Kagaku to Seibutsu 58(3): 136-137 (2020)
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アフリカで猛威をふるう寄生植物ストライガの撲滅を目指してフェムトモルで作用する自殺発芽剤の開発
Published: 2019-03-01
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
アフリカの深刻な食糧問題は誰もが知ることと思われるが,その原因の一つがほかの植物に寄生して生きる寄生植物によって引き起こされていることはあまり知られていない.別名「魔女の雑草」とも呼ばれるハマウツボ科の寄生植物であるストライガ(Striga hermonthica)は,トウモロコシやソルガムといったイネ科の穀物に寄生して宿主を枯らせてしまう一方,1植物から20万以上の粉のように小さな種をつけて拡散し,現在ではサハラ以南の国々の3分の2の耕作地にはストライガの種が埋まっているとも言われている(1)1) G. Ejeta: Integrating New Technologies for Striga Control: Towards Ending the Witch-Hunt, 3 (2007)..この問題に対し,生物学,化学,教育や習慣など多方面から対策が試みられてきたが,休眠状態で20年以上生きるストライガ種子の強い生命力も相まって,これまで有効な対策法は開発されていない.
本格的な研究が始まったのは1950年代に被害がアメリカの南北カロライナ州に飛び火して以降である.この研究過程で,ストライガの種子は宿主の根の滲出液を与えたときにだけ発芽し,その活性成分がストリゴラクトンと呼ばれるテルペノイド化合物であることが明らかとなった.ストリゴラクトンは,土中に放出され植物と共生するアーバスキュラー菌根菌の菌糸の分岐を促進することで共生関係の構築に携わる宿主因子であることや,植物体内では枝分かれを抑制する植物ホルモンとしても作用する多様な機能をもつシグナル分子であることが最近明らかとなり注目されている(2)2) X. Xie, K. Yoneyama & K. Yoneyama: Annu. Rev. Phytopathol., 48, 93 (2010)..ストライガにおいても,栄養源である宿主植物がいないところで強制的に発芽させて枯死させる「自殺発芽剤」への応用が期待され,これまで多数の人工ストリゴラクトンが開発されてきた.しかし,ストリゴラクトンには上述したように多様な生物に作用するシグナル分子であるので,自殺発芽を実行した結果生態系が破壊されたということはあってはならない.すなわち,高い活性と安い合成費用に加え,ストライガだけに作用するものを作ることが,自殺発芽を実現するうえでクリアすべき課題と言える.
(左)ケミカルスクリーニングより発見した分子を合成する過程で見つかった副生成物を最適化することでフェムトモルレベルで発芽を刺激するSPL7の開発に成功した.(右)コントロールではストライガが寄生してとうもろこしは枯れてしまったが,SPL7でストライガを自殺発芽させるとストライガは現れず,トウモロコシは生育した.Uraguchi et al., Science, 2018より改変.
モデル植物であるシロイヌナズナやイネといった植物では,ストリゴラクトンはDWARF14(D14)と呼ばれるα/βヒドロラーゼ様タンパク質によって受容され,ストリゴラクトンの加水分解を伴ってユビキチン/プロテアソーム経路を活性化するユニークな機構でシグナルを伝えることが知られている(3)3) S. Lumba, D. Holbrook-Smith & P. McCourt: Nat. Chem. Biol., 13, 599 (2017)..一方ストライガでは,ShHTLと呼ばれるD14とよく似た11個のα/βヒドロラーゼ様タンパク質(ShHTL1~11)によって受容されるが,D14オルソログとは異なり,ShHTLのリガンド結合ポケットを構成するアミノ酸配列は多様で,それが各々のポケットの大きさや形状の多様性に反映されることがわかっている(4)4) S. Toh, D. Holbrook-Smith, P. J. Stogios, O. Onopriyenko, S. Lumba, Y. Tsuchiya, A. Savchenko & P. McCourt: Science, 350, 203 (2015)..そこで,ストライガの受容体のみにはまる分子を見つけれれば選択性の問題を解決できると考え,近年薬剤開発の主流となっているケミカルスクリーニングによって,ストライガのストリゴラクトン受容体に選択的に結合するアゴニストを12,000化合物のライブラリーより探索した(5~6)5) D. Uraguchi, K. Kuwata, Y. Hijikata, R. Yamaguchi, H. Imaizumi, A. M. Sathiyanarayanan, C. Rakers, N. Mori, K. Akiyama, S. Irle et al.: Science, 362, 1301 (2018).6) 参照ウェブサイトhttp://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja/research/2018/12/Striga-SPL7.php.その結果,活性は低い(1 µM程度の濃度でストライガの発芽を刺激する)ものの,シロイヌナズナAtD14には結合せず,受容体アイソフォームうちShHTL7に選択的に結合する20個のよく似た構造をもつ人工化合物を見つけることができた.次に見つけた化合物の活性の向上を目指して構造改変を進めていたが,その最中,有機合成の際に生じる極微量の副生成物が非常に高い活性をもつことを見いだした.その副生成物は,どうやら有機合成の際にライブラリーから発見された分子が酸化を受けてできたものであり,構造の一部が天然のストリゴラクトンに共通して見られるブテノライド環に変化していることが明らかとなった.さらなる最適化の結果,わずか10 fMでストライガの発芽を刺激する驚異的な活性をもつ分子が完成した.ヒトの頭部とライオンの体をもつスフィンクスにちなみ,人工化合物と天然ストリゴラクトンのハイブリット構造をもつこの分子をスフィノラクトン-7(SPL7)と名付けた.人工化合物に由来するパーツがあることでShHTL7に対する選択性が保持されていることも確認でき,SPL7は期待どおりシロイヌナズナに対してストリゴラクトン活性を示さず,菌根菌に対してもごく弱い活性(人工ストリゴラクトンであるGR24の1/800程度)しか観察されなかった.そして,自殺発芽作用の有無をポットレベルで試験した結果,無処理区では多数のストライガがトウモロコシに寄生して枯らせてしまったが,SPL7を与えたポットからはストライガは生えてこず,トウモロコシは健全に育った.したがって,実験室レベルでは,SPL7はストライガ選択的に作用し,非常に高い発芽刺激活性をもち,実際に自殺発芽を誘導することで農作物をストライガから守ることを実証することができた.現在筆者らは,SPL7を通してアフリカの食糧問題の解決に貢献することを目指し,ストライガの被害を受けるケニアの研究機関との共同研究にて試験圃場での実証試験を進めている.
Reference
1) G. Ejeta: Integrating New Technologies for Striga Control: Towards Ending the Witch-Hunt, 3 (2007).
2) X. Xie, K. Yoneyama & K. Yoneyama: Annu. Rev. Phytopathol., 48, 93 (2010).
3) S. Lumba, D. Holbrook-Smith & P. McCourt: Nat. Chem. Biol., 13, 599 (2017).
6) 参照ウェブサイトhttp://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja/research/2018/12/Striga-SPL7.php