農芸化学@High School

クロクサアリの分泌ガスがヒトスジシマカ(メス)に与える致死的影響

並木 健悟

早稲田大学高等学院

Published: 2019-01-01

本研究は,日本農芸化学会2019年度大会(開催地:東京農業大学)での「ジュニア農芸化学会」において発表されたものである.「アリと蚊を共存させると蚊が死ぬ」ことを発表者が偶然見つけたことから本研究は始まった.長期にわたる観察,分析実験を繰り返し,ヒトスジシマカに致死的な影響を与えるクロクサアリの分泌ガスの成分を明らかにした.クロクサアリの放つ強力なガスの詳細解析は防蚊剤の開発につながる可能性が期待できる.

本研究の背景・方法・結果および考察

【背景】

蚊は伝染病を媒介する人類にとってたいへん危険な生物である(1)1) WHO: World health report. http://www.who.int/whr/1996/media_centre/executive_summary1/en/index9.html..年間約80万人が死亡すると言われるマラリアはガンビエハマダラカなどによって媒介される.2014年には,東京都の代々木公園でもデング熱ウイルスを媒介する蚊(日本でデング熱を媒介するのは主にヒトスジシマカなど)が発生し,防護服を着た作業員が薬剤を散布し,公園が閉鎖されたことがあった.

筆者はカマキリの寄生虫の研究を行うために,カマキリの餌として,クロクサアリ(図1A図1■生物試料)とヒトスジシマカ(図1B図1■生物試料)を捕まえ,同じ容器に保存していたが,時として,ヒトスジシマカが死ぬ場合があることに気づいた.クロクサアリの大顎腺に含まれる物質は抗菌作用をもつことが知られているが(2)2) 秋野順治,鶴島 鉄,山岡亮平:日本農芸化学会誌,69, 1581 (1995).,クロクサアリが蚊を殺す物質を放出することは知られていない.クロクサアリがヒトスジシマカを殺傷する能力をもつのであれば,蚊に対して防虫効果をもつ比較的安全な物質の研究に役立つ可能性がある.この殺傷能力の原因を明らかにするために,クロクサアリのヒトスジシマカに対する影響について,研究し始めた.

図1■生物試料

筆者が2017年に実施したクロクサアリとヒトスジシマカに関する観察実験により以下の事象が確認された(3)3) 並木健悟:“早稲田大学高等学院論文・作品集”, 2017, pp. 7–13.

  • ・ヒトスジシマカを,クロクサアリと物理的に接触させないようにして,密閉容器内に共存させると,ヒトスジシマカは死滅する.
  • ・クロクサアリと共存させなくとも,クロクサアリを刺激することでクロクサアリから放出される放出直後の白色の分泌物をヒトスジシマカと密閉容器内で共存させるだけで,ヒトスジシマカは死滅する.

クロクサアリの分泌物がヒトスジシマカに対して致死的な影響を与えることが示唆されるが,クロクサアリは攻撃されると分泌物を分泌すると同時に,山椒様の臭気をもつガスも放出する.さらに,クロクサアリとヒトスジシマカを入れた密閉容器を揺すると,この山椒様の臭気が放出され,ヒトススジシマカだけでなくクロクサアリ自体も死滅することが観察された.この分泌ガスは殺虫効果をもつ可能性がある.これを実証するために本研究に取り組んだ.

【方法・結果】

クロクサアリ(Lasius fuji)は本校敷地内のケヤキ林で,クロヤマアリ(Formica japonica)(図1C図1■生物試料)は自宅(東京都世田谷区)で,ヒトスジシマカ(Aedes albopictus)は本校敷地北グラウンド北林で採集した.分類・同定は資料(4~7)4) A. Radchenko: Annales Zoologici (Warszawa), 55, 83 (2005).7) 広島県立総合技術研究所保健環境センター:ヒトスジシマカの同定.https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/210749.pdf, 2017.により自身で行ったが,クロクサアリについてはエタノール標本を作製し,専修大学・増子恵一教授に同定結果の妥当性を確認していただいた.なお,本研究ではメスのヒトスジシマカを使用した.

1. 実験1.クロクサアリの分泌ガスのヒトスジシマカに対する致死的効果

手順は以下のとおり(図2図2■実験装置参照).

図2■実験装置

  • 1. シリンジ2本(A, B),シリンジフィルター(0.22 µm)1個,シリコンチューブ1本,クロクサアリ15匹,ヒトスジシマカ6匹を準備した.
  • 2. シリンジAにフィルターとチューブをつけ,クロクサアリ15匹(総重量0.06 g)を15秒以内に入れ,ピストンをつけて気体容量を10 mLとした.
  • 3. シリンジBにヒトスジシマカ6匹を入れ,ピストンをつけ,気体容量を2 mLとした.
  • 4. シリンジA(クロクサアリ入り)を数回揺すり,クロクサアリから分泌物を放出させ,直ちにシリンジB(ヒトスジシマカ入り)を結合させ,シリンジAのピストンをおして,シリンジBの気体容量を10 mLにした.そしてヒトスジシマカの生存を観察した.
  • 5. コントロール実験として,シリンジAにクロクサアリを入れない場合およびクロヤマアリ(図1C図1■生物試料)15匹(総重量0.07 g)を入れた場合についても1~4と同様の手順で実験を行い,ヒトスジシマカ6匹の生存を観察した.

実験1の結果

クロクサアリ15匹から放出された分泌ガスは6匹のヒトスジシマカすべてを4分以内に死滅させた.一方,ヒトスジシマカ6匹は,クロヤマアリを入れる・入れないにかかわらず,すべて24時間以上生存した.実験1はほぼ同等の条件でそれぞれ3回繰り返され,ほぼ同様の結果を得た.

2. 実験2.ガスクロマトグラフィー-質量分析法(GC/MS)によるクロクサアリ分泌ガス分析

実験1よりクロクサアリが何らかのガスを分泌していると予測されたので,GC/MSを用いて分泌ガスの分析を行った.GC/MSは次の2条件で行った.

  • 1) クロクサアリ150匹(総重量0.49 g)の分泌ガスをシリカモノリス捕集材に吸着させ,ジエチルエーテル0.6 mLで抽出した.その抽出液1 µLをGC/MSで分析した.
  • 2) クロクサアリ359匹(総重量1.27 g)を5~10°Cの環境に2時間置き,その活動量を低下させ,シリンジに入れ,ピストン(容量12 mL)をつけた.シリンジを揺すり,クロクサアリに気体を放出させ,その気体9 mLをサンプリングバックに注入した.サンプリングバックから分泌ガスを1 mL吸い出し,GC/MS分析を行った(低温に置き活動量を低下させた理由は,クロクサアリを高密度の状態にするとそれ自体が刺激となって,山椒様の分泌ガスが放出されてしまい,サンプリングバックに高濃度で封入できなくなるため).

実験2の結果

  • 1) 3つのピーク(保持時間=11.15, 11.95, 17.20分)が検出され,マススペクトル(MS)ライブラリーのスペクトルとの比較および予測された試料を添加した抽出物のGC/MS測定より,それぞれウンデカン,シトロネラール,デンドロラシンであると確認された.ウンデカンはアリが分泌するフェロモンの1種なので,このピークはウンデカンである可能性が高い.シトロネラールは,クロクサアリ頭部のヘキサン抽出物中からすでに発見されている2)2) 秋野順治,鶴島 鉄,山岡亮平:日本農芸化学会誌,69, 1581 (1995)..デンドロラシンもクロクサアリ抽出物中から既に発見されている2)2) 秋野順治,鶴島 鉄,山岡亮平:日本農芸化学会誌,69, 1581 (1995).
  • 2) 2つのピーク(保持時間=4.00および11.96分)が検出され,MSライブラリーは,それぞれギ酸およびシトロネラールであることを示した.クロクサアリはギ酸をもっているので,この検出は妥当である.

以上,2つのGC/MS分析の結果から,クロクサアリの分泌ガスの中には,ウンデカン,シトロネラール,デンドロラシン,ギ酸が含まれることが示唆された(ジエチルエーテルで抽出した分泌ガスでギ酸が検出されなかった理由は,ギ酸の保持時間が抽出溶媒のピークと重なるためと考えられる).

3. 実験3.クロクサアリの分泌ガス成分の内で揮発性の比較的高い物質がヒトスジシマカに与える致死的影響

実験2によってクロクサアリの分泌ガス成分と推定された物質中で,揮発性の比較的高い(沸点230°C以下)物質(以下,候補物質とする)がヒトスジシマカに与える致死的影響について実験した.

手順は以下のとおり.

  • 1. シリンジ2本(A, Bとする),シリンジフィルター1個,シリコンチューブ1本,6匹のヒトスジシマカを準備した.
  • 2. シリンジAにフィルターとチューブをつけ,候補物質またはそれを希釈したもの2, 20,または60 µL入れ,ピストンをつけて気体容量を10 mLとした.
  • 3. シリンジBに6匹のヒトスジシマカを入れ,ピストンをつけて,気体容量を2 mLとした.
  • 4. シリンジA(候補物質入り,フィルター,チューブ付き)とシリンジB(6匹のヒトスジシマカ入り)を結合させ,シリンジAのピストンをおして,シリンジBの気体容量を10 mLにした.そして,ヒトスジシマカの生存を観察した.
  • 5. コントロール実験として,シリンジAに候補物質を入れない場合についても1~4と同様の実験を行い,ヒトスジシマカの生存を観察した.

実験3の結果

ウンデカン,シトロネラール,ウンデカン・シトロネラール混合液(1 : 1)は,液体量によらず,6匹すべてのヒトスジシマカの生存時間に影響を与えなかった(すべて24時間以上生存した).

また,6匹のヒトスジシマカに対するギ酸2 µLの影響を調べたところ,40秒以内にすべて死滅した.

次に,ギ酸を水はまたシトロネラールで希釈した溶液を使って実験を行ったところ,ギ酸を希釈するのに水を利用するか,シトロネラールを利用するかによって,ヒトスジシマカの生存数が異なることが示された(図3図3■水またはシトロネラールで希釈したギ酸のヒトスジシマカ生存数への影響).100倍希釈ギ酸2 µLでは,水で希釈した場合には,6匹すべてのヒトスジシマカが360分生存したのに対して,シトロネラールで希釈した場合には,6匹すべてが11分以内に死亡した.また,10倍希釈ギ酸では,水で希釈した場合には,6匹すべてのヒトスジシマカが234分までは生存したのに対して,シトロネラールで希釈した場合には,6匹すべてが5分以内に死亡した.

図3■水またはシトロネラールで希釈したギ酸のヒトスジシマカ生存数への影響

なお,実験3はほぼ同等の条件で3回行い,ほぼ同様の結果を得た.

【考察】

  • 1. クロヤマアリはギ酸を分泌することが知られているが,山椒様の香りを放出しない.本研究の実験では,その分泌ガスはヒトスジシマカに対して殺虫効果を示さなかった.これに対して,クロクサアリのギ酸を含む分泌ガスは,ヒトスジシマカに対して殺虫作用をもつことが示された.
  • 2. GC/MS分析によりクロクサアリの分泌ガス成分がすべて明らかにされたわけではないが,少なくともギ酸,シトロネラール,ウンデカン,デンドロラシンが分泌ガスに含まれることが示唆された.それぞれクロクサアリに含まれているとされる物質なので妥当な結果と考えられる2)2) 秋野順治,鶴島 鉄,山岡亮平:日本農芸化学会誌,69, 1581 (1995)..このうち,シトロネラールは山椒の香り成分の一つでもある.
  • 3. ウンデカン,シトロネラール,ウンデカン・シトロネラール混合物の揮発性は比較的高いが,ヒトスジシマカに対する殺虫効果を示さなかった.ギ酸はヒトスジシマカに対する殺虫効果を示し,シトロネラールで100倍希釈したギ酸2 µLについては,6匹のヒトスジシマカがすべて11分以内に死亡した.これに対して,水で100倍希釈したギ酸2 µLは少なくとも360分以上すべて生存していたので,ギ酸とシトロネラールによる相乗的な殺虫効果が存在していると考えられる.ギ酸とシトロネラールによるヒトスジシマカに対する相乗的な殺虫作用の存在が確認された.

【結論】

本研究から以下のことが明らかになった.

  • 1. クロクサアリの分泌ガスは,ヒトスジシマカに対する殺虫作用をもち,その成分はギ酸,シトロネラール,ウンデカン,デンドロラシンを含むことが示唆された.
  • 2. 限定されたGC/MS分析だけによって,クロクサアリの多様なガス成分をすべて検知することはできないので,ヒトスジシマカに対して致死的効果をもつ未知の成分が存在する可能性はあるが,シトロネラールで100倍希釈したギ酸2 µLは,12 mLの密閉容器内でヒトスジシマカに対する殺虫効果があることは少なくとも示された.

本研究の意義と展望

この研究は,水溶液ではヒトスジシマカに対して弱い毒性しかもたない濃度のギ酸でも,溶媒をシトロネラールに変えると強い毒性をもつようになることを示した.シトロネラールそのものはヒトスジシマカに致死的な影響を与えることはないので,混合物の毒性は,それに含まれる純物質の毒性を単純に加えたものではないことを示唆している.このような混合物の特性がさらに研究されれば,薬剤や殺虫剤の設計に役立つ可能性がある.

今後は,ギ酸・シトロネラール混合物やクロクサアリの未知の分泌ガス成分などによるヒトスジシマカに対する殺虫作用の研究を進め,クロクサアリの化学生態学の詳細を明らかにし,それによって,人類の蚊との戦いに寄与する手段の開発に貢献したいと考えている.

Acknowledgments

この研究について御助言いただきましたかずさDNA研究所・佐藤大研究員,専修大学・増子恵一教授,京都工芸繊維大学・秋野順治教授に深く感謝いたします.

Note

付記

本研究の一部は2018年度早稲田大学高等学院同窓会学術研究奨励金を受けて実施された.

Reference

1) WHO: World health report. http://www.who.int/whr/1996/media_centre/executive_summary1/en/index9.html.

2) 秋野順治,鶴島 鉄,山岡亮平:日本農芸化学会誌,69, 1581 (1995).

3) 並木健悟:“早稲田大学高等学院論文・作品集”, 2017, pp. 7–13.

4) A. Radchenko: Annales Zoologici (Warszawa), 55, 83 (2005).

5) 日本産アリ類画像データーベース.http://ant.miyakyo-u.ac.jp/J/Taxo/F80613.html, 2017.

6) 中根猛彦 他:“原色昆虫大図鑑第2巻”,北隆館,1970.

7) 広島県立総合技術研究所保健環境センター:ヒトスジシマカの同定.https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/210749.pdf, 2017.