セミナー室

深海よりスクリーニングしたプラスチック分解菌生分解性プラスチックは深海で分解される?

Chiaki Kato

加藤 千明

NPO法人チームくじら号

Published: 2019-03-01

はじめに

近年,海洋環境における難分解性のプラスチックごみ(プラごみ)汚染の問題が大きくクローズアップされている.なかんずく,太陽光紫外線により劣化したプラスチックが,マイクロプラスチック化して,海洋生態系に深刻な影響をもたらす可能性が指摘され,この問題の対策は海洋の保全において喫緊の課題となってきている.さらに,2015年には「国連持続可能な開発サミット」において,人類社会にとって持続可能な開発目標として17のゴールと169の対策が採択され(Sustainable Development Goals; SDGs),その第14番目のゴールに「海の環境を守ろう」がうたわれて,海洋のプラごみ問題は人類共通の課題としてその解決が迫られてきている.

海洋環境に流出したプラごみは,海水より比重の重いものは直ちに沈下して,海底に蓄積される.また,私たちの生活で一番よく使われているポリエチレンやポリプロピレンなどの,海水より比重の軽いプラスチックはしばらく海水上を漂ったあげく,その一部は海岸に打ち上げられ紫外線により劣化しマイクロプラスチック化する.また海洋プラごみの大部分は付着生物や藻類などの付着により比重が増加して,最終的には深海底まで沈降していく.事実,「しんかい6500」などの大深度深海調査船などで深海底に潜ってみると,やたらにプラごみが目につく(1)1) 藤倉克則,奥谷 喬,丸山 正(編):“深海調査船の観た深海生物”,東海大学出版,2018.図1図1■深海底で観察されたプラごみに,私どもが実際に深海底で確認したプラごみの写真を示す.

図1■深海底で観察されたプラごみ

プラごみが環境に与える負荷はその自然界における難分解性にあるので,代替プラスチックとして環境中の微生物により分解可能な「生分解性プラスチック(生プラ)」が,盛んに開発されるようになってきた.ただし,プラスチック素材における生分解性を鑑みるに,脱水縮合系ポリマーやラジカル重合してできるオレフィン系など社会的インフラに大きく根付いている現状のプラスチックに対して生分解処理を試みたり,その利便性(強度や保存性)に完全に置き換えていくのは難しい現状があるが,新規生プラ素材の開発は時代的要請ともなってきている.しかしながら,こうして開発された生プラの生分解性の試験・評価は,陸上環境でのみなされ,塩分濃度が高い海洋環境では行われてこなかった.なかんずく,塩分に加え,低温・高水圧下の深海環境での分解性試験の例は皆無であった.上に述べたようにプラごみの多くが海洋環境に流出されること,そして最終的には深海底に蓄積されることなどを考えると,生プラ素材の海洋環境,特に深海環境での分解性の確認は必須のように思われる.そうした背景の元に,筆者らは,2007年より生プラ分解性を有する深海微生物の探索,同微生物による生プラ素材の分解性の試験,評価を行ってきたので,本稿ではその研究概要と成果について解説する.

生分解性プラスチックの深海微生物による分解性

そもそも,生プラの素材としては既にいろいろな種類が開発され,市場で利用されている.ここでは,生プラ素材として一番利用されている,Aliphatic polyesterに着目して試験を行った.その結果,低温・高水圧下の深海環境では,容易に分解できるものと分解できないものとがあることが確認された.ここでは,生プラ分解性を有する深海微生物の探索と,その微生物を利用した生プラ素材の分解性について記述する.

1. 生プラを分解する深海微生物の探索

2007年度には2つの深海調査航海(有人深海調査船「しんかい6500」利用航海,YK07-14,および,無人深海探査船ROV「かいこう7KII」利用航海,KR07-14)を提案し,これらの調査航海に参加し,千島海溝水深3500 mおよび日本海溝水深5,000~7,000 mの深海底泥を無菌採泥器により採取した.採取された底泥と殺菌処理した生プラ素材とを一緒にして,生プラ素材が唯一の炭素源となるような海水培地中に懸濁し,現場環境に近い圧力・温度条件にて,1次培養を開始した.図2図2■生プラ分解深海微生物の分離法に生プラ分解深海微生物の分離法の概略を示した.そして,最終的に生プラ素材のなかでも特にPolycaprolactone(PCL)を分解できる深海微生物の取得に成功した(2, 3)2) T. Sekiguchi, T. Sato, M. Enoki, H. Kanehiro & C. Kato: J. Jpn. Soc. Extremophiles, 9, 25 (2010).3) T. Sekiguchi, T. Sato, M. Enoki, H. Kanehiro & C. Kato: JAMSTECR, 11, 33 (2010).

図2■生プラ分解深海微生物の分離法

*DEEPBATH; 深海微生物実験システム.

得られた微生物は,好冷性の好圧菌でShewanella属,およびMoritella属に属しているバクテリアであった.ほかにも,中温性のPseudomonas属などのバクテリアも分離された.これらのバクテリアは,深海環境に広く分布している細菌類である.分離された深海微生物の各種生プラ素材の分解性スペクトル(表1表1■生プラ分解活性評価(プレート試験))を調べてみると,PCL以外の素材の分解性が確認されなかった.このことから深海環境では,生プラ素材の中でも分解できるものとできないものとが存在することがわかった.特に,私どもの日常生活では最もよく利用されている生プラ素材であるポリ乳酸(Polylactic acid; PLA)は,深海での分解性が厳しいことが示唆された.

表1■生プラ分解活性評価(プレート試験)
BacteriaPCLPBSAPHB/VPLA同定種
Isolate #CT01++S. benthica
Isolate #CT03++S. benthica
Isolate #CT05NTNTNTMoritella sp.
Isolate #CT06NTNTNTMoritella sp.
Isolate #CT07++NTNTNTShewanella sp.
Isolate #CT08++M. abyssi
Isolate #CT12+++M. abyssi
Isolate #CT13+++NTNTNTMoritella sp.
Isolate #JT01+++Moritella sp. nov.
Isolate #JT02++NTNTNTMoritella sp.
Isolate #JT04+++Moritella sp. nov.
Isolate #JT05++NTNTNTPsychrobacter sp.
Isolate #JT08++NTNTNTPseudomonas sp.
S. benthica±
M. abyssi
M. japonica
条件は,4°C,大気圧(0.1 MPa)で1週間後判定.+++:5 mm以上,++:2~5 mm, +:1~2 mm, ±: 1 mm以下,—:ハローなし,NT:Not tested. PCL:ポリカプロラクトン,PBSA:ポリブチレンサクシネートアジペート,PHB/V:ポリヒドロキシブチレート/バリレート,PLA:ポリ乳酸.

2. 微生物が生産する植物性バイオプラスチックPHBHを分解する深海微生物の探索

Copolymer of 3-hydroxybutyrate and 3-hydroxyhexanoate(PHBH)は,(株)カネカが開発した植物由来の新規の生プラ素材である(図3図3■PHBHの構造).本素材は,遺伝子操作により微生物を使っての大量生産に成功し(4)4) S. Sato, H. Maruyama, T. Fujiki & K. Matsumoto: J. Biosci. Bioeng., 120, 246 (2015).,陸上環境での生分解性は確認されており,いくつもの商品開発がなされて既に市場に出回っている素材でもある.しかしながら,海洋環境,なかんずく深海環境での生分解性は不明のままであった.

図3■PHBHの構造

そこで,いくつかの深海調査で得られた水深1,000~4,000 mの深海底泥サンプルを材料にして,PHBH分解性深海微生物の探索を行った.その結果,α-,γ-Proteobacteria, Firmicutesに含まれる幅広いグループからPHBH分解菌が分離された(図4図4■PHBH分解菌の16S rRNA遺伝子系統樹).分離株のなかでも特に低温にてPHBH分解活性の強かった4株(Alteromonas sp. strain MH-53, Reinheimera sp. strain PL-100, Psychrobacillus sp. strain PL-87, Bacillus sp. strain MH-10)を選び,加圧下での生育を調べたところ,MH-53株を除く3株において30 MPaまでに耐圧性を示し,50 MPaでも良好に生育することが確認され,耐圧性のバクテリアであることが明らかとなった.さらにこれらの株においては低温・加圧下でのPHBH分解活性も確認された(5)5) C. Kato, A. Honma, S. Sato, T. Okura, R. Fukuda & Y. Nogi: High Press. Res., 39, 248 (2019).