Kagaku to Seibutsu 58(1): 7-9 (2020)
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出芽酵母におけるリボソームタンパク質遺伝子の新規転写制御機構ラパマイシン/FK506の標的の真の役割
Published: 2019-01-01
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
真核生物のリボソームは4種類のリボソームRNA(rRNA: ribosomal RNA)と約80種類のリボソームタンパク質からなる巨大複合体であり,その合成は核内に存在する3種類すべてのRNAポリメラーゼを必要とする唯一の細胞内イベントである.出芽酵母では全遺伝子約5000個のうち,200~300個もの遺伝子産物がリボソームの合成に必要とされる.リボソームタンパク質遺伝子(RPG: ribosomal protein gene)の転写はすべてのmRNA転写の約50%を占め,またrRNAの転写は,約150個のrRNA遺伝子のリピートとそれに特化した転写系により,細胞内全転写量の60%にも及ぶ.このようにリボソームの合成に費やされる資源やエネルギー,因子の数や制御の複雑さは,リボソーム合成制御の重要性を如実に物語っており,多くの生物においてリボソーム合成が細胞のサイズや分裂のタイミングの決定,転写や翻訳,複製,mRNAの局在など,細胞のさまざまな機能と密接に関与することが明らかになっている(1, 2)1) D. Rudra & J. R. Warner: Genes Dev., 18, 2431 (2004).2) P. Jorgensen & M. Tyers: Curr. Biol., 14, 1014 (2004)..そのためリボソーム合成制御の正確な理解は,転写や翻訳のみならずあらゆる研究領域に有用な知見をもたらすとともに,異なる領域間の融合にもつながると期待される.
リボソーム構成因子の遺伝子の転写を制御するうえでの司令塔が,タンパク質リン酸化酵素複合体TORC1(Target of Rapamycin Complex 1)である.TORC1は下流の基質のリン酸化を介して異なる転写系の活性を協調的に制御することが明らかにされ(3)3) H. Lempiainen & D. Shore: Curr. Opin. Cell Biol., 21, 855 (2009).,TORC1を介するシグナル伝達の発見者Michael Hallに2017年のラスカー賞が与えられるなどその重要性が広く認識されている.このTORC1の機能の解明に重要な役割を果たしたのが,放線菌由来の化合物ラパマイシンである.ラパマイシンは,細胞内でFKBP12と呼ばれるタンパク質に結合し,この複合体の形でTORC1を阻害することにより,リボソーム合成の阻害やオートファジーの誘導,その他の多様な生物作用を発揮する.FKBP12は元々,免疫抑制剤であるFK506の標的分子として同定され,FK506-FKBP12複合体がタンパク質脱リン酸化酵素カルシニューリンを阻害することにより免疫抑制効果を発揮する.これらの薬剤の臨床,および基礎研究における重要性から,FKBP12を介した薬剤の作用機構については早くに解明された一方,FKBP12の本来の,すなわち薬剤のない生理的な環境における役割については長らく多くが不明であった.
われわれは出芽酵母を材料に,真核生物のリボソーム構成因子の転写制御について,rRNAおよびRPGの協調的な転写制御に働くと考えられているHMGBタンパク質Hmo1の機能の解明を中心に研究を行ってきた.そのなかでHMO1遺伝子と,出芽酵母のFKBP12オルソログをコードするFPR1遺伝子の二重破壊が著しい生育遅延を引き起こすことを再発見し(4)4) K. J. Dolinski & J. Heitman: Genetics, 151, 935 (1999).,両タンパク質が生育にとって重要な役割を共有することが示唆された.われわれはこれまでにHmo1がRPGプロモーターの低ヌクレオソーム領域に結合し,その内部からの非特異的な転写開始を抑えるとともに(5)5) K. Kasahara, Y. Ohyama & T. Kokubo: Nucleic Acids Res., 39, 4136 (2011).,転写のコアクチベーターであるFhl1/Ifh1をリクルートすることにより転写を促進することを明らかにしてきた(6)6) K. Kasahara, K. Ohtsuki, S. Ki, K. Aoyama, H. Takahashi, T. Kobayashi, K. Shirahige & T. Kokubo: Mol. Cell. Biol., 27, 6686 (2007)..RPGの転写にかかわる因子は,Rap1, Hmo1, Fhl1, Ifh1, Sfp1など,その大部分が2000年代中頃までに発見・報告がなされた.以後,次世代シーケンサーを用いた全ゲノムレベルの解析が急速に進歩し,主要転写因子であるRap1がパイオニア的にRPGに結合し,プロモーター上のヌクレオソームを取り除くとともに,そのほかの因子の結合を促進し,プロモーター上に転写開始前複合体が重合するモデルが,各因子の位置関係や相互依存性を含めて詳細に描かれるようになっている(7, 8)7) B. Knight, S. Kubik, B. Ghosh, M. J. Bruzzone, M. Geertz, V. Martin, N. Dénervaud, P. Jacquet, B. Ozkan, J. Rougemont et al.: Genes Dev., 28, 1695 (2014).8) R. Reja, V. Vinayachandran, S. Ghosh & B. F. Pugh: Genes Dev., 29, 1942 (2015)..最近われわれは,Fpr1のクロマチン免疫沈降シーケンス(ChIP-seq)解析により,Fpr1が染色体上の大部分のRPGプロモーターに特異的に結合することを明らかにした(図1図1■Fpr1の酵母染色体上への結合のChIP-seqによる同定).先述したようにHmo1はRPGプロモーターへのFhl1/Ifh1結合を促進するが,実際にはHmo1が結合するRPGは全RPGの約半数に過ぎず,それ以外のRPGへのFhl1/Ifh1の結合促進の仕組みは不明であった.われわれはhmo1Δfpr1Δ二重破壊株の生育異常から,Fpr1こそが残りのRPGへのFhl1/Ifh1結合に関与するのではないかと考え,HMO1, FPR1の遺伝子破壊がFhl1のRPGプロモーターへの結合に及ぼす影響をChIP-seq解析により調べた.その結果,Fhl1は全RPGの約38%にはHmo1のみに依存して,また約17%にはFpr1のみに依存して結合すること,さらに約11%にはHmo1, Fpr1の両者に依存的に,残りのRPGには両者に非依存的に,結合することが明らかとなった(図2図2■Fhl1/Ifh1コアクチベーター複合体のRPGプロモーターへの異なる結合様式).これまでFKBP12のRPG転写への関与は,ラパマイシン添加という人為的な条件下での偶然の作用と考えられてきたが,本研究は,少なくとも出芽酵母においては生理的条件下においてもFKBP12がRPGの転写に積極的に関与することを示した初めての成果であるとともに,RPGの転写因子に十数年ぶりに新規のメンバーを加えるものとなった.
Fpr1の酵母染色体上への結合の有無を調べるため,Fpr1のN末端にPAタグを付加して酵母に発現させ,ChIP-seq解析に供した.(一例として示した)16番染色体には計12カ所のFpr1結合ピークが同定され,そのうち11カ所がリボソームタンパク質遺伝子(パネル右)のプロモーターに一致した.
RPGプロモーターはHmo1の結合の有無(あるいは量)によってHmo1結合型とHmo1非結合型に分類される.Hmo1結合型,およびHmo1非結合型のRPGプロモーターへのFhl1/Ifh1の結合は,それぞれ主にHmo1依存的(青枠),およびFpr1依存的(赤枠)である.一方,Fhl1/Ifh1の結合がHmo1, Fpr1の両者に強く依存するRPG(緑枠),あるいはHmo1, Fpr1のどちらにも依存しないRPG(黒枠)も存在し,さらなる多様な制御の存在が示唆される.
RPG: ribosomal protein gene(リボソームタンパク質遺伝子),PIC : pre-initiation complex(転写開始前複合体)
一方,上記の結果を受けて当然出てくる疑問が,Fpr1の転写因子としての機能にTORC1との相互作用が必要か,ということであろう.そこでTORC1のサブユニットTor2に,Fpr1との相互作用を失わせる変異を導入した株を作製し,この株におけるFpr1の機能を調べた結果,Fpr1のRPG転写おける働きに影響は見られなかった.このことはFpr1の転写因子としての機能はTORC1との相互作用には依存しない,独立したものであることを示唆している.現時点ではラパマイシンが,Fpr1の転写因子としての機能を阻害するかは不明だが,もしそうであった場合,これまで本薬剤を用いて明らかにされた多くの生物現象のなかには,TORC1阻害だけでなく,Fpr1のRPG転写促進活性の阻害,あるいは両者の阻害の合成効果を見ていた可能性も排除できない.
FKBP12のラパマイシン依存的なTORC1阻害活性は,ヒトから酵母まで真核生物に広く保存されている.一方で,FKBP12の生理的な役割を明らかにした例は少なく,さらにその普遍性を示した例はない.われわれが見いだしたFKBP12の転写因子としての役割が,ほかの生物においても保存されているか,そうでないかは,次に明らかにするべき課題である.もし前者であれば,免疫抑制剤として用いられているFK506やラパマイシンなどは,その転写因子としての機能を阻害することで副作用を引き起こしている可能性も考えられる.一方,後者の場合,FKBP12を標的とすることで特定の真菌類の生育を選択的に阻害する薬剤の開発につながる可能性が考えられる.それらの可能性を一つひとつ検証しながら,基礎,および臨床の両面での貢献を目指していきたい.
Reference
1) D. Rudra & J. R. Warner: Genes Dev., 18, 2431 (2004).
2) P. Jorgensen & M. Tyers: Curr. Biol., 14, 1014 (2004).
3) H. Lempiainen & D. Shore: Curr. Opin. Cell Biol., 21, 855 (2009).
4) K. J. Dolinski & J. Heitman: Genetics, 151, 935 (1999).
5) K. Kasahara, Y. Ohyama & T. Kokubo: Nucleic Acids Res., 39, 4136 (2011).
8) R. Reja, V. Vinayachandran, S. Ghosh & B. F. Pugh: Genes Dev., 29, 1942 (2015).