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フラスコの中で変異と選択を繰り返す実験進化酵素の機能改変から生物進化の仮説検証まで

Akiko Kashiwagi

柏木 明子

弘前大学農学生命科学部

Published: 2020-04-01

実験進化とは,核酸,タンパク質からさまざまな生物まで多岐にわたる対象に対し,自然界で起こっているような「変異」と「選択」を,実験者が設定した条件の中で繰り返す方法である.この方法を使って,酵素の機能改変から生物の適応過程の解析や,進化に関する数多くの仮説を検証することまで幅広く研究されてきた(図1図1■(A)酵素の実験進化(B)微生物の回分培養での実験進化).

図1■(A)酵素の実験進化(B)微生物の回分培養での実験進化

カリフォルニア工科大学のFrances Arnoldが,2018年ノーベル化学賞を受賞したことは記憶に新しい.Arnoldらは,酵素の機能改変を実験進化(定向進化)で成し遂げてきた(1, 2)1) F. H. Arnold: Angew. Chem. Int. Ed., 57, 4143 (2018).2) S. C. Hammer, A. M. Knight & F. H. Arnold: Curr. Opin. Green Sustain. Chem., 7, 23 (2017)..どのアミノ酸をどのように変えれば,目的の酵素の機能を変えられるのか,とコンピューター上で計算もされているが,予測することは難しい.実験進化はその問題を解決する.実験者が目的とする酵素が選択されてくるような選択系さえ設定すれば,どのアミノ酸をどのように変えようか,とデザインすることなく,大量の変異体集団の中から「勝手に」目的の性質をもった酵素が選ばれてくるのだ.選択された酵素の配列を調べ,このアミノ酸が重要だったのか,と取得した後でわかる.実際には,この選択系を如何に精度良く設定できるかが,成功の鍵であり,選択系構築に多くの時間を要する.そして,酵素に対する実験進化の結果,現存の酵素がもっている触媒機能を上げる,耐熱性を上げるなどの改良や,より光る蛍光タンパク質を作るなど,数多くの研究がなされてきた.さらに,化学合成では反応するが,生物反応では触媒する酵素が見つかっていない場合や,化学合成でも生物反応でも反応が確認されていない過程を触媒する酵素を創る,つまり,全く新しい機能をもつ酵素を既存の酵素から創るということもなされた(1)1) F. H. Arnold: Angew. Chem. Int. Ed., 57, 4143 (2018).

一方で,古くから進化に関する仮説の検証や,適応過程から選択係数などの進化にかかわるパラメーターの定量化などについて,実験進化は使われてきた.対象とする生物種は,グッピー,ショウジョウバエ,ダニ,粘液細菌,酵母,大腸菌,ウイルス,化学物質でできた原始生命様のものなど,多岐にわたる(3)3) T. J. Kawecki, R. E. Lenski, D. Ebert, B. Hollis, I. Olivieri & M. C. Whitlock: Trends Ecol. Evol., 27, 547 (2012)..実験進化では,実験者が目的の環境条件を設定することができ,また,複数の系列で反復実験を行うことができる.そのため,実際の地球上での生物進化では不可能な進化の再現性を調べることが可能である.長期間の実験進化として,ミシガン州立大学のRichard E. Lenskiらが1987年から毎日毎日,大腸菌を継代している研究が挙げられる.この原稿を書いている2019年10月28日時点で,73,029世代にわたる継代が行われている(3)3) T. J. Kawecki, R. E. Lenski, D. Ebert, B. Hollis, I. Olivieri & M. C. Whitlock: Trends Ecol. Evol., 27, 547 (2012).(Lenski研のホームページ(http://myxo.css.msu.edu/)を参照されたい.毎日,継代世代数が更新されている).また,京都大学で,ショウジョウバエを暗闇で60年以上継代している例なども挙げられる.

実験進化のなかでも,微生物を使った実験進化では,特に,次のような特徴がある.①世代時間が短いため,短期間で多世代にわたる変化を観察することが可能である.ヒトの1,300世代は約3万年,ショウジョウバエでは約40年かかるところ,大腸菌だと約1カ月である.②ゲノムサイズが小さいため,全ゲノム解析が多細胞生物と比べて容易である.そして,選択された変異の効果を解析しやすい.③集団サイズ(細胞数)を1から107個体以上と幅広く設定することが可能である.微生物の実験進化では,酵母,大腸菌,バクテリオファージなどが主に使われてきた.そして,塩基,遺伝子,遺伝子発現制御ユニットなどのレベルにおいて,同じ選択圧をかけた独立複数系列で,同種の変異が入ること,つまり,進化に再現性があることが明らかになった.また,経済学で議論される,diminishing returns(収穫逓減)と同様の現象,つまり,適応度が大きくなるにつれて,一つの変異の適応度に対する効果が小さくなることが,いくつかの生物で共通して見られた(3, 4)3) T. J. Kawecki, R. E. Lenski, D. Ebert, B. Hollis, I. Olivieri & M. C. Whitlock: Trends Ecol. Evol., 27, 547 (2012).4) M. J. McDonald: EMBO Rep., 20, e46992 (2019)..そして,大腸菌とそれに感染するRNAファージQβ(Qβ)を使った実験進化も行われてきた.Qβの変異率は,10−4/塩基/複製で,DNAをゲノムとしてもつ生物の自然突然変異率より約106倍高い(5)5) K. Bradwell, M. Combe, P. Domingo-Calap & R. Sanjuán: Genetics, 195, 243 (2013)..そのため,大腸菌よりもさらに速く進化過程を観察できることが期待される.実際に,37°Cが最適増殖温度のQβの培養温度を上げながら継代したところ,約2カ月(約600世代)という短期間で,元々は増殖できない43.6°Cで増殖できるようになり,現在もまだまだ増殖可能な温度が上がっている(6)6) A. Kashiwagi, R. Sugawara, F. S. Tsushima, T. Kumagai & T. Yomo: J. Virol., 88, 11459 (2014)..大腸菌のみを使用した高温適応進化実験では,37から43.2°Cまでとこれまでよりも幅広い温度域で増えるようになるのに(この高温適応大腸菌は,最適増殖温度も高温域にシフトした),約200日(約4,000世代)を要した(7)7) T. Kishimoto, L. Iishima, M. Tatsumi, N. Ono, A. Oyake, T. Hashimoto, M. Matsuno, M. Okubo, S. Suzuki, K. Mori et al.: PLoS Genet., 6, e1001164 (2010)..これらを比較してもRNAファージの環境適応に対する進化速度が大きいことがわかる.また,RNAをゲノムとしてもつ生物は,現在のところウイルスだけである.特に,1本鎖RNAをゲノムとしてもつ場合,そのRNAゲノムは遺伝情報をコードしているだけでなく,その2次構造や3次構造はタンパク質の翻訳,ゲノムの複製,ファージの外殻粒子内へのパッケージングなどに影響を及ぼす.そのため,RNAゲノムの2次構造や3次構造を一つの表現型として捉えることが必要となる.これらのことから,RNAファージの実験進化からは,DNAをゲノムとしてもつ生物とは違うことが明らかになると期待される.

このように,今までは,ある生物のある環境への適応過程の解析などに微生物の実験進化は使われてきたが,近年,その手法を応用研究分野に発展させた成果が報告されつつある(4)4) M. J. McDonald: EMBO Rep., 20, e46992 (2019)..実験進化は,ある環境での適応度が高い(次世代に残す子孫の数が多い,増殖速度が大きい)ものが選択される系である.そのため,微生物を使った物質生産で重要な増殖速度が大きい遺伝子型をもつ変異体を選択するツールとして使うことができる.たとえば,有益な機能を付加したために増殖が悪くなった酵母や大腸菌の増殖を改善するために,実験進化が有用であるとの報告が近年なされてきた(4, 8)4) M. J. McDonald: EMBO Rep., 20, e46992 (2019).8) T. M. Wannier, A. M. Kunjapur, D. P. Rice, M. J. McDonald, M. M. Desai & G. M. Church: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115, 3090 (2018)..大腸菌ゲノム内のすべてのUAGコドンをUAAコドンに置き換え,UAGコドンに対しては,20種類のアミノ酸以外のものを取り込めるようにデザインした大腸菌が作製された.この大腸菌は,UAGコドンを新しいアミノ酸に割り当てることには成功したが,比増殖速度が小さくなった.そこで,約1,100世代の実験進化を行った結果,比増殖速度が約2倍(富栄養培地での倍化時間が約50分)まで回復した(8)8) T. M. Wannier, A. M. Kunjapur, D. P. Rice, M. J. McDonald, M. M. Desai & G. M. Church: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115, 3090 (2018).

微生物を用いた実験進化の変異導入は,変異原を入れる場合もあるが,多くの場合,増殖時にゲノムやプラスミドに入る自然突然変異によるものである.そして,変異体を含む集団からその環境下で最も適応度が高い変異体が継代培養による選択過程で「勝手に」選ばれる.その後,選択された株の全ゲノム配列を次世代シーケンサーで解析するなどし,どの変異が菌株の増殖速度を上げるのに必要だったのか,後でわかる.この場合も,酵素の機能改変と同じように,あらかじめデザインする必要がないのが利点である.

今後は,進化学に関する仮説の検証にとどまらず,農芸化学の分野において,微生物を用いた実験進化が使われることが期待される.

Reference

1) F. H. Arnold: Angew. Chem. Int. Ed., 57, 4143 (2018).

2) S. C. Hammer, A. M. Knight & F. H. Arnold: Curr. Opin. Green Sustain. Chem., 7, 23 (2017).

3) T. J. Kawecki, R. E. Lenski, D. Ebert, B. Hollis, I. Olivieri & M. C. Whitlock: Trends Ecol. Evol., 27, 547 (2012).

4) M. J. McDonald: EMBO Rep., 20, e46992 (2019).

5) K. Bradwell, M. Combe, P. Domingo-Calap & R. Sanjuán: Genetics, 195, 243 (2013).

6) A. Kashiwagi, R. Sugawara, F. S. Tsushima, T. Kumagai & T. Yomo: J. Virol., 88, 11459 (2014).

7) T. Kishimoto, L. Iishima, M. Tatsumi, N. Ono, A. Oyake, T. Hashimoto, M. Matsuno, M. Okubo, S. Suzuki, K. Mori et al.: PLoS Genet., 6, e1001164 (2010).

8) T. M. Wannier, A. M. Kunjapur, D. P. Rice, M. J. McDonald, M. M. Desai & G. M. Church: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115, 3090 (2018).