Kagaku to Seibutsu 58(3): 188-192 (2020)
プロダクトイノベーション
新規清酒製造用酵母の取得プリンセスミチコの花酵母を用いた清酒開発
Published: 2019-03-01
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
日本で古くから造られている清酒は,冠婚葬祭などに欠かせないほど日本での生活に密着している.しかし,その消費量は1975年頃を境に現在に至るまで減少し続けている.その要因として,消費者が選択することできる酒類の増加,若者の酒離れ,主な清酒消費者の高齢化,さらには景気の低迷,娯楽の多様化にともなう酒類購入に企てられる費用の減少などさまざまな要因が考えられるが,消費者の嗜好の多様化もその一因であると考えられる.
米,米麹,水を原料とし,総米に対する汲水量135%前後で仕込む清酒は,並行複発酵,高濃度仕込み,低温発酵,低カリウム濃度,乳酸酸性およびもろみ中での固形物の溶解といった,ほかの酒類とは異なる清酒製造特有の発酵環境を形成している.清酒酵母は,そのような条件下の酒母およびもろみでよく生育し良質の清酒を造る適性をもつ一群の酵母である(1)1) 財団法人日本醸造協会:“増補改訂清酒製造技術”,1998..清酒製造における酒母製造工程は,清酒酵母がほかの酵母に比較し少なく多様な微生物が存在する状態から(2, 3)2) 津川光昭,菅間誠之助,山村紘司,籾谷亘慶,野白喜久雄:醸協,61, 71 (1966).3) 竹田正久,塚原寅次:醗工,43, 447 (1965) .,最終的には純粋培養に近い状態で清酒酵母を大量に培養する工程である.そして,近代的な清酒醸造では良質な製品を安定して生産することを目的に,酒母製造工程において純粋培養した清酒酵母が添加されている.
清酒の酒質は原料や製造工程におけるさまざまな要因によって変化するが,清酒製造に使用する清酒酵母の種類は,酒質形成の重要な要素の一つである.現在,清酒酵母として日本醸造協会で純粋培養して配布される種々のきょうかい酵母が主に使用されているが,酒質のさらなる多様化を目的に,薬剤耐性株取得による酵母の育種(4~7)や清酒もろみからの変異株の分離(8, 9)8) 宮岡俊輔,新谷智吉,森本 聡:醸協,96, 115 (2001).9) 大場孝宏,末永光,一松時生,羽田野雄大,満生慎二,鈴木正柯:醸協,103, 949 (2008).が試みられている.また既存の酵母からの育種や変異株分離ではなく,新たな清酒製造用酵母を自然界から分離することも試みられている.ところが,清酒もろみにおいて高いアルコール発酵性を示す酵母の取得は容易ではなく,その分離には集積培養法の工夫が必要である.
私は,東京農業大学で職を得て以来,10年以上にわたり清酒醪で清酒製造に十分なアルコール発酵能を示し,個性的な清酒を製造できる酵母の分離を,スクリーニング源として糖源(蜜)が存在する花に着目して試みている.そして,現在までその分離法の改良を試み続け,取得された酵母を世に送り出してきた.本稿では,クラウドファンディングで資金を取得して実施した,分離酵母を用いた清酒開発「プリンセスミチコプロジェクト」ならびに本プロジェクトでの清酒製造用酵母の分離方法について紹介させていただく.
東京農業大学に日本で唯一醸造を冠にした学科が開設されてから65年を経て,現在では全国酒造メーカーの半数を卒業生が占めるようになっている.大学は,日本酒をはじめ焼酎,泡盛,ワインなど酒造業界を支援すべくさまざまな活動をする時期にきていると考えていた.その第一歩としてプリンセスミチコプロジェクトが企画された.その内容は,平成から令和に元号がかわるタイミングにあわせ,バラの一品種であるプリンセス・ミチコの花から清酒製造用酵母を分離し,それを利用した清酒を製造・販売すると共に,本プロジェクトで得られた収益を自然災害で大きな被害を受けた地域への義援金とするものである(図1図1■プリンセスミチコプロジェクトのスキーム).
近年,新しいテクノロジーを使った商品開発,映画・CDの製作や本の出版,アーティストへのメッセージ広告,スポーツ選手・団体の応援,地域の町おこし,小児医療やがん患者への支援など,クラウドファンディングはさまざまな分野で活用されている.資金調達法として,プラットフォームとなっているサイトの審査さえ通過すれば,個人・団体・企業の大小を問わず,誰でもプロジェクトを立ち上げられることが特徴である(10)10) A-port HP, https://a-port.asahi.com/guide/.本プロジェクトを実施するにあたり,酵母の分離や酒蔵での清酒製造にかかる費用などに必要な資金を,(株)農大サポートを通して朝日新聞社のクラウドファウンディングサイトであるA-portで集めることにした.
クラウドファウンディングには,4つの資金調達型,①リターンがなく全額寄付の寄付型,②モノ・サービス・権利などのリターンがある購入型,③利子のリターンがある融資型,④利益からの配当がある投資型,がある.また,2つの実行型,①目標金額が集まらなければ企画が中止となる達成時実行型と,②目標金額が集まらなくても企画を実施できるが,支援者にリターンを渡す必要がある実行確約型,がある.本プロジェクトでは,1口2万円あるいは20万円で支援を募り,リターンとして7社によって製造される清酒7本あるいは7本10セットと試飲会への招待が得られる購入型・実行確約型のクラウドファウンディングを選択した.その結果,専用サイトからの申し込みに加え,現金書留による支援もあり,1,076人の支援者から25,473,705円のプロジェクト資金を調達することができた.
清酒製造を目的とした自然界からの酵母の分離では,最初に分離源からの酵母の集積を目的とした集積培養が行われる.その培地としては,米麹の糖化液(麹汁培地)(11~14),YPD培地やGYP培地など酵母エキスとペプトンを含む培地(15~18),Yeast Nitrogen base(Difco)に糖を加えた培地(19)19) 殿内暁夫,森山裕理子:生物工学会誌,93, 632 (2015).などに,目的の酵母以外の微生物の増殖を抑える化合物(クロラムフェニコールやアンピシリン,エタノール,Yeastcidinなど)を添加したものが用いられる.これらの培地で種々の酵母が分離されているが,アルコール発酵能力が低いものやSaccharomyces cerevisiaeではない酵母の分離例も報告されている.本プロジェクトにおける酵母分離では,私が従来用いていた集積培地(麹汁培地にYeastcidinを添加した培地)に加え,新たな集積培地(ビタミン欠如培地にYeastcidinを添加した培地)を設計し,清酒製造用酵母の分離を試みた(図2図2■新規清酒製造用酵母の分離).
生理学的諸性質 | 小規模発酵試験 | 清酒小仕込み試験 | |||||||||||
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分離株 | 発酵性 | 産膜性 | 増殖 | 細胞形態 | TTC 還元性 | 日本酒度 | アルコール 濃度(%) | 酸度 (mL) | アミノ酸度 (mL) | 日本酒度 | アルコール 濃度(%) | 酸度 (mL) | アミノ酸度 (mL) |
K9 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | RED | +18 | 15.7 | 3.8 | 1.8 | -7 | 17.1 | 2.6 | 1.5 |
Yeastcidin添加ビタミン欠如培地 | |||||||||||||
BY1-1 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | RED | +18 | 17.9 | 3.9 | 1.3 | ±0 | 18.3 | 2.8 | 1.7 |
BY1-2 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | RED | +18 | 19.8 | 3.5 | 1.7 | -4.7 | 18.7 | 2.4 | 2 |
BY1-3 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | RED | +19 | 17.4 | 3.6 | 1.3 | -7.6 | 18.6 | 2.2 | 1.9 |
BY1-4 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | RED | +18 | 17.1 | 4.3 | 1.4 | -9.3 | 17.7 | 2.0 | 1.9 |
BY1-5 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | RED | +19 | 16.3 | 3.9 | 1.6 | -3.7 | 16.6 | 2.6 | 1.8 |
Yeastcidin添加麹汁培地 | |||||||||||||
KY2-1 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | RED | -51 | 10.1 | 6.4 | 2.4 | ||||
KY2-2 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | RED | -66 | 9.8 | 6.3 | 2.5 | ||||
KY2-3 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | RED | -73 | 6.8 | 6.6 | 2.5 | ||||
KY2-4 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | RED | -50 | 10.7 | 6.2 | 2.5 | ||||
KY2-5 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | RED | -66 | 9.2 | 6.5 | 2.7 | ||||
KY3-1 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | WHITE | ||||||||
KY3-2 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | WHITE | ||||||||
KY3-3 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | WHITE | ||||||||
KY3-4 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | WHITE | ||||||||
KY3-5 | + | - | 出芽 | 卵形~球形 | WHITE |
筆者らは,清酒などの製造を目的とした製造者に花など自然界から分離した酵母を提供する際には,同定試験(生理学的試験および塩基配列の解析)を自ら行うとともに,それを受託する企業にも同定試験を委託し,分離株がS. cerevisiaeであることを確認している.本プロジェクトで分離したBY1-1株もS. cerevisiaeと同定された.
清酒製造は,東京農業大学の経営者大賞を受賞している酒蔵のうち協力いただけた7社,北から南部美人(岩手県),出羽桜酒造(山形県),一ノ蔵(宮城県),浅間酒造(群馬県),関谷醸造(愛知県),石鎚酒造(愛媛県),澄川酒造場(山口県)によって行われた.仕込みは,総米約1,000 kgで実施していただき,使用する米や醸造方法については,各社の判断に委ね,各社が目指す酒質に仕上げるよう努めていただいた.各社で造られた清酒は,酵母の特徴に由来するカプロン酸エチルの香気を有する共通点をもちつつ,それぞれ異なる酒質であった(図3図3■プリンセス・ミチコの花からの分離酵母で作られた清酒).
普段は,清酒醪で高いアルコール発酵能力を示し,研究対象となり得る興味深い性質を示す酵母の取得,およびその分離方法の改良を目的に,花からのスクリーニングを行っている.数多くの種類の花を分離源として用いて一定の確率で目的酵母を取得しており,特定の花からの酵母の分離を目的としていない.プリンセス・ミチコの花から清酒製造用酵母に関する企画を提案いただいた際,私は尻込みした.なぜなら,酵母の取得なしにプロジェクトが始まらない.それにもかかわらず,元号が変わるタイミングにあわせて清酒を「平成最後の祝い酒」として世に出すというコンセプトがある.加えて,アルコール発酵能が清酒製造に耐えうる酵母の分離成功確率が,約10年前(約3%程度)に比べ上昇しているとはいえ低く(約7%程度),さらに官能評価で実用化できると判断できる酵母の取得確率はさらに低いからである.とはいうものの,始めなければ始まらない.もし,プリンセス・ミチコの花に目的の酵母がいたら,それを逃さないという気持ちで実験に取り組み,幸運にも恵まれ,清酒製造用酵母を取得することができた.プリンセスミチコプロジェクトに携わった皆様:実験に取り組んだ学生達,東京農業大学戦略室および(株)農大サポートの教職員,取得酵母を用いて清酒を製造してくださった酒蔵の方々,そしてクラウドファウンディングでプロジェクトをサポートして下さった方々に,この場を借りまして感謝申し上げます.
Reference
1) 財団法人日本醸造協会:“増補改訂清酒製造技術”,1998.
2) 津川光昭,菅間誠之助,山村紘司,籾谷亘慶,野白喜久雄:醸協,61, 71 (1966).
3) 竹田正久,塚原寅次:醗工,43, 447 (1965) .
4) 市川英治:醸協,88, 101 (1993).
5) 福田和郎:醸協,88, 22 (1993).
6) 相川元庸,水津哲義,市川英治,川戸章嗣,安部康久,今安 聰:醗工,70, 473 (1992).
7) 吉田 清,稲橋正明,中村欽一,野白喜久雄:醸協,88, 645 (1993).
8) 宮岡俊輔,新谷智吉,森本 聡:醸協,96, 115 (2001).
9) 大場孝宏,末永光,一松時生,羽田野雄大,満生慎二,鈴木正柯:醸協,103, 949 (2008).
10) A-port HP, https://a-port.asahi.com/guide/
11) 松田義弘,工藤晋平,小関敏彦,上木厚子,上木勝司:醸協,100, 199 (2005).
12) 都築正男,大橋正孝,清水浩美:奈良県産業振興総合センター研究報告,5 (5).
13) 伊藤彰敏,小野奈津子,安達真人,内藤 俊,沖塚翔太,三井 俊,倉田久美,臼井瑠美,續 順子:あいち産業科学技術総合センター研究報告,96 (2015).
14) 岩口伸一,鈴木孝仁,松澤一幸,清水浩美,大橋正孝,都築正男,藤野千代:生物工学会誌,87, 356 (9).
15) 久田 孝,矢野俊博,松田 章:醸協,107, 205 (2012).
16) 蟻川幸彦:長野県食品工業試験場研究報告,53 (2002).
17) 蟻川幸彦,小松良寿,戸井田仁一,近藤君夫:長野県工業技術総合センター食品技術部門研究報告,47 (2005).
18) 三井 俊,伊藤彰敏,山本晃司,金政 真:あいち産業科学技術総合センター研究報告,58 (2017).
19) 殿内暁夫,森山裕理子:生物工学会誌,93, 632 (2015).
20) 穂坂 賢,新宅信彦,矢作直子,中田久保,坂井 劭,塚原寅次:発酵工学,65, 191 (1987).
21) 粟飯原景昭,矢野圭司:“バイオテクノロジーと食品—バイオ食品の安全性確保に向けて”,建帛社,1991, p. 170.