解説

古くて新しい熱ストレス応答熱ストレスに対する細胞応答の統合的理解へ

To Seek for Integrated Understandings of Cellular Responses to Higher Temperatures

Yoko Kimura

木村 洋子

静岡大学農学部

Published: 2019-03-01

多くの環境ストレスのなかで高温度への温度変化は,地球温暖化という環境変化によってもたらされる最も身近なストレスの一つである.この熱ストレスに対して,生物はさまざまな変化を起こし,生物の恒常性を保つための応答,またその温度変化に適応していく応答を行う.このレビューでは真核生物のモデル生物である酵母に中心に,温度の上昇に対して,どのような生理学的変化,形態変化が起きているかを紹介する.

はじめに

熱ストレスに対する研究は1960年代のショウジョウバエ多糸染色体の熱ストレスによるパフ形成の発見から始まり,今でも盛んにおこなわれているが,研究の中心は熱ストレスによって発現量が増加する熱ショックタンパク質(Heat Shock Protein; HSP)の同定と機能解析,そして熱ストレス応答の制御機構の解析だった(1, 2)1) 永田和宏:“タンパク質の一生”,岩波書店,2008.2) 仲本 準:“分子シャペロン”,コロナ書店,2019..1980年代にかけて,HSP遺伝子がさまざまな生物からクローニングされ,各種HSPの一次構造の高い保存性が明らかになった.さらに,主要なHSPがタンパク質を守り,フォールディングを促進する分子シャペロンであったことが解明された.たとえば,分子シャペロンには,タンパク質のミスフォールディングや凝集を抑える働き(Hsp70, Hsp40, Hsp90など),ほかのタンパク質から隔離してフォールディングを促進する働き(GroEL/GroES, Hsp60/Hsp10),また,ミスフォールドしかけたタンパク質を元に戻すリフォールディングの働き(Hsp104, Clp系)があることが次々に示された(3)3) F. U. Hartl, A. Bracher & M. Hayer-Hartl: Nature, 475, 324 (2011)..また,熱ストレス時に生じるミスフォールドしたタンパク質に対しては,分子シャペロン系だけでなく分解系の因子も働き,特に新しく合成されたタンパク質はミスフォールドしやすく分解されやすい傾向があることが示された(4)4) B. Medicherla & A. L. Goldberg: J. Cell Biol., 182, 663 (2008)..分解されるべきタンパク質のタグとして翻訳後修飾因子ユビキチンが使われるが,ユビキチンはHSPの一つである(5)5) D. Finley, E. Özkaynak & A. Varshavsky: Cell, 48, 1035 (1987)..ユビキチンをコードする遺伝子の一つであるUBI4の転写が,熱ストレス時に増加する.また,熱ストレス時にはユビキチン化されたタンパク質が増えるが,酵母ではこのユビキチン化を担うユビキチンリガーゼとしてRsp5(哺乳類のNedd4)とHul5が同定されている(6, 7)6) N. N. Fang, A. H. M. Ng, V. Measday & T. Mayor: Nat. Cell Biol., 13, 1344 (2011).7) N. N. Fang, G. T. Chan, M. Zhu, S. A. Comyn, A. Persaud, R. J. Deshaies, D. Rotin, J. Gsponer & T. Mayor: Nat. Cell Biol., 16, 1227 (2014).

主なHSPが分子シャペロンであったことから,熱ストレス研究の中心は細胞内のタンパク質を守る仕組みの解明であった(1)1) 永田和宏:“タンパク質の一生”,岩波書店,2008..しかし,昨今,熱ストレス応答は今まで考えられた以上に複雑な応答であることが認識されつつある.分子的にみれば,温度が上がることは分子の運動エネルギーが大きくなり,細胞を構成するあらゆる分子の運動が活発化される状態になる.そのため,細胞内で種々多様な変化が引き起こされていることが予想される.また,細胞は生存のためにタンパク質の保護だけでなく,異なる生体高分子から構成されているオルガネラ,生体膜やそのほかの大きな構造体も守る必要があるだろう.そこで,熱ストレスに対して細胞内タンパク質の品質管理機構が働くことは極めて重要なことであることを踏まえながらも,もう少し広く細胞内で起きている温度変化,特に高温度への変化についてみていきたい.今回の総説では,真核生物のモデル生物である酵母の研究を中心に,熱ストレスによる生理学的変化,現象や形態的変化について最近の知見を紹介する.

また言わずもがな,熱ストレス応答制御の要となる転写因子HSF(Heat Shock Factor)もさまざまな生物からクローニングされ,熱ストレス応答の解析も進んだ(8)8) M. Akerfelt, R. I. Morimoto & L. Sistonen: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 11, 545 (2010)..出芽酵母では多様なストレスに応答する転写因子Msn2/Msn4も同定され,これは熱ストレスに対しても働くため,HSFとMsn2/Msn4の2つが熱ストレスに対する主要な転写因子である(9)9) K. A. Morano, C. M. Grant & W. S. Moye-Rowley: Genetics, 190, 1157 (2011).

熱ストレスの種類

一般にストレスを大きく分けるとすれば,急性で強いストレスとそれほど強くないが持続的なストレスに分けられると考えられる(10)10) R. J. Collier, B. J. Renquist & Y. Xiao: J. Dairy Sci., 100, 10367 (2017)..温度変化に対しても,急性で致死的な高温度と持続的で亜致死的な温度の熱ストレスに対する細胞の生存戦略は異なる可能性がある.たとえば,25~30°Cが至適生育温度の酵母では,致死的な高温度(例50°C,10~20分)を与えられた場合と,持続的に亜致死的な高温度(例40°C,数時間以上)を与えられた場合では,生存に必要な因子が異なっている(5)5) D. Finley, E. Özkaynak & A. Varshavsky: Cell, 48, 1035 (1987).図1図1■出芽酵母における熱ストレス).分子シャペロンHsp104は,前者の致死的な熱ストレスに対しては生存に必要であるが,後者の亜致死的で持続的な熱ストレスには必要ではない(5, 11, 12)5) D. Finley, E. Özkaynak & A. Varshavsky: Cell, 48, 1035 (1987).11) Y. Sanchez & S. L. Lindquist: Science, 248, 1112 (1990).12) S. Lindquist & G. Kim: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 93, 5301 (1996)..一方,ポリユビキチンをコードするubi4変異株の解析から,十分量のユビキチンは前者の熱ストレスには必要ではないが,後者の持続的な熱ストレスには必要であることが示されている.この違いは,前者の致死的な温度によるストレスでは,タンパク質の凝集をほどく活性があるHsp104が変性しかけたタンパク質を救うことが生存に喫緊に必要であり,後者のストレスでは酵母がユビキチンを用いた反応を含む一連の反応によって,熱ストレス耐性の状態に時間をかけて変化するためではないかと考えられる.また,筆者は,地球温暖化によって真夏に生物体が受けるストレス状態は,後者の亜致死的で持続的な熱ストレスに相当するのではないかと考えている.

図1■出芽酵母における熱ストレス

致死的で急性な熱ストレスと亜致死的で持続的な熱ストレスでは生存に必要な因子が異なる.

細胞内で起きる熱ストレスによる変化

次に,細胞内の種々の場所で起きる熱ストレスによる変化をいくつか紹介したい.古くから高等動物細胞では,中間径フィラメント,アクチン,微小管などの細胞骨格系の変化が報告されている(13, 14)13) D. Parsell: D, S. Lindquist, “Heat shock proteins and stress tolerance,” in The biology of heat shock proteins and molecular chaperones, R. I. Morimoto, A. Tissieres, and C. Georgopoulos, Eds. CSHL press, 1994, pp. 457–494.14) W. J. Welch & J. P. Suhan: J. Cell Biol., 101, 1198 (1985)..近年,細胞内小器官自体に温度の違いがあり,核やミトコンドリアの温度が高いという報告があり,熱ストレスに対する感受性が細胞内小器官によって違う可能性がある(15)15) K. Okabe, N. Inada, C. Gota, Y. Harada, T. Funatsu & S. Uchiyama: Nat. Commun., 3, 705 (2012).

熱ストレスはほかの環境ストレスとも密接な関係がある.後述するが,熱ストレスによって酸化ストレスも引き起こされる.浸透圧ストレスとのクロストークも報告されている(16)16) A. Winkler, C. Arkind, C. P. Mattison, A. Burkholder, K. Knoche & I. Ota: Eukaryot. Cell, 1, 163 (2002)..また,酵母では,細胞壁の構造を適切な状態に変化させるシグナル伝達経路(Cell Wall Integrity(CWI)pathway)も熱ストレスによって活性化される(17)17) D. E. Levin: Genetics, 189, 1145 (2011)..CWI経路は,細胞壁や細胞膜の障害に対して活性化されるキナーゼのカスケード経路である.熱ストレスによるCWI経路の活性化はトレハロース合成の変異株では抑えられるため,熱ストレスによってトレハロースが増え,細胞内の剛圧が増し,それによってCWI経路が活性化されている可能性がある.このように,熱ストレスはさまざまな反応を引き起こすため,熱ストレス時に見られる変化は2次的な反応も含んでいると考えられる.

1. ストレス顆粒(ストレスグラニュール)

近年,急激な高温度(例,酵母では46°Cで30分)への変化によって,さまざまな細胞の細胞質にストレス顆粒(SG)と呼ばれる膜をもたない構造体が出現することが明らかになった(18, 19)18) D. S. W. Protter and R. Parker, 26, 668 (2016).19) 加藤昌人:実験医学,37, 1368 (2019)..電子顕微鏡では電子密度の高い構造物として観察される.またこの顆粒形成は一過的である.出芽酵母では,熱ストレスだけでなくグルコース飢餓,高エタノール処理によっても形成される.

SGはRNA顆粒(RNP granule)の一種であり,RNA結合タンパク質,翻訳開始因子,シグナル因子などのタンパク質,RNAを含み,これらが集合して形成される.SGを含むRNA顆粒については,RNA結合タンパク質の液ー液相分離によるネットワーク形成がこの形成の基本原理として提唱されている.顆粒構成分子のRNA結合タンパク質に存在する天然変性領域がこの液–液相分離を誘起し,顆粒中の分子間の結合に働いている.不均一な構造体で,SG同士は融合,分裂でき,またその構成分子も顆粒表面で内外と行き来するなど,動的に変化する構造体である.熱ストレスによるSG形成は翻訳の一次停止,mRNAやシグナル伝達因子などのタンパク質の一次的な保護,隔離としての役割があると考えられている(20)20) 高原照直,前田達哉:ライフサイエンス新着論文レビュー,http://first.lifesciencedb.jp/archives/5233, 2012.

タンパク質の品質管理を行う分子シャペロンやタンパク質分解系の分子は,SGの形成やディスアセンブリング(解体・分解)にも働いている(18, 21, 22)18) D. S. W. Protter and R. Parker, 26, 668 (2016).21) J. R. Buchan, R.-M. Kolaitis, J. P. Taylor & R. Parker: Cell, 153, 1461 (2013).22) V. Cherkasov, S. Hofmann, S. Druffel-Augustin, A. Mogk, J. Tyedmers, G. Stoecklin & B. Bukau: Curr. Biol., 23, 2452 (2013)..まず,Hsp104, Hsp70, Hsp40, Hsp26はSGに局在し,Hsp104, Hsp70, Ydj1(Hsp40ファミリーの一つ)はSGのディスアセンブリングと翻訳の再開に必要である.また,タンパク質分解系もストレス顆粒の形成に影響を与える.ユビキチン・プロテアソーム(UPS)系(例,Dmp1, Pre9)や,オーファジー(例,Atg11, Atg18)の変異株では,SGの形成が増加することが示されている.またUPSとオートファジーの両方での機能が報告されているAAA ATPase familyのCdc48とそのコファクターの変異株でも,熱ストレス時のSGの形成が促進される.また,液胞内リパーゼAtg15変異株中での液胞内でのSG様物質の蓄積,および,その液胞内の蓄積がオートファジーの変異株で解消されることから,オートファジーで分解されるSGもあることが示されている.また,高温度下のSGはアンフォールドタンパク質の存在と重なる場合も示されており,両者の関係も示唆される(22)22) V. Cherkasov, S. Hofmann, S. Druffel-Augustin, A. Mogk, J. Tyedmers, G. Stoecklin & B. Bukau: Curr. Biol., 23, 2452 (2013).

2. ミトコンドリア

形態的には,ミトコンドリアは古くから熱ストレスによる変化が報告され,たとえば培養細胞では42~43度の熱処理3時間で,全体が膨らみ,クリステ間が広がることがすでに報告されている(14)14) W. J. Welch & J. P. Suhan: J. Cell Biol., 101, 1198 (1985).

熱ストレスによって,ミトコンドリアの電子伝達系がダメージを受け,その結果活性酸素種が漏出してくるため,2次的に酸化ストレスも引き起こされる.ミトコンドリアの電子伝達系の異常が生じている変異株は,50°Cの高温度処理に対して高感受性を示し,ゲノムDNAの変異率も上昇することが示されている(23)23) J. F. Davidson & R. H. Schiestl: Mol. Cell. Biol., 21, 8483 (2001).

近年,出芽酵母では,MAGIC(mitochondria as guardian in cytosol)と呼ばれるミトコンドリアによる細胞質タンパク質の分解機構の存在が報告された(24)24) L. Ruan, C. Zhou, E. Jin, A. Kucharavy, Y. Zhang, Z. Wen, L. Florens & R. Li: Nature, 543, 443 (2017)..凝集しやすいタンパク質は,熱ストレス時にミトコンドリア内のマトリックスに運び込まれ分解されるという報告である.また平常時でも不安定で凝集しやすいタンパク質は,同様にミトコンドリアに運び込まれている.ミトコンドリア内のプロテアーゼPim1がその分解に関与していることが報告され,細胞質タンパク質の品質管理の一部がミトコンドリアによって行われていることが示された.

3. 生体膜,脂質の変化

熱ストレスによる影響は,脂質が主成分である生体膜へも影響を与え,それに応答する機構がある.また脂質の種類を変化させることが熱耐性の獲得に関係する場合がある.

脂質二重膜の流動性は細胞膜の機能を果たすために必要であるが,脂質分子の物理化学的性質から,飽和脂肪酸よりも不飽和脂肪酸が多いほど,また温度が高くなるほど流動性が上昇する.これに対して生物は,高温になるほど飽和脂肪酸の量を増やし,逆に低温になるほど不飽和脂肪酸の量を増やす制御機構を有しており,生体膜の至適な流動性を保っている.これは,homeoviscous adaptationと呼ばれており普遍性のある応答と報告されている(25)25) M. Sinensky: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 71, 522 (1974)..たとえば線虫では,低温にするとFAT-7と呼ばれるstearoyl-CoA reductaseの発現が増加し,不飽和脂質が増える.また高温下では,ACDH-11というacyl-CoA dehydrogenaseが介する制御機構によってFAT-7の発現が抑制される.尚,ACDH-11のヒトホモログの変異は代謝異常の遺伝性疾患の一つであり,高熱症(hyperthermia)の症状を示す(26)26) D. K. Ma, Z. Li, A. Y. Lu, F. Sun, S. Chen, M. Rothe, R. Menzel, F. Sun & H. R. Horvitz: Cell, 161, 1152 (2015).

酵母においては,39.5°Cという条件下で長期培養して,高温耐性になった変異株を取得するアプローチから,ERG3というC-5ステロール不飽和酵素をコードする遺伝子に変異が入った株が報告された(27)27) L. Caspeta, Y. Chen, P. Ghiaci, A. Feizi, S. Buskov, B. M. Hallström, D. Petranovic & J. Nielsen: Science, 346, 758 (2014)..Erg3はエルゴステロール合成経路の酵素の一つで,変異株ではトータルの脂質量は野生株と変わらないがエルゴステロールが激減し,この経路の中間体でアシル基が折れ曲がった構造をもつフェコステロールというステロールが増加していた.折れ曲がったステロールの存在は,膜の流動性を変化させ,これが熱耐性の獲得に働いているのではないかと示唆された.

出芽酵母の細胞膜には,各種のトランスポーターや受容体(例,アミノ酸トランスポーター,糖トランスポーター,フェロモン受容体など)が存在するが,これらの多くは熱ストレスを受けると,ユビキチン化を受けエンドサイトーシスされ,液胞に運ばれ分解される(28)28) Y. Zhao, J. A. MacGurn, M. Liu & S. Emr: eLife, 2, e00459 (2013)..したがって,熱ストレス時には細胞膜構成成分の大きなリモデリングが起きていることが考えられる.

4. 液胞

液胞は,細胞内高分子の分解や代謝産物の貯蔵を行う一重の膜で囲まれた球状の細胞内小器官であり,哺乳類細胞のリソソームに相当する(29)29) S. C. Li & P. M. Kane: Biochim. Biophys. Acta Mol. Cell Res., 1793, 650 (2009)..液胞は,環境の変化に敏感に応答し形態を変える.たとえば,高張液下では液胞は分裂し,低張液下では液胞同士の融合が起きる.

酵母に持続的に熱ストレスを与えると,液胞の分裂に加えて,液胞膜が鋸歯状になり陥入構造を示す液胞が増える(30)30) A. Ishii, M. Kawai, H. Noda, H. Kato, K. Takeda, K. Asakawa, Y. Ichikawa, T. Sasanami, K. Tanaka & Y. Kimura: Sci. Rep., 8, 2644 (2018).図2図2■出芽酵母の電顕画像.左画像は25°C,右画像は40.5°Cで6時間培養した酵母.矢印は液胞を示す).陥入構造を電顕の連続切片で解析すると,液胞内部方向に数珠状に陥入が形成されているように観察される.これらの陥入や鋸歯状の膜は,ESCRT(endosomal sorting complex required for transport complex)と呼ばれるエンドソーム輸送に働く一群の分子の変異株では形成されず,前述のユビキチン変異株ubi4では陥入が小さい.なお,ESCRTの分子やubi4の変異株は熱ストレスに対して脆弱である.通常,細胞膜上の一群のトランスポーターや受容体は不要になるとエンドソームに運ばれ,エンドソームが液胞と融合することによって,液胞内へ運ばれて分解される(28)28) Y. Zhao, J. A. MacGurn, M. Liu & S. Emr: eLife, 2, e00459 (2013)..熱ストレス時には細胞膜タンパク質のエンドサイトーシスによる分解が起きるので,エンドソームと液胞膜の融合が増加して,液胞の体積に比して液胞膜の表面積が急激に増え,陥入が起きることが考えられる.ただ,単に表面積の増加に伴って液胞膜は陥入するのではないようである.オートファジー因子Atg8の変異株では熱ストレス時の液胞膜陥入が異常に亢進することがわかり,Atg8は熱ストレス時に膜陥入形成を抑えること,すなわち陥入形成は制御された動態変化である可能性が示されたからである(31)31) A. Ishii, K. Kurokawa, M. Hotta, S. Yoshizaki, M. Kurita, A. Koyama, A. Nakano & Y. Kimura: Sci. Rep., 9, 14828 (2019)..なお,Atg8はオートファジーに必要な因子であるが,オートファジーとは独立した機能も有しており,この膜陥入抑制も後者の機能である.興味深いことに,膜の曲率を認識するBARドメインをもつ液胞膜タンパク質Ivy1とAtg8との2重変異株ivy1Δatg8Δでは恒常的に液胞膜の陥入が形成される.したがって,液胞では平常時でも異常な膜陥入が形成されない仕組みが積極的に働いて,液胞の球状の形態が維持されているのかもしれない.

図2■出芽酵母の電顕画像.左画像は25°C,右画像は40.5°Cで6時間培養した酵母.矢印は液胞を示す

右画像では,液胞膜に陥入構造が見られる.スケールバーは2 µm.

熱ストレス時には,液胞膜構成成分の組成や分布が変化している可能性がある.近年,酵母の静止期の液胞膜でラフト様の脂質ドメインが形成されることが報告されており,この脂質ドメインが熱ストレス下でも形成されることを示唆する報告がある(32, 30)32) A. Toulmay & W. A. Prinz: J. Cell Biol., 202, 35 (2013).30) A. Ishii, M. Kawai, H. Noda, H. Kato, K. Takeda, K. Asakawa, Y. Ichikawa, T. Sasanami, K. Tanaka & Y. Kimura: Sci. Rep., 8, 2644 (2018).

そのほかの細胞内小器官の変化として,熱ストレスによってゴルジ体のフラグメント化が起きる細胞があることも古くから報告されている(14)14) W. J. Welch & J. P. Suhan: J. Cell Biol., 101, 1198 (1985)..昨今の顕微鏡技術の進歩で,さまざまな部位での変化が詳細に明らかになるであろう.また酵母では熱ストレス時に細胞内のpHが下がることも報告されており,この影響も見過ごせない(33)33) A. Ayer, J. Sanwald, B. A. Pillay, A. J. Meyer, G. G. Perrone & I. W. Dawes: PLOS ONE, 8, e65240 (2013).

熱耐性酵母の取得

酵母の熱耐性のメカニズムは,熱耐性獲得酵母の報告が大きな知見を与える.酵母は,速い増殖能やエタノール発酵能を有するために,多くの物質生産プロセスで利用されている.ただ,生産プロセスで生じる熱は,酵母の生育を阻害し生産効率の低下をもたらしている.したがって実用的な観点からも,熱耐性酵母の開発は盛んに進められている.たとえば,前述のERG3の変異がその一つの例である.またユビキチンリガーゼRsp5の発現上昇株によっても熱耐性が獲得される(34)34) H. Shahsavarani, M. Sugiyama, Y. Kaneko, B. Chuenchit & S. Harashima: Biotechnol. Adv., 30, 1289 (2012).

Satomuraらは,温度を少しずつ上げていく段階的な培養方法で,出芽酵母から熱耐性株を取得したところ,Cdc25に点変異が入った株を独立に4種類取得した(35)35) A. Satomura, N. Miura, K. Kuroda & M. Ueda: Sci. Rep., 6, 23157 (2016)..Cdc25は,アデニル酸シクラーゼを調節するGEF(guanine nucleotide exchange factor)であり,Cdc25に変異が入るとcAMPレベルが低下し,一連のシグナル伝達の結果,ストレス応答に関与する因子(Cin5, Rim1, Msn2/4, Yap1)の発現が増加するため耐熱性を示すと考えられる.

熱耐性の機構の解明には,熱に対して感受性の酵母の取得もその理解に必要である.Gibneyらは,栄養要求性のない(prototroph)酵母の遺伝子欠損ライブラリーを用いて,30°Cから50°Cにシフトして15分間の処理をしたとき,また30°Cから37°Cのpreheat処理をしてから50°Cの熱処理を行い,それぞれの熱ストレスに対して感受性になる株を取得している(36)36) P. A. Gibney, C. Lu, A. A. Caudy, D. C. Hess & D. Botstein: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, E4393 (2013)..この解析から50余りの遺伝子を同定したところ.そのなかには代謝やシグナル伝達に働く遺伝子(例:PFK1, KCS1, PYC1, RHO4など)が含まれていたが,機能未知の遺伝子も含まれていた.また,HSP104などを除いて多くは遺伝子発現が熱ストレス誘導性ではない遺伝子であったため,高温度生存における必要性は熱による発現誘導性と関係がないと結論している.別の研究による非必須遺伝子の破壊株ライブラリーのスクリーニングから,約6%の遺伝子の欠損で温度感受性になることが報告された(37)37) C. Ruiz-Roig, C. Viéitez, F. Posas & E. De Nadal: Mol. Microbiol., 76, 1049 (2010)..感受性をもたらす遺伝子がコードするタンパク質の機能はまちまちであるが,それでも代謝の制御,転写因子,SAGA複合体の因子,出芽,細胞極性などを制御するタンパク質が多い傾向にあると報告している.

おわりに

熱ストレスを与えた酵母を観察すると,クローナルな集団の酵母においてもすべての酵母が同じように振る舞うのではなく,酵母によって応答の仕方は若干異なっている.たとえば,われわれが観察している持続的熱ストレス時の液胞膜の陥入形成は過半数の酵母で起きるが,陥入形成を起こさない酵母もいる.この不均一性の反応がどうして生じるのかはわからないが,周りの酵母との位置関係や,培地,酸素濃度,細胞周期,液胞分裂,細胞分裂,ストレス前の液胞の状態,などの条件がさまざまに重なり,熱の感知に違いが生じ,異なる表現型がでてくるのではないかと考えている.このような応答の不均一性は熱ストレス研究の難しいところになるかもしれない.

また,地球温暖化によって生物体が高温にさらされる状況が増えると,持続的な熱ストレスがもたらす効果に似たことが生物体の細胞に現れることが考えられる.今後の熱ストレス研究が,地球温暖化が生物体にどう影響を与えるかという視点に立った研究に入っていくことも必要であろう.

Reference

1) 永田和宏:“タンパク質の一生”,岩波書店,2008.

2) 仲本 準:“分子シャペロン”,コロナ書店,2019.

3) F. U. Hartl, A. Bracher & M. Hayer-Hartl: Nature, 475, 324 (2011).

4) B. Medicherla & A. L. Goldberg: J. Cell Biol., 182, 663 (2008).

5) D. Finley, E. Özkaynak & A. Varshavsky: Cell, 48, 1035 (1987).

6) N. N. Fang, A. H. M. Ng, V. Measday & T. Mayor: Nat. Cell Biol., 13, 1344 (2011).

7) N. N. Fang, G. T. Chan, M. Zhu, S. A. Comyn, A. Persaud, R. J. Deshaies, D. Rotin, J. Gsponer & T. Mayor: Nat. Cell Biol., 16, 1227 (2014).

8) M. Akerfelt, R. I. Morimoto & L. Sistonen: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 11, 545 (2010).

9) K. A. Morano, C. M. Grant & W. S. Moye-Rowley: Genetics, 190, 1157 (2011).

10) R. J. Collier, B. J. Renquist & Y. Xiao: J. Dairy Sci., 100, 10367 (2017).

11) Y. Sanchez & S. L. Lindquist: Science, 248, 1112 (1990).

12) S. Lindquist & G. Kim: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 93, 5301 (1996).

13) D. Parsell: D, S. Lindquist, “Heat shock proteins and stress tolerance,” in The biology of heat shock proteins and molecular chaperones, R. I. Morimoto, A. Tissieres, and C. Georgopoulos, Eds. CSHL press, 1994, pp. 457–494.

14) W. J. Welch & J. P. Suhan: J. Cell Biol., 101, 1198 (1985).

15) K. Okabe, N. Inada, C. Gota, Y. Harada, T. Funatsu & S. Uchiyama: Nat. Commun., 3, 705 (2012).

16) A. Winkler, C. Arkind, C. P. Mattison, A. Burkholder, K. Knoche & I. Ota: Eukaryot. Cell, 1, 163 (2002).

17) D. E. Levin: Genetics, 189, 1145 (2011).

18) D. S. W. Protter and R. Parker, 26, 668 (2016).

19) 加藤昌人:実験医学,37, 1368 (2019).

20) 高原照直,前田達哉:ライフサイエンス新着論文レビュー,http://first.lifesciencedb.jp/archives/5233, 2012.

21) J. R. Buchan, R.-M. Kolaitis, J. P. Taylor & R. Parker: Cell, 153, 1461 (2013).

22) V. Cherkasov, S. Hofmann, S. Druffel-Augustin, A. Mogk, J. Tyedmers, G. Stoecklin & B. Bukau: Curr. Biol., 23, 2452 (2013).

23) J. F. Davidson & R. H. Schiestl: Mol. Cell. Biol., 21, 8483 (2001).

24) L. Ruan, C. Zhou, E. Jin, A. Kucharavy, Y. Zhang, Z. Wen, L. Florens & R. Li: Nature, 543, 443 (2017).

25) M. Sinensky: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 71, 522 (1974).

26) D. K. Ma, Z. Li, A. Y. Lu, F. Sun, S. Chen, M. Rothe, R. Menzel, F. Sun & H. R. Horvitz: Cell, 161, 1152 (2015).

27) L. Caspeta, Y. Chen, P. Ghiaci, A. Feizi, S. Buskov, B. M. Hallström, D. Petranovic & J. Nielsen: Science, 346, 758 (2014).

28) Y. Zhao, J. A. MacGurn, M. Liu & S. Emr: eLife, 2, e00459 (2013).

29) S. C. Li & P. M. Kane: Biochim. Biophys. Acta Mol. Cell Res., 1793, 650 (2009).

30) A. Ishii, M. Kawai, H. Noda, H. Kato, K. Takeda, K. Asakawa, Y. Ichikawa, T. Sasanami, K. Tanaka & Y. Kimura: Sci. Rep., 8, 2644 (2018).

31) A. Ishii, K. Kurokawa, M. Hotta, S. Yoshizaki, M. Kurita, A. Koyama, A. Nakano & Y. Kimura: Sci. Rep., 9, 14828 (2019).

32) A. Toulmay & W. A. Prinz: J. Cell Biol., 202, 35 (2013).

33) A. Ayer, J. Sanwald, B. A. Pillay, A. J. Meyer, G. G. Perrone & I. W. Dawes: PLOS ONE, 8, e65240 (2013).

34) H. Shahsavarani, M. Sugiyama, Y. Kaneko, B. Chuenchit & S. Harashima: Biotechnol. Adv., 30, 1289 (2012).

35) A. Satomura, N. Miura, K. Kuroda & M. Ueda: Sci. Rep., 6, 23157 (2016).

36) P. A. Gibney, C. Lu, A. A. Caudy, D. C. Hess & D. Botstein: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, E4393 (2013).

37) C. Ruiz-Roig, C. Viéitez, F. Posas & E. De Nadal: Mol. Microbiol., 76, 1049 (2010).