Kagaku to Seibutsu 58(3): 143-150 (2020)
解説
水田土壌における鉄還元菌窒素固定の発見と応用オミクス解析から低窒素農業へ
Nitrogen Fixation of Iron Reducing Bacteria in Paddy Soils
Published: 2019-03-01
水田土壌の窒素肥沃度は微生物による窒素固定が支えている.我々は水田土壌のメタトランスクリプトーム解析により,Anaeromyxobacter属とGeobacter属の鉄還元菌が窒素固定を駆動している主要な微生物であることを突き止めた.また,水田土壌からこれら鉄還元菌の新規株を単離することにも成功し,鉄還元菌の窒素固定活性が電子受容体であるFe3+の濃度の上昇とともに高まることを明らかにした.さらに,Fe3+を水田土壌に添加することで土壌の窒素固定活性を高めることができた.本研究によって得られた知見は,窒素施肥量を削減した環境負荷の少ない農業技術(低窒素農業)に繋がると期待される.
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
古くから日本では,「稲は地力で,麦は肥料でとる」と言い伝えられてきた.これは,水稲の収量は土壌が本来有する窒素肥沃度(地力窒素)に支えられている一方で,麦などの畑作物の収量は窒素施肥に大きく依存することを意味している.実際,水田では無窒素施肥区においても窒素施肥区の80%程度の収量が維持される(1)1) T. Okumura: Plant Prod. Sci., 5, 83 (2002).が,畑では無窒素施肥区における収量が窒素施肥区の50%程度まで下がることが知られている(2)2) J. B. Zhou, C. Y. Wang, H. Zhang, F. Dong, X. F. Zheng, W. Gale & S. X. Li: Field Crops Res., 122, 157 (2011)..
ここで,水田と畑の違いを考えたい.水田土壌は,その名のとおり1年のうち3カ月以上もの間,湛水される.湛水された土壌では,日数の経過とともに酸化層と還元層の分化が起きる.酸化層は,田面水と接する厚さ数ミリの表層部であり,常に田面水から酸素が供給されるため好気的な環境が維持される.一方,還元層では,酸素の供給速度より微生物による消費速度が早まり,嫌気環境が形成される.この酸素が消費されていく過程において,脱窒,マンガン還元,鉄還元,硫酸還元,メタン生成といった還元反応が逐次的に進行するほか,窒素ガスをアンモニア態に変換する窒素固定反応やアンモニア生成型硝酸還元(DNRA)反応も活発に起こることが知られている(3)3) M. Kimura: (2000) Anaerobic microbiology in waterlogged rice fields. In Soil Biochemistry vol. 10, Bollarg JM, Stotzky G. (eds.) New York: Marcel Dekker, pp. 35–138..
上述したさまざまな嫌気反応のなかでも,系外からの窒素の主な供給経路である窒素固定は,水田土壌中の窒素肥沃度維持に大きく貢献していると考えられる.これまでの研究から,陸域の窒素固定の大部分は生物的窒素固定すなわち土壌微生物が駆動する反応であり,水田土壌は畑土壌と比較して生物的窒素固定活性が高いことが知られてきた(4)4) 久馬一剛:1994. 農土誌,62, 7 (1944)..このことから,畑よりも水田のほうが窒素肥沃度が維持されやすいと考えられる.したがって,水田土壌で窒素固定を担う微生物の特定は,水田の窒素肥沃度維持機構の解明において重要であり,水稲作を根底から支える生物基盤の理解につながる意義がある.
これまで,水田土壌において窒素固定反応を駆動している微生物群を明らかにするために,分離培養やPCRに基づく手法が多く用いられてきた(5)5) S. Ishii, S. Ikeda, K. Minamisawa & K. Senoo: Microbes Environ., 26, 282 (2011)..特に,窒素固定の鍵酵素の一つであるDinitrogenase reductaseをコードするnifHを対象としたPCR法による窒素固定微生物の群集構造解析は,これまで多く報告されている(5)5) S. Ishii, S. Ikeda, K. Minamisawa & K. Senoo: Microbes Environ., 26, 282 (2011)..しかし,分離培養法では難培養微生物を取り逃がす可能性(6)6) R. I. Amann, W. Ludwig & K. H. Schleifer: Microbiol. Rev., 59, 143 (1995).,PCRベースの手法ではその条件設定やプライマーのミスマッチにより,微生物群集の多様性を低く見積もってしまう可能性が指摘されている(7, 8)7) S. Hong, J. Bunge, C. Leslin, S. Jeon & S. S. Epstein: ISME J., 3, 1365 (2009).8) C. M. Jones, D. R. Graf, D. Bru, L. Phillippot & S. Hallin: ISME J., 7, 417 (2012)..近年,このPCRによるバイアスを回避するため,また,特定の対象遺伝子のみならずさまざまな機能遺伝子を包括的に解析するため,環境DNAやRNAを直接シーケンサーに供し,大量のシーケンスデータを得るメタゲノム・トランスクリプトーム解析が盛んに利用されている.しかしながら,実際の水田ほ場を対象とした,窒素固定反応を含むさまざまな窒素循環や炭素循環に関与する細菌群の包括的・総合的な一斉評価は行われていない.さらに,それらの活性の指標となる土壌由来のRNAに基づく解析についてもいまだ行われておらず,上述した反応を駆動する細菌群のin situでの転写プロファイルについてもほとんどわかっていない.このように,水田土壌において物質循環を駆動する細菌群についての包括的な理解は,これまで達成されてこなかった.そこでわれわれは,水田土壌を対象としたメタトランスクリプトーム解析を行い,窒素固定のみならず各種の窒素循環や炭素循環反応を駆動する細菌群の全体像を明らかにすることを試みた(9, 10)9) Y. Masuda, H. Itoh, Y. Shiratori, K. Isobe, S. Otsuka & K. Senoo: Microbes Environ., 32, 180 (2017).10) Y. Masuda, H. Itoh, Y. Shiratori & K. Senoo: Soil Sci. Plant Nutr., 64, 455 (2018)..本稿においては,窒素固定反応を駆動する微生物群について述べる.
水田土壌メタトランスクリプトーム解析に用いる土壌は,新潟県農業総合研究所内の連作水田ほ場において土壌の酸化還元電位(Eh)を指標とし,水田土壌が最も還元的になる湛水期,最も酸化的になる落水期に採取した(図1図1■新潟水田土壌のほ場管理と酸化還元電位の年間変動).土壌採取には円筒コアを用い,上層土壌(0~1 cm)ならびに下層土壌(5~7 cm)を分取し,RNAを抽出した後,Miseqシーケンサー(Illumina)に供してショットガンシーケンスした.窒素固定反応を触媒する酵素NitrogenaseはnifD, nifK,がコードするDinitrogenase,およびnifHがコードするDinitrogenase reductaseからなる酵素複合体である(11)11) L. M. Rubio & P. W. Ludden: J. Bacteriol., 187, 405 (2005)..得られたメタトランスクリプトームデータから,これらnifD, nifK, nifHすべての配列を抽出して由来微生物について解析を行った.
培養法やPCRベースの解析から,ほかの陸域環境と同様に水田土壌においても,Cyanobacteria門の光合成細菌やActinobacteria門,Alpha-, Beta-, Gamma-proteobacteria綱の細菌群が主に窒素固定を行っている,というのが通説であった(12, 13)12) 辻村茂男:“新・土の微生物(7)生態的に見た土の原生動物・藻類”,土壌藻類の働きと利用,博友社,2000, pp. 127–158.13) B. Reinhold-Hurek & T. Hurek: Trends Microbiol., 6, 139 (1998)..しかしながら,われわれの行ったメタトランスクリプトーム解析では,そのような従来よく知られた窒素固定細菌群のものよりも,Deltaproteobacteria綱細菌由来のnif転写産物がはるかに高頻度に検出された(図2図2■新潟水田土壌メタトランスクリプトーム解析によって検出された窒素固定遺伝子(nif)転写産物の微生物組成).そのなかでも,これまで世界的に水田土壌に優占することが知られ,鉄還元反応を駆動する細菌として有名なAnaeromyxonbacterやGeobacter属細菌のnif転写産物が高頻度に検出された.このことから,これまで窒素固定への関与が全く議論されてこなかったこれら鉄還元菌こそが,水田土壌において窒素固定を駆動しているキープレーヤーであることが初めて示唆された(9)9) Y. Masuda, H. Itoh, Y. Shiratori, K. Isobe, S. Otsuka & K. Senoo: Microbes Environ., 32, 180 (2017)..
AnaeromyxobacterおよびGeobacter属細菌といった鉄還元菌由来の窒素固定遺伝子は水田土壌のみで検出されるのか,それともほかの水田土壌や陸域環境においても同様であるのか? これを明らかにするために,われわれは国内各地の水田,雑草地,畑,森林の土壌,そして河川の底泥を対象としてメタゲノム解析を行った.さらに,国内だけでなく世界各地の土壌においてもこれら鉄還元菌由来の窒素固定遺伝子が検出されるのかを調査するため,公共データベースサーバー(MG-RAST;(14)14) F. Meyer, D. Paarmann, M. D’Souza, R. Olson, E. M. Glass, M. Kubal, T. Paczian, A. Rodriguez, R. Stevens, A. Wilke et al.: BMC Bioinformatics, 9, 386 (2008).にアップロードされている世界各地の土壌メタゲノムデータも収集し,窒素固定遺伝子を抽出して同様の解析を行った.その結果,AnaeromyxobacterおよびGeobacter属の鉄還元菌由来の窒素固定遺伝子は水田土壌のみならず,河川の底泥,森林,極地,雑草地,畑,砂漠土壌などほとんどの土壌環境から検出された(unpublished).また,窒素固定遺伝子自体の検出頻度は森林・畑・雑草地土壌よりも水田土壌や河川の底質において有意に高いこと,そうした窒素固定遺伝子が豊富に検出される環境ほど鉄還元菌の窒素固定遺伝子の検出頻度も極めて高いことが明らかとなった.これらのことから鉄還元菌窒素固定が陸域環境におけるユビキタスな現象であること,また土壌圏の窒素固定力の大部分を支えている可能性も示唆された.
AnaeromyxobacterおよびGeobacter属は,それぞれ通性嫌気性および偏性嫌気性細菌(Bergey’s manual)であり,これまでに鉄やウランをはじめとした複数種類の金属の還元反応や,有機ハロゲン化合物の脱ハロゲン反応を行うことが報告されている(15~19)15) R. A. Sanford, J. R. Cole & J. M. Tiedje: Appl. Environ. Microbiol., 68, 893 (2002).19) R. T. Anderson, H. A. Vrionis, I. Ortiz-Bernad, C. T. Resch, P. E. Long, R. Dayvault, K. Karp, S. Marutzky, D. R. Metzler, A. Peacock et al.: Appl. Environ. Microbiol., 69, 5884 (2003)..水田土壌中における主な機能もまた鉄還元と考えられてきた(20)20) T. Hori, A. Müller, Y. Igarashi, R. Conrad & M. W. Friedrich: ISME J., 4, 267 (2010)..また,16S rRNA遺伝子のPCRアンプリコンシーケンシングに基づく群集構造解析から,水田土壌の最優占微生物群の一つであることも世界的に知られている(21~23)21) H. Itoh, S. Ishii, Y. Shiratori, K. Oshima, S. Otsuka, M. Hattori & K. Senoo: Microbes Environ., 28, 370 (2013).23) Y. Kim & W. Liesack: PLOS ONE, 10, e0122221 (2015)..上記のグローバルなメタゲノム解析の結果もAnaeromyxobacterおよびGeobacter属細菌が陸域環境に普遍的に存在していることを示している.このように両属細菌に着目した研究は多く,実環境中において決してレアな細菌群ではないことは明らかである.しかしながら,これほどに陸域環境中に豊富かつ普遍的に存在するのにもかかわらず,これまでのPCRベースの解析においてこれら鉄還元菌由来の窒素固定遺伝子やその転写産物が環境中から高頻度に検出されたことはほとんどなかった.この「たくさんいるのに窒素固定遺伝子は検出されなかった」という矛盾はなぜ生じてきたのだろうか.
たくさんいるのにもかかわらず,従来のPCRベースの解析法では検出できなかった原因としてまず考えられることは,環境試料中の窒素固定遺伝子のPCR増幅のために用いられてきたプライマー配列のミスマッチである.しかしながら,表1表1■鉄還元菌のnifH遺伝子配列とプライマーの相同性比較に示したように,従来用いられてきたnifHのプライマーでは,これら鉄還元菌由来のnifH配列に対してミスマッチが散見されたものの,相同性の高い鉄還元菌のnifHも複数存在した.このことから,プライマー配列のミスマッチだけが,これまで見落とされてきた原因ではないと考えられた.次にGC含量を調べたところ,両属の鉄還元菌の窒素固定遺伝子はほかの細菌由来の遺伝子に比べて高いことが判明した.特にAnaeromyxobacterはゲノム全体のGC含量が73%を超えており,GC含量が最も高い細菌群の一つであることもわかった.一般的に高GC含量の塩基配列は,PCR法において増幅されにくいことが知られている.事実,GC含量が70%を超えるAnaeromyxobacter属細菌のnosZ(脱窒反応における亜酸化窒素還元の鍵酵素遺伝子)は,プライマー配列が完全にマッチしてもPCR増幅できないことが報告されている(8)8) C. M. Jones, D. R. Graf, D. Bru, L. Phillippot & S. Hallin: ISME J., 7, 417 (2012)..また興味深いことに,Anaeromyxobacterはゲノム全体や機能遺伝子はGC含量が高いものの,16S rRNA遺伝子だけは58%程度と極端に低く,一般的な細菌と同程度であった(表2表2■鉄還元菌とこれまで知られてきた窒素固定菌の遺伝子とgenomeのGC含量の比較).このGC含量の極端な差が,16S rRNA遺伝子のPCRアンプリコンシーケンシングに基づく群集構造解析でよく検出されるのにもかかわらず,窒素固定遺伝子は検出されない,すなわち「たくさんいるのに鉄還元菌窒素固定は見落とされてきた」矛盾の背景にあると考えられた.
このようにオミクス解析から水田土壌の窒素固定において鉄還元菌が重要な役割を果たしている可能性が示唆された.しかしながら,これらのオミクス解析は遺伝子やその転写産物を対象としたものにすぎず,実際に鉄還元菌が窒素固定能を有しているのか,土壌環境中で窒素固定能を発揮できるのかについては不明である.上述のとおり,鉄還元菌は16S rRNAベースの解析から水田土壌に優占していることは古くから示唆されてきており,またゲノム情報も登録されているものの,環境中からその窒素固定遺伝子が検出されることはほとんどなかったため,その窒素固定能に着目した研究は限られている.さらには,水田土壌の優占種でありながら水田土壌からの単離培養例がほとんどなく,種記載などの系統学的な整理が行われていなかった.特にAnaeromyxobacter属細菌に関しては単離培養例自体が数例しかなく,記載種も2002年に登録されたA. dehalogenasが知られるのみである.そこで,水田土壌からの鉄還元菌の単離培養と,その単離培養株を用いた生化学的解析による鉄還元菌の窒素固定能の検証を行った.
一般的にAnaeromyxobacterおよびGeobacter属の鉄還元菌は酢酸を電子供与体,フマル酸や酸化鉄III(Fe3+)などを電子受容体とした最少培地を用いた集積培養を経て単離培養されている.本研究では視点を変え,「水田土壌に優占しているのであれば水田土壌で集積できるはず」という作業仮説のもと,水田土壌そのものを使って鉄還元菌を集積培養することを試みた.風乾した水田土壌と蒸留水をバイアル瓶に入れ,オートクレーブ滅菌した.この土壌スラリーに生土試料を添加し,気相を無酸素ガスで置換して1~2週間おきに継代した.継代培養後の土壌スラリーは有機酸を添加したR2A agar培地(幅広い細菌を培養できる培地)に塗布して嫌気培養し,生えてきたコロニーを純化した.このような集積培養スクリーニングの結果,国内各地の水田土壌からAnaeromyxobacterやGeobacter属細菌を複数株単離することに成功した(24, 25)24) Z. Xu, Y. Masuda, H. Itoh, N. Ushijima, Y. Shiratori & K. Senoo: Front. Microbiol., (2019).25) Masuda et al., submitted..
本研究で水田土壌から単離したAnaeromyxobacter属細菌の複数株をゲノム解読したところ,すべてがnifHDKを保有していた.また窒素固定遺伝子クラスターの構造を調べたところ,窒素固定活性を示すことが報告されているほかのDelta-proteobacteria属細菌の構造とよく似ており,nifHDKENBが保存されていることがわかった(25)25) Masuda et al., submitted.(図3図3■鉄還元菌とその近縁細菌の保有する窒素固定遺伝子クラスタの比較).さらに,水田土壌から単離したAnaeromyxobacter属細菌は窒素ガスを封入すれば無窒素培地でも増殖し,またその時に窒素固定遺伝子の転写量が高まった.そして,滅菌した水田土壌にこのAnaeromyxobacter属細菌を接種したところ,土壌で窒素固定活性が検出されるとともに,土壌中でのAnaeromyxobacter属細菌の増殖も確認された(25)25) Masuda et al., submitted..これらのことから,Anaeromyxobacter属細菌は窒素固定活性を有すること,水田土壌中で窒素固定能を発揮できることが明らかとなった.非常に基礎的な検証実験であるものの,これはAnaeromyxobacter属細菌の窒素固定能を活性レベルで証明した初めての報告である.
Anaeromyxobacter属細菌と同時にGeobacter属細菌も単離されたが,驚くべきことに記載種との16S rRNA遺伝子配列の相同性が98.0%以上を示すものはなく,すべての株が新種であることが示唆された.さらにゲノム相同性や各種生理性状試験から,その大部分が従来のGeobacter属とは異なる特徴を示すこと,分子進化系統樹上でも独立した系統群を形成することが判明し,新属“Geomonas”属と提唱した(24)24) Z. Xu, Y. Masuda, H. Itoh, N. Ushijima, Y. Shiratori & K. Senoo: Front. Microbiol., (2019).(図4図4■新たにわれわれが提唱したGeomonas属細菌ならびにGeobacter属細菌の系統樹).Geobacter属の新種株も含め,このGeomonas属細菌もまた窒素固定遺伝子を保有し,窒素固定活性を示すことを確認した(unpublished).
これまでAnaeromyxobacter属およびGeobacter属細菌のうち,Geobacter属細菌の僅か2種(G. metallireducens, G. sulfurredcens)しか窒素固定能の活性レベルでの検証が行われてこなかった(26, 27)26) D. A. Bazylinski, A. J. Dean, D. Schüler, E. J. Phillips & D. R. Lovley: Environ. Microbiol., 2, 266 (2000).27) M. V. Coppi, C. Leand, S. J. Sandler & D. R. Lovley: Appl. Environ. Microbiol., 67, 3180 (2001)..本研究により,水田土壌由来のAnaeromyxobacter属,Geobacter属,さらにはGeomonas属細菌が窒素固定活性を示すことが証明され,鉄還元菌窒素固定の重要なエビデンスを得ることができた.
オミクス解析や培養株レベルでの窒素固定活性の実証により,水田土壌に大量に存在する鉄還元菌が窒素固定を行い,結果として水田土壌の窒素肥沃度維持に貢献していることが示唆された.ここで,これら鉄還元菌の窒素固定活性をさらに強化することで,水田土壌の窒素肥沃度の向上を促すことができるのではないかと考えた.そこで,鉄還元菌が生育する際に利用する,すなわち電子受容体となるFe3+に着目し,水田土壌にFe3+を添加することによって鉄還元菌の窒素固定活性を人為的に上昇させる技術開発を試みた.
本試験はまず,水田土壌室内モデル系(ほ場における試験ではなく,ほ場の土壌を持ち帰り室内系で行う試験:マイクロコズム)を用いて行った.水田土壌マイクロコズムは,オミクス解析を行った水田土壌から土壌中に含有されていた植物残渣を取り除き,電子供与体の低分子炭素化合物の供給源となる稲わらと,電子受容体のFe3+化合物(Fe2O3, Fe(III)–NTAまたはFerrihydrite)を添加することによって作製した.この系を用いて,それぞれ窒素固定活性や,鉄還元菌およびその他細菌群の窒素固定遺伝子の転写産物を測定した.本試験の結果,稲わら+ Fe2O3または稲わら+Ferrihydriteを添加した区において,Fe3+化合物を添加しない区や稲わらのみを添加した区,Fe3+化合物のみを添加した区よりも有意に窒素固定活性が高かった(unpublished).また窒素固定活性が高くなった稲わら+ Fe2O3または稲わら+Ferrihydriteを添加した区において,Cyanobacteria門やAlpha-, Beta-, Gamma-proteobacteria綱細菌などの従来の窒素固定菌由来の窒素固定遺伝子の転写産物は検出されなかったものの,鉄還元菌由来の窒素固定遺伝子の転写産物が検出された.このことから,水田土壌に稲わらとFe3+化合物を添加することによって,鉄還元菌の窒素固定活性が上昇することが示唆された.
このようにマイクロコズム系において,稲わらとFe3+化合物の添加による窒素固定活性の上昇が見られたため,新潟県の一般農家の協力のもとほ場試験を行った(実際のほ場は,添加せずとも稲わらが大量に混入している状態である).湛水前に農業用純鉄粉を土壌表層に散布し,そのまま数日放置して空気酸化させ,土壌のFe3+濃度を高める処理を行った.鉄散布区と非散布区それぞれについて,窒素固定活性の変動と水稲収量について比較調査を行った.その結果,鉄散布区では非散布区よりも年間を通して窒素固定活性が常に高く,また水稲収量も10%多かった(unpublished).
プレリミナルなデータではあるものの,これらマイクロコズム試験とほ場試験の結果から,水田土壌へのFe3+化合物の施用により,土壌中の鉄還元菌窒素固定活性を高まり,水稲生産性の向上につながることが示唆された.
世界の窒素消費量は,世界的な人口の増加や食生活の変化による穀物需要の増大を背景に年々増加傾向にある.特に中国をはじめとしたアジア圏における窒素施肥量は,1961年の約50倍に達している(FAOSTAT, http://faostat.fao.org/).過剰な窒素施肥は地下水や河川水の硝酸汚染や温室効果ガスN2Oの排出につながり,環境汚染を促進するということは周知の事実である.この現状を打開するため,環境負荷を低減しつつ作物生産を維持する農業技術開発は世界的に重要な課題であると言えよう.
本稿において述べた研究から,水田土壌における窒素肥沃度維持のキープレーヤーは鉄還元菌であることが示された.また,化学肥料や複雑な化合物ではなく鉄を水田土壌に直接散布することによって水田土壌の優占種である鉄還元菌の窒素固定活性を強化でき,水稲収量も増加することが示された.われわれは,この手法を世界各地の水田ほ場に適用することにより,世界規模で窒素施肥に対する過剰依存を回避して土壌中の窒素肥沃度の向上や作物生産量の増加を促進できると考えている(図5図5■鉄還元菌窒素固定活性の強化による環境への影響).われわれはその端緒として,中国国内の複数の水田土壌における鉄施用効果の調査を開始した.われわれの研究によって得られる成果は,簡便かつ汎用性の高い低環境負荷農業技術の開発に役立つことが期待される.
Acknowledgments
本稿で紹介した研究は,山中遥加,Xu Zhenxing,石田敬典,高野諒の各氏らと共同で行った,同氏らに感謝申し上げたい.中国でのほ場試験はShen Weishou博士,Gao Nan博士との共同研究で行っている.また,窒素固定活性測定をご教示いただいた青野俊裕博士に感謝申し上げたい.本稿で紹介した研究はJSPS KAKENHI 17H01464, 18K14366, 18K19165, キヤノン財団の支援により行った.
Reference
1) T. Okumura: Plant Prod. Sci., 5, 83 (2002).
3) M. Kimura: (2000) Anaerobic microbiology in waterlogged rice fields. In Soil Biochemistry vol. 10, Bollarg JM, Stotzky G. (eds.) New York: Marcel Dekker, pp. 35–138.
4) 久馬一剛:1994. 農土誌,62, 7 (1944).
5) S. Ishii, S. Ikeda, K. Minamisawa & K. Senoo: Microbes Environ., 26, 282 (2011).
6) R. I. Amann, W. Ludwig & K. H. Schleifer: Microbiol. Rev., 59, 143 (1995).
7) S. Hong, J. Bunge, C. Leslin, S. Jeon & S. S. Epstein: ISME J., 3, 1365 (2009).
8) C. M. Jones, D. R. Graf, D. Bru, L. Phillippot & S. Hallin: ISME J., 7, 417 (2012).
10) Y. Masuda, H. Itoh, Y. Shiratori & K. Senoo: Soil Sci. Plant Nutr., 64, 455 (2018).
11) L. M. Rubio & P. W. Ludden: J. Bacteriol., 187, 405 (2005).
12) 辻村茂男:“新・土の微生物(7)生態的に見た土の原生動物・藻類”,土壌藻類の働きと利用,博友社,2000, pp. 127–158.
13) B. Reinhold-Hurek & T. Hurek: Trends Microbiol., 6, 139 (1998).
15) R. A. Sanford, J. R. Cole & J. M. Tiedje: Appl. Environ. Microbiol., 68, 893 (2002).
20) T. Hori, A. Müller, Y. Igarashi, R. Conrad & M. W. Friedrich: ISME J., 4, 267 (2010).
22) L. Ding, J. Su, H. Xu, Z. Jia & Y. Zhu: ISME J., 9, 721 (2015).
23) Y. Kim & W. Liesack: PLOS ONE, 10, e0122221 (2015).
24) Z. Xu, Y. Masuda, H. Itoh, N. Ushijima, Y. Shiratori & K. Senoo: Front. Microbiol., (2019).
25) Masuda et al., submitted.
27) M. V. Coppi, C. Leand, S. J. Sandler & D. R. Lovley: Appl. Environ. Microbiol., 67, 3180 (2001).