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解糖系酵素の局在制御とリンクした代謝制御集まると仕事が早く進む?

Natsuko Miura

三浦 夏子

大阪府立大学

Published: 2019-01-01

さまざまなタンパク質やRNAが細胞内で集合体を形成する現象「液液相分離」が注目を集めている.液液相分離を引き起こすタンパク質には,実は代謝酵素も多く含まれる.なかでも,幅広い細胞種がもつことで知られる一連の解糖系酵素群は,酵母やある種のヒトがん細胞では,低酸素条件下で“Glycolytic body”あるいは“G-body”を形成することがわかってきた(1)1) D. L. Schmitt & S. An: Biochemistry, 56, 3184 (2017).図1A図1■真核細胞における代謝酵素集合体の形成とその制御).

図1■真核細胞における代謝酵素集合体の形成とその制御

A: 出芽酵母細胞質内におけるG-body形成.(左)好気条件下では解糖系酵素は細胞質内に散在する.(右)低酸素条件下では,エノラーゼをはじめとする解糖系酵素群は細胞質内で集合体を形成する.E: 代謝酵素,緑蛍光:GFPと融合発現させた解糖系酵素の局在,白矢印:G-body, Bar=10 µm. B: 酵素集合体形成による効果の概念図.2つの酵素A, Bによって触媒される反応を例として示す.(左)細胞質内に酵素A, Bと内在性酵素が散在する場合,①代謝中間体が内在性酵素あるいは分解により目的外産物に変換される,②代謝中間体が蓄積する,③細胞外へ漏れ出すなどして,基質の効率的な変換が妨げられる.(右)代謝酵素A, Bが集合体を形成し,内在性酵素から空間的に隔離されている場合,代謝中間体は速やかに酵素Aから酵素Bへ受け渡されるため,上記のような問題は生じにくい.白丸:基質,白三角:代謝中間体,白四角:副生成物,白星:目的産物.

G-bodyを形成する酵素は,解糖系酵素のうち2つを除くほぼすべてと,一部の脂肪酸合成酵素群を含む少なくとも20以上の代謝酵素群である(2, 3)2) M. Jin, G. G. Fuller, T. Han, Y. Yao, A. F. Alessi, M. A. Freeberg, N. P. Roach, J. J. Moresco, A. Karnovsky, M. Baba et al.: Cell Rep., 20, 895 (2017).3) N. Miura, M. Shinohara, Y. Tatsukami, Y. Sato, H. Morisaka, K. Kuroda & M. Ueda: Eukaryot. Cell, 12, 1106 (2013)..現在までの研究から,G-bodyの細胞内における機能は主に代謝調節にあると考えられており(3, 4)3) N. Miura, M. Shinohara, Y. Tatsukami, Y. Sato, H. Morisaka, K. Kuroda & M. Ueda: Eukaryot. Cell, 12, 1106 (2013).4) P. L. Kastritis & A. C. Gavin: Essays Biochem., 62, 501 (2018).,従来注目されてきた転写による調節に加えた新たな糖代謝の調節機構として注目を集めつつある.

興味深いことに,代謝酵素が集合体の形成によって代謝調節を行うという概念は30年以上前に提唱されている.1989年のSpiveyとMerzによれば,代謝酵素集合体の形成には主に以下のような効果があるとされる(5)5) H. O. Spivey & J. M. Merz: BioEssays, 10, 127 (1989).図1B図1■真核細胞における代謝酵素集合体の形成とその制御参照).

ちなみに,代謝調節を行う集合体の形成は,従来は細胞膜や細胞骨格,細胞小器官などを足場として形成される場合が想定・報告されてきたが,G-bodyの場合は,ほかの液液相分離を引き起こすタンパク質同様,RNAを足場として形成されるという考えが主流である.

近年では,代謝酵素の集合体形成による代謝調節機能を代謝モデリングにより,または実験的に実証しようという試みも盛んである.実験的に検証した例としては,2019年にZhaoらがシンプルな検証結果を示している(6)6) E. M. Zhao, N. Suek, M. Z. Wilson, E. Dine, N. L. Pannucci, Z. Gitai, J. L. Avalos & J. E. Toettcher: Nat. Chem. Biol., 15, 589 (2019)..具体的には,集合体形成にかかわるペプチド配列を用いて,シンプルな代謝カスケードを担う2つの代謝酵素を集合させると,集合していない状態に比べて代謝中間体がより効率的に最終産物へ変換されることが示された.彼らが使ったペプチド配列は,ヒトの神経変性疾患にかかわる液液相分離タンパク質で同定された配列に巧妙なトリックを加えたものである.自己集合するペプチド配列をオプトジェネティクスツールと組み合わせ,代謝酵素と融合発現させると,青色光の照射によって集合体形成を制御することができる.すなわち,生きた細胞内で代謝酵素の集合体形成を人為的に調節することが可能である.こうした制御は細胞内に加えて試験管内でも可能であり,リポソームや人工細胞内でも「膜をもたないオルガネラ」を生成することができる.

以上のように,G-body形成の効果は認識されつつあるものの,細胞におけるその形成制御機構には不明な点が多い.酵母では,培養条件によって多少異なるものの,G-bodyは静置もしくは低酸素培養開始後2~6時間で形成が始まり,24時間後には完全に消失する.このとき,G-bodyは通常1細胞あたり1~数個見られ,ピーク時にはほぼすべての細胞で形成される.G-bodyの形成・維持・消失機構については断片的にしか明らかになっていないが,RNaseを細胞内で過剰発現させるとG-bodyの形成が阻害されることなどから,RNA分子がG-bodyの足場になっているとの考え方もある(2)2) M. Jin, G. G. Fuller, T. Han, Y. Yao, A. F. Alessi, M. A. Freeberg, N. P. Roach, J. J. Moresco, A. Karnovsky, M. Baba et al.: Cell Rep., 20, 895 (2017)..代謝酵素による集合体形成は,G-body以外にも核酸合成を行うPurinosome(7)7) A. M. Pedley & S. J. Benkovic: Trends Biochem. Sci., 42, 141 (2017).など,構成要素や生物種が異なるものが多数存在する.こうした集合体の形成を物質生産細胞で人為的かつ迅速に調節できれば,将来的には理論上あらゆる人為的・内在性代謝反応の効率を飛躍的に上げることが可能になるかもしれない.

ところで,酵母やヒトの細胞質にはG-body以外にも,ストレス顆粒やP-bodyなど,多様な集合体が存在することが知られている(8)8) S. F. Banani, H. O. Lee, A. A. Hyman & M. K. Rosen: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 18, 285 (2017)..G-bodyとそうした集合体の違いは何だろうか.ストレス顆粒とG-bodyについて,それぞれの集合体を形成する主なタンパク質を見ると,両者は一部構成要素が重なっている.しかし,この2つは同一ではなく,特定の条件下でのみ共局在することもわかってきている.一方で,P-bodyとG-bodyは全く別個に存在しているようである.集合体同士の相互作用と分離には未解明な点が多く,今後の研究展開が期待される.

G-bodyを形成する解糖系酵素は,そのすべてが細胞内外で多様な機能を発揮する“ムーンライティングタンパク質”としても知られており,いわば「多忙な」酵素群とも言える.こうした酵素群が生体内で,特定のトリガーに応答して集合体を形成・解散することには,どのような意義があるのだろうか.原核微生物やヒトの臓器でも,同じような制御が見られるのだろうか.また,エネルギー産生に中心的な役割を果たす代謝酵素群が集合するという性質は,生命の進化に何らかの役割を果たしたのだろうか.解糖系酵素がみせる不思議な世界に,われわれはまだ足を踏み入れたばかりである.

Reference

1) D. L. Schmitt & S. An: Biochemistry, 56, 3184 (2017).

2) M. Jin, G. G. Fuller, T. Han, Y. Yao, A. F. Alessi, M. A. Freeberg, N. P. Roach, J. J. Moresco, A. Karnovsky, M. Baba et al.: Cell Rep., 20, 895 (2017).

3) N. Miura, M. Shinohara, Y. Tatsukami, Y. Sato, H. Morisaka, K. Kuroda & M. Ueda: Eukaryot. Cell, 12, 1106 (2013).

4) P. L. Kastritis & A. C. Gavin: Essays Biochem., 62, 501 (2018).

5) H. O. Spivey & J. M. Merz: BioEssays, 10, 127 (1989).

6) E. M. Zhao, N. Suek, M. Z. Wilson, E. Dine, N. L. Pannucci, Z. Gitai, J. L. Avalos & J. E. Toettcher: Nat. Chem. Biol., 15, 589 (2019).

7) A. M. Pedley & S. J. Benkovic: Trends Biochem. Sci., 42, 141 (2017).

8) S. F. Banani, H. O. Lee, A. A. Hyman & M. K. Rosen: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 18, 285 (2017).