海外だより

学術都市ボストンにおける大学の研究と教育研究好きが世界中から集まる魅力的な環境

美穂

Miho Mori

近畿大学農学部

Published: 2019-01-01

筆者は大学の在外研究制度を利用して,2018年9月から1年間,アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストン市にあるノースイースタン大学(Northeastern university; NU)で研究をさせていただきました.筆者がボストンに在留した年は,大リーグのレッドソックスがワールドシリーズを,アメリカンフットボールのペイトリオッツがスーパーボールを制し,NUの近くで2度の優勝パレードがありました.街全体が活気あふれるときにボストンで過ごすことができたことはとても幸運でした.本稿では,NUでの研究生活のなかで日本の大学との研究・教育の違いを見聞きし,日々感じたことを少しご紹介させていただきたいと思います.

NUとLewisラボ

筆者が在外研究を行ったNUは,ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学と同じボストン市内にあり,他大学との研究者同士の交流や共同研究がとても盛んな私立大学です(図1図1■ノースイースタン大学).小澤征爾さんが2002年まで音楽監督を務めたボストン交響楽団の本拠地であるシンフォニーホールや,アメリカ三大美術館の一つに数えられるボストン美術館がNUの徒歩5分圏内にあり,とても安全で交通の便が良い都会に位置しています.151カ国から受け入れている留学生の数は12,000人以上で(2018年9月時),国際色豊かな雰囲気のキャンパスです.受け入れ先のDepartment of Biology and Antimicrobial Discovery CenterのKim Lewis教授は,難培養微生物から薬剤耐性菌Methicillin-resistant Staphylococcus aureus(MRSA)に有効で,耐性菌を生み出さない新規抗菌物質「Teixobactin」を発見し(1)1) L. L. Ling, T. Schneider, A. J. Peoples, A. L. Spoering, I. Engels, B. P. Conlon, A. Mueller, T. F. Schäberle, D. E. Hughes, S. Epstein et al.: Nature, 517, 455 (2015).,現在もさらに有用な新規抗菌物質生産菌の探索を精力的に進めています.Lewisラボにはさまざまな国(筆者在籍中は10カ国;アメリカ,イタリア,イラン,インド,スイス,中国,ニュージーランド,フランス,ポーランド,日本)からポスドク,学生,在外研究者が集まっており(図2図2■休憩室のホワイトボード),お昼は休憩室で週末の予定やおすすめの食べ物などの話で盛り上がり,時には大学の研究環境や文化の違いなども話しながら,毎日楽しい時間を過ごしました.ラボでは毎月,誕生日のメンバーを祝う,ざっくばらんな飲み会や,新しいメンバーが加わったときとメンバーがラボを去るときに行われる歓送迎会,季節に合わせてバーベキュー(図3図3■ラボメンバーとのバーベキュー),ピクニックや野外コンサート鑑賞などのイベントがありました.クリスマスパーティーではシークレットサンタというものがあり,くじ引きに書いているラボメンバーのプレゼントを$20で準備して,そっと休憩室に置き,パーティーで自分のことを想って用意してくれた,贈り主がシークレットのプレゼントを受け取るという素敵なイベントもありました.これらのラボの連絡は,いつもLewis教授を含めたすべてのラボメンバーにメールで共有されます.ポスドクやアカデミックポストの募集などの情報も共有するのにはとても驚きました.ラボメンバー全員の信頼関係があって初めて可能になることだと思いました.夏休み期間には,Research Experiences for Undergraduates(REU)というプログラムで,研究施設がない大学から研究を経験するために実験実習に来る学部生を約1カ月間受け入れたり,インターネットのホームページや論文を見て興味をもった高校生が,教授にお願いして短期で実験をしに来たりしていました.研究に意欲がある人はみんなwelcomeという方針でした.とても真似ができない懐の大きさにただただ感動しました.

図1■ノースイースタン大学

ラボメンバーの送別会後に大学の正面で撮影した1枚.前列右から2番目が筆者.

図2■休憩室のホワイトボード

研究のディスカッションに使用されることもありますが,文化交流の場でもありました.

図3■ラボメンバーとのバーベキュー

ラボのバーベキューは,みんなで一品ずつもち寄り,Cape CodのLewis教授の別荘で毎年行われます.前列右から5番目がLewis教授,前列右から2番目が筆者,そして後列右から6番目が今井 優博士.

ディスカッション

Lewisラボでは主に3つの柱となるプロジェクト(Drug discovery, Lyme disease, Persister)を進めており,ポスドク,学生,在外研究者がそれぞれのグループに分かれて所属しています.Drug discoveryグループでは,微生物から新規抗菌物質のスクリーニング,単離,精製,評価を行っています.Lyme diseaseグループでは,Lyme病原菌(Borrelia burgdorferi)にだけ効果がある化合物の探索や,増殖が遅く,特異的な検出が困難なこの原因菌を効率良く検出する方法の検討などを行っています.Persisterグループでは,ゲノムの変異を伴わない抗菌物質耐性発現を示す現象(Persister)の解明を行っています.ScienceNature誌などの大きな論文に投稿するときはグループの垣根を超えて協力しながら,スピードを重視して実験が進められます.グループ内外だけではなく,さまざまな国のコラボレーターとも上手く連携を取りながら,結果を早く出す体制が整っていました.

ラボでは,隔週の月曜日と火曜日に教授の居室でそれぞれ15~30分の個別ディスカッションと1時間のグループディスカッションが,隔週の木曜日に少し大きめの会議室で2時間の全体ディスカッションが行われ,全部で3つのミーティングがありました.火曜日と木曜日のミーティングは,お昼ご飯やおやつを食べながら行われます.食べながら会議をする文化がない日本人にとっては,なかなかなじみのない光景でした.全体ミーティングでは,最初に研究室の連絡事項を話すのですが,何かの学会直後であればLewis教授や参加者から学会で得た最新の研究内容の紹介があり,他研究室の教員や研究職に就職した卒業生も聞きに来る非常にオープンな場でした.これら3つのミーティング以外に,大きな全体ディスカッションの場として,一泊二日のラボリトリート,日本でいうゼミ旅行のようなものが年に1回ありました.アレルギーや宗教を考慮した食事や,宿泊場所,スケジュールなどを院生1年目の学生たちがすべてコーディネートします.費用はすべてLewis教授が出してくださっていました.アメリカのラボでは,ということではなく,Lewis教授が特別のようで,アメリカのほかのラボ経験者や他国の研究者も初めはとても驚いたと言っていました.3つのグループの各代表一人がプロジェクトのIntroductionを簡単に話した後,プロジェクトに関する問題,課題,アイデアを思いつくままに,みんなが発言していきます.意見が出尽くしたらそのなかで重要と思われる5つのテーマを各人が選択して投票し,選ばれた6つのテーマについて全員で約3時間話し合います.決してネガティブな発言をしてはいけないというルールがあり,自由な発想で自由に発言していきます.それぞれのテーマ提案者が前に出て進行して,議論を深めていきます.大きな模造紙にマジックペンで各人の発言をどんどんメモしていき,何ページにもわたって用紙に書かれた内容は,後日,院生がすべて文章に起こしてメンバー全員に送付されます.教授はこの場でグラントのアイデアを思いついたり,研究方針を決めたりされているそうです.研究をするうえで最も大切にされていることは何ですか? とお聞きすると「ディスカッションだ!」とおっしゃっていました.

Drug discovery

近年,新たな抗菌物質耐性菌の出現が深刻な問題になっており,有効な抗菌物質を天然物から発見することは,人類の大きな課題であり,やりがいがある研究テーマの一つです.私はまさにその課題に挑戦するDrug discoveryグループに所属していました.2017年にWorld Health Organization(WHO)は,新たな抗菌物質の研究開発が必要な病原菌の優先リストを発表しましたが(3)3) WHO publishes list of bacteria for which new antibiotics are urgently needed, https://www.who.int/news-room/detail/27-02-2017-who-publishes-list-of-bacteria-for-which-new-antibiotics-are-urgently-needed. (2017),12のうち9菌株がグラム陰性病原菌です.ラボがターゲットとしている抗菌物質は非常に明確で,有害なグラム陰性菌に対してのみ有効である,あるいは最小発育阻止濃度(MIC値)がグラム陽性菌のものと比較して10倍以上ある化合物を探すというものでした.さらに,最初から経口投与が可能な薬にするという目標があるので,熱や光などで失活しやすいもの,タンパク質などの高分子のもの,細胞毒性が高いものなどは精製の初期段階でストップされます.従来の微生物からの抗菌物質の単離源としては放線菌が主でしたが(2)2) K. Lewis: Nat. Rev. Drug Discov., 12, 371 (2013).,Lewis教授は5年以上前から昆虫病原性線虫の共生細菌であるXenorhabdus属とPhotorhabdus属の細菌に着目し,世界中から菌株を集め,スクリーニングを進めてきました.これらの菌株は,多くの二次代謝産物生合成クラスターをもっており,宿主に害を与えることなく腸内で生息していることから,有害細菌に対してのみ有効な抗生物質を生産する可能性があります.ラボではいくつかの新規抗菌物質をこれらの細菌から次々と見つけており,現在,論文投稿してrevise中のもの,構造決定を進めているもの,精製を進めているものがあります.先見の明があることと,すぐに実行に移す行動力が最先端の研究を行うためにはとても重要だと感じました.

博士課程の学生

NUでは,自分の研究テーマをもって実験できる学生は博士課程の学生のみで,実験を希望する修士や学士課程の学生は,教授や研究室のディレクターの面接で合格した場合のみ,ボランティアとしてポスドクや博士課程の学生に就いて実験のお手伝いができます.ポスドクや博士課程の学生にとっては,実験指導の勉強になりますし,教えてもらう学生は指導者の評価が履歴書やインターン受け入れ先への調書に直結するため,みんな真剣に取り組んでいました.インターン期間も日本と違って非常に長く,希望者は半年から1年以上,企業で就業体験を行うとのことです.中国以外の他国の大学出身のメンバーからも,学部生が研究室に所属して実験するという話は聞きませんでした.「日本では,研究に興味なくても卒業単位を取得するために研究に取り組む学生がラボにいることもあるんだよ」と話すとみんな「えっ,なんで?」と不思議そうな顔をしていました.

ラボでは,日本の博士課程の学生との待遇の違いに愕然としました.一番大きな違いは,学費が必要ないことだと思いました.多くの国では,学費以外に月$1,500~2,000の給料を貰い,さらに奨学金も貰っている場合もあります.物価が高い都市の学生の場合は,大学のTeaching assistant(TA)をして補填しているぐらいで,研究に集中できる環境が整っています.博士課程の学生時のほうが給料を貰っていたというヨーロッパ出身のポスドクもおりました.ラボにいる半分の博士課程の学生は,ラボテク,製薬会社,銀行などで社会経験を経て,明確な将来ビジョンを描いて進学していますが,日本のように就職時に年齢はマイナスにならないとのことです.また,博士取得者は学士と比べると倍以上の給料が貰えるというのも魅力の一つになっているようです.今後,日本の大学で研究を活性化させるためには,まず博士課程に進学する学生の待遇を良くする必要があるのではないかと強く思いました.また,日本で少しでも多くの学生が博士過程の間に半年,もしくは1年間留学できる機会がもらえるような仕組みが増えたらいいな,と切に思います.

Defense

在外研究中にラボの学生のDefense(博士論文公聴会)を聴講する機会に恵まれました.Defenseには,学生の両親と兄弟も参加していましたが,Defenseに家族(国によっては親戚一同)が来ることは普通のことのようです.別の研究室の学生のDefenseも聴講しましたが,ここの大学では発表者が準備したコーヒーとパンを聴講者が食べながら行われるというスタイルで,とても驚きました.これに関してはほかのアメリカの大学出身者や他国の研究者も私と同意見でした.日本でも大学や専攻によって発表や質疑応答の時間はまちまちだと思いますが,UNの発表時間は60分でした.フランスでは質疑応答を入れて一人2時間だったという研究者もいました.5人の審査員のうち一人は,全く専門分野が異なるメンバーが入っている必要がありました.日本では論文数やインパクトファクターなどの業績が重視される傾向があると思いますが,NUでは,博士の資格取得にはacceptの論文がなくても,インパクトファクターが高い論文にsubmitしているだけで,研究内容が認められれば資格がもらえるということでした.論文や学会発表という明確な形ではなく,自分の能力を評価してもらわなければならないということなので,私は逆にシビアな条件だと思います.

学生主体の運営

Boston Bacterial Meeting(BBM)という学会が毎年ボストンの大学で開催されており,この学会の企画,運営はポスドクと大学院生が行うそうです.シンポジウムの内容決定や招待講演者への依頼,進行,軽食などの手配,会場設営などのすべてです.学会準備の段階で他大学との積極的な交流が行われ,学会後も勉強会や小規模の学会,ポスドクやアカデミックポストの募集などの連絡を共有していました.NU内でも博士課程の学生希望者が自主的に参加し,オーガナイズする学内シンポジウムがたくさんありました.どのようなテーマを取り上げるのか,講演者は誰にするのか,などについて議論するための会議もあり,学生が準備,依頼,進行をすべて行います.数人の教員が会議やシンポジウムに出席していましたが,中心になるのは学生です.たとえば,博士課程卒業後のキャリアプランに関する講演では,Natureの編集者を招いたり,NUで研究しているさまざまな国出身の,異なる分野のポスドクたちにこれまでの経歴,現在の研究内容や,これからのキャリアプランについて話してもらっていました.講演には誰でも無料で参加でき,聴講している学生たちはどんどん質問していました.Department of Biologyの院生の中間発表もオーガナイズしていたのは学生たちですし,雑誌会なども学生たちが,教員がいないところで他研究室やポスドクを交えて自主的に行っていました.日本の学会や大学院中間発表などは,研究員や教員が中心になって運営していると思います.アメリカのように早くから,責任をもって学会や講演会などの企画,運営する経験が積めることは,とても大きなメリットだと感じました.

アメリカの大学の講義

アメリカの大学には研究室に所属せず,講義のみを担当する専門の教員がいました.アメリカの他大学の教員にもお聞きしましたが,日本のように実験実習などがなく,日本に比べると担当する講義数が少ないと感じました.一人の教員に2~3人,院生のTAがつき,彼らは学部生の質問を受け付けたり,プリントやテストの配布・回収・返却などを行っていました.NUには1年に4つの学期があり,Lewis教授は1年で一つの院生対象の講義のみを担当しており,その講義は院生と希望して許可された数名の学部生の15名が受講していました.学生が2名ずつペアになり,最新のバイオテクノロジーに関する論文や技術をプレゼンし,発表後に全員で内容について討論を行うという形式でした.せっかくの機会なので,別の教員にお願いして,学部生対象のMicrobiologyの講義を1学期すべて受講させてもらいました.この講義は一週間に2回あり,最終試験以外に中間試験が3回ありました.全部で24回の授業はいつも盛りだくさんの内容でしたが,多くの学生たちは予習をして,しっかり授業についてきている印象でした.学生のほぼ全員が毎回パソコンを使用しながら受講しており,授業のメモはノートに書くのではなく,パソコンに入力していました.後ろのほうは講義に関係ないことをしている学生も数人いましたが,おしゃべりをしている人,寝ている人は皆無でした.毎回,講義の途中でも学生たちは疑問に思ったときは挙手をして質問し,それについてすぐに教員が答えるという場面が何度もありました.日本の講義ではあまりみかけない光景だと思いました.

おわりに

自分が研究した環境で見聞きした情報のみで判断しないように,なるべくいろいろな国の研究者からお話を聞くように心掛けましたが,一部片寄った情報も含まれている可能性があることをご容赦ください.アメリカに行く前は,いろいろな方から欧米の研究室では金曜日は夕方にはみんないなくなるし,休日は誰も研究室に来ないよ,と聞いていましたが,アジア系のPrincipal investigator(PI)のラボは夜中や土日も実験しているところもありましたし,実験の進捗次第では休みの日も実験しているメンバーはいました.でも,みんな休日とプライベートの時間はとても大事にしていました.実際に日本から出て研究してみて,その違いを肌で感じ,多くの体験ができました.研究が好きな人たちが集って,お互いをリスペクトしている環境で学べたことはとても幸せでした.Lewis教授(図4図4■Kim Lewis教授とのツーショット)が大事にされている「ディスカッション」を常に心において,今後の研究を進めていきたいと思います.

図4■Kim Lewis教授とのツーショット

Acknowledgments

最後に,在外研究先の同じ研究グループで切瑳琢磨しながら一緒に研究を楽しんだ今井 優博士,在外研究中に日本でラボの運営をお一人で担ってくださった城島 透教授,在外研究に快く送り出してくださいました近畿大学農学部環境管理学科の先生方に,この場を借りて厚く御礼申し上げます.

Reference

1) L. L. Ling, T. Schneider, A. J. Peoples, A. L. Spoering, I. Engels, B. P. Conlon, A. Mueller, T. F. Schäberle, D. E. Hughes, S. Epstein et al.: Nature, 517, 455 (2015).

2) K. Lewis: Nat. Rev. Drug Discov., 12, 371 (2013).

3) WHO publishes list of bacteria for which new antibiotics are urgently needed, https://www.who.int/news-room/detail/27-02-2017-who-publishes-list-of-bacteria-for-which-new-antibiotics-are-urgently-needed. (2017)