解説

植物性食品の質的特性に対する因子探索とフードミクスによる展開食品はなぜバラエティ豊かなのか? 成分分析からその個性を紐解く

Evaluation of Food Quality by Foodomics Approach: How Are the Characteristics of Each Food Cleared by Foodomics?

Yoko Iijima

飯島 陽子

神奈川工科大学応用バイオ科学部栄養生命科学科

Published: 2020-04-01

現在スーパーマーケットでは,1種類の食品だけでもさまざまな品種やメーカーブランドのものがバラエティ豊かに並んでいる.また,インターネット販売の拡大によって簡単に“お取り寄せ”ができ,われわれ消費者は自分たちで「好み」の食品を選択できるようになった.では,その「好み」を決定づけるのは何か? それはそれぞれの食品の本来もつ性質に対し,色や風味,機能性など,+α(アルファ)として強調されるものであり,多くの場合,その食品に含まれる成分組成の違いに基づく.本稿では,食品の成分組成にかかわる因子は何か? さらに食品の成分組成プロファイルに基づく評価から何が分かるのか? についてフードミクスを活用したわれわれのこれまでの研究を中心に紹介する.

食品の個性と食品成分組成の関係

食品・栄養学の分野では,食品には①栄養素を摂取する,②食を楽しむ(嗜好性,おいしさ),③病気のリスクを低減し健康維持を可能にする(現在では単に機能性とも呼ばれる),という3つの機能があるといわれる.そのうち①の栄養素については,炭水化物,タンパク質,脂質やビタミンなど,近年の食品開発の成果によって,ある特定の食品でなくともほかの食品で代替可能になってきた.しかし,②の嗜好性,③の健康維持に関与する機能性成分については,特定の食品にのみ含まれることが多く,別の言い方をすると,それぞれの食品の特徴,個性を担う成分であることが多い.特に植物性食品では,食材の種類によってそれぞれ特徴的な成分を有することが多く,結果として,植物性食品群全体としてみると多種多様な化学構造をもつ成分が含まれると言える.そこには植物食材そのものがもつ代謝系,特に二次代謝系が大きく関与しており,そのような各植物に特化した二次代謝成分は近年Specialized metabolitesとも呼ばれ,注目されている.さらに,それらの含有量が嗜好性や機能性,また安全性という面において食品の付加価値となり,食品そのものの品質を左右する.

一方,普段の食生活において,私たちは食材そのものだけでなく発酵や加熱などの製造,調理過程を経て食品を食する.その過程でさまざまな酵素反応や化学反応が起こるため,本来食材には含まれない二次的に生成される食品成分もあり,これもまた食品の質に関与することも多い.さらに,“食事”として捉えると,主菜,副菜,汁物…など,私たちは実に多種多様の食品成分を摂取しており,食品の成分組成は複雑であるため,その品質を特定の成分のみで評価するのは不十分であるとも考えられる.そのため,食品の質的評価にかかわる成分研究においては,特定の意義ある成分にフォーカスし掘り下げる,いわゆるミクロな視点とともに,複雑性を前提にした成分組成プロファイルから食品を俯瞰して食品の質的評価を行うマクロな視点の両方が重要である.近年,成分分析機器やデータ解析技術の進歩によってさまざまな成分を検出することが可能となった.以下に食品の成分分析について,われわれの研究を元に両視点からの解析で見えてきた知見,今後の課題についてまとめた.

香辛野菜のテルペン系香気成分組成と香りの制御

食品の嗜好性は,風味,すなわち味と香りの影響を大きく受ける.味が五基本味(甘味・塩味・酸味・苦味・うま味)でほぼ決まるのに対し,そこに多種多様な質をもつ香りが各食品の風味を決定づけ,嗜好性への関与が大きいことが近年示唆されている.特に,味に対してはそれぞれの味特性に対応する味覚受容システムがかなり詳細に調べられているものの,香りについては嗅覚受容体が知られるが,各香気成分を1対1で特異的に受容する嗅覚受容体があるとは限らず,個々の香気成分に対して複数の受容体が反応し,そのパターン情報が総合的に処理され,香りの性質が判断されるといわれている(1)1) 東原和成:日本耳鼻咽喉科学会会報,118, 1072 (2015)..さらに受容体の反応には,各香気成分の化学構造が関与しており,香気成分の官能基の一部,たとえば末端がアルデヒド基であるかヒドロキシ基であるかの違い,二重結合の有無,立体異性など些細な構造の違いが香りの質の違いを生み出す.また,香気成分の構造によって,においの閾値(においを検知できる最低濃度)も大きく変化する.このように香気成分の化学構造とそれに伴う香気特性は厳密に制御されていると言えよう.

筆者らはこれまでに特にテルペン系香気成分に着目し,香辛野菜(ハーブ)について,その生成と組成制御について調べてきた.テルペンとはイソプレノイドとも呼ばれ,炭素数5個のイソプレン単位を基本炭素骨格にもつ成分群の総称である.主に植物で生成され,天然に2万種以上存在する構造多様性に富んだ成分群である.そのなかで,炭素数が10個のモノテルペン類,15個のセスキテルペン類は揮発性であることが多く,ミントの(−)-mentholや柑橘類の(+)-limoneneなど香気特性が強い成分も含まれる.このようなテルペン系香気成分は基本骨格が類似しており,互いに構造異性体である場合や立体異性体もあるが,その構造の違いによって香気特性が変化する点が興味深い.一般的にテルペン系成分はテルペン合成酵素(TPS)により生成することが知られている.モノテルペン系香気成分はゲラニル二リン酸(GPP),セスキテルペン系香気成分はファルネシル二リン酸(FPP)を共通の前駆体とし,それぞれTPSファミリーの中のモノテルペン合成酵素(MTPS),セスキテルペン合成酵素(STPS)によって生成する.その反応メカニズムは,いずれもまずGPPまたはFPPから二リン酸基を脱離させ,カルボカチオン中間体を形成する.引き続いて,異性化やプロトン脱離,水分子の付加などの反応が起こり,モノテルペン類,セスキテルペン類が生成する.反応は非常に複雑であるため,必ずしも生成するテルペン類は一種とは限らず,一種類の酵素から複数の化合物が生成する場合もある.そして,どのような構造のテルペン類が生成するかは各酵素のアミノ酸配列や立体構造により制御されている.今世紀以降,モデル植物であるシロイヌナズナを中心に多くの植物種において揮発性テルペンを生成するMTPSおよびSTPSの機能研究,ならびにその代謝工学研究が盛んに行われている(2, 3)2) J. Degenhardt, T. G. Köllner & J. Gershenzon: Phytochemistry, 70, 1621 (2009).3) F. Abbas, Y. Ke, R. Yu, Y. Yue, S. Amanullah, M. M. Jahangir & Y. Fan: Planta, 246, 803 (2017).

われわれは,香辛野菜のなかで,香気特性が大きく異なる3品種(SD, EMX. SW)のスウィートバジル(Ocimum basilicum)葉に着目し,香気成分プロファイルを調べたところ,それはテルペン系香気成分組成の違いが関与していることがわかった(4)4) Y. Iijima, R. Davidovich-Rikanati, E. Fridman, D. R. Gang, E. Bar, E. Lewinsohn & E. Pichersky: Plant Physiol., 136, 3724 (2004).図1図1■バジル葉のテルペン系香気成分組成とテルペン合成酵素による制御).バジルのようなシソ科植物では,植物体全体に覆われたglandular trichome(腺鱗)といわれる腺毛の先端に存在する“におい袋”とされる空洞に香気成分が分泌,蓄積される.バジルやミントのようにシソ科ハーブ葉をちぎったりこすったりすると香りが広がるのは,この“におい袋”が破れて香気成分が放散されるためである.よって,この空洞の根元にある分泌細胞がテルペン系香気成分組成を決めていると考え,glandular trichomeの分泌細胞に注目して各品種の揮発性テルペン合成酵素について調べることとした.これら3品種の腺毛mRNAからcDNAライブラリーの作成,さらにその配列を読んだEST(Expression Sequence Tags)データベースを構築した.このESTデータベースに対しほかの植物種のテルペン合成酵素遺伝子配列を用いてBLASTサーチを行った.その配列の相同性により,3品種(SD, EMX. SW)のバジル葉からそれぞれ,テルペン系香気成分を生成する合計9種の合成酵素遺伝子を見いだし,その機能の特徴づけができた(4)4) Y. Iijima, R. Davidovich-Rikanati, E. Fridman, D. R. Gang, E. Bar, E. Lewinsohn & E. Pichersky: Plant Physiol., 136, 3724 (2004)..また,3品種で比較すると,これらの酵素遺伝子の発現パターンが異なり,さらに各合成酵素により生成されるテルペン類は,それぞれが発現した品種にのみ存在していた(図1図1■バジル葉のテルペン系香気成分組成とテルペン合成酵素による制御).よって,これらの酵素の発現が各テルペン系香気成分の組成の違いに直接関与していることがわかった.特に,レモン様の香りがするレモンバジルは,レモン様香気成分であるcitral(geranialとneralの混合物)を多く含む品種であるが,GPPからMTPSの1種であるgeraniol合成酵素を経てgeraniolが生成し,さらにgeraniol脱水素酵素の働きでcitralが生成することを明らかにした(5, 6)5) Y. Iijima, D. R. Gang, E. Fridman, E. Lewinsohn & E. Pichersky: Plant Physiol., 134, 370 (2004).6) Y. Iijima, G. Wang, E. Fridman & E. Pichersky: Arch. Biochem. Biophys., 448, 141 (2006).図2図2■レモンバジル葉とショウガ根茎におけるcitral(geranial+neral)生合成と蓄積パターンの違い(GES: geraniol合成酵素,GEDH: geraniol脱水素酵素)).また,geraniol合成酵素は,linaloolを高含有する品種に含まれるlinalool合成酵素とは,そのアミノ酸配列が81%の相同性を有し,いずれも生成物(geraniolまたはlinalool)は単独であった.しかし,アミノ酸配列の一部を入れ替えるとgeraniolとlinaloolの両方を生成できることが確認できたことから,酵素タンパク質の僅かな配列の違いに伴う立体構造がヒドロキシ化する部位を決定すると推測,テルペン系香気成分の組成は厳密に制御されていることを示唆した(4)4) Y. Iijima, R. Davidovich-Rikanati, E. Fridman, D. R. Gang, E. Bar, E. Lewinsohn & E. Pichersky: Plant Physiol., 136, 3724 (2004).

図1■バジル葉のテルペン系香気成分組成とテルペン合成酵素による制御

図2■レモンバジル葉とショウガ根茎におけるcitral(geranial+neral)生合成と蓄積パターンの違い(GES: geraniol合成酵素,GEDH: geraniol脱水素酵素)

強いレモン様の香気特性をもつcitralは,レモンバジルのみならずレモングラスやレモンバームなどのハーブに多く存在することが知られているが,生鮮ショウガ根茎にも多く含まれ,ショウガの重要な香気寄与成分である.特にわれわれ日本人は,生鮮ショウガのさわやかな風味を好み,寿司の“ガリ”や牛丼の“紅ショウガ”,刺身などに添えて口直しに香辛野菜としてよく食している.ショウガのcitralもレモンバジル同様にgeraniolからgeraniol脱水素酵素の働きで生成することをわれわれは見いだした(7, 8)7) Y. Sekiwa-Iijima, Y. Aizawa & K. Kubota: J. Agric. Food Chem., 49, 5902 (2001).8) Y. Iijima, T. Koeduka, H. Suzuki & K. Kubota: Plant Biotechnol., 31, 525 (2014).図2図2■レモンバジル葉とショウガ根茎におけるcitral(geranial+neral)生合成と蓄積パターンの違い(GES: geraniol合成酵素,GEDH: geraniol脱水素酵素)).が,ここで疑問が生じたのが,citralの構造である.前述したように通常のcitralは,trans体のgeranialとcis体のneralが互換変異によりほぼ同等(geranial : neral=約6 : 4)に存在する.実際,レモンバジルの腺毛においても混合物として存在した.しかし,生鮮ショウガの根茎の場合は,ほとんどがgeranialの状態で存在していることがわかり,加熱処理や酢漬け保存等すると徐々にneralに変換した(図2図2■レモンバジル葉とショウガ根茎におけるcitral(geranial+neral)生合成と蓄積パターンの違い(GES: geraniol合成酵素,GEDH: geraniol脱水素酵素)).このような経緯から,ショウガには酵素的に生成したgeranialが互換異性化されることなく蓄積される,独特な蓄積形態を保っている可能性も考えられ,香気成分の生成だけでなく,その輸送および蓄積についても興味がもたれる.

フードミクスによる成分分析の利点

生物は多様な代謝物を生成し,その生成パターンは各生物の種や生育過程,生育環境などさまざまな影響を受ける.メタボロミクスとは,このような状態の異なる生体サンプル群に対し,代謝物の変動パターンから生命現象を捉えようとする研究手法として知られる(9, 10)9) O. Fiehn: Comp. Funct. Genomics, 2, 155 (2001).10) G. J. Patti, O. Yanes & G. Siuzdak: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 13, 263 (2012).図3図3■メタボロミクスとフードミクス).メタボロミクスは,基本的な技術は成分分析,特に分析化学に基づくが,あらかじめターゲットとなる成分に着目して定量分析するのではなく,ノンターゲットに分析を行い,バイオインフォマティクスを駆使した解析によって“見えてきた成分変化”から,それが意味するところを探っていく.その利点は,それぞれのサンプル間の変動,特に予期せぬ変動をスクリーニングできる点,さらにその前駆物質と生成物の相対関係,成分変動スキーム(代謝経路を含む)などを明らかにできる点にある.食品においても,上述したようにその食材の品種の違い,発酵,調理,加工においてさまざまな成分変動が予想されることから,その複雑性を紐解くには有用な手段と言える.近年,このような食品成分をノンターゲット,網羅的に捉え,食品の安全性や品質,栄養的価値を評価する研究手法はフードミクスと呼ばれている(11, 12)11) L. Laghi, G. Picone & F. Capozzi: Trends Analyt. Chem., 59, 93 (2014).12) M. Herrero, C. Simó, V. García-Cañas, E. Ibáñez & A. Cifuentes: Mass Spectrom. Rev., 31, 49 (2012)..現在,食品のフレーバー/オフフレーバー成分のスクリーニング,食品サンプルにおける差別化・産地や品種の判別,保存・加工・調理の最適パラメーターの探索,さらには栄養や食品機能性研究への応用など,フードミクス技術が活用されるようになった(13, 14)13) D. S. Wishart: Trends Food Sci. Technol., 19, 482 (2008).14) S. Kim, J. Kim, E. J. Yun & K. H. Kim: Curr. Opin. Biotechnol., 37, 16 (2016).

図3■メタボロミクスとフードミクス

ノンターゲット成分分析から見いだされること

食品成分分析を行う多くの場合,各種クロマトグラフィによって,分析対象である成分の標準品を使い,その標準品とのリテンションタイムおよび各種スペクトルパターンの一致によって成分を同定さらには定量を行うのが一般的である.しかし,ほとんどの標準品の入手が不可能であることが成分分析研究のネックでもあった.そこでわれわれは超精密質量分析計を用いた液体クロマトグラフィ質量分析計(LC-MS)を活用することによって,検出される成分の精密質量値から求められた組成式とマススペクトルの開裂パターンを収集した(図4図4■未知成分のアノテーションから見いだされた野生種トマトにおけるグリコアルカロイド組成の違い).標準品で同定できた限られた成分と,これらの情報の比較によって,未知の成分に対しどれだけ化学的情報を付加することができるか,構造を推定(アノテーション)できるのか,について試みた(15)15) 飯島陽子:“メタボロミクスの先端技術と応用”,シーエムシー出版,pp. 64–73, 2008..トマト果実をモデルに行った例では,未知のフラボノイドやグリコアルカロイドの代謝修飾パターンを推測することができた(16)16) Y. Iijima, Y. Nakamura, Y. Ogata, K. Tanaka, N. Sakurai, K. Suda, T. Suzuki, H. Suzuki, K. Okazaki, S. Kanaya et al.: Plant J., 54, 949 (2008).図4図4■未知成分のアノテーションから見いだされた野生種トマトにおけるグリコアルカロイド組成の違い).特にグリコアルカロイドについては,ほとんど標準品の入手が不可能であるが,マススペクトルをもとに構造推定を行い,高蓄積したグリコアルカロイドについては,単離し構造決定を行った.その結果,野生種トマト果実では栽培種トマト果実と異なるグリコアルカロイドが蓄積し,それらの成分は栽培種トマト果実で成熟依存的に蓄積するescleoside Aへの生成中間体や野生種独自の代謝系による別の新規のグリコアルカロイドであることを見いだし,グリコアルカロイドの蓄積が野生種トマトの遺伝的背景,進化と関係している可能性を示唆した(17, 18)17) Y. Iijima, Y. Fujiwara, T. Tokita, T. Ikeda, T. Nohara, K. Aoki & D. Shibata: J. Agric. Food Chem., 57, 3247 (2009).18) Y. Iijima, B. Watanabe, R. Sasaki, M. Takenaka, H. Ono, N. Sakurai, N. Umemoto, H. Suzuki, D. Shibata & K. Aoki: Phytochemistry, 95, 145 (2013).図4図4■未知成分のアノテーションから見いだされた野生種トマトにおけるグリコアルカロイド組成の違い).

図4■未知成分のアノテーションから見いだされた野生種トマトにおけるグリコアルカロイド組成の違い

香気プロファイルと官能評価の統合解析

フードミクスによって得られるデータは,食品の別の質的データ(官能評価や機能性活性データなど)とひも付して統合解析することも可能である.特に,多変量解析やネットワーク解析は,異なる条件下における多サンプルのデータを取得し,データの各成分プロファイルを説明変数,質的データを目的変数とし,目的変数に関与する成分を見いだすことができる.その中には条件とともに変動するようなマーカー成分,実際に質的特性に寄与する成分が含まれると言える.われわれは,国内に出回る15種のストレートトマトジュースについて,揮発性成分のノンターゲット分析と定量的官能評価を同時に行い,統合解析を行った(19)19) Y. Iijima, Y. Iwasaki, Y. Otagiri, H. Tsugawa, T. Sato, H. Otomo, Y. Sekine & A. Obata: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 2401 (2016).図5図5■香気成分プロファイルと官能評価データによる統合解析).まず,揮発性成分プロファイルと官能評価データをそれぞれ独立で主成分分析を行ったところ,いずれの結果も,同じような判別パターンを示したことから,揮発性成分プロファイルと官能評価結果との相関が考えられた.そこで,香気成分を説明変数,各官能評価用語についてのデータを目的変数としてPLS回帰分析を行った結果,トマトの調理香とフレッシュ香に関与する香気成分をそれぞれ分類し,官能評価用語に対する香気成分による予測モデルを構築できた.さらに,官能評価用語と香気成分を含めた全データに対し,相関ネットワーク解析(20)20) Y. Ogata, K. Mannen, Y. Kotani, N. Kimura, N. Sakurai, D. Shibata & H. Suzuki: PLOS One, 13, e0206075 (2018).を行ったところ,“トマトのフレッシュ感”に関与する官能評価用語と香気成分間のみならず用語間,香気成分間の相関も考慮したネットワークモジュールを形成することができた(図5図5■香気成分プロファイルと官能評価データによる統合解析).特定の官能評価用語に寄与する風味成分の特定は,食品フレーバー研究,また消費者の嗜好を意識した食品開発において興味がもたれるところである.しかし,既述したように食品は複雑系であるため,ある風味性質について一つの成分のみが因子となることはかなり稀である.この複雑系の理解のためには,構成成分どうしの関連性なども考慮した解析法が必要である.また,このような解析はあくまでもスクリーニング技術であり,最終的には,特定された成分群の添加による風味変化など検証する必要がある.筆者らは,このように複雑なプロファイルから風味に関与する成分を掘り出していく手法を“フレーバーオミクス”と提案し,そのためのデータ取得方法,解析方法などの開発に現在取り組んでいる(21)21) 飯島陽子,櫻井 望:食品と開発,52, 4 (2017).

図5■香気成分プロファイルと官能評価データによる統合解析

おわりに

食品の成分研究は,糖質や脂質,ビタミンなどの栄養成分分析から始まり,多種多様な食品成分が見いだされ,その機能性研究も盛んである.本稿では,主に品質に関与する微量低分子成分において,一つの成分を追いかけるミクロな視点とメタボロームのようなマクロな視点からの研究法について紹介した.手法は異なるとはいえ,最終的には「食品の質について,何が要因でどのような成分が影響するのか?」を解明する点で目的は同じである.この複雑性の解明に向けたブレークスルーは,天然物化学,分析化学などの技術のみならず,インフォマティクスなどほかの研究手法を取り入れ,分野融合的に進める必要があると言えよう.

Reference

1) 東原和成:日本耳鼻咽喉科学会会報,118, 1072 (2015).

2) J. Degenhardt, T. G. Köllner & J. Gershenzon: Phytochemistry, 70, 1621 (2009).

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14) S. Kim, J. Kim, E. J. Yun & K. H. Kim: Curr. Opin. Biotechnol., 37, 16 (2016).

15) 飯島陽子:“メタボロミクスの先端技術と応用”,シーエムシー出版,pp. 64–73, 2008.

16) Y. Iijima, Y. Nakamura, Y. Ogata, K. Tanaka, N. Sakurai, K. Suda, T. Suzuki, H. Suzuki, K. Okazaki, S. Kanaya et al.: Plant J., 54, 949 (2008).

17) Y. Iijima, Y. Fujiwara, T. Tokita, T. Ikeda, T. Nohara, K. Aoki & D. Shibata: J. Agric. Food Chem., 57, 3247 (2009).

18) Y. Iijima, B. Watanabe, R. Sasaki, M. Takenaka, H. Ono, N. Sakurai, N. Umemoto, H. Suzuki, D. Shibata & K. Aoki: Phytochemistry, 95, 145 (2013).

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20) Y. Ogata, K. Mannen, Y. Kotani, N. Kimura, N. Sakurai, D. Shibata & H. Suzuki: PLOS One, 13, e0206075 (2018).

21) 飯島陽子,櫻井 望:食品と開発,52, 4 (2017).