Kagaku to Seibutsu 58(1): 13-19 (2020)
解説
食後高血糖改善成分を含む新規食材の活用桑葉・微生物によるDNJの生産と機能性・安全性の評価
Development of Novel Food Ingredient for Suppressing Postprandial Hyperglycemia: Evaluation of Functional Food Production from Mulberry Leaves and Microorganisms and Its Functionality and Safety
Published: 2019-01-01
1-デオキシノジリマイシン(DNJ)は糖の分解を阻害することで,糖の吸収・血糖値の上昇を抑制する.食後などの血糖値の急激な上昇は糖尿病の発症や進行にかかわることから,DNJのような食後高血糖を抑制できる成分は,糖尿病の予防や治療に有効であると期待されている.天然でDNJは桑葉に特徴的に含まれ,その機能性研究が広く行われている.しかし,桑葉のDNJ含量は限られるなど,その利用には課題もある.他方,新たなDNJの供給源として,食用微生物の利用が注目されている.本稿では桑葉および食用微生物に含まれるDNJについて概説し,その機能性や安全性について紹介する.
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
アザ糖は糖と類似した構造を有し,炭素環内にイミノ基(–NH–)を有することを特徴とする(図1図1■(A)アザ糖の構造と(B)DNJの糖類吸収抑制機構).たとえば,アザ糖の一種である1-デオキシノジリマイシン(DNJ)は,グルコースの六員環内の酸素原子がイミノ基で置換された構造を有し,1976年に八木らにより桑の根から初めて単離精製された(1)1) M. Yagi, T. Kouno, Y. Aoyagi & H. Murai: Nippon Nogeikagaku Kaishi, 50, 571 (1976)..その後,桑の根そして葉などにDNJをはじめとするさまざまなアザ糖が含まれていることが報告された(2)2) N. Asano, T. Yamashita, K. Yasuda, K. Ikeda, H. Kizu, Y. Kameda, A. Kato, R. J. Nash, H. S. Lee & K. S. Ryu: J. Agric. Food Chem., 49, 4208 (2001)..
DNJの代表的な生理作用として,糖類の吸収抑制が広く知られている.われわれはエネルギー源である炭水化物を主にデンプンとして摂取しているが,デンプンなどの多糖類をそのままの形で体内に吸収することはできない.そのため,多糖類は唾液や膵液に含まれる消化酵素により二糖類などに分解された後,小腸上皮に存在するα-グルコシダーゼにより単糖に分解され,体内に吸収される.DNJなどのアザ糖は,α-グルコシダーゼの活性を競争的に阻害することで糖の吸収を遅延させる(図1図1■(A)アザ糖の構造と(B)DNJの糖類吸収抑制機構).この作用は,食後の血糖値の急激な上昇を抑えることに有効であり,糖尿病の予防や治療への活用に注目が集まっている.ちなみに,DNJなどのアザ糖を特徴的に含む桑葉が糖尿病に効果的であることは古くから言われており,栄西禅師が鎌倉時代に著した『喫茶養生記』には,桑を粥として食することで糖尿病(飲水病)に効果があることが記されている.
ここで糖尿病に目を向ける.糖尿病はよく知られるように血糖値が高くなる疾患であり,高血糖状態が末梢毛細血管に障害を与えることで,網膜症・腎症・神経障害などの合併症を引き起こし,さらには大血管症である心筋梗塞や脳卒中のリスクを高める.糖尿病には,β細胞の機能不全などでインスリンの絶対的欠乏が生じる1型糖尿病と,加齢や肥満などによりインスリンの作用や分泌が弱まる2型糖尿病の2種類があり,2型糖尿病が9割を占める.近年,先進国では飽食などにより糖尿病の患者数が増え続けており,国際糖尿病連合の発表によると,現在,世界における糖尿病患者は4億2,500万人と推定され,さらに,2045年までに6億9,300万人に増加すると予測されている(3)3) International Diabetes Federation: IDF Diabetes Atlas. 8th ed., https://diabetesatlas.org/resources/2017-atlas.html (2017).糖尿病は致死性の高い疾患につながる危険因子であり,加えて医療費の増加や生活の質(QOL)の低下といったさまざまな問題を引き起こすことから,その有効な治療や予防法の構築が求められている.その方法の一つとして下記で述べる理由から,食後血糖値の上昇をコントロールすることが肝要と考えられている.
糖尿病の危険因子の一つとして,食後血糖値の急激な上昇が広く認知され,たとえば,1999年に報告されたDECODE studyでは,ヒトにブドウ糖を負荷した際の2時間後の血糖値の高値が,糖尿病による死亡リスクであることが報告されている(4)4) The DECODE study group on behalf of the European Diabetes Epidemiology Group: Lancet, 354, 617 (1999)..また,食後血糖値の急激な上昇は,同時に急激なインスリン分泌を促進することで酸化ストレスを発生させ,糖尿病の発症や進行を促進させると言われている.したがって,食後血糖値の上昇をコントロールすることが治療のターゲットとなり得る.食事の面で食後血糖値の上昇を緩やかにするには,玄米のような消化されにくい穀物をゆっくりと食べることが望ましいが,現代の食生活においてはパンや麺類のように消化の良い食事が多いため,食後血糖値が上がりやすい.そのため,α-グルコシダーゼ阻害(α-GI)活性を有するDNJのようなアザ糖は,血糖値の上昇を緩やかにすることで糖尿病の発症と進行の遅延治療に役立つと考えられ,アザ糖を基本骨格とした食後高血糖改善薬(アカルボースやボグリボース,ミグリトール)が開発された.これらは実際に,2型糖尿病患者の発症予防に関する大規模臨床試験“STOP-NIDDM”(5)5) J.-L. Chiasson, R. G. Josse, R. Gomis, M. Hanefeld, A. Karasik & M. Laakso, & STOP-NIDDM Trial Research Group: Lancet, 359, 2072 (2002).やvoglibose phase 3 study(6)6) R. Kawamori, N. Tajima, Y. Iwamoto, A. Kashiwagi, K. Shimamoto & K. Kaku; Voglibose Ph-3 Study Group: Lancet, 373, 1607 (2009).などの検討により,その有効性が示され,糖尿病の治療に役立てられている.
このように食後高血糖改善薬は糖尿病の治療に利用されており,さらに食後高血糖改善成分による血糖上昇の抑制は糖尿病の予防にも有効である.すなわち食後高血糖改善成分は,原理的に低血糖などの重篤な副作用を起こしにくく,ほかの糖尿病治療薬との併用も可能であり,血糖値のコントロールによる糖尿病の予防効果を有する安全性の高い機能性食品としての利用が期待されうる.実際にいくつかの食後高血糖改善成分,たとえば難消化性デキストリン(7)7) 塩田紀子,清水宗茂,清水郁子:J. Nutr. Food, 4, 7 (2001).やグァバ茶ポリフェノール(8)8) 出口ヨリ子,長田邦子,内田和美,木村広子,芳川雅樹,工藤辰幸,保井久子,綿貫雅章:日本農芸化学会誌,72, 923 (1998).などを有効成分とする機能性食品や特定保険用食品,そして桑葉のDNJに着目したサプリメントや青汁などの食品が開発され,これらの糖尿病予防への期待は大きい.
たとえば,筆者らが行ったヒト試験において,食前に桑葉の抽出物(DNJを10 mg程度含む)を摂取することにより,食後血糖値の上昇は確かに有意に抑制される(9)9) T. Kimura, K. Nakagawa, H. Kubota, Y. Kojima, Y. Goto, K. Yamagishi, S. Oita, S. Oikawa & T. Miyazawa: J. Agric. Food Chem., 55, 5869 (2007)..したがって,上述のように,桑葉DNJの糖尿病の予防や治療への活用が期待されうる.ただし,この摂取量は桑葉茶10 g程度に相当する.すなわち,有効量(DNJ 10 mg程度)を摂取するには,多くの桑葉の摂取が必要であり,これが桑葉を食品へ活用するうえで課題の一つとなっている.
また,桑をDNJの供給源として利用するにあたり,DNJの含量やその季節変動も把握する必要がある.DNJやほかのアザ糖の含量を評価するために,主に液体クロマトグラフィー(LC)と蒸発光散乱検出(ELSD)(10)10) T. Kimura, K. Nakagawa, Y. Saito, K. Yamagishi, M. Suzuki, K. Yamaki, H. Shinmoto & T. Miyazawa: J. Agric. Food Chem., 52, 1415 (2004).や蛍光誘導体化(11)11) J.-W. Kim, S.-U. Kim, H. S. Lee, I. Kim, M. Y. Ahn & K. S. Ryu: J. Chromatogr. A, 1002, 93 (2003).,質量分析器(MS)(12)12) K. Nakagawa, K. Ogawa, O. Higuchi, T. Kimura, T. Miyazawa & M. Hori: Anal. Biochem., 404, 217 (2010).を組み合わせた方法が利用されている.これらの手法を用いて,桑のDNJ含量にかかわるさまざまな報告がなされ,たとえば筆者らはELSDを用いて桑葉を分析し,桑葉中のDNJ含量が乾燥重量あたり0.1%程度であることを報告している(10)10) T. Kimura, K. Nakagawa, Y. Saito, K. Yamagishi, M. Suzuki, K. Yamaki, H. Shinmoto & T. Miyazawa: J. Agric. Food Chem., 52, 1415 (2004)..また,種や品種によるDNJ含量の違いや生産地域による違い(13)13) J.-Y. Hao, Y. Wan, X.-H. Yao, W.-G. Zhao, R.-Z. Hu, C. Chen, L. Li, D.-Y. Zhang & G.-H. Wu: PLOS ONE, 13, e0198072 (2018).,季節などの栽培条件による変動も報告されている.たとえば,春から夏にかけての若い葉はDNJを多く含むが,秋にはDNJの量が減少する(14)14) W. Han, X. Chen, H. Yu, L. Chen & M. Shen: Food Chem., 251, 110 (2018)..同様に,α-GI活性も春から秋に減少することなどが報告されている(15)15) H. Nakanishi, S. Onose, E. Kitahara, S. Chumchuen, M. Takasaki, H. Konishi & R. Kanekatsu: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 2293 (2011)..このように,桑を供給源としたDNJの活用については,その含量に留意した安定的な供給が望まれている.
最後に,桑葉DNJを食後高血糖改善成分として利用するうえで,DNJの吸収や代謝,臓器への分布などをさらに解明する必要がある.また,DNJの安全性についても,DNJの体内動態と合わせて科学的に検証する必要がある.
桑葉DNJの利用には上述の課題が挙げられる一方で,桑以外の新たなDNJの供給源の探索が試みられており,一部の微生物(Bacillus sp. やStreptomyces sp.)がDNJを生産することが報告されている(16)16) D. J. Hardicka & D. W. Hutchinson: Tetrahedron, 49, 6707 (1993)..そのなかには,発酵食品(豆鼓やチョングッチャン)から単離された食用微生物もある(17)17) S. Onose, R. Ikeda, K. Nakagawa, T. Kimura, K. Yamagishi, O. Higuchi & T. Miyazawa: Food Chem., 138, 516 (2013)..筆者らは,こうした食用微生物由来のDNJが,食後高血糖改善作用を有する新規食品(たとえば,納豆食品)として活用できるのではないかと考えている.ただし,重要なこととして,ここでいう新規食品とは特定保険用食品や機能性表示食品を意図しない.その理由については「コラム」を参照いただきたい.
ここで述べたように,DNJを含む食材として桑葉や食用微生物の活用が期待される一方で,その利用のためにはいくつかの課題が挙げられる.そこで以降では,こうした課題と関係が深い研究(桑葉や食用微生物に含まれるDNJ,およびその機能性や安全性に関する研究)をさらに紹介していきたい.
桑により生産されるさまざまなアザ糖については,たとえば2001年に浅野らによって詳細に報告されている(2)2) N. Asano, T. Yamashita, K. Yasuda, K. Ikeda, H. Kizu, Y. Kameda, A. Kato, R. J. Nash, H. S. Lee & K. S. Ryu: J. Agric. Food Chem., 49, 4208 (2001)..本報告では,桑の葉・実・茎・根中のアザ糖組成が検証され,桑の葉・実・茎・根のいずれにもアザ糖が含まれ,そのなかでも特に,葉でDNJ含量が多いことが報告されている.さらに,DNJ以外にも2-O-α-D-ガラクトピラノシルデオキシノジリマイシン(GAL-DNJ)やファゴミンといったアザ糖が多く含まれていることも明らかにされている.DNJ以外のアザ糖にもα-GI活性を有するものがあると報告されているが(18)18) A. A. Watson, G. W. Fleet, N. Asano, R. J. Molyneux & R. J. Nash: Phytochemistry, 56, 265 (2001).,桑葉中の含量やそのα-GI活性の強さから,DNJを中心としたアザ糖研究が多く行われている.またDNJの生合成機構については,早期からツユクサのDNJの生合成機構が研究されているとともに(19)19) M. Shibano, Y. Fujimoto, K. Kushino, G. Kusano & K. Baba: Phytochemistry, 65, 2661 (2004).,Wangらにより桑における生合成機構が報告されている(20)20) D. Wang, L. Zhao, D. Wang, J. Liu, X. Yu, Y. Wei & Z. Ouyang: PeerJ, 6, e5443 (2018).(図2図2■(A)桑と(B)微生物(Bacillus sp.)の推定DNJ生合成経路).このように,桑により生産されるDNJについての研究が広く行われているが,上述の様に桑葉中のDNJ含量が限られていること,さらに桑葉中のDNJ含量がさまざまな条件に影響を受けること,これらが桑葉の利用上の課題となっている.
一方で,新たな供給源として微生物によるDNJの生産が注目され,研究が進められている.上述のとおり,桑からのDNJの単離は1976年になされているが,微生物でのアザ糖生産の報告はより早く,1966年にStreptomyces lavendulaeがノジリマイシン(NJ)を生産すると報告されている(21)21) S. Inouye, T. Tsuruoka & T. Nida: J. Antibiot., 19, 288 (1966)..その後,Streptomyces lavendulae(22)22) S. Murao & S. Miyata: Agric. Biol. Chem., 44, 219 (1980).やBacillus subtilis var. niger(16)16) D. J. Hardicka & D. W. Hutchinson: Tetrahedron, 49, 6707 (1993).などでDNJが生産されると報告されている.さらに近年では,微生物におけるDNJの生合成機構の解明も進んでいる.これまでに,Streptomyces sp.(23)23) D. J. Hardick, D. W. Hutchinson, S. J. Trew & E. M. H. Wellington: Tetrahedron, 48, 6285 (1992).やBacillus sp.(24)24) L. F. Clark, J. V. Johnson & N. A. Horenstein: ChemBioChem, 12, 2147 (2011).に関するDNJの生合成機構が報告されており(図2図2■(A)桑と(B)微生物(Bacillus sp.)の推定DNJ生合成経路),グルコースを原料としてDNJが生産されることや,生合成に関与する遺伝子の一部が明らかとなっている.筆者らの研究でも,Bacillus sp. からDNJが生産されることに加えて,一部の中間体が培養液中に存在することを見いだしている.さらに,DNJの異性体であるデオキシマンノジリマイシン(DMJ)に関しては,Streptomyces sp. の培養液中にその存在が報告されているが(23)23) D. J. Hardick, D. W. Hutchinson, S. J. Trew & E. M. H. Wellington: Tetrahedron, 48, 6285 (1992).,Bacillus sp. においてはその存在を確認することができないことから,属による違いがあると考えられる(25)25) K. Yamagishi, S. Onose, S. Takasu, J. Ito, R. Ikeda, T. Kimura, K. Nakagawa & T. Miyazawa: Food Sci. Technol. Res., 23, 349 (2017)..また,生合成機構をもとに,DNJの中間体などを添加することでDNJの生産が向上することも報告されており(26)26) H. Wu, Y. Guo, L. Chen, G. Chen & Z. Liang: Front. Microbiol., 10, 1968 (2019).,生合成機構と生産量との関係にも注目が集まっている.筆者らも微生物の生産するDNJの利用に向けて,特に食用微生物を用いたDNJの生産法の開発に取り組んできた.一例として,α-GI活性やDNJ生産量のスクリーニングを通して,伝統的な発酵食品(チョングッチャン)から単離した食用微生物であるBacillus amyloliquefaciensを用いたDNJの生産法を開発した(17)17) S. Onose, R. Ikeda, K. Nakagawa, T. Kimura, K. Yamagishi, O. Higuchi & T. Miyazawa: Food Chem., 138, 516 (2013)..また,培養条件の検討によるDNJ生産量の向上や,後に述べるトレーサー試験のために,微生物を用いたDNJ分子内の窒素原子(14N)を安定同位体(15N)で標識したラベル化DNJの生産も報告している(25)25) K. Yamagishi, S. Onose, S. Takasu, J. Ito, R. Ikeda, T. Kimura, K. Nakagawa & T. Miyazawa: Food Sci. Technol. Res., 23, 349 (2017)..
このように,条件により微生物によるDNJの高生産が可能なため,食後高血糖改善作用を有する新規食品(たとえば,納豆食品)としての活用が十分に考えられ得る.そのためこの実現に向けて,DNJを含む微生物の培養液や発酵物(および,これらの抽出物)を用いた,機能性や安全性に関する基礎的な研究の実施が望まれている(なお,図2図2■(A)桑と(B)微生物(Bacillus sp.)の推定DNJ生合成経路のように桑葉と微生物でDNJの生合成機構は異なり,生産されるアザ糖やその中間体は異なるため,桑葉や微生物,それぞれの機能性や安全性を評価することが必要である.).
ある生理機能を有する成分を医薬品として利用するには,その機能性成分単体での評価が求められる.DNJについても,DNJ単体でのα-GI活性を介した血糖上昇抑制作用や抗糖尿病作用が広く研究されている.一方で,食品(機能性食品)として利用するためには,機能性関与成分単体の評価のみでは十分ではない.たとえば,桑葉や微生物には目的とする機能性関与成分(DNJ)以外にもさまざまな成分が含まれるため,桑葉や微生物,あるいはこれらの抽出物を摂取した際にも所望の作用が発揮されるのか,またその安全性などの評価が当然ながら必要である.こうした研究の例,特にここでは機能性の研究を紹介する.
DNJを含む桑葉(特に抽出物)の機能性研究はこれまで広域に実施されており,DNJ単体が血糖上昇の抑制などに効果的であることに加えて,桑葉抽出物を十分な量を摂取することで血糖値の上昇を抑制するため,糖尿病予防・治療に有用であると期待されている.(ただし,抽出物を,たとえば機能性表示食品として利用するには課題があり,この理由は「コラム」を参照いただきたい.)血糖上昇の抑制にかかわる桑葉抽出物中の主な機能性関与成分はDNJであるが,食物繊維などのほかの成分も血糖上昇抑制作用にかかわっていることが示唆されている(27)27) H. J. Kwon, J. Y. Chung, J. Y. Kim & O. Kwon: J. Agric. Food Chem., 59, 3014 (2011)..また,桑葉中にはDNJやアザ糖以外にもさまざまな機能性成分が含まれているため,糖尿病以外の作用についても種々の研究が行われている(28)28) E. W.-C. Chan, P.-Y. Lye & S.-K. Wong: Chin. J. Nat. Med., 14, 17 (2016)..
このように桑葉の機能性に関する研究が行われていることに対して,DNJを含む微生物の培養液や発酵物(および,これらの抽出物)を用いた機能性評価はほとんど行われていない.そのなかで筆者らはDNJを含む微生物培養液の抽出物の血糖上昇抑制作用を評価し,培養液中のDNJが血糖値の上昇を抑制することを明らかにした(29)29) S. Takasu, I. S. Parida, S. Onose, J. Ito, R. Ikeda, K. Yamagishi, O. Higuchi, F. Tanaka, T. Kimura, T. Miyazawa et al.: PLOS ONE, 13, e0199057 (2018).(図3図3■ラットでの微生物培養液抽出物による血糖上昇抑制作用).したがって,DNJを含む微生物の培養液や発酵物についても,桑葉と同様に糖尿病の予防などに利用できると期待される.なおDNJは抗ウイルス作用や抗がん作用,抗肥満作用などの糖尿病以外の疾病などへの機能性も期待されている.最近の筆者らの研究では,DNJを含む微生物培養液の抽出物をマウスに継続的に摂取させることで,血糖降下や脂質蓄積の低減につながることを明らかにしている(30)30) I. S. Parida, S. Takasu, J. Ito, R. Ikeda, K. Yamagishi, T. Kimura, T. Miyazawa, T. Eitsuka & K. Nakagawa: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 65, 157 (2019)..DNJを含む微生物の培養液や発酵物にも糖尿病に対してのみならずさまざまな機能性が期待されうる.
このように,桑葉DNJの機能性研究はすでに数多く行われ,DNJを含む微生物の培養液や発酵物の機能性については評価が進められ始めた.微生物DNJの研究例はいまだ少ないため,さらなる基礎的な研究が必要であるとともに,実際の納豆などの食品の形態でのヒト試験による評価が,今後は極めて重要になると考えられる.
ここまで,桑葉や微生物に含まれるDNJとその機能について紹介してきた.これらをヒトが安全・安心に利用するには,安全性の評価が不可欠である.特にDNJの吸収・代謝に留意した安全性の研究はほとんど行われておらず,その評価が求められている.ちなみに,医薬品として利用されているアザ糖では,詳細な体内動態や安全性の検証が行われており,アカルボースやボグリボースは体内への吸収率が非常に低いのに対し,ミグリトールの吸収率は比較的高いものの,放射線同位体を用いて体内動態を検討した結果,体内での代謝や蓄積は見られないことが報告されている(31)31) H. J. Ahr, M. Boberg, E. Brendel, H. P. Krause & W. Steinke: Arzneimittelforschung, 47, 734 (1997)..
DNJもミグリトールと同様に体内へと吸収される.その体内動態を明らかにするために,主に血漿からのDNJの抽出法や分析法が研究されてきた.筆者らはLC-MS/MS分析を用いて,DNJが経口摂取後速やかに血中へと移行し30分~1時間で血中濃度が最大となり,その後速やかに血中から消失することを報告している(32)32) K. Nakagawa, H. Kubota, T. Kimura, S. Yamashita, T. Tsuzuki, S. Oikawa & T. Miyazawa: J. Agric. Food Chem., 55, 8928 (2007)..また,DNJ単回投与後の臓器中でのDNJの存在(33)33) S. Yang, J. Mi, Z. Liu, B. Wang, X. Xia, R. Wang, Y. Liu & Y. Li: Molecules, 22, 1616 (2017).や長期的なDNJ摂取による臓器への蓄積も報告されている(30)30) I. S. Parida, S. Takasu, J. Ito, R. Ikeda, K. Yamagishi, T. Kimura, T. Miyazawa, T. Eitsuka & K. Nakagawa: J. Nutr. Sci. Vitaminol. (Tokyo), 65, 157 (2019).(図4図4■(A)マウスへのDNJ長期投与時の臓器への蓄積と(B)ラットへの15Nラベル化DNJ単回投与時の糞尿からの15Nの回収率).さらに,糞尿の分析を通じたDNJの吸収・排泄率が評価されている.Amézquetaらの研究によると,投与した一部のDNJは対内へと吸収されるが,その大部分は速やかに排泄されることが明らかとなっている(34)34) S. Amézqueta, S. Ramos-Romero, C. Martínez-Guimet, A. Moreno, M. Hereu & J. L. Torres: J. Agric. Food Chem., 65, 4414 (2017)..また,血中のDNJに対して僅かな量であるが,DNJの代謝物としてメチル化体の存在も報告されている.これらの研究のほとんどはLC-MS/MSを用いて解析されており,DNJの体内動態の理解に大きく貢献している.しかしながら,LC-MS/MSでの分析は選択性が非常に高いために,想定できない代謝物などの多様な化合物を統合的に解析することは難しい.
そのなかで筆者らは現在,微生物を利用して調製した15Nラベル化DNJを用い,15Nのトレーサー試験を実施し,その詳細な吸収・排泄・臓器への分布の評価に取り組んでいる.本法は,15Nラベル化DNJ由来の15N量を定量することでDNJとその代謝物を統合的に解析することが可能であり,DNJの体内動態の解明に有用であると考えられる.15Nラベル化DNJの単回投与後の挙動を解析した結果,尿から約20%,糞から約50%のDNJ由来の15Nが回収された.一方で,臓器にも15Nが存在していることがわかった(29)29) S. Takasu, I. S. Parida, S. Onose, J. Ito, R. Ikeda, K. Yamagishi, O. Higuchi, F. Tanaka, T. Kimura, T. Miyazawa et al.: PLOS ONE, 13, e0199057 (2018).(図4図4■(A)マウスへのDNJ長期投与時の臓器への蓄積と(B)ラットへの15Nラベル化DNJ単回投与時の糞尿からの15Nの回収率).現在,投与量が吸収率や代謝に与える影響について,さらに詳細に解析している.
上記の研究結果が示すように,DNJは摂取後に体内に速やかに吸収され,臓器などにも存在することがわかる.そのため,臓器におけるDNJの生理作用発揮が期待されると同時に,生体内でのDNJの代謝・排出を含めた安全性についてもさらに十分に評価する必要があると言える.筆者らが現在進めているDNJの単回投与や長期投与時の体内動態の詳細な解析も含め,DNJの利用を進めていくために十分な安全性の評価が求められる.
糖尿病の予防や治療に有効であると期待されるDNJについて,桑葉や新たな供給源として食用微生物を利用した展開や,その機能性と安全性に関する研究を紹介した.桑葉DNJの機能性研究が広く行われている一方で,DNJを含む微生物の培養液や発酵物の機能性研究については発展途上であり,今後のさらなる検討が求められる.さらに,機能性研究と比較して,DNJの吸収・分布・代謝・排泄を含めた安全性の評価は十分でなく,ヒト試験を含めた研究が必要である.こうした研究の推進により,桑葉,そして食用微生物を食後高血糖改善食材として広く利活用することの実現が望まれる.
最後に,DNJの社会実装に関しては「食薬区分」が長年にわたり障壁となってきたが,その運用改善に向け規制改革推進会議の医療・介護ワーキング・グループで議論がなされ,2019年に医薬品の範囲に関する基準について新たな通知が出された.それにより「専ら医薬品リスト」に収載されている成分を含むことのみを理由に医薬品に該当すると判断せず,これらの成分を機能性関与成分とすることを妨げないという考え方が示された.このため,今後DNJを含む桑葉やDNJを産生する微生物による発酵食品,たとえば納豆や豆鼓などが機能性食品として利用できる可能性が拓かれた.桑葉や食用微生物を利用した新規食資源について,生産・機能性・安全性についての研究が進み,科学的根拠を伴った社会実装が進むことが期待される.
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