Kagaku to Seibutsu 58(1): 46-53 (2020)
セミナー室
植物の化学防御異種間のせめぎ合い
Published: 2019-01-01
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
化学生態学では,昆虫フェロモンのように同種間のコミュニケーションが一つの大きなトピックであるが,同時に,植物とそれを食べる昆虫に見られる食う食われるの関係のような異種間の生物間相互作用も非常に興味深い研究対象である.食物連鎖を考えるとわかりやすいが,自然環境では多様な生物種がお互いにかかわり合いながら生活しており,そこにかかわる化学因子を見いだすことで,自然界の成り立ちを理解する助けになる.本稿では,植物とそれを取り巻く生物とのかかわりに焦点を当てたい.根を下ろしたところから動くことのできない植物は,植物を餌とする昆虫や微生物,また競合するほかの植物種に対して,多様な防御物質を生産することで対抗する.一方で,受粉を媒介する送粉者や菌根菌のように,植物との共生関係の成り立ちにも物質的なやり取りがかかわっている.植物の巧妙な生存戦略とその進化,病害虫防除への応用について最近の話題や将来展望を紹介する.
自然界では植物は滅多に病気にならない.おかげで私たちは庭の草むしりに追われることになる.これは,植物が病原菌の感染をよく防いでいるからである.植物が病原菌の感染を防ぐ仕組みの一つが化学的防御である.多くの植物で抗菌性物質が病原菌の野放図な感染を妨げている.特に病原菌感染に反応して,植物が新たに作り出す抗菌性化合物はファイトアレキシンと呼ばれる.
ファイトアレキシンが本当に役に立つのか,いろいろな検証が行われてきた.まず,ファイトアレキシンの蓄積量は,病原菌に対する抵抗性の強さとよく相関する.病原菌に強い系統ほどファイトアレキシンを早く,高濃度に蓄積するし,ファイトアレキシンを作れない変異体は病原菌の感染を受けると,より大きなダメージを受ける.遺伝子組換え技術によって別の種のファイトアレキシンを作れるようになった植物が病原菌に対して抵抗性に変わった例もある(1)1) R. Hain, H. J. Reif, E. Krause, R. Langebartels, H. Kindl, B. Vornam, W. Wiese, E. Schmelzer, P. H. Schreier, R. H. Stöcker et al.: Nature, 361, 153 (1993)..病原菌側も対抗措置として,ファイトアレキシンを排出したり解毒したりする能力を獲得し,この能力を失うと植物に感染できなくなる場合もある.このような例からファイトアレキシンは,重要に見える.
ファイトアレキシンは,最近でも続々と見つかっており,かつてはファイトアレキシン不毛の地と思われていたコムギ(2)2) N. Ube, D. Harada, Y. Katsuyama, K. Osaki-Oka, T. Tonooka, K. Ueno, S. Taketa & A. Ishihara: Phytochemisry, 167, 112098 (2019).やトウモロコシ(3, 4)3) E. A. Schmelz, F. Kaplan, A. Huffaker, N. J. Dafoe, M. M. Vaughan, X. Ni, J. R. Rocca, H. T. Alborn & P. E. Teal: Proc. Natl. Acad. USA, 108, 5455 (2011).4) A. Huffaker, F. Kaplan, M. M. Vaughan, N. J. Dafoe, X. Ni, J. R. Rocca, H. T. Alborn, P. E. A. Teal & E. A. Schmelz: Plant Physiol., 156, 2082 (2011).からも新たな物質が同定された.イネでは,20を超えるファイトアレキシンが既に見つかっているが,その数は増加し続けている.最近のファイトアレキシン研究全体については,長谷川のまとまった総説(5)5) 長谷川守文:化学と生物,55,547(2017).が本誌に掲載されている.
ファイトレキシン研究は多くの場合,特定の品種の植物を用いて行われてきた.多くの系統を対象とすると,いろいろな要因がかかわることになり,結果の解釈が難しくなるので当然である.しかし,多数の品種や系統について解析することで,ファイトアレキシンの役割や進化に新たな考え方が生まれる可能性もある.
イネは,世界中で栽培される重要な作物で無数の品種がある.果たして,すべての品種が同じようにファイトアレキシンを蓄積するのだろうか.農研機構農業生物資源ジーンバンクは,世界各地のイネからできるだけ多くの変異をカバーする69品種を選び出した「世界のイネコアコレクション」を提供してくれる.これを利用することで世界のイネを対象にファイトアレキシン生産の多様性を調べることができる.イネでは,植物ホルモンのジャスモン酸がファイトアレキシンのサクラネチンの蓄積を誘導する.そこで,コアコレクションのイネを栽培して得た葉をジャスモン酸で処理してサクラネチンの蓄積を調べた(6)6) K. Murata, T. Kitano, R. Yoshimoto, R. Takata, N. Ube, K. Ueno, M. Ueno, Y. Yabuta, M. Teraishi, C. K. Holland et al.: Plant J., doi: 10.1111/tpj.14577.その結果,コアコレクションのなかには,サクラネチンを蓄積する品種や,サクラネチンをあまり蓄積せず前駆物質のナリンゲニンを蓄積する品種,どちらもあまり蓄積しない品種があることが見いだされた(図1A図1■イネのさまざまな品種におけるサクラネチンとナリンゲニンの蓄積(A),およびケモダイバーシティーのコンセプト(B)).特定の二次代謝産物を蓄積したりしなかったりする形質をケモタイプと呼ぶ.サクラネチンの蓄積に関して複数のケモタイプがあったのである.
このような違いをもたらす原因は何であろうか.幸運にもイネのモデル品種の日本晴とカサラスではケモタイプが異なり,日本晴は高サクラネチンタイプ,カサラスは低サクラネチンタイプであった(6)6) K. Murata, T. Kitano, R. Yoshimoto, R. Takata, N. Ube, K. Ueno, M. Ueno, Y. Yabuta, M. Teraishi, C. K. Holland et al.: Plant J., doi: 10.1111/tpj.14577.そのため,これらの品種に由来する組換え自殖系統を用いてQTL解析を行うことができた.その結果,ナリンゲニンからサクラネチンへの変換を触媒する酵素Naringenin 7-O-methyltransferase(NOMT)をコードするNOMTが,この違いをもたらす原因である可能性が浮かび上がってきた.詳しく調べると,カサラスでは,NOMT遺伝子の発現が大きく減少するとともに,本来プロリンであるはずのアミノ酸がスレオニンに置き換わっていたため,酵素の働きも悪くなっていた.さらに,多数の品種におけるNOMT遺伝子の解析から,サクラネチンを作らなくなる変異は,イネの進化の過程で少なくとも2度生じたこともわかってきた.
二次代謝の多様性については,α-, β-,そしてγ-ケモダイバーシティーの3段階に分けて考えることがある(7)7) A. Kessler & A. Kalske: Annu. Rev. Ecol. Evol. Syst., 49, 115 (2018).(図1B図1■イネのさまざまな品種におけるサクラネチンとナリンゲニンの蓄積(A),およびケモダイバーシティーのコンセプト(B)).α-ケモダイバーシティーは同一個体内における二次代謝の多様性を指し,病原菌に感染する前後の違いや,葉と根の違いが相当する.β-ケモダイバーシティーは個体群内の多様性である.さらに,γ-ケモダイバーシティーは,複数の植物種からなる植物群落内での二次代謝の多様性を表す.農業生態系では,個体群を定義することが困難であるため,このコンセプトを作物にそのまま当てはめるのは難しい.しかし,作物の場合,潜在的には種全体から人為的に任意の2系統を交配することができる.したがって,β-ケモダイバーシティーに関する議論を作物の種内多様性に援用することができそうである.
β-ケモダイバーシティーの存在は,遺伝子–環境相互作用の観点から説明される場合が多い.遺伝子−環境相互作用とは,異なる遺伝子型をもつ個体が環境の違いに対して異なる反応を示すことである.この観点から考えると,異なるファイトアレキシンを蓄積することが,それぞれ別の環境では有利だったのかもしれない.実際,サクラネチンは糸状菌に強い抗菌活性を示すが,細菌にはあまり効果がない(6)6) K. Murata, T. Kitano, R. Yoshimoto, R. Takata, N. Ube, K. Ueno, M. Ueno, Y. Yabuta, M. Teraishi, C. K. Holland et al.: Plant J., doi: 10.1111/tpj.14577.反対に,ナリンゲニンは細菌には強い抗菌活性を示すが,糸状菌にはほとんど効かない.このため,サクラネチンを蓄積する形質は,糸状菌による病害が多い地域で選抜され,反対にナリンゲニンを多く蓄積する形質は細菌病が重要な地域で選抜されたというわけである.実際には,両方の化合物を蓄積しない品種も多く,こんなに単純ではないだろうが,ファイトアレキシンの活性の違いによって異なるケモタイプが選抜されたという考えである.ちなみに,糸状菌によるイネいもち病は世界的に問題である.一方で,熱帯や亜熱帯では,細菌が引き起こすイネ白葉枯病が最も大きな問題となっている.
サクラネチンとナリンゲニンの例からわかるように,それぞれのファイトアレキンは,おそらく得意とする敵(病原菌)が違う.したがって,蓄積するファイトアレキシンの種類を変え多様性をもたらす遺伝子を利用することで,特定の病原菌によりよく効くファイトアレキシンの組成をもった系統を育種することができる.このためには,大きなβ-ケモダイバーシティーを用意しておくことが重要である.在来品種や近縁野生種を探索することで近代品種では失われてしまった二次代謝産物を発見することができる可能性もある.一方で,異なるファイトアレキシンを蓄積する系統を一つの品種に混在させて栽培することもできる.このような圃場では,病原菌が特定の個体のファイトアレキシンによる防御を克服したとしても,その近傍には異なるファイトアレキシンを蓄積する系統が存在することになり,感染の拡大を防ぐことができるかもしれない.南米アンデス地方では,一つのほ場にたくさんの品種のジャガイモを混植することがよく知られている(8)8) 山本紀夫:“ジャガイモとインカ帝国—文明を生んだ植物”,東京大学出版会,2004, p. 238..農民がその理由を明らかに語ることはないが,病害虫に対するリスクヘッジが理由の一つと推定されている.やはり,多様性は頑健性につながりそうである.
昆虫の半数程度は植物を利用すると言われ,そのような植物を餌とする昆虫(植食性昆虫)の食害に対して,植物はさまざまな防御機構を備えている.棘を作るなど物理的な防御や植食性昆虫にとって有害な二次代謝産物を生産し身を守る化学的な防御がその代表である.植物の化学的な防御機構に関する研究は,植物の巧妙な生存戦略を解き明かすだけにとどまらず,殺虫剤や医薬品の開発など農業生産や衛生環境の向上にも大きく貢献してきている.殺虫活性を有し,合成殺虫剤開発のモデルとなった除虫菊の花に含まれるピレトリンはその好例であろう.植物の化学的な防御戦略は大きく2つに分かれる.一つは,あらかじめ植食性昆虫の生育を抑制する物質を蓄えるなど,食べられないように身を守る戦略(constitutive defense)であり,もう一つは食害を受けて初めて,その昆虫に対する防御物質を作り始める,食べられてからの防御戦略(inducible defense)である.
植物が作り出す防御物質に対して,植食性昆虫もすごすごと引き下がるわけではない.植食性昆虫も何とか植物を食物資源にしようと,植物の防御物質を解毒する酵素を産生するなど,植物がもつ化学的な障壁を乗り越えようとする.結果として,他種とあまり競合することなくその植物に適応できるようになる.しかし,植物のなかにさらに別の防御物質を生産し,昆虫食害を回避するグループが現れ,それがいずれ新しい種として定着していく.こういった互いに影響し合って進化することを「共進化」と呼ぶ.現在われわれが目にする植物と昆虫の関係は,お互いが適応的に進化した結果を見ていると言ってよいだろう.共進化の理論は理解しやすく広く受け入れられているが,現存する植物と昆虫から共進化の実験的な証拠を見いだすことは必ずしも容易ではない.一例として,メキシコを中心に分布するカンラン科Bursera属植物とそれを食すBlepharida属ハムシを材料に,共進化による生物進化の長い時間のなかで植物の二次代謝産物が増え多様化することが,化学分析と分子系統解析から実証されている(9)9) J. X. Becerra, K. Noge & D. L. Venable: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 18062 (2009)..Bursera属は,テルペン類,芳香族化合物,短鎖アルカンを生産し葉に貯める.葉を傷つけると,これら二次代謝産物を含む液が浸み出したり,水鉄砲のように噴き出し,これに触れたハムシ幼虫は生育が阻害されたり死に至る.現存するおよそ70種類のBursera属の種分化を分子系統解析により明らかにしたうえで,それぞれの種がもつ二次代謝産物を重ね合わせた結果,種分化が進むにつれ,その種類が増えるとともに,異なる生合成経路に由来する物質を作り組成を複雑化させていくことが示された.一方,水鉄砲のように液を噴射する種は,1種類か2種類のモノテルペンを主成分とする比較的単純な組成のままであった.二次代謝産物を合成するためのコストを払う代わりに,噴射という物理的な防御手段を獲得したためと考えられている.約45種いるBlepharida属ハムシの多くは,1種類のBursera属しか食害しないが,なかには数種類のBursera属を食害する種がいる.それらは,化学成分のよく似たBursera属を好んで食する.このように植物が昆虫食害から身を守るために作り出した二次代謝産物が,植食性昆虫の寄主探索の手掛かりにもなっていることもしばしば見られる(コラム参照).
あらかじめ防御物質を蓄積して身を守る植物がいる一方で,昆虫食害を受けて初めて防御物質を産生する植物も比較的多く知られる.たとえば,タバコは構成的にニコチンを蓄積するが,昆虫食害によって根でのニコチン生産が誘導される.この場合,タバコとタバコを食べる昆虫の1対1の関係であるが,もう少し複雑で面白い生物間相互作用研究が1980年代ごろから盛んに行われてきている.植物は,昆虫食害によって特有の香気成分(herbivore-induced plant volatiles; HIPVs)を生産する(10, 11)10) K. Matsui: Curr. Opin. Plant Biol., 9, 274 (2006).11) T. C. J. Turlings & M. Erb: Annu. Rev. Entomol., 63, 433 (2018)..この香気ブレンドは,葉を物理的に傷つけたときに生じる匂いとは異なり,昆虫の唾液に含まれるエリシターと総称される物質により誘導される(12)12) J. Kim, H. Quaghebeur & G. W. Felton: Phytochemistry, 72, 1624 (2011)..このHIPVsは,植物を加害する植食性昆虫の天敵(たとえば,寄生蜂や捕食性カメムシ)を誘引し,防御物質が植食性昆虫に直接作用する直接防御に対して,植物の間接防御と呼ばれている.一例を挙げると,荒地や路傍などに見られるメマツヨイグサは,ハムシ幼虫に食害されるが,そういった株には,そのハムシ幼虫を好んで捕食するルリクチブトカメムシがよく見られる(一般的にカメムシは植物を吸汁するが,なかにはイモムシなど小さな昆虫を捕食する種がいる).このカメムシは,ハムシ食害によりメマツヨイグサから放出されるHIPVsを手掛かりに獲物を探すことが示された(13)13) K. Noge & S. Tamogami: Biosci. Biotechnol. Biochem., 82, 395 (2018).(図2A図2■食害されたメマツヨイグサ葉上で,ハムシ幼虫を捕食するルリクチブトカメムシ(A).この捕食性のカメムシは,ハムシ食害で誘導されるHIPVsを手掛かりにハムシを探す.ハムシに接近した後,触角でハムシに触れてから吸汁するため,ハムシの体表成分も餌探索の手掛かりになると考えられる.植物におけるニトリル生合成経路(B).L-PheやL-Leuから2段階の酵素反応で合成される.マイマイガ幼虫の食害によりポプラ葉で生成するフェニルアセトアルドキシムはマイマイガ幼虫の生育を阻害し(16),フェニルアセトニトリルはマイマイガ幼虫を忌避する効果がある(17)).このようなHIPVsを害虫防除に利用できないかと考えることは自然な流れである.京都大・高林グループにより,人工的に作ったHIPVsを用いて土着の寄生蜂をハウス内に誘引し,ハウスでのミズナ栽培で問題となるコナガ幼虫を防除する実証研究が行われている(14)14) 浦野 知,安部順一朗,小原祥嗣,釘宮聡一,佐野孝太,上船雅義,光永貴之,塩尻かおり,小澤理香,長坂幸吉ほか:植物防疫,61,699(2007)..自然生態系の生物間相互作用を農業生産のために拝借した例である.
HIPVsの成分は,青葉アルデヒドや青葉アルコールをはじめとするいわゆる“みどりの香り”やテルペン類,芳香族化合物が一般的であるが,先述のメマツヨイグサはL-ロイシン由来のニトリル化合物も生産・放出する.ニトリル化合物はランの花気などで知られていたが,テルペン類やみどりの香りに比べ,数多くの植物で見つかるわけではなく,植物成分としては珍しい部類と考えられていた.しかし,ここ数年の研究から比較的多くの植物がニトリル生産能を有することが明らかとなってきた(13, 15~17)13) K. Noge & S. Tamogami: Biosci. Biotechnol. Biochem., 82, 395 (2018).15) K. Noge & S. Tamogami: FEBS Lett., 587, 1811 (2013).16) S. Irmisch, A. Clavijo McCormick, G. A. Boeckler, A. Schmidt, M. Reichelt, B. Schneider, K. Block, J.-P. Schnitzler, J. Gershenzon, S. B. Unsicker et al.: Plant Cell, 25, 4737 (2013).17) S. Irmisch, A. Clavijo McCormick, J. Günther, A. Schmidt, G. A. Boeckler, J. Gershenzon, S. B. Unsicker & T. G. Köllner: Plant J., 80, 1095 (2014)..
畑の周辺や川辺によく生えているオオイタドリは,マメコガネに食害されるとブドウのような甘い香りを発する.その主成分は2種類のテルペン(オシメンとファーネセン)とL-フェニルアラニン(L-Phe)由来のフェニルアセトニトリルである.メマツヨイグサの系のように,HIPVsに誘引されるマメコガネの天敵が確認されているわけではなく,その生態学的意義は不明のままであるが,これら香気成分の生産は,植物ホルモン活性を有するジャスモン酸メチルを処理することでも再現され(15)15) K. Noge & S. Tamogami: FEBS Lett., 587, 1811 (2013).,オオイタドリの誘導抵抗反応の一つと考えられる.
植物のニトリルは,アミノ酸からアルドキシムを経て生合成され,それぞれの反応をP450が触媒する(16, 17)16) S. Irmisch, A. Clavijo McCormick, G. A. Boeckler, A. Schmidt, M. Reichelt, B. Schneider, K. Block, J.-P. Schnitzler, J. Gershenzon, S. B. Unsicker et al.: Plant Cell, 25, 4737 (2013).17) S. Irmisch, A. Clavijo McCormick, J. Günther, A. Schmidt, G. A. Boeckler, J. Gershenzon, S. B. Unsicker & T. G. Köllner: Plant J., 80, 1095 (2014).(図2B図2■食害されたメマツヨイグサ葉上で,ハムシ幼虫を捕食するルリクチブトカメムシ(A).この捕食性のカメムシは,ハムシ食害で誘導されるHIPVsを手掛かりにハムシを探す.ハムシに接近した後,触角でハムシに触れてから吸汁するため,ハムシの体表成分も餌探索の手掛かりになると考えられる.植物におけるニトリル生合成経路(B).L-PheやL-Leuから2段階の酵素反応で合成される.マイマイガ幼虫の食害によりポプラ葉で生成するフェニルアセトアルドキシムはマイマイガ幼虫の生育を阻害し(16),フェニルアセトニトリルはマイマイガ幼虫を忌避する効果がある(17)).オオイタドリでも後者のアルドキシムからニトリルへの反応にかかわるP450が同定されている(18)18) T. Yamaguchi, K. Noge & Y. Asano: Plant Mol. Biol., 91, 229 (2016)..アルドキシムをニトリルへと代謝する酵素は微生物でも知られている(19)19) 浅野泰久:バイオサイエンスとインダストリー,57,39(1999)..フェニルアセトニトリルの原料がL-Pheであることは,安定同位体標識の取り込み実験と除草剤グリホサートで芳香族アミノ酸の生合成を阻害する実験から証明された.ニトリルの原料であるL-Pheはごくありふれた一次代謝物で,当初は植物葉中に豊富に存在すると考えた.しかし,その予想は裏切られ,オオイタドリ葉中から遊離のL-Pheは検出されなかった.一方,マメコガネの食害を受けた葉にはL-Pheが蓄積しており,さらにジャスモン酸メチル処理した葉の分析から,経時的にL-Pheが葉中に蓄積し,そのL-Pheがニトリルへと代謝されていくことが明らかとなった.二次代謝産物だけでなく,その原料となる一次代謝も昆虫食害により活性化されるわけである.ちなみに,オオイタドリ葉中からD-Pheは検出されず,実験的にもD-Pheはニトリルに代謝されない(15)15) K. Noge & S. Tamogami: FEBS Lett., 587, 1811 (2013)..光学活性体を識別する生合成であるのだろう.近年,ヒスチジンが病原細菌に対する植物の抵抗性を向上させることやグルタミン酸が気孔を閉鎖することが報告され(20, 21)20) S. Seo, K. Nakaho, S. W. Hong, H. Takahashi, H. Shigemori & I. Mitsuhara: Plant Cell Physiol., 57, 1932 (2016).21) 吉田理一郎:植物の生長調節,54,26(2019).,アミノ酸が植物のさまざまな生理応答のシグナルとして働くことが示されている.オオイタドリやメマツヨイグサでは,昆虫食害やジャスモン酸メチル処理により,複数種のアミノ酸の生合成誘導が見られた.これらのアミノ酸は,ニトリルや防御応答にかかわるタンパク質へと使われていく一方で,何かしらの情報伝達にもかかわっているかもしれない.ごくありふれたアミノ酸であるが,今後その機能に注目する価値はあるだろう.
植物は,多種多様な化学物質を環境中に放出しており,それらは部位または生育ステージに特徴的なものが多い.植物の根からは,光合成により固定した全炭素量の20~30%が土壌中に放出されている(22)22) R. Ford Denison & E. Toby Kiers: Curr. Biol., 21, 775 (2011)..植物根とその影響下にある根にきわめて近い範囲(~2 mm)を根圏という.植物の根から根圏に分泌される物質(根浸出物)は,植物とほかの生物との化学交信に重要な役割を担っている.植物は感じ取ったストレスなどによって,化学物質の放出量,放出時期を巧妙に調節する.根圏に生息する生物たちは,これらの化学物質に隠されている情報を読み取って,植物根に対する直接・間接の作用により,根圏の環境・生物相を自身の生育に好ましい方向へと誘導している(23)23) J. M. Lynch: “The rhizosphere,” John Wiley & Sons, 1990..たとえば,昔からよく知られている根粒菌はマメ科植物の根から分泌されるフラボノイドによって宿主植物の存在を認識する.近年,フラボノイドと同様に,植物の根から分泌され,根圏で情報を伝逹する「根圏情報物質」であるストリゴラクトン(strigolactone)が注目を浴びている.
植物は光合成によって自ら生きるためのエネルギーを作り出す,いわゆる一次生産者であるが,多くの植物種のなかには,ほかの植物から養水分を奪い取って生活する「寄生植物」が存在する.寄生植物は被子植物の1%にあたる約4,000種といわれている.世界最大の花として知られるラフレシアや,鳥の巣のように見えるヤドリギ,香木のビャクダンも寄生植物である.寄生植物は,宿主となる緑色植物と自分自身を結びつけ,養水分を吸い取るための「吸器」と呼ばれる器官をもつ.養水分を宿主から奪い取って生活するため,光合成能力は大きく低下,または完全に消失している.自身がエネルギーを作らなくなる寄生植物が生き残るためには,好ましい宿主に出会う確率を高めることが極めて重要である.そのため,ストライガ(Striga)やオロバンキ(Orobanche)などほかの植物の根に寄生する根寄生植物の種子は,宿主の根の至近距離にある場合にのみ発芽する.根寄生植物は1個体あたり10万粒の極微小な(長径0.2~0.4 mm)種子を生産し,その種子は土壌中で30年以上生存する(24)24) D. M. Joel & D. Losner-Goshen: Can. J. Bot., 72, 564 (1993)..種子は通常休眠しているが,適当な温度と湿度で数日間保たれた後,宿主植物の根から分泌される発芽刺激物質=ストリゴラクトンを感知して初めて発芽する(図3図3■ストリゴラクトン機能の概略).発芽した種子は幼根を伸ばして宿主の根にたどり着くと,幼根の先端が吸器に分化し,宿主の根に侵入して寄生する.寄生が確立してから,ストライガでは数週間,オロバンキでは数カ月間地下で宿主から養水分を奪って成長し,その後地上部に現れ,開花・結実して多数の種子を生産する.このような根寄生植物の種子発芽刺激物質として単離構造決定された代表的な化合物群はストリゴラクトンと総称されている.
ストリゴラクトンは10−8~10−14 Mという低濃度でストライガおよびオロバンキ種子の発芽を誘導する.根寄生植物の種子発芽におけるストリゴラクトンの構造活性相関の研究から,ストリゴラクトンのエノールエーテル結合を介してつながったD環部分が活性発見に必須であることがわかっている(25)25) E. M. Mangnus & B. Zwanenburg: J. Agric. Food Chem., 40, 1066 (1992)..このエノールエーテル結合は求核試薬との反応性が高く,水やアルカリなどで容易に開裂する.そのため,土壌中でストリゴラクトンが分解せずに拡散する範囲は根から5 mm程度と想定されている.根寄生植物の種子はいったん発芽すると根に寄生できない場合はそのまま死んでしまう.すなわち,根寄生植物は遠方に拡散不可能なストリゴラクトンを利用して,近傍に存在する宿主の根を検出する巧妙な生存戦略を有している.
植物が自身を危機に曝すような根寄生植物の発芽刺激物質=ストリゴラクトンを生産・分泌する理由は長年にわたり不明であった.その理由は,ストリゴラクトンの1種である5-deoxystrigol(5DS)が,アーバスキュラー菌根菌(arbuscular mycorrhizal fungi; AM菌)の宿主認識にかかわる菌糸分岐誘導物質として単離されたことによって明らかになった(図3図3■ストリゴラクトン機能の概略).
陸上植物の80%以上がAM菌と共生しており,地球上で最も普遍的な共生系である.AM菌は宿主となる植物の根の皮層細胞内に菌糸を侵入させて樹枝状体を形成する.根の外に伸ばした菌糸で土壌中のリン酸やミネラルを吸収し,樹枝状体を介して宿主植物に与え,自らは植物から光合成産物である糖を受け取る.この共生により植物は,リンなどの吸収促進,耐病性の向上,水分吸収の促進などさまざまな利益を受ける.AM菌は絶対共生菌であり,胞子は容易に発芽するが,発芽後,宿主である植物に共生できないと,菌糸の成長は停止し,それ以上増殖できない.AM菌と宿主植物との共生が成立するためには,植物の根から分泌される共生開始シグナル物質により宿主植物を認識し,感染・共生していくことがわかっていた.ミヤコグサ(Lotus japonicas)の水耕液から5DSが単離されたことから,ストリゴラクトンがAM菌と宿主植物の共生開始シグナル物質であることがわかったのである(26)26) K. Akiyama, K. Matsuzaki & H. Hayashi: Nature, 435, 824 (2005)..
このようにストリゴラクトンは,根寄生植物の寄生開始だけではなく,AM菌の共生開始シグナル物質であると認知されるようになった.しかし,AM菌の非宿主であるアブラナ科のシロイヌナズナやマメ科のホワイトルーピンもストリゴラクトンを生産・分泌することから,ストリゴラクトンは,ほかにも重要な機能を担っている可能性が示唆されていた.そして,ストリゴラクトンあるいはその代謝産物が,植物の地上部の枝分れを抑制する新しい植物ホルモンであることが明らかとなった.
植物の枝分かれは,まず腋芽が作られ,次にそれが成長して形成される.通常植物は「頂芽優勢」と呼ばれる,頂芽が成長している間は腋芽の成長が抑制される現象が起きている.従来,頂芽優勢の維持には,オーキシン,サイトカイニンの2つの植物ホルモンが関与することが知られていたが,1990年代半ば以降の「枝分かれ過剰突然変異体」の研究から,枝分かれを抑制する別のホルモンの存在が示唆されていた.そしてエンドウ,シロイヌナズナ,イネで見つかったカロテノイド酸化開裂酵素変異体から,このホルモンはカロテノイドに由来し,ストリゴラクトンであることが明らかになった(27)27) M. Umehara, A. Hanada, S. Yoshida, K. Akiyama, T. Arite, N. Takeda-Kamiya, H. Magome, U. Kamiya, K. Shirasu, K. Yoneyama et al.: Nature, 455, 195 (2008)..
ストリゴラクトンは植物の根で作られ,地上部に運ばれると,形態制御などを司る植物ホルモンとして機能し,根圏に放出されると,根寄生植物またはAM菌のそれぞれ寄生と共生が開始シグナルとして働いている.植物は何のためにストリゴラクトンを根で作る必要があるのか.それは,植物の根が土壌の栄養環境をいち早く感知するためである.根圏にリン酸や窒素が欠乏していることを察知すると,ストリゴラクトンの合成が促進され,地上部の脇芽の成長を抑え,余分なエネルギーを使わないようにしている.これと同時に,AM菌の助けを呼び寄せる救急信号として根からストリゴラクトンを土壌中に放出している.しかし,本来ならAM菌の共生を促す救急信号のストリゴラクトンが,自身の存在を示すメッセージとして根寄生植物に読み取られ,寄生されてしまうのである.
前回までのフェロモンは同種個体間のコミュニケーションを制御する化合物であったが,今回は植物が作り出す二次代謝産物を中心に,植物とそれを取り巻く生物とのかかわり合いを紹介した.それぞれに生物同士のかかわり合いの面白さや,面白い化学構造など化学的な興味深さが見られる.木を見て森も見るといったところだろうか.今回紹介した話題以外にも,植物体内に生息するエンドファイトや昆虫体内の共生菌など,さまざまな生物がいろいろと影響しあって複雑な生物間相互作用が形成されている.これまでの化学生態学研究は,面白い現象を発見し,その現象の鍵となる物質を明らかにするものであり,博物学にも似たその姿勢は今後も変わらないだろう.しかしながら,多くの情報が手に入り,さまざまな手法を新たに導入していける現在において,化学生態学研究を入口として深掘りするとともに,さまざまな分野とコラボレーションすることで,さらに多くの面白い発見が生まれると期待できる.
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