Kagaku to Seibutsu 58(1): 34-39 (2020)
解説
乳酸菌由来抗菌ペプチドを利用した天然抗菌剤の技術開発飲み込んでも安全な天然抗菌剤とは?
Technological Development of a Natural Antibacterial Agent Using an Antibacterial Peptide Produced by Lactic Acid Bacteria: What Is a Natural Antibacterial Agent That Is Safe to Swallow?
Published: 2019-01-01
乳酸菌が生産する抗菌ペプチド,ナイシンAは産業界に多大な被害を及ぼす種々の有害微生物に有効であることから,天然の安全な抗菌剤として注目されている.しかし,既存の市販ナイシンAは生産に塩析法を用いるため,純度が2.5%と低く,応用範囲が限られている.このような背景のなか,我々はナイシンAの医療分野への応用を目指し,①ナイシンA高生産乳酸菌の迅速スクリーニング法,②ナイシンAの大量生産法および高度精製技術,③ナイシンAを利用した天然抗菌剤および製剤化応用技術の3つの技術開発を行った.その結果,誤って飲み込んでも人体への悪影響の少ない,安全な天然抗菌剤やそれを利用した安全な口腔ケア剤を開発することができた.
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
乳酸菌は,古来,ヒトの生活に深く関与してきた細菌の一つで,糖を発酵し,多量の乳酸を作る細菌の総称である.乳酸菌は,自然界に広く分布し,ヨーグルト,チーズ,漬物,みそ,しょう油などの伝統的発酵・醸造食品の風味や嗜好性の向上,その保存性の向上に大きく寄与している.特に,乳酸菌による食品保存性の向上には,乳酸やさまざまな抗菌性物質が関与し,その中の一つに,バクテリオシンと呼ばれる抗菌ペプチドが存在する.バクテリオシンは,グラム陽性菌に対して強い抗菌活性を示し,ヒト体内で消化・分解される安全性の高いものであるため,天然の抗菌素材として注目されている.
近年,歯周病と生活習慣病(糖尿病,心臓病,脳梗塞など)との関連性や,歯の本数とアルツハイマー病の相関が明らかにされている.一方で,化学合成殺菌剤などを含有する従来の口腔ケア剤は,誤飲すれば体内の常在菌までも殺菌し,人体への悪影響が危惧されている.吐き出しやうがいが難しく,誤嚥の恐れのある高齢者や障がい者などの口腔ケアは水のみで行われ,十分な効果が得られていない場合が多く,その対策が急務である.
このような背景のなか,われわれは乳酸菌由来のバクテリオシンを利用した,誤って飲み込んでも人体への悪影響の少ない,安全な天然抗菌剤やそれを利用した安全な口腔ケア剤の開発に関する研究を行った.
乳酸菌由来のバクテリオシンのなかで最も代表的なものは,34個のアミノ酸からなるナイシンAである(図1図1■ナイシンAの構造).1928年にイギリスの酪農家により発見され,国際機関WHO/FAO,米国FDAにより,その安全性が認められ,日本を含む世界50カ国以上で食品保存料として利用されている(1, 2)1) 善藤威史,石橋直樹,園元謙二:日本乳酸菌学会誌,25, 24 (2014) .2) 善藤威史,益田時光,園元謙二:化学と生物,57, 228 (2019) ..ナイシンAは,細菌細胞膜表面に存在するペプチドグリカンの前駆体lipid IIに結合して細胞壁合成を阻害すると同時に,lipid IIと複合体を作り細胞膜に孔を形成して細胞質内からATPやイオンを漏出させる(3)3) T. Zendo, F. Yoneyama & K. Sonomoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 88, 1 (2010)..このような作用機構により,ナイシンAは一般の抗菌剤と比較して極めて低いnMレベルで瞬時の殺菌効果を示し,いまだに耐性菌の報告はない.また,ナイシンAはMRSAやVREなど多剤耐性菌をはじめとした産業界に多大な被害を及ぼす種々の有害微生物に有効であることから,天然の安全な抗菌剤として注目されている.
しかし,市販のナイシンAは生産に塩析法を用いるため,純度が2.5%と低く,応用範囲が食品保存などに限られている.そこで,われわれはナイシンAの応用範囲を医療分野まで拡大するための技術開発を行った.
本技術の開発にはナイシンA高生産乳酸菌の獲得が必須である.しかし,バクテリオシンの検出と同定には,乳酸菌の分離や抗菌活性の検出,ペプチドの精製・構造解析に多大な労力を必要とすることが大きな問題であった.しかも,ナイシンAには,アミノ酸数残基のみが異なり活性は類似するものの,食品保存料としては認められていないナイシンZ, Qなどの類縁体が存在する.そこで,バクテリオシン生産乳酸菌の選択的分離・検出を可能とする集積培養法および抗菌活性試験法と,精製を経ずに培養液上清からのナイシン類縁体の検出・同定を可能とするLC/MSによる分析法からなる迅速スクリーニング法を構築した(1)1) 善藤威史,石橋直樹,園元謙二:日本乳酸菌学会誌,25, 24 (2014) ..本法により,スクリーニングの初期段階でバクテリオシン非生産菌やナイシンA以外のバクテリオシン生産菌を除外することができ,ナイシンA高生産性乳酸菌を迅速かつ容易に検出することが可能となった(1)1) 善藤威史,石橋直樹,園元謙二:日本乳酸菌学会誌,25, 24 (2014) ..
従来法では,発酵培地に未利用の基質が残存し,大量の食塩(NaCl)を用いた粗精製を行うために,ナイシンAの純度が低く,培地成分や食塩を多く含むという問題点があった.そこで,1回の仕込みで繰り返し2回の発酵・精製を行う「新規二段階乳酸菌発酵・精製法」を構築した(4)4) 新規二段階乳酸菌発酵・精製法の開発,九州経済産業局戦略的基盤技術高度化支援事業研究開発成果等報告書(2009)..1回目の発酵では,得られた発酵液中のナイシンAを樹脂に吸着させ,ナイシンAのみを回収する.一方,樹脂を通過した発酵液は廃棄せずに2回目の仕込み用培地として再利用し,ナイシンAの繰り返し発酵・精製を行う.本発酵・精製法により,従来の塩析法と比較して,ナイシンAの生産効率の改善および高純度化を実現することができた.得られた高精製ナイシンAは,食塩フリーかつ純度90%(w/w)以上を達成し,保存安定性も大きく改善され(図2図2■高精製ナイシンAと従来のナイシンAの保存安定性試験),医療分野まで応用範囲を広げられる可能性が高まった.
ナイシンAは,グラム陽性菌に対して強力な抗菌活性を示す一方で,グラム陰性菌や真菌に対しては単独では活性が低いという弱点がある.そこで,種々の天然由来の植物エキスのなかから,相性の良い成分をスクリーニングしたところ,梅エキスに相乗効果があることを見いだした.以前より,梅エキスは一定の濃度で抗菌活性を示すことが明らかとなっていたが,強い酸味を伴うため,用途が限定されていた.グラム陰性菌に対して強力な相乗的抗菌活性を示し,かつ酸味を伴わないナイシンAとの最適な配合比を見いだし,梅エキス含有天然抗菌剤「ネオナイシン」(5)5) 永利浩平:特許第5750552号,抗菌用組成物(2015).を開発した.天然抗菌剤「ネオナイシン」は,歯科領域の2大疾患である虫歯の原因菌(Streptococcus mutans,グラム陽性菌),歯周病の原因菌(Aggregatibacter actinomycetemcomitans, Porphyromonas gingivalis,グラム陰性菌)に有効である(図3図3■ネオナイシンの虫歯菌と歯周病菌に対する殺菌効果).この天然抗菌剤は,抗菌活性の増強が図られる一方で,消化管および環境中では速やかに分解されるなどの優れた特徴をもっている.
天然由来かつ安全性の高い抗菌剤「ネオナイシン」の良さを最大限に活かすには,合成殺菌剤や防腐剤を全く使わず,天然由来成分を多く配合した自然派化粧品への利用が最適ではないかと考えた.さらに自然派化粧品の中でも,直接口の中に使用する商品(口腔ケア剤)は,より安全性が求められるため,ハードルの最も高い商品と言えるが,われわれは「ネオナイシン」を口腔ケア剤へ利用することを選択した.
一般の口腔ケア剤には,石油由来成分,合成殺菌剤,合成界面活性剤,合成保存料,合成香料,合成着色料,研磨剤,アルコールなどが含まれている.これらの化学成分は健常者には直接悪影響を及ぼすことが少ないため,特に気にすることもなく普通に使用されている.しかしながら,吐き出しやうがいが難しく,誤嚥の恐れのある高齢者や障がい者,誤飲の恐れのある乳幼児,体調に不安を抱えている妊婦,アレルギー発症の恐れのある化学物質過敏症の方などには,これらの化学成分は健康に悪影響を及ぼすことがあるため,その使用には注意を払う必要がある.そこで,これらの化学成分を含まない商品を探してみると,さまざまな課題に気付かされる.これらは「天然由来成分配合」や「化学成分無添加」の商品として販売されているが,虫歯・歯周病などの原因菌を瞬時に殺菌するような強い効果はほとんど期待できない.しかし殺菌効果を期待するためには,従来の合成殺菌剤などの強力な化学成分を含む商品を選ばなければならないというのが現状である.それゆえ,誤嚥・誤飲の恐れがある場合には,口腔ケア剤を使用できずに水のみで行い,十分な効果が得られていないことも多く,虫歯・歯周病菌に十分な効果を示し,かつ飲み込んでも安全な口腔ケア剤の開発が強く望まれている.
このような背景のなか,われわれは,天然抗菌剤「ネオナイシン」を利用した「抗菌」と「安全」を天然成分で両立した,飲み込んでも安全な口腔ケア剤の検討を行った.従来の天然由来成分の商品の弱点であった虫歯・歯周病の原因菌への効果については,天然抗菌剤「ネオナイシン」を採用することで解決し,その他成分もすべて天然由来成分のみで構成し,化学合成成分を一切使用しないユニークな口腔ケア剤(6)6) オーラルピース,http://oralpeace.com/ (2019/9/18) .を開発した.特に高齢者,障がい者,乳幼児,妊婦,化学物質過敏症の方などに安心して選択し,使用してもらえる貴重な口腔ケア剤として,重要な役割も期待されている.
超高齢化社会を迎えた日本では,高齢者による口腔カンジダ症という真菌感染症が問題となっている.その原因菌であるカンジダ(Candida)は,ヒトの皮膚・粘膜に生息する真菌(酵母)で常在菌として生息している.しかし,抵抗力の弱い高齢者,乳幼児などでは,感染症を引き起こすことがある.特に,高齢者の口腔カンジダ症(Candida albicans,原因菌)は近年増えており,治療法として長期にわたり抗真菌剤が多用されている.その結果,副作用や耐性菌出現の問題が指摘されており,副作用の少ない安全な抗真菌剤の開発が望まれている.
天然抗菌剤「ネオナイシン」は,虫歯・歯周病などの原因細菌に対する抗菌効果については認められているが,カビやカンジダのような真菌・酵母に対する抗菌活性は弱く,さらなる改良が必要であった.「ネオナイシン」の改良を行うにあたり,現行の梅エキスに加え,相乗効果の高い植物成分の再選定を行うことから始めた.さまざまな天然由来の植物成分を用いて,高精製ナイシンAとの相乗効果を確認するスクリーニング試験を繰り返し行った結果,いくつかの植物成分で真菌(酵母)に対して相乗的抗菌活性が確認された.そのなかで,バラの花から抽出した精油(ローズ油)に最も高い相乗効果が認められた.以前より,ローズ油は一定の濃度で抗真菌活性を示すことが明らかとなっていたが,一方では天然精油のなかでも極めて高価な原料としても知られており,単独で抗菌活性を示す一定の濃度で製品に配合することは実際のところ困難であった.そこで,われわれは製品に配合可能なローズ油の濃度,すなわち単独では抗菌活性を示さないレベルの低濃度での相乗効果についてさまざまな抗菌活性試験を行った結果,真菌に対して強力な相乗的抗菌活性を示す最適な配合比を見いだした.これらにより,従来の「ネオナイシン」では効果が弱かった真菌類に対しても抗菌活性を示すローズ油含有天然抗菌剤「ネオナイシン-e」(7)7) 永利浩平:特許第6523473号,バクテリオシンを含むヘルスケア組成物(2019).を開発することができた.
実際に口腔内で問題を引き起こすカンジダを含むさまざまな口腔内原因菌に対する「ネオナイシン-e」の抗菌活性試験を行った.検定菌として,口腔疾患細菌である虫歯原因菌(Streptococcus mutans, Streptococcus sobrinus,グラム陽性菌),歯周病原因菌(Aggregatibacter actinomycetemcomitans,グラム陰性菌),カンジダ症原因菌(Candida albicans, Candida glabrata, Candida tropicalis,真菌・酵母)を用い,それぞれ「ネオナイシン-e」に接触させた後,生菌数を測定し,殺菌率を算出した.その結果,いずれの検定菌に対しても「ネオナイシン-e」は1分間で優れた殺菌効果が認められた(表1表1■ネオナイシン-e(ナイシンA濃度換算30 µg/mL)の口腔疾患細菌に対する殺菌効果).
検定菌 | 1分間の殺菌率(%) | ||
---|---|---|---|
ナイシンA | ネオナイシン-e | ||
Streptococcus mutans | グラム陽性・虫歯 | 56 | 100 |
Streptococcus sobrinus | グラム陽性・虫歯 | 55 | 99 |
Aggregatibacter actinomycetemcomitans | グラム陰性・歯周病 | 10 | 100 |
Candida albicans | カンジダ酵母 | 9 | 85 |
Candida glabrata | カンジダ酵母 | 17 | 100 |
Candida tropicalis | カンジダ酵母 | 45 | 100 |
われわれの開発した,乳酸菌由来抗菌ペプチドを用いた口腔ケア用製剤「ネオナイシン」は,誤って飲み込んでも安全な天然抗菌剤として,また口腔ケア剤として応用することができた.最近では全国の高齢者,認知症,障がい者の家族,施設職員,医師から「歯みがきの負担が減った」という喜びの声も増え,反響の大きさを感じている.また,口腔内手術後や創傷治癒期間の患者,特定集中治療室の新生児への抗生物質の代替としての臨床応用についても検討を始めており(8)8) 角田愛美,永利浩平,善藤威史:フレグランスジャーナル,44, 24 (2016) .,「ネオナイシン-e」をはじめとする乳酸菌由来抗菌ペプチドの医療分野への発展的な利用可能性は高い.
今後,「ネオナイシン-e」は天然抗菌素材として,ますます“抗菌性”に注目されると思われる.しかし,従来の合成殺菌剤や抗生物質にはないもう一つの優れた特徴である“生分解性”にも大いに注目していただきたい.“生分解性”に優れるという特徴は,今後の応用に大きくかかわっていくと思われる.たとえば,「ネオナイシン-e」の分解物はアミノ酸や小さなペプチド(アミノ酸がいくつか結合したもの)という自然界に存在する物質であるため,目的の“抗菌性”の役目を終えたのち,自然界の生態系で速やかに代謝・再利用され,環境への影響や汚染のリスクも極めて低い.まさに環境調和型の天然抗菌剤と言える.一方,合成殺菌剤や抗生物質などの多くは分解しにくい“難分解性”という特徴をもっていたり,分解したとしてもその分解物が“毒性”を示したりすることもある.その“毒性”作用は強く長く続くため,自然界の生態系,特に微生物生態系に対して悪影響を及ぼすことが懸念されている.昨今,“難分解性”のプラスチックごみが海洋生態系に悪影響を及ぼしているといった問題が話題になっている.生分解性の良いプラスチックへの切り替えや環境汚染リスクの少ない容器への代替など,環境に調和した“生分解性”に優れた原料への関心が世界的に大いに高まっている.このような背景のなか,まさに「ネオナイシン-e」は,環境調和型の新しい天然抗菌剤として,さまざまな分野での応用が期待される.今後は,口腔ケアから分野を広げ,フェイスケア,ボディケア,ヘアケア,デオドラントケア,ベビーケアなど,新しい分野での展開を目指していきたい.
Acknowledgments
本稿作成にあたり,ナイシンAの量産化技術・高度精製技術の研究でご協力いただきました九州大学大学院農学研究院,オーム乳業株式会社,熊本製粉株式会社の研究者・技術者の皆様に深く感謝申し上げます.また,本事業の推進において,ご助言,ご指導を賜りました鹿児島大学・小松澤均教授,松尾美樹講師,国立長寿医療研究センター・松下健二先生,阪本歯科医院・角田愛美先生,株式会社トライフ・加古良二顧問,植田グナセカラ貴子部長ほか90人のサポーターの皆様に深く感謝申し上げます.
Reference
1) 善藤威史,石橋直樹,園元謙二:日本乳酸菌学会誌,25, 24 (2014) .
2) 善藤威史,益田時光,園元謙二:化学と生物,57, 228 (2019) .
3) T. Zendo, F. Yoneyama & K. Sonomoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 88, 1 (2010).
4) 新規二段階乳酸菌発酵・精製法の開発,九州経済産業局戦略的基盤技術高度化支援事業研究開発成果等報告書(2009).
5) 永利浩平:特許第5750552号,抗菌用組成物(2015).
6) オーラルピース,http://oralpeace.com/ (2019/9/18) .
7) 永利浩平:特許第6523473号,バクテリオシンを含むヘルスケア組成物(2019).
8) 角田愛美,永利浩平,善藤威史:フレグランスジャーナル,44, 24 (2016) .