Kagaku to Seibutsu 58(1): 40-45 (2020)
セミナー室
海洋生分解性プラスチック開発・導入普及における課題とわが国の取り組み海洋プラスチックごみ問題への挑戦
Published: 2019-01-01
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
プラスチックは,軽量かつ丈夫であり加工性に優れるといった特性をもち,私たちの日常生活の利便性をもたらす素材としてこれまで幅広く活用されてきている.その一方で,新興国の経済発展と世界的な生産量の増加に伴い,近年,プラスチックごみによる海洋汚染が問題視されるようになってきた.
今年度,2019年6月に軽井沢で開催された「G20持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚級会合」では,各国が自主的な対策を実施するとともに,継続的に共有して更新を行う「G20海洋プラスチックごみ対策実施枠組」が合意された(1)1) 環境省:G20海洋プラスチックごみ対策実施枠組.https://www.env.go.jp/press/files/jp/111827.pdf, 2019..さらに,大阪で開催されたG20サミットでは,2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロとすることを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が合意された.そして,日本としても①廃棄物管理(Management of Wastes),②海洋ごみの回収(Recovery),③イノベーション(Innovation),および④能力強化(Empowerment)に焦点を当てた「MARINE・イニシアティブ」を立ち上げ(2)2) 外務省:大阪ブルー・オーシャン・ビジョン実現のための日本の「マリーン(MARINE)・イニシアティブ」.https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ge/page25_001919.html, 2019.,今後,世界全体の取り組みを後押しすることとなった.
こうしたなか,わが国自らが率先垂範の取り組みを示すべく,2019年2月に内閣官房の下に「海洋プラスチックごみ対策の推進に関する関係府省会議」を設置し,5月31日に「海洋プラスチックごみ対策アクションプラン」が策定された(3)3) 環境省:海洋プラスチックごみ対策アクションプラン,https://www.env.go.jp/press/files/jp/111753.pdf, 2019..経済活動の制約ではなく,廃棄物処理制度による回収,ポイ捨て・流出防止,散乱・漂着ごみの回収,イノベーションによる代替素材への転換,途上国支援などにより,「新たな汚染を生み出さない」ことを目指して,関係府省とともに対策を推進していくものである.経済産業省としても,プラスチックごみの適切な回収・処分の徹底が何より第一であることを前提に,容器包装リサイクル法などに基づく3R(リデュース,リユース,リサイクル)の推進に加え,それでもなおプラスチックごみが海洋流出するリスクに対応して,わが国が有する技術・知見・ノウハウを活かして産業界の自主的な取組と相まって官民一体で連携しながら,新素材・代替素材など,イノベーションによる解決で世界への貢献を目指していくこととしている.
プラスチックごみのなかでも,とりわけ海洋へ流出する可能性が高いワンウェイのプラスチックについては,海洋へ流出する前に土壌などの自然環境下で生分解される素材,または仮に海洋へ流出しても環境への負荷が小さい新素材へ代替していくことが必要である.そこで,新素材のなかでも海洋中で微生物が生成する酵素の働きにより,最終的に,水と二酸化炭素に分解される,海洋生分解性機能を有するプラスチックに着目し,海洋生分解性プラスチックの研究開発・導入普及を図るため,経済産業省は産業技術総合研究所や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などの関係機関と連携して,2019年5月7日に「海洋生分解性プラスチック開発・導入普及ロードマップ」を策定した(図1図1■海洋生分解性プラスチック開発・導入普及ロードマップの概要図)(4)4) 経済産業省:海洋生分解性プラスチック開発・導入普及ロードマップを策定しました.https://www.meti.go.jp/press/2019/05/20190507002/20190507002.html, 2019..
海洋生分解性プラスチックを用いられた製品が徐々に国内外でも導入が始まりつつあるが,国内プラスチック生産量年間1千万トン程度のうち,国内で流通している生分解性プラスチックは数千トンと国内市場に占める割合は小さい.今後,さらなる海洋生分解性プラスチックの社会実装を進めていくためには,機能性や経済的制約などの克服すべきさまざまな課題があることから,海洋生分解性プラスチックの開発・導入普及に向けて,わが国の産学官連携で英知を結集して取り組むことが必要不可欠である.このため,本ロードマップは海洋生分解性機能に係る新技術・素材の開発段階に応じて,技術課題はもとより経済面や制度面も含め,今後の主な課題と対策を整理したものである.
プラスチック製品は単体の樹脂で製造されることもあるが,複数の種類の樹脂をブレンドしたり,複層化したりすることで必要な機能を満たしていることが多い.海洋生分解性を有する樹脂の種類を増やすことで,さまざまな機能を発揮させることができれば,海洋生分解性プラスチックの適用範囲が拡張され,普及を促すことができる.
また,プラスチック製品は樹脂以外の有機物として添加剤,表面処理剤,顔料・塗装,接着剤などを使用しており,樹脂以外のプラスチック製品の製造にかかわる多くの原料についても海洋生分解性に留意した設計が必要である.さらに,将来的には,海洋生分解性プラスチックの分解が開始されるタイミングや分解に要する時間をコントロールできるスイッチ機能を付与することが望ましい.これらを踏まえると,まずは海洋生分解性を有する樹脂および添加剤などの新素材の種類を増やす必要がある.
一般的に生分解性プラスチックの生分解は,微生物の酵素の働きまたは加水分解により低分子量化された後に微生物によって代謝され,最終的に水と二酸化炭素まで分解される.このため,海洋環境下での微生物によるプラスチックの分解メカニズムを解明し,分解に適したプラスチックの構造と,酵素の分解能力を明らかにすることが重要である.そのうえで,プラスチックに海洋生分解機能をもたせるには,自然界に広く存在する微生物が生成する酵素の働きによって分解する構造を,選択的に設計および生成する合成技術を構築することが必要である.これにより,従来の汎用プラスチックなどの構造に部分的にその化学構造を組み込むことで生分解性を付与することができるようになり,海洋生分解性を有する新素材の開発に大きく寄与することが期待される.
海洋生分解性プラスチックの普及を促すためには,海洋生分解性を有する新素材を開発する必要があるが,地球温暖化への懸念から,将来的にはバイオマス由来原料から海洋分解性プラスチックが製造されることが望ましい.経済産業省「資源・エネルギー統計」(2017年国内向販売実績)によれば,約3,910万トンのナフサが,エチレンやプロピレンといった石油化学製品の原料となっている.これは,年間の石油化学製品需要に占めるナフサの割合のうち,27%程度に相当する(5)5) 経済産業省「資源・エネルギー統計」(2017年国内向販売実績)を元に筆者らが推計.一方で,バイオマスの賦存量(糖質換算量)は18億トン/年とも言われている(6)6) FAO Production Yearbook 2012を元に日本バイオプラスチック協会が推計,実際の利用可能量はそれよりも下回るとみられているが,石油化学製品の原料として使用されているナフサをバイオマスで置き換えることは可能であると言われている.バイオマス資源は植物などが大気中の二酸化炭素を固定したものに由来するので,分解により二酸化炭素が発生しても差し引きゼロ,すなわち「カーボンニュートラル」と考えられる.そのため,地球温暖化対策や資源循環の観点から期待されている.しかし,化石資源と比較した場合,一定の品質の原料を安定的・かつ経済的に供給することが困難といった課題がある.たとえば,原料となる植物が広く薄く存在することから,原料調達には多くのコストを必要とし,バイオマスの培養・育成,輸送や反応プロセスなどに伴って二酸化炭素の排出がありうることから,ライフサイクルアセスメントの観点から正しく二酸化炭素の全体像を評価する必要がある.地球温暖化対策計画(7)7) 環境省:地球温暖化対策計画.https://www.env.go.jp/press/files/jp/102816.pdf, 2016.(平成28年5月閣議決定)および循環型社会形成推進基本計画(8)8) 環境省:循環型社会形成推進基本計画.https://www.env.go.jp/recycle/circul/keikaku/keikaku_4.pdf, 2018.(平成30年6月閣議決定)では,2030年度のバイオプラスチック含有製品の使用量目標が約200万トンと設定されている.わが国における毎年のバイオプラスチック製品量は,政府の温室効果ガス排出・吸収目録で把握されている.2016年度実績では,国内に出荷されたプラスチック製品中のバイオプラスチック量は約4万トンであり,8.2万トンの温室効果ガス削減に貢献している(9)9) 平成29年度温室効果ガス排出量算定方法に関する検討結果を元に日本バイオプラスチック協会が推計.海洋プラスチックごみ問題のみならず,二酸化炭素の削減に貢献するためには,バイオマス資源の効率的な変換技術の開発だけでなく,バイオマス資源の収集・運搬から変換・加工,利用に至るまでを一つのシステムとして捉え,経済的に成立しうるバイオマスリファイナリー体系を構築することが重要である.特に,現在実用化されているバイオプラスチックについては,石油資源由来のプラスチックと比較してコスト面の課題があり,十分な普及が進んでいないが,本ロードマップの策定を契機に,上述のような問題意識を共有し,産学官が研究成果の実用化に向けて協同して課題の解決に取り組むことが必要である.そのような観点から,経済産業省では,二酸化炭素削減などのエネルギー・環境分野に結びつく産業技術分野の革新的な技術・システムを先導する研究開発を支援している(10)10) 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構:NEDO先導研究プログラム.https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100100.html, 2018..今年度実施予定の事業において,「海洋プラスチックごみ問題を解決する海洋分解性プラスチックの技術開発」の研究課題があり,新たな海洋生分解性プラスチックの開発を促進するために,先行して研究を行うこととしている(11)11) 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構:2019年度「NEDO先導研究プログラム/新技術先導研究プログラム」に係る公募について.https://www.nedo.go.jp/koubo/CA2_100193.html, 2018..
海洋生分解性プラスチックの普及を検討する際には生分解性という性質や安全性を理解し,適切な用途を確立したうえで,生分解する条件を製品に表示する仕組みを整備するなど,普及方策を検討する必要がある.
コンポスト,土壌,河川,海洋,あるいは好気や嫌気といった環境下における生分解の条件を識別表示して適切な処理方法を認識してもらうこと,そして生分解の過程において,分解による中間生成物も含めて安全性評価を行い,科学的根拠に基づき環境への悪影響がないことを示すことが重要である.現時点では個別企業で各々の製品の機能性評価が行われているが,共通の技術評価手法が確立されておらず,広く消費者の信頼性を確保して市場拡大をはかるためには目下最大の課題と言える.とりわけ海洋環境下で水と二酸化炭素に適切に生分解されていることを評価する方法は国際標準化に向けて,いまだ途上である.海洋生分解性プラスチックの製造技術を備えているわが国として,その技術的優位性を確立していくためにも国際標準化をリードしていく必要がある.そのため,わが国企業の実用化技術をベースにした海洋生分解性プラスチックの国際標準化に向けて,日本バイオプラスチック協会を中心に産学官で協議する委員会が設立された(12)12) 経済産業省:海洋生分解性プラスチックの標準化に係る検討委員会が設立されました.https://www.meti.go.jp/press/2019/07/20190722003/20190722003.html, 2019..この委員会を通して,海洋生分解性プラスチックが水と二酸化炭素に完全に生分解されることや,生分解途中に生成される中間体を含めた安全性を評価する新たな評価手法を開発し,海洋生分解性プラスチックに対する科学的根拠に基づく共通の技術評価手法が国際標準化機構 (ISO: International Organization for Standardization)に提案されることを期待したい.
海洋プラスチックごみ問題によって,海の将来は危機に瀕している.去る1月23日,世界経済フォーラム年次総会において,安倍総理から,『海に流れ込むプラスチックを増やしてはいけない,減らすんだというその決意において,世界中挙げての努力が必要である』という発言があった(13)13) 首相官邸:世界経済フォーラム年次総会 安倍総理スピーチ.https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2019/0123wef.html, 2019..徹底したプラスチックごみの回収・処分を第一としながらも,産学官の連携による海洋生分解性の新素材の開発に取り組んでいくことが重要であることを,結びとして再度強調しておきたい.
「地球は青かった」とは,旧ソ連の宇宙飛行士,ユリィ・ガガーリンの言葉である.青く豊かな海を子どもや孫たちの世代に残すためにも,これ以上海にごみを出さない,そして海を守るという強い意志をもって,私たち一人ひとりにできることから始めよう.それが未来を変えるための第一歩である.
Acknowledgments
本稿を執筆するにあたり,日本バイオプラスチック協会顧問の吉田正俊様より多くのご助言を賜りました.ここに謝意を表します.
Note
NEDO先導研究プログラムにおいて,海洋プラスチックごみ問題と関連が深い,適切に回収したプラスチックの有効利用を促進するためのテーマも設定しているため,参考までに紹介する.これまで,日本では約900万トンの廃プラスチックのうち,86%を素材(マテリアル)や化学原料(ケミカル),エネルギーとして有効利用している.しかし,プラスチックごみの輸出規制の強化により,従来,輸出していたプラスチックごみも国内で処理することが求められるため,国内のプラスチックごみの処理能力の向上はもちろん,さらなる有効利用を可能とする技術が必要となる.このような観点から,同事業においてプラスチックごみの自動分別や革新的リサイクル技術に着目した「プラスチック資源に関する高度循環技術開発」について支援していくことを予定している.
Reference
1) 環境省:G20海洋プラスチックごみ対策実施枠組.https://www.env.go.jp/press/files/jp/111827.pdf, 2019.
2) 外務省:大阪ブルー・オーシャン・ビジョン実現のための日本の「マリーン(MARINE)・イニシアティブ」.https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ge/page25_001919.html, 2019.
3) 環境省:海洋プラスチックごみ対策アクションプラン,https://www.env.go.jp/press/files/jp/111753.pdf, 2019.
4) 経済産業省:海洋生分解性プラスチック開発・導入普及ロードマップを策定しました.https://www.meti.go.jp/press/2019/05/20190507002/20190507002.html, 2019.
5) 経済産業省「資源・エネルギー統計」(2017年国内向販売実績)を元に筆者らが推計
6) FAO Production Yearbook 2012を元に日本バイオプラスチック協会が推計
7) 環境省:地球温暖化対策計画.https://www.env.go.jp/press/files/jp/102816.pdf, 2016.
8) 環境省:循環型社会形成推進基本計画.https://www.env.go.jp/recycle/circul/keikaku/keikaku_4.pdf, 2018.
9) 平成29年度温室効果ガス排出量算定方法に関する検討結果を元に日本バイオプラスチック協会が推計
10) 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構:NEDO先導研究プログラム.https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100100.html, 2018.
11) 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構:2019年度「NEDO先導研究プログラム/新技術先導研究プログラム」に係る公募について.https://www.nedo.go.jp/koubo/CA2_100193.html, 2018.
12) 経済産業省:海洋生分解性プラスチックの標準化に係る検討委員会が設立されました.https://www.meti.go.jp/press/2019/07/20190722003/20190722003.html, 2019.
13) 首相官邸:世界経済フォーラム年次総会 安倍総理スピーチ.https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2019/0123wef.html, 2019.