Kagaku to Seibutsu 57(12): 772-775 (2019)
農芸化学@High School
霞ヶ浦の底泥で発電は可能か
Published: 2019-12-01
本研究は日本農芸化学会2019年度大会(開催地:東京農業大学)での「ジュニア農芸化学会」において発表されたものである.様々な能力を有し人類によって様々に利用されている微生物は,燃料電池に利用することもできる.本研究では,霞ヶ浦の底泥を研究素材として,底泥を利用して実際に発電が可能であることを示し,また泥中には発電能力を利用可能な細菌が普遍的に棲息していることを強く示唆する結果を得た.本研究は,発電への微生物利用を切り開く可能性を秘めており,研究の将来性が学会から高く評価された.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
微生物燃料電池は,酸素の代わりに負極に電子を渡すことで呼吸する微生物を用いて,有機物の保有する化学エネルギーを電気エネルギーに変換する装置である.実用化にあたり最も有望と考えられているのが,廃水処理・下水処理への適用である.発電した電力をその水処理に利用しながら,同時に汚泥有機物が削減できる.常温運転が可能で持続的にエネルギーが取り出せる微生物燃料電池は,エネルギー問題の解決への大きな将来性をもつと考える.この発電細菌としてはShewanella oneidensisが有名である(1, 2)1) 高妻篤史,宮原盛夫,渡邉一哉:化学と生物,50, 150 (2012).2) 高妻篤史,橋本和仁,渡邉一哉:環境バイオテクノロジー,9, 105 (2009)..
また,私たちの学校がある茨城県には,日本第2位の面積を有する霞ヶ浦がある.富栄養湖であり,水質の浄化を中心に多くの環境保全対策が取り組まれている.私たちはこの霞ヶ浦の豊富な有機物を積極的に有効利用できないかと考え,微生物燃料電池に着目した.霞ヶ浦の底泥を用いて発電ができれば,新たな資源利用の可能性が広がるのではないかと考え,微生物燃料電池としての可能性を探ることを目的とした.
霞ヶ浦西浦の湖岸で採泥した(図1図1■霞ヶ浦の底泥の採取地点).プラスチック容器(容量4 L)を用いて発電装置を組んだ(図2図2■実験装置).電極にはグラファイトフェルトのクレハF-205(黒鉛系)とF-105(炭素系)の2種類を用いた.発電条件は,10 kΩの抵抗を挟んで20°Cおよび25°Cの恒温器内で運転し,経時的に電圧を測定した.
霞ヶ浦で生物相の状態や環境条件,さらに泥の性状の異なる3地点で泥を採取した(図1図1■霞ヶ浦の底泥の採取地点).
それぞれの泥を用いた発電装置を組み(図2図2■実験装置),①と③は25日,②は約86日断続的に運転したものを試料とした.電極はF-205を用いた.
電池性能の評価は分極曲線と出力曲線を作成し,起電力,内部抵抗,最大出力を調べることで行った.1回の測定ごとに抵抗を付け替え,電流を測定した.付け替えた抵抗の種類は15種類である.(0.2, 0.47, 0.68, 1, 2, 3, 4, 5, 10, 20, 47, 51, 68, 100, 220[kΩ])
さらに,①および対照の風乾土を,埼玉大学総合技術支援センターに委託して元素分析(C%, H%, N%)を行った.
発電が確認でき,泥中には発電細菌が存在していると考えられる(図3図3■ヨシ群生地の泥での発電量の変化).電極F-205(黒鉛系)においては運転開始直後から発電が確認された.35日後に最大量となり,その後1カ月間はほぼ安定した電圧値を示した.電極については,導電率の高い黒鉛系の電極のほうが炭素系の電極よりも高い発電量となった.炭素系のグラファイトフェルトの方が生物との親和性が高く良い発電環境を形成するのではないかと予測したが,予測とは異なる結果となった.また,温度については,25°Cよりも20°Cのほうが発電量がやや高く,発電細菌の生息適温は25°Cよりも低温にあると推測される.
内部抵抗が低く,起電力と最大出力が高いほうが電池として優れている.この観点から電池としての性能を比較すると,ヨシ群生地の泥が最も電池としての性能が高く,その有効利用に可能性があると考えられる(図4図4■ヨシ群生地の泥での分極曲線と出力曲線,表1表1■泥別の電池としての性能評価).ヨシ群生地の泥についでラクスマリーナ港の底泥,その次に人工砂防の泥の順で電池性能が劣り,対照の園芸培土では発電が認められなかった.園芸培土には発電細菌がいないかもしくは数が少ないと考えられる.
①ラクスマリーナ港 | ②ヨシ群生地 | ③人工砂防 | 対照 (園芸培土) | |
---|---|---|---|---|
起電力(V) | 0.15 | 0.23 | 0.12 | 0 |
内部抵抗(Ω) | 812 | 369 | 1135 | 測定不可 |
最大出力(μW) | 8 | 35 | 3.6 | 0 |
ヨシの群生地点の泥での発電量が多い理由としては,この場所にはたくさんのヨシが生息しており,そのヨシの枯死体が泥中に有機物として蓄積されていること,また生育個体からも有機物が溶脱していることより,その豊富な有機物を発電細菌が分解し,多くの電子を放出しているからと考えられる.風乾土の全炭素(%)が約4.5%であり,この数値は対照の有機肥料入りの園芸培土と比較すると6割程度であるものの,黒ボク土に匹敵する高い値であり,泥中に多くの有機物が存在することを支持するものである(3)3) 小林 久,陳 杰:農業土木学会論文集,230, 217 (2004).(表2表2■元素分析結果(ヨシ群生地泥n=4,園芸培土n=5)).
C% | H% | N% | |
---|---|---|---|
ヨシ群生地の泥 | 4.48 | 1.20 | 0.38 |
(標準偏差) | (0.379) | (0.168) | (0.0432) |
園芸培土 | 7.63 | 2.80 | 0.46 |
(標準偏差) | (0.899) | (0.0508) | (0.0261) |
電解質を添加し,内部抵抗の変化を調べた.泥がNaCl(0.6%と1.2%の2濃度)と乳酸(15と30 mMの2濃度)の水溶液に浸かるように調整した.10 kΩの抵抗をつないで運転し,NaClを添加した電池は16日後,乳酸を添加した電池は6日後に分極曲線と出力曲線を作成した.泥はヨシ群生地点の泥を用いた.
方法3で電池としての性能が一番高かった[蒸留水–黒鉛系電極(F-205)]の装置を用いて,コンデンサー(1F)で24時間1 MΩの抵抗をつないで蓄電したのち,1時間1 kΩの抵抗をつないで放電し,放電曲線を作成し蓄電量を試算した.
電解質の添加により内部抵抗は下がったが,起電力も低下した.特に塩化ナトリウムを加えた区では,pHの低下が著しく,硝酸イオン濃度の上昇を確認した(表3表3■電解質添加区の計測値).電解質の添加は,pHや浸透圧を変化させ,細菌バランスや活性を変化させた結果,発電量が低下したと考えられる.
乳酸15 mM (F105) | 乳酸30 mM (F105) | NaCl 0.6% (F105) | NaCl 1.2% (F105) | 蒸留水(F205) | 蒸留水(F105) | |
---|---|---|---|---|---|---|
電気伝導度[mS/cm] | 1.18 | 1.52 | 15.9 | 22 | 0.006 | 0.135 |
pH | 6.7 | 6.3 | 4.7 | 4.8 | 6.9 | 7.0 |
硝酸濃度[ppm] | 未測定 | 未測定 | 490 | 810 | 36 | 23 |
起電力[V] | 0.043 | 0.0419 | 0.0253 | 0.1095 | 0.252 | 0.2002 |
内部抵抗[Ω] | 30 | 600 | 1200 | 400 | 400 | 1400 |
最大出力[μW] | ≧3.4 | 0.72 | 0.14 | 6.8 | ≧34 | 7.4 |
放電曲線はY=16.15e-9E-04x(x:秒,Y:電流µA, R2=0.9999)となり,量は少ないが蓄電することは可能であることが明らかになった(図5図5■ヨシ群生地の泥での放電曲線).
方法2で用いた装置(試料①~③および対照)の陽極と陰極付近の泥5 gを無菌水10 mLに入れて撹拌し,それぞれの懸濁液を固体細菌用寒天培地(LB培地)上に100 µLずつまき,好気条件下と嫌気条件下の2条件でシャーレ3枚ずつ培養した(25°C・24時間).その後コロニーの形態・色・数を計測した.嫌気条件は,密閉容器ジャーに酸素吸収・炭酸ガス発生剤(三菱ガス化学アネロパックケンキ)を入れて設定した.
方法5の試料①の負極付近の泥から培養された細菌のうち,コロニーの形や色の違う細菌を5種(a~e)を単離した.発電装置はガラス瓶を用い,泥の代わりに直径8 mmの滅菌ガラスビーズを電極間に挟み,LB液体培地(400 mL)でガラスビーズを満たして作成した.この装置において空気と接する場所は,培地の液面のみとなる.LB培地にそれぞれの細菌を移植し,20°Cの恒温器に入れて培養した.100 kΩの抵抗を並列に挟み,経時的に電圧の変化を測定した.
方法6で使用した5種類の細菌の菌体よりDNAを抽出し,細菌16S rRNA遺伝子に特異的なプライマー(27F: 5′-AGA GTT TGA TCC TGG CTC AG, 1492R: 5′-GGYTAC CTT GTT ACG ACT T)を用いてPCR増幅し,シークエンスにより塩基配列を決定して,NCBIのGenBankでBLAST検索を行った.
出現した細菌のコロニー数は園芸培土が最も多いが,霞ヶ浦で採取した泥には嫌気条件下で生きる細菌の割合が高い(図6図6■各条件でのコロニー数(左:好気条件 右:嫌気条件)).これは,霞ヶ浦の泥は湛水・半湛水下にあり,酸素濃度が乾土より低い環境であるからと考える.ヨシ群生地の泥は,ほかの2地点の泥より好気条件下で出現する細菌が多いのは,半湛水状態でさらにヨシの根が土壌に酸素を供給することによると考える.発電細菌は嫌気条件下で負極に電子を放出して呼吸し生きていくことができると知られているので,嫌気条件で出現した細菌コロニーの中に発電細菌がいると考える.
ヨシ群生地の泥の負極から単離した細菌(a~e)のうちで突出して発電量が多い菌はなかったが,5種すべての細菌の発電を確認した.泥の中には複数の発電細菌が存在していることがわかった.
ヨシ群生地の泥の負極から単離した細菌は,a, b, d, eがBacillus属の細菌であり,cがLysinibacillus属の細菌であると同定した.
電池としての性能を向上させ電気産生量を高めること,さらに連続運転時間が長くなるような条件を探ることが必要である.
現時点では電気産生量も蓄電量も非常に小さいが,霞ヶ浦の底泥を有効利用できる可能性について,その一歩を示すことができたのではないかと考える.「霞ヶ浦は巨大な電池」であると大きな魅力を感じ,その有効性をさらに提示できることが希望である.
Acknowledgments
本研究は,東京薬科大学の渡邉一哉先生に実験のご指導をいただきました.霞ヶ浦の底泥の採取に当たり,霞ヶ浦環境科学センターの沼澤篤先生,細田直人先生のご指導をいただきました.霞ヶ浦市民協会様より採泥器をお借りし,ラクスマリーナの秋元昭臣様にご指導とご協力をいただきました.この場をお借りして感謝申し上げます.