Kagaku to Seibutsu 58(2): 73-74 (2020)
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胃オルガノイドrestitution modelを用いたピロリ菌走化性の探索ピロリ菌が胃傷害部を感知する
Published: 2019-02-01
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
Helicobacter pylori(H. pylori,ピロリ菌)は,胃粘膜に生着する病原細菌である.胃潰瘍や胃がん発生に深く関与することが知られており,日本では95%以上の胃がんがピロリ菌感染により引き起こされているとの報告がある(1, 2)1) T. Matsuo, M. Ito, S. Takata, S. Tanaka, M. Yoshihara & K. Chayama: Helicobacter, 16, 415 (2011).2) M. Tsuda, M. Asaka, M. Kato, R. Matsushima, K. Fujimori, K. Akino, S. Kikuchi, Y. Lin & N. Sakamoto: Helicobacter, 22, e12415 (2017)..さらに,ピロリ菌は世界人口の半数以上に感染していると推測されるが,興味深いことに,感染者の約90%は無症状であり,症状を惹起するきっかけは明らかとされていない(3)3) V. Conteduca, D. Sansonno, G. Lauletta, S. Russi, G. Ingravallo & F. Dammacco: Int. J. Oncol., 42, 5 (2013)..
胃は酸をはじめとするさまざまなストレスに常にさらされながらも,さまざまな粘膜防御機序により恒常性を維持している.たとえば,塩味・辛味の強い食品やアルコール摂取などにより傷害された胃上皮細胞は管腔内に離脱するが,その際に生じた脱落部位は周囲の上皮細胞が早急に遊走することにより被覆される.この迅速な胃上皮修復過程(restitutionと呼ぶ)は,損傷がさらに広がることを防ぐ役割も果たしている(図1A図1■通常【A】とピロリ菌感染時【B】の胃上皮修復).先行研究において,われわれは,二光子レーザーを用いて麻酔下におけるマウスの胃上皮に局所的傷害を引き起こし,その後の傷害修復過程を共焦点顕微鏡下においてリアルタイムで観察した.その結果,胃restitutionは上皮細胞内カルシウムやアクチンなどによって調節されていることを明らかにした(4, 5)4) E. Aihara, C. L. Hentz, A. M. Korman, N. P. Perry, V. Prasad, G. E. Shull & M. H. Montrose: J. Biol. Chem., 288, 33585 (2013).5) E. Aihara, N. M. Medina-Candelaria, H. Hanyu, A. L. Matthis, K. A. Engevik, C. B. Gurniak, W. Walter, J. R. Turner, Z. Tongli & M. H. Montrose: J. Cell Sci., 131, jcs216317 (2018)..さらに,ピロリ菌がその損傷部位に集積し,restitutionを阻害することも見いだした(6)6) E. Aihara, C. Closson, A. L. Matthis, M. A. Schumacher, A. C. Engevik, Y. Zavros, K. M. Ottemann & M. H. Montrose: PLOS Pathog., 10, e1004275 (2014)..しかし,ピロリ菌がどのように損傷部位を感知し,集積するのかをin vivoの系で調べるのは困難であった.そこで,近年,消化管上皮の三次元培養系として広く用いられている「オルガノイド」を用いて,restitution時のピロリ菌の動態を詳しく検討することとした.
消化管オルガノイドは,消化管上皮幹細胞の培養維持が可能な三次元上皮培養系である.2009年に小腸オルガノイドの作製方法が初めて確立され(7)7) T. Sato, R. G. Vries, H. J. Snippert, M. Van De Wetering, N. Barker, D. E. Stange, J. H. Van Es, A. Abo, P. Kujaka, P. J. Peters et al.: Nature, 459, 262 (2009).,その後,胃オルガノイドの作製方法も確立された(8)8) M. M. Mahe, E. Aihara, M. A. Schumacher, Y. Zavros, M. H. Montrose, M. A. Helmrath, T. Sato & N. F. Shroyer: Curr. Protoc. Mouse Biol., 3, 217 (2013)..われわれは,マウス胃組織から胃オルガノイドを作製し,二光子レーザーでオルガノイド上皮に局所的な細胞傷害を与えることにより,胃オルガノイドrestitution modelを確立した(5)5) E. Aihara, N. M. Medina-Candelaria, H. Hanyu, A. L. Matthis, K. A. Engevik, C. B. Gurniak, W. Walter, J. R. Turner, Z. Tongli & M. H. Montrose: J. Cell Sci., 131, jcs216317 (2018)..胃オルガノイド内にピロリ菌野生株を注入し,レーザー照射で1細胞に傷害を与えると,in vitroにおいてもピロリ菌が損傷部位に集積し,それによりrestitutionが遅延することが観察された(9)9) H. Hanyu, K. A. Engevik, A. L. Matthis, K. M. Ottemann, M. H. Montrose & E. Aihara: Infect. Immun., 87, e00202 (2019)..
ピロリ菌は,特定の物質の濃度勾配を感知して移動する走化性と呼ばれる性質を有することが知られている.ピロリ菌はそれらの化学誘引物質を感知すると,下流のシグナル伝達を活性化することにより鞭毛運動を制御して走化性を示す.細菌の走化性における化学誘引物質の感知は,Transducer like proteins(Tlps)によって仲介され,ピロリ菌は少なくとも4つの走化性受容体(TlpA, TlpB, TlpCまたはTlpD)を有する.TlpA, TlpB, TlpCは膜貫通型受容体として,TlpDは細胞内受容体として存在している.ピロリ菌が感知する物質(括弧内は感知する走化性受容体)としては,アルギニン(TlpA)(10)10) O. A. Cerda, F. Núñez-Villena, S. E. Soto, J. M. Ugalde, R. López-Solís & H. Toledo: Biol. Res., 44, 277 (2011).,尿素またはオートインデューサー-2(TlpB)(11, 12)11) J. Y. Huang, E. G. Sweeney, M. Sigal, H. C. Zhang, S. J. Remington, M. A. Cantrell, C. J. Kuo, K. Guillemin & M. R. Amieva: Cell Host Microbe, 18, 147 (2015).12) B. A. Rader, C. Wreden, K. G. Hicks, E. G. Sweeney, K. M. Ottemann & K. Guillemin: Microbiology, 157, 2445 (2011).,乳酸(TlpC),(13)13) M. A. Machuca, K. S. Johnson, Y. C. Liu, D. L. Steer, K. M. Ottemann & A. Roujeinikova: Sci. Rep., 7, 14089 (2017). H+(酸:TlpA, B, D)(14)14) J. Y. Huang, E. G. Sweeney, K. Guillemin & M. R. Amieva: PLOS Pathog., 13, e1006118 (2017).,活性酸素や細胞内エネルギー(TlpD)(15, 16)15) T. Schweinitzer, T. Mizote, N. Ishikawa, A. Dudnik, S. Inatsu, S. Schreiber, S. Suerbaum, S. Aizawa & C. Josenhans: J. Bacteriol., 190, 3244 (2008).16) K. D. Collins, T. M. Andermann, J. Draper, L. Sanders, S. M. Williams, C. Araghi & K. M. Ottemann: J. Bacteriol., 198, 1563 (2016).などが知られている.また,鞭毛運動を制御するCheYタンパク質や,鞭毛モーター駆動を司るMotBタンパク質がピロリ菌の走化性システムにおいて重要な役割を果たすことも知られている.われわれは,損傷部位へのピロリ菌の集積にも,走化性がかかわるのではないかと仮定し,走化性システムの一部を欠いたピロリ菌変異株を用いて実験を行った.その結果,CheYやMotBタンパク質をもたないピロリ菌変異株は損傷部位に集積せず,走化性システムの重要性が示された(9)9) H. Hanyu, K. A. Engevik, A. L. Matthis, K. M. Ottemann, M. H. Montrose & E. Aihara: Infect. Immun., 87, e00202 (2019)..また,走化性受容体(TlpA~D)をそれぞれ欠いたピロリ菌変異株を用いたところ,走化性受容体TlpBを欠いたピロリ菌変異株は損傷部位に集積しなかった(9)9) H. Hanyu, K. A. Engevik, A. L. Matthis, K. M. Ottemann, M. H. Montrose & E. Aihara: Infect. Immun., 87, e00202 (2019)..さらにTlpBが感知する物質の一つとして知られる尿素(11)11) J. Y. Huang, E. G. Sweeney, M. Sigal, H. C. Zhang, S. J. Remington, M. A. Cantrell, C. J. Kuo, K. Guillemin & M. R. Amieva: Cell Host Microbe, 18, 147 (2015).を高濃度処置すると,ピロリ菌野生株による損傷部位への集積が消失した(9)9) H. Hanyu, K. A. Engevik, A. L. Matthis, K. M. Ottemann, M. H. Montrose & E. Aihara: Infect. Immun., 87, e00202 (2019)..これらのことから,ピロリ菌はTlpBによって胃上皮損傷部位を感知し走化性を示すことが示された(図1B図1■通常【A】とピロリ菌感染時【B】の胃上皮修復).TlpBは尿素以外の物質も感知することが知られているため,胃損傷部の微小環境におけるピロリ菌誘引物質のさらなる特定が必要である.一方で,ピロリ菌感染における胃上皮修復遅延のメカニズムについては,ピロリ菌の集積によって物理的に修復が妨げられている可能性や,ピロリ菌が何らかの毒性因子を生産している可能性が考えられる.これらについても今後の研究が期待される.
胃オルガノイドrestitution modelを用いて見いだしたこれらの結果から,ピロリ菌は,偶発的に発生した胃上皮の損傷部位を感知して集積することで上皮修復過程を阻害し,胃における損傷をさらに悪化または進展させる可能性が示された.