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「メンデルの優性の法則」の今メンデルも予想していなかったこと

Yoshikazu Ohya

大矢 禎一

東京大学大学院新領域創成科学研究科

Published: 2019-02-01

・メンデルの遺伝の第一法則は“Third Law”

筆者がまだ学生だった頃,メンデルの遺伝の法則といえば優性の法則*1(第一法則,優劣の法則とも呼ばれる),分離の法則(第二法則),独立の法則(第三法則)の3つだった.ちなみに優性の法則とは,純系のF1世代のヘテロ接合体においては2つの対立遺伝子のうち一方の優性遺伝子の形質だけが現れるというものである.しかし,優性の法則は英語では,“Law of Dominance”として“Third Law”となっているように,英語圏では三番目の法則として軽く扱われてきたことを皆さんはご存知だろうか?さらに現在,多くの生物の教科書では分離と独立だけが法則と呼ばれ,優性は法則と呼ばれていないところが多い.これは優性の法則には例外があって,キンギョソウやマルバアサガオのF1では花の色が中間的な表現型を示し(不完全優性),どちらの対立遺伝子が優性なのか,劣性なのかが簡単には見分けられないことがあり,法則と呼ぶことが躊躇されるようになったからである.

・ハプロ不全性の研究の始まり

劣性対立遺伝子と優性対立遺伝子の最も典型的な例は,遺伝子欠損と野生型の対立遺伝子である.しかしながら,このようにどちらの対立遺伝子が劣性なのか明確な場合であっても優性の法則が常に成り立つわけではない.優性の法則が成り立たずに劣性対立遺伝子が表現型に現れてくる遺伝現象はハプロ不全(haploinsufficiency)と呼ばれ,まれに見られる遺伝現象として以前から数々のモデル生物で研究されてきた.1985年にはショウジョウバエのバイソラックス複合遺伝子のヘテロ接合型変異でハプロ不全性が報告されている(1)1) A. Ghysen, L. Y. Jan & Y. N. Jan: Cell, 40, 943 (1985)..不完全優性はハプロ不全性と似た概念であるが,対立形質の一方が他方の形質発現を完全に覆いきれず,どちらの対立遺伝子が優性なのか劣性なのかが明瞭でない場合を指す.一方のハプロ不全性では,どちらが優性対立遺伝子で,どちらが劣性対立遺伝子かはっきりしている.当初は,例外的な現象として捉えられたハプロ不全は,ごく最近になってさまざまな生物で頻繁に見られることが明らかになってきた.

・ヒトでは約3,000のハプロ不全性遺伝子が予想された

健康な成人のヒトゲノムの解析から,ハプロ不全性を示すであろうという遺伝子が3,000ほど予想された(2)2) M. Lek, K. J. Karczewski, E. V. Minikel, K. E. Samocha, E. Banks, T. Fennell, A. H. O’Donnell-Luria, J. S. Ware, A. J. Hill, B. B. Cummings et al.; Exome Aggregation Consortium: Nature, 536, 285 (2016)..ハプロ不全性を示すであろうという遺伝子は,エクソン内に機能欠損変異が見られなかった遺伝子を指している.最近,ヒトのすべてのエキソンのシークエンスを包括的に調べるExome Aggregationコンソーシアム(ExAC)が,約6万人の健康な成人のエクソン配列を解析した.健康な成人ということで,遺伝病や生活習慣病に罹患していないコントロールのヒト集団ということになる.その健康なヒト集団の遺伝子の中には,機能欠損変異がほとんど見られない遺伝子が存在していた.つまりこれらの遺伝子において機能が欠損すると何らかの病気や健康上の問題が出てきてしまうと予想される.機能欠損変異が見られない遺伝子は,Probability of being Loss-of-function Intolerant(PLI)を指標にして推定された.たとえばハプロ不全性遺伝子として知られ,わが国で指定難病167として認定されているマルファン症候群の原因遺伝子FBN1のPLI値は1.0で,エクソン内に機能欠損変異が全く見られなかった.一方で遺伝子機能が欠損しても健康上問題にならない,LDL受容体分解促進タンパク質であるPCSK9(プロタンパク転換酵素サブチリシン/ケキシン9型)遺伝子のPLI値は0だった.約22,000あるヒト遺伝子のエクソンを調べたところ,機能欠損変異がほとんど見られない,PLI値が0.9以上の遺伝子が3,230もあった.このハプロ不全性を示すであろう遺伝子の数は,あくまでもゲノム情報からの推測にすぎない.しかしながら,個別の遺伝病の解析からヒトには約700のハプロ不全性疾患遺伝子があるとされているので(3)3) OMIM: Online Mendelian Inheritance in Man: https://omim.org (2019),それをはるかに超える数であったことは大きな驚きであった.

・出芽酵母では半数以上の必須遺伝子がハプロ不全性を示した

半数以上の必須遺伝子で優性の法則が成り立たないことが,ごく最近出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)の研究で明らかになった(4)4) S. Ohnuki & Y. Ohya: PLOS Biol., 16, e2005130 (2018)..出芽酵母では2倍体の一方の遺伝子コピーが欠損しているヘテロ接合型遺伝子破壊株が作成されているので,そのヘテロ接合型遺伝子破壊株の形態表現型を定量的に解析した.形態データを収集する際の条件の不一致によるばらつきを最小限に抑えるために,完全培地で培養した出芽酵母を初期対数期の正確なタイミングで集菌し,出芽酵母専用の自動画像解析システムCalMorphを用いてそれぞれ200個以上の細胞を解析した.その結果,501の形態的形質のうち少なくとも一つ以上で異常を示す変異株が1,112の必須遺伝子欠損株のうち59.1%もあり(FDR=1%),最小培地で培養することにより新たにハプロ不全性を示すものを加えると,併せて75.5%もハプロ不全性を示す必須遺伝子欠損株があることがわかった(図1図1■必須遺伝子のうち75.5%はヘテロ接合型A/∆aがA/Aとは異なる形態表現型を示す).

図1■必須遺伝子のうち75.5%はヘテロ接合型A/∆aがA/Aとは異なる形態表現型を示す

・これからの優性の法則

不完全優性やハプロ不全性が広く認識されるようになり,優性の法則は今では全く通用しない法則になってしまったかのように思われる.しかし同時に,なぜこの法則が成り立たないのかを研究することが面白くなってきた.ハプロ不全性が生じる分子メカニズムとして,これまでにバランス仮説(5)5) B. Papp, C. Pál & L. D. Hurst: Nature, 424, 194 (2003).と不十分量仮説(6)6) S. Younger-Shepherd, H. Vaessin, E. Bier, L. Y. Jan & Y. N. Jan: Cell, 70, 911 (1992).が提唱されている.バランス仮説は複合体のサブユニットをコードする遺伝子で観察されるという考え方であり,一つのサブユニットの遺伝子発現量が半分に減ることで,複合体の量比バランスが保てなくなり,致命的な機能欠損をもたらす.一方の不十分量仮説は,複合体に限らずそもそも遺伝子発現量が半分に減ることで反応速度論でも説明できるように致命的な機能欠損をもたらすという考え方である.どちらの仮説にもそれを示唆する状況証拠は存在しているが,決定的な結論を得るには至っていない.ごく最近別の新しい「量的安定性」仮説も登場した(7)7) S. A. Morrill & A. Amon: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 11866 (2019)..また,ヒトのハプロ不全性の優性遺伝病では「非浸透」や「表現型の差異」という奇妙な現象が観察されている.たとえば同一家系内で同じハプロ不全性遺伝子をヘテロにもっている場合でも,形質が現れる場合と現れない場合(非浸透),また表現型に差異が見られること(表現型の差異)がある.このように,ハプロ不全性にはまだまだ多くの謎が残されており,今後の研究の展開が楽しみになってきている.

Reference

1) A. Ghysen, L. Y. Jan & Y. N. Jan: Cell, 40, 943 (1985).

2) M. Lek, K. J. Karczewski, E. V. Minikel, K. E. Samocha, E. Banks, T. Fennell, A. H. O’Donnell-Luria, J. S. Ware, A. J. Hill, B. B. Cummings et al.; Exome Aggregation Consortium: Nature, 536, 285 (2016).

3) OMIM: Online Mendelian Inheritance in Man: https://omim.org (2019)

4) S. Ohnuki & Y. Ohya: PLOS Biol., 16, e2005130 (2018).

5) B. Papp, C. Pál & L. D. Hurst: Nature, 424, 194 (2003).

6) S. Younger-Shepherd, H. Vaessin, E. Bier, L. Y. Jan & Y. N. Jan: Cell, 70, 911 (1992).

7) S. A. Morrill & A. Amon: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 11866 (2019).

*1 “優性”は“顕性”と呼ばれるようになってきたが,本稿では“優性”で統一した.