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植物ホルモン・ジャスモン酸の多様な活性を制御するケミカルツールの合理的設計植物の生長と防御を操作する化合物の創製

Yousuke Takaoka

高岡 洋輔

東北大学大学院理学研究科

JSTさきがけ

Minoru Ueda

上田

東北大学大学院理学研究科

東北大学大学院生命科学研究科

Published: 2020-04-01

植物ホルモンは,植物の生長や分化,防御などほとんどの生理応答を司る重要な生理活性物質である.多くの高等植物では,その受容体に高度な遺伝的冗長性が認められ,複雑かつ精密にホルモン活性を制御しており(genetic redundancyの問題),解析が困難である.このような背景から,植物ホルモン受容体の活性を解析もしくは制御するケミカルツール,特に受容体の遺伝的冗長性を解決するサブタイプ選択的な小分子の開発に注目が集まっている(1)1) K. Jiang & T. Asami: Biosci. Biotechnol. Biochem., 82, 1265 (2018).

ジャスモン酸イソロイシン(JA-Ile, 1, 図1図1■ジャスモン酸共受容体サブタイプ選択的アゴニストの開発と,植物生長と防御の切り分け)は,虫害・病害に対する防御応答を制御する植物ホルモンである.1は防御応答と引き換えに顕著な生育阻害を引き起こす(生長と防御のトレードオフ)(2)2) G. A. Howe, I. T. Major & A. J. Koo: Annu. Rev. Plant Biol., 69, 20 (2018)..その受容体は,F-boxタンパク質COI1と,転写リプレッサーJAZの2種類のタンパク質であり,1はCOI1-JAZの隙間に入って両者のタンパク質間に相互作用(PPI)を誘導する「分子糊」として働き,JAZのユビキチン化による分解を経て各種の生物応答を誘導する.モデル植物シロイヌナズナのゲノムには1種のCOI1と13種のJAZサブタイプがコードされており,これらの組み合わせが複雑な応答を制御するとされるが,受容体の遺伝的冗長性により,不明な点が多く残されている.このような背景のもと,われわれはサブタイプ選択的なCOI1-JAZ受容体アゴニストを開発し,そのシグナル伝達機構解明に向けたケミカルツールとしての利用を検討している(3)3) Y. Takaoka, M. Iwahashi, A. Chini, H. Saito, Y. Ishimaru, S. Egoshi, N. Kato, M. Tanaka, K. Bashir, M. Seki et al.: Nat. Commun., 9, 3654 (2018).

図1■ジャスモン酸共受容体サブタイプ選択的アゴニストの開発と,植物生長と防御の切り分け

アゴニストの開発には,1の構造的および機能的ミミックとして知られる植物毒素コロナチン(COR, 2)をリードとして用いた.われわれがすでにCORおよびその4種類の立体異性体(2, ent2, 3, ent3)の合成を報告しており,酵母ツーハイブリッド法では,4つのうち天然型コロナチン(COR, 2)のみがCOI1-JAZ9に結合した.一方で,シロイヌナズナにおける遺伝子応答を確認すると,立体異性体の一つ(ent3図1図1■ジャスモン酸共受容体サブタイプ選択的アゴニストの開発と,植物生長と防御の切り分け)にも弱いジャスモン酸応答が確認されたことから,ent3はCOI1-JAZ9以外のJAZサブタイプと結合する可能性が示唆された(4)4) M. Ueda, S. Egoshi, K. Dodo, Y. Ishimaru, H. Yamakoshi, T. Nakano, Y. Takaoka, S. Tsukiji & M. Sodeoka: ACS Cent. Sci., 3, 462 (2017)..当時,全JAZサブタイプとCOI1とのPPIを安定に評価する方法論がなかったことから,われわれは独自の方法でこの化合物のJAZサブタイプ選択性を明らかにした.過去の報告において(5)5) L. B. Sheard, X. Tan, H. Mao, J. Withers, G. Ben-Nissan, T. R. Hinds, Y. Kobayashi, F.-F. Hsu, M. Sharon, J. Browse et al.: Nature, 468, 400 (2010).,JAZ1タンパク質のリガンド結合ドメイン(Jas motif)からなるペプチドが,全長JAZ1タンパク質と同程度の親和性でCOI1および1(あるいは2)と複合体を形成することが報告されていた.そこで,Jas motifにエピトープとなる蛍光色素を導入した蛍光修飾JAZペプチド(蛍光修飾JAZ-P, Fig. 1図1■ジャスモン酸共受容体サブタイプ選択的アゴニストの開発と,植物生長と防御の切り分け)を,全JAZサブタイプについて合成した.JAZ-Pに導入した蛍光色素に対する抗体を用いてプルダウンを行い,COI1に導入したGSTタグを検出に用いる二重標識プルダウン系を用いて,前述の4種の立体異性体の受容体への親和性を評価したところ,2はすべてのCOI1-JAZ-Pの組み合わせに対してPPIを誘導したのに対し,ent3はJAZ3, 9-12の5種類の組み合わせに対して選択的にPPIを誘導した.

ent3のサブタイプ選択性向上に向けて,COI1/2/JAZ1の三次元立体構造をもとにin silicoドッキングスタディを実施し,ent3のCOI1/JAZ3, 9–12に対する結合様式を考察した.その結果,2のケトン部位には2個の水素結合形成が認められるのに対し,ent3ではいくつかのJAZサブタイプにおいて2個の水素結合のうち一つが失われており,ケトン基の周辺に空間が認められた.そこでこの空間を埋めるためにケトン基をオキシム化し,3種類のオキシム化合物を合成した.このうちフェニルオキシム体(NOPh)は,JAZ9/10に結合するサブタイプ選択的アゴニストであることが示唆された.シロイヌナズナを用いるin planta試験において,NOPhは2と同様の病原菌(A. brassicola)感染耐性を誘導したが,2が引き起こす顕著な生長阻害活性を示さなかった(図1図1■ジャスモン酸共受容体サブタイプ選択的アゴニストの開発と,植物生長と防御の切り分け).また,NOPhは病原菌耐性に関する遺伝子発現(PDF1.2, ORA59など)を亢進した(図1図1■ジャスモン酸共受容体サブタイプ選択的アゴニストの開発と,植物生長と防御の切り分け).すなわちNOPhは,生長への影響が小さい一方,病原菌に対する防御応答を選択的に引き起こす作用をもつことが明らかとなった.また変異株を用いた検討より,NOPhはjaz10変異株に対して野生株(col-0)と同様にPDF1.2ORA59の発現を亢進したが,jaz9に対してはこれらの発現が認められなかった.ジャスモン酸の主要転写因子MYCと,ORA59の上流転写因子EIN3/EIL1-ERF1の間にはクロストーク制御が報告されている(6)6) S. Song, H. Huang, H. Gao, J. Wang, D. Wu, X. Liu, S. Yang, Q. Zhai, C. Li, T. Qi et al.: Plant Cell, 26, 263 (2014).こともあり,化合物NOPhはCO1/JAZ9–EIN3/EIL1ERF1/ORA59の経路を選択的に活性化すると同時に,MYCの下流遺伝子の発現をうまく抑制することで,生長と防御のトレードオフのバランスを崩していると考えられる.植物ホルモン受容体サブタイプに対する選択的リガンド開発によって,その複雑なシグナル伝達機構が解明されることを期待したい.

Reference

1) K. Jiang & T. Asami: Biosci. Biotechnol. Biochem., 82, 1265 (2018).

2) G. A. Howe, I. T. Major & A. J. Koo: Annu. Rev. Plant Biol., 69, 20 (2018).

3) Y. Takaoka, M. Iwahashi, A. Chini, H. Saito, Y. Ishimaru, S. Egoshi, N. Kato, M. Tanaka, K. Bashir, M. Seki et al.: Nat. Commun., 9, 3654 (2018).

4) M. Ueda, S. Egoshi, K. Dodo, Y. Ishimaru, H. Yamakoshi, T. Nakano, Y. Takaoka, S. Tsukiji & M. Sodeoka: ACS Cent. Sci., 3, 462 (2017).

5) L. B. Sheard, X. Tan, H. Mao, J. Withers, G. Ben-Nissan, T. R. Hinds, Y. Kobayashi, F.-F. Hsu, M. Sharon, J. Browse et al.: Nature, 468, 400 (2010).

6) S. Song, H. Huang, H. Gao, J. Wang, D. Wu, X. Liu, S. Yang, Q. Zhai, C. Li, T. Qi et al.: Plant Cell, 26, 263 (2014).