農芸化学@High School

油脂分解酵母を求めて

中原 明日美

ノートルダム清心学園清心女子高等学校

福原 古都音

ノートルダム清心学園清心女子高等学校

Published: 2019-02-01

本研究は日本農芸化学会2019年度大会(開催地:東京農業大学)での「ジュニア農芸化学会」において発表されたものである.研究チームは,身近に存在するツツジの花から,近年社会問題ともなっている,食用油などによる環境汚染に立ち向かえる(かもしれない)力をもつ「酵母」を単離することに成功した.目指すゴールは必ずしも近くはないが,若いパワーでその可能性を手繰り寄せていただきたい.なお,本研究は参加者から高く評価され,ジュニア農芸化学会「銀賞」を受賞した.

本研究の目的,方法および結果と考察

【目的】

本校では,花に生息する酵母(花酵母)を材料にし,自然界における生物相互の関係と野生酵母の機能を理解することを目指して実験を行っている.本研究では,野生酵母のもつ能力を明らかにすることを目的として,特に野生酵母が油脂を分解できるかどうかに注目した.先行研究によると,油脂を分解できる酵母を利用した工場廃水の処理などの試みは行われているものの(1)1) 千種 薫他:環境技術,26,190(1997).,社会一般での実用化には至っておらず,いまだ研究段階にある.そこで私たちは,微生物を用いた環境改善を最終的なゴールに定め,過去の研究から,比較的野生酵母がよく採集できるツツジの花を分離源とし,そこから得られた野生酵母が油脂を分解できるかどうかの検討を行うとともに,油脂分解能力をもつ酵母の種の同定を試みた.

【方法】

1. ツツジからの野生酵母の単離

酵母は市街地である岡山大学構内のツツジの花から採集した.ツツジを用いた理由は,ラッパのような形をしていて蜜線が花弁の基部に集まっており,多くの蜜を分泌し,酵母が繁殖しやすいと考えたからである.また,ツツジの花は花期が短く,一定期間に集中して採集できるというメリットもある.なお,酵母の分離および培養については,以下の手順で行った(2~4)2) 西山隆造:“図解応用微生物の基礎知識”,オーム社,1981.3) 杉村幸子:“やさしい微生物実験”,ニュー・サイエンス社,1986.4) 山里一英他監修:微生物の分離法,R&Dプランニング,2001.図1a図1■実験方法の概略).柱頭,やく,花びらの中心などを滅菌した綿棒で擦り取り,綿棒ごとYPG液体培地(酵母エキス1%,ペプトン2%,グルコース2%)1 mLに入れて懸濁した.その懸濁液少量(0.3 mL程度)を,細菌の繁殖を防ぐためクロラムフェニコール0.01%(細菌の増殖を防ぎ,酵母を分離しやすくするために添加)を含む分離用のYPG平板培地(粉末寒天2%添加)に塗抹し,30°Cで数日~10日間静置培養した.形成されたコロニーの外観から酵母と思われるコロニーを識別し,分離した.単コロニー分離を繰り返すことで,最終的に独立コロニーとして単離した.

図1■実験方法の概略

a)酵母の採取・単離の流れ.b)18S rDNA配列を利用した種の同定の流れ.

2. 野生酵母の油脂分解能力の判定

油脂(菜種油)が入ったYPG平板培地は,蒸留水1 Lに対し,酵母エキス1%,ペプトン2%,グルコース2%,粉末寒天4%,菜種油1%,トリトンX 0.1%を添加し,120°Cで20分間滅菌後,少量のエタノールに溶かしたクロラムフェニコール0.01%を添加し,シャーレに分注し,一晩静置して作製した.そこにツツジから単離した野生酵母を植え,1週間培養した.

平板培地中の油脂の染色にはオイルレッドOを用いた.オイルレッドOは低極性で,油などの無極性分子中で拡散する.オイルレッドO保存液(オイルレッドO 0.3 gを99% 2-プロパノール100 mLに溶解し飽和溶液としたもの)と蒸留水を6 : 4の割合で混ぜ,ろ過して染色液とした.酵母を培養した平板培地にプロパノール溶液を滴下した後,前述した染色液を滴下し,37°Cで15分静置して染色した.その後,さらにプロパノール溶液を滴下して1分静置し,余分な染色液を除いた後,培地上の酵母の周りに油脂が分解された形跡(=クリアゾーン)が見られるかどうかを観察した.

3. 油脂分解能力のある酵母の種の同定

油脂分解能力が見られた野生酵母に対し,18SリボソームDNA(rDNA)領域の塩基配列を解析し,種の同定を試みた.実験は図1b図1■実験方法の概略の流れで行った.Genとるくん™(酵母用)High Recovery(タカラバイオ社)を用いて酵母からDNAを抽出し,そのDNAを鋳型として,18S rDNA増幅用のプライマー(18-F: 5′-ATC TGG TTG ATC CTG CCA GT-3′; 18-R: 5′-GAT CCT TCC GCA GGT TCA CC-3′)およびEmeraldAmp® MAX PCR Master Mix(タカラバイオ社)を用いてPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を行った(98°C 10秒;55°C 30秒;72°C 1分,30サイクル).得られたPCR産物についてアガロースゲル電気泳動を行い,目的のバンドの有無を確認した.バンドが見られたPCR産物について,シグマアルドリッチ社にシーケンスを依頼し,得られた塩基配列データをDDBJ(日本DNAデータバンク)のデータベースと照合し,BLAST解析(既知の種の塩基配列とどれくらい一致するかの解析)により近縁種を検索した.

【結果と考察】

本研究において,ツツジの花から44株の野生酵母が単離できた.そのうち7株について油脂分解能力の確認を行ったところ,3株において酵母の周りにクリアゾーンが確認された(図2a図2■酵母の油脂分解能力の評価とPCR産物の確認).また,酵母自身は染色されなかったことから,酵母が油脂をそのまま取り込んだのではなく,酵母の周囲に油脂分解酵素が分泌され,油脂が分解されたと考えられた.

油脂分解能力が見られたツツジ由来の野生酵母3株のうち,2株(A株,B株)についてはDNAが抽出できたので,18S rDNA領域をPCRで増幅し,電気泳動を行った.図2b図2■酵母の油脂分解能力の評価とPCR産物の確認に示すとおり,対照としたパン酵母(Saccharomyces cerevisiae)と同じ長さのバンドが見られたことから,得られたPCR産物は酵母の18S rDNAである可能性が高いと考えられた.

図2■酵母の油脂分解能力の評価とPCR産物の確認

a)油脂分解能力をもつ酵母(A株)の周りにできた油脂分解の形跡(クリアゾーン).b)18S rDNAを標的としたPCR産物の電気泳動.AとBは単離した酵母(A株,B株),S.c.は対照のSaccharomyces cerevisiaeの結果を示している.

得られた2株のPCR産物について,シークエンスを行い,BLAST解析した結果を表1表1■ツツジ由来の野生酵母の18S rDNAの塩基配列におけるBLAST解析結果に示した.2株とも,Candida属やDebaryomyces属などの既知の酵母の塩基配列と相同性が高いことがわかった.一方,酵母においては近縁種間で18S rDNA領域の塩基配列の相同性が高いことから,今回のデータだけでは種の同定には至らなかった.ITS(Internal Transcribed Spacer)領域の塩基配列は菌種間で差があることが知られていることから,今後その解析も行い,近縁種をより細かく絞り込んでいきたいと考えている.

表1■ツツジ由来の野生酵母の18S rDNAの塩基配列におけるBLAST解析結果
PCRサンプル名近縁種Identities
A株Candida sp.1016/1024 (99%)
Debaryomyces sp.1016/1024 (99%)
Debaryomyces nepalensis1016/1024 (99%)
B株Candida fermentati1017/1032 (98%)
Pichia caribbica1017/1032 (98%)
Meyerozyma guilliermondii1017/1032 (98%)

本研究の意義と展望

油脂は,産業界のみならず,一般家庭でも広く使用されている.産業界においては,適切な規制を行うことで環境中への流出をコントロールできると考えられるが,一般家庭で使用される食用油まで厳密にコントロールすることは難しい.環境中に流出した油は,水質を汚染し,固有種の減少など,さまざまな問題を引き起こす.私たちは,微生物の力を借りて,この問題の解決を目指したいと考え,本研究を実施し,ツツジの花から油脂分解能力をもつ酵母を複数単離した.今後,単離した酵母の種の同定,油脂分解メカニズムの解析,同酵母の大量培養法の確立,油脂分解能力の強化など,実用化までには,越えなければならない課題が多数存在する.これらの課題を一つずつ解決することで,環境問題の改善や新たな産業の創出につながるのではないかと考えている.

本校の過去の研究においては,ツツジの花から,セルロースやキシロースなどの多糖を分解する野生酵母も単離されている.野生酵母がもつ能力の多彩さには感心させられるばかりである.

Reference

1) 千種 薫他:環境技術,26,190(1997).

2) 西山隆造:“図解応用微生物の基礎知識”,オーム社,1981.

3) 杉村幸子:“やさしい微生物実験”,ニュー・サイエンス社,1986.

4) 山里一英他監修:微生物の分離法,R&Dプランニング,2001.