セミナー室

昆虫のフェロモン2脂肪酸に由来するフェロモンの生合成と受容機構

Nobuhiro Shimizu

清水 伸泰

京都先端科学大学バイオ環境学部

Takeshi Fujii

藤井

東京大学農学部

Yu Rong

東京大学農学部

Yukio Ishikawa

石川 幸男

東京大学農学部

Takeshi Sakurai

櫻井 健志

東京農業大学農学部

Hidefumi Mitsuno

光野 秀文

東京大学先端科学技術研究センター

Published: 2019-12-01

はじめに

フェロモンは最初に昆虫で発見されて以来,陸上の哺乳類や鋏角類(ダニやクモの仲間)のほかに,魚類や甲殻類などさまざまな動物でその存在が示されている(1)1) T. D. Wyatt: Pheromones and animal behavior: chemical signals and signatures (2nd edition). (Cambridge University Press, Cambridge) (2014)..最も研究が盛んに行われているのが昆虫であり,そのなかでもガ類においては数百種で性フェロモンの化学構造が明らかにされているが,そのほとんどが脂肪酸誘導体と言われる(2)2) T. Ando, S. Inomata & M. Yamamoto: Lepidopteran sex pheromones. Topics in Current Chemistry. The chemistry of pheromones and other semiochemicals I, ed. by S. Schulz, Springer, 239, 51 (2004)..性フェロモンが子孫を残すための重要な化学信号であるため,その生合成と受容機構には,昆虫が進化の過程で種の多様化が起こった謎の一端が隠されている可能性がある.ガ類性フェロモンの多くは揮発性の高い有機分子で,空気中に漂っているにおいを同種個体が触角で感知する.すなわち,昆虫はフェロモンを空気中に揮散させるために,体内の組織に豊富に存在する脂肪酸を適した形に作り変えて体外に放出している.フェロモン腺には脂肪酸からフェロモンを作り上げるために必要な生合成酵素が準備されており,炭素鎖長の調節や不飽和結合の形成に加えて官能基が化学修飾されて多様なフェロモン分子が完成する.自然環境中に放散されるフェロモン量はごく僅かであり,なおかつ大気中では複雑ににおいの濃淡が生じるにもかかわらず,昆虫は異性(同種メス)のにおいを敏感に受容・識別し,それをきっかけとしてパートナーの探索行動を開始する.このように,フェロモンの合成と受容は全く別々の生理反応であるが,お互いが密接に関与している生物現象である.

本稿の昆虫フェロモンの「生合成」では,脂肪酸を原料とするフェロモンの生合成には,いかに化学的に興味深い酸化酵素がかかわっているかをダニ類とガ類を例に最新の知見を紹介する.次の「受容」では,これまで多くの知見が蓄積されてきたガ類のオス触角における高感度・高選択的なフェロモン受容の分子メカニズムを解説する.この驚くべき昆虫の嗅覚能力をヒントに現在,においを識別できるバイオセンサの開発も進められており,昆虫の優れた能力を活かした応用研究を本稿の後半に紹介する.

ダニのフェロモン生合成にかかわるユニークな酸化酵素~炭化水素とギ酸エステルの生合成を中心に~(清水伸泰)

昆虫における脂肪酸の代謝研究の一つとして「昆虫はリノール酸を生合成できるのか?」という疑問に答える研究が,1980年代に盛り上がった.リノール酸はアラキドン酸を経由して生命活動に重要なプロスタグランジンなどエイコサノイドの合成原料となるため,一般に動物は必須脂肪酸として食物から摂取する必要がある.リノール酸の炭素数は18で9位と12位に二重結合をもち,動物はオレイン酸(炭素数18,二重結合9位)の12位に二重結合を導入するΔ12−デサチュラーゼの活性が欠損しているのでリノール酸が合成できない.この背景のもと網羅的に同位体標識実験が行われ,シロアリ,ゴキブリ,アブラムシなどの特定種であるがリノール酸の合成能が証明された.その後,イエコオロギとコクヌストモドキで初めて昆虫特異的なΔ12−デサチュラーゼ遺伝子が同定された(3)3) X.-R. Zhou, I. Hornet, K. Damcevskit, V. Haritost, A. Green & S. Singh: Insect Mol. Biol., 17, 667 (2008)..昆虫以外の動物ではコナダニ,線虫,ナメクジやカタツムリなどの腹足類でリノール酸の生合成が報告されている(4)4) M. Miriama, V. Bertanne & E. Jacintha: Evol. Biol., 45, 15 (2018)..最近,寄生蜂のオス直腸嚢内で特異的にΔ12−デサチュラーゼが発現し,そこで合成されたリノール酸が原料となってメス誘引性の性フェロモンが合成されると報告された.本稿ではフェロモンやその関連化合物の生合成にデノボ合成されたリノール酸が利用される例として,コナダニの炭化水素とギ酸エステルを紹介する.

1. 昆虫とダニの炭化水素生合成

昆虫の体表は高級炭化水素を主成分とするクチクラワックスで覆われ,体内の水分の蒸散防止,耐紫外線,細菌の感染防止などの機能のほかに情報化学物質としても役立っている.イエバエやキイロショウジョウバエのメスの体表に含まれる高沸点の不飽和炭化水素は,オスの求愛行動を引き起こす接触フェロモンとして知られている.炭化水素は脂肪酸から合成させる化合物群で,昆虫だけではなくコナダニ亜目にもよく見つかる.コナダニ炭化水素のほとんどが炭素数13~17であり,昆虫のものに比べると炭素鎖は短く,揮発性が高いのが特徴である(5)5) Y. Kuwahara: Chemical ecology of astigmatid mites. Advances in Insect Chemical Ecology. eds. by R. T. Cardè & J. G. Millar (Cambridge University Press, Cambridge, UK), pp. 76 (2004)..そのうち,リノール酸を原料とする(Z,Z)-6,9-ヘプタデカジエン(6,9-C17)はコナダニ科を中心に広く検出される不飽和炭化水素であり,さらに警報フェロモンとして利用する種もいる.コナダニ炭化水素は体表を覆うワックス成分ではなく,フェロモンを含む多様な揮発成分を混合し効率的に体外に放出するための溶媒としての役割や,揮発成分の蒸散速度をコントロールする役割などが考えられる.われわれは6,9-C17の生成機構を明らかにするため,同位体標識化合物を用いた取り込み実験を行い,リノール酸と6,9-C17が共に同位体で規則的に標識されることを証明した.すなわち,ダニはリノール酸をデノボ合成し,6,9-C17に変換していることが同位体標識実験により明らかになった(6)6) N. Shimizu, M. Naito, N. Mori & Y. Kuwahara: Insect Biochem. Mol. Biol., 45, 51 (2014).

昆虫の炭化水素は脂肪酸の脱炭酸反応により合成されるのではなく,脂肪酸アシルCoAがアルデヒドへ還元された後,NADPHと分子状酸素の存在下で酸化酵素であるチトクロムP450により脱炭酸を伴って生成する機構が提唱されている(7)7) G. J. Blomquist: Biosynthesis of cuticular hydrocarbons. Insect hydrocarbons, eds by G. J. Blomquist & A. G. Bagnères (Cambridge University Press, Cambridge, UK), pp 35 (2010).図1図1■昆虫とダニにおける炭化水素の生合成経路).キイロショウジョウバエ,エンドウヒゲナガアブラムシ,トノサマバッタにおいて昆虫特異的なCYP4G遺伝子が炭化水素の生合成に関与することが明らかになっている.われわれは現在,コナダニにおける炭化水素合成酵素の同定を目指している.ダニは分類学上,昆虫よりも原始的でクモに近い動物である.昆虫とはひと味違う新たな酵素や生成機構が関与する可能性は十分にありえる.

図1■昆虫とダニにおける炭化水素の生合成経路

2. ダニのユニークな酵素的Baeyer–Villiger酸化反応

ギ酸はその名のとおりアリから見つかった化合物であり,多くのアリが防御物質として利用している.酢酸エステルは天然物としてよく知られているのに対して,ギ酸エステルは不思議なことにほとんど見つからない.ところがコナダニは独特な代謝経路をもっているようで,ギ酸エステルはそれほど珍しくはない.ギ酸ネリルはケナガコナダニのほか数種の警報フェロモンとして知られ,またラードルアー(ギ酸(1R,3R,5R,7R)-1,3,5,7-テトラメチルデシル)はコウノホシカダニから見つかったコナダニ初の集合フェロモンで,他種のダニにも誘引活性をもつ興味深い有機分子である.ラードルアーは分子内に4つの不斉炭素が存在するため立体構造の決定が困難であったと想像するが,セミナー室第一回「フェロモンの化学合成」の著者である森 謙治先生らによる合成が達成されたことで,無事に天然物の立体配置がすべてRと決定された.生合成の観点からプロピオン酸単位で炭素鎖が伸長する生合成経路は推測できたが,どのようなメカニズムでエステル結合が形成されるかは不明であった.

われわれは前述の炭化水素の生合成研究を進めるなかで,その生成機構が謎であったギ酸エステルについて重要な知見を得た.それには炭化水素の生合成前駆体がアルデヒドであることが大きなヒントとなった.ネダニモドキ属ダニから天然物としては珍しいギ酸(Z)-8,11-ヘプタデカジエニルとギ酸(Z)-8-ヘプタデセニル2種のギ酸エステルを同定した.両化合物は炭素鎖長と二重結合の位置からリノール酸とオレイン酸がそれぞれ前駆脂肪酸と予測できたため,どのようにエステル結合が形成されるのかを,同位体標識実験でその生合成を探った.驚いたことにギ酸エステルは,ギ酸と脂肪酸アシルCoAから誘導されるアルコールとが縮合して合成されたのではなく,脂肪酸の炭素鎖長そのままでカルボニル炭素とアルキル鎖の間に酸素原子が挿入されて合成されていた.唯一,思い浮かべた生成機構はアルデヒド(炭化水素の生合成前駆体)を基質としたBaeyer–Villiger酸化であり,酵素反応としては報告例のない新しい反応形式として論文発表した(8)8) N. Shimizu, D. Sakata, E. A. Schmelz, N. Mori & Y. Kuwahara: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 114, 2616 (2017).図2図2■ダニ由来のギ酸エステルの推定生合成経路と既知Baeyer–Villiger monooxygenase(BVMO)の反応形式).この仮説をもとにラードルアーの生合成を考えると,エステル結合の形成にBaeyer–Villiger酸化の関与が強く疑われる.

図2■ダニ由来のギ酸エステルの推定生合成経路と既知Baeyer–Villiger monooxygenase(BVMO)の反応形式

Baeyer–Villiger酸化はカルボニル化合物に酸素原子を挿入してエステルやラクトンを形成する古典的な化学反応であり,その反応を触媒する酵素としてBaeyer–Villigerモノオキシゲナーゼ(BVMO)が細菌類を中心に発見されてきた.BVMOは幅広く基質を受け入れる分子認識に加えて,優れた位置および立体選択性を示すため環境調和型の生体触媒として産業利用が進められている(9)9) H. Leisch, K. Morley & P. C. K. Lau: Chem. Rev., 111, 4165 (2011)..近年,フラビン含有モノオキシゲナーゼ(FMO)もBaeyer–Villiger酸化を触媒することが報告された.Baeyer–Villiger酸化に関与する昆虫の酵素は見つかっていないが,一般的な脂肪酸の生合成経路に照らし合わせて説明のつかないフェロモンは,実はBaeyer–Villiger酸化の生成物あるいはその加水分解物かもしれない.フェロモンの生合成研究から発見および開発された生体触媒が将来,医農薬品など有用化合物の合成や環境浄化に貢献する日が来るかもしれない.

ガ類性フェロモンの生合成を担うエポキシ化酵素(藤井 毅,戎 煜,石川幸男)

1. エポキシドとは?

エポキシドとは,3員環の環状エーテルを分子内にもつ化学構造の総称である.通常の炭素–炭素間のsp3混成軌道の結合角度は約109°であり,炭素–酸素間の結合角度は孤立電子対間の反発の影響のため109°よりやや狭い.これらと比較すると,平面図で正三角形を与えるエポキシドの3員環の結合には「無理」(これを環ひずみという)がかかっていることがわかる(図3図3■炭素–炭素,炭素–酸素間の結合角の比較).ところが,生物ではこの不安定なエポキシドが最終産物として生理活性を示すことが少なくない.哺乳類では,アラキドン酸のエポキシドであるエポキシエイコサトリエン酸が血管拡張作用を示すほか,昆虫ではエポキシドがフェロモンやホルモンとして機能する例が報告されている(10~13)10) C. Helvig, J. F. Koener, G. C. Unnithan & R. Feyereisen: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 4024 (2004).11) T. Daimon & T. Shinoda: Biotechnol. Appl. Biochem., 60, 82 (2013).12) M. Tóth, H. R. Buser, A. Penã, H. Arn, K. Mori, T. Takeuchi, L. N. Nikolaeva & B. G. Kovalev: Tetrahedron Lett., 30, 3405 (1989).13) H. Huang, M. Al-Shabrawey & M.-H. Wang: Prostaglandins Other Lipid Mediat., 122, 45 (2016)..実は,炭化水素のエポキシドは後述するようにガ類性フェロモンの重要な成分であるにもかかわらず,その生合成に関与するエポキシ化酵素の実体は長いあいだ謎であった.本稿では,当研究室がこれまでに明らかとした,ガの性フェロモン生合成に関与するエポキシ化酵素についての知見を紹介する.

図3■炭素–炭素,炭素–酸素間の結合角の比較

a)ペンタン,b)水,c)ジエチルエーテル,d)エチレンオキシド(エポキシエタン).炭素–炭素原子のsp3混成軌道の結合角度は約109°である(a).酸素原子は,孤立電子対間の反発の影響で結合角がやや狭い(b, c).エポキシ環は,平面構造式では正三角形に近く描かれ,結合角は約60°となり環の「ひずみ」が大きい(d).

2. ガ類性フェロモンの中のエポキシド

これまでにガ類メスの腹部末端にある分泌腺(フェロモン腺)から同定された性フェロモン分子は,脂肪族型と炭化水素型に区別できる(2)2) T. Ando, S. Inomata & M. Yamamoto: Lepidopteran sex pheromones. Topics in Current Chemistry. The chemistry of pheromones and other semiochemicals I, ed. by S. Schulz, Springer, 239, 51 (2004)..前者はアセチルCoAが,後者はα-リノレン酸などの必須脂肪酸が原料であるなど,その生合成経路は大きく異なる(14~17)14) L. B. Bjostad & W. L. Roelofs: Science, 24, 1387 (1983).15) G. S. Rule & W. L. Roelofs: Arch. Insect Biochem. Physiol., 12, 89 (1989).16) 藤井 毅:アグリバイオ,1, 749 (2017).17) 藤井 毅,中 秀司:昆虫と自然,53, 8 (2018).図4図4■ガ類の脂肪族型性フェロモンと炭化水素型性フェロモンの生合成経路(典型例)の比較).性フェロモンがもつ役割の重要さを考えると,ガ類が極性の異なる2種類のフェロモン分子を使い分けていることは興味深い.これまでに約700種近いガ類から性フェロモン分子が同定されデータベース化されている(18)18) T. Ando & M. Yamamoto: Internet Database. https://lepipheromone.sakura.ne.jp/lepi_phero_list (2018).これによると脂肪族型の性フェロモン分子を使う種が多く,炭化水素型の性フェロモン分子を用いるガ類はトモエガ科,シャクガ科,ドクガ科に限られ,これらはガ類の系統からすると比較的新しいグループである.炭化水素型の性フェロモンを分泌するガ類のうち,その6~7割の種がエポキシドを性フェロモンとして用いている(19)19) Y. Rong, T. Fujii, H. Naka, M. Yamamoto & Y. Ishikawa: Insect Biochem. Mol. Biol., 107, 46 (2019a).表1表1■炭化水素型フェロモン分子に見られるエポキシ環の位置のレパートリー).詳しく見てみると,フェロモン分子内のエポキシ環の位置は,僅かな例外を除いて3, 6, 9位のいずれか1つ,あるいは2つとなっており,このことからエポキシ化酵素は原料の必須脂肪酸から持ち越された3,6,9位の二重結合のいずれか1~2カ所のエポキシ化反応を触媒することが推定された(表1表1■炭化水素型フェロモン分子に見られるエポキシ環の位置のレパートリー).このエポキシ化酵素はP450ファミリーに属すると予想されていたが,最近まで実験的な裏づけはなかった.

図4■ガ類の脂肪族型性フェロモンと炭化水素型性フェロモンの生合成経路(典型例)の比較

炭化水素型性フェロモンでは,エポキシ化はオプションである.必須脂肪酸から持ち越された二重結合のどれか1つ,または2つがフェロモン腺で働くP450エポキシ化酵素によりエポキシ化される.白矢印は普遍的な反応を示し,黒矢印はフェロモン腺内のフェロモン産生細胞特異的な反応を示す.これらの生合成経路の詳細は参考文献17を参照されたい.

表1■炭化水素型フェロモン分子に見られるエポキシ環の位置のレパートリー
亜科エポキシ環の位置エポキシ環なし
モノエポキシドジエポキシド
3epo6epo9epo4epo7epo11epo3,66,9
シャクガ科302921148
ヤガ科1
トモエガ科クチバ亜科11313
エグリバ亜科15315
アツバ亜科4
クルマアツバ亜科81
ドクガ亜科§1281116
ヒトリガ亜科§17121
ツトガ科1
ムモンハモグリガ科1
ハモグリガ科4
合計31446111112198
2018年9月現在のフェロモンデータベースに基づいて整理した(https://lepipheromone.sakura.ne.jp/lepi_phero_listより).
必須脂肪酸を原料としない炭化水素型フェロモン成分.
かつてヤガ科に属していたいくつかの亜科は,トモエガ科に移された(Regier et al., 2017; Zahiri et al., 2012).
§ドクガ亜科とヒトリガ亜科は,かつては2つの独立した科(ドクガ科とヒトリガ科)として扱われていた.
参考文献40・41参照.

3. ガ類のエポキシ化酵素はP450ファミリーのCYP340, CYP341

当研究室ではアメリカシロヒトリ(Hyphantria cunea)のフェロモン腺から,フェロモン生合成にかかわるエポキシ化酵素遺伝子Hc_epo1を世界で初めて単離し,その機能解析に成功した(20)20) Y. Rong, T. Fujii, S. Katsuma, M. Yamamoto, T. Ando & Y. Ishikawa: Insect Biochem. Mol. Biol., 54, 122 (2014)..研究開始当初はRNAの大規模配列解析が現在ほど一般的ではなく,SMART法に従い作成したフェロモン腺cDNAライブラリーから候補遺伝子をスクリーニングする戦略をとった.ライブラリーから400 bp以上のインサートを含む288クローンをランダムに選びシークエンス後,得られた配列のBlast検索により,P450と注釈された遺伝子を3クローン得た.RT-PCRによる組織別発現解析の結果,このなかの一つがフェロモン腺のみで発現しており,性フェロモン生合成酵素である可能性が高いと考えHc_epo1と名づけた.Hc_epo1を発現させた昆虫細胞の培地に基質となるアルケン炭化水素を加え培養すると,3, 6, 9位の二重結合のうち,アメリカシロヒトリのフェロモン主成分と一致する9位にのみエポキシ環を付加した.われわれは続いて,Hc_epo1の配列に基づいて設計した縮重プライマーを用いることで,アメリカシロヒトリと同じトモエガ科に属し同じ主成分をもつクワゴマダラヒトリ(Lemyra imparilis)のフェロモン腺で発現するエポキシ化酵素遺伝子Li_epo1のクローニングと機能解析に成功した(19)19) Y. Rong, T. Fujii, H. Naka, M. Yamamoto & Y. Ishikawa: Insect Biochem. Mol. Biol., 107, 46 (2019a).Hc_epo1Li_epo1はどちらもCYP341Bとアサインされた.

次に3位のエポキシドを性フェロモン成分とするヨモギエダシャク(Ascotis selenaria)に注目した.9位エポキシ化酵素の配列を参考に設計した縮重プライマーを用いたクローニングは失敗に終わったため,フェロモン腺のRNAシークエンスを実行した.発現量上位2,000コンティグのうち,P450ファミリーとアサインされた8個のコンティグを候補遺伝子とした.このなかからRT-PCR法によりフェロモン腺で特異的に発現する遺伝子As_epo1を見いだし,機能解析により本遺伝子が位置選択的に3位にエポキシ環を付加する反応を触媒するエポキシ化酵素をコードすることを示した(21)21) Y. Rong, T. Fujii & Y. Ishikawa: Insect Biochem. Mol. Biol., 108, 9 (2019b).As_epo1は分子系統樹上では,9位にエポキシ環を付加するグループとは異なりCYP340に分類され,演繹アミノ酸配列をHc_epo1, Li_epo1と比べると相同性は10%未満だった(図5図5■エポキシ化酵素の演繹アミノ酸配列とデータベース上の類似配列の分子系統樹).この相同性の低さが縮重プライマーによるPCRで目的産物が増幅されなかった理由と考えている.

図5■エポキシ化酵素の演繹アミノ酸配列とデータベース上の類似配列の分子系統樹

系統樹は近隣結合法により作成した.表記したデータベース上の類似配列の機能はすべて不明である.アメリカシロヒトリとクワゴマダラヒトリのフェロモン主成分の9位エポキシ化酵素(epo9)はCYP341Bに,ヨモギエダシャクのフェロモン主成分の3位エポキシ化酵素(epo3)はCYP340に分類された.必須脂肪酸由来の6位二重結合にエポキシ環を付加する酵素や,性フェロモン分子内にエポキシ環を2つ付加する反応を触媒する酵素がどのグループに入るかが今後の課題であり興味深い.外群には,カイコの幼若ホルモン生合成に関与するエポキシ化酵素の配列を用いた.

われわれは現在,残された6位の二重結合をエポキシ化する酵素の同定に加え,分子内に2つのエポキシ環が挿入される機構の解析を行っている.3位エポキシ化酵素は9位エポキシ化酵素と分子系統的に離れていたが,6位エポキシ化酵素は第三のグループに属するのか?,2つのエポキシ環の付加は一つの酵素が担っているのか? など興味は尽きない.

ガ類の性フェロモン受容機構(櫻井健志)

ガ類のオスは同種メスの放出する性フェロモンを“高選択的”かつ“高感度”に受容し,発信源であるメスに定位する.ここでは,性フェロモン研究のモデル昆虫であるカイコガ(Bombyx mori)を例にガ類オスの性フェロモン受容機構について述べる.

1. フェロモン受容器の構造と受容の流れ

昆虫は頭部に付属する一対の触角によってにおいを検出する.触角上には嗅感覚子と呼ばれる突起状の構造体が多数あり,においの受容器としてはたらく.嗅感覚子の内部には通常,複数の嗅覚受容細胞(olfactory receptor neuron; ORN)が入っており,におい受容部位である樹状突起を感覚子内腔へ,軸索を脳の嗅覚系一次中枢である触角葉へと伸ばしている.嗅感覚子は外部形態の特徴からいくつかのタイプに分類され,ガ類のオスでは毛状感覚子と呼ばれるタイプの嗅感覚子が性フェロモンの受容器としてはたらく.

メスから放出されたフェロモン分子は,まず毛状感覚子のクチクラに吸着したのち,クチクラ上を拡散し感覚子のクチクラ上に開いた嗅孔と呼ばれる微少な穴を通り感覚子内部に入る.感覚子の内部は感覚子リンパ液と呼ばれる液体で満たされている.一般的に親油性が高いフェロモン分子は,感覚子リンパ液中に分泌されるにおい結合タンパク質の一種であるフェロモン結合タンパク質(pheromone-binding protein; PBP)と呼ばれる小型の可溶性タンパク質と結合することでリンパ液中に可溶化され,効率的に樹状突起膜上へと輸送される.フェロモン分子が樹状突起膜上に発現するフェロモン受容体(pheromone receptor; PR)と結合すると,フェロモンの化学信号がORNの電気信号へと変換され,フェロモンは検出される.ここでは,フェロモン受容の特徴である高選択性と高感度性に中心的な役割を果たすPRとPBPについて述べる.

2. カイコガの性フェロモン受容体

ガ類のPRは2004年にカイコガで初めて同定された(22)22) T. Sakurai, T. Nakagawa, H. Mitsuno, H. Mori, Y. Endo, S. Tanoue, Y. Yasukochi, K. Touhara & T. Nishioka: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 16653 (2004)..カイコガのオスはメスの放出する性フェロモンであるボンビコール((E,Z)-10,12-hexadecadien-1-ol)単体でフェロモン源への定位行動を発現する(23)23) A. Butenandt, R. Beckmann, D. Stamm & E. Hecker: Z. Naturforsch. B, 14, 283 (1959).図6図6■カイコガの性フェロモン交信系).一方で,メスからボンビコールとともに放出されるボンビカール((E,Z)-10,12-hexadecadienal)はボンビコールによって解発される定位行動を抑制する効果がある(24)24) K. E. Kaissling, G. Kasang, H. J. Bestmann, W. Stransky & O. Vostrowsky: Naturwissenschaften, 65, 382 (1978).図6図6■カイコガの性フェロモン交信系).カイコガのオスの毛状感覚子には一対のフェロモン受容細胞が入っており,それぞれがボンビコールとボンビカールに特異的に反応を示す(24)24) K. E. Kaissling, G. Kasang, H. J. Bestmann, W. Stransky & O. Vostrowsky: Naturwissenschaften, 65, 382 (1978).図7図7■カイコガの性フェロモン受容機構).カイコガではオス触角で特異的に発現するBmOR1, BmOR3と名付けられた嗅覚受容体(olfactory receptor; OR)がPRとして同定されている(22, 25)22) T. Sakurai, T. Nakagawa, H. Mitsuno, H. Mori, Y. Endo, S. Tanoue, Y. Yasukochi, K. Touhara & T. Nishioka: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 16653 (2004).25) T. Nakagawa, T. Sakurai, T. Nishioka & K. Touhara: Science, 307, 1638 (2005)..BmOR1とBmOR3は共受容体(olfactory receptor co-receptor; Orco)であるBmOrcoとヘテロ複合体を形成し,それぞれボンビコールとボンビカール依存性の非選択的陽イオンチャネルとしてはたらく(25, 26)25) T. Nakagawa, T. Sakurai, T. Nishioka & K. Touhara: Science, 307, 1638 (2005).26) K. Sato, M. Pellegrino, T. Nakagawa, T. Nakagawa, L. B. Vosshall & K. Touhara: Nature, 452, 1002 (2008).図7図7■カイコガの性フェロモン受容機構).また,BmOR1とBmOR3は毛状感覚子内の一対のフェロモン受容細胞で相互排他的に発現する(25)25) T. Nakagawa, T. Sakurai, T. Nishioka & K. Touhara: Science, 307, 1638 (2005)..これらの結果から,フェロモン受容細胞のボンビコール,ボンビカールへの特異的な応答はこれらのPRのリガンド特異性によることが示されている(図7図7■カイコガの性フェロモン受容機構).実際に,ゲノム編集により作出したBmOR1ノックアウトカイコガでは,触角の生理応答から行動応答に至るまでボンビコールへの反応が完全に消失することから,BmOR1がカイコガ生体でボンビコール受容体として機能することが実証されている(27)27) T. Sakurai, H. Mitsuno, A. Mikami, K. Uchino, M. Tabuchi, F. Zhang, H. Sezutsu & R. Kanzaki: Sci. Rep., 5, 11001 (2015).

図6■カイコガの性フェロモン交信系

図7■カイコガの性フェロモン受容機構

BmPBP1と結合して感覚子リンパ液中に可溶化されたボンビコールとボンビカールは,それぞれBmOR1とBmOR3によって特異的に検出される.フェロモン受容体とリガンドであるフェロモン分子が結合すると,受容体と共受容体(BmOrco)から構成される陽イオンチャネルが開き,陽イオンの流入が起こる.

3. フェロモン結合タンパク質の機能

PBPはフェロモン分子を感覚子リンパ液中へ効率的に可溶化することで受容細胞の応答の高感度化に関与していると考えられている.また,多くの場合,それぞれのガ種は複数のPBPをもち,PBPごとにフェロモン成分への結合の親和性が異なることが報告されている.そのため,PBPはPRまで輸送されるフェロモン成分にふるいをかけることで,フェロモン成分の識別に関与している可能性が示唆されている.カイコガではBmPBP1, 2, 3の3種類のPBPが報告されているが,そのうちBmPBP1だけが毛状感覚子の感覚子リンパ液中で発現することが報告されている(28)28) M. Forstner, T. Gohl, H. Breer & J. Krieger: Invert. Neurosci., 6, 177 (2006)..BmPBP1は論文によって,ボンビコールとボンビカールへの結合性に関して異なる報告がなされており,フェロモン成分の識別への寄与については結論が出されていなかった(29)29) T. Sakurai, S. Namiki & R. Kanzaki: Front. Physiol., 5, 125 (2014)..そこで筆者らは,BmPBP1ノックアウトカイコガを作出し,オス触角のフェロモンへの応答性への影響を調べることでPBPの生体内での機能を検証した(30)30) Y. Shiota, T. Sakurai, T. Daimon, H. Mitsuno, T. Fujii, S. Matsuyama, H. Sezutsu, Y. Ishikawa & R. Kanzaki: Sci. Rep., 8, 13529 (2018)..その結果,BmPBP1ノックアウト体のオス触角では,フェロモンへの電気応答が野生型と比較して有意に低下すること,さらに応答が低下した割合はボンビコールとボンビカールで同程度であることが示された.これらの結果から,BmPBP1は両成分の可溶化および受容に同程度の寄与をしていると考えられ,カイコガではPBPはフェロモン成分の識別ではなく,高感度なフェロモン検出に重要な役割を果たすと考えられている.

カイコガの性フェロモンの構造が1959年に初めて同定されてから半世紀以上を経た今,ガ類のPRやPBPの機能が明らかになり,触角におけるフェロモン受容の分子機構の全貌が明らかになりつつある.一方で,PRが特定のフェロモン成分だけを高選択的に認識する仕組みについてはいまだ不明な点が多い.今後,PRの立体構造の解析が進むことにより,究極のセンサーともいわれるガ類性フェロモン受容の分子認識の仕組みが原子レベルで解明されることが期待される.

昆虫の嗅覚能力を活用したセンシング技術(光野秀文)

われわれの安心安全な生活や危機安全管理の観点から,近年,環境中のごく微量のにおい物質を検出する技術が求められている.生物のなかでも昆虫は,性フェロモン成分やにおい成分を高感度に検出して,各成分にあわせた行動(たとえば,誘引,忌避)を発現する.そのため,センシング技術のひとつとして,昆虫がもつ嗅覚能力に注目が集まってきている.昆虫の嗅覚能力を活用したセンシング技術としては当初,においによって解発される行動や触角の電気応答(Electroantennogram; EAG)を利用した技術が提案されてきた.たとえば,セイヨウミツバチ(Apis mellifera)は,ショ糖と同時ににおい刺激を提示すると味–においの連合学習が成立し,吻伸展反射を指標としたにおい検出に利用することができる.また,ガ類は,異なる複数の触角をアレイ化してEAG応答を取得することにより,各触角が受容する性フェロモン成分やにおい成分の検出・識別に利用することができる.このように,昆虫生体をそのまま利用することにより,センシング技術として活用できることが示されてきた.

1. 細胞発現系を利用したセンシング技術

ゲノム解析の進展に伴ってORが同定されて以降,遺伝子工学技術によりORの機能を再構築して検出素子として活用する技術の開発が活発に進められている.昆虫のORは,細胞を利用したタンパク質発現系により,その機能が解析されている.昆虫では,ORはOrcoとともにイオンチャネルを形成することから,この機能を細胞で再構築することにより,電気生理学的手法や光学イメージング手法でにおい応答を取得することができる.つまり,昆虫のORとOrcoを機能発現する細胞は,におい情報を受けとって電気情報や光情報へと信号変換する素子として活用できる.このような考えのもと,昆虫のORを用いた初めてのセンシング技術として,カイコガのPRとOrcoを共発現させたアフリカツメガエル(Xenopus laevis)卵母細胞を組み込んだにおいセンサチップが提案された(31)31) N. Misawa, H. Mitsuno, R. Kanzaki & S. Takeuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 15340 (2010)..このチップには,卵母細胞内外で生じるイオン電流を計測する2電極膜電位固定法の原理が搭載されており,対象の性フェロモン成分を数ppbオーダーもの高感度で検出することができる.また,小型で携帯性に優れているため,マネキン型ロボットの鼻としても利用できる.PRを用いたこの研究により,高感度かつ携帯性に優れたセンシング技術として昆虫ORの有効性が初めて示された.

それ以降,昆虫や哺乳類に由来する培養細胞の利点を活かした複数のセンシング技術が提案されている.昆虫由来の培養細胞では,Sf21細胞で昆虫のOR, Orco,そしてカルシウム感受性蛍光タンパク質の3種類のタンパク質を機能発現させることにより,におい物質を蛍光強度変化として可視化できる「センサ細胞」の作出原理が提案された(32)32) H. Mitsuno, T. Sakurai, S. Namiki, H. Mitsuhashi & R. Kanzaki: Biosens. Bioelectron., 65, 287 (2015)..この原理は一般臭を検出するORにも応用でき,カビ臭成分であるジェオスミンや1-オクテン-3-オールを検出するキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)のORを用いることで,カビ臭に蛍光応答を示すセンサ細胞の作出にも成功している.このようににおいを可視化するセンサ細胞は,細胞膜修飾剤を用いてガラス基板上の所望の位置に固定することが可能であり,異なるにおい成分を検出する複数種類のセンサ細胞をアレイ化することにより,蛍光パターンでにおいを識別する技術へと展開されている(33)33) M. Termtanasombat, H. Mitsuno, N. Misawa, S. Yamahira, T. Sakurai, S. Yamaguchi, T. Nagamune & R. Kanzaki: J. Chem. Ecol., 42, 716 (2016).図8図8■センサ細胞をアレイ化したにおい識別技術の例).

図8■センサ細胞をアレイ化したにおい識別技術の例

複数種類のセンサ細胞を並列配置することで,蛍光パターンでにおい物質を識別することが可能になる.蛍光画像は疑似カラーで表しており,暖色ほど蛍光強度が大きく変化したことを意味する.

哺乳類の培養細胞では,ラット胎児由来の初代神経細胞にカイコガのPRを遺伝子導入した技術が提案された.この技術では,神経細胞間のネットワークにより,遺伝子導入した神経細胞に加えて,未導入の神経細胞からもにおい応答が取得できるといった,ORに由来する微弱な応答を増幅できる機構を備えることが示された(34)34) N. Tanada, T. Sakurai, H. Mitsuno, D. J. Bakkum, R. Kanzaki & H. Takahashi: Analyst (Lond.), 137, 3452 (2012)..また,ハマダラカ(Anopheles gambiae)のORとOrcoを発現させたHEK293T細胞のスフェロイド(細胞塊)を作製して,ハイドロゲル製のマイクロチャンバ内に配置することで,気体暴露した2-メチルフェノールに対する電気応答を取得できることが明らかにされ,気体状のにおい検知に利用できることも示されている(35)35) K. Sato & S. Takeuchi: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 11798 (2014)..このように,各細胞の利点を活用することで,高感度性と高選択性に加えて,さまざまな特徴をもったセンシング技術の開発へと研究が展開されている.

2. そのほかの発現系を利用したセンシング技術と今後の展望

細胞を用いたタンパク質発現系に加えて,イオンチャネルや受容体といった膜タンパク質は,無細胞タンパク質合成系により,機能的な膜タンパク質を試験管内で合成することも可能になってきた.昆虫のORでも,昆虫細胞由来の細胞抽出液をORとOrcoのmRNAとともにジャイアントベシクル(GV)内に封入することで,GVの人工脂質膜上でOR-Orco複合体がもつイオンチャネル活性の再構築に成功した(36)36) S. Hamada, M. Tabuchi, T. Toyota, T. Sakurai, T. Hosoi, T. Nomoto, K. Nakatani, M. Fujinami & R. Kanzaki: Chem. Commun. (Camb.), 50, 2958 (2014)..最近では,昆虫細胞–バキュロウイルスタンパク質発現系で発現・精製したORを人工膜リポソームに組み込む技術が提案されており,電気化学インピーダンス分光法の金基板上に人工膜リポソームを固定することにより,各種におい成分をppq(10−15)オーダーもの高感度で検出できることが示されている(37)37) R. Khadka, N. Aydemir, C. Carraher, C. Hamiaux, D. Colbert, J. Cheema, J. Malmström, A. Kralicek & J. Travas-Sejdic: Biosens. Bioelectron., 126, 207 (2018)..このように,細胞を使用しない次世代のセンシング技術も研究が進められている.

カイコガのオスがもつフェロモン源探索行動に着目したユニークなセンシング技術も提案されている.カイコガのオスは,性フェロモン成分であるボンビコールを高感度に検知して発信源であるメスに定位する.この行動は,ボンビコール受容体を発現するORNを活性化することによって解発される.遺伝子組換え技術により,このORNにコナガ(Plutella xylostella)のPRを導入することにより,コナガの性フェロモン成分である(Z)-11-ヘキサデセナールに対して一連の交尾行動を発現し,コナガのメスに定位する遺伝子組換えカイコガが作出された(38)38) T. Sakurai, H. Mitsuno, S. S. Haupt, K. Uchino, F. Yokohari, T. Nishioka, I. Kobayashi, H. Sezutsu, T. Tamura & R. Kanzaki: PLoS Genet., 7, e1002115 (2011)..この研究から,カイコガのPRをほかのORに置き換えることにより,所望のにおいを検出して発信源に定位するカイコガ,すなわち「センサ昆虫」の作出技術が確立された.

以上のように,昆虫の生体センサであるORを遺伝子工学技術により再構築することで,高感度・高選択,かつ各宿主の特徴を生かしたセンシング技術が提案され,一部の技術では実用化の段階に到達しつつある.一方,これらの技術の検出性能は,導入するORの性質に大きく依存するため,用途に合わせてにおいを検出するためにはORの応答特性を明らかにすることが重要になってくる.現在,キイロショウジョウバエでは,多数のにおい成分に対するORの応答特性が取得され,データベースに集約されている(39)39) D. Munch & C. G. Galizia: Sci. Rep., 6, 21841 (2016)..このようなデータベース化が地球上に生息する多数の昆虫種で進展することにより,われわれが求める環境中の多種多様なにおいを高感度に検出できるセンシング技術が現実のものになると期待される.

Reference

1) T. D. Wyatt: Pheromones and animal behavior: chemical signals and signatures (2nd edition). (Cambridge University Press, Cambridge) (2014).

2) T. Ando, S. Inomata & M. Yamamoto: Lepidopteran sex pheromones. Topics in Current Chemistry. The chemistry of pheromones and other semiochemicals I, ed. by S. Schulz, Springer, 239, 51 (2004).

3) X.-R. Zhou, I. Hornet, K. Damcevskit, V. Haritost, A. Green & S. Singh: Insect Mol. Biol., 17, 667 (2008).

4) M. Miriama, V. Bertanne & E. Jacintha: Evol. Biol., 45, 15 (2018).

5) Y. Kuwahara: Chemical ecology of astigmatid mites. Advances in Insect Chemical Ecology. eds. by R. T. Cardè & J. G. Millar (Cambridge University Press, Cambridge, UK), pp. 76 (2004).

6) N. Shimizu, M. Naito, N. Mori & Y. Kuwahara: Insect Biochem. Mol. Biol., 45, 51 (2014).

7) G. J. Blomquist: Biosynthesis of cuticular hydrocarbons. Insect hydrocarbons, eds by G. J. Blomquist & A. G. Bagnères (Cambridge University Press, Cambridge, UK), pp 35 (2010).

8) N. Shimizu, D. Sakata, E. A. Schmelz, N. Mori & Y. Kuwahara: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 114, 2616 (2017).

9) H. Leisch, K. Morley & P. C. K. Lau: Chem. Rev., 111, 4165 (2011).

10) C. Helvig, J. F. Koener, G. C. Unnithan & R. Feyereisen: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 4024 (2004).

11) T. Daimon & T. Shinoda: Biotechnol. Appl. Biochem., 60, 82 (2013).

12) M. Tóth, H. R. Buser, A. Penã, H. Arn, K. Mori, T. Takeuchi, L. N. Nikolaeva & B. G. Kovalev: Tetrahedron Lett., 30, 3405 (1989).

13) H. Huang, M. Al-Shabrawey & M.-H. Wang: Prostaglandins Other Lipid Mediat., 122, 45 (2016).

14) L. B. Bjostad & W. L. Roelofs: Science, 24, 1387 (1983).

15) G. S. Rule & W. L. Roelofs: Arch. Insect Biochem. Physiol., 12, 89 (1989).

16) 藤井 毅:アグリバイオ,1, 749 (2017).

17) 藤井 毅,中 秀司:昆虫と自然,53, 8 (2018).

18) T. Ando & M. Yamamoto: Internet Database. https://lepipheromone.sakura.ne.jp/lepi_phero_list (2018)

19) Y. Rong, T. Fujii, H. Naka, M. Yamamoto & Y. Ishikawa: Insect Biochem. Mol. Biol., 107, 46 (2019a).

20) Y. Rong, T. Fujii, S. Katsuma, M. Yamamoto, T. Ando & Y. Ishikawa: Insect Biochem. Mol. Biol., 54, 122 (2014).

21) Y. Rong, T. Fujii & Y. Ishikawa: Insect Biochem. Mol. Biol., 108, 9 (2019b).

22) T. Sakurai, T. Nakagawa, H. Mitsuno, H. Mori, Y. Endo, S. Tanoue, Y. Yasukochi, K. Touhara & T. Nishioka: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 16653 (2004).

23) A. Butenandt, R. Beckmann, D. Stamm & E. Hecker: Z. Naturforsch. B, 14, 283 (1959).

24) K. E. Kaissling, G. Kasang, H. J. Bestmann, W. Stransky & O. Vostrowsky: Naturwissenschaften, 65, 382 (1978).

25) T. Nakagawa, T. Sakurai, T. Nishioka & K. Touhara: Science, 307, 1638 (2005).

26) K. Sato, M. Pellegrino, T. Nakagawa, T. Nakagawa, L. B. Vosshall & K. Touhara: Nature, 452, 1002 (2008).

27) T. Sakurai, H. Mitsuno, A. Mikami, K. Uchino, M. Tabuchi, F. Zhang, H. Sezutsu & R. Kanzaki: Sci. Rep., 5, 11001 (2015).

28) M. Forstner, T. Gohl, H. Breer & J. Krieger: Invert. Neurosci., 6, 177 (2006).

29) T. Sakurai, S. Namiki & R. Kanzaki: Front. Physiol., 5, 125 (2014).

30) Y. Shiota, T. Sakurai, T. Daimon, H. Mitsuno, T. Fujii, S. Matsuyama, H. Sezutsu, Y. Ishikawa & R. Kanzaki: Sci. Rep., 8, 13529 (2018).

31) N. Misawa, H. Mitsuno, R. Kanzaki & S. Takeuchi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 15340 (2010).

32) H. Mitsuno, T. Sakurai, S. Namiki, H. Mitsuhashi & R. Kanzaki: Biosens. Bioelectron., 65, 287 (2015).

33) M. Termtanasombat, H. Mitsuno, N. Misawa, S. Yamahira, T. Sakurai, S. Yamaguchi, T. Nagamune & R. Kanzaki: J. Chem. Ecol., 42, 716 (2016).

34) N. Tanada, T. Sakurai, H. Mitsuno, D. J. Bakkum, R. Kanzaki & H. Takahashi: Analyst (Lond.), 137, 3452 (2012).

35) K. Sato & S. Takeuchi: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 11798 (2014).

36) S. Hamada, M. Tabuchi, T. Toyota, T. Sakurai, T. Hosoi, T. Nomoto, K. Nakatani, M. Fujinami & R. Kanzaki: Chem. Commun. (Camb.), 50, 2958 (2014).

37) R. Khadka, N. Aydemir, C. Carraher, C. Hamiaux, D. Colbert, J. Cheema, J. Malmström, A. Kralicek & J. Travas-Sejdic: Biosens. Bioelectron., 126, 207 (2018).

38) T. Sakurai, H. Mitsuno, S. S. Haupt, K. Uchino, F. Yokohari, T. Nishioka, I. Kobayashi, H. Sezutsu, T. Tamura & R. Kanzaki: PLoS Genet., 7, e1002115 (2011).

39) D. Munch & C. G. Galizia: Sci. Rep., 6, 21841 (2016).

40) J. C. Regier, C. Mitter, K. Mitter, M. P. Cummings, A. L. Bazinet, W. Hallwachs, D. H. Janzen & A. Zwick: Syst. Entomol., 42, 82 (2017).

41) R. Zahiri, J. D. Holloway, I. J. Kitching, J. D. Lafontaine, M. Mutanen & N. Wahlberg: Syst. Entomol., 37, 102 (2012).