Kagaku to Seibutsu 58(2): 69 (2020)
巻頭言
10年後を目途としたSDGsとバイオ戦略
Published: 2019-02-01
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
2015年国連サミットで人間,地球および繁栄のための2030アジェンダ「持続可能な開発目標:SDGs」が掲げられ農芸化学会2019年度大会シンポジウムでも取り上げられた.加えて2030年に我国で世界最先端のバイオエコノミー社会を実現するための「バイオ戦略2019」が設定されたことからこれらへの向き合い方について筆者の考えを述べたい.
SDGsの開発目標17項目内容はさらに,国際協力・共同,生命・健康,食糧・緑化,低炭素・環境保全,そして平等・公正社会の5つにグループ化できる.すなわち,前者4つはまさに本会の世界的な活動を具体目標化したものである.また,バイオ戦略2019における今後の社会課題克服のキーワードは持続可能性,循環型社会,健康であり,これらの克服に不可欠の手段はバイオテクノロジー,再生可能な生物資源およびそれらの廃棄物を利活用したイノベーションとされる.さらにその先に持続可能な生産と循環によるSociety 5.0の実現を掲げ,想定されるのはバイオファースト発想,バイオコミュニティ形成,バイオデータ駆動を3つの要素とするバイオエコノミー社会である.当然ながらここでも本会が先頭を切って開拓すべき方向性が打ち出されている.
「バイオエコノミー」の骨格の一つはバイオマスを原料とし食糧,化成品,燃料などを総合生産するバイオリファイナリーである.太陽エネルギーの1/1000が光合成に利用され,その1/50を人類が食料利用している.数字の上からはこのエネルギーとバイオマスを有効・循環利用すれば,現化石資源消費量の相当部分をカバーできる.バイオマスは燃料にしろ化成品にしろ発生するCO2が2~3年の滞留期間で再固定・循環するので「カーボンニュートラル」という特性が与えられる.もちろん化石資源からの完全な脱却は遠い目標で,代替目標を引き上げていくためには,林産資源を戦略的バイオマスと明確に位置づける一方,糖質や脂質バイオマスはアジアを含む世界的視点で共同開発する戦略が必要であろう.そのうえで,わが国の食・飼料自給率が3割前後と低いことは,相当量のバイオマスの国内移入を意味している.わが国はバイオマス輸入大国であり,これらに含まれる炭素以外の元素を考えたとき,レアメタルの「都市鉱山」的な概念の導入も望まれる.たとえば,バイオマスにはマテリアル利用した後にエネルギー利用する燃料物質の貯蔵,運搬体の位置づけもある.
一方,バイオマス利用それ自身は持続的であることも環境に優しいことも保証していない.われわれヒトが正常な生体システムを維持する基礎代謝量について考えると,過半のカロリーは腎臓,肝臓および肺で血液浄化,生体物質の分解,ガス交換などのいわゆる静脈系代謝で消費される.生体システムでは,さらに異化と同化,変換・吸収などは一体化しており,老廃物除去と有効成分の回収が一体的になされる.これは,バイオエコノミーシステムに置き換えて考慮されるべき特性である.すなわち,相当割合の静脈系産業が動脈系産業と一体化してはじめてシステムが持続的に維持でき,かつ公正な社会システムの基盤として機能する.バイオマスの持続的生産を担保するのは栽培システムの持続性であり,それはすなわち土地の生産性,健全性の維持を含めた元素の循環・再生利用のシステムの安定化と水源維持等周囲環境の保全であることを忘れてはならない.
改めて,農芸化学はSDGsの掲げる「人間,地球および繁栄のための持続可能な開発」に対して多くの貢献ができるし,10年後に向けたバイオエコノミー社会形成を牽引しなければならない.
尚,本稿の校正前にアフガニスタンで中村哲氏が亡くなられたという悲報が伝えられた.最後に哀悼の意と共に氏の言葉の一部を追記したい.「この灌漑事業は医療の延長なんです」