAHG1と相互作用すると報告があるSnRK2やABI5が挙げられる(14)14) T. Umezawa, N. Sugiyama, M. Mizoguchi, S. Hayashi, F. Myouga, K. Yamaguchi-Shinozaki, Y. Ishihama, T. Hirayama & K. Shinozaki: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 17588 (2009)..このように,植物は進化の過程で,この2つの経路をうまく使い分けることで,さまざまな環境変化に適応できるようになったのではないかと考えられる.
発芽を制御するABA応答には,図1図1■既知のABA応答のモデル図で示すABA受容体を介する経路(左側)と筆者らが明らかにしたDOG1を介する経路(右側)があり,それぞれが共通する下流のABA応答因子の活性を調整すると考えられる.
では,なぜ植物はABA受容体を介する経路をもつにもかかわらずDOG1-AHG1経路をもっているのだろうか? 上述のように,種子はいったん発芽してしまえば環境がいかに変化しようとも生育を続けるしかない.そのため,発芽・休眠は,置かれた環境により厳密に制御されなければならない.筆者らの研究から,DOG1はヘムタンパク質であり,DOG1が機能するためにはヘムとの結合が重要であることが示された.DOG1とヘムとの結合の生理学的意義は不明であるが,ヘムタンパク質は酸素や一酸化窒素などを認識するセンサーとしての機能などが知られているため,DOG1もこのようなセンサーの可能性が考えられる(26)26) T. Li, H. L. Bonkovsky & J. T. Guo: BMC Struct. Biol., 11, 13 (2011)..ABAは,環境ストレス応答で働くが,すべての環境の変化に応答するわけではない.ABAが担えない環境の変化,たとえば低酸素などをDOG1が察知するのかもしれない.また,クラスターAに属するPP2Cのうち,ABI1サブファミリーはコケ植物以降の陸上植物に存在する(27)27) F. Hauser, R. Waadt & J. I. Schroeder: Curr. Biol., 21, R346 (2011)..一方,DOG1経路で働くAHG1サブファミリーに属するPP2Cは種子植物のゲノムにはそのホモログが見つかるが,コケやシダ植物では見つけることができない.AHG1やAHG3は植物が種子を形成する能力を獲得したと同時にABI1サブファミリーを含むほかのPP2Cから分岐したのかもしれない.たとえば,植物はABI1サブファミリーからABI1サブファミリーとAHG1サブファミリーの特性を両方もつAHG3のようなPP2Cを獲得し,その後,種子の発芽制御に特化するためにABI1サブファミリーの特性を失ったAHG1のようなPP2Cを獲得したのかもしれない.このように,植物は種子の発芽・休眠をより環境に即して制御するためにABAを介した応答機構に加え,DOG1を介した応答機構を獲得したのではないかと考えられる.
DOG1は当初,種子でのみ機能していると考えられてきたが,最近花成の制御や乾燥ストレス応答にもかかわることが報告されている(28, 29)28) H. Huo, S. Wei & K. J. Bradford: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, E2199 (2016).29) R. Yatusevich, H. Fedak, A. Ciesielski, K. Krzyczmonik, A. Kulik, G. Dobrowolska & S. Swiezewski: EMBO Rep., 18, 2186 (2017)..また,DOGL4遺伝子はエピジェネティックな制御を受けることや(30)30) H. Zhu, W. Xie, D. Xu, D. Miki, K. Tang, C. F. Huang & J. K. Zhu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115, E9962 (2018).,ごく最近,DOGL4は種子成熟期に蓄えられるタンパク質や脂質などの種子貯蔵物質の蓄積に働くことが示された(31)31) K. Sall, B. J. W. Dekkers, M. Nonogaki, Y. Katsuragawa, R. Koyari, D. Hendrix, L. A. J. Willems, L. Bentsink & H. Nonogaki: Plant J. 100, 7 (2019)..DOG1-AHG1/AHG3の経路が種子のみでなく植物個体で普遍的に機能している可能性がある.これらの制御においてPP2Cの関与の有無やヘム結合の依存性も含め,さらに研究が進展することが期待される.
筆者らが論文を投稿中に,ほかのグループからDOG1の相互作用因子としてAHG1やAHG3が同定され,DOG1がAHG1の上流で働くことが報告された(32)32) G. Nee, K. Kramer, K. Nakabayashi, B. Yuan, Y. Xiang, E. Miatton, I. Finkemeier & W. J. J. Soppe: Nat. Commun., 8, 72 (2017)..それらの結果は,筆者らが示したDOG1機能へのヘムの関与以外は筆者らの結果とほぼ一致する内容であり,DOG1-AHG1による休眠制御機構の存在が裏付けられた.今後は,DOG1が生体内でどのような機能をもちAHG1を制御するのかを明らかにすることが必要である.また今回は,AHG1に相互作用するDOG1に注目して研究を行ったが,それ以外の相互作用因子についても研究を展開し,種子におけるABA応答の全容解明を目指したいと考えている.
AHG1やDOG1遺伝子は,イネやコムギ,オオムギなどの重要作物にも存在している.コムギやオオムギの栽培で問題となっている作物の収穫前に穂に着生している種子が降雨などにより発芽する穂発芽は,種子の休眠性に深くかかわっていることから,ABA受容体を介した仕組みで働くタンパク質に加え,AHG1タンパク質やDOG1タンパク質の機能を制御することで,穂発芽しにくい農作物の効率的な開発を行い,得られた知見が農業現場に早く応用されることを期待したい.
Reference
1) Y. Ma, I. Szostkiewicz, A. Korte, D. Moes, Y. Yang, A. Christmann & E. Grill: Science, 324, 1064 (2009).
2) S. Y. Park, P. Fung, N. Nishimura, D. R. Jensen, H. Fujii, Y. Zhao, S. Lumba, J. Santiago, A. Rodrigues, T. F. Chow et al.: Science, 324, 1068 (2009).
6) R. Finkelstein: Arabidopsis Book, 11, e0166 (2013).
7) 上野琴巳,平山隆志:化学と生物,48, 555 (2010).
8) 西村宜之,平野良憲,人見研一,箱島敏雄,村瀬浩司:化学と生物,49, 161 (2011).
11) G. B. Bhaskar, M. M. Wong & P. E. Verslues: Plant Cell Environ., 42, 2913 (2019).
12) T. Hirayama & K. Shinozaki: Trends Plant Sci., 12, 343 (2007).
21) G. W. Bassel: Trends Plant Sci., 21, 498 (2016).
22) C. Vanhee & H. Batoko: Plant Signal. Behav., 6, 1383 (2011).
23) C. Vanhee, G. Zapotoczny, D. Masquelier, M. Ghislain & H. Batoko: Plant Cell, 23, 785 (2011).
24) Y. Kobayashi, H. Ando, M. Hanaoka & K. Tanaka: Plant Cell Physiol., 57, 953 (2016).
25) I. Ashikawa, F. Abe & S. Nakamura: Plant Sci., 208, 1 (2013).
26) T. Li, H. L. Bonkovsky & J. T. Guo: BMC Struct. Biol., 11, 13 (2011).
27) F. Hauser, R. Waadt & J. I. Schroeder: Curr. Biol., 21, R346 (2011).
28) H. Huo, S. Wei & K. J. Bradford: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, E2199 (2016).