Kagaku to Seibutsu 58(1): 2-3 (2020)
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口腔外組織における苦味受容体の発現とその機能体の中でも苦味を感じる
Published: 2019-01-01
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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味は食事を楽しむための重要な要素で,甘味,酸味,塩味,うま味,苦味の5つが基本的な味とされている.もちろん,これら以外にも辛味や渋味などヒトが味として認識している刺激はあるが,基本の5味は口内(舌や軟口蓋)に存在する味蕾という器官で感じ,味覚神経を介して味として認識されることから区別されている.味蕾は味細胞から構成される器官で,味細胞は味覚受容体を発現する味の感知に直接かかわる細胞である.そして味覚受容体が食品に含まれる糖やグルタミン酸などの味覚成分と相互作用することでわれわれは食べ物の味を感じている.味覚受容体は食べ物の味を感じるために存在するタンパク質であるため,その発現は口内に限定されていると思うかもしれないが,実際にはさまざまな器官に発現している.そのなかで今回は,口腔外での苦味受容体の機能について紹介する.
苦味受容体(Taste 2 receptor, Tas2R)は,ヒトで25種,マウスでは35種が同定されており,ほかの味覚受容体と比較した場合にその多様性が特徴となる受容体である.これら複数の苦味受容体は番号で区別され,また生物種によっても異なる番号が付けられている.たとえばヒトではhTas2R1–60,マウスではmTas2R102–144となっている.なお,苦味受容体の数より番号の範囲が広くなっているのは,一部番号が抜けているためである.苦味受容体がこのように多数存在するのは,苦味が一般に毒物を忌避するために発達した味覚であり,多種多様な苦味(毒性)成分を感知するために多様性が必要とされるためと考えられている.
口腔外苦味受容体としては,気道における発現とその機能が比較的詳しく解析され,2つの主な機能が知られている(1)1) F. A. Shaik, N. Singh, M. Arakawa, K. Duan, R. P. Bhullar & P. Chelikani: Int. J. Biochem. Cell Biol., 77(Pt B), 197 (2016)..一つは微生物感染に対する免疫応答の誘導で,気道の上皮細胞に発現するTas2R38が微生物由来の成分を感知しており,一酸化窒素の放出を誘導することで殺菌するとともに,絨毛運動を活発にさせることで粘膜絨毛からの微生物の排除を促進させる.2つ目は気道平滑筋の弛緩効果で,こちらはTas2R5, 10, 14が主な働きを担っている.体における本来の役割はわかっていないが,気道平滑筋の弛緩効果は喘息の治療に用いられる気管支拡張剤のβ作動薬と同じ働きである.また苦味受容体刺激による弛緩効果はβ作動薬とは少し異なり,筋収縮を打ち消す働きであることがわかっているため,気道の苦味受容体は新たな気管支拡張剤開発の標的として期待されている.
気道以外に研究標的とされているのは消化管に発現する苦味受容体である.これまでに胃と小腸タフト(刷子)細胞での苦味受容体の働きが報告されている.胃では,苦味受容体を介して胃酸の分泌が促進されることがヒトを対象とした研究により報告されている(2)2) K. I. Liszt, J. P. Ley, B. Lieder, M. Behrens, V. Stöger, A. Reiner, C. M. Hochkogler, E. Köck, A. Marchiori, J. Hans et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 114, E6260 (2017)..胃の上皮細胞は複数の苦味受容体サブタイプを発現しているため,この働きにどの苦味受容体がかかわっているかは明確ではないが,コーヒーなどの飲料に含まれるカフェイン,人工的な苦味物質である安息香酸デナトニウム,カテキンなどのポリフェノール,ホップの苦味成分であるα酸などさまざまな苦味成分が胃酸の分泌を促進することが知られており,複数の苦味受容体が働いていることが予想できる.またこうした苦味成分による胃酸の分泌促進は,毒性成分を速やかに分解するためと考えられている.小腸タフト細胞では,苦味受容体と寄生虫とのかかわりがマウスを用いた研究から報告されている(3)3) X.-C. Luo, Z.-H. Chen, J.-B. Xue, D.-X. Zhao, C. Lu, Y.-H. Li, S.-M. Li, Y.-W. Du, Q. Liu, P. Wang et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 5564 (2019)..胃と同様にどの苦味受容体がかかわっているかは明確ではないが,タフト細胞は寄生虫の分泌物を苦味受容体で認識し,インターロイキン25を放出して免疫応答を誘導することで,寄生虫を排除するのに貢献している.
このように苦味受容体は口腔外組織にも存在し,いろいろな生理機能を担っていることが示されている.またそうした機能は,気道の上皮細胞での微生物感染に対する免疫応答,胃酸の分泌促進による毒性成分の分解促進,小腸タフト細胞の寄生虫に対する免疫応答など体にとって有害なものを感知して排除するというヒトが苦味を感じる意味に沿っていることがわかる.一方で,有害物の排除という意味に沿わない組織,たとえば肝臓や脳でも苦味受容体の発現が報告されている.こうした組織での苦味受容体の発現情報は多くの場合mRNAレベルであり,実際にタンパク質に翻訳され何かしらの機能を担っているかは現時点では曖昧である.ただ,苦味受容体がグルコースの恒常性に関係するといった報告や(4)4) C. D. Dotson, L. Zhang, H. Xu, Y.-K. Shin, S. Vigues, S. H. Ott, A. E. T. Elson, H. J. Choi, H. Shaw, J. M. Egan et al.: PLoS ONE, 3, e3974 (2008).,Tas2R38が肥満と関連するといった解析結果もあり(5)5) F. J. Ortega, Z. Agüera, M. Sabater, J. M. Moreno-Navarrete, I. Alonso-Ledesma, G. Xifra, P. Botas, E. Delgado, S. Jimenez-Murcia, J. C. Fernández-García et al.: Mol. Nutr. Food Res., 60, 1673 (2016).,有害成分の感知と排除以外にも役割があることが示唆されている.
最近筆者の研究グループでは,マウス脂肪組織が苦味受容体をmRNAレベルではあるが発現していることを確認している.またいくつかの苦味成分が,脂肪細胞の機能に影響を与えることも見いだしている.これらの関係を明らかにできれば,苦味受容体の新しい機能が見いだせると期待して現在研究を行っているところである.
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