Kagaku to Seibutsu 58(4): 204-209 (2020)
解説
非侵襲的薬剤投与法を可能とする上皮タイトジャンクション可逆的開口剤の開発注射・点滴に依らない医薬品投与を目指して
Development of Tight Junction Reversible Opener for Non-Invasive Drug Administration: Drug Administration without Injection
Published: 2020-04-01
抗体に代表されるバイオ医薬品は,その標的特異性と薬効の高さから市場規模を急速に拡大している.一方,バイオ医薬品をはじめとする難吸収性薬剤は生体に対する透過吸収性が低いため,その投与には注射・点滴といった肉体的苦痛を伴う侵襲的投与法に頼らざるを得ず,さらに通院にかかる時間や経済的負担も相まって患者のQOL(生活の質)低下を招いている.この問題を解決するために,皮膚や粘膜などの上皮で細胞同士を強く接着し,体外からの異物に対するバリアとして機能するタイトジャンクション(TJ)を標的とした薬剤の開発が行われている.TJを一時的に開けることで,経皮・経肺・経粘膜など侵襲性が低く,かつ汎用性の高い投与が可能となると期待されている.
© 2020 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2020 公益社団法人日本農芸化学会
近年,タンパク質や核酸を主体とするいわゆるバイオ医薬品が急速に市場規模を拡大しており,2018年の世界での医薬品売上高トップ20のうち,12品目を占めるまでに至っている.これらは高分子量(3,000 Da以上),かつ親水性が高いため,細胞膜や上皮組織(皮膚や粘膜など)を容易に透過することができない.これらのバイオ医薬品の投与では十分なバイオアベイラビリティを確保するため,注射・点滴によって体内に直接投与する方法がほとんどである.しかしながら注射・点滴は痛みを伴う侵襲的投与法であるばかりでなく,一部の疾患を除き病院への通院が必要であり,仕事を休むなど時間的・経済的な損失も伴うため,患者のQOL低下を招いている.
以上の解決法の一つとして,バイオ医薬品などを注射・点滴ではなく,貼り薬や塗り薬,飲み薬など,より非侵襲的に投与する手法の開発が挙げられる.高等生物では皮膚や粘膜などの上皮組織が外界に対する物理バリアとして生体内部を隔てており,生物個体としての恒常性維持に寄与するとともに,薬剤の透過・吸収障壁として機能する(図1A図1■上皮バリアと薬剤輸送経路).そのため医薬品が体内で機能するためには,まず皮膚や腸管などの上皮組織を透過し,体内に吸収されることが必要となる.上皮組織を薬剤が透過するためには,まず一つ目のバリア(静的バリア)である皮膚の角質層,消化管や気道の粘膜層を通過し,その後,後述するタイトジャンクション(TJ)を含む2つ目のバリア(動的バリア)である上皮細胞層を透過する必要がある.上皮細胞層を透過する経路はさらに細胞内経路と細胞間経路に大きく大別される(図1B図1■上皮バリアと薬剤輸送経路).飲み薬や吸入剤,貼り薬などは上皮細胞膜を直接透過,あるいは特異的輸送体・受容体により細胞内に一度取り込まれ,その後,体内に放出されていく細胞内経路により透過・吸収が行われる.また細胞間経路は上皮細胞同士を接着している接着構造を開くことで,薬剤を体内に透過させる.この2つの経路に乗らず,上皮組織を透過できない薬剤は,注射や点滴などにより直接体内に投与することが必要である(1)1) H. J. Lemmer & J. H. Hamman: Expert Opin. Drug Deliv., 10, 103 (2013)..
A: 上皮バリアは静的なバリアと動的なバリアに大別され,表皮では角質層,腸管などでは粘液層が静的なバリアとして,タイトジャンクションが動的バリアとして機能している.B: 薬剤を体内に透過させる経路として,細胞膜を透過して細胞内を経由する「細胞内経路」と,上皮細胞間の隙間を経由する「細胞間経路」がある.
これまでに皮膚での薬剤透過性を高める物質として,DMSOなどの非プロトン性極性溶媒,脂肪酸やアルコール類,エステル類,モノテルペン類,界面活性剤などが報告されており,これらは主に角質層の脂質分子の配向を乱すことで静的バリアの薬剤透過性を高めると考えられている.また,腸管などでの薬剤透過性を高める物質として,キレート剤として汎用されるEDTAや,胆汁酸塩類,界面活性剤,脂肪酸類などが報告されている.これらの中でカプリン酸ナトリウム,デカノイルカルニチン,酒石酸はTJの開口を引き起こすことが明らかにされている.しかしながらこれらの物質のうち,臨床に用いられているのはカプリン酸ナトリウムのみである.この理由として吸収促進効果が強い物質には,同時に上皮障害性や刺激性が強いものが多いことが挙げられる.そのため,安全性・有効性が高い吸収促進剤の開発が待ち望まれている.
近年,TJの機能を制御することで難吸収性薬剤の吸収促進を行わせる「TJモジュレーター」の開発が進んでいる.TJは上皮細胞同士を強く接着する細胞間接着構造の一つであり,膜タンパク質であるclaudin, occludin, tricellulinや,細胞内側でclaudinやoccludinと結合するZOタンパク質などからなるタンパク質複合体である(2)2) D. Günzel & M. Fromm: Compr. Physiol., 2, 1819 (2012).(図2図2■TJ構造の模式図).TJは,皮膚や消化管をはじめとする上皮組織に広く存在しており,体外から生体内への異物の侵入のほか,生体内から体外への水分などの漏出を防ぐバリアとして,また一部の物質を選択的に透過させるフェンスとして機能している.もし薬剤投与時にTJを開ける(開口させる)ことができれば,細胞間経路を通すことで薬剤に対する特別な修飾などを行わずとも,侵襲性が低く,かつ汎用性の高い経皮・経肺・経粘膜経路による薬剤投与法の開発が期待できる.このようなTJモジュレーターとして,前述のカプリン酸ナトリウムに続く吸収促進剤の研究が展開されている.
A: 上皮細胞層ではTJは細胞層のapical面に沿ってストランドを形成し,細胞間をつないでいる.2細胞が接着している領域と3細胞が接着している領域があり,TJを構成しているタンパク質が一部異なっている.B: TJ構造を形成している主要タンパク質群の模式図.4回膜貫通タンパク質のclaudinタンパク質(ヒトでは27種が知られている)はTJのバリア機能に必須である.同じく4回膜貫通タンパク質であるoccludinとtricellulinは互いに相同性が高いタンパク質であり,2細胞接着部位ではoccludinが,3細胞接着部位ではtricellulinが細胞間接着に寄与している.ZOタンパク質類(ZO1~3)はclaudinとoccludin/tricellulinと細胞質側で結合し,アクチン骨格との架橋をしている.
C-CPEはウェルシュ菌Clostridium perfringensが生産するenterotoxin(CPE)の毒性発現にかかわるN末部分を取り除いたC末端断片であり,腸管に多く発現しているclaudin-4やclaudin-3と結合し,TJ構造を崩壊させる(3)3) N. Sonoda, M. Furuse, H. Sasaki, S. Yonemura, J. Katahira, Y. Horiguchi & S. Tsukita: J. Cell Biol., 147, 195 (1999)..昭和薬科大の近藤(現大阪大学)はこの活性を利用し,薬剤投与を行うことを検討した.その結果,C-CPEには現在臨床で粘膜吸収促進剤として用いられているカプリン酸ナトリウムの約400倍の粘膜吸収促進活性を示すことを見いだし(4)4) M. Kondoh, A. Masuyama, A. Takahashi, N. Asano, H. Mizuguchi, N. Koizumi, M. Fujii, T. Hayakawa, Y. Horiguchi & Y. Watanbe: Mol. Pharmacol., 67, 749 (2005).,claudinを標的とするTJモジュレーターが実際に薬剤吸収促進剤として利用可能であることを示した初めての報告となった.最近,C-CPEとclaudinとの複合体構造が相次いで報告されており(5)5) S. Tsukita, H. Tanaka & A. Tamura: Trends Biochem. Sci., 44, 141 (2019).,TJ構造の崩壊を引き起こす分子機構が明らかにされつつある.今後これらの構造情報を基に,より高活性のC-CPE変異体の作成や,ほかのclaudinタンパク質,特に血液脳関門でのTJ形成にかかわっているclaudin-5への結合活性を示すC-CPE変異体の開発も期待される.
AT1002は,コレラ菌Vibrio choleraeが産生する毒性タンパク質の一つであるzonula occludens toxin(Zot)の部分配列からなる6 merのペプチド断片(FCIGRL)であり,TJ構成タンパク質の一つであるZOタンパク質をTJから外すことでTJを開口させることが報告されている(6)6) S. Gopalakrishnan, N. Pandey, A. P. Tamiz, J. Vere, R. Carrasco, R. Somerville, A. Tripathi, M. Ginski, B. M. Paterson & S. S. Alkan: Int. J. Pharm., 365, 121 (2009)..詳細な作用機構については不明のままであるが,ZOタンパク質は,膜貫通タンパク質であるoccludinやclaudinの細胞内ドメイン,および細胞骨格であるアクチンと結合することで細胞内からTJ構造を支える重要なタンパク質であるため,AT1002はさまざまな物質の吸収を促進すると考えられる.
TJモジュレーター活性を指標にPhage display法によりスクリーニングされた18 merペプチドであり,ヒト大腸がん細胞Caco-2を用いた腸管モデルでTJ開口を誘導する(7)7) P. H. Johnson & S. C. Quay: Expert Opin. Drug Deliv., 2, 281 (2005)..PN159はclaudin-1, -5の細胞外ループと結合することから,claudin–claudin相互作用を阻害することでTJ開口を誘導していると考えられている(8)8) A. Bocsik, F. R. Walter, A. Gyebrovszki, L. Fülöp, I. Blasig, S. Dabrowski, F. Ötvös, A. Tóth, G. Rákhely, S. Veszelka et al.: J. Pharm. Sci., 105, 754 (2016)..さらに最近,PN159がTJモジュレーター活性だけでなく,細胞膜を通過して細胞に取り込まれるとの報告もあり,この2つの活性によって,より効率的な薬剤送達の可能性が示唆されている(9)9) A. Bocsik, I. Gróf, I. Kiss, F. Ötvös, O. Zsíros, L. Daruka, L. Fülöp, M. Vastag, Á. Kittel, N. Imre et al.: Pharmaceutics, 11, 73 (2019)..
MA026はウイルス耐性となった養殖ニジマス腸内から単離された細菌Pseudomonas sp.が生産する抗ウイルス物質として単離された環状デプシペプチドである.その標的分子が探索され,TJ構成タンパク質であり,ヒトC型肝炎ウイルス(HCV)感染受容体でもあるclaudin-1のextracellular helix(ECH)領域周辺とMA026が結合すると報告された(10)10) S. Shimura, M. Ishima, S. Nakajima, T. Fujii, N. Himeno, K. Ikeda, J. Izaguirre-Carbonell, H. Murata, T. Takeuchi, S. Kamisuki et al.: J. Am. Chem. Soc., 135, 18949 (2013).(図3A図3■MA026の推定結合領域).この部位は構造解析の結果から隣り合ったclaudinの膜貫通ヘリックス3(TM3)と相互作用することでTJストランド形成に寄与していると推測されている(11)11) H. Suzuki, T. Nishizawa, K. Tani, Y. Yamazaki, A. Tamura, R. Ishitani, N. Dohmae, S. Tsukita, O. Nureki & Y. Fujiyoshi: Science, 344, 304 (2014)..われわれは本物質のTJへの影響を検討したところ,投与後速やかにTJ開口を誘導する一方,5時間後にはMA026を除去しなくてもTJバリア活性が約80%まで回復することを見いだした(12)12) Y. Kanda, Y. Yamasaki, S. Shimura, S. Kamisuki, F. Sugawara, Y. Nagumo & T. Usui: J. Antibiot. (Tokyo), 70, 691 (2017)..MA026が結合する配列はclaudin間での保存性が低く(図3B図3■MA026の推定結合領域),MA026の構造変換により,claudinの発現組織特異性を利用した皮膚や腸管など部位特異的な薬剤吸収促進剤の開発が可能になると期待される.
上述のTJモジュレーターはいずれもペプチド性のものであるが,後述するわれわれの取り組みのようにTJの開口を誘導する小分子化合物も報告されている(13, 14)13) Q. Fu, H. Wang, M. Xia, B. Deng, H. Shen, G. Ji, G. Li & Y. Xie: Eur. J. Pharm. Sci., 80, 1 (2015).14) V. A. Bzik & D. J. Brayden: Pharm. Res., 33, 2506 (2016)..今後,ペプチド性以外の小分子作用薬の開発が期待される.
最後にわれわれの取り組みについて紹介したい.TJ構造は生体防御のフロントラインであることから,カプリン酸ナトリウムやC-CPEをはじめとするTJモジュレーターの開発において懸念されているのが,TJの破壊に伴う薬剤以外の異物の流入である.実際,炎症性腸疾患ではTJ構造の破壊が認められていることからも,TJモジュレーターの開発はどれだけ異物の侵入を防ぐことができるかが実用化の成否を握ると考えられる.上述のTJモジュレーターはカプリン酸ナトリウムとMA026以外は,一度開いたTJを閉口するためには除去を必要とし,また閉口にかかる時間も処理濃度に依るものの,おおむね1日程度と長い.われわれは,短時間だけ一過的にTJを開口させる化合物,すなわち「TJを短時間開口させたのち,TJの閉口を誘導する化合物」が安全性を考えるうえで重要な点であると考えている.そのような化合物として,痛みや熱などの受容体TRPV1のagonistであり,唐辛子の辛み成分として有名なcapsaicinが報告されていた(15)15) H. Isoda, J. Han, M. Tominaga & T. Maekawa: Cytotechnology, 36, 155 (2001)..われわれはcapsaicinの作用機構の詳細を検討したところ,capsaicinはTRPV1ではなくTRPA1活性化を通じて細胞内へCa2+イオン流入を引き起こし,続いてコフィリンの活性化を介したアクチン脱重合とoccludinの分解を誘導することで,1時間程度でTJを開口させること,その後capsaicinを洗い流さずとも,5時間後にはアクチン骨格が再構成されることによりTJを閉口させることを明らかにした(16, 17)16) T. Shiobara, T. Usui, J. Han, H. Isoda & Y. Nagumo: PLOS One, 8, e79954 (2013).17) Y. Kanda, Y. Yamasaki, Y. Sasaki-Yamaguchi, N. Ida-Koga, S. Kamisuki, F. Sugawara, Y. Nagumo & T. Usui: Sci. Rep., 8, 2251 (2018).(図4図4■Capsaicinによる可逆的TJ開口機構).さらにTRPA1と同じTRPチャネルファミリータンパク質であり,上皮細胞で発現しているTRPV4のagonistを用いて解析したところ,TRPV4活性化もTJ開口と,その後のTJ閉口を引き起こすことが明らかとなった(18)18) M. Mukaiyama, Y. Yamasaki, T. Usui & Y. Nagumo: FEBS Lett., 593, 2250 (2019)..興味深いことに,TRPV4活性化によるCa2+流入ではコフィリンの活性化が見られず,また主要なTJタンパク質の減少も見られないことから,capsaicinとは全く異なる可逆的TJ開口機構が存在すると考えられる.これらの結果は,TRPチャネルの活性化を介したCa2+流入によりTJ開口を可逆的に制御できる可能性を示しており,今後の非侵襲的薬剤投与法の開発へ向けた一助になることが期待される.
本稿では経皮・経粘膜吸収促進剤としてのTJモジュレーターの開発について紹介した.同じストラテジーは,薬剤を通過させないことでよく知られている血液脳関門バリア(BBB)にも応用可能であり,BBBを介した中枢神経系への薬剤送達の試みとして,TJを構成しているclaudin-5や(19)19) Y. Hashimoto, K. Shirakura, Y. Okada, H. Takeda, K. Endo, M. Tamura, A. Watari, Y. Sadamura, T. Sawasaki, T. Doi et al.: J. Pharmacol. Exp. Ther., 363, 275 (2017).,3細胞接着部位タンパク質であるangubindin-1を標的とした開発も進められている(20)20) S. Zeniya, H. Kuwahara, K. Daizo, A. Watari, M. Kondoh, K. Yoshida-Tanaka, H. Kaburagi, K. Asada, T. Nagata, M. Nagahama et al.: J. Control. Release, 283, 126 (2018)..特にBBBでは2細胞間接着部位を開口させても高分子は通過しにくいことが報告されており,3細胞接着部位のTJを標的とする手法は期待がもたれる.
一方,アトピー性皮膚炎や過敏性腸症候群などではTJバリア機能の破綻がしばしば観察され,炎症との関連性が指摘されていることから(21)21) J. D. Schulzke, S. Ploeger, M. Amasheh, A. Fromm, S. Zeissig, H. Troeger, J. Richter, C. Bojarski, M. Schumann & M. Fromm: Ann. N. Y. Acad. Sci., 1165, 294 (2009).,今回紹介したTJ開口とは逆に,バリア機能を高める化合物・手法・微生物にも注目されるようになってきた.さらにclaudinは膵がん,肝がん,乳がんなどで発現異常が見られることから,抗claudin抗体などのclaudin指向物質を用いた抗がん剤治療研究が進められており,xenograftモデルでは副作用を伴うことなく抗腫瘍活性を示すことが報告されている(22)22) Y. Hashimoto, M. Fukasawa, H. Kuniyasu, K. Yagi & M. Kondoh: Ann. N. Y. Acad. Sci., 1397, 5 (2017)..今後,TJを対象とした創薬がますます広がっていくと考えらえる.
Reference
1) H. J. Lemmer & J. H. Hamman: Expert Opin. Drug Deliv., 10, 103 (2013).
2) D. Günzel & M. Fromm: Compr. Physiol., 2, 1819 (2012).
5) S. Tsukita, H. Tanaka & A. Tamura: Trends Biochem. Sci., 44, 141 (2019).
7) P. H. Johnson & S. C. Quay: Expert Opin. Drug Deliv., 2, 281 (2005).
14) V. A. Bzik & D. J. Brayden: Pharm. Res., 33, 2506 (2016).
15) H. Isoda, J. Han, M. Tominaga & T. Maekawa: Cytotechnology, 36, 155 (2001).
16) T. Shiobara, T. Usui, J. Han, H. Isoda & Y. Nagumo: PLOS One, 8, e79954 (2013).
18) M. Mukaiyama, Y. Yamasaki, T. Usui & Y. Nagumo: FEBS Lett., 593, 2250 (2019).