今日の話題

寄生植物ストライガの養水分奪取機構の解明生存戦略のために魔女の雑草が獲得した変異

Masanori Okamoto

岡本 昌憲

宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター

Hijiri FUJIOKA

藤岡

神戸大学大学院農学研究科

Yukihiro Sugimoto

杉本 幸裕

神戸大学大学院農学研究科

Published: 2019-03-01

植物のなかには,光合成の機能を低下させ,ほかの植物に従属的に生きるように進化した植物が存在し,それらは被子植物の1%にものぼり,寄生植物と総称される.世界最大の花を咲かせるラフレシア,香料に用いられるビャクダンや漢方として利用されるカンカニクジュウヨウなども寄生植物である.人間にとって有益な寄生植物もあるが,宿主が作物で,寄生植物による作物への被害が甚大な場合,寄生植物は人類にとって有害な雑草という扱いになる.世界で最も深刻な農業被害を与えている寄生雑草は,サハラ砂漠以南のアフリカを中心に分布しているストライガ属のStriga hermonthica(以降,ストライガと呼ぶ)であり,魔女の雑草という異名をもつ(1)1) H. Fujioka, H. Samejima, H. Mizutani, M. Okamoto & Y. Sugimoto: Plant Signal. Behav., 14, 1605810 (2019).

アフリカではストライガによる農業被害が年間1兆円にも達すると推定され,その被害は乾燥地でより深刻化することが知られていた.始めに図1図1■乾燥地でストライガの被害が深刻化する理由をご覧いただきたい.一般的な植物は乾燥ストレスに遭遇すると,気孔を閉じて体内の水の欠乏を防ごうとするのに対し,ストライガは気孔を閉じずに高い蒸散量を維持する.これにより,地下の連結部の水分の流れがストライガ側に傾くことが示されており,ストライガは乾燥した地域であるほど効率的に宿主から養水分を収奪できると考えられている(2, 3)2) R. D. Ackroyd & J. D. Graves: Ann. Bot., 80, 649 (1997).3) T. Inoue, Y. Yamauchi, A. H. Eltayeb, H. Samejima, A. G. T. Babiker & Y. Sugimoto: Biol. Plant., 57, 773 (2013)..しかし,ストライガの盛んな蒸散がどのような分子機構によってもたらされているのかは不明であった.

図1■乾燥地でストライガの被害が深刻化する理由

ストライガは乾燥状態におかれても,気孔を開いたままで盛んに蒸散を行う.この結果,両者の間で水分の流れがストライガ側に傾くことで,乾燥した地域ほど効率的に宿主から養水分を奪い取ることができるため,乾燥地ではストライガによる被害が深刻化する.

植物ホルモンのアブシシン酸(ABA)は,植物が乾燥に遭遇した場合にその内生量が増え気孔の閉鎖を誘導することで,乾燥ストレスから身を守るための防御シグナルとして作用する.したがって,筆者らは,ストライガが乾燥ストレス環境下においても気孔を閉鎖せずに盛んな蒸散を続ける特性は,ABA生合成能の低下,あるいはABAシグナル伝達系の異常によるものと予想して研究を進めた.まず初めにABAの内生量について解析した結果,ストライガの植物体は宿主に用いたイネ科植物であるソルガム(Sorghum bicolor)よりも10倍以上多くのABAを蓄積しており,むしろ盛んにABAを生合成していた.また,宿主のソルガムの気孔を完全に閉じさせることのできる高濃度のABAをストライガの植物に投与しても,気孔を閉鎖させることができなかった.これらの結果から,筆者らは,ストライガの気孔が閉鎖しないのはABA感受性が異常であることが原因であると結論づけた(4)4) H. Fujioka, H. Samejima, H. Suzuki, M. Mizutani, M. Okamoto & Y. Sugimoto: Nat. Plants, 5, 258 (2019).

つぎに図2図2■一般的な高等植物とストライガのABAシグナル伝達経路をご覧いただきたい.気孔を閉鎖するための基本的なABAのシグナル伝達因子群は4種が挙げられ,一般的に,受容体(PYL),受容体の下流で作用する2型タンパク質脱リン酸化酵素(PP2C),標的タンパク質をリン酸化するタンパク質リン酸化酵素(SnRK2),そして,気孔閉鎖にかかわる陰イオンチャネル(SLAC1)である(5)5) S. R. Cutler, P. L. Rodoriguez, R. R. Finkelstein & S. R. Abrams: Annu. Rev. Plant Biol., 61, 651 (2010)..ABAがほとんど蓄積していない細胞では,PP2CはSnRK2に結合し,SnRK2のリン酸化活性が阻害されている.ABAが生体内で増加し,PYL受容体に受容されると,ABAを包み込んだPYL受容体はPP2Cに強力に結合し,PP2Cの脱リン酸化活性を阻害する.その結果,SnRK2のリン酸化活性が回復し,標的であるSLAC1がリン酸化され,チャネルが活性化することで気孔が閉鎖する.これらのABAシグナル伝達因子群の存在の有無とそれらのタンパク質の機能を解析することで,ストライガのABAシグナル伝達の異常が解明できると考え,まず初めに,受容体の探索を行った.トランスクリプトーム解析により,ストライガにはPYL受容体(ShPYL)と相同性の高い遺伝子が8種発現していることが明らかとなり,生化学的な解析から,それらのほとんどはABAを受容する能力があることがわかった.次に,ストライガに存在するPP2C遺伝子を4種単離して(ShPP2C1~4),シロイヌナズナとストライガの両者のPYL受容体を用いて,ABA依存的にPYL受容体によるPP2Cの脱リン酸化活性の阻害効果があるかどうかを解析した.その結果,ShPP2C2~4の3種はABA依存的にPYL受容体によって脱リン酸化活性が阻害されるのに対して,ShPP2C1はすべてのPYL受容体に対する制御を受けずに,ABAの存在の有無に関係なく,脱リン酸化活性を維持し続けた(図2図2■一般的な高等植物とストライガのABAシグナル伝達経路).しかも,ShPP2C1はストライガの葉で主要に発現しており,このShPP2C1がストライガのABAの低感受性の原因であることが強く示唆された.そして,ストライガのShPP2C1をシロイヌナズナに導入すると,シロイヌナズナが強力なABA低感受性を示したことから,ShPP2C1遺伝子がストライガのABAの感受性を低下させている原因遺伝子であるとわれわれは結論づけた(4)4) H. Fujioka, H. Samejima, H. Suzuki, M. Mizutani, M. Okamoto & Y. Sugimoto: Nat. Plants, 5, 258 (2019).

図2■一般的な高等植物とストライガのABAシグナル伝達経路

一般的な植物は乾燥ストレスに遭遇すると,ABAが細胞内で増加し,PYL受容体に受容される.ABAを包み込んだ受容体は,タンパク質脱リン酸化酵素のPP2Cと結合し,脱リン酸化活性を阻害する.その結果,タンパク質リン酸化酵素のSnRK2が自己リン酸化活性を回復し,標的タンパク質の一つである,陰イオンチャネルのSLAC1をリン酸化してチャネルを活性化して,気孔が閉鎖する.一方,ストライガではShPP2C1の特異的な5カ所のアミノ酸変異により,受容体の制御を受けない性質をもつ.そのため,ShPP2C1は常にSnRK2を不活性化しているため,気孔が開いたままになる.

次に,ShPP2C1がどのような特性により,ABA受容体の支配を受けずに脱リン酸化活性を維持しつづけるのかその原因を探った.正常なシロイヌナズナのPP2Cのタンパク質結晶構造をモデルにして,ShPP2C1の立体モデルを構築して比較を行った結果,PYL受容体とPP2Cが結合するために重要とされる特定のアミノ酸残基の周辺に,正常なPP2Cには認められない特異的なアミノ酸変異が5箇所あることが判明し,それらは,受容体との結合を阻害する障害物として作用することが予想された(図2図2■一般的な高等植物とストライガのABAシグナル伝達経路).そこで,これらの5カ所のアミノ酸変異のみをシロイヌナズナの正常なPP2Cに導入した結果,PP2Cの脱リン酸化活性は保持されたままで,ABAの受容体の制御を受けにくくなり,シロイヌナズナはABA低感受性に変化した.つまり,ストライガのABA低感受性の要因は,ShPP2C1が有する特異な5カ所のアミノ酸変異であることを突き止めた(4)4) H. Fujioka, H. Samejima, H. Suzuki, M. Mizutani, M. Okamoto & Y. Sugimoto: Nat. Plants, 5, 258 (2019).

一般的に,陸上植物は水利用が変動する環境下においても,ABAのシグナルを獲得・発達させることで,乾燥ストレスに曝される陸上でも繁栄・生存できるようになった.しかし,寄生植物であるストライガは宿主のもつ水分を利用できるため,乾燥ストレスにさらされる環境でもABAシグナル因子の変異とそれに伴うシグナル伝達の欠落を許容することができたと考えられる.それどころかABAシグナル伝達の欠落によりストライガは宿主から効率よく養水分を奪取するための戦略を獲得したと考えられる.この戦略は乾燥地におけるストライガの猛威に繋がっていると考えられ,その原因遺伝子であるShPP2C1を標的としたストライガを弱体化・防除するための新たな研究開発が進むことを期待している.

Reference

1) H. Fujioka, H. Samejima, H. Mizutani, M. Okamoto & Y. Sugimoto: Plant Signal. Behav., 14, 1605810 (2019).

2) R. D. Ackroyd & J. D. Graves: Ann. Bot., 80, 649 (1997).

3) T. Inoue, Y. Yamauchi, A. H. Eltayeb, H. Samejima, A. G. T. Babiker & Y. Sugimoto: Biol. Plant., 57, 773 (2013).

4) H. Fujioka, H. Samejima, H. Suzuki, M. Mizutani, M. Okamoto & Y. Sugimoto: Nat. Plants, 5, 258 (2019).

5) S. R. Cutler, P. L. Rodoriguez, R. R. Finkelstein & S. R. Abrams: Annu. Rev. Plant Biol., 61, 651 (2010).