プロダクトイノベーション

吸収性に優れ,カラダ作りに最適な革新的乳タンパク質飲料の開発研究スッキリ飲める乳タンパク質飲料の誕生秘話

神田

Atsushi Kanda

株式会社明治 研究本部

中山 恭佑

Kyosuke Nakayama

株式会社明治 研究本部

赤松 あゆみ

Ayumi Akamatsu

株式会社明治 研究本部

三本木 千秋

Chiaki Sanbongi

株式会社明治 研究本部

武田 邦弘

Kunihiro Takeda

株式会社明治 研究本部

Published: 2019-01-01

はじめに

乳タンパク質は牛乳中に約3.3%含まれており,必須アミノ酸バランスに優れた栄養価の高いタンパク質である.われわれは乳タンパク質の飲用シーン拡大のため,運動後に飲みやすい風味を目指して,独自の酸性タイプの乳タンパク質飲料を開発した.われわれが開発した新規酸性乳タンパク質飲料は牛乳と同等の乳タンパク質を配合しながら酸性タイプですっきりと飲むことができる.さらにわれわれは,その機能性についても研究を深め,新規酸性乳タンパク質飲料は通常の乳飲料と比較して吸収が速いことを見いだし,われわれが開発した酸性乳タンパク質飲料の製造技術を速攻吸収製法と命名した.

本稿では新規酸性乳タンパク質飲料に秘められた技術を紹介する.

乳タンパク質とは

乳タンパク質は必須アミノ酸バランスに優れており,栄養学的価値が高いタンパク質である.「栄養価が高い」は,優れた食物を指す表現として広く使われている.タンパク質の栄養価を測定する方法はいくつかあるが,新たなタンパク質の評価基準であるDIAAS(Digestible Indispensable Amino Acid Score)をはじめ,乳タンパク質の栄養価はどの方法で測定しても高水準であることがわかっている(1~3)1) J. R. Hoffman & M. J. Falvo: J. Sports Sci. Med., 3, 118 (2004).2) S. M. Rutherfurd, A. C. Fanning, B. J. Miller & P. J. Moughan: J. Nutr., 145, 372 (2015).3)  Cervantes-Pahma et al.: Br. J. Nutr., 111, 1663 (2014).表1表1■タンパク質の栄養価の比較(文献1~3を元に作成)).摂取したタンパク質が体の中に,どのくらい取り込まれ効率よく利用されるかを示す評価基準にはプロテインスコアやアミノ酸スコアがある.1990年代にWHOによって定められたPDCAAS(Protein Digestibility Corrected Amino Acid Score)は,プロテインスコアやアミノ酸スコアと違い,含まれているアミノ酸の組成だけでなく,そのタンパク質がどのくらい消化されやすく,体内で利用されやすいかを総合的に判断したものである.さらにFAOの最近の報告では,食品中のタンパク質の品質を評価するスコアとしてPDCAASをさらにDIAASに置き換えるべきだということが記されている.DIAASが優れている点として,大きく2つの点が挙げられる.一点目としてDIAASはPDCAASと比較して,タンパク質の吸収率をより正確に評価することが可能である.またPDCAASでは100%以上のスコアになった場合,100%を超えた値を切り捨てて,すべて100%と示す計算方法となる.一方で,DIAASでは100%以上のスコアになった場合,超えた値を切り捨てずに評価するため,高品質なタンパク質の価値をより正当に評価可能である.これらの特徴から,DIAASでは,より体内効率が高いタンパク質は何かが明確になり,高スコアのタンパク質源である乳タンパク質が評価されている.また,ミルクプロテインには筋肉を形作るために重要な分岐鎖アミノ酸が多く含まれており,筋肉合成を高める効果に優れている(4)4) A. Kanda, K. Nakayama, C. Sanbongi, M. Nagata, S. Ikegami & H. Itoh: Nutrients, 8, 339 (2016)..そのため,アスリート向けのサプリメントとして広く世界中で用いられている.

表1■タンパク質の栄養価の比較(文献1~3を元に作成)
生物価正味タンパク質利用率タンパク質効率比アミノ酸スコアPDCAASDIAAS
乳タンパク質91822.51001.001.18
ホエイタンパク質104923.21001.001.09
カゼイン77762.51001.00
100943.91001.00
大豆タンパク質74612.21001.000.906
牛肉80732.91000.92
小麦64920.8360.250.36
米飯610.6160.595

乳タンパク質は主にホエイタンパク質とカゼインという2種類のタンパク質から構成されており,その構成比はおよそ2 : 8である.チーズ製造時の副産物となるタンパク質がホエイタンパク質であり,チーズやヨーグルトのカードを形成するのがカゼインである.ホエイタンパク質とカゼインはともに高い栄養的価値を有するが,最大の違いはその消化吸収速度にある.ホエイタンパク質は摂取後速やかに体内に吸収されることが知られている.一方でカゼインは酸性域で凝集する性質を有しているため,胃内で凝集し,腸管内で徐々に消化吸収される消化吸収の遅いタンパク質である.ホエイタンパク質は速やかに吸収され血中アミノ酸濃度を高めることから,筋肉合成を高める効果が特に高いことが知られている(5)5) J. E. Tang, D. R. Moore, G. W. Kujbida, M. A. Tarnopolsky & S. M. Phillips: J. Appl. Physiol., 107, 987 (2009)..カゼインは穏やかに吸収されるため,血中アミノ酸濃度を長時間維持できることが知られている(6)6) Y. Boirie, M. Dangin, P. Gachon, M. P. Vasson, J. L. Maubois & B. Beaufrère: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 14930 (1997).

乳タンパク質を高配合した酸性乳飲料を安定製造するためには,このカゼインが有する酸性域での凝集を抑制し,安定化する技術が求められる.

乳タンパク質の酸性域での安定化技術

前章で述べたとおり,多くの酸性飲料に見られるpH 4程度の弱酸性域では主にカゼインが凝集・沈殿してしまう.そのため酸性乳タンパク質飲料を安定製造するためには,酸性域でカゼインの凝集を抑制し,安定化する技術が必須である.本章では,新規酸性乳タンパク質飲料で用いている酸性域での乳タンパク質の安定化技術について紹介する.

1. ペクチンによる安定化

ペクチンは柑橘類由来の原料であり,D-ガラクチュロン酸とそのメチルエステルからなる.メチルエステルが50%以上存在する場合をHM-ペクチン,50%以下をLM-ペクチンという.酸性域でのカゼインの安定化にはHM-ペクチンが適しており,HM-ペクチンは冷水可溶,ニュートン粘性,高糖度または低pH条件下でゲル化する性質を有している.HM-ペクチンは溶液中で分子全体的にマイナスの電荷を帯びている.カゼイン粒子表面のプラス電荷を帯びた部分にペクチン分子のマイナス電荷が電気的に結合するとともに,ペクチン分子が全体的にマイナスの電荷を帯びているため,ペクチン同士の電気的な反発によりカゼイン粒子の凝集・沈殿を抑制する効果がある(7)7) S. Jensen, C. Rolin & R. Ipsen: Food Hydrocoll., 24, 291 (2010).

2. 大豆多糖類による安定化

大豆多糖類は,文字通り大豆由来の原料である.ガラクトース,アラビノース,ガラクチュロン酸,ラムノース,キシロース,フコース,グルコースなどの糖類からなる多糖類である.冷水に可溶,非常に低粘度かつニュートン粘性であり,乳化および被膜性に優れた特徴を有する.大豆多糖類はマイナスの電荷を帯びた主鎖と電気的に中性な副鎖からなる.カゼイン粒子表面のプラス電荷を帯びた部分にマイナス電荷を帯びた主鎖が電気的に結合し,側鎖がクッションのようにカゼイン粒子表面を覆うことで物理的に粒子同士を反発させることで凝集・沈殿を抑制する効果がある(8)8) A. Nakamura, H. Furuta, M. Kato, H. Maeda & Y. Nagamatsu: Food Hydrocoll., 17, 333 (2003).

さらにわれわれはHM-ペクチンと大豆多糖類の組み合わせについて詳細に検証した結果,最適な組み合わせ処方を見いだし,これら2種の安定剤を適切に併用することが高濃度での酸性乳タンパク質飲料の安定化に重要であることを明らかにした(図1図1■HM-ペクチンと大豆多糖類の酸性領域での乳タンパク質安定化作用の概念図).

図1■HM-ペクチンと大豆多糖類の酸性領域での乳タンパク質安定化作用の概念図

3. 発酵セルロースによる分散性向上

われわれが開発した新規酸性乳タンパク質飲料では酢酸菌が菌体外に産出する多糖類である発酵セルロースを配合している.発酵セルロースの化学構造は,植物由来のセルロースの化学構造と全く同じであり,D-グルコースがβ-1, 4結合した直鎖状の多糖類である.発酵セルロースは水に溶解しない細かな三次元網目構造を形成するため,不溶性固形物の分散能力が極めて高い特徴を有している(9)9) 大本俊郎:FFI JOURNAL, 212, 786(2007)..発酵セルロースを配合することでカゼイン粒子の沈殿抑制,分散性を向上させるだけでなく,さらに均質化効率を向上させることも確認した.

4. トレハロースによるタンパク質変性の抑制

トレハロースとはグルコースが1,1-グリコシド結合してできた二糖の1種である.トレハロースは水和力が非常に高く,水溶液中にタンパク質とトレハロースが存在すると,トレハロースはタンパク質と水素結合する.トレハロースがタンパク質粒子表面をコーティングすることで,タンパク質の加熱や凍結などによるタンパク質の変性を防ぐ効果がある(10)10) N. K. Jain & I. Roy: Protein Sci., 18, 24 (2009)..われわれはこのトレハロースのタンパク質変性抑制効果に注目し,酸性乳タンパク質飲料への応用を検討した.その結果,トレハロースの添加により,殺菌前後での乳タンパク質の変性が抑制され,粒子径が維持されることを明らかにした.

われわれは,これらの技術を組み合わせることで,従来不可能とされてきた牛乳と同等以上の高濃度で乳タンパク質を含有する新規酸性乳タンパク質飲料の安定的な工業生産を実現した.

新規酸性乳タンパク質の速攻吸収効果

1. 胃内での乳タンパク質の凝集抑制

前述の通り,乳タンパク質の1種であるカゼインは胃内で胃液によりpHが低下すると凝集・沈殿する.しかし,われわれが開発した新規酸性乳タンパク質飲料は酸性域で乳タンパク質を安定化した乳飲料であるため,胃内のpHでもカゼインが凝集・沈殿しないのではないかと仮説を立て,検証した.人工胃液を新規酸性乳タンパク質飲料または脱脂乳(新規酸性乳タンパク質飲料は脂肪分を含まないため,比較対象として脱脂乳を用いた)に添加し,乳タンパク質の凝集状態を観察した結果,新規酸性乳タンパク質飲料は凝集・沈殿が発生せず,胃内でも乳タンパク質の凝集が抑制されることが示唆された(11)11) K. Nakayama, A. Kanda, R. Tagawa, C. Sanbongi, S. Ikegami & H. Itoh: Nutrients, 9, E1071 (2017).図2図2■人口胃液に添加して振盪した後の新規酸性乳タンパク質飲料と脱脂乳の様子).さらに動物への投与実験により,実際に胃内で乳タンパク質が凝集しないことを確認した.

図2■人口胃液に添加して振盪した後の新規酸性乳タンパク質飲料と脱脂乳の様子

2. 乳タンパク質の吸収速度の評価

乳タンパク質は一般的な乳飲料で摂取した場合,胃内で乳タンパク質の大部分を占めるカゼインが固まり,その後ゆっくりと吸収される.新規酸性乳タンパク質飲料は,胃液内でも凝固しないため,一般的な乳飲料よりも速やかに体内に吸収されると仮説を立て,検証した.乳タンパク質をはじめとしたタンパク質は消化管内でアミノ酸まで消化されて体内に吸収されるため,血中アミノ酸濃度の推移を指標として実験を行なった.その結果,動物実験およびヒト臨床試験のいずれにおいても,新規酸性乳タンパク質飲料は脱脂乳と比較して血中アミノ酸濃度を速やかに上昇させることが明らかとなり,素早く消化吸収されることが示唆された(11, 12)11) K. Nakayama, A. Kanda, R. Tagawa, C. Sanbongi, S. Ikegami & H. Itoh: Nutrients, 9, E1071 (2017).12) 吉居尚美ら:第70回日本栄養・食糧学会大会講演要旨集,2F-12p (2016) .図3図3■ヒトでの新規酸性乳タンパク質飲料摂取後の血中ロイシン濃度12)).この効果により,われわれが開発した,酸性域で乳タンパク質を安定化させる独自製法を「速攻吸収製法」と命名した.

図3■ヒトでの新規酸性乳タンパク質飲料摂取後の血中ロイシン濃度12)

3. 新規酸性乳タンパク質飲料の骨格筋合成促進効果

これまでの先行研究により,乳タンパク質は優れた骨格筋合成促進効果を有することが知られている(4)4) A. Kanda, K. Nakayama, C. Sanbongi, M. Nagata, S. Ikegami & H. Itoh: Nutrients, 8, 339 (2016)..骨格筋合成を促進するためには血中アミノ酸濃度,特にロイシン濃度を高める必要がある.血中ロイシン濃度と骨格筋合成速度の間には強い相関関係があることが報告されている(13)13) B. Pennings, Y. Boirie, J. M. Senden, A. P. Gijsen, H. Kuipers & L. J. van Loon: Am. J. Clin. Nutr., 93, 997 (2011)..前節の検討により新規酸性乳タンパク質飲料は血中アミノ酸・ロイシン濃度を素早く上昇させることが明らかとなった.そのため,新規酸性乳タンパク質飲料は骨格筋合成を促進する効果にも優れているのではないかと仮説を立て,検証した.その結果,新規酸性乳タンパク質飲料は脱脂乳よりも素早く骨格筋合成を促進する効果があることを見いだした(11)11) K. Nakayama, A. Kanda, R. Tagawa, C. Sanbongi, S. Ikegami & H. Itoh: Nutrients, 9, E1071 (2017)..この際,新規酸性乳タンパク質飲料摂取により,血中のロイシン濃度に加えて,筋合成に重要な役割を示す骨格筋中のロイシン濃度が,脱脂乳投与群と比較して有意に上昇することを明らかにした.さらにわれわれは新規酸性乳タンパク質飲料の骨格筋合成促進メカニズムを明らかにするため,骨格筋合成,細胞増殖,オートファジーの制御を行うmTORシグナルに関与するタンパク質である,Akt, S6K1, 4E-BP1のリン酸化について詳細に解析した.その結果,新規酸性乳タンパク質飲料はmTORシグナルを活性化する効果が脱脂乳よりも高く,mTORシグナルの活性化を介して,骨格筋合成を促進させることを明らかにした(図4図4■新規酸性乳タンパク質飲料の骨格筋合成促進メカニズム(文献11, 14を元に作図)).

図4■新規酸性乳タンパク質飲料の骨格筋合成促進メカニズム(文献11, 14を元に作図)

おわりに

本技術を活用した商品群である(ザバス)MILK PROTEIN脂肪0シリーズは世界に類を見ない,酸性タイプでスポーツドリンクのように運動後にゴクゴク飲める乳タンパク質飲料である(図5図5■本研究成果を活用した乳タンパク質飲料(ザバス)MILK PROTEIN脂肪0シリーズ).本商品群は運動後にゴクゴク飲める新規性の高い乳タンパク質飲料として多くの消費者から高く評価されており,2015年の発売から4年が経過するなかで順調に販売を拡大し,市場に定着した.また,吸収性の速さを「速攻吸収製法」として訴求しており,機能性の面でも差別性の高い商品として認知されていることが市場に定着した大きな要因でもある.

図5■本研究成果を活用した乳タンパク質飲料(ザバス)MILK PROTEIN脂肪0シリーズ

今後,2020年東京五輪に向けて運動を後押しする機運が高まることで運動愛好家は増加し,タンパク質市場は拡大の一途が見込まれている.そのなかで,われわれは本技術を活用した商品を上市していくとともに,本技術に止まらない新たな乳タンパク質の高付加価値化の技術開発を推進することで,国民全体の健康増進に寄与していきたい.

Reference

1) J. R. Hoffman & M. J. Falvo: J. Sports Sci. Med., 3, 118 (2004).

2) S. M. Rutherfurd, A. C. Fanning, B. J. Miller & P. J. Moughan: J. Nutr., 145, 372 (2015).

3)  Cervantes-Pahma et al.: Br. J. Nutr., 111, 1663 (2014).

4) A. Kanda, K. Nakayama, C. Sanbongi, M. Nagata, S. Ikegami & H. Itoh: Nutrients, 8, 339 (2016).

5) J. E. Tang, D. R. Moore, G. W. Kujbida, M. A. Tarnopolsky & S. M. Phillips: J. Appl. Physiol., 107, 987 (2009).

6) Y. Boirie, M. Dangin, P. Gachon, M. P. Vasson, J. L. Maubois & B. Beaufrère: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 14930 (1997).

7) S. Jensen, C. Rolin & R. Ipsen: Food Hydrocoll., 24, 291 (2010).

8) A. Nakamura, H. Furuta, M. Kato, H. Maeda & Y. Nagamatsu: Food Hydrocoll., 17, 333 (2003).

9) 大本俊郎:FFI JOURNAL, 212, 786(2007).

10) N. K. Jain & I. Roy: Protein Sci., 18, 24 (2009).

11) K. Nakayama, A. Kanda, R. Tagawa, C. Sanbongi, S. Ikegami & H. Itoh: Nutrients, 9, E1071 (2017).

12) 吉居尚美ら:第70回日本栄養・食糧学会大会講演要旨集,2F-12p (2016) .

13) B. Pennings, Y. Boirie, J. M. Senden, A. P. Gijsen, H. Kuipers & L. J. van Loon: Am. J. Clin. Nutr., 93, 997 (2011).

14) E. Blomstrand et al.: J. Nutr., 136, 2695 (2006).