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植物が傷つけられたことを感じて,全身に情報を伝える仕組みグルタミン酸の新しい機能

Masatsugu Toyota

豊田 正嗣

埼玉大学大学院理工学研究科

Published: 2019-02-01

植物は,外敵に摂食されたときや物理的に傷つけられたとき,直接損傷を受けていない遠くの器官でも,将来の攻撃に備えて抵抗性を上げることができる.シロイヌナズナの場合,ピンセットなどで葉を傷つけると,約90秒後には数cm離れた健康な葉で抵抗性植物ホルモンであるジャスモン酸を蓄積させる.このとき,遅くとも567~750 µm/sの速度で何らかの長距離シグナルが器官間を伝搬する必要があるが(1)1) G. Glauser, L. Dubugnon, S. A. Mousavi, S. Rudaz, J. L. Wolfender & E. E. Farmer: J. Biol. Chem., 284, 34506 (2009).,神経や特殊な感覚器をもたない植物が,どのような仕組みを用いて傷つけられたことを感じて,その情報を全身に伝えるのかは長らく不明であった.われわれは,動植物で普遍的なセカンドメッセンジャーとして働いている細胞内のカルシウムイオンの濃度変化(Ca2+シグナル)に着目し,秒オーダーで伝播する植物の長距離シグナルの可視化に成功した(2)2) M. Toyota, D. Spencer, S. Sawai-Toyota, J. Wang, T. Zhang, A. J. Koo, G. A. Howe & S. Gilroy: Science, 361, 1112 (2018).

植物のCa2+シグナルを個体レベルでリアルタイムイメージングするために,高輝度なGFP型Ca2+バイオセンサー(GCaMP)(3)3) J. Nakai, M. Ohkura & K. Imoto: Nat. Biotechnol., 19, 137 (2001).および広視野かつ高感度な電動ズーム式実体蛍光顕微鏡システムを使用した(4)4) T. A. DeFalco, M. Toyota, V. Phan, P. Karia, W. Moeder, S. Gilroy & K. Yoshioka: Plant Cell Physiol., 58, 1173 (2017)..GCaMPを発現させたシロイヌナズナの葉が,幼虫(Pieris rapae)に摂食されたときや,はさみで切除されたとき,損傷を受けた部位で即座にCa2+シグナルが発生し,維管束(師部)を高速伝播して,遠く離れた健康な葉でもCa2+上昇を引き起こした.このとき,Ca2+シグナルの速度は約1,000 µm/sであり,過去に推定された未知の長距離シグナルの速度と一致した.さらに,このCa2+シグナルが伝播した葉では,シグナルが到達した直後からジャスモン酸の蓄積や抵抗性遺伝子発現が開始しており,傷害に対する抵抗性が上昇していた.興味深いことに,植物細胞間をつなぐ小孔(原形質連絡)が狭くなっている植物体では,遠方の葉におけるCa2+シグナルの伝播および抵抗性遺伝子発現が著しく抑制されていた.古くから,傷害時に維管束を伝播する電気的シグナル(活動電位)が報告されていることから,植物にとって維管束(師部)や原形質連絡は,物質の輸送という役割だけではなく,神経の軸索のような長距離・高速情報伝達という新たな機能も担っているのかもしれない.今回発見したCa2+シグナルは,過去に蓄積したさまざまな全身性の傷害抵抗性反応のデータを矛盾なく説明できる唯一の分子実体であり,長年探し求められてきた植物の長距離・高速シグナルの一つである可能性が高い(2)2) M. Toyota, D. Spencer, S. Sawai-Toyota, J. Wang, T. Zhang, A. J. Koo, G. A. Howe & S. Gilroy: Science, 361, 1112 (2018).

植物はどのような仕組みを用いて自分が傷つけられたことを感じて,Ca2+シグナルを発生させるのだろうか? アミノ酸の一つであるグルタミン酸(Glu)は,われわれの脳内では神経伝達物質として働いており,記憶や学習に関与していると考えられている.Gluが神経細胞間(シナプス間隙)に放出されると,別の神経細胞に発現しているイオンチャネル共役型グルタミン酸受容体(GluR)に結合する.この結合によってGluRの構造変化が起こり,Ca2+やNaなどのイオンが流出入し,膜の興奮(脱分極)が引き起こされる.シロイヌナズナのゲノム上には,動物のGluRに相同性の高いGLUTAMATE RECEPTOR LIKEGLR)遺伝子が20種類存在する.この内2種類が欠失したglr3.3glr3.6二重変異体では,傷害時に長距離・高速Ca2+シグナルが発生しないことが明らかになった(2)2) M. Toyota, D. Spencer, S. Sawai-Toyota, J. Wang, T. Zhang, A. J. Koo, G. A. Howe & S. Gilroy: Science, 361, 1112 (2018)..GLR3.3は師管に,GLR3.6は道管に接する柔細胞に局在しており,2種類共にCa2+シグナルが伝播する維管束組織に発現していた.GLR3.3およびGLR3.6のタンパク質レベルでの構造や機能は未解明な部分が多いが,配列情報やほかのGLRの機能から類推すると,Gluを結合すると活性化し,イオンを透過させる動物のNMDA型GluRに近いと考えられる.仮にこの推測が正しいならば,シロイヌナズナにGluを投与し,GLR3.3およびGLR3.6を活性化させることができれば,Ca2+シグナルが発生するはずである.そこで,GLRが発現している維管束組織に細胞外からGlu溶液を投与したところ(図1図1■グルタミン酸の投与によって引き起こされる長距離・高速Ca2+シグナル,赤矢尻,0秒),葉を傷つけることなくCa2+シグナルを伝播させることができることがわかった(40~120秒,白矢印).さらに,このCa2+シグナルが伝搬した葉では,抵抗性遺伝子が発現しており,傷害に対する抵抗性が上昇していた(2)2) M. Toyota, D. Spencer, S. Sawai-Toyota, J. Wang, T. Zhang, A. J. Koo, G. A. Howe & S. Gilroy: Science, 361, 1112 (2018)..これらの結果により,シロイヌナズナにおいて2種類のGLRが傷害を感知し,Ca2+シグナルを発生させるためのセンサーであり,Gluがそのセンサーを活性化させる分子(リガンド)であることが示唆された.

図1■グルタミン酸の投与によって引き起こされる長距離・高速Ca2+シグナル

緑色がCa2+バイオセンサー(GCaMP)のGFP蛍光で,細胞内Ca2+濃度が上昇すると明るく光る.シロイヌナズナの葉にGlu溶液を投与すると(赤矢尻,0秒),Ca2+シグナルが遠方の葉に向けて伝播する(40~120秒,白矢印).

これまで,人工的にGluを投与することでCa2+シグナルおよび抵抗性反応を制御してきたが,植物が傷つけられたときに,本当に細胞外のGlu濃度が上昇するのか否かは明らかになっていない.そこで,GFP型GluバイオセンサーであるiGluSnFR(5)5) J. S. Marvin, B. G. Borghuis, L. Tian, J. Cichon, M. T. Harnett, J. Akerboom, A. Gordus, S. L. Renninger, T. W. Chen, C. I. Bargmann et al.: Nat. Methods, 10, 162 (2013).を用いて,傷害時のGluのリアルタイムイメージングを行った(2)2) M. Toyota, D. Spencer, S. Sawai-Toyota, J. Wang, T. Zhang, A. J. Koo, G. A. Howe & S. Gilroy: Science, 361, 1112 (2018)..葉の一部をはさみで切除したとき,傷つけられた部位で即座に細胞外のGlu濃度が上昇し,この時空間的なパターンが傷害部位におけるCa2+上昇と酷似していることがわかった.これらの結果に基づき,Glu/GLR/Ca2+シグナルを介した傷害感知・高速情報伝達モデルを提唱した.植物が傷つけられたとき,①損傷を受けた細胞や組織からGluが細胞外に流出する.②このGluを維管束に発現しているGLR3.3およびGLR3.6が受容することでCa2+シグナルが発生する.③このCa2+シグナルは,主に師部を介して遠方の健康な葉に伝播する.④Ca2+シグナルが伝播した葉では,将来の攻撃に備えて抵抗性を上昇させる.植物は,維管束や原形質連絡のような植物独自の器官・構造と,進化的に保存された脳や神経と共通のシステム(GLR)を組み合わせることで,長距離・高速情報伝達を可能にしていると考えられる.

今回われわれは,細胞外のグルタミン酸が植物の長距離シグナルを発生させるという新しいアミノ酸の機能を発見した.古くからアミノ酸と植物の生長やストレス応答の関係が示唆されており,今回の発見はその分子機序の解明の一助になるかもしれない.さらに,細胞外のアミノ酸濃度を制御することができれば,局所のみならず全身性の抵抗性反応を制御できるかもしれない.新しいアミノ酸型の病虫害抵抗剤などの開発につながることを期待している.

Reference

1) G. Glauser, L. Dubugnon, S. A. Mousavi, S. Rudaz, J. L. Wolfender & E. E. Farmer: J. Biol. Chem., 284, 34506 (2009).

2) M. Toyota, D. Spencer, S. Sawai-Toyota, J. Wang, T. Zhang, A. J. Koo, G. A. Howe & S. Gilroy: Science, 361, 1112 (2018).

3) J. Nakai, M. Ohkura & K. Imoto: Nat. Biotechnol., 19, 137 (2001).

4) T. A. DeFalco, M. Toyota, V. Phan, P. Karia, W. Moeder, S. Gilroy & K. Yoshioka: Plant Cell Physiol., 58, 1173 (2017).

5) J. S. Marvin, B. G. Borghuis, L. Tian, J. Cichon, M. T. Harnett, J. Akerboom, A. Gordus, S. L. Renninger, T. W. Chen, C. I. Bargmann et al.: Nat. Methods, 10, 162 (2013).