Kagaku to Seibutsu 58(3): 141-142 (2020)
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ケミカルバイオロジーが切り開くビタミンD3の新機能水酸化ビタミンD3による脂質代謝の制御
Published: 2019-03-01
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
SREBP(Sterol regulatory element binding protein)は,脂質合成の司令塔ともいうべき転写因子である.その活性化機構はユニークである.細胞内にコレステロールが十分存在する場合には,SREBPはその結合パートナーであるSCAP(SREBP cleavage-activating protein)およびINSIG(Insulin inducing gene)と3者複合体を形成し,小胞体にとどまる.一方,細胞内コレステロール量が低下すると,SREBPとSCAPの複合体がゴルジ体へ移行する.ゴルジ体上で,SREBPはS1PとS2Pという2つのプロテアーゼにより切断され,N末端側の活性化領域が核へと移行し,転写因子として機能する.その結果,SREBPにより脂質合成にかかわる遺伝子の発現が促進され,脂質が合成される(1)1) J. L. Goldstein, R. A. DeBose-Boyd & M. S. Brown: Cell, 124, 35 (2006)..
脂質合成はさまざまな環境に応答する.コレステロール以外の生体内化合物によってもSREBPの活性が制御されているのではないかと考え,内因性化合物ライブラリーからSREBPの転写活性を抑制する化合物を探索した.その結果,25(OH)ビタミンD3, 24R,25(OH)2ビタミンD3,および1α,25(OH)2ビタミンD3といった水酸化ビタミンD3がSREBPの活性化を阻害することを発見した.
人間はビタミンD3を,乳製品や魚などの食物から摂取する,あるいはコレステロールを出発原料として体内で生合成することで獲得している.ビタミンD3は,肝臓で25位が水酸化され,25(OH)ビタミンD3に変換される.その後,腎臓で1位が水酸化されることで,1α,25(OH)2ビタミンD3に変換される.1α,25(OH)2ビタミンD3は核内受容体であるVDR(Vitamin D receptor)の転写活性を強力に活性化し,血中カルシウム濃度を保つ.ビタミンD3の欠乏は,くる病などの骨疾患の発症の要因となる(2)2) S. Christakos, P. Dhawan, A. Verstuyf, L. Verlinden & G. Carmeliet: Physiol. Rev., 96, 365 (2016)..
25(OH)ビタミンD3は,1α,25(OH)2ビタミンD3よりもVDRに対するアゴニスト活性は数百倍弱い.しかし,SREBPに対する阻害活性は,3種類の水酸化ビタミンD3の中で25(OH)ビタミンD3が最も強かった.このことから,25(OH)ビタミンD3はVDRとは独立してSREBPを阻害していることが示唆された.また,SREBPの発現量に及ぼす影響について検討したところ,25(OH)ビタミンD3はコレステロールと異なり,活性型SREBP量ばかりでなく,不活性型のSREBPの発現量の低下も誘導した.このことから,25(OH)ビタミンD3はコレステロールとは異なる作用機序でSREBPの活性化を抑制することが考えられた.さらなる解析の結果,25(OH)ビタミンD3はSCAPに直接結合し,プロテアーゼによる切断を誘導した後,ユビキチン–プロテアソーム系への分解へ導くことが明らかとなった.その結果,結合パートナーであるSCAPを失ったSREBPは不安定化することで,不可逆的にSREBP活性が抑制されると考えられる(3)3) L. Asano, M. Watanabe, Y. Ryoden, K. Usuda, T. Yamaguchi, B. Khambu, M. Takashima, S. I. Sato, J. Sakai, K. Nagasawa et al.: Cell Chem. Biol., 24, 207 (2017).(図1A図1■水酸化ビタミンD3による脂質代謝の制御).血清中の25(OH)ビタミンD3の濃度は50~100 nMであると報告されている.25(OH)ビタミンD3のSREBP活性阻害のIC50値は約1 μMであるが,100 nM処理時でも有意なSREBP活性の阻害が認められることから,本機構は生理的条件下でも機能していると推察される.
以上の結果より,生体内の水酸化ビタミンD3は,VDRのみならずSREBPに作用することでさまざまな遺伝子の発現を制御していると考えられる.このことは,水酸化ビタミンD3により誘引される表現型がどちらの転写因子に起因しているかは,水酸化ビタミンD3自体を用いた解析では困難であることを意味する.そこで,われわれは,それぞれに選択的に作用する「人工ビタミンD3」の作製を行った.その結果,VDRを活性化しない選択的SREBP阻害剤(図1B図1■水酸化ビタミンD3による脂質代謝の制御(b)),およびSREBPを阻害しない選択的VDR活性化剤(図1B図1■水酸化ビタミンD3による脂質代謝の制御(c))の開発に成功した.これらの化合物を用い,水酸化ビタミンD3により発現が誘導される遺伝子の中で,SREBPにより負に制御されている遺伝子の同定を試みた.水酸化ビタミンD3や選択的SREBP阻害剤により遺伝子の発現が促進される一方,選択的VDR活性化剤では促進されない遺伝子を探索した結果,SOAT1(Sterol O-acyltransferase1)がSREBPにより負に制御されていることを見いだした.SOAT1はコレステロールと脂肪酸を縮合してコレステロールエステルを生成する酵素であり,細胞内コレステロールの貯蔵に寄与する.前述のとおり,コレステロールはSREBP活性を負に制御することから,SOAT1はSREBPに対しネガティブフィードバックとして機能していると考えられる(4)4) A. Nagata, Y. Akagi, L. Asano, K. Kotake, F. Kawagoe, A. Mendoza, S. S. Masoud, K. Usuda, K. Yasui, Y. Takemoto et al.: ACS Chem. Biol., 14, 2851 (2019).(図1A図1■水酸化ビタミンD3による脂質代謝の制御).
今回の発見のように,内因性化合物にはまだまだ解明されていない新規な生理活性があると思われる.そのような生理活性の発掘は,新しい生命現象の解明につながり,非常に面白い.
Reference
1) J. L. Goldstein, R. A. DeBose-Boyd & M. S. Brown: Cell, 124, 35 (2006).
4) A. Nagata, Y. Akagi, L. Asano, K. Kotake, F. Kawagoe, A. Mendoza, S. S. Masoud, K. Usuda, K. Yasui, Y. Takemoto et al.: ACS Chem. Biol., 14, 2851 (2019).